悪魔の妖刀   作:背番号88

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25話

『ならなきゃ……一番に――絶対金メダルを取らなきゃ……!!』

 

 

 “紫苑、皆がお前に期待してるぞ”と優しく声をかけてくれた父さんはこの結果に誉めてもくれなかった。

 一番にならないなら無価値だと落胆した声で責めた。

 

 優勝できるのは本当の天才ひとりだけだ。

 ほとんどの人は負け犬になる運命だ。

 だったら最初からどうして夢なんて見るんだ――!

 

 人間分相応。

 夢見るとロクな事がない。

 ……結局、その結論へと行き着いた。悟ってしまったから、射撃に対する執念も薄れ、貪欲に求めていた勝利もさほど気にならなくなる……乾いた飢えを満たすのを諦めて、一人勝手に枯れて、しまったのだ。

 

 射撃の名門・武者小路家の御曹司(サラブレット)は、強いられるNo.1獲りの重圧に潰されて、名前を捨てた。

 そして、ただの子供(キッド)になり家を出る。

 もうあの場所には帰らない。そう決めて。

 

 5位入賞の表彰を額縁ごと川へ投げ捨て、荷物を詰めたバッグをもった時、この路傍のガキにひとりついてきた無愛想な幼馴染はそれを手に掲げてみせた。

 

 ――これなら射撃と違って、鉄馬も一緒に遊べるじゃない。

 

 それは、昔一緒に遊んでいた、自分のアメフトボール。

 荷物になるからと思っておいてきたボールを持ってきた鉄馬は、無言のままこちらに渡す。

 

 それからだ。

 アメリカンフットボールを鉄馬と一緒に打ち込み始めたのは。

 

 

 ~~~

 

 

「ったくよー、もう長門一人で十分じゃねーか?」

 

「後ろでヒル魔先輩が飛ばした指示通りに動いて、黒木らが上手いことキッドのパスコースを限定してくれなければあんな守備は取れないぞ。それに一人じゃタッチダウンまではいけなかったしな」

 

「悪かったな。フォローに行くのが遅れちまってよ」

 

「気にするな、と言っておくが、それならここからゴールまでボールを持っていって挽回してくれ、十文字」

 

「アハーハー! あとは任せてよ! このボクが華麗なスーパープレイを魅せてタッチダウンしてみせるさ!」

 

「ふっ、それは頼もしいな、瀧。――じゃあ、任せたぞ、皆」

 

 長門村正が、ベンチへ下がる。

 十二分に健在なランを見せたが、方針は変わらず、オフェンスには参加させない。

 しかし、今のプレイで十分、泥門は勢いづいた。転がり出した石が坂道を加速していくように、効果は長門が下がっても続く。

 

「長門は、守備だけのようだね、進」

 

「だがそれでも今の泥門の攻撃力はヤワなものではない」

 

 実際、その後、流れを引き寄せた泥門デビルバッツは、ランとパスの波状攻撃で西部ワイルドガンマンズの守備を圧倒して、最後は、マークを外したタイトエンド・瀧へのショートパスで決めた。

 

『タッチダーウン!! 泥門の攻撃力の爆発が止まらなーい!!』

 

 超攻撃型チーム同士のド派手な点取り合戦は、取り零した方が、負ける。

 

「テメーら、ここがチャンスだ! 一気に西部を()りに行くぞ!」

 

 ボーナスゲームでもその手は緩めず、積極的に攻めの姿勢を崩さない。

 泥門の指揮官・ヒル魔は武蔵のキック――と見せかけてのパスプレイを仕掛ける。

 キックティーにセットしたボールを駆けこんだ武蔵の直前で取り上げ、ゴール内に切り込んでいた雪光へパスを投げ、決めた。

 

『決まったー!! 29対28! 圧倒された前半からの、泥門逆転!』

 

 ラスト10分。

 泥門デビルバッツは、西部ワイルドガンマンズからついに試合(ゲーム)の主導権を取ったのだ。

 

 

 ~~~

 

 

「あいつらを止められなくて、すまない……っ!」

 

 あの勝気な三年主将の牛島先輩が、チームに頭を下げる。

 ディフェンスを仕切る先輩は、泥門に逆転を許してしまったのに責任を覚えており、これまで聞いたことのないような弱気な声で謝ってきた。

 

「せっかく、鉄馬と陸があいつを止めてくれたっつうのによォ……」

 

 ……っ、牛島さんにこんなに頭を下げさせるなんて情けないぞ俺……!

