悪魔の妖刀   作:背番号88

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本日2話目


17話

「いやあ、免許を持っていて助かりました。試合会場までの移動手段で右往左往とするところでしたから」

 

「別に。ちょうどその辺りに今の現場があるだけだ。……わざわざお前を送るためじゃない」

 

「“ついで”でもありがとうございます」

 

 荷台で防具にユニフォームを着替えながら、運転してるぶっきらぼうな態度の先輩に礼を述べる。

 城下町病院にて、親父さんの見舞いをしに来ていたのを偶然ばったりと行き会った。……と言っても、これは戻ってきてくれるわけではないが。

 

「……そういえば、臭い、しなくなったっすけど、タバコをやめたんですね」

 

「………」

 

 二人を見捨てた。二度とボールを蹴る気はない。と言っていたけれども、やはりこの人は好きだ。今もアメフトが好きなんだ。

 だから、後輩として、チームを強く支える。

 

「勝ちますよ。全国大会決勝(クリスマスボウル)まで、俺達は勝ち続けますから。栗田先輩も待っていますし、ヒル魔先輩も試合のメンバー表には11番のキッカーを試合登録してありますから……だから、朝でも夜でも試合の途中からだって、いつでも帰ってきてください、武蔵先輩」

 

 

 ~~~

 

 

 すっかり呑まれちまってやがるなこりゃ。

 

 ズブの素人ほど伸びる余地がある。伸びしろがデカいってやつだ。でもって、あいつらには『死の行軍』をやり遂げるだけの根性があった。ほっといても伸びる野郎どもだ。俺の仕事なんて微々たるもんだ。

 

(大会が初めてだ。気ィ焦って頭茹っちまってら)

 

 ヒル魔ひとりに何でも負わせるのは大変すぎる。試合中は全体の指揮で、個人個人の試合中のアドバイスをする余裕なんてない。蹴ったり怒鳴ったりするのが精々だ。

 これを代わりに補佐して指南役をしていたのが、村正だ。

 

『十文字、黒木、戸叶、お前らブロックの重心が高い。もっと低く構えろ』

 

『簡単に言ってくれるぜ』

 

『アメフト始めて、まだ一年も経ってないのはわかってる。だが、踏ん張るときは低く構える。意識しなくてもバランスをキープする。それを鍛えるメニューとして、NASA戦引き分けの報酬で新たに追加してもらった練習器具、この特注三人乗り自転車こぎを追加だ』

 

『ハ?』

『はぁ?』

『はぁああああああ!』

 

『二人乗りのよりも車体が長いから横風を受けやすいし、倒れやすい。3人息の揃った動きをしなければ、鉛をつけた総重量500kgの三人乗りの自転車はまともに漕げない。ま、大丈夫だ。2000kmトラックを押し切ったお前らならできるさ』

 

 ヒル魔のヤツも頭では理屈はわかってるだろうが、こういうのは実践で身に沁み込んでいる村正の方が指南役には適している。村正は天才肌の人間だが、助っ人でヒル魔が集めた素人連中を指導してきた経験から教えるのも上手い。

 しかし今、その村正はいないし、ヒル魔には余裕はない。――だから、これは俺の仕事だ。

 

「おい(ライン)組!」

 

 軽トラをフィールド脇へと停車。

 実力の半分も出し切れないラインマン5人に言葉で説明してやる身体で思い出させる方が手っ取り早い。

 

「やる気はいいが突っ込み過ぎなんだよ! 身体で思い出せ。『死の行軍』の時、腕の力だけでトラック押してたか? 踏ん張るのにそんな腰が高かったか?」

 

 連携では実践経験が足りてない。だけど、こいつら5人は揃ってトラックを2000km押してきた。互いの呼吸なんていやでもわかる。

 

 そして、ヒル魔、村正が全体を支えてる泥門だが、もうひとり大黒柱にならなきゃいけねぇのがいる。

 

「栗田、いつまでも腑抜けるな。土台のお前がしっかり皆を支えろ」

 

 

 ~~~

 

 

 去年の秋大会とは全然違う。

 あの時はまだもう一回チャンスがあるじゃんって思ってた。

 でも今年はもう……

 

 小学生の時からあんなに夢だったのも、ヒル魔とムサシが入ってくれて、長門君が加わってくれてあんなに嬉しかったのも……負けたら、全部、終わっちゃう。

 結局、ムサシだって間に合わなかった。

 そして、長門君も去年のムサシみたいに……

 

 どうして一生で二回しかチャンスがないの? 何度でもやろうよう!! 試合やりたくないよう! よりによって、千石だなんて、どうやったら……

 

(――あれ?)

