【凍結中】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ(旧版)   作:矢柄

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FC編に入ります。


FC編
040


月の光が雲に遮られる闇夜。星のか弱い光では暗色の木々を照らすことはなく、闇に目が慣れたとしても足元は覚束ない。

 

それでも彼は張り出した根などに足を取られることもなく、足場の悪い木立の中を風のように駆け抜ける。

 

 

「くっ、なんとか撒いたか?」

 

 

追跡者の気配が感じられなくなり、ようやく彼は立ち止り荒くなった息を整える。所定の目的は果たした。後は早くこの情報を伝えなければ―

 

 

「っ!?」

 

 

理解が追い付かなかった。突然、何の予兆もなく大地が炸裂し、体が宙に吹き飛ばされる。意味も分からないまま土砂の奔流に巻き込まれ、意識が飛ぶ。

 

 

「ぐぁぁぁ!?」

 

 

体中から激痛が走り、肉体が悲鳴を上げる。拙い。これは追っ手による攻撃だ。立たなければ。間違いなく殺される。

 

なんとか立ち上がり、敵を見据える。男だ。くすんだ金髪の荒んだ目の若い男。王国正規軍の軍服に身を包んでおり、その背は高く200リジュはあるのではないだろうか?

 

男が持っているものはスコップだ。おそらくは塹壕を掘るための軍用の。それを引きずりながら、まるで生気の抜けた幽鬼のごとく私の方に近づいてくる。

 

 

「お前たちは何をしようとしている?」

 

 

問いかけるが答えはない。まるで最近になって後輩に連れられて見たホラー映画のように、その男は何の反応も見せず、歩く死体のように歩いてくる。

 

ゾクリと背中に寒気が走る。勝てるビジョンが一切思い浮かばない。しかし、私は槍の柄を掴む力を強め、精神を鼓舞する。

 

 

「はぁっ、方術、儚きこと夢幻のごとし!」

 

 

一息にて後ろに跳躍すると同時に、私の十八番ともいえる方術を用いる。夢幻の刃が男に向かい落下して―

 

 

「なっ?」

 

 

目を疑った。男はまるで羽虫を手で払うように、《鬱陶しそう》という表現がぴったりと当てはまるかのようなぞんざいさで夢幻の刃を左腕で払いのけたのだ。

 

 

「ならばっ…、来たれ雷神、空と海の狭間より…!!」

 

 

気圧されそうな心を奮い立たせ方術を用いる。次の瞬間、闇夜を引き裂くように青白い閃光が世界を割る。

 

高熱のプラズマが大気を引き裂き、内臓を押し潰すような重低音の雷鳴が森に響き渡る。目も眩む閃光は、一瞬だけ視界を白く染め上げ、そして、

 

次に視界が捉えたのは、私の眼前に迫った大きな手のひら。

 

 

「あがっ!?」

 

 

私の顔面をむんずと掴み取った大きな手は、ぎりぎりと万力のように頭蓋骨を締め付ける。痛みに気を失いそうになったとき、男はそのまま私を身体ごと乱暴に振り回した。

 

反撃するような余地もなく、私は遠心力のままに上空に放り投げられた。天地の逆転、私は一切の上下感覚を失う。

 

 

「ば…か…な……」

 

 

そして私が最後に見たのは、思い切り振りぬかれるスコップの残像。私は痛みすら感じずに意識を手放した。

 

 

 

 

「……」

 

「なるほど、してやられたか。アルジャーノンをも欺くとは、流石は《方術使い》殿といったところか。いや、カシウス・ブライトの指示かな?」

 

「…」

 

「仕方あるまい、アレが相手では大佐殿も分が悪かろう。それに、《方術使い》殿は丁重に送り届けねばな。では教授、お願いしよう」

 

 

 

翌日、グランセル港にてとあるB級遊撃士が昏睡状態で小舟に乗せられているのが発見される。

 

命に別状はなく、身体に後遺症はなかったものの、前後の記憶が曖昧であり、結局彼の身に何があったのかは捜査当局にも遊撃士協会にも分からず仕舞いだった。

 

 

 

 

 

 

4月、朝日が部屋に差し込むとともに目を覚ます。眼を指でこすって欠伸をすると、小鳥が囀る音と共にどこか哀愁を漂わせるハーモニカの音色に気が付いた。

 

