【凍結中】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ(旧版)   作:矢柄

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上空5000アージュから放たれていた導力波が計器上で観測されなくなる。リベール王国空軍が誇る早期警戒管制機が活動を休止した証拠だ。

 

不定期に上空から空を監視するあの航空機は厄介だ。おそらく何の情報も持たずに空を飛んでいたならば、すぐさま連中の警戒網に引っかかってしまうだろう。

 

 

「連中の言ってた通りか…」

 

「ねぇ、キール兄、なんていうか、大丈夫なのかな…?」

 

「怖いか?」

 

「べ、別にそんなんじゃないよ!」

 

 

妹が強がるように言うが、しかしその瞳には不安を隠せない。古くからカプア家に仕えていた子分たちにカムフラージュを外させ、離陸準備をさせてブリッジから人払いをする。

 

外では偽装のために被せていた迷彩色のシートと木々の枝を取り払う作業が行われ始めた。

 

 

「たださ、何ていうか、裏切るみたいで…」

 

「…確かにな。だが、その分実入りは大きい。それに、今のままじゃいずれ埒が明かなくなる。分かるだろ?」

 

「うん…」

 

 

土地に関わる詐欺によって先祖代々の土地を騙し取られ、カプア男爵家はその歴史を終えた。

 

残ったのは3人の兄弟とついてきてくれた家臣たち、そして一隻の飛行船のみ。この飛行船も抵当にされていたのだが、なんとか持ち出すことには成功した。

 

それだけで俺たちは犯罪者に堕ちてしまったのだが、今まで貴族の生活に親しんでいた俺たちが無一文で世間に放り出されるというケースよりは幾ばくかましだったろう。

 

そうして空賊という稼業に身をやつし、なんとか細々とやって来たのだけれど、流石に最近になると、帝国においても空の監視の目は強くなってきて、空賊としての活動も限界を迎えつつあった。

 

10年前のリベール王国との戦争で、空軍の前に完敗した帝国軍の優先事項が防空だったからだ。

 

最近になって帝国にも登場したレーダー施設が各所に建設され始め、強力な戦闘機が配備され始めてから同業者は次々と廃業に追い込まれた。

 

帝国では手配されているために、まっとうな仕事につくのは難しい。最悪、飛行船を生かして危険な貨物の輸送を専門とする方向に鞍替えするかという話も出ていた。

 

そこに、連中からのオファーがあったのだ。そいつらが言うには、連中は秘密裏にリベール王国に雇われているとのこと。

 

そして曰く、リベール王国に違法な薬物や盗品、偽物を持ち込む悪質な業者、関税を回避するために密輸を行う業者に対する非合法のカウンターとなってほしいのだと。

 

危険な仕事ではあるが、王国軍に非公式だが認められた安定職だ。しかも、セコイ空賊稼業よりもはるかに稼ぎが大きい。

 

加えて、密輸業者を襲撃するために必要な飛行船の改造に関しても融通をきかせてくれるというサービス付きだ。

 

カムフラージュのための迷彩柄のシートや、対地レーダー、そしてレーダー波から船をある程度隠蔽できる塗料まで用意してくれる。

 

飛行船の維持管理代も向こうが持ってくれるのだから、これほどの好待遇も少ないだろう。

 

そうして仕事を始めて数か月、俺たちは連中が満足するだけの成果を上げたようで、かなりのミラを手にすることが出来た。

 

特にあの塗料は大したもので、すぐに剥げて効果がなくなってしまうのが難点なのと、機密という事で王国国外に出ることは禁じられているが、流石は技術大国と感心するほどの効力だった。

 

しかしながら、このままこの仕事を続けていくのには不安がある。

 

なにしろ、非公認の仕事だ。都合が悪くなれば切り捨てられるのはこちらで、その時は跡形もなく破壊され、口を塞がれるなんてこともあるかもしれない。

 

生業に出来るわけがないのだ。

 

