【凍結中】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ(旧版)   作:矢柄

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発展著しいロレントではあるが、その市民たちの精神的支柱を担う七耀教会礼拝堂の規模は意外と小さなものだ。

 

それは一年戦役において破壊されたこの礼拝堂が、戦役以前と同じ作りで再現されたがゆえでもある。

 

もちろん、この礼拝堂では信者全てを受け入れることが出来ないので、他にもいくつもの礼拝堂が建てられており、中にはこの礼拝堂よりも多くの人々を受け入れることができるものもある。

 

それでも、古くからロレントに住む人々はこの市長宅の向かい側に位置する礼拝堂に足を運ぶ。

 

なぜなら、この礼拝堂は多くのロレント市民にとって特別な意味を持つからだ。私にとってもそれは例外ではない。

 

今日はミサが開かれていて、私はそれに参加し、女神に祈りをささげる。Xはそこまで熱心な信仰を持たなかったようだが、この私はそれなりに敬虔な信者といえるかもしれない。

 

導力革命がもたらした物質的な豊かさ、そしてこれがもたらした多くの知見は信仰から多くの力を奪った。

 

安定は信仰の力を薄れさせる。今目の前にあるものが簡単に失われないという確信は、形あるものへの執着を強くさせ、形のないものへの信仰を駆逐するからだ。

 

農作物が毎年ある程度安定的に収穫できる。疫病の猛威が簡単に隣人を奪わない。形あるものが簡単に失われないのならば、形のないものに心を預ける必要はない。

 

だが、それでも導力革命から1世代程度しか経過していないこの世界においては、まだまだ信仰は大きな力を持っていた。

 

 

「おはようございます、デバイン教区長。ミサ、お疲れ様でした」

 

「おはようございますエステル。おや、ヨシュアはどうしたのですか?」

 

「遊撃士の仕事です。市長から依頼を受けたようですね」

 

「ああ、なるほど。翠耀石の結晶の件ですね」

 

 

白くなった髭をさすり、デバイン教区長がうんうんと頷く。彼とは私が子供のころから顔見知りで、色々と無茶をしがちな私を真剣に怒ってくれる数少ない人でもある。

 

説教臭いところもあるが、多くの市民から好かれる老司祭だ。いくらかの恩もあり、実は私にとって頭の上がらないヒトの一人でもある。

 

 

「自らの歩むべき道を見いだし、そして一歩一歩と着実に前を向いて歩いて行ける。これはとても喜ばしいことです」

 

「ええ、本当に」

 

 

それが出来る人間なんてこの世界ではほんの一握りだけだ。リベール王国はそういった面では恵まれているが、世界の多くではいまだそれが許されない。

 

Xの世界でもそれは同じだった。Xの住んでいた日本という国は恵まれていたようだが、中央アジアや東アフリカの紛争地域、あるいは辺境においては夢見る事すら難しい。

 

ならば、導力革命から半世紀程度のこの世界ではなおさらだ。少し遠方に目をやれば、導力灯の灯りすら届かない地域は未だ多く、子供が労働力として扱われる地域も多い。

 

5年ほど前のノーザンブリアなどでは生きていくことすら困難だったという。シェラさんはかつてストリートチルドレンだった。

 

そんな中で人々が夢を見て、それを実現するための努力が許されることがどれほど貴重なことか。

 

 

「そういえば、君は確か休暇をとっていたのでしょう? こうも忙しく飛び回るのはどうかと思いますが」

 

「いえ、ちゃんと体調管理はしていますから安心してください。それに、飛び回っているとはいっても、余裕をもって動いていますから」

 

 

心配そうな表情のデバイン教区長に私は苦笑しながらそう応える。

 

まあ、今回に関しては余裕をもって動いているのは本当だ。今日の予定は最新の導力化農業の視察ひとつだけ。

 

この分野に関しては既に私の手を離れていて、ZCFやノーザンブリア出身の研究者たちがさまざまな工夫を凝らして発展させていっていると報告書で見ている。

 