音楽に耳を傾けながら着替えをすまして、髪を梳く。演奏は途切れ途切れに、誰かに聞かせるわけでもなく、ただ気ままに、しかし詩情を感じさせて続いている。

 

演奏されている曲は《星の在り処》。エレボニア帝国で一時期はやった名曲らしいそれを知るリベール王国の人間は数少ないが、この家の人間に限ればその例外にあたることとなる。

 

私は伸びをした後、レースのカーテンを開く。滑車の軽やかな音が響くとともに明るい陽の光が脳を起動させた。

 

そのままベランダに続くガラス扉を開いて外の空気を吸い込む。そして音色に誘われるままベランダに出て視線を演奏者へと向けた。

 

演奏者はたぶん私に気付いているだろうけれど、演奏を止めずに最後まで吹き切る。それが終わると私はいつものように拍手を送った。

 

 

「おはようございます、ヨシュア」

 

「おはよう、エステル」

 

 

いちいち曲の感想は言わない。それでも私は彼の演奏が好きだし、この曲も好きだ。レコードも持っているし、自分でもピアノとかで演奏できる。

 

まあ、ヨシュアがハーモニカでこの曲を吹くと郷愁と言うか物悲しさを感じて、レコードや自分で演奏するのとは一味違うような気がする。

 

 

「ヨシュアが遊撃士ですか」

 

「まだ資格は貰えてないし、貰えても見習いだけれどね」

 

「貴方ならすぐに正遊撃士になれますよ。お父さんだって太鼓判を押してるじゃないですか」

 

「うん。でも、それと油断するのとは別だから」

 

「真面目ですねぇ」

 

 

そういう誠実な部分は好ましい。時折ネガティヴな思考に沈んでしまう彼だけれども、正しくあろう、優しくあろうという彼の誠意はいつも感じる。

 

遊撃士というのは中々に自由の利く仕事だけれど、同時に大きな責任を伴う。だが、それでも常にヒトと誠実に向き合おうとする彼ならばきっと大丈夫だろう。

 

 

「じゃあ、下に降りましょうか」

 

「そうだね」

 

 

ベランダから屋内に入って廊下を行く。木象嵌で飾られた廊下、両側の壁にかかる絵画や陶磁器などの品々はほとんどが貰い物だ。

 

部屋はそれなりに多く、客室やラウンジ、理容室や遊戯室まで備えている。必要のない部屋があり、スペースは余り気味。とはいえ、これ以上メイドさんを増やすほどの広さでもない。

 

以前、《竜陣剣》で吹き飛ばしてしまった屋敷は、前よりも少しだけコンパクトにまとめて立て直されている。

 

 

「おはようございます、お父さん」

 

「おはよう、父さん」

 

「ああ、エステルにヨシュアか。おはよう」

 

 

階段を下りて食堂に入ると、新聞を読んでいた父さんに出迎えられる。執事のラファイエットさんとメイドのクリスタ、エレンの姉妹が給仕をしてくれている。

 

食堂は草花が描かれた明るいパステル調の黄色い壁紙の部屋で、北側に光を取り込むガラス窓と橙色のカーテン、右手に白亜の暖炉がありその上に金の置時計が時を刻む。

 

シャンデリアはエレボニア帝国から取り寄せた一級品のクリスタルガラス製らしい。絨毯は羊毛で作られた大陸南方のものだとか。

 

中央にはちょっと大きめの長方形のテーブルがあり、落ち着いた暗色のそれの使用木材はクルミだ。

 

お父さんの座る奥北側と手前南側には肘付の椅子、テーブルの側面には肘無しの椅子が4つ配置され、座面のクッションカバーは黄色を主体とした柄で統一されている。

 

テーブルの中央には華やかな赤い花が飾られていて、南側手前と右手側には金に縁どられた皿の上に朝食としてのオムレツとサラダ、そしてティーカップが用意されていた。

 

 

「おはよう、みんな」

 

「おはようございます、お嬢様」

 

 

クリスタに促され、手前のお父さんと正対する南側手前の席に座る。ヨシュアの席は右側で、ヨシュアのためにエレンが椅子を引きだす。

 

エレンがトーストしたばかりのパンを私とヨシュアの皿の上に配膳し、クリスタが暖かな紅茶をカップに注いだ。

 