それに、ミラはそれなりに貯まったけれども、借金や領地を買い戻すだけの額にはまだまだ届いていない。子分たちを一生養っていくだけのミラも貯まっていない。

 

そこで兄貴は大きな仕事をして、いっきにミラを稼ぐ必要があると言った。俺もそれには賛成だ。こんな仕事を長く続けることなど、土台無理なのだから。

 

 

「安心しろジョゼット、お前だけは守ってやるから」

 

「いや、そういうのはいいから。皆で帰らないと意味ないじゃないか」

 

「まったく、お前は…」

 

「兄貴! 離陸の準備終わりましたぜ!」

 

 

子分たちが離陸の用意が出来たことを大声で伝えてくる。ジョゼットは頷くと、俺は出航の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

「それではお父さん、いってらっしゃい」

 

「ああ元気でなエステル。お前なら、まあ心配はいらんと思うが、ヨシュア、何かあったらたのむぞ」

 

「うん。父さんも怪我しないでね」

 

 

ロレント国際空港のリノリウムの床のロビーにて、私たちはお父さんを見送る。大きなガラス張の向こうには、いくつもの飛行船や旅客機が停まっているのが見える。

 

ロレントからはたくさんの農産物が王国各地に輸送される関係で、飛行船輸送のための大規模な空港施設が整備されている。

 

外国に農産物を届けるために国際便も受け入れており、航空機用の立派な滑走路も整備されていた。

 

まあ、政治中枢である王都グランセルや世界最大の都市ツァイス、商業都市であるボースにも立派な空港施設が整備されているので、特に際立った特徴というわけでもない。

 

唯一、ルーアンにはそういった大空港が存在しないが、国内便を受け入れる空港は整備されており、高速道路も通っているから不便と言うわけではない。

 

それに、空港施設の充実は国防においても必要事項であるため、ルーアンの空港でさえも十分な施設整備がなされていた。

 

 

「女王生誕祭までには帰りたいとは思っている」

 

「無茶はしないでください。あと、お土産期待しています」

 

「はは、任された。お前の護衛の仕事、途中で放り出してすまないが…」

 

「代わりの人を呼んでくれたんですよね?」

 

「ああ。信頼できる男だ。腕もたつ」

 

「父さんがそこまで評価しているということは、凄腕の遊撃士なんだろうね」

 

「まあな。とはいえ、到着するまで少しばかり時間が必要だ」

 

「分かっています。しばらくは軍が護衛を出してくれるようですから…、なんというか過保護な感じですけれど」

 

「言ってやるな。あいつらも3年前の件が頭から離れんのだろうさ」

 

 

リベール王国を周る旅行に、護衛としてお父さんを雇うことで軍の過剰な護衛を断ったのだけれど、帝国の件で計画が狂ってしまった。

 

もちろんメイユイさんたちの護衛だけで私としては十分なのだけれど、軍というか情報部がそれに難色を示して動けなくなった。

 

なにしろ、先日、リベール王国の遊撃士のなかでもNo.2と評価されるB級遊撃士が謎の武装集団に襲撃されて、一時は昏睡状態に陥っていたという話もあったからなおさらだった。

 

そこで、お父さんの推薦した凄腕の遊撃士を新たに雇い入れることで説得し、なんとか納得してもらったのである。

 

新たに雇い入れたのは共和国のA級遊撃士ジン・ヴァセック。《秦斗流》と呼ばれる徒手格闘技の使い手であり、《不動》の二つ名を持つ名の知れた遊撃士だ。

 

お父さんとは《D∴G教団》殲滅作戦の際に作戦の参加者として知り合ったらしく、お父さんにしては高評価を与えているようだ。

 

 

「それじゃあ、行ってくる。体に気を付けろよ」

 

 

そうしてお父さんは旅客機に搭乗して、リベール王国の地を離れた。

 

 

 

 

お父さんを見送った後、私とヨシュアは空港を後にする。

 

