悪魔の妖刀 作:背番号88
9月18日。
一回戦から一週間後、秋大会の二回戦。
泥門デビルバッツが今日試合するのは、シードの柱谷ディアーズ。
小兵ながらも精鋭揃いの強豪。ここもまた、アメフト誌でAクラスのチームだ。特に歴戦のベテランラインマンによる
選手としては小柄な者が多いが、そのハンデを補って余りある経験とガッツを備えており、職人芸なプレイに隙はない。まさに“アメフトの教科書”と呼ぶべき正確さを誇る、それが柱谷ディアーズだ。
それで、この職人肌のメンバーをまとめ上げる
「世界一むさ苦しい行列かもしれねぇな……」
その光景に対し、戸叶が吐露した表現に同意するよう他二人も頷く。
試合前に行列作って並ぶガタイの良い男子高校生ら――全員ラインマン――に、サインサービスをするかりあげの選手が、古豪柱谷のエース・山本鬼兵。
とても高校生とは思えぬシブさ満点の出で立ち、任侠映画を思わせる粋な言動は、
「中高一貫の柱谷は、中学の時から6年間ずっと同じチームでアメフトやってんだ。基礎トレの密度ならテメーらも負けてねえが、6年の経験値と連携をなめちゃいけねーよ」
「特にあの山本鬼兵は、小学生の頃から
そして、デビルバッツとも関わりがある……
「鬼兵さん!」
「おう、栗田、お前もか」
サイン列には栗田先輩も並んでいたりする。
これは長門がまだ麻黄中に入学する前の話だが、先輩達が中学1年の頃に柱谷と試合して、栗田先輩をラインマンとして圧倒し、“本物のアメフトとはなんたるか”を教えたのが、山本鬼兵。
長門もその試合映像を見て、ライン技術と経験値の固まりみたいな選手のプレイより、ブロックの基礎、また力の絞り出し方を学ばせてもらっている。
「そういや、一回戦の千石戦勝利おめっとさん。春から一気に成長したな。だが、まだまだ荒い。力尽くのプレイが目立つぜ、栗田よ」
他校だが、ラインマンの栗田先輩からすれば、山本鬼兵は先輩なのである。映像でも見たが、中学時代の栗田先輩が全プレイ、鬼兵のテクニックでコロコロ転がされていた。きっとあれから心酔しているんだろう。
「俺もなんのかんので今年でもう最終学年よ。古豪とか言われながらよ、王城黄金世代の前にずっとあと一歩優勝を逃してきた……俺らにとってもこの大会がラストチャンスだ。今日の試合、容赦はしねぇぞ栗田」
「はいぃ!!」
気風の良い人だ。中学の頃から有名選手だが、その人気にも納得である。
しかし、敵だ。敵に敬意を持つのは良いにしても、サインをもらってうれしそうにする栗田先輩を見るにその意識が……
それに、斜め後ろで僅かに身を引いた気配。
「今年が最後のチャンス……もし負けちゃったら……」
セナ……?
「なんか可哀そう……」
一回戦で遅刻をしてしまった
~~~
「鹿と紅葉の夢舞台、男の花道後戻り無し!!」
『ォォウ!!』
~~~
『ベテランの風格漂う、東の古豪! 今日も野太い声援浴びて背中で語る男の履歴! 山本鬼兵と柱谷ディア~~ズ!!』
波しぶきの効果音など、入場シーンに特殊効果が入れられるほどの人気選手の登場から始まった泥門デビルバッツ対柱谷ディアーズ。
泥門、前半は、長門村正はタイトエンドに入る。
レシーバーには、雷門太郎、それから“予習”を要する雪光学は後半からの出場となるため、あともうひとり……
「高校でもう一度試合をしてみたいって思ってた! お世話になった鬼兵さんに今の僕を見てもらいたいんだ!」
「………」
この試合、最もやる気があるのは、泥門センター・栗田良寛。
「随分と味な真似してくれるじゃねぇか、泥門。絶対抜かれるんじゃねぇ!!」
「どでかい道開けるぞ!!」
十文字が檄を飛ばして、前に――ラン体勢のブロックで突っ込む泥門ライン。
(鬼兵さん、僕、全力でぶつかります!)
