【凍結中】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ(旧版)   作:矢柄

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「みなさん、今までイロンデルのために頑張ってくださってありがとうございました。皆さんのご尽力のおかげであの子は今日、無事に空を飛ぶことが出来ました。とても感謝しきれません。今日はどうか、たくさん食べてたくさん飲んで、あの子の初めての巣立ちを祝ってあげてください!」

 

「いいぞエステルちゃん!」「エステルちゃんのためなら、いくらでも徹夜できるぜ!」「最高だったな今日は!」

 

「ではみなさん、いいでしょうか? いきますよ。乾杯!」

 

「「「「乾杯!!」」」」

 

 

私の飛行機が飛んだ日の夜、ZCFをあげての祝賀会が行われた。

 

中央工房の技術者御用達の居酒屋フォーゲルには今回の件で知り合った技術者たちの他、ラッセル家と私の母が集まり陽気な雰囲気で満ち溢れている。テーブルにはツァイス料理が並ぶ。

 

人気の黒胡椒スープはちょっと苦手だ。舌がしびれる。お子様の舌にはちょっとばかりハードルが高い。

 

無理やりスピーチさせられ、なんとかそれをこなす。なんというか、プレゼンテーションをやるのとは別の緊張感がある。

 

というか、こういうのはマードック工房長にやってほしかったのだが。そうして私はお世話になった人たち一人一人に挨拶をして回る。

 

たくさんの迷惑をかけた。構造材のジュラルミンについてとか、主翼の構造だとか、リベットだとか様々な注文をつけて試行錯誤を繰り返した。

 

<知識>からかなり詳細な情報を取り出せるとしても、実機として再現するのはそれに見合う苦労が必要だった。だから、あの飛行機は私だけの作品ではないのだ。

 

それでもこの誇らしい気持ちは嘘ではない。胸を張って言える。私は飛行機を飛ばしたのだと。一通りの挨拶が済んだあと、私は母のいる場所へと向かう。

 

母はエリカさんと話をしているようで、和やかな雰囲気でワインの入ったグラスを手にしていた。

 

 

「お母さん」

 

「エステル、今、エリカさんと貴女の話をしていたんですよ」

 

「そうなんですか?」

 

「そりゃあ、今日はエステルちゃんの話題になるわ。でも、見た目はこんなに可愛いのに、本当に5歳とは思えないわね」

 

「昔から手のかからない子だったんですよ。でも、母親としては少し寂しいかしら」

 

「ごめんなさいお母さん、でも」

 

「分かっています。でも、少し早いかなと思ってしまうの。しばらくは家に帰ってくれるんでしょ?」

 

「はい。今回の試験飛行についての論文が書けたら、しばらくは暇になりますから」

 

 

今回の飛行機については観覧に来ていた軍の人たちも驚いたようで、軍用機としたものを発注するかもしれないと父が話していた。

 

しかし今の機体であれば重機関銃を載せてしまえば、爆弾はほとんど載せられなくなる。純粋に軍用機として使うなら、1000馬力以上のエンジンが欲しいところだ。

 

まあ、今回使ったエンジンが完成した後も研究は重ねられているので実現はそう遠くないだろうが。それよりも、今回開発された630馬力のエンジンは自動車などに載せれば役に立つかもしれない。

 

普通乗用車なら小型化しても100馬力程度ですむし、大型トラックなら500馬力もあれば十分だろう。

 

リベール王国は起伏が激しく、ヴァレリア湖が中央にあって陸路は制限されがちだが、<記憶>によればモータリゼーションは日本でも起こっているし、決して需要が無いわけではないだろう。

 

ルーアン―ツァイス間にトンネル道を掘ることができれば、5大都市をハイウェイで結ぶことだって非現実的じゃない。

 

だがそれも次に話だ。ひと月ほどは実家に滞在する予定で、最近はほとんど出来なかった親孝行をしなければならない。

 

ティオやエリッサとも最近は遊んでいないし、父も近く休みを取ってくれるという。なら、親子3人でちょっとした小旅行をするのもいいのではないだろうか?