シニさんが運転する車の中、私はヨシュアとおしゃべりしながら流れゆく街を観察していた。

 

ロレントは10年前と比べ物にならないほどの大都市へと変貌し、一年戦役の傷跡をすっかり覆い隠していた。

 

もちろん、時計台とともに建立された慰霊碑などの戦役を記録する物もあり、多くの人々に拭い去れない心の傷が残っているものの、表面的にはそれを窺うことはできない。

 

空港の回りには各地に輸送される農産物を一時保管するための倉庫が立ち並んでいる。冷蔵機能がしっかりと整った現代的なコンクリート造りの倉庫群は中々に立派だ。

 

道路の幅は拡張され、歩道も整備されて導力車社会への対応を考えた都市計画がなされている。

 

人口も増え、地方からやって来た者、国外から移住してきた者、出稼ぎ労働者も含めれば都市人口も50万人を突破している。

 

街の規模も十倍以上に拡張され、ロレントはクロスベルに匹敵する大都市へと変貌をとげていた。

 

そうして車が遊撃士協会のロレント支部の前に止まる。

 

 

「それじゃあ、僕は仕事があるから」

 

「今日はパーゼル農園の害獣退治でしたか?」

 

「うん。夜行性らしいから、今日は遅くなるよ」

 

「どうせなら、泊まってくればいいんじゃないですか? あの双子も喜ぶでしょう」

 

「はは、そこまでお世話にはなれないかな。じゃあ、いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

 

ヨシュアがドアを開けて車外に出ると、外から子供たちの元気の良い声が聞こえてきた。

 

 

「必殺っ、ペングーオービーィィム!!」

 

「ちょっと痛いよルック」

 

 

歩道を走って近づいてきたのは、ルック君とパット君。二人は小学生で、ヨシュアやエリッサらの知り合いでもある。

 

ちなみにペングーオービームはテレビ番組で放送されている、子供向けの特撮物《水棲戦隊ペングーオー》に出てくる必殺技だ。

 

5匹の伝説のペングー戦士の熱きバーニングハートに答えて召喚される超巨大ペングー《ペングーオー》が放つ後光によって、悪の巨大魔獣グレートビッグヒツジンを撃滅するのだ!

 

SFXには依頼を受けた遊撃士たちが協力しているらしく、他にも演出のためだけに導力魔法や導力器などが開発されたと聞いている。

 

ラッセル博士なんで協力したし…。

 

何気に今年の女王生誕祭には映画が放映されるらしい。今は第3期で、子供たちに大人気。圧巻の特撮映像に大人たちにもファンがいるらしく、関連グッズも飛ぶように売れているのだとか。

 

 

「元気ですねぇ」

 

「あ、ヨシュア兄ちゃんに…、エステルお姉ちゃん」

 

「おはようございます、ルック君、パット君」

 

「お、おはようございます」

 

「ヨ、ヨシュア兄ちゃんは仕事?」

 

「うん、今日から本格的に遊撃士のね」

 

「すげぇなぁ」

 

「かっこいいね」

 

 

男の子たちにとって遊撃士と言うのはあこがれの職業の一つだ。これほど身近に正義を体現する分かりやすい存在はないのだから。

 

ちなみに、他にはパイロットや宇宙飛行士というのも人気がある。導力技師や軍人がその後に続くぐらいだろうか。

 

軍にそれなりの人気があるのは、リベール王国軍の精強さ、エレボニア帝国から国を守り勝利したという記憶が新しいからだ。

 

それに、旅客機のパイロットや宇宙飛行士になる近道は空軍だし、陸軍ならば導力重機の免許を無料で得ることが出来る。

 

ただし、歳を経るにつれて軍人になりたいという男子は減っていく。まあ、訓練は厳しいし、ZCFなどの企業に就職する方が給料も高いし休日出勤も少ない。

 

加えて、危険な任務に就く必要もないから母親としても安心するから仕方がないのかもしれない。

 

 