中核の栗田も柱谷のエースラインマン・鬼兵を相手に押し込む。
「ふんぬらばぁ!」
「ぬおおおおお!」
作戦は、『ブラスト』。
クォーターバック・ヒル魔からボールを回されたランニングバック・アイシールド21がラインマンがこじ開けた中央付近の走路に身体を入れて突っ込むインサイドプレイ。
――しかし、その要となるセンターが、崩せない。
なんて重い……!
ディアーズのライン、山本鬼平。
身長167cm、体重72kg、ベンチプレス75kg……身長も体重も腕力も栗田が勝っているのに、押し勝てない。
柱谷ディアーズは、一回戦に当たった千石サムライズのラインよりも熟練しており、『死の行軍』で鍛えた基礎を完璧にこなしている。
細かいステップで低くかち上げて、逆に体格で優っているはずの泥門のライン組を押し込んでいる。
そして、それだけではない。
(アメフト選手としちゃ決して恵まれたガタイじゃなかった俺だけどよ。テクニックひとつで自分より二回りも大きい
ライン歴10年の血の重み、そして、駆け引き。
『不良殺法』よりも熟達した、合気術のように突っ込んでくる相手の力を利用して引き倒す。山本鬼兵は、大学生級の相手でも腕一本で軽々と転がすテクニシャン。
(わっ!? 栗田さんが倒されて走路が潰された!?)
ボールを持って突っ込もうとしたアイシールド21が踏み止まったのを逃さず、栗田を倒した鬼兵が腰に抱き着くタックルを決める。
ズシリ、と重い。バスケ部助っ人山岡や佐竹と同じくらいの体の大きさだけれど、前に押し進もうとびくともせず、アイシールド21……セナは倒された。
~~~
「すごい。鬼兵さんはやっぱりすごいよ」
小が大を倒す。まさに熟練の職人技。
柱谷は、天才はいないが“達人”が揃っているチームだ。
しかし、それにしてもだ。
(栗田先輩、それにセナ)
鬼兵のタックルに、セナの反応が遅れている。ギヤに油を差し忘れたかのように、動きが鈍い。
負ければ最後になる相手の気迫に、躊躇しているのだ。
我が物顔で己を貫く大和とは正反対な、他者を気遣う性格をしているセナだ。栗田先輩と同じで優しいが、しかしそれは勝負事には甘い性格だ。そしてその態度はあまりに山本鬼兵に失礼だ。
(けど、これは言葉で悟らせるよりも、自分自身で気づかせる方がいい)
司令塔のヒル魔先輩を見るが、今のプレイに舌打ちはしても、銃を乱射して叱り飛ばす真似はしないようだ。
なら、今は自分もこれを静観しよう。
~~~
「僕が鬼兵さんに勝たないと! 必ず鬼兵さんを止める!」
しかし、デビルバッツのセンター・栗田は、ディアーズの鬼兵にまたも転がされそうになったのを察して身を引いたところに――今度はすかさず押し込まれた。
重心が後ろに引いていた栗田は力で勝っているはずなのに仰向けに倒される。そして、栗田を青天させた鬼兵はサックを決め、クォーターバック・ヒル魔がボールを投げる前に潰す。
「くそお! こんなはずじゃないのに! 鬼兵さんに勝って恩返しできる機会なのに!」
悔し気にグラウンドを拳で叩く栗田。
その姿に鬼兵は落胆の声を吐いた。
「何を言ってる。見損なったぜ、栗田」
「鬼兵さん?」
「お前、この試合、何のために戦ってんだ」
「え……それは、鬼兵さんに」
「馬鹿野郎っ! 俺を見るな! 後ろを見ろ!」
怒鳴る鬼兵。戸惑う栗田に、彼の背中を指差した。
「ラインなら、
「それがライン魂……それがライン魂ッ!」
二度、再確認するように口にその言霊を含む栗田。
(そうだ……これが
栗田の目に、火が点いた。
「だから、絶対負けられないんだ!」
~~~
「フンヌらばああああ!!