 

 溝六先生が運転してきた軽トラ、その荷台にあった、テレビ。

 それは1年2組の……去年、僕たちのクラスにあったテレビで、3人ボッチのアメフト部で『全国大会決勝(クリスマスボウル)に行こう』って誓って書いた。

 栗田、

 ヒル魔、

 ムサシ、

 そして――

 

(そうだ。一人じゃない)

 

 長門村正、

 小早川セナ、

 小結大吉、

 雷門太郎、

 十文字一輝、

 黒木浩二、

 戸叶庄三、

 雪光学、

 姉崎まもり、

 瀧夏彦、

 瀧鈴音、

 酒奇溝六、

 それから、石丸君にバスケ部の助っ人、山岡君と佐竹君の名前も、あとケルべロスの肉球も寄せ書きのように加わっていた。僕たち3人の名前を取り囲むように。

 

「もう僕たちはひとりじゃないんだ!」

 

 

 ~~~

 

 

 確かに俺らは能率の悪いバカだ。

 だけど、溝六みてぇなバカの時代遅れのスパルタ特訓でトラック押しながら40日間歩いた。長門の課した『デス・クライム』、三人乗り自転車で何度も倒れても漕ぎ切ってきた。

 

「エリートさんよ」

「ラインに大事なのは連携だァ?」

「連携ならこちとら3人、顔も見飽きるほど大昔からツルんでんだよ……!!」

 

「!!!」

 

 泥門デビルバッツのラインが、強豪・千石サムライズと拮抗。

 いや、太陽スフィンクスの『ピラミッドライン』と比較すれば軽いし、NASAエイリアンズの『マッスルバリヤー』の当たりよりも弱い。

 策を弄してくるが、結局、ラインは力勝負だ。付け入る隙を与えずに押し切れば、泥門だって負けていない。

 

「ふんぬらばーーー!!」

 

 そして、壁が機能すれば、

 

「『死の行軍』で死ぬほど走ってきたパスルートだ!!」

 

 千石サムライズの23番、コーナーバック・真田雅幸を振り切って、ヒル魔妖一の投げた強烈な、キャッチ力の限界を容赦なく要求するスパルタパスをモン太がキャッチする。

 

「SET! HUT!」

 

 次は栗田がそのパワーでもって千石ラインをじりじりと追い詰めて、決して広くはないが走路が開いた。アイシールド21はそこへ全速で突っ込む。そして、チェンジ・オブ・ペースの爆速ダッシュで密集地帯の敵陣を抜ける。

 セーフティ・山本勘一が目の前に飛び出すも、

 

(2000km練習したんだ。スピードを落とさないブレーキを……!)

 

 アイシールド21はスピードを緩めず走り続け、更に回転(スピン)で抜く。相手が息を呑む気配を確かに感じた。

 

(こいつ……! 純粋な走りなら浪よりも上だ!)

 

 走力Aの千石サムライズでも捕まえられずに翻弄される。

 最終防衛戦(セーフティ)を抜き去り、アイシールド21はタッチダウンを決めた。

 

 6-7。泥門のオフェンスは、強豪・千石にも通用する。

 ――しかし、状況は未だ泥門の不利だった。

 

 

 ~~~

 

 

「舐めるな泥門! 旧時代の連中が俺ら新時代の攻めを止められるかい!」

 

 泥門のディフェンスは、超攻撃型の移動砲台・浪武士を中心とした千石のオフェンスを止められなかった。

 

 アイシールド21が浪武士の前に立ちはだかるも相手には、並走するランニングバックのリードブロックという壁があり、またディフェンスには、相手の動きを読む動物的本能が要求される。

 経験の浅い選手にはそれがなく、泥門は大半が、アメフト歴が一年もないチーム。

 

 そして、点取り合戦となれば、キッカー不在の泥門はボーナスキックを得ることはできず、そのキック分の点差があまりにもデカすぎる。

 