 

 

「そうなんですよ。エステルは女の子なのにお洒落に興味がなくて」

 

「やっぱり、女の子は可愛らしい恰好をすべきだわ。私もティータが大きくなったら色々な服を着せたいもの」

 

「もうちょっと女の子らしくしてくれればいいんですけど」

 

 

いつのまにか、エリカさんと母の会話が不穏な方向に流れ始めている。お洒落。化粧はまだ早いと思う。宝石にはあまり興味がない。

 

ヌイグルミや人形よりは導力機械に夢中だった。服は油で汚れるので、出来るだけ動きやすくて汚れて構わないものが良い。うむ、我ながら全然女の子らしくないな。

 

いや、まあ、女の子らしい事を全然していないわけではない。エリッサたちとはオママゴトで遊んでいたし、友達は女の子が多い。

 

それにお父さんと組手を…、ダメだこれは女の子らしい趣味ではない。うわっ、私の女子力低すぎっ。誕生日に高価な学術書をせびったとか女の子どころの問題じゃない。

 

 

「そ、そうだお母さん、お父さんがお休みを取れたら旅行に行きませんか? ボースに川蝉亭という、とてもステキな場所があるそうです」

 

「そういえば、そんな話を聞いたことがありますね」

 

「知っているわ。ヴァレリア湖の湖畔にある風光明媚な宿のことでしょ。ツァイスのエルモ温泉、ボースの川蝉亭といったらその筋では有名だものね」

 

「考えてみればエステルが生まれてから…、家族3人で旅行なんて行ったことがないですね。分かりました、お父さんに話してみましょう」

 

「はい!」

 

 

そうして祝賀会は続く。私は子供なので母と先に帰らせてもらったが、大人たちは夜遅くまで酒を飲み明かしていたらしい。

 

私は久しぶりに母と同じベッドで眠った。やはり私はまだまだ子供で、お母さんと一緒に眠るということがとても嬉しくて、その夜はとても暖かだった。

 

 

 

 

その後の一週間、私は論文を書き上げ、新しい飛行機の計画についてプロジェクトの技術者たちと話し合った。新しいエンジンと逆ガル翼を備えた飛行機の試作だ。

 

軍用機の製作ということで、新しい飛行機は近接航空支援機を目指すことで軍側と交渉がまとまっている。

 

これは現状において空を舞台とした戦いが起こらない可能性が高いからだ。エレボニア帝国もカルバード共和国も飛行船の軍用化を進めておらず、それ故に戦闘機の出番は殆どなかった。

 

それならば、多少の運動性や速度を犠牲にしても装甲の強化や爆弾の搭載量を増やした方がいいという話になったのだ。

 

飛ぶためだけに生み出されたイロンデルは軍用機としてはあまりにも貧弱だった。重機関銃を載せれば地上攻撃は行えるものの、それだけだった。

 

それでも時速4600セルジュの速度は圧倒的で、定期飛行船の時速900セルジュを大きく突き放し、従来のスピードレコードを数倍以上凌駕していた。

 

それは、この世界ではイロンデルに追いつける存在は無いということに等しい。結果としてそのまま軍の偵察機として採用されることになった。

 

およそ16機のイロンデルが軍に納入されるらしい。これらは設立される予定の飛行機部隊の訓練にも用いられる予定なのだそうだ。

 

そうして私は一通りの仕事を終えると、ロレントの我が家に帰ってきた。

 

おおよそ2月振りの帰郷であり、いつもならひと月に一度は戻るところだったが、初飛行とそれにかかる準備、そして論文の仕上げなどでこういったスケジュールになってしまった。

 

そして定期船がロレントの空港に着くと、

 

 

「「「「「おめでとう、そしてお帰り、エステル!!」」」」」

 

「え、みんな!?」

 

 

空港には知人たちが私を盛大に出迎えてくれた。私は目を丸くしてその様子に驚く。『世界最速おめでとう』という横断幕の前でエリッサとティオが手を振っている。

 

市長さんまでお出迎えとはどういうことだろうか。まるでロレント中の人たちが私のために集まっているかのような。

 

 