最近は植物工場での栽培に特化した作物の品種改良が行われていて、背が低かったり、水耕に適していたりといった性質を持つ作物が生み出されている。

 

小麦などの穀物についても、チェルノーゼムなどの好条件の農地での露地栽培には負けるが、コストパフォーマンス的にはそれなりに戦えるものに仕上がってきているらしい。

 

私は今日の予定とか、外国でのいろいろな見聞など冗談を交えて教区長に語る。彼はいつだって聞き上手だ。ニコニコしながら相槌をうつ。

 

そして、ふと話の流れから話題があの戦役についての事柄に移り変わる。

 

 

「しかし、あの戦争からもう十年ですね…」

 

「あの頃に勤めていらっしゃったシスターさんは元気にしておられますか?」

 

「ふふ。ええ、後遺症もなく、今はアルテリア法国で元気にしているそうです」

 

「よかった」

 

「ええ…、彼女も君の事をいつも気にかけていましたよ」

 

「そうですか…」

 

 

一年戦役においてロレントが帝国軍によって略奪を受けたことは広く知られている。

 

補給を立たれ、連日の爆撃によって精神を擦切らし、結果としてモラルハザードを起こした帝国軍の一部の兵士たちによる蛮行。

 

その略奪と破壊の対象は七耀教会も例外ではなく、そしてそこに避難した多くの女性や子供たちが辱められ、殺された。

 

話しの中にあったシスターは帝国軍兵士によって犯され、殺されそうになった所で何とか心ある帝国軍士官によって命を救われたそうだ。

 

しかし、心身ともに傷つき、何よりも守るべき信者たちを残して生き残ってしまった彼女は精神的に病んでしまい、戦後はアルテリア法国に搬送され、治療を受けたらしい。

 

 

「あの日の自分の無力さに苛まれない日はありません。君のお母さん、レナさんの事もそうです。にもかかわらず、教会に気をかけてくれる君にはなんと感謝すればいいのか…」

 

「あの戦争の中ですから…、人ひとりに出来る事なんてたかが知れていますよ。だから気に病まないでください。それに、デバイン教区長には母を丁重に弔っていただいた恩がありますから」

 

 

デバイン教区長はあの日、兵士を止めるために扉の前に立ちはだかり、そして暴力に倒れた。

 

命こそ奪われなかったものの、守るべきものを何一つ守れなかった彼の心情は察して余りある。

 

それでも彼は目を覚ました後、怪我を押して多くの死者を弔ってくれたのだ。そのおかげで、母の遺体が野ざらしにならずに済んだのだから感謝してもしきれない。

 

 

「……私にはその感謝が辛くてたまらないのですよ」

 

「それでもです。デバイン教区長が罪の意識で苦しまれることを、母もきっと望んではいませんから」

 

 

七耀教会に避難した多くの女性や子供達を守ることが出来なかった。それだけではなく、シスターや神父の前で、何よりも聖なる礼拝堂の中で殺人と強姦が行われた。

 

そしてあろうことか、聖職につくシスターまでもが辱めを受けた。そしてその所業を為したのは、盗賊や猟兵ではなく大国の正規軍の将兵だったのだ。

 

この事実はリベール王国の教会関係者に強い衝撃を与えると共に、現代における教会の力、信仰の失墜を象徴した出来事でもあった。

 

もちろん、この事実を戦後に知ったエレボニア帝国は教会に対して最大限の陳謝を行い、現皇帝自らがアルテリア法国に出向いて謝罪した。

 

それでも、この一件は教会関係者に女神信仰の崩壊を想像させるに十分だった。その危機感はロレント・ボースの復興ボランティアに動員された教会関係者の数に表れている。

 

おおよそ大陸中の七耀教会から復興支援のための献金とボランティアが集まったことは、確かにロレントとボースの生き残った市民たちを勇気づけた。

 

デバイン教区長の誠意と七耀教会の支援があったからこそ、彼のいるこの礼拝堂は今も変わらず市民たちに愛され続けている。

 

 

「形あるものは必ず失われてしまいます。だから人間には女神が必要なんです。ですから、デバイン教区長もそんな辛い表情をしないでください」

 