「そうだっ、エステルお姉ちゃん、俺、この前のテストで100点とったんだぜ!」

 

「それはすごいですね。この前のテストも頑張っていましたけれど、偉いですねルック」

 

 

ルック君の頭を撫でてあげる。

 

 

「ルックったらデレデレしちゃって…」

 

「はは、仕方ないよ」

 

「ちなみに、ルックが100点取ったのは一教科だけなんだよ」

 

「ちょっ、パットお前黙れっ!」

 

 

他の教科はパッとしない結果だったらしい。パット君の暴露によりルック君が血相を変えて怒り出す。うむ、男の子らしくって可愛らしい。

 

 

「ふふ、一教科だけでも得意な分野があるのは大切なことですよ」

 

「ほ、ほらなパット。さすがエステルお姉ちゃんは言うことが違うよな」

 

「でも、理科以外も頑張ってくれると私は嬉しいです。大丈夫、ルック君ががんばっているのはわかっていますから」

 

「う、うん」

 

「ふふ、でも今はいろんな事に挑戦してみてくださいね。パット君も。それと…、駆け回るのは公園の方がいいですよ。ここは車が危ないですから。じゃあ、私は用事がありますので」

 

 

ルック君とパット君の頭を一撫でしてから、私は車に戻る。二人は顔を赤くして、俯き加減。ヨシュアが和やかに笑みを浮かべて、手を上げて見送ってくれる。

 

 

「あ、うん。じゃあね」

 

「ばいばい、エステルお姉ちゃん」

 

 

そうして二人の男の子にも見送られ、車は一度家に戻る。今日の護衛役と合流しなければならないからだ。

 

 

 

 

家にたどり着くと、そこには軍用の軽装輪装甲車が2台ほどロータリーに停車しているのが見えた。

 

そこには黒いボディーアーマーを身を纏う怪しげな仮面の男が、情報部の制服を着た男たちに混ざって立っている。

 

 

「なんというか、浮いてますね…。メイユイさん、あのヒト知っています?」

 

「いえ、私がいた頃にはあのような士官はいなかったはずですが…。新しくスカウトされた方なのでは?」

 

 

ロータリーに車を止め、メイユイさんが車の扉を開いてから降りる。情報部の黒い軍服を着た男女が私に敬礼をした。

 

どうやらこの場を取り仕切っているのは、女性の士官のようで、軍人たちの最前列、私の正面で敬礼をしてくる。

 

赤みがかった髪の色と、どことなくプライドが高そうな雰囲気のクールビューティーな美人さん。おっぱいは控えめ。

 

そして、どこかで見覚えがあると思ったら、どうやらリシャール大佐の副官だったと記憶から情報をひねり出す。

 

その傍らに侍る目鼻を赤いバイザーのような仮面で隠した男は、純正の軍人ではないのか私に対しては軽い会釈をしてくる。

 

 

「貴女は、カノーネ大尉ですね。今日は貴女が私の護衛を?」

 

「はい、エステル准将。カシウス様と比べれば力不足かとお考えになられるかもしれませんが、ここに集めたのは情報部の中においても精鋭ですのでご安心ください。全力で護衛の任務、果たさせていただきますわ」

 

「それは心強いですね。カノーネ大尉と言えばリシャール大佐から最も信頼される右腕と聞いていますから、安心できます」

 

「まあ、有難うございます。救国の英雄であられる准将にそう言っていただけるとは、光栄ですわ」

 

 

前々からどこか険のある雰囲気が隠れていたが、話しているうちにそのような雰囲気は消え去った。主にリシャール大佐の右腕と評したあたりで。

 

んー、なんというか、多分これは嫉妬でしょうねー。カノーネ大尉はどうやらリシャール大佐に熱を上げていて、彼と親しい私にちょっと思うところがあったようだ。

 

いや、確かにあの大佐は素敵な男性と思うけれども、そういった感情を覚えたことは無いから冤罪なのだけれど。

 