 その隣では陸も悔しそうに、俯いて拳を振るわす。

 

 だが、彼らは悪くない。牛島先輩は全力で身体を張ってチームを支えようとしていたし、陸も貪欲にプレイしていた。

 

 むしろ、ここは前半の22点差から心を折らないどころか試合を覆してきた泥門の連中を褒めるべきなのかもしれない。

 自分にはとても言えない、“アレ”を目標として堂々と言える彼らは、西部と似たタイプのチームだが、逆風から這い上がってきた者たちだけがもつ力があった。

 最強の座への、執念という優位。

 

 ……だが、そんなにも西部ワイルドガンマンズは、執念が劣っているというのか?

 そんなわけがない。

 目を瞑り、これまでのことを思い返せば、すぐにわかる。牛島先輩も陸も、試合に勝ちたいに決まっている。チーム全員が一丸となって優勝したいと本気で思っている。

 だから……もしも執念の差で負けているのであれば、それは自分だ。今、西部が負けているのは自分のせいだ。

 

 ――『全国大会決勝(クリスマスボウル)

 この単語を、“アレ”としか口にできない、意気地のない、賢しらぶって冷めたガキ(キッド)が足並みを乱してしまっている。

 

「………」

 

 深い溜息と共に、薄らと目を開けると…………ボールがあった。

 

「鉄馬……?」

 

 それは、かけがえのない親友で、頼もしい相棒。

 家出の時のことを思い出させる状況で、しかし常に無言のままその行動で意を示す鉄馬が自らその重く堅い口を開いた。

 

「今度は、負けない」

 

 お互いに4歳の時からの付き合いだが、これは初めてだった。

 滅多に――いいや、誰からの指令でもない限り、喋ることのない幼馴染が、言葉にしてその意志を伝えてくる。

 

 簡潔極まる単語だが、一体何が鉄馬からその“感情(ことば)”を引き出せたのか。

 驚くも、すぐに思い当たるは、さっきの敗北、初めて任務を失敗させられたそれ。

 かつて自分が敗北を喫した時は、絶望に打ちひしがられたというのに、鉄馬はあの“天才”という怪物に再び挑みたいという。

 

 まさか……

 追い詰められて、“勝たなくちゃいけない”という急き立てられているのだろうか。すぐにでも敗北を挽回したくて、そうしなければ見捨てられてしまうと恐れているのか――

 

「いや――」

 

 そんな己の思い違いを、幼馴染は、また言葉少なに否定した。

 

 

「勝ちたい」

 

 

 無感情だったその瞳の奥で、火が燃え盛っているのが視えた。明らかに勝利への野心が透けて見える。

 それは過去の自分のような渇望とは違う。

 

 ()()()()――勝たなきゃならないじゃなく、ただ純粋に勝ちたい。

 いつの間にか、鉄馬だけでなく、陸も牛島先輩もみんながこっちを見ている。鉄馬と同じ、その奥に闘志という名の炎を宿す瞳で。

 

 そう、これは、“夢”、だ。

 自ら望んで死に物狂いで戦いに赴くのは、単純にそれのため。それ以外にない、純粋な想い。

 

「―――」

 

 “夢”とは、ずっと辛いものだと思っていた。

 だから、ずっとそれを言えなかった。

 でも、今は言える。

 

「ああ……勝とう」

 

 勝たせてやりたい。そう思った。

 そして、俺も、同じ“夢”に混ざりたい、と。

 ボールを受け取り、皆のその目を見つめて、

 

「一緒に行こう、クリスマスボウルに……!!」

 

『おう!!!』

 