「そうですね。一信者に勇気づけられなければ歩くこともできないのでは神父失格でした。無様なところを見せてしまいましたね」

 

「いえ。お気持ちは痛いほど分かりますから」

 

 

母はここで襲われ、連れ去られ、辱められ、殺された。

 

彼からすれば自分が殺したのも同然と思っていてもおかしくはなく、その娘である私への罪悪感はきっと小さなものではない。

 

それでも、彼はこの街の人々信仰をとりまとめるべき責任ある立場にある人間だ。罪悪感に囚われ、暗い表情をしていては人々を不安にさせてしまうだろう。

 

 

「それでは、今日はここで」

 

「ええ、今日も貴女に女神の加護がありますよう」

 

 

 

 

 

 

数百アージュもの奥行きのある巨大な屋内空間、何段にも重ねられた緑の生い茂る棚。煌々と導力灯が白く輝き、温度は春にもかかわらず初夏の陽気。

 

作られているのは小麦だ。露天では上手く管理しても1年に2回が限度で、それも土地の疲労を考えなければだが。

 

しかし、植物工場ではそういった問題も起きない。品種改良と光・温度管理を組み合わせれば、おおよそ1年に4回以上の収穫が可能なのだという。

 

加えて、植物工場では病虫害や雨風を物理的に遮断することから、作物本体が持つだろういくらかの耐性や機能をオミットすることもできる。

 

具体的にはエグミの元となるシュウ酸などの物質生産、あるいは葉や茎の固さ。その耐性が栄養面や食味に関わるならば別だが、そうでなければ植物にとっては余計なコストとなる。

 

このため、省いた方が成長速度や収量で優れることになり、場合によってはむしろ一部の機能のオミットが、食味を良くする方向に働くこともある。

 

そういった工夫を凝らすことで、高額な施設の導入コストをランニングコストと利益の面でカバーしようと考えているのだとか。

 

とかく、未だ黄金色には色づいていないものの、春小麦の葉が生い茂る棚が延々と何段にもわたって並んでいるのは非現実的。

 

ここから得られる麦の収穫はいったいどれぐらいになるのか想像もつかない。

 

 

「しかし、これは壮観だな」

 

「ノーザンブリアにも作られていると聞いていますわよ?」

 

「まあな。だが、こちらほどは導力化されてはいない」

 

 

クリスタ・A・ファルクは主人の護衛のため、ロレント最大の植物工場を視察する主人、エステル・ブライトが責任者の説明を受けているすぐ傍に控えていた。

 

隣にいる灰色の髪と金色の瞳が特徴の屈強な男は同じく護衛、情報部から主を守るために派遣されてきた、かつての同僚である。

 

名はゲール・メイヤーズ。階級は少佐。かつて私が《北の猟兵》に所属していた頃、あらゆる戦闘技術を叩き込んでくれた師ともいうべき人物だ。

 

2年前にノーザンブリア自治州がリベール王国に併合された折、《北の猟兵》もまた王国軍に編入されることとなった。

 

もちろん希望者に限られたものだったが、多くの元《北の猟兵》たちが王国軍に迎い入れられることとなる。

 

それは《北の猟兵》たちが非正規戦、コマンド作戦に特化したスペシャリストとして評価されたこともあるが、同時に兵員の増強を望んでいた王国陸軍の意向もあった。

 

経済発展著しいリベール王国では兵士の成り手がとにかく不足している。そして元《北の猟兵》たちの多くがそれに応えることとなった。

 

それは、彼らの多くが大公国崩壊以降の世代であり、故に若い頃より満足な教育を受けられなかったことが一因と言われている。

 

学が無ければ平和な国の中で栄達は見込めない。だったら、専門分野(戦争)を活かせる場所で出世を目指そう。というのが彼らの考えだったのかもしれない。

 

とにかく、彼、先輩、ゲール・メイヤーズは王国軍入りを希望し、そして猟兵だったころの武勲を評価されて少佐待遇として雇用されたそうだ。

 

 