まあ、お父さんに勝てるようになったら、ちょっとは考慮に入れてもいいかもですけどねー(超上から目線)。

 

 

「ところで、そちらの妙に浮いている風貌の方は?」

 

「あ、それは…、ロランス少尉っ、准将の前ですよ!」

 

「ふっ、お初にお目にかかります。私は去年より王国情報部に属することとなりました、ロランス・ベルガー少尉です。このような怪しい者ですが、今日一日傍に置いていただけるなら光栄の極みです」

 

 

ふむと彼の姿を一秒ほど見つめる。筋肉の付き方は剣士として理想的。腰に差す幅広な刀剣からしても、剣士であることは間違いない。

 

そして同じく剣士としての直感に従えば、このロランス少尉、お父さんやユン先生に匹敵するほどの凄腕であると本能が告げている。

 

うん、恐ろしいほどに怪しいです。

 

カノーネ大尉が帽子を脱がなかったり、敬礼をしなかったりするロランス少尉に目を見開いて怒っているが、少尉はどこ吹く風。

 

 

「リシャール大佐がスカウトしたのですか?」

 

「え、ええ、そうですわ。『ジェスター猟兵団』という傭兵部隊から、大佐がその腕を買われてスカウトしたのです。ですが、不快に思われたのでしたら…」

 

「いえ、そういう訳ではありません。ただ、これ程の剣士が無名の猟兵団に埋もれていたとは思いもしませんでした」

 

「ふふ、過大な評価ですよ准将。近く剣聖となられる貴女からすれば、自分などは凡百の剣士にすぎません」

 

「過大な評価…ですか。貴方が凡百の剣士なら、世の中に達人と呼ばれる剣士などいなくなってしまいますよ」

 

「ふふ」

 

「うふふ」

 

 

 

そうして見つめあい、不敵に笑いあう私たち。うん、なんかコイツと斬り合いたいという剣士としての欲求がチロチロと。

 

そしてそんな雰囲気に当てられたカノーネ大尉らが困惑の表情でオロオロしだす。あー、時間もあれなので我慢しましょうか。

 

 

「では、皆さん、今日はよろしくお願いしますね」

 

 

 

 

 

 

マルガ鉱山はリベール王国最大、西ゼムリアにおいても有数の七耀石の鉱脈が存在する鉱山だ。

 

その特徴は驚くほどに良質で大きなセプチウム結晶が採掘できるという点であり、クォーツ用に加工されるものを含めて莫大な富を古くから王国にもたらしてきた。

 

そもそも七耀石の鉱脈はリベール王国とエレボニア帝国を隔てる山脈において豊富であり、また地下深くには有望な鉱脈がツァイスにまで広がっているとされる。

 

今のところ採掘にかかるコストに見合う有望な鉱脈はこの山脈に限られるが、ツァイスのカルデア丘陵やエルモ温泉の付近にも将来性のある鉱脈が存在するようだ。

 

このように、リベール王国はほぼ全域にわたって七耀石の鉱脈が広がっており、この豊富な資源を背景に導力技術の先端を走ってきた歴史を持つ。

 

ところが最近になってリベール王国が急速に工業化を進めたために、従来の採掘量では国家の工業を回すのに不足するようになってしまった。

 

核融合発電および電力という新要素を導入することで、工業基盤にかかる部分のセプチウムの要求量は大きく減少したが、それでも製品を動かすのは導力だ。

 

故に、ロレントでは現在、今まで廃棄されてきた土砂やセピス塊からセプチウムを効率よく抽出するためのプラントがいくつも立ち並んでいる。

 

細菌を利用したこの特殊な抽出方法のおかげで、ズリ山として放置されていた大量の捨石が再資源化され、同時にこの技術がセプチウムリサイクルの技術開発の突破口となっている。

 

ちなみに、この技術を開発したのはZCFのレイという研究者で、彼もなかなかの天才肌として知られている。

 