 

 ~~~

 

 

 6-14。離された点差を縮めようと、泥門のエースランナー・アイシールド21がランプレイで鋭く切り込む。

 

「動かざる事山の如し!」

 

 しかし、曲がり切った先に、千石ディフェンスのリーダー・山本勘一が待ち構えていて、捕まってしまった。

 

 

(今、右から抜こうとして曲がった時には、相手はもう知ってた。僕よりも先に動き始めてた……!)

 

 先のように抜けなかった。『デス・クライム』で長門村正を相手した時のように超速で制圧されたのとは違う。こちらの動きを予期されていた。

 

「『ランフォース』か」

 

 ヒル魔が呟く。

 『ランフォース』、それはブロッカーをコントロールして、“人間の迷路”を作ることで、相手の走行ルートを強制する守備戦術。

 出口を少なく、また狭めれば、ランナーはそこが出口だと思い込みも、出口は“ある”のではなく、“そこにしかない”ため、先回りしてブロックすることが可能になる。

 守備の司令塔、軍師・山本勘一はチーム最速の浪武士を上回る速さを持つアイシールド21を封殺するための策を、千石台のOBたちの指導で習得していた。

 だが、『ランフォース』は複数の連携を必要とする、ひとりではできない。

 アイシールド21のランプレイに人数が割かれるのであれば、その分、パスへの警戒が薄くなる――

 

「静かなる事林の如く」

 

 今の泥門のパスターゲットは1枚。雷門太郎のみ。コーナバックひとりをマーク付けるだけでは、そのキャッチ力に敵わないみたいだが、

 

「どうして前衛にいるラインのヤツがこんな後ろに回り込んでるんだァァ―――!!?」

 

 現代フットボールの戦術、『入替(ゾーン)ブリッツ』。

 千石のラインバッカー・武藤俊一が突入すると同時、(ライン)で押しくらまんじゅうしているはずのディフェンスタックル・斎藤正利が入れ替わりで静かに奥へバックする。

 

 誰もいないはずのスペースに突然、壁が現れる。

 

「くぅっ!」

 

 千石コーナバック・真田雅幸はモン太と空中戦になれば分が悪いとバンプを繰り出して飛ばさせないようにし、そして、『入替ブリッツ』した千石ライン・斎藤正利がボールを捕るインターセプト。

 泥門、攻撃を失敗する。

 

 

 ~~~

 

 

 一本攻撃権を失敗するのは大きかった。

 ここでまた千石のオフェンスを止められなければ、泥門はさらに点差を突き放されて苦しい展開になる。

 

「頑張れ、泥門ー!!」

 

 鈴音たち応援団が劣勢を盛り返さんと声を張り上げる。

 移動砲台を起点とする千石の強力な攻撃を止めようにも、浪武士のパスかランかを織り交ぜてくるフェイントに惑わされてしまう。これは、まだ実戦経験の少ないアイシールド21には無理な仕事――

 

 

「すみません、遅刻しました!」

 

 

 その時に、フィールドに駆け付けた影。

 来たのだ。ヒル魔妖一の予想していた時間よりも早く、この盤面をひっくり返す切り札が。

 

「ケケケ、ようやく来たか糞カタナ! 突っ走って体力バテバテじゃねぇだろうなァ!」

 

「問題ありません。“タクシー”で来たんで。コンディションは万全です」

 

「だったら、早速仕事だ。とっととフィールドに入れ!」

 

 泥門デビルバッツの背番号88、この秋大会に集った史上最強のプレイヤーのひとり、長門村正の登場に、会場は一度潮が引くように静まり返ると、次の瞬間、ワッと歓声が上がって……涙を流して感激する巨漢が長門に抱き着いた。

 

「長門君んんんんん!!」

「栗田先ぱぁ――ああああ!!?」

 

「長門君ーー!!」

 

 感動のあまりにリミッターの外れかけたベンチプレス160kgの高校屈指のラインマンによるパワフルな抱擁(柔道風に譬えればサバ折り)をもらって悲鳴を上げる彼、エース登場間もなくの退場のピンチに、泥門のチームメイトは慌てて駆け付けた。

 