泥門三回目の攻撃。
再び敢行される『ブラスト』に、栗田さんが爆発して、鬼兵さんを大きく退けた。
「それで、良いんだ栗田!」
蒸気が噴くほどの栗田さんの猛烈なラッシュに、鬼兵さんは歓喜の声を上げる。
そして、その見るからに熱いプレイに、こっちも火がつけられた。
これだ。これなんだ。
『皆で目指すもののために文字通り敵にぶつかって、その瞬間が燃えるんだ!』
初めてアメフトに触れあったあの日、栗田さんが語ったあの言葉の意味を、改めて理解した。
(みんな戦うために来てるんだ。可哀想だなんて思う方がどうかしてた……!)
全力で倒すんだ。こっちだって負けられないんだから。
~~~
『泥門! ファーストダウン獲得!』
セナの走りに鋭い切れ味が戻る。
栗田先輩が空けた走路を突破して、柱谷陣地を深く切り込み、連続攻撃権を獲得。
わざわざ相手に激を飛ばして、目を覚まさせてくれた山本鬼兵には頭が下がる思いだが、これは勝負事。そして、負けたら終わりのトーナメント戦。両者ともに退路はなく、容赦する必要もない。
「おっし行くぞ! マックスデビルパワー!!
セナの復活にモン太も声を張り上げてプレイに望む。
よし。これからが本調子になった泥門の猛攻開始だ。
~~~
「SET! HUT!!」
ボールがスナップされると同時、泥門の
『ブラスト』によるランのインサイドプレイではない。このラインの動きは、パスだ。
(泥門のパスと言えば……)
88番タイトエンド・長門村正のガタイを活かした密集地帯へのショートパスと、80番ワイドレシーバー・雷門太郎へ空中戦のロングパス。千石戦で出た16番の雪光学はベンチだ。
このパスターゲット二枚に柱谷は集中してマークにつく。
しかし、今の泥門にはもう一枚の新戦力が加わっている。
「アハーハー! みんな! 僕のデビュー戦にこんなに大勢で集まってくれてありがとう!」
泥門デビルバッツ37番・瀧夏彦。
姉崎まもりと雪光学が講師に付き、さらに妹の瀧鈴音より“アメフトに絡んだことなら理解度の早いバカ”というアドバイスを提供され、どうにかこうにかアメフト部全員で5教科500点満点中200点の合格ラインをクリアさせ、無事に泥門・1年2組(セナと同じ教室)に配属された。
そう、正式に泥門デビルバッツの選手として試合に出られるようになったのである。
「パスキャッチ率100%ー!!」
そんな観客から見ても一発でバカだとわかる瀧夏彦だが、泥門の新戦力で、新たなパスターゲット。そして――
「まだこんな隠し玉があったとは泥門! 潰せそいつをー!」
ヒル魔からのパスをキャッチしたタイトエンド(今はワイドレシーバーに入ってる)・瀧を柱谷が潰しにかかる。ディアーズのラインバッカー・菅谷文太、身長184cmと柱谷で最も巨漢で、自身と同程度の体格を持つ選手にタックルを決められた瀧だが、倒し切れない。
柳のようにしなりながらも屈しないボディ、腰にしがみついてその足こそ止められたが、手のひらと足の裏以外を地面につかせないのだ。
そう、マッスルボディのホーマーとは違うが、タックルを決めてもダウンを奪い難く、そして――
「アハーハー! まだプレイは終わらないよ! ここからがボクらの『デビルバットダンス』さー!」
倒されながらも瀧が斜め後ろへと山なりのパスを投げた。
「ナイスパスだ瀧!」