『皆様、今日も定期飛行船のご利用まことにありがとうございます。皆様、突然の事に驚きでしょうが、今日、この飛行船には先日、世界最速を記録した飛行機イロンデルを発明し、開発・設計したエステル・ブライトさん、なんと5歳の少女が故郷のロレントに凱旋するのです』

 

 

戸惑う私や他の乗客をよそに、いきなり船内放送が響く。私は恥ずかしいやらなんやらで気後れしながら注目を浴びて、飛行船から一番に降りることになる。

 

そして拍手喝采。乗客の人たちも笑いながら手を叩く。私はお辞儀をしながらタラップを降りて、市長さんの前まで歩く。

 

 

「おめでとうエステル君。いささか、派手な出迎えになってしまったようじゃの」

 

「いえ、その、ありがとうございます」

 

「リベール通信を読んだときは本当にびっくりした。本当におめでとう」

 

 

照れくさいやなんやらで、笑ってごまかすしかない。イロンデルの成功はリベール通信でも取り上げられていて、ロレントでも多くの人たちがそのことを知っているらしい。

 

次に市民栄誉賞のメダルと楯の授与が行われ、そしてエリッサが花束を持ってやってくる。少しオーバーじゃないだろうか。

 

 

「エステルおめでとう。すごいねー」

 

「ありがとう、エリッサ」

 

 

そんな感じで突然の式典が行われた。母は終始笑顔で私を見守っていて一切のフォローもなく、私は顔を引きつらせて為すがままにされていた。

 

そうして一通りのイベントが終わり、ようやく家に戻ることができる。母からは労いの言葉を一つだけ頂いた。

 

少し休んでいると、今度はティオとエリッサ、それにステラおばさんまで押しかけてくる。なんだか休む暇もないが、とてもよく知る人たちなので無下にはできない。

 

ステラおばさんはクッキーを焼いてもってきてくれた。

 

 

「エステルは飛行機に乗ったの?」

 

「はい。一度だけ乗せてもらいました」

 

「すごく速いんでしょ。危なくないの?」

 

「まだ完全に安全とは言えないです。でも、自分の作ったものですから、乗ってみたかったんです」

 

 

大人たちには止められたが、やはり私が計画して設計した機体、しかもこの世界で初めて飛ばした飛行機だ。乗ってみたいと思う衝動を抑えることは出来なかった。

 

エリッサは少し心配そうにしながらも好奇心が抑えられない感じ。ティオは相変わらずサバサバとしているが、飛行機の話には興味津々だ。

 

 

「どうだったの?」

 

「風を切って飛ぶ鳥になったみたいでしたよ。空がいつもより青く見えました」

 

「そうなんだ…。いいなー」

 

「エステルは昔から皆とは違うと思ってたけど、やっぱりすごいわね」

 

「飛行機って飛行船みたいに使えるの?」

 

「将来的には旅客機を作りたいです。国内は飛行船で十分ですが、外国に行くには今の飛行船は遅いので」

 

 

現在運用されている定期船などの飛行客船の速度は時速900セルジュで、<知識>によるならば時速90kmと列車や高速道路を走る自動車程度の速度でしかない。

 

空を飛ぶため、最短距離で都市と都市を結ぶことが出来るが、国際線のような長距離だと丸一日の行程になる場合もおかしくはない。

 

しかし、飛行機なら短縮が可能だ。

 

現在の導力エンジンを用いれば現在の技術でも巡航速度で時速3000セルジュ以上の速度を出す旅客機を作ることもできるだろう。

 

<知識>にあるダグラスDC-3をモデルとすれば、経済性の高い機体を設計することもできるだろう。

 

 

「ねぇねえエステル、私も乗せてくれる?」

 

「今はまだ無理ですが、数年したらエリッサも乗れるようになるかもしれませんよ」

 

「数年かぁ」

 

「そんなにかかるものなの?」

 

「飛行船だって、初めて飛んでから一般の人が乗れるようになるまで7年かかったんですよ」

 

 

世界初の導力飛行船の登場から7年後、資産家のサウル・ジョン・ホールデン氏の尽力によって飛行船公社が設立され、ようやく導力飛行船は一般の人でも乗ることのできる交通機関となった。

 