「ノーザンブリアの暮らしぶりはだいぶん良くなったぞ。食料自給はまだ完全じゃないが、それでも市場に生鮮食品が並ぶようになったな。新鮮な野菜に肉汁たっぷりの肉が食えるようになった」

 

「昔は味気ない保存食ばかりでしたものね」

 

「ああ。猟兵になって外国に行かなけりゃ食えなかったモノが、今は子供達にも食わせてやれる。こんなありがたいことは無い」

 

 

国土の半分が塩と化したノーザンブリアの異変による致命的な影響は塩害だった。吹きすさぶ風が運ぶ大量の塩は、国土のほとんどの耕作地を不毛の土地へと変えた。

 

同時に多くの水系の塩分濃度が上昇した。塩化した周辺地域の淡水系はことごとく利用に適さなくなった。

 

そして海水の異様なほどの塩分濃度の上昇は周辺海域の漁業を壊滅させるに至る。経済崩壊、食糧危機、水不足。もはや八方塞がりと言ってもいい。

 

それを救ったのがリベール王国の技術投下だった。

 

塩分濃度の濃い水を淡水化する導力器、そして淡水を一滴も無駄にすることのない植物工場。これらはノーザンブリアのためにあると言っても過言ではない。

 

ノーザンブリアではなによりも水を無駄にすることが問題となる。植物工場では作物が吸収しきれなかった水分を全て回収できるが、露地栽培ではそれは不可能だ。

 

輪作障害もなく、病気への対策も容易だ。導入コストこそ高くつくが、気候の変化などに関係なく安定的に作物を収穫できる点は素晴らしい。

 

しかも、投入するエネルギーは導力という無限のエネルギーがあり、消費する水や肥料などの資源も最小に抑えることもできた。

 

 

「リベールでは食料自給率を高めるためと、ヴァレリア湖の水質保全のために農業ビルの建設を推進しているそうですわ」

 

「俺たちからすれば贅沢としか言いようがないが、そういう国だからこそ祖国に手を差し伸べる余力があったと思えば文句は言えんな」

 

「ですわね」

 

「…今の職場はだいぶん良いみたいだな、クリスタ」

 

「当然ですわ」

 

「ふっ、10年前、隊長に啖呵をきったあのはねっかえりがな」

 

「もう、先輩。昔の事を蒸し返さないでください」

 

 

私はふくれっ面で先輩であるゲールに抗議するが、先輩は野性味あふれる笑みを浮かべながら、昔のように私の頭にポンポンと手のひらをのせた。

 

 

 

 

 

 

エリーズ街道の手配魔獣「ライノサイダー」を討伐した僕が遊撃士協会に報告に戻ると、そこで思わぬ大事件に立ち会うことになった。

 

現場はロレント市長であるクラウスさんの邸宅。そこに強盗が押し入ったらしい。僕はちょうど遊撃士協会にいたシェラさんと共に現場に急行した。

 

僕は現場検証を任され、シェラさんは聞き取り調査を担当することに。そして現場検証を終えて市長邸のリビングへと赴くと、

 

 

「なるほど。つまり、強盗の狙いは翠耀石(エスメラス)の結晶だったわけですか。わたし、気になります!」

 

「いや、うん、ちょっと落ち着こうよエステル」

 

 

いつの間にか事件を聞きつけたエステルが目をキラキラさせて市長宅のソファに座っていた。クラウス市長はそんな彼女を目の前に苦笑いだ。

 

ソファに座るエステルの後ろに佇んでいたメイユイさんが、ペコペコとこちらに頭を下げてくる。うん、メイユイさんの責任じゃないから。

 

 

「ええ、ええ。しかし、ミレーヌさんたちに怪我がなくて本当に良かったです。ええ、本当に。いやあ、良かった良かった。しかし、陛下への贈り物のためのセプチウム結晶を盗むなんて不敬極まりないですね。ええ、早く捕まえなくちゃいけません。ところで犯人の目星はついてますかヨシュア? 協力は惜しみませんよ。いえいえ、これは私の好奇心を満たすためではなく、社会的正義を実現するため、何よりも市民の安全保障を司る軍人としての崇高な義務感からくるものなのです」