 

 ~~~

 

 

「SET! HUT! HUT! HUT!!」

 

 ――目つきが、変わった。

 『クォーターバック・スパイ』で真っ向から睨み合っていたから、すぐに悟る。西部のクォーターバック・キッドの姿勢が、それまで以上に鋭く、そしてこれまで感じ得なかった熱さが表に出ていた。

 

 これは、眠れる獅子を起こしたか……?

 

 逆転したが、これまで以上に長門村正は気を引き締める。

 より集中して、その挙動を見据え――キッドが“銃”を抜いた。

 

(さらに0.1秒早く――っ!? いや、これは――)

 

 パスコースを予測し、跳んだ――だが、そこにボールはない。

 最初に左手でボールを止めて、もう一度振り被った時、ボールはそっと左手に残し――右腕は振り被ってパスモーション――しながら、左手は隠し持ったボールを、駆け込んだランニングバックへ渡す。

 『神速の早撃ち・二丁拳銃(ダブル・クイック&ファイア)』が炸裂!

 

「行くぞ、泥門! これが本気の西部ワイルドガンマンズだ!」

 

 一気に、栗田を中心に据えた泥門の壁を抜き去る暴れ馬。

 キッドの早撃ちのフェイクに引っかかり、逆方向へ跳んでしまった長門村正は、甲斐谷陸のランの対応に遅れる。

 

「そう何度も行かせっかよ!」

 

 だが、今の泥門の守備は後衛に人数が多い。

 そう、巨深ポセイドンの『ポセイドン』はパスだけでなく、ランも幅広くカバーする陣形だ。

 後衛陣が雪崩れ込み、すぐさま走路を塞ぎにかかる。

 

 ――その荒波の如く波状で仕掛けてくる障害に真っ先に矢面に立つ鋼鉄の重機関車(アイアンホース)

 

「鉄馬を止めろォォ!」

 

 レシーバーの鉄馬丈が、甲斐谷陸のランをサポートするリードブロックに入っていた。

 一度しか黒星をつけられていない『人間重機関車』は、泥門の守備を悉く跳ね除けて、線路の通りに走るのではなく、先駆けとなって新たな線路を開拓するよう広く轍を作っていく。

 この蹂躙走破に泥門の最終防衛線のセーフティを担当するヒル魔、そして、アイシールド21が駆け付け、阻まんとする。

 まず、ヒル魔が鉄馬に挑みかかった。

 しかし、性能が違う。脚の速さも、腕力も、ガタイも鉄馬の方が格上で、組み付く間もなく撥ね飛ばされた。

 だが、僅かでもリードブロックを相手した時に生じた隙がある。その隙に黄金の脚を持つアイシールド21は鋼鉄の機関車を躱し、回り込むように背後の暴れ馬を狙う――

 

「この走り、は……!?」

 

 盾の鉄馬ごと大きく回り抜けるよう弧を描いて走り、全速で潰しに来た相手が必死に伸ばす手から遠ざかる甲斐谷陸。

 『ロデオドライブ』の更なる発展形、『ローピング・ロデオドライブ』。

 

「行かせん!」

 

 そこでようやく、滞空状態から着地し、即座に切り返した長門村正が迫る。

 超広域の守備範囲を抜けようとする海の悪魔『クラーケン』は、独走状態を許しはしない。一人たりともこの魔の海域から逃さない。

 セナを相手に僅かに遠回りをした甲斐谷陸にその魔手が伸びる――

 

「やらせ、ない……!!」

 

 それを鋼鉄の機関車が身体を張って割って入る。

 そう、甲斐谷陸は鉄馬丈を回り込むようにアイシールド21を躱して、抜けた。

 さっきと前後の位置取りが変わっているのだ。

 後ろから追いかけていたが、そこにいるのは甲斐谷陸ではない。すでに暴れ馬は盾の前を行き、その背後を守護するように、ヒル魔を吹き飛ばした鉄馬丈が、今度は長門村正を抑えにかかる!

 

「この……っ!」

 

「うお゛お゛お゛お――!!!」

 

 『アイアンホース』と『クラーケン』が正面衝突でぶつかり合い――重心移動が極まった二段式に圧が増す技でもって、鉄馬のバランスを崩し、倒してみせた長門だったが、既に甲斐谷陸の背中はその手の届かぬほど遠くにあった。

 

 

『タッチダァァウン!! なんと西部、すぐさま泥門から逆転しました!!』

 

 

 ~~~

 

 

 先程のプレイは布石となる。

 キッドが見せた神速で閃く二丁拳銃。

 長門村正はそれに、二つの銃口――二通りの弾道予測をせざるをなくなる。

 この刹那に突き付けられる選択肢は、ひとつに絞る切れずに考えさせる。本能的な動きを鈍く(おくれ)させる迷いを生む。

 

 フィードゴール。キックするかと思いきや、キックティーにセットしたボールを捕るキッド。

 

『これは……キッド君、パス体勢ー!? キックは囮だったっ!』

 

 先程のヒル魔がしたプレイの意趣返しのように、同じ。

 そして、ゴールラインの奥へと『人間重機関車』鉄馬丈が切り込む。

 

 だが、それと同時に『暴れ馬』甲斐谷陸がパスをもらいに行くようにキッドの下へ駆けつけた。

 

(見えんっ!?)