テキサスのビーチで、ビーチフットチームTOO TA TTOOと練習に励んでいた瀧夏彦は、彼らの得意戦法『ノミのダンス』も習得しており、細かいパス回しが得意だった。
そのノミがぴょんとジャンプしたように山なりの軌道のパスを――瀧に気を取られて緩んだ相手マークを外し、跳躍した長門村正が、高い位置でキャッチした。
「なにいいい!?」
さらに、フェイクのランで大外を走っていたアイシールド21・セナが回り込んで、長門の着地を守る盾となっている。
柱谷の選手を相手に、アイシールド21が身を盾にして稼げる時間は、1秒だが、それだけで十分。パスキャッチした瀧に集まっていた柱谷の守備を、長門が自ら走り抜ける。
セーフティ・氷川つよしが阻もうとするも、体格の差、その長い腕を活かして、捕まえさせずにいなして、ゴールラインに――
『タッチダーゥン!!』
「アハーハー! 歓声ありがとうみんな!! サインは試合後までちょっと待ってくれよな! でも、まだまだお楽しみはこれからだよ! 会場の皆に泥門の新戦術『
「余計なことをほざくな糞アゴヒゲ! とっとと守備につけ!」
~~~
攻撃権が移り、柱谷ディアーズのオフェンス。
各自の役割を完璧にこなす経験豊富な柱谷のオフェンスチームは、泥門の『ブラスト』の返礼とばかりに41番のランニングバック・北島権三による中央突破を敢行。
ブロックの巧みな連携によりランナーを敵陣に突入させる。
――だが、前線を抜けた先に待ち構えていたのは、鬼気。
(反応が早いっ!?)
泥門デビルバッツのディフェンス、後衛の中核であるラインバッカー・長門村正。
単純な身体能力だけではない。
五感を研ぎ澄まし予測を超えた超反応を実現する野生はどんな些細な動きも逃さず、観察した相手の動きを精密に
神龍寺ナーガの金剛阿含の『神速のインパルス』ほどの反射神経がなくても、反応はそれに迫るほど速い。
(ダメだ! 北島だけじゃ
肌に伝わる強者の
だから、ここは自分が盾に――と仲間の危機に参じようとする山本鬼兵だったが、それをさせまいと阻む巨漢の壁。
「鬼兵さんは、僕が止める!」
「栗田……っ!」
憧れは、今、捨てる。
チームのために、自分のパワーで、鬼兵を倒す!
この試合、高校アメフト界最巧のラインマンに仕事をさせまいと栗田が懸命に体を張り続けた。
~~~
後半から石丸を下げて、雪光学を投入。瀧夏彦がワイドレシーバーからタイトエンドに入り、長門村正が石丸のいたランニングバックに収まる。
それから、千石戦と同じ、いや、キャッチもブロックもできる瀧夏彦が参加してより増した泥門のオフェンスが、柱谷を圧倒。
尻上がりに士気を上げていく泥門デビルバッツは前半以上の勢いで点を重ねていき、初戦・千石サムライズに大勝したのがラッキーパンチじゃなかったことを証明する。
(勝負だ若造! 柱谷ディアーズ・山本鬼兵! 現役最後のプレーだっ!!)
最後、栗田を躱した鬼兵が、アイシールド21のランを守護する長門のリードブロックを破ろうと迫る。
小柄で腕の長さで負ける鬼兵は、『リップ』でかち上げんとしたが、その腕を迎撃された。
「山本鬼兵、あなたは強いが、俺はあんたよりも小柄で力ある大吉の壁であり続けた」
それは、狙いを澄まして、瞬間の打撃に力を集中した『
長門は油断なく、長い腕を折り畳んでからの肘打ちで鬼兵の腕を撃ち落とし――そして、消えた。
(いない!?)