こうした七耀石精製工場もまた画期的であるが、鉱山自体も導力化が進んでおり、鉱員一人当たりの生産量は他の追随を許さない。

 

機械のアームに取り付けられたドリルを使って岩盤を削り取る重機、鉱石を外へと運び出すベルトコンベア、坑内の酸素量やガス量および温度を管理するエアコンディショナー。

 

地表に運び出された岩石は、鉄道を用いて運搬され、精製工場へと運び込まれる。浮遊選鉱を経て質の高い鉱石、低品質の鉱石に分別。

 

質の高い鉱石は従来の方法で、質の低い鉱石には特別な菌体の培養液を散布し、バクテリアリーチングによって有用物を結合状態から分離し、培養液中に溶出させる。

 

菌を用いる方法は、環境負荷が大きい強酸・強アルカリを用いる方法や、高熱を用いる方法よりもコストが安く、設備に与える負担も少ない。

 

菌の管理条件や反応が遅く時間がかかるなどの欠点もあるが、そういった要素は十分に解決可能だ。

 

こういった設備は、この鉱山における生産量を飛躍的に増加させ、そして鉱員の職場環境を良好な物へと改善した。

 

 

「これほどの鉱山設備は、エレボニア帝国やカルバード共和国にも存在しないでしょう。こうして近くで見ると、我が国の国力の力強さを実感できますわ」

 

「リベールの人々は誠実ですから。政治が納得できる未来像を示すことが出来れば、この国の人々ならこのぐらいのことを成し遂げてしまえるんです」

 

 

素直で純朴な性質、約束を守れる気質というのは、国家が近代化するうえでは不可欠な要素ともいえる。悪い言い方をすれば、騙されやすい国民性だろうか?

 

個々が個々の利益を追求し、他者のいう事を逐一疑い、他人を騙してまで利益を独占しようとする拝金主義者や極度の個人主義者だらけだと、こういうのは上手くいかない。

 

また、努力を嫌い、他人の努力の結果を掠め取ることばかり考える者がたくさんいると、やっぱり正常な成長は見込めない。

 

約束を守ることにプライドを持ち、それを果たせないことに強い罪悪感を覚える人々がいる国はまっすぐに成長できる。

 

騙されやすい国民性は、指導者の質が上手く合致すれば驚くほどの成長を実現できる。まあ、間違った指導者が現れると大変なことになるのだけれど。

 

しかし、イエスマンばかりだと、組織は驚くほどに腐敗しやすくなるし、特権を持つ老害を跋扈させやすくなる。スタートダッシュは速くとも、そういう国はすぐに衰退するだろう。

 

だからと言って、自分の意見を論理的に述べて、多くの人を論破して正義と万民の利益を追求しようとしても、それはそれで煙たがられる。

 

そうしていつの間にか多勢から遠ざけられて、重要な局面に臨むことが出来なくなるだろう。

 

 

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」

 

「なるほど。真理ですわね」

 

「ほう、おもしろいですな」

 

 

頷くカノーネ大尉ら士官たちの横で、ロランス少尉が面白そうに口元を歪めた。そんな様子にカノーネ大尉はまた青筋を立てる。うーん、世渡り上手じゃないですねー。

 

 

「ならば、准将、貴女はいかに生きられるのです?」

 

「誠実に…とだけ」

 

「意地を通されると。ですが、それのみではこの世界は生きにくいでしょう。この欺瞞に満ちた世界で」

 

「ちょ…っ、ロランス少尉っ!」

 

「ふふ、カノーネ大尉、いいんですよ。こういう風に意地を通しているヒトは見ていて面白いですから」

 

「はぁ…」

 

 

意地を通すのは難しいのだ。世界は刻々と変化し続けて、私たちもまた変化を余儀なくされる。

 

初志の理想は、守るべきもの、到達すべき段階のために曲げなければならない。そして一度曲げてしまえば、次から曲げるのは容易になる。

 