 

 クォータバックとランニングバックが交錯する――走り込んだ甲斐谷陸の身体が、『クォーターバック・スパイ』の長門からそのパスモーションを隠す。

 一瞬のことだが、その投擲速度は神速。隠せるのが一瞬であっても、パスは投じられる。

 

 判断が迷った末に――長門は、甲斐谷を追った。

 しかし、今度はその手に、ボールはなかった。『神速の早撃ち・二丁拳銃』が織り成す、オプションプレイにまんまと釣られてしまった。

 

「――糞チビ共! 中央入れっ!!」

 

 キッドのプレイアクションパス――これに、判断が早かったのはヒル魔

 長門が甲斐谷陸を抑えに向かったと認識するやボールの行方を確認する間もなくその逆へ張った。

 二択で来るのなら、その二択をこちらも一気に潰す。

 

 ゴールラインの奥中央へと走り込む無敵の重機関車・鉄馬丈――を、ヒル魔、モン太、アイシールド21の3人が包囲(マーク)

 

「おぉおし! ヒル魔の察知スピードが一瞬勝ちやがった!」

 

 泥門コーチ・溝六は喝采を上げる。

 陸はボールを持っていない。ゴールライン内にいるパスターゲットは、鉄馬のみ。鉄腕・鉄脚を誇るアイアンボディを持つ鉄馬だろうと三人がかりで封じ込めれば、西部の選択はない……はずだった。

 

 ――鉄馬は、最強のレシーバーだ!

 

 『神速の早撃ち』は、その密集地帯を狙い撃った。

 

「ええぇ……無理やり、3人に囲まれてるとこに投げ込んだ!?」

「勝ァァつ!! あの鉄馬さんに……!」

 

 跳躍した鉄馬に、3人も競り合うよう身体をぶつけながら跳ぶ。

 だが、ブレない。逆にヒル魔、モン太、アイシールド21をまとめて吹き飛ばして、キッドからのパスを捕らえた。

 

『タッチダーゥン!!』

 

 西部、すぐさま逆転。

 29対36。残り時間が少ない中、泥門は厳しい状況に追い込まれる。

 

 

 ~~~

 

 

「クソッ、やられた」

 

 西部ワイルドガンマンズの雰囲気が変わったというか、チーム全体の一体感が増した。

 ガンガン攻めるが、どこか保守的な印象があったチーム……司令塔のキッドが常に一歩離れた位置で冷静に幉を取っていたが、ここにきて一丸になって攻めに来ている。士気も静かだが高い。

 

(なるほど……ヒル魔先輩の“闘争心がグツグツなカマトト野郎”という評はこういうことか)

 

 改めて、理解する。

 

「流石に……すんなり勝たせてくれないか。全国大会決勝までの道のりは中々に険しい。……そうこなくっちゃな……!」

 

 西部ワイルドガンマンズは東京地区でも……いや、この東日本でもトップクラスのチームだ。

 

「それでも、まだ逆転は射程圏内。タッチダウンを決める時間も十分時間がある」

 

 ボーナスゲームで2点狙いになるだろうが、今の泥門ならやれる――!

 

「……モン太、オフェンスを頼んだぞ。栗田さんとセナの『爆破(ブラスト)』は確実だが、あまり距離は稼げない。お前へのロングパスが頼りになる」

 

 そして、鉄馬に競り負けたモン太を起こそうと手を差し出し、

 

「おう。ここから先ミスは絶対にできねぇ! 集中MAXでやってやる!」

 

 …………ん?

 少し、今の語勢に反応する。モン太が気合十分なのはいつものことだが、何か、違う。

 だが、それを長門自身、うまくわかっていないせいか、どう声をかけるべきか判断に迷い、そして、時間は待ってはくれなかった。

 

 

 ~~~

 

 

 さっきより、全然凄みが増してやがる……!