背後に守られていたアイシールド21が、『妖刀』へ意識が逸れたのを逃さず盾となるリードブロッカーの前に飛び出し、相手の死角へと曲がり切る。ただ守られるだけでなく自分の足で行くその走りは、残像も映さずに相手選手の目の前から消える。
(話に聞いてたが、良い後輩が揃ってるじゃねぇか栗田)
アイシールド21がタッチダウンを決めて、試合が終了。
全国高校アメフト選手権トーナメント、泥門デビルバッツ、柱谷ディアーズに勝利して、三回戦進出。
続けて評価Aクラスの強豪を破ったその実力は本物であると世に知らしめた。
~~~
「俺のライン魂、お前に譲ったぜ」
「はい、しっかりいただきました」
「おいおい、小遣いやったわけじゃないんだからよ。……けどまあ、最後にお前らみたいな連中と全力を出し切れた試合ができたんだ、心残りなく引退できるな」
試合が終わり、互いの健闘をたたえる握手で、鬼兵さんの言葉に照れる栗田さん。
「じゃあな、絶対優勝しろよ泥門」
「鬼兵さん、ありがとうございました!」
最後の花道を飾った鬼兵さんの背中を見送る。
3年生の選手は、これで引退。“長い間、ご苦労様でした”と僕も頭を下げると、隣で目を細めていた長門君が栗田さんに聴こえないような小さな声でつぶやく。
「心残りはない、か。無理をして……」
え……? とセナは顔を上げて、気づいた。
真後ろにいる栗田さんからは見えないけど、少し斜め後ろにいた僕からは、鬼兵さんの頬に一筋の涙が伝うのが見えた。
そう。アメリカンフットボールは敗者に栄誉はなく、そして、みんなが
勝ち続けることになれば、こうした負けたものの気持ちをも背負うのだ。
「優勝するぞ、セナ」
「うん……!!」
~~~
この日、泥門デビルバッツ対柱谷ディアーズ以外にも同グラウンド・大航海フィールドで3試合行われた。
王城ホワイトナイツ対三閣パンクス。
姉妹校である太陽スフィンクスとの交流試合で培われた激しい攻撃力は春大会でも王城ホワイトナイツを追い詰めたが、秋大会の王城ホワイトナイツは違った。
『まさに日本一高い富士山級のいや! 例えるなら世界一高い山! エベレストパスだ!!』
高見伊知郎が長身を活かした超高層発射台から、桜庭春人の長い手足を活かして超高層点でキャッチする王城ホワイトナイツのパスプレイ。
『きょ……強~~烈なタックルー!! ボールが零れたァ!』
そして、また一段と凄みの増した進清十郎の『スピアタックル』
守備の王城は、相手チームに1点すら許さず、82-0で試合を決める。
黄金世代が抜けて凋落したと揶揄されていたが、それが
西部ワイルドガンマンズ対恋ヶ浜キューピー。
『おおっと恋ヶ浜棄権だー! ワイルドガンマンズコールド勝ち!!』
125-10と圧勝。恋ヶ浜相手に10点も許してしまっているが、その攻撃力は無敵。王城とは正反対のチームである。
網乃サイボーグス対巨深ポセイドン。
去年はサッカー、一昨年はバスケ。毎年一つの種目に絞り学校全体で優勝を狙う“大会荒らし”の異名を持つ網乃高校。
日本最高峰と言われるスポーツ医学で養成されたチームは、創部一年目に関わらず、評価B。対する巨深ポセイドンは柱谷ディアーズと同じ小柄なチームで、評価Dだ。
月刊アメフト誌を見る限り、順当に勝利するのは、網乃サイボーグス……だったが、14-31で、“大会荒らし”は、初戦敗退した。
~~~
「――長門村正!」
今日のすべての試合工程が終了し、大航海フィールドを離れようとした時だった。
「アンタは……」
声をかけられ振り向くと、そこにユニフォームを着替えずに、今日の最後の試合が終わってすぐにこちらを追いかけてきたのだろう、今秋大会のダークホースとなったポセイドンの41番がいた。
「巨深の選手で、元フェニックス中の留学生の、筧俊、だったよな?」
大会荒らしの網乃サイボーグスを蹴散らした巨深ポセイドンのエース。
春大会の公式戦にも出場していなかったので情報が少ない選手だが、前にNASAエイリアンズ戦に向けて情報収集した時に、リコが見つけてきた試合の映像で活躍した日本人の選手だったからとても記憶に残っていたのである。
そんなわけでした確認であったのだが、あちらはそのつり目をカッと見開いて、
「フェニックス中のことも……やはり、お前が……!」
口許に手を当てながら何か意味深にぼやいてから、筧俊はいきなりこちらにその長い腕を伸ばして指差してきた。
「長門村正、いや、本物のアイシールド21! あの日の約束、この大会で果たす!」
と大きな声で、宣戦布告……
「んん?」
え、今の何?