 

 ~~~~

 

 

「ようやく来たか、長門村正、いや、『妖刀』」

 

 チャンスだ、と浪武士は笑う。

 泥門デビルバッツの中で長門村正の存在は大きい。もしこれでも阻止し得ないとなれば、泥門の士気は壊滅的な打撃を受けるだろう。

 そして、己の攻撃を止めることは、脚の速いアイシールド21にもできない。

 

「SET! HUT!」

 

 スナップされたボールを受けた浪武士が、快速で飛ばす『キューピードロー』。

 大外を回って走る浪武士の前に先回りするのは、長門村正。想定以上に速い動き。けれど、己の持ち味はランかパスかの二択で守備に集中させない事だ。

 これが、走れる投手の強み。

 

(パス……と見せかけて、ラン。パスを潰そうと突っ込んだ相手を、バックカットで切り返し、腕を入れて(スティフアーム)で捌いて、最小限の動きで抜き去る)

「――パスモーションはフェイクで、ランプレイ。後ろに下がりながら腕を使ってタックルをいなし極力無駄を省いたコースを行く」

 

 ピクッ、と頬が強張った。

 対峙したその瞬間、早口で説かれた言葉を、浪武士の耳は拾ってしまった。

 

(……え?)

「俺の予想だ。アンタは中々良いセンスをしてる。けど、『黒豹』やアイシールド21ほどじゃない」

 

 俺の心を読んで――……!?

 意識が空白になりかけながらも、身体は動き始めている。止まらない。止められない。

 

(ちょ……ダメだ、おい……これは……)

 

 そして、相手の動作を注視していた浪武士にも勘付けないほど、その動きに予備動作(おこり)がなかった。

 パスフェイントを入れようとして、ガードの緩んだボール――『妖刀』の野生はその瞬間を逃さなかった。

 

「え――」

 

 『無刀取りストリッピング』……今回は、『リーチ&プル』のように腕を絡めて捻じり奪う。ボールをクォータバックの命である腕ごと奪うかのような、投手に恐怖を刷り込む交錯。

 

 勝者は振り向く事なく走り切り、敗者は地に伏して倒れたまま動かず。

 

『タッチダーゥン!!』

 

 

「ふんぬらば!」

「フゴーッ!」

 

 ベンチプレス100kg超えの栗田と小結、そして、後ろからボールを持って全速で突貫するのは、太陽・番場衛のスクワット高校記録を塗り替えるに至った下半身の馬力を持つ長門。

 本場の強豪NASAエイリアンズさえ押し通った泥門パワートップスリー、『死の行軍』を経てより圧の増した強引な中央突破でもって、トライフォーポイントの2点を獲得。

 14-14。劣勢下を撥ね退けて、泥門一気に同点に追いついた。

 

 

 ~~~

 

 

「SET――」

 

 ゾクリと背筋に悪寒を走らせてくる眼差し。

 浪武士の開始のコールが行き詰ってしまうほどの圧力がその眼光には篭められていた。

 

 見張っている、俺の動きを――

 

 『クォーターバック・スパイ』。投手の一挙一動のみをひたすら追跡する専門守備。

 読み合い化かし合いの一騎打ち。

 

 くぅ……まったくこっちのフェイントに釣られんっ!

 フェイントをかけるが、長門村正の目はボールの動きのみを追っている。そして、迂闊な行動をすれば――()られる!

 なら、ボールをがっちりとガードを確保して強引に――しかし、それをもぶち抜く強靭な腕一本に集約させたタックル。

 

「が、はっ――」

 

 浪武士は、超速の初動で伸ばされる長い腕、指先一つで止めるほどの気迫で放たれる長門村正の『蜻蛉切(スピア)タックル』を食らい、また沈められた。

 ボールを零し、悶絶する。斬り潰された獲物を見下ろすことのない『妖刀』の背中。

 この二度目の勝負で、否が応でも格付けされた。

 

(黒船や……長門村正は、環境系(バランス)を何もかもぶち壊しちまう本物の怪物……!?)