 

 運動部歴の長いモン太はいち早く秘めた気迫を察した。

 マッチアップしている相手、ただでさえ自分にはまともに相手にできない鉄馬丈はそのプレイに気持ちが乗っている。冷たかった目に、燃え滾るモノが垣間見えることを。

 武蔵厳が復帰したときの栗田良寛のように、本物の機関車の如く蒸気を噴いている鉄馬丈は一段とパワーが増しているのだ。

 

 ――だけど、それでも()()()()()()()()()()

 

 このまま好き放題されっぱなしじゃ、面目が立たない。

 それに――あの泥門野球部からの“三軍通告”が、過る。

 キャッチ以外に取り柄のない自分は、憧れの本庄勝と同じ野球選手になる道を諦めて、このアメフトをやっている。

 だから、ここでも手も足も出ずに太刀打ちできないんじゃ……もしもこの泥門デビルバッツにも居場所がなくなっちまったら――!

 

 

『これはなんと……西部ワイルドガンマンズ! ここで連続攻撃狙いの超ギャンブルプレー、『オンサイドキック』――!!』

 

 

 西部のキッカー・佐保天一が蹴ったのは、ムサシ先輩の大砲キックとは、逆の、小さく転がるキック。

 『オンサイドキック』だ。

 

「チィ……! 守りに入んねぇで、()りに来やがったか、糞ゲジ眉毛……!」

 

 逆転されたが、まだタッチダウン一本で点差を覆せる。

 だが、ここでタッチダウンを取らなければ、泥門デビルバッツは負ける。

 おそらくこれが最後になる攻撃のチャンスを、西部ワイルドガンマンズは端から潰しに掛かった。

 

 

 ~~~

 

 

(どっちにしろ、ボールを捕られれば、こっちも泥門の攻撃は止められない)

 

 この展開で、超攻撃型チーム同士がぶつかり合えば、シーソーゲームになる。

 こちらとしても、後半から加わった雪光学に、瀧夏彦と雷門太郎の三枚のパスターゲットに純然たる重戦士・栗田良寛とアイシールド21の中央突破を完全に押さえる自信はないのだ。

 そして、さっきの作戦は上手くいったが、長門村正の対応力を舐めちゃいない。

 正直なところ、二丁拳銃(オプション)プレイを読まれるかは五分五分だった。それで、判断を誤れば、鉄馬も陸も仕留められる恐れがある。

 『神速の早撃ち・二丁拳銃』でスタートを出遅らせ、『人間重機関車』が身体を張って走路を妨害して、やっと海の悪魔『クラーケン』が陣取る魔の海域から逃げ切れた『暴れ馬』はタッチダウンを奪うことができた。

 『妖刀』という“天才”は、怪我をしていても尚、脅威。自身(キッド)と鉄馬、陸の三人がかりでも油断ならない相手なのだ。

 だから、向こうがタッチダウンを取って、それからさらに逆転できるかは、残り時間から計算して危うい。『60ヤードマグナム』のキック力でかなり後方からスタートを始めなければなくなるだろうし、元々、あの『ポセイドン(クラーケン)』は多少の前進は覚悟するが、時間はロスさせる守備網なのだから。

 ――しかし、攻撃権を渡さなければ、ほぼ確実に西部ワイルドガンマンズの勝ちだ。

 

 頭の算盤を弾いて、点を勘定すれば、博打だが成功すればデカい。ハイリスクハイリターンを狙うのはらしくないと思うが、ここが勝負どころだ。

 気弱な一面があるが、“サボらずの佐保”なんて呼ばれるくらい練習量は西部随一の佐保先輩は、注文通りにボールを転がしてくれた。

 だから、あとは――

 

 

 ~~~

 

 

「やらせっかよっ!!」

 

 セナは後ろ、長門もベンチに下がってる。

 だから、一番近い、自分(モン太)がボールを捕りに行く。絶対に捕る。『オンサイドキック』は飛ばさない分、ゴールまでの距離を稼ぐことはできず、捕れればかなり有利な展開になる。そう、これを捕れば、今までのヘマが一発でチャラになるくらいの功績になる――!