呼び止めようとしたのだが、筧俊はこちらに背を向けて去ってしまう。
最後に残ったのは、脱衣癖のありそうな、現在、ユニフォームをチャチャッと脱いでパンツ一枚の巨深の71番・水町健悟がこちらに手を振って、
「じゃあね! 小さい影武者じゃなくて、本物のあんたが筧と勝負してくれよー!」
とさっきの発言が冗談ではないことがよくわかる証言をしてくれた。
そして、爆弾を放ると水町健悟も筧俊らチームメイトの後を追ってすたこらと去っていった。服を着ろ。
で、このやりとりの間、すぐ隣には、泥門アメフト部の主務()がおり、
「え……?? 本物のアイシールド21……? って……最初からヒル魔さんが適当につけた名前じゃないの?? ほんとにアメリカの学校にいたって事?? そして長門君が本物のアイシールド21……――!!? ごごごごめんなんか成り行きで勝手に長門君の」
「落ち着け、セナ!」
ややこしくなってきた!
~~~
「大和おおおお!」
『いきなり何なんだい長門』
あの後、『長門君が、本物のアイシールド21!?』とものすごく動転したセナに、麻黄中学で先輩たち3人の後輩だったことを証人・栗田先輩と一緒に話していたら、何故か途中でリコが入ってきて中学時代の赤裸々な思い出話に脱線したりといろいろ大変だった。
そして、状況が落ち着いたところで、本人に電話。
するとやはり、大和はあの筧俊とアメリカで対戦したことがあるそうだ。同じ日本人だから印象が強く残っているようで、途中出場した筧俊がリードブロッカーをぶっ飛ばしてあと一歩のところまで迫ったプレイを称賛して、『今度はちゃんと試合開始から闘おう』と言い別れたそうだ。だったら、ちゃんと名前を教えておけ。アイシールド21は称号で、覆面ヒーローじゃないんだから。
おかげで、ライバルに勘違いされるという非常に複雑な思いを味わった。影武者なのはこちらの方である。
『でも、長門なら“アイシールド21”を名乗っても問題ないんじゃないかな』
「他人の騙りは憧れ――俺はお前と並びたいんじゃなくて、倒す男だ。筧俊には悪いがこっちが先約だ。
『おもしろい! その時を楽しみにしてるよ、我が最大のライバル!』
~~~
「二回戦突破おめでとうー!!」
「ムキャーいい臭い!」
「うめェ~~~!!」
「みんなありがとう! 僕のデビュー戦活躍祝いに焼き肉パーティなんて! スピーチは苦手なんだけど皆の期待に応えて……」
「なくなるよ肉」
三回戦進出した泥門のみんな、それから鈴音と熊袋さんと一緒に、焼肉店ミノタウロスで打ち上げに来ていた。
そこで、まもり姉ちゃんがせっせとみんなの分の焼き肉を焼いてるのを確認してから、ヒル魔さんに思い切って訊いてみた。
「……本物のアイシールド21のこと知ってたんですかヒル魔さん」
「たりめーだ。実在しなきゃハッタリになんねーだろ」
アイシールド21は、本当にいる。
そして、無事退院した熊袋さんからあの筧さんが、アメリカに留学していた話を教えてもらったし、だとすれば本物のアイシールド21というのは……きっと長門君に似ているんだろう。
(長門君は全くの誤解だって言ってたけど……でも、それって“長門君のランの方がアイシールド21に相応しかった”ってことなんだよね)
僕は、長門君よりも背が低い。ていうか僕より小さい選手なんているのかな?