 

「余裕そうだな、ヨシュア」

 

「そんなことないよ」

 

「ふふ、ヨシュアが不合格になったら空から月でも落ちてくるんじゃないですか?」

 

「はは、あるいは空が落ちてくるかもしれないな」

 

「買いかぶりすぎだよ二人とも」

 

 

いや、むしろ過小評価ではないだろうか? 彼は既に正遊撃士としてやっていけるだけの実力を兼ね備えているのだし、数年でA級に届いてもおかしなことではない。

 

戦闘面ではシェラさんをずっと上回っているし、導力器に関する知識や技術、サバイバルや交渉術についても年齢にはそぐわない能力をもっている。

 

なんだこのパーフェクトなイケメンは。ティオ(パーゼル家の方)の話では女子にたいそうモテるそうだし。

 

私はさくりとトーストを齧る。うまうま。

 

 

「父さんたちは、今日はどうするの?」

 

「ふむ、今日は陸軍基地の視察だったか?」

 

「はい。ヴェルテ要塞の視察です」

 

「そういうことだ」

 

 

昨日は空軍基地の視察で、今日は陸軍基地の視察である。ヨシュアの合格を祝うパーティーを開く予定なので、それほど長い時間はかけないけれど。

 

 

「研修は実地でしたか?」

 

「うん。戦術オーブメントの運用を含めた一通りの仕事を遂行する実地研修かな」

 

「この1年の総決算ですね」

 

 

この1年間、ヨシュアはシェラさんに師事する形で遊撃士の資格をとるための研修をしてきた。

 

シェラさん曰く、こんなに手のかからない研修生を受け持ったことは無いとのことだが、まあ、それは仕方がないだろう。

 

とはいえ、生誕祭まで私がお父さんを貸し切りにする予定となっているので、即戦力となるヨシュアの加入は大歓迎なのだそうだ。

 

 

「では、そろそろ行く準備をしましょうか」

 

「そうだね。僕は一足先に遊撃士協会に行ってくるよ」

 

「ふふ、頑張ってください」

 

「うん。ありがとうエステル」

 

 

そうヨシュアは微笑みながら席を立ち食堂を出ていく。その後ろを甲斐甲斐しくエレンがついていった。若いなー。

 

 

「ヨシュアが遊撃士になる…ですか」

 

「意外か?」

 

「どうでしょう? 意外といえば意外ですけど、でも天職かもしれませんね」

 

「そうだな」

 

「性格もびっくりするほど丸くなりましたしね。多分、あの頃の話をすると恥ずかしくなって壁に頭を叩きつけはじめるんじゃないですか?」

 

「いや、苦笑いするだけだろう」

 

「あー、確かに」

 

 

黒歴史を思い出して枕を抱きしめながらベッドの上で悶々とゴロゴロ転がるヨシュアというのは想像できそうにない。

 

どちらかと言えば苦笑いした後、哀愁を帯びた表情で遠くを見る気がする。そしてそれを見た女子どもをキャイキャイと言わすのだ。

 

まあ、アレと結ばれる女の子はある意味において苦労させられるのではないだろうか?

 

 

 

 

 

 

「んー、比較的練度は高いんでしょうけれど、及第点かと言われると…」

 

「まあ、そう言うな。お前の要求値が高すぎるんだ。俺からしてみればエレボニア帝国と遜色ないと思うが?」

 

 

ヴェルテ要塞にて、兵士たちの訓練風景を眺めてぼやいてみる。悪くはないが、全体として弛緩している感じ。まあ、前線ではないから仕方がないかもしれないが。

 

5,000名からなるリベール王国軍第2歩兵旅団が駐屯するヴェルテ要塞はヴェルテ橋の旧関所に作られた陸軍の駐屯地だ。

 

一年戦役において帝国軍による渡河を許したレナート川は、王都防衛の第二防衛線として再構築され、トーチカや観測所などが両岸にて巧妙にカムフラージュされて配置されている。

 

そしてヴェルテ橋の傍に構築されたのがこの駐屯地だ。レーダーや弾薬庫、高射砲陣地や掩体壕、通信施設など一通りの軍事施設がそろっている。

 

もっとも王国軍はレイストン要塞とハーケン門に重心が偏っていて、常駐は5,000人程度。しかし、有事には軍団規模の兵力を受け入れるように設計されているらしい。

 