 

 フィールドの真ん中に無茶苦茶に跳ねさせたボール。これの奪い合いに大乱戦となる激戦区。策もあったもんじゃない原始的な争いに身を投じる。

 

「モン太……!!」

 

 楕円形のボールはバウンドする軌道や呼吸が不規則極まりないが、()()()()()()()

 だから、わかる。迫りくる西部の連中を躱しながら、ボールが転がる方へ駆ける――だが、その方向はちょうど機関車の線路上にあった。

 

「鉄馬っっ……!!」

 

 前に立ちはだかる障害を撥ね除けて最短距離で来る鉄人レシーバー。

 さっきは3人がかりでもやられちまったけど、今度は負けねぇ!

 まさかの『オンサイドキック』で不意を突かれちまったけど、位置的に(スタート)はこっちが有利だったんだ!

 絶対にボールを捕るんだ!

 

 

「「うおおおおおおっ!!!」」

 

 

 両軍のレシーバーの雄叫びがぶつかり合う。

 そして、空中で、()()同時にボールを捕らえた。

 

(――俺の方が早かったっ!)

 

 カルタ取りで言えば、既にこちらが先にお手つきしている。向こうは、ほとんどこっちのボールを捕まえた手の上から掌を被せるような形で、そこからもぎ取れれば――!

 

 腕力じゃ逆立ちしたって勝てない。

 だけど、キャッチだけは負けられない。

 ボールをしっかりと鷲掴みにしているこの状態で、負けるわけにはいかないのだ!

 

「りゃああああぁっ!」

 

 地面に滑り込んでも離さない鉄馬の手からボールを強引に奪い取ったモン太。

 

「取った!!」

 

 ボールを確保。これで、泥門に攻撃権が……

 

 

 ~~~

 

 

「――西部ボール!!」

 

 

 ~~~

 

 

 審判は、厳正に判定を降す。

 

「両者、ボール確保のまま鉄馬君の肩が先に地面についた瞬間、西部のキャッチ及び転倒が成立している! よって、その時点でプレイは終了!

 攻撃権は――――西部ワイルドガンマンズ!!」

 

 歓声を上げる相手ベンチ。

 

 もぎ取ったボールを手にしたまま、呆然とモン太は、審判が何を言っているのかわからなかった。

 

 俺が、ボール捕ったんだ……

 

 負けちゃいねぇ!

 勝ったんだ! 捕ったんだ!

 “キャッチの最強になる”って約束したんだ本庄さんに!

 ホラちゃんと勝ったんだ!!

 なのに――!!

 

「泥門、ボールを西部へ渡してください」

 

 審判が、通告する。

 だが、それを無視して、頑としてボールを手放さない。

 

「モン太君、早くボールをこちらに」

 

 再度の通告。

 それでも、聞かない。

 サルでもわかる。ここで攻撃権が取れないことが、どれだけチームの敗北に直結していることくらい。

 

 全国大会決勝(クリスマスボウル)に行くんだ! こんなとこで終わってたまるか!!

 てめーなんかに、わけわかんねぇ判定なんかで終わりにされてたまるかよ!!

 ちゃんとルールブック読めよ! 書いてあんだろ! 俺が捕ったんだよ!

 

「泥門」

 

 ふざけんじゃねぇぞチキショォオオ!! このクソ……――

 

 再三の――今度は警告になる。すっと審判の眼差しが細められる。それと同時に、モン太は掴んだボールを審判に向かって思い切り叩きつけようと振り上げ――奪られた。

 

 

「すみませんでした」

 

 

 さらりと――だが、『ストリッピング』の応用を利かすなどわりと高度に――掠め取った長門村正は、モン太に代わってボールを審判へ渡す。

 

「けど、こいつ、相当な負けず嫌いでして。どうも今のが悔しくて、受け入れ難かったようです」

 

「気持ちは分かったけど、あまり試合の進行を妨げないように」

 

「はい。以後気をつけます」

 

 とモン太の頭を掴んで、一緒に謝罪して頭を下げる長門。モン太はこれに意地でも反抗するよう力を入れて逆らったが、残念ながら長門の圧力は強制的で強力だった。

 

「~~~っ!! 長門っ!」

 