しかし、旅客機実現の場合はその受け皿となる航空会社が既にあるので、そこまで時間はかからないだろう。

 

 

「エステルはみんなが乗れる飛行機を作るのね」

 

「はい。完成したらティオとエリッサも必ず乗せてみせますから」

 

「楽しみにしてるわ」

 

「楽しみねー」

 

 

飛行機はその性質ゆえに兵器となる運命が宿命づけられている。それでも、空を飛ぶという事は人間の古くから、ずっと古くからの願望であることは間違いない。

 

だから、いつかこの二人にも空を翔けるというあの感覚を知ってほしいと思う。

 

 

 

 

「ボースは初めて来ました。あれがボースマーケットですね」

 

「立派な建物ですね、エステル」

 

「お前たち、ボースは帰りに観光する予定だろう」

 

「そうですね。お土産も帰りに買いましょう」

 

 

父が休みをとれたのを機に、私達ブライト一家はボースを訪れていた。ボースはリベール王国第二の都市で、エレボニア帝国との交易で栄える商業の街だ。

 

たくさんの商店が軒を連ね、王都グランセルのエーデル百貨店よりも大きな屋内式の市場ボースマーケットが有名だ。

 

とはいえ、私たちの目的地はここではない。高級レストランや珍しい品々を扱う店は興味深いが、今回は家族旅行でボースの南にあるヴァレリア湖の湖畔の宿屋『川蝉亭』に4日ほど逗留する予定なのだ。

 

私のお祝いを兼ねた初めての家族旅行。なんだかとてもうきうきする。

 

ボースの南市街を抜けてアンセル街道へと進む。大人なら二時間程度の行程だが、子供の私の足ではもう少しかかる。

 

とはいえ、こういった歩きもピクニックのようで楽しい。季節は秋で、木の葉が色づきとても美しい。そしてしばらく歩くと黄色い塔が見えてきた。

 

 

「琥珀の塔ですね」

 

「まあ、大きいわね。翡翠の塔は緑色でしたけど」

 

「ゼムリア文明崩壊直後の遺跡だな。ツァイスにも同じ塔があっただろう」

 

「紅蓮の塔です。ルーアンの紺碧の塔の4つで四輪の塔と呼ばれているそうですね」

 

「内部には未知の技術で稼働する仕掛けがあり、頂上には何かの装置が存在するらしい」

 

「何かと言うと、分かっていないのですか?」

 

「はい、お母さん。おそらくは古代文明の遺産、アーティファクトの類と考えられているようです。ゼムリア文明期のアーティファクトはまだまだ謎が多くて詳しくは解明されていないんです」

 

 

超古代文明というのはなんというかXのいた世界の創作物によく登場する舞台設定だが、この世界にはそれが本当に存在する。

 

その超古代文明『ゼムリア文明』は多くの遺跡を世界各地に残しているらしいが、その中でもアーティファクトと呼ばれる遺物には特別な力を宿すものが少なくないという。

 

これらの古代遺物の多くは、今は既にその機能を失っているものがほとんどだが、まれに現在に至るまでその機能を保持しているものがあるという。

 

驚くべきは、それらの機能は常識を超えた導力魔法を凌駕する力を発揮することと、古代文明が崩壊した後の1200年間もの間その機能が保持されていた点だ。

 

これらの生きている古代遺物については、かなりの水準で科学技術が発達したこの世界の専門家でもその作動原理を解明することはできないらしい。

 

そもそも導力器は40年前にエプスタイン博士がその機能の一部を解明して生み出したものである。

 

また、生きているアーティファクトの多くは危険なものも少なくなく、しかしそういったモノを集める好事家は後を絶たないらしい。

 

これについて七耀教会などは古代遺物を『早すぎた女神の贈り物』として無断所持と不正使用を禁止しており、各国はこれを教会に引き渡す盟約を交わしている。

 

 

「古代遺物と言えば…、お父さんは『塩の杭』についてはどう考えています?」

 

「あれか。意見が分かれているというが」

 

「七の至宝(セプト・テリオン)の番外じゃないかという噂もありますね」

 

「だが、あれほどの危険なものが女神が授ける至宝とは思えんな」

 