 

「はっはっは、確かに妻が無事だったのは救いじゃった。贈り物は替えが利くが、ミレーヌやリタの代わりはおらんからな」

 

 

エステルは社会的正義とか崇高な義務感とか言っているが、その本心は瞳の輝きが語っている。ミレーヌ夫人やメイドのリタさんが傷つけられていたなら違ったのだろうが。

 

僕の傍らではシェラさんが頭痛をこらえるようにコメカミに手を当てている。うん、気持ちは分かるんだけれどね。

 

 

「おほん、じゃあ、話を続けさせてもらうわよ。ヨシュア、現場検証の結果をお願いね」

 

「はい、シェラさん」

 

 

シェラさん、浅黒い肌をした銀色の髪の、スタイルの良い遊撃士、僕らにとっては家族同然の付き合いにある女性が咳払いをして話題を元に引き戻す。

 

事件の概要はこうだ。

 

白昼堂々と行われた市長邸強盗事件。家を強盗している時に市長が留守に入った…、もとい、市長が留守にしている時に、家に強盗が入ったらしい。

 

犯行はクラウス市長が教会にてデバイン教区長と会談していた際に行われた。第一発見者は市長自身、伴侶のミレーヌ夫人とリタさんは監禁されていたものの、怪我はなかった。

 

荒らされたのは市長の執務室のみ。他、ミレーヌ夫人とリタさんは屋根裏部屋に監禁されていた。

 

犯人は覆面をした3~4人の窃盗団であり、そのうち一人は背が低く女性だった可能性がある。

 

市長の執務室は調度品や本棚などが徹底的に荒らされ、倒され、書籍や物が散乱している状態であるのに、盗まれたものがセプチウム結晶以外にはほとんどなかったようだ。

 

市長は稀覯本もいくつか所有しており、犯人がその価値を知っていたならば間違いなく盗むはずだが、放置されていた。

 

セプチウム結晶以外には、小物入れに入っていた物品のみが盗まれていた。その小物入れの鍵は導力銃のようなもので破壊されたようだ。

 

しかし、セプチウム結晶が保管されていた金庫は焼き切られていたわけではなく、ボタン式の暗証番号を解析された上で開けられていたようだ。

 

証拠に金庫のボタンには、短波長の光で蛍光する粉末が検出されている。これを利用して強盗は暗証番号の推定を行ったものと推理された。

 

なお、玄関には鍵がかかっており、これが何らかの手段で破られた形跡は見られない。

 

しかしながら、二回のベランダには金属製フックのようなものが手すりにかけられた跡が残っていたため、窃盗団はそこから侵入した可能性が高い。

 

なお、夫人たちが閉じ込められていた屋根裏部屋からは、この辺りには自生していないセルベという樹木の葉が見つかっている。

 

 

「つまり、犯人は最近この市長宅を訪れた人物である可能性が高い。そして、セプチウムの結晶が市長宅の金庫に保管されていたことを知る人物になるね」

 

「なるほど」

 

 

つまり、犯人はごく最近市長宅を訪れた人物に限られる。そしてセプチウムが市長邸に保管されている事を知るとなれば、犯人は限られてくる。

 

ちなみに、セプチウム結晶は僕が父さんの依頼を引き継ぎ、今日の午前中に市長宅に運搬したものだ。

 

となれば、市長が僕が帰った後に金庫を開けていなければ、認証番号を知るための蛍光パウダーはセプチウムが金庫に入れられる前に塗布されていたはず。

 

マルガ鉱山にて今回盗まれたセプチウムの大きな結晶が採掘されたのはほんの数日前。故に、対象となる人物は、その間の期間に市長邸を訪れた人物となる。

 

視線がクラウス市長に集まる。市長はふむと考え込み、該当者を答えていく。

 

 

「そうじゃな、何人か当てはまる人物はいるが…、リベール通信社の記者諸君がそうじゃな」

 

 