 そして、見送った審判が去ってから抑えがなくなったモン太が縮まされたバネのように勢いよく跳ね上がって、長門へ突っかかる。も、その反発もすげなく切り捨てるように、

 

「守備につけ、モン太。ここで駄々こねても事態は好転しない」

 

「だから、今のボールは俺が捕ったんだ! 鉄馬さんから奪ったんだよ!」

 

「だが、鉄馬丈の身体が先に地面に落着した。審判からの説明があった通り、そこで西部ボールになった」

 

 バッサリと言い切る長門。再び事実を突き付けられたモン太はカッとその胸ぐらを掴む。

 これに、アイシールド21(セナ)は慌てて二人の間に割って入ろうとし、武蔵が腕で前を遮り、止める。

 

「む、ムサシさん、あれ止めないと二人が喧嘩……」

 

「やらせておけ。……ヒル魔も時計を止めたみたいだしな」

 

 栗田もあわあわとしているが、その横でヒル魔は面倒くさそうにだが審判にタイムアウトを申請している。

 

「何でだ長門! どうしてそんなこと言うんだよ! ここで攻撃権(ボール)獲んなかったら負けちまうんだろ!」

 

「負ける……? だと――モン太、お前こそ何勝手に決めてやがる」

 

 グッと長門がモン太の胸倉を掴み返す。

 

「叶わなそうなものを、叶えてみせるのが夢だ。そこで終わりだって立ち止まってしまえば、その先へはいけない」

 

 モン太は眼力が放つその静かな圧にウッと言葉が詰まる。片腕で、ふらふらと爪先が地面を擦るくらいに持ち上げたその小柄な体をグイッと引き寄せ、

 

「フィールドでプレーする誰もが必ず一度や二度、屈辱を味わわされる。モン太、お前だけが打ちのめされているんじゃない」

 

「長門……」

 

「確かに、厳しいことは厳しい。認める。厳しい状況を楽観的に大丈夫だなんてホラ吹きはしせん。だが、厳しい現実を受け止めないと挑むことも敵わん」

 

 ふと、頭の中の辞書を開くようにその目を瞑り、

 

「『勝者になる人間は、決して途中で諦めないし、途中で諦める人間は、決して勝者にはなれない』――それが、“あいつ”から聞かされた、ノートルダム大のコーチの言葉だ。そして……」

 

 モン太を下ろし、ギラつく光を何の憚ることなく閃かせた目を真っ直ぐに、泥門を窺う西部へと睨み据えながら、宣戦布告するかのように言い放つ。

 

 

「『――勝つのは俺だ』、それが、絶対に膝を屈さないことを信条とするノートルダム大付属のエース、『アイシールド21』の口癖だ」

 

 

 泥門デビルバッツにとって、『アイシールド21』とは、まず真っ先に、普段は小心者の小市民なセナを指す名詞。ヒル魔先輩が成りすまして勝手にハッタリを吹聴することがあるが、まずそんな言葉と『アイシールド21』は結びつきがないようなものだ。強気な発言は真逆と言っていいくらいあまりにイメージと乖離している。

 

 だが、モン太は、それに疑問を挟まなかった。

 長門の『勝つのは、俺だ』と言い切った文句は、人を自然と頷かせてしまうくらい力強かったのだ。

 

 

 ~~~

 

 

 人の脳は『~してはいけない』、『~するのはダメだ』など否定的(マイナス)な命令を受け付けられるようにはできていない。

 『ミスをしてはいけない』、『負けてはダメだ』とこうした思考は体を固くし、逆にプレイの(クオリティ)を低下させてしまう。

 

 自分もそれに陥りかけたのにすぐその危うい兆候に気付かなかったくせして、他人(モン太)に説教するとは汗顔の至りもいいとこだが、そこはあの厚顔あつかましい幼馴染の言葉を借りた。

 しかし生憎と、そんな恥じ入る内心を察して、容赦なく突いてくる先輩がここに一人いる。

 

「ケーケケケケケケケ!! クッサいセリフがオンパレードじゃねぇか!! カッコつけ過ぎだろ糞カタナ!!」

 

「ヒル魔先輩にだけは言われたくないんすけど!」

 

 幼馴染の言葉を借りたけど、そっちは