鉄筋コンクリートによって強固に固められた地盤と、クレーンや掩体壕などの無数の軍事施設は武骨で威圧感を放つが、ここを突破された記憶を持つロレント市民からすればこのぐらいじゃないと安心できないとのこと。

 

士官に案内されながら、兵の練度や言葉に耳を傾ける。装備についてもスペックは知っているし、報告も詳しく受けているものの、実際に使っている人間の意見は必要だ。

 

 

「ウルスの性能も安定してきているみたいですね」

 

「ええ。アレがあれば帝国軍なんて怖くはありません」

 

「戦車は万能ではないぞ」

 

「もちろんですカシウス大s…、失礼、カシウスさん」

 

 

主力戦車のウルスは4年前にデビューしたリベール王国の機甲戦力の中核であり、Xの世界における第2.5世代MBT相当の戦闘能力を持っている。

 

これは周辺国に対抗可能な機甲戦力が存在しないという状況を生み出した。

 

例えば今年になって配備が開始されたアハツェンはウルスに対抗しえないとメーカーであるラインフォルト自身が認めてしまっている。

 

故にラインフォルトはアハツェン・タイプBの開発を発表し、10リジュだった主砲の口径を12リジュへと変更する予定らしい。

 

話しによれば砲塔を変更したせいで全体のバランスが崩れてしまい、当初予定していたスペックが満足に発揮できなくなるそうなのだけれど。

 

それでも我が軍の戦車を撃破できうるというのは向こう側にとっては重要だ。まあ、戦車だけで戦局が決まるわけではないのだが。

 

 

「戦車の役割は過去も未来も一つ、突破ですからね」

 

 

戦線の脆弱点を突破し、爆撃機やコマンド部隊と共同して補給線や司令部、あるいは長距離火砲や予備兵力を脅かす。

 

これにより敵の進軍を遅滞させると同時に孤立させ、情報を錯綜させると共に主力が拘束した敵主力を爆撃と砲撃によって殲滅する。

 

エアランドバトルと呼ばれる戦闘教義(ドクトリン)のための縦深攻撃を担うのが機甲となる。

 

まあ、制空権がとれる自信がないと選びにくいドクトリンなのだが、リベール王国は今のところそれが行える。

 

空軍に自信がなければゲリラ戦術を選ばざるを得なくなるのだが、それは焦土戦術と同様に国土を荒れ果てさせるので、本当は選びたくない戦術となる。

 

要塞に引きこもる消耗抑制はXの世界のフランスが大失敗して時代遅れを証明しており、エレボニア帝国が例の騎神を投入するならば山岳浸透戦術などというマイナーな手法で迂回してくる可能性を考慮すべきだ。

 

 

「とはいえ、リベール王国で機甲が活躍できるのは、ここから東の平野部なんですけどね」

 

「確かに。ボースは山岳地帯と森林が多いですから」

 

 

ボース地方とロレント地方を東西に分けるレナート川を渡河すれば、ミルヒ街道が通る広大な平原部に出ることとなる。

 

そのまま街道沿いに東にいけばロレント市が、南に平原を抜ければグランセルを囲む城壁アーネンベルクへと到達できる。

 

農地と草原しかないこの平野部は機甲戦力の独壇場だ。対してレナート川の西側、ボースに続く東ボース街道は森林地帯を貫く形で通っている。

 

故にここから西では戦車よりも歩兵が有利となる。なので、この基地には戦車があまり配備されていない。

 

なので、戦車を置くよりも歩兵のためのトーチカなどの防御施設を充実させた方が良い。北部は峻険な山脈があるため、敵の浸透はほとんど無視できた。

 

 

「まあ、ハーケン門はアリの巣だって話ですけどね」

 

 

帝国と王国の陸路における唯一の連絡路、ハーケン門とそこに続くアイゼンロードは無数のトーチカが建造され、そしてそれを結ぶ迷宮じみた地下道網が整備されている。

 

一年戦役で何の役割も果たせなかったハーケン門は、このように偏執的とも言える強固な要塞へと生まれ変わった。正気ならば大抵の軍司令官はここを迂回するだろう。

 

 

「ハーケン門の地下要塞は都市伝説がありまして」

 