「恐ろしい事件でしたね。ノーザンブリア大公国の方々は今どうしているのでしょう?」

 

「内乱の後、自治州にはなったが産業が無く貧困が進んだらしいな。今は男たちが傭兵となって外貨を稼いでいるという話だ」

 

 

七耀歴1178年、私が生まれる8年前の7月1日、ノーザンブリア大公国の公都ハリアスクの上空に現れたとされる巨大な杭。

 

それは何の前触れもなく現れ、そして顕現の瞬間より大気を含む周囲の全ての物質を『塩』に変えてしまうというその恐るべき性質により、公都はまたたくまに『塩』へと変わってしまった。

 

詳しい事は七耀教会によって部外秘にされているらしいが、公都に落ちた杭はその名に似合わず数百アージュの高さを誇る純白の塔というべき威容を誇っていたらしい。

 

また塩化の速度はすさまじく、1日でハリアスクおよびその周囲の針葉樹林が塩の結晶となり、僅か2日で国土の半分を塩の海と化したそうだ。

 

出現から3日でようやく塩化が停止したものの、被害は甚大で、5つの行政区の内3つが壊滅し、国民のおよそ1/3が犠牲になったという。

 

しかし、元首であったバルムント大公は国民の避難誘導の指揮などを一切行わず、我先にと国外に脱出したためにその権威は失墜。

 

そうして、突然の理不尽による不安と恐怖、産業と経済の崩壊と難民の問題、自分たちを見捨てた元首への不信により民衆による蜂起が発生。

 

これにより公国は崩壊し、民主的な議会を持つ自治州に再編される。とはいえ、すぐには生活を立て直すことなどできない。経済は崩壊しており、貧困が急激に進んだのだ。

 

しかも国土の半分を失い、さらに塩害を含めた二次的な被害により食料自給率は激減し、主要産業をも失った彼らは生活に必要な物資を輸入するための資金を早急に必要とした。

 

それは結果として旧軍部を中心に大規模な傭兵団の結成を促した。彼らは現在、『北の猟兵』と呼ばれている。

 

だが、それだけで全ての民を養えるはずもない。七耀教会の支援や各国の救済基金も焼け石に水。

 

親を失った多くの子供たちを七耀教会は引き取ったが、それでも多くの民衆が難民として各地に散り、そうして流民として厳しい生活に甘んじているという。

 

 

「お父さん、琥珀の塔に登ってみませんか?」

 

「危険な魔獣がいるぞ」

 

「お父さんがいるなら大丈夫じゃないですか? それに私も少しは剣を振れるようになったんですよ」

 

 

少し暗い話になってしまったので話題を変える。琥珀の塔、古代遺跡。なんとも心を震わせる響きではないだろうか。

 

<知識>でもアンコールワットとかマチュピチュなどの古代遺跡は世界遺産に登録されて観光名所になっていた。琥珀の塔も例外ではないだろう。

 

 

「わたし、気になります!」

 

「だがなあ…」

 

「あらあらエステルったら、お転婆さんですね。でも、お父さんを困らせてはいけませんよ」

 

「ん…、でも、ちゃんと整備すればとても良い観光名所になると思うのです」

 

「そうだな」

 

「それに、川蝉亭にもバスが通れば便利になると思うのですが」

 

「バスですか?」

 

「共和国でよく使われる導力車の交通機関か」

 

「共和国のものより小さくて良いのです。採算性を考えれば、手ごろな交通機関としてバスは優秀だと思います。飛行船や飛行機は点と点しか結ぶことが出来ませんから」

 

 

飛行機や飛行船は速度が速い分、点と点しか結べない一次元的な交通手段だ。鉄道は線で結べて経済性が高いものの、大量輸送に特化していて、個人や少ない荷物を運ぶには不都合が多い。

 

対してバスやタクシー、トラックは経済性に難があるものの面をカバーすることができ、少量輸送に適している。

 

 

「農村やこういった観光名所のために小さなバスを使うのも悪くはないと思います」

 

「そうね。でも、こうやって家族で歩くのも悪くはないですよ」

 

「んー、その辺りは個人個人の嗜好の問題ということで。お年寄りや足に障害のある人もいますから」

 