……進さんはそれほどノッポじゃないけど、僕よりはずっと高いわけだし、ほらだいたい僕の身長は進さんの肩あたりで……
「――ッて、本物ー!!?」
騒がしい音に反応して、店のカウンターへ視線を向けると、本物の進さん、王城ホワイトナイツ御一行が来店していた。
「なんだどうした?」
「泥門……!!」
向こうもここに僕たちがいるとは思わなくて騒めいているけど、そこで店内に笑い声が響いた。
「がっはっは! おうよ、試合の後は焼肉! 30年ぶりでも考えることはお互い成長なしってこった。――なあ、庄司よ?」
「溝…六……!!」
~~~
こうして、溝六先生と王城の庄司監督、千石大のエースコンビ『二本刀』の偶然の再会から、王城の皆さんと同じ席を囲うようになったんだけど……
「……色々あってよ。お前の敵になるってこと知ってて泥門のトレーナーやってるわ」
「お前がそういうからには本当に色々あるんだろうな」
「……ああ」
言葉少なに、隣席で肩を並べながら、杯を傾け合う。
大人たちは離れたところのバーテンカウンターで再会の酒を飲み交わす、ハードボイルドな雰囲気に立ち入りづらい。
「選手で付き合ってる人とか、そういうのないですよー!」
「それより私ね。まも姐やリコりんが怪しいんだよね」
「何そのアンテナは鈴音ちゃん」
「わ、わわわ私は村正君とはお隣さんなだけで別にそういった深い関係じゃ……!?」
王城のマネージャー・若菜小春さんを入れて、鈴音、まもり姉ちゃん、熊袋さんの女子会はもっと混ざりにくい。
「『
「さあ? 西洋の古代兵器じゃないのかな。それよりも君のとこの選手が言っていた『
表面上はにこやかに食事を楽しみながら、カマの掛け合い、腹の探り合いをする、とても黒いヒル魔さんと高見さん。
ここだけは絶対ダメだ。
雪光さんと一緒にどの席に行こうか迷ったけれど、結局……
「どこうろついてんだよ!」
「テメーもサボってねえで食え!!」
この戦場テーブルに捕まった。
「負けた方が今日のメシ代全部おごりだオラァ!!」
「おう望むところよ!!」
カルビ500人前を、先に完食した方が勝ちの泥門対王城の大食い勝負。
負けられない。合計で1000人前の食費なんて、きっと目が飛び出るほどの額に違いない。
みんなでせっせと肉を焼いては食べていく。でも、栗田さんがいてもこの量は半端じゃなくて、頑張って食べたけどお腹がもうパンパン。
「もうダメ……」
一旦、這いつくばりながら席を外れて、靴を取る。
外で休めば、また食べられるかも……と店を出たその時だった。
―――ドガザサ!!! ―――
ボールを持った長門君と進さんが、相撲部屋のぶつかり稽古のようにぶつかっていた。
ええええ!!?