「知ってます。迷うと二度と戻ってこられないとか、遭難した兵士の呻き声がどこからともなく聞こえてくるって奴ですね」

 

「そんなのがあるのか?」

 

「呻き声はトーチカから入り込んだ風が共鳴音を出してるだけだっていう説明をしているそうです」

 

 

遭難者が出るというのはデマである。新兵は確かに迷うらしいが、そんな遭難するような迷宮みたいな構造だと防御施設として意味がないのである。

 

そうして私はお父さんをお供にこの駐屯地の基地司令である旅団長と会談を行い、施設を見て回り、士官や兵士とちょっとした交流をする。

 

下士官や兵士たちの士気は高いように見受けられるし、表情も暗くはない。多少、私に対する過剰な憧憬を向けられて居心地が悪くなるのだけれど。

 

 

「はは、仕方ないですよ。准将は英雄ですから。最近は《空の魔女》だなんて蔑称が流行ってますけれど、俺たちにすれば勝利の女神ですから」

 

 

そう語るのは戦車兵の一人で、一年戦役を戦い抜いたベテランの曹長だ。戦役の際は帝国軍から鹵獲した戦車で活躍したらしい。

 

 

「報告書では新しい兵器が登場するたびに、覚えなくちゃならないことが増えて苦労するという意見があるようですね」

 

「そうつぁ、どんな仕事でも日々勉強って奴ですよ。でもまあ、導力端末の使い方はなかなかしんどいものがありますけどね」

 

「なるほど」

 

「便利なのはわかるんですけどね。C4Iでしたっけ? 確かにモノにできりゃあ戦場が変わるんでしょうが」

 

 

指揮(コマンド)、統制(コントロール)、通信(コミュニケーション)、コンピューター、情報収集・解析(インテリジェンス)。

 

情報技術の発達は軍隊において兵士一人一人を細胞とし、有機的かつスマートに運用するための下地を形成した。

 

前線の情報が即座に司令部に伝えられ、解析され、軍全体の動きに反映されるというのはある意味において戦場の霧を取り払うに等しい。

 

それができるならば、進軍中の敵部隊を発見次第、互いに離れた位置にある複数の部隊を呼応させて多方面から挟撃するというようなことも可能となる。

 

あるいは塹壕などから出て進軍を始めた敵部隊に、即時に近辺に展開する航空部隊によって攻撃支援を要請できるだろう。

 

さらに発展すれば、導力端末によって味方部隊の損耗率や疲労度合、弾薬の残量などの状態を軍全体で共有できるようになる。

 

そうなれば、味方の部隊に対して自分たちがどのような支援を行うべきか、いちいち司令部の情報解析を待つこともなく臨機応変に行うことも可能となる。

 

まあ、まだまだシステムの構築途上であるのだけれど。

 

 

「なるほど。ソフトウェア…OSの改良の余地があるかもしれませんね」

 

「いやあ、そんな手間を准将にかけるわけにゃあ…」

 

「いいえ、そういった少しの改良が末端の兵士の生死を分かつんですから」

 

 

インターフェイスの改良や表示ディスプレイにおける文字や図の配置を人間工学的な見地から改善すべきだろう。

 

それでも導力端末というのは慣れない人間からすればとっつきにくいはずだし、より直感的な応答をするシステムの構築も考慮すべきだろう。

 

ヘルメットと一体化したマウントヘッド型端末や、視界を遮らない投影型のディスプレイ、タッチパネルなども開発中だが、配備はまだまだ先になる。

 

 

「流石ですなぁ。情報部もいろいろと動いているみたいですし、リシャール大佐といいシード中佐といい、ああいう上官がいてくれると俺たちは安心して戦えるってもんです」

 

「情報部ですか?」

 

「ん、ええ。最近、去年からよく情報部の連中が出入りしてましてね。そのおかげで家柄だけのバカが大人しくなったり、大助かりなんですよ」

 

「……なるほど」

 

 

とはいえ、情報部からはそういった話は聞いていない。情報部の責任者ではないし、報告前という可能性もあるが…。

 

すると、突然懐の戦術導力器が振動を始める。導力通信の着信。第五世代戦術オーブメント《ソルシエール》の試作品には無線通信機能を付与している。

 

私はソルシエールを手に取り通話に出た。

 

 

「はい。……なっ!? 分かりました。続報を待っていますので…」

 