 

 この長門村正(かいぶつ)に、浪武士(じぶん)のプレイは通用しない……と思い知らされた。

 そして、攻撃の起点となるエースクォータバックが潰されて、千石サムライズのオフェンスは半減し、四回の攻撃で連続攻撃権を獲得することができず泥門に攻撃権交代する。

 

「ケケケケケ、勝負あったな。糞カタナは奴を完全にビビらした」

 

 

 ~~~

 

 

 そして、千石サムライズを圧倒させられるプレイは、トドメを刺すかのように徹底して続いた。

 

「あれは、俺の……!」

 

 ベンチから浪武士が見たのは、ランニングバックのポジションに入った長門村正によるパスプレイ。

 『ハーフバックパス』――それも、浪武士のブレーキをかけずに走りながらパスを放つプレイと同じ。

 雷門太郎がボールをキャッチしてパス成功させたがそれ以上に、千石サムライズのお株を奪うそれは、精神的ショックの大きいプレイだった。

 

 

 それから、泥門デビルバッツの攻勢は火が点いたように怒涛の快進撃を始めた。

 

 

「動かざる事山の如し!」

 

 長門村正をリードブロックにしてのアイシールド21のランプレイ。

 これに千石サムライズは、すかさず守備のディフェンスで壁を作り、『ランフォース』の人身迷路で追い込まんとする。

 

 ――その“山”を呑む大津波の如き気迫。

 

 『死の行軍』を経て、長門村正の意識はより強まった。

 擁護するべき相手(くまぶくろりこ)を背負い、常に倒れてはならない二人乗り自転車。肉体面が頑健になるだけではない、精神面でも不倒の意思をも強め――元来の獰猛な獣の如き攻撃的な性分と噛み合わさる。

 倒れる訳にはいかない。それでも道を阻むというのなら、障害(てき)を潰す。壊す。己のパワーで斬り捨てる、護る為の殺意へと成った。

 

「お゛お゛お゛お゛――!!」

 

 そのリードブロックはこれまでのよりも迫力が格段に増した。

 力山を抜き気は世を覆う。『妖刀』が、千石サムライズの『ランフォース』をぶち破る。

 

 そして、その抜山蓋世のプレッシャーを放つ長門村正の群を抜いた存在感。

 フィールドで最も注目を集めるボールとボールを持ったボールキャリアーだったが、その視線さえも一瞬引き付け、奪ってしまう。

 ディフェンスの意識からも遮り、断ってしまう壁、否、『妖刀』に、アイシールド21の0秒で曲がり切る超人的な走法『デビルバットゴースト』が組み合わさると、それは目にも留まらぬ幽霊から目にも映らぬものになる――

 

(村正の無視できないリードブロックという力技の視線誘導(ミスディレクション)から、その隙に一瞬で最高速に至る加速力(チェンジ・オブ・ペース)で抜き去る。二人の協力で成す最強のランプレイ、『バニシング・デビルバットゴースト』は無敵だ)

 

 『ランフォース』が破られて、アイシールド21がタッチダウンを決める。

 そして、長門村正が加わり攻撃力が跳ね上がるのは、ランだけではない。

 

 

『押したー! 泥門、千石をエンドゾーン(ゴール)まで押し込んだ!! タッチダーゥン!!』

 

 またも泥門ライン陣+勢い付いた長門村正のスピード×パワーの力強いランが、千石の壁をぶち破って、トライフォーポイント2点のボーナスを獲得。

 

 22-14の泥門が優勢で前半を終えた。

 そして、後半も破竹の勢いは止まらない。

 

 

 ~~~

 

 

 ――後半、ずっと外から眺めてるだけだった世界、このサイドラインの向こう側、近くて無限に遠かった壁……今ついに、この線を、越える――

 

「あ、ああ……」

 

 脹脛が脈打つ。

 掌が湿る。

 これが、フィールド……!

 ベンチと全然違う。こんなところで、皆闘ってたのか……!!

 

 額から垂れる汗が止まらない。

 

 僕にはスポーツは向いていない――

 だけど、スポーツができなかったのは、向いてないからじゃない。

 

『才能のあるなしなんて努力をやり切ったものだけが言える文句です』

 

 何も、しなかったから。

 ずっとスポーツをしたかったくせに、無理だとか向いてないとか、結局、何もしなかった。

 何もしなかったから、何もできなかった。

 

 でも、今年だけは、違うんだ……!!

 

『……ですが、これだけは言える。ガリ勉の先輩が朝から晩まで練習して汗を流してる……それが無意味だと俺は思いません……!