リベール通信社の記者ならば別に市長邸を訪れてもおかしくない身分であるが、逆に言えば身分を偽って市長と会談した可能性も捨てきれない。

 

「なるほど、他には?」

 

「それ以外となると…、ジョゼット君しかおらんが。ははは、でも、まさかのう」

 

 

クラウス市長が冗談交じりと言わんばかりにジョゼット、僕がセプチウムを運び込んだ際に市長の執務室を訪れていた女学生の名前を挙げる。

 

 

「誰です? そのジョゼットという人物は?」

 

「ジェニス王立学園の女生徒だよ。後学のために市長に会いに来ていたんだ」

 

「うむ、人当たりのいい上品な令嬢といった感じじゃったな。まさか、ジョゼット君に限って犯人という事はあるまい」

 

 

クラウス市長はそのようにジョゼットを褒める。だが生憎僕の意見は真逆だ。あの時、市長がセプチウムを金庫に入れた時、彼女は狩人が得物を見るのような目をしていた。

 

 

「シェラさん、ジョゼットという女学生は今日にもロレントを発つと言っていました」

 

「ふん、急ぐ必要がありそうね。ヨシュア、貴方はそのジョゼットという子を、私は記者の方を当たるわ」

 

「では私も…」

 

 

そうエステルが言おうとしたその時、先ほどまで静かにソファに座るエステルの後ろに佇んでいたメイユイさんがにっこりと笑って、エステルの肩に両手を置いた。

 

 

「お・じょ・う・さ・ま。これはシェラザード様達のお仕事ですよ」

 

「え、いえ、でも、事件ですし。私、市民の安全と財産を守る軍人ですし」

 

「軍人として動かれるなら、兵を動かすのが筋ですわ、しょ・う・ぐ・ん閣下」

 

「え、クリスタまで…」

 

「諦めてください」

 

 

メイユイさんとクリスタさんに包囲されたエステル。うん、君はもう少し自分の立場と言うものを考えた方がいい。

 

 

「仕方ないですね。ああ、それとシェラさん、アイナさんにジェニス王立学園とリベール通信社に該当者について問い合わせてもらったらどうです?」

 

 

アイナ・ホールデン。遊撃士協会ロレント支部の受付をしている女性だ。シェラさんの親友でもあり、亡くなった資産家サウル・ジョン・ホールデン氏の孫娘でもある。

 

たしかに、彼女に頼んで該当人物が本当に学園や通信社に所属しているか、あるいは今どこにいるかを確認すれば、犯人に目星を付けるヒントになるだろう。

 

 

「そうね、ありがとう」

 

 

エステルの提案にシェラさんはそう応えると、僕はシェラさんと共に市長邸を離れた。羨ましそうに見送るエステルの表情が瞼の裏に残り、僕はクスリと笑みを浮かべる。

 

そんな僕にシェラさんは悪戯っぽく笑みを浮かべ、からかってくる。

 

 

「一緒じゃなくてよかったの?」

 

「ダメですよ。エステルは危険な場所に行くこと自体、立場上許されませんから」

 

「まあそうよね。それに、あの子が動けば怖いお兄さんたちも一緒にぞろぞろ付いてきちゃうか」

 

 

カシウス・ブライトの代わりになるような人材など、そうは存在しない。父さんほどになれば、《西風》のような最高位の猟兵団からも護衛対象を守りきるだろう。

 

故に、父さんが離れている今、エステルの護衛は過剰とも言っていいほどのレベルになっている。

 

3年前の暗殺未遂について、結局護衛対象であるエステル自らが剣をとって戦い、そして重傷を負った事件が軍にとっての汚点となっているからだ。

 

そもそもあの事件を解決に導いたのが外国出身の流浪の剣士だったというのも問題だった。軍は何も役に立たなかったのだ。

 

このため、今の彼女を守る護衛たちは僕から見ても大変な手練れだと一目でわかる者たちばかりだ。

 

特に護衛を率いる《北の猟兵》出身のゲール・メイヤーズ少佐は僕ですら正面からは勝てないかもしれないと感じるほど。

 

 