 

エレボニア帝国にて、遊撃士協会の帝都支部及び各地の支部が次々と襲撃されたらしい。帝都支部は高性能爆薬による爆破により全壊。死傷者多数。

 

ちょうど今会話にあった情報部からの緊急通信。それは私の心をざわめかせ、何か大きな事が起こり始めているという予感めいたものを私に覚えさせた。

 

 

 

 

 

 

「ヨシュア、おめでとうございます」

 

「うん、ありがとう」

 

「これからが本番だぞ」

 

「分かってるよ父さん」

 

 

夜、私たちは知人などを呼び寄せてささやかなパーティーを開いた。ヨシュアが準遊撃士となった事は、彼を知る多くの人たちにとっての慶事に違いない。

 

帝都からはエリッサが、さらにツァイスからエリカさんやティータ、ダンさんたちラッセル家の面々が来てくれた。

 

ヨシュアとも親しくしてくれているパーゼル夫妻とティオとチェル・ウィルの双子たち、エルガーさんとステラおばさんも当然参加してくれている。

 

他にもシェラさんとアイナさん、他にはお父さんの戦友だったフェイトさんと娘さんのユニちゃん、それにルックやパットといった子供たちの顔もある。

 

パーティーは立食式で、いくつもの白いクロスがかけられた丸いテーブルに様々な料理が載せられている。

 

 

「エリッサ、今日はヨシュアのためのパーティーなんですから、抱きつかないでください」

 

「んー、確かに学校には兄弟が遊撃士の資格を取ったお祝いをするためっていう理由で外出許可とったけど、嘘も方便っていうよねー」

 

「おい、嘘なのか。学校に言いつけますよ」

 

「そう言いつつもやらないんでしょ? エステルやーさーしーいー♪」

 

「ええい、頬を擦り付けるな! ティオ! これ引き取って!!」

 

「エリッサのことはエステルが責任もちなさいよ。そこまで悪化させたのはだいたいエステルのせいなんだし」

 

「そうだよ。私の心を奪ったエステルのせいなんだよ!」

 

「くっ、こうなればヨシュアに助けを…、え、あれ、なんかいい雰囲気?」

 

 

ヨシュアに甲斐甲斐しく奉仕するメイドのエレンさん。料理をとって、飲み物を用意し、そしてなぜか《あーん》をしようとしている。

 

 

「ヨシュアはプレイボーイだから邪魔しちゃだめだよエステル」

 

「エレンはあんなに積極的でしたっけ?」

 

「いえ、その、たぶんエリッサ様に焚き付けられたのでは?」

 

「えー」

 

 

溜息交じりに見守るような表情のクリスタさんが理由を答えてくれた。クリスタさんは金髪の美人さんの28歳。浮いた話はない。

 

似非お嬢様な私よりもずっとお嬢様然とした人なんだけれど、実は猟兵出身というちぐはぐな印象を人に与える。

 

 

「姉としていいんですかそれ?」

 

「あの子ももう大人ですから、私から何か言うようなことはありませんわ。それでも、本人のお気持ちを無視するわけにはいきませんが」

 

「ん、クリスタさんはヨシュアの想い人に心当たりあり?」

 

「ふふ、どうでしょうか」

 

「というか、クリスタさんはどうなんです? 恋人とか」

 

「……そうですね。良い方を紹介していただけます?」

 

 

クリスタさんは少しだけ何か詰まるように間を空けた後、作った笑顔でそう答えた。とはいえ、この場で深入りするのも何だろうと、私は適当に話を合わせる。

 

 

「いいですよ。ZCFには機械とか試験管相手は得意だけれど、女の子の相手はさっぱりな、でも実は良物件がけっこういますから。そうですね、シニさんとシェラさん、アイナさんも誘って合コンでもセッティングしましょうか?」

 

「ぜひ。でも、あの二人がそろったら、相手を酔い潰しません?」

 

 

そんな風に私たちは思い思いにパーティーを楽しむ。そして、私は頃合を見計らってヨシュアに近づいた。

 

 

「ヨシュア、プレゼントがあるんです」

 

「え? 父さんからも貰ったけれど、エステルも用意してくれていたんだ」

 

「はい」

 

 

綺麗な東方風の紙で包装された箱を私はヨシュアに手渡す。ヨシュアは照れたようにそれを受け取った。

 