 この先一緒にプレイをすることがあるのなら、そのかいた汗の分、俺は、いや俺達はあなたを期待してます』

 

 

 ~~~

 

 

「静かなる事林の如く」

 

 今度はヒル魔妖一から長門村正にボールが回されてのランプレイから始まった。

 先ほどの走り投げという千石オフェンスの真似事を阻止せんと守備を振るディフェンスだったが、これは『ハーフバックパス』からの派生。

 

 後出しジャンケンのように、敵の守備の動きを見極めてから、動く。

 最初から後ろに重心を置いたままの超速のバックカットから背面投げのバックパス。

 それを受け取るのは、クォータバックのヒル魔妖一。

 

(麻黄中学時代、4人だけ、パスキャッチができるのが2人だけのパス練習をしてきた)

 

 走者と投手間でワン・ツーのように返されるパス交換するプレイは、『フリー・フリッカー』

 そして――

 

 

 ~~~

 

 

「ケケケ、テメーならここに気付くよな糞ハゲ!」

 

 長門君の疾走で釣られ、そして、『入替(ゾーン)ブリッツ』を使ってモン太君に割かれた相手の守備陣。

 頭の中で想定通りに動いて、司令塔と瞬間の判断が同調する。

 

(空いてる! あそこに走り込めばノーマークでキャッチできる!)

 

 空いた守備に、後半から投入されたワンポイントレシーバー・雪光学が『速選(オプション)ルート』で入り込む――!

 

 

 ~~~

 

 

『泥門パス成功! 連続攻撃権(ファーストダウン)獲得!』

 

 パスもランもできるタイトエンド・長門村正が加わり、ヒル魔妖一とのパスワークが高速化し、オフェンスの多様性が増す。

 観戦していた王城の面々は、息を呑んで、評価を下す。

 泥門デビルバッツのオフェンス力は、強豪Aクラスの千石サムライズよりも上だと。

 

(春大会とは別物、特にヒル魔妖一と長門村正……あの神龍寺ナーガの金剛兄弟の『ドラゴンフライ』のようなパスプレイはやらなかった)

 

 おそらくは、こちらの『巨大矢(バリスタ)』と同じだろう。

 泥門の中でもヒル魔妖一と長門村正の連携は年季と密度が違う。チーム全体の総合力が上がったからこそ可能になった。

 5人だけでも安定して前線を保てるようになったライン、雪光学という判断力に長けたレシーバーが加わりパスターゲットも1枚増えたのだ。

 これでブロックとキャッチが仕事だったタイトエンドに、パスとランもできる余裕ができ、クォータバックとの連携ができる。

 

 そして、パスとラン、個人個人のプレイの質も格段に向上している。

 パスルートを覚えただけでなく、アメフトのレシーバーとしての経験値を得てそのキャッチ力を活かせるようになったエースレシーバー・雷門太郎のキャッチ。

 ただ足が速かった資質任せのランナーだったのが、悪魔的な走行技術を身に着けたアメフトのエースランナーとなったアイシールド21によるラン。

 これだけでも一筋縄ではいかないが、戦術の幅が広がった泥門の司令塔・ヒル魔妖一の裏をかく指揮がその的を絞らせない。

 雷門太郎をマークして穴が空けば、雪光学という攻撃職専門のワンポイントレシーバーにパスを投げ、アイシールド21に注意がいっているようならば、もうひとりのランニングバックの石丸を走らせる。

 また、長門村正を使った高弾道のショートパスによる強引な中央突破もある。

 これは、そうそう止められない。キッカー不在ながらも千石の守備を圧倒する泥門の攻撃力は破格だ。

 

 それで、攻撃力が増した泥門は守備力でも思いきりが良くなっている。

 『クォーターバック・スパイ』として睨みを利かすエースキラー・長門村正により、後半から千石のエースクォーターバック・浪武士は自ら走る『キューピードロー』という思い切ったプレイを自粛するようになっている。

 けれど、そんな縮こまったプレイをしても、調子を上げていく泥門のラインマン、『不良殺法』で引き倒していく十文字達に、『リップ』で潜り込んでかち上げる小結大吉が果敢に潰しに来るのだ。かといって、これを止めようにもセンターの高校アメフトトップクラスのパワーを持つ栗田良寛は二人がかりでもなければ押さえられない。

 

(しかも、太陽戦、NASA戦と最後までプレイのパフォーマンスを維持できていたのは、長門村正だけだったが、ほとんどが両面の泥門プレイヤー全員がこの後半でも動きが衰え鈍ることがない)

 

 そう、総じて言ってしまえば、地味な反復練習、基礎トレーニングの繰り返しで得られる基礎力。泥門は見違えるほどチーム全体の基礎力が心身ともに増強されていた。

 月刊アメフト誌に書かれている泥門デビルバッツの評価を、すべて一段階上のものと見ていい。

 

「千石サムライズは弱いチームじゃない。強豪に相応しい実力を持っている。それでもこうも圧倒するなんて……一体どうやって? ここまでの特訓を短期間で施す方法があるものですかね?」

 

 高見の言葉に、王城の庄司監督に去来する、その答えとなる単語は、『死の行軍(デス・マーチ)

 

(長門村正が溝六の教え子だというのならば……)

 

 ありうる、そう目を凝らせば、泥門のベンチに戦友と思しき者がひとりいた。

 

 