「まあ、確かにあの男は強いわね。クルツ先輩より確実に上…、まあ先生ほどではないでしょうけど。じゃあ、私はこっちに行くわ」

 

「分かりました。では、また後で」

 

 

合流場所と時間を決めて、僕はまずホテルへと向かう。そこにジョゼットが宿泊しているはずだからだ。もちろん、既にチェックアウトしいている可能性は高いが。

 

 

 

 

「…当りね」

 

「まさかと思いましたが」

 

 

市長邸を後にして、シェラさんと共に容疑者の調査した結果、記者二人についてはアリバイが確認され、女学生ジョゼットについてはチェックアウト済みである事を確認した。

 

しかしながら、都市間の標準的な交通手段である飛行船にジョゼットが乗った形跡はなく、バスのターミナルでも彼女の足跡は存在しなかった。

 

完全に足取りを見失ったわけだけども、市長邸の屋根裏部屋、ミレーヌ夫人とリタさんが監禁されていた場所に残されたセルベの葉を手掛かりに、この森までやってきたのである。

 

セルベの木はブナやヒバといった陰樹の類で、光の差さない鬱蒼とした森を形成する類の樹木だ。

 

なかでも、セルベの木は特に霧がでる環境を好むらしく、シェラさんが言うにはこのあたりではミストヴァルトを中心とした地域にしか自生していないらしい。

 

そういうわけで、何かの手掛かりになればとミストヴァルトへとやって来たのだが、これが大正解だったらしい。

 

森の奥の開けた広場、怪しげな4人、王立学園の制服に身を包むジョゼットとプロテクター付きの緑色の衣服に身を包んだ男たちがそこにいた。

 

僕とシェラさんは気づかれないように彼らに近づいていく。

 

 

「ふっふっふ…、まったくチョロイもんだよね。あの程度の下準備でこんな極上品が手に入るなんて。これで兄ィたちに自慢できるよ」

 

「しかし、お嬢にはビックリだぜ。いくら制服着てたからって、あんな演技ができるなんてよ」

 

「さすが元・貴族令嬢だねぇ」

 

「フンだ…。昔の事はどうだっていいだろ」

 

 

目標の情報を集めるために話し声に聞き耳を立てつつ、あの4人以外に仲間が近くにいないかを調べていく。どうやら他に仲間は近くにいないらしい。

 

彼らの話を聞くに、どうやら彼らは鉱山に鉱員として潜り込み、その時からセプチウムを狙っていたらしい事が窺える。

 

犯行については事前に周到な準備がなされていたようだ。

 

 

「…そろそろ行きましょうか」

 

「はい!」

 

 

シェラさんの合図と共に、僕は一気に姿勢を低くして走り、彼らの死角に回り込んで接近、障害になるだろう一番体格のいい男の首を一撃して昏倒させた。

 

 

「なっ、アンタは!?」

 

「ゆ、遊撃士だとっ!?」「どうしてここに…」

 

「よそ見はダメよ」

 

「ひぎぃっ」

 

 

残りの3人の視線が僕に集まったその隙をついて、シェラさんのムチがもう一人の男を強かに打ちのめした。あれは痛い。

 

 

「屋敷からセプチウムを盗んだ手際は見事だったけど…、フフ、詰めが甘かったみたいね?」

 

 

現場にこの場所を示す証拠物を残してしまったのは彼らの最大の不手際だろう。セルベの葉は分かりやすすぎる証拠品だった。

 

 

「遊撃士協会規約に基づき、家宅侵入・器物破損・強盗の疑いであなたたちの身柄を拘束します」

 

「ひっ」

 

「抵抗しない方が身のためですよ?」

 

 

注意が散漫だ。シェラさんの登場で注意をそらしたジョゼットを名乗った少女の首筋に刃を添えた。その冷たさに少女が小さく怯えの混じった声を上げる。

 

 

「あわわ…」

 

「そ、そんな…」

 

 

そういうわけで彼らは手を上げて降伏の意を示す。この程度の相手なら僕一人で十分だったかもしれない。

 