 

「ありがとうエステル、開けていい?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 

ヨシュアが丁寧に包装を開き、箱を開ける。入っていたのは鳳凰を象った刺繍のされたベルト。遥か東方に生息する希少な魔獣の皮を使った、黒色の落ち着いた感じの品だ。

 

カルバード共和国の東方人街で見つけた品で、一目で特別な品だという事が分かった。多少値が張ったけれども、長く使える品を贈りたかった。

 

 

「すごい。ありがとうエステル、大切にするよ。でも、使うのがもったいないな」

 

「ふふ、使ってやってください。長く使えば、風合いもよくなっていくと思いますよ」

 

 

そうして私たちは笑いあう。同時に願った。どうか、こんな穏やかな関係がいつまでも続きますようにと。

 

 

 

 

パーティーが終わり、参加者たちも帰路についた。片付けが一段落して、エリッサとヨシュア、私とお父さんの4人の家族の団欒の時間をゆるりと楽しむ。

 

お父さんがお酒の入ったグラスをテーブルに置く。

 

 

「パーティーが出発前で良かった」

 

「やっぱり、呼ばれたんですか?」

 

「エステルは知っていたか」

 

 

エリッサが首をかしげる。ヨシュアは何かに気付いたように視線を上げた。簡単な話、お父さんはエレボニア帝国の遊撃士協会への救援に向かう。

 

それをお父さんが話すと、ヨシュアはそうかと呟き、エリッサはエレボニア帝国を助けるという言葉に少し顔をしかめた。

 

 

「それで、いつ出発するの?」

 

「明日の10時には立つ予定だ」

 

「お父さんなら大丈夫だと思いますが、どのくらいかかると思いますか?」

 

「そうだな。少なく見積もっても半年はかかるだろう」

 

「情報部の助けは……、いらないですね」

 

「ああ。帝国の目があるからな」

 

 

まあ、本当はこの件について情報部の助けを借りたくないという意味もあるのだけれど。このタイミングでお父さんをリベールから遠ざけるというのは…。

 

偶然なら良いが、そもそも遊撃士協会を襲撃するというメリットを考えると、希望的観測は持たない方がいい。

 

 

「なに、帝国にも優秀な遊撃士はいる。《紫電(エクレール)》を筆頭にな」

 

「《紫電(エクレール)》サラ・バレスタイン。A級でしたか」

 

 

赤い髪の女性遊撃士。紫電を纏い、剣と銃を駆使して敵を屠ると聞いている。戦闘能力なら西ゼムリア大陸の遊撃士の中でも飛び抜けているという。

 

 

「なかなか見どころのある娘だ。美人だしな。それでだ、ヨシュア、俺が受け持っていた仕事をいくつかお前に回したいと思うんだが」

 

「……うん、いい経験になりそうだしね」

 

「そうか。うん、任せたぞ」

 

 

そうして翌日、お父さんはエレボニア帝国に向けて旅立った。それは、どこか大きな変化が私たちに訪れるという漠然とした予兆のように思えた。

 

 

 




ようやく原作突入。そういえば、『暁の軌跡』というのが発表されましたね。主人公格らしき少年とか中二病っぽくて痛々しいですが楽しみですね。

040話でした。

リベール王国の戦闘教義はエアランドバトルです。でも好きなドクトリンはソ連型の縦深攻撃。

戦術核をばらまきながら戦車部隊が怒涛のごとく前進し続けるとか、世紀末的でかっこいいと思いませんか?

旧日本帝国陸軍型の浸透戦術重視は、うん、末端の兵士にはなりたくないですね。肉弾攻撃とか、夜間突撃とか…。まあ、貧乏が全部悪いんですけど。

でも、毛主席が発明なされた偉大なる人海戦術にはもっと参加したくないですね。核で1千万人死んでも、人間余ってるから大丈夫とか…。

自分が兵士ならWWⅡフランス型の消耗抑制ですね。マジノ線に引きこもりたい。むしろ部屋から出たくない。仕事したくないでござる。

電撃戦はドイツ発祥、イスラエルでおかしなことになって、エアランドバトルで結実した感じでしょうか?

イスラエルのオールタンクドクトリンは、戦車だけで突って対戦車ロケットでボコられるのが快感になる戦闘教義です。


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