 ~~~

 

 

『タッチダーゥン!!』

 

 泥門が点数を重ねていく。

 だが、それはこちらの破壊力だけではなく、優勢になれば優勢になるほど、千石のプレイにミスが目立ち始めたのだ。

 『入替ブリッツ』も動くタイミングが早過ぎてバレてしまう、『ランフォース』も迷路に予定したポイントでないところで穴を開けてしまう。守備だけでなく攻撃もラインの連携ミスやチームのエースの浪武士が『キューピードロー』を敢行するも、『クォーターバック・スパイ』についてる村正と対峙しただけでパスを投げ捨てたり、パスがコントロールミスしてモン太にインターセプトされていた。

 

 強豪千石大学付属校ならではの堅固な指導体制を誇る千石サムライズは、言ってしまえば、マニュアルアメフトだ。優秀な選手が数多く集まるが、その中で超一流とも呼べる“本物の怪物”は生まれたことがない。

 それは、千石大で名を馳せた『二本刀』の庄司軍平と酒奇溝六も自分たちを含めて例外はないと認めている。

 

「どうして、我が名門千石サムライズが泥門に……あの、馬鹿……溝六のいるチームになんぞに……!」

 

 現代のアメリカンフットボールの戦術を取り入れていった千石大付属だが、こういう劣勢下の場面であってもいつもの力を出せるスキルを学んでなければ選手は超一流にはなれない。

 どんな戦術も学んでいようが、所詮、机上の空論であり、実際に逆境や修羅場を経験し、克服してきたものでなければ、実戦では活かし切れないものだ。

 

 そう、アメフトが“心の勝負である”というのは古今変わらぬ理念だと酒奇溝六は考えている。

 あの『死の行軍』という極限の修羅場・逆境を潜り抜けた泥門のメンタルはどこが相手だって劣るものではない。

 

(豊臣よ……お前は賢く立ち回るのが得意な奴だったが、お前が止めた『死の行軍』なんつう馬鹿をやり遂げたコイツらの強さは馬鹿に出来るもんじゃねぇぞ)

 

 選手生命が断たれたことは恨んじゃいない。

 それでも、この泥門はかつての千石大よりも強い。そう確信している。

 

 

 ~~~

 

 

 強い……が、気に食わないことがある。

 あのアイシールド21……何故、あんな背の低い男が、アイシールド21なのかということ。

 

 2年前、アメリカに留学していた中学の時に、この目で見た、ノートルダム大付属で活躍していた日本人――“本物のアイシールド21”。

 あの完璧なランナーを忘れるわけがない。

 スピード、テクニック、ボディバランスが高水準でまとまっていて、何よりも奴は倒れなかった。その長身とパワーで、本場の連中にも当たり負けはしなかった。

 そう、あんな華奢で小さい体では、一生かかっても本物の足元にも及ばない。

 

 そして、泥門にはもっと相応しいのが、いる。

 

(88番、長門村正……あいつの走りこそ、俺がアメリカで見た、“本物のアイシールド21”の完璧なラン……!)

 

 掴もうが、潰そうが、倒れない走り――

 アメリカンフットボールの原点とも言えるラン。

 本当は奴こそが、アイシールド21なのではないかとも疑い始めている。だが、そうだとすれば何で、あんな軽くて弱いヤツにその“アイシールド21”を譲っているのだ。

 それが、気に食わなかった。

 

(まあいい。試合で認めさせてやればいい)

 

 強豪千石を降した泥門はきっと勝ち上がるだろう。

 四回戦、秋大会の準々決勝で巨深と当たる。

 その時こそ、『今度はちゃんと試合開始から闘おう』――アメリカで交わしたあの約束を今度こそ果たす。

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