「おっ、そろそろ見えてきたぞ」

 

 

そうして3時間ほど歩いて、私たちは目的地の<川蝉亭>に辿りついた。湖畔にたたずむ暖かな雰囲気の木造建築。二階建てで正面にはプランターの花に飾られたテラスが見える。

 

リベール王国でも穴場のリゾート地として知られ、優美な風景と美味しい淡水魚の料理が評判の宿だ。

 

 

「いい所ね」

 

「お父さん、ボートがありますよ」

 

「おっ、確か貸しボートもやっているそうだから、後で皆で乗ってみよう」

 

 

そうして私たちの休暇が始まった。

 

 

 

 

「あ、これ美味しい」

 

「ふむ、いいな」

 

「そうですね、あなた」

 

 

チェックインを済ませて、私たちは一階の食堂で昼食を頂く。レインボウの塩焼きにビネガーをかけて。とても大きく新鮮なニジマスを三人で取り分ける。

 

大きさは60リジュほどで、二匹あれば私の伸長を追い越してしまうほど。白味はふわふわして淡白でありながら甘く、しかし臭みはほとんどない。

 

こういった新鮮な淡水魚も時には悪くないものである。パンとスープと一緒に大物のマスを平らげると、部屋で少しだけ休憩を取る。

 

私は最近鍛えているので大丈夫だが、3時間も歩くと流石に母も疲れたらしい。ベッドはフカフカで、私は母とベッドの上に座る。しばらくすると、父が竿を持って部屋に入ってきた。

 

 

「エステル、釣りをしないか?」

 

「釣りですか?」

 

「ああ、良く釣れるらしい」

 

「いいじゃないですか。エステル、いきましょう」

 

「はい」

 

 

そうして私たちは桟橋に出て釣りをすることにした。母はテラスでパラソルの下、私たちを見守るようだ。

 

<知識>では釣りに関しては多少の情報があったものの、Xの趣味ではなかったようであまり詳しくは分からない。アカムシやミミズの類やルアーを使って、釣針を水中に垂らす程度の知識だ。

 

 

「よし、エステル見ていろ」

 

 

父が釣針でミミズを刺し貫いて、そして竿を構えて振るう。重りの重量を利用して遠くに針を飛ばすらしい。しばらく待っていると浮きがピクピクと動き出す。

 

 

「お父さん、浮きが動いてます」

 

「まだだ…、まだまだ…、よし!」

 

 

父がリールを巻き上げる。釣竿がしなり、水面下に魚影が姿を現した。父は様子を見ながらリールを巻いたり、止めたりして、そして次の瞬間、水面から銀色に光を反射する流線型が大気に飛び出した。

 

 

「エステル、釣れたぞ!」

 

「うわ、お父さんカッコいい!」

 

「そうかそうか」

 

 

釣れたのはニジマス、先ほど昼食に出たレインボウと呼ばれる魚。<記憶>を参照とするならニジマスに相当するこの世界の魚だが、Xのいた世界のそれは虹色になるのは繁殖期のオスに限られる。

 

しかしこの世界では七耀石の欠片を飲み込むことで特殊な発色をし、本当に虹色の鱗を持つ綺麗な魚だ。

 

 

「どうだエステル、やってみるか?」

 

「はい」

 

 

そうして私も見様見真似で釣り糸を垂らす。なかなか上手くいかなくて、父ばかりが大物を釣っていく。

 

餌に魚が食いつくのだが、タイミングを見誤って餌だけ取られたり、早すぎたりして逃がしてしまう。それでも段々と感覚がつかめてきて、とうとう一匹の魚を捕まえることが出来た。

 

 

「……」

 

「ははは、やったなエステル。ボウズは避けられたぞ」

 

「小さいです」

 

「13リジュぐらいだな。カサギンだ」

 

 

釣れたのは小さな小魚。金色の鱗が輝く細い体のカサギンと呼ばれる種らしい。父によれば骨まで食べられる美味い魚らしく、また生餌として使えば大物を狙うことも難しくないのだとか。

 

ならばと、私はこのカサギンを使って大物を狙ってやろうではないか。

 

 

「てい!」

 

「はは、がんばれ」

 

「エステル、がんばって!」

 

 

父と母のエールを受けて私は再び挑戦する。そうだ、私は釣り師、アングラー。私は爆釣王になる!