そうしていつの間にか、一番守りたかった思いはズタボロになってしまって、今守るべき何かにとって代わられてしまう。

 

 

「それでも、それでもヒトは正しさを求めてしまうんです。そういう生き物ですから」

 

「貴女は嘘や不正を繰り返す者たちを知っているはずでしょう?」

 

「それでもです。そういった人々もまた、どこかで正しさを求めています。どんな風になっても、そういった部分をヒトは本能的に持っていると私は信じています」

 

 

行動に移さなくても、そういった思いはどこかにある。大人が無抵抗の幼い子供に理由なく過剰な暴力を振るうのを見て、顔をしかめない人間はほとんどいない。

 

それを止める勇気がなくても、どうせ何も解決しないと諦めていても、正義なんて人の数だけあるのだから意味はないと主張したとしても、ヒトは正しさを求めるのだ。

 

 

「それに、この世界が欺瞞を糊塗されているのだとしても、自分まで格好悪くなるのは癪じゃないですか」

 

「……それは」

 

「まあ、それでも、人間はどこかに欺瞞をもってしまうものです。いつだって最高にカッコイイ自分であるなんて、皆きっとできないはずです。そんな強さを求めるのは、きっと酷というものです」

 

「なら、欺瞞を認めると?」

 

「いいえ、愛するんですよ」

 

 

ロランス少尉が少し呆けたような表情で私を見つめる。ちょっとばかり、というかかなり恥ずかしいセリフを吐いてしまったような気がする。

 

うーん、今日はベッドの上で反省会かなー。主にマットの上で恥ずかしいセリフを頭の中でリフレインさせながら、後悔とともにゴロゴロする感じで。

 

 

 

 

一度、会って話してみたかった。そういう、純粋な好奇心で俺はこの仕事に立候補した。

 

計画の遂行に必要なものではない。むしろ、この時点で存在を知られること自体が計画に悪影響をもたらす可能性すらある。

 

だが、それでも、あの悲劇が欺瞞で塗りつぶされた事を知る少女、あの戦争を終わらせた少女、そしてアレをあそこまで真っ当に立ち直らせた少女に会ってみたかった。

 

第一印象は、かの剣聖の娘に相違ないという直感だった。剣を振るう姿を見てはいないが、俺と同格、いずれは超えるだけの資質を見て取れた。

 

《理》に至るための道程にある者。なるほど、《盟主》が興味を持つだけの存在ではある。単純な知能の高さでは評価できない存在に違いあるまい。

 

そうして、少女に付き従い鉱山を見学する。

 

この国の国力の大きさを示す威容。人間の力は、これ程の構造物とシステムを作り得るのだと感嘆する気分にはなる。

 

だが、これを生み出すためのミラは帝国から賠償金として奪ったものだ。そしてそれが、あの悲劇を嘘で覆い隠した対価であることも知っている。

 

これらが欺瞞を振りまくに値するものなのか。俺は心の奥底で嘲笑する。

 

だが、

 

 

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」

 

 

面白い言葉だった。ヒトの弱さを、この世界の欺瞞の根本を端的に言い表した言葉。まるで賢人の言葉のよう。

 

そして俺はふと、何の意味もないことを自覚しながら少女に問答をしてしまう。俺は何を期待している?

 

 

「ならば、准将、貴女はいかに生きられるのです?」

 

「誠実に…とだけ」

 

「意地を通されると。ですが、それのみではこの世界は生きにくいでしょう。この欺瞞に満ちた世界で」

 

 

誠実さ。欺瞞とは全くの反対側にある言葉。だが、その言葉にこそ欺瞞はある。誠実さ、誠意があるならば、何故あの時金銭を優先したのか。

 

もちろん、それを問いただすことはこの場ではできない。だからこそ、皮肉の一つを述べて見せる。

 

しかし、彼女はそれでも語る。多くの信念が世界の大きな流れの中で変質し、元の姿を維持することもできず、無意味なものになってしまう。

 

それでも、それでもヒトは正しさを求めるのだと少女は信じる。

 

修羅と化したこの身もまた、正しさを求めるというのか? あるいはこの地に混乱をもたらすだろうあの外道にも正義はあるのだろうか?