この、人を殺めることしか能のなかった僕の手が、犯罪者を捕まえるために振るわれるようになるなんてあの頃には思いも知れなかった。

 

本当に、多くの意味で彼女や父さんには感謝しなければならないだろう。

 

 

「それじゃあ、盗んだものを返してもらいましょうか」

 

 

武装を下ろさせ、腕を上げたまま両膝をつかせると、シェラさんがそう言ってジョゼットと名乗る少女に近づく。

 

そうしてボディチェックの要領で彼女のポケットなどを探っていくが、なかなか見つからない。

 

 

「なにやってんだよ。このポケットだよ!」

 

「無いわよ。…って、あら?」

 

 

そうして出てきたのは一枚の封筒。恐ろしく嫌な予感がする。

 

 

「え、なにそれ?」

 

「貴女のものじゃないの?」

 

「ぼ、僕知らないよ、そんなの!」

 

 

気味が悪いといった表情で声をあげる少女。そこに嘘はまったく混じっているようには思えない。そして怪訝な表情でシェラさんが封筒の中を検めた。

 

 

『銀閃の君と漆黒の牙よ。

 

大地より出でし風の結晶は我が手中にあり。

 

奪い返さんと欲するならば、我が謎を打ち破って見せよ。

 

第1の鍵は霧に沈む森に。泉に抱かれし長老を訪ねよ。

怪盗B』

 

 

シェラさんは中に入っていたカードを思いっきり地面にパーンっと叩きつけた。

 

 





恒例です☆

というわけで、42話でした。

お久しぶりです。本当に長い間、申し訳なかったです。久しぶりの更新。そして、出落ち。

序章のメインイベントですが、どうしてこうなった。

ちなみに、この世界線では四輪の塔は観光地化されているので、記者諸君は行くのに遊撃士の護衛を雇う必要はありません。

がんばれば、年内にもう一回ぐらいは更新します。


さて、閃の軌跡2を2周しました。リィンだけLV200ですとも。ふふーふ。『碧』と比べたらレベル上げは大変じゃなかったですね。

しかし、男性陣の扱いに涙が出ます。リィンとユーシスしか使わなくて、あとは全部女子というパーティに。

でもマキアスはまだ光るものがあっていいと思います。氷の乙女さんと組んでタイムマシンできますし。

エリオットは前回は結構使ってたんですけどねー。リィンが強すぎて笑ったし。後半とかフォース+瀑布+覇道で疾風一発で敵半壊とかね…。

風さんはほとんど使いませんでした。物理陣はフィーとサラとラウラが優秀すぎて辛い。ううむ、まさに不遇のジンに匹敵する扱いをしてしまいました。

皆さんはどうだったでしょう?


戦車戦は格好良かったですねー。特に戦車の装甲の上に乗って指揮を執るエリオットぱぱの雄姿。タンクデサントでしょうか?

つーか、歩兵が活躍しないのはどういうことか。見たところ空爆もさほどないみたいで、それなら塹壕戦が正義だと思うんですがね。

燃料気化爆弾が無いのなら、有刺鉄線+塹壕は不可欠だと思うんですけどね。内戦なので地雷はご法度。うん、機甲兵もスコップ持って穴を掘れば良かったのに。

うん、ドラマ的な意味で最悪ですね。却下。

まあ、容量的な意味で省略されているだけで、実際は数百台の戦車と機甲兵が入り乱れて激突するような地獄のような戦場だったのでしょうが。

だって、クロスベル侵攻に投入された戦車が数百台だったってありますしね。マジで局所戦でしか役に立ちそうにないなヴァリ丸。

だからきっと、ゼクス中将とかも本当は名乗りの時しか装甲の上に乗ってないのです。演出上の都合なのです。多分。

いや、まあ、30年前まで騎兵突撃とか戦列歩兵してたような連中だし、あるいは、もしかしたら、そんなあり得ないような事も…。

つーか、30年で戦列歩兵中心の近世水準の戦争が機甲戦と航空戦術に変貌か…。ラッセル博士とシュミット博士優秀すぎるだろう…。



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