 

 

「……えっ!?」

 

 

すると、突然の強力な引力。竿が大きくしなり、私は湖に引きずり込まれそうになる。五歳児の肉体では難しい勝負。だが勘違いするな。いつ私がただの五歳児だと言った!!

 

 

「くっ…、負けません! はぁぁっ、麒麟功!!」

 

 

氣を集中して身体能力を底上げする。いける! いけます!!

 

 

「お、おいエステル大丈夫か!?」

 

「ふぁいとぉぉぉっ、いっぱぁぁぁつ!!」

 

 

そうして私は一気にリールを巻き上げ、そして竿を引き上げる。空中に飛び出す魚影。私は勢い余って尻餅をついてしまう。

 

そして、釣り上げた魚は桟橋の上でピチピチと元気よく跳ね回っていた。口の大きな黒い背中の魚。体長は50リジュを超えている。驚いた母が駆け寄ってきた。

 

 

「エステル大丈夫?」

 

「はい、平気です」

 

「おお、こいつはヴァレリアバスだな。なかなかの大物だぞ」

 

「あなた、ちゃんとエステルを見てやってください」

 

「いや、はは。お、何か飲み込んでいるぞ」

 

 

ジト目の母から逃げるように父は大きなヴァレリアバスの口の中を覗き込む。そして、口の中に手を入れて何かを取り出した。出てきたのは七耀石を嵌めこんだ、綺麗な細工がなされた輪。

 

 

「T-アンクレットだな」

 

「えっと、足輪ですか?」

 

「特殊な法術がかけられていてな。移動を妨げる障害を打払う力が宿っている。なかなか高価な装身具だぞ」

 

「すごいわね、エステル」

 

「ああ。しかも、ヴァレリアバスはここいらでは珍しい魚のはずだからな」

 

「そうなんだ」

 

 

そうして、このビギナーズラックの影響か、私の趣味に釣りが追加されることになる。

 

 

 

 

その後、私たち家族はボート遊びや散策などをして遊び、絶品の魚料理に舌鼓をうった。私は釣りの面白さに目覚めて、ボート釣りにも挑戦し、父といい勝負が出来るほど魚釣りのコツを掴むことができた。

 

また、朝や夕方には父に剣の稽古をつけてもらう。

 

 

「たぁっ」

 

「打ち込みが甘い」

 

 

父はとても強く、最近ではようやくその強さの一端を窺い知ることが出来るようになった。隙がありそうで無く、変幻自在で雲をつかむ様な感覚。

 

父が言うには無にして螺旋なのだという。よくは分からないが、八葉一刀流の基本的な概念なのだろう。螺旋と言うからには円運動。父の動きを必死に観察する。

 

 

「良くなってきたな」

 

「はぁ、はぁ…。そうでしょうか?」

 

「おう、お前は筋がいい。氣の扱い一辺倒だと思ったが、剣もしっかりと基礎を積んだのだな」

 

「毎日、素振りばかりしてましたから」

 

 

母がにこやかに見守る中、父から私は多くの事を学んでいく。楽しい。すごく楽しい。とても幸せな時間。いつまでもこんな時間が続けばいい。

 

愛されて、愛して、美味しいものを食べて、たくさん遊んで、多くを学ぶ。こんなにも幸せなことが他にあるだろうか?