 

 

「それに、この世界が欺瞞を糊塗されているのだとしても、自分まで格好悪くなるのは癪じゃないですか」

 

「……それは」

 

 

それは、痛烈な一撃だった。

 

笑ってしまうほどに心を抉る。この無様な男のどうしようもない結論を、その正しさが断罪するように。

 

なるほど、俺は格好悪いなと、そんな自嘲が表情に出てしまう。

 

 

「まあ、それでも、人間はどこかに欺瞞をもってしまうものです。いつだって最高にカッコイイ自分であるなんて、皆きっとできないはずです。そんな強さを求めるのは、きっと酷というものです」

 

 

そう、酷なのだ。だからこそ突きつけるべきだと信じた。この世界のありとあらゆる矛盾を、遠い世界の自分とは関係ないものとして欺瞞を塗り込める人々に。

 

突きつけることにより、知ることが出来るのだと俺は信じた。あらゆる欺瞞が取り除かれ、裸となった人々の選択を観測するのだ。

 

あの神聖にそれらの選択が及ばないことを証明するために。

 

 

「なら、欺瞞を認めると?」

 

 

そして、俺は最後の問いを発した。つまりは、彼女もまた人々の欺瞞を受け入れる者なのだろう。

 

その妥協を俺は期待する。そうやってお前たちは欺瞞に溺れていくのだ。そうして神聖には遠く及ばない、俗物へと堕ちていく。

 

だが、

 

 

「いいえ、愛するんですよ」

 

 

俺の言葉に対して、エステル・ブライトはそう答えた。少しはにかむような、そんな表情で少女は俺の問いに答えて見せた。

 

それは認めることと同じような、そんな言葉だったけれども、だけれどもその表情と発せられる印象が決定的な相違を俺に覚えさせた。

 

愛するのだと、愛すべきなのだと、少女は語る。

 

それはとても論理的ではないけれども、この世界で一番大切だった彼女、守り切れなかった彼女の面影を何故か少女に重ねてしまう。

 

姿や声が似ているわけではない。単純に姿かたちが似た女なら今までも見てきた。雰囲気が似た女もいただろう。少女はそれのどれとも合致しない。

 

なのに、どうして似ていると思ったのだろうか?

 

俺は唖然と少女の顔を見つめてしまった。

 

 

 

 

 

 

夜、仕事を終えて、僕は与えてもらった客室から月を眺める。

 

仕事自体は上手くいったと思う。畑を荒らす魔獣を捕獲した。当然ながら駆除するべきだと僕は判断した。

 

だけれども、ティオが、パーゼル家の人々が可哀想だからと逃がしてあげるようにと僕に頼んできたとき、僕は思い知らされた。

 

 

「エステル…僕は……」

 

 

可哀想だとかそういう気持ちが湧かない。エステルならばそういった心に同調できるはずだ。

 

この世界の理不尽を心に刻まれて、一度は壊れてしまったはずのエリッサだって、そういう心を間違いなく持っている。

 

だというのに、僕の心は冷たいままで、今もあの魔獣に同情する気持ちが露と湧かない。あるのは自分がどこまでも不完全だという自己嫌悪。

 

論理のみに基づいた、間違った解答しか弾き出さない機械仕掛け。こんな僕に、彼女と共に歩む資格はあるのだろうか?

 

月は何も答えない。

 

 

 




どうしてレーヴェフラグが立ったし。解せぬ。初期のプロットじゃハーレムなんて作る予定なかったのに。

041話でした。

もうすぐ閃の軌跡Ⅱが発売されますね。なので、更新は一時停止です。まあ、2、3週ほどクリアして、レベル200まで上げられたらそのうち…、年内にも……。

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