吃驚だ! 長門君はさっきどこかに電話をしに席を外していて、進さんもいつの間にかいなくなってたけど、なんでこんな凄まじいぶつかり合いをしてるの!? ……と最初は驚いた。けど、
どんなタックルを受けても絶対に倒れないリードブロックをする長門君、
タッチダウンを奪わんとする敵を必ず止めてきたスピアタックルをする進さん、
「俺のタックルで倒れなかった男は、初めてだ」
「俺はあいつ以外に止められたのは、初めてです」
この矛盾の衝突とも言えるような、最強格のプレイヤー同士の勝負。
長門君は、倒れなかった。でも、止められた。
進さんは、止めてみせた。でも、1ヤード以上押し切られた。
どちらが上、勝ちとか言えない結果だけど、ぶるりと気を当てられただけで身震いする。
「長門君、進さん……」
「ん? おお、セナか、どうした?」
そして、二人は傍で見ていた僕に気付いた。
「どうしたって、それはこっちのセリフだよ長門君」
「何って、まあ、アメリカンフットボールプレイヤー流の挨拶だ」
そんな物騒な挨拶、僕は絶対にごめんだ。
「長門村正、鍛錬を積んできているようだな」
「もちろん。そういうあなたも、特に脚が発達していますね」
春大会の王城戦では、1on1の対決をすることはなかったけど、やっぱりこの二人の勝負は、軽いあいさつ程度のものだったとしても、凄い。
そう、完璧な肉体を持つ二人……
「その、2人に訊きたいんですが……守る時、背が高くて体格のいいランナーと僕みたいなチビだったら、どっちが止めにくいですか?」
つい、そんな質問が口から飛び出した。
「……って、ああいや別にその深い意味とかなくて! ただなんとなくどうかな~って!!」
「いや、判ってるからセナ。落ち着け落ち着け。それで……」
「他の条件が同じだとしてか? スピードもクイックネスも?」
慌てて質問を取り下げようとして長門君に宥められつつ、進さんの確認に首を縦に振る。
すると、まったく迷いなく、
「背が高くて体格の良い方だ。中途半端なタックルでは止まらない」
「セナも物理を習ってるだろうが、当たりの威力はスピードだけでなく、パワーや体重のある方が強い」
……そう、ですよね。やっぱし……
「セナ……」
トライフォーポイントで中央突破するときも長門君がボールを持つし、当たりの強さではどうやっても敵わない。
代わりに長門君は“身軽さを武器にしろ”と言うけれど……でも、力じゃ負ける。
「……当たりの強さは体格のみがすべてを決めるわけではない。最後の決め手は怯まない精神力だ。闘う前から劣等感に苛まれているようでは、勝機はないな」
その進さんの言葉に、また僕の口が思わず動いた。
「劣等感とかじゃないです。弱点を再確認して、より念入りにやれることをやっておきたいんです。みんなで
~~~
小市民なところはどうしても治り切れない部分なんだと思いきや、時たまにこちらが驚くような啖呵を切ってくる。
(大和とは性格を始めとして色々正反対なんだが……それでも最強ランナーの称号“アイシールド21”に相応しいアメリカンフットボールプレイヤーになるだろうな)
ポン、とセナの肩を叩いて、促す。
「よしじゃあセナ。飯を食おう。強くなりたいのならまずよく食べる事から始めろ」
「え?」
そして、セナを認めているのは自分だけでなく、この男もまた。
「身長は伸ばせと言って伸びるものではない。体格に不安があるのなら、今日のような試合やトレーニングの運動後にタンパク質を取れ。身体が出来上がっていないお前には特に大事だ。……焼肉は悪くない」
そうして、戦場に戻ったセナは残りを一気に平らげて、泥門を勝利に導いた。
でも、この500人前大食い勝負で泣いたのは、“いくら焼肉を注文しても食べ放題サービス”をしていて、目が飛び出るくらいの大赤字を被った焼肉屋ミノタウロスの店長だった。
~~~
その翌日。
「セナ、お前に足の使い方だけでなく、腕の使い方、『デビルスタンガン』を覚えさせてやる」