 

そうして二日が過ぎる。そして夜、私は机に広げた大きな紙を前に頭を悩ませていた。飛行機の設計をしているのだ。今設計しているのは4つのエンジンを持つ大型の飛行機だ。

 

単発の飛行機とは違って大型化できるが運動性が悪く、旅客機や輸送機に向いている。ダグラスDC-6やロッキード・コンストレーションのような機体が作れれば理想的だ。

 

問題は大型大馬力のエンジンと経済性、それに長い滑走路の整備の必要性だ。

 

導力飛行船は垂直離着陸機であるため広い滑走路を要さず、空港の大きさもコンパクトなものに収めることが出来る。だが、大型の旅客機には大きな空港が必要不可欠だ。

 

そして、リベール王国という小さな国土では飛行機による乗客の輸送は経済的ではない。

 

より大きな、カルバード共和国やエレボニア帝国、レミフェリア公国やアルテリア法国といった外国への長距離輸送にこそ真価が発揮される。

 

だが、それには国際的な取り決めが必要で、私だけの力ではどうにもならない。

 

 

「いや、大型機なら導力飛行船の機能を導入することも不可能ではない?」

 

 

大型機ではあるが、地球のそれと違ってこの世界のエンジンは導力エンジン、つまり燃料を積載しなくても良いのだ。なら、その空いたスペースに重力制御機構を取り付けることは出来ないだろうか?

 

それほどの規模じゃなくてもいい。最悪、STOLでも我慢すべきだ。200アージュ程度で離陸できれば目はある。

 

 

「そうなると、ここがこうなって…、いや、これだと前後のバランスがおかしくなる」

 

 

荷重は翼にかかればいい。なら主翼と水平尾翼に重力機関を分配してやれば、揚力に反重力が加わって、通常よりもはるかに短い滑走距離で離陸できるようになる。

 

あとはバランスだ。重力機関は離陸と着陸時だけに使えばいいが、事故が起きやすいのもこの時だ。繊細な姿勢制御が必要になる。

 

 

「ん、やはり機械式では複雑になってしまいます。今度は整備性が…。やはり導力演算器を導入すべきですね」

 

 

ツァイス中央工房とエプスタイン財団において研究されているこの世界におけるコンピューターが導力演算器だ。これは複雑な姿勢制御を要する導力飛行船にも導入されている。

 

全てを導力化すると信頼性に問題が生じかねないが、整備性と天秤をかけた場合、仕方がないかも知れない。

 

 

「ん…、今日はこのあたりにしますか」

 

 

私は伸びをしてペンを置く。ある程度の案が思いついて、それなりに形になった。後はじっくりとシェイプアップしていけばいい。

 

それに、私は家族旅行でここにきているのだから、仕事ばかりしていてはいけないのである。そうだ、父と母はどうしているだろう。私は二階の部屋を見に行く。

 

私と母が泊まっている部屋には誰もいない。父の部屋だろうか。私はなんとなしに父の泊まっている部屋のドアノブを開けた。

 

ノックすべきだった。むしゃくしゃしてやった。ドアならなんでもよかった。今は反省している。

 

 

「あ」

 

「ぬおっ!?」

 

「エ、エステル!?」

 

 

パパンとママンが服をはだけさせて、プロレスごっこをしている模様。脳内で警告音が鳴り響く。<知識>からこの状況に該当する情報が与えられ、私は赤面する。

 

父は固まり、母は真っ赤な顔でシーツを手繰り寄せた。この場合どうするべきか。<知識>は手遅れという模範解答を提示した。

 

 

「えと、ごゆっくり」

 

 

私はそそくさとドアを閉めた。うむ、部屋で二人の間に微妙な気分が漂っている可能性大。

 

翌日「ゆうべはおたのしみでしたね」と声をかけておいた。夫婦は顔を赤らめて言い訳をしていたが、仲がいいことは良い事である。私はそう思いました。

 

 

 





持ち上げて、叩き落とす。

4話目でした。

今回は速度の話。

<速度の対比>
アルセイユ(世界最速の高速巡洋艦):時速3200セルジュ(時速320km)
定期飛行船:時速900セルジュ(時速90km)
警備艇(初期生産型):時速1800セルジュ(時速180km)
山猫号(帝国の最新型):時速2300セルジュ(時速230km)
ルシタニア号(豪華客船):時速700セルジュ(時速70km)
ジーク先輩(紳士):時速1800セルジュ(時速180km)
碧の軌跡のZCF製導力車:最高時速1500セルジュ(時速150km)

ということになります。飛行船は遅いですね。まあ、空力的な部分を考慮していないので仕方ないのかも。

ジーク先輩の水平飛行速度半端ないです。流石ファンタジーに生きる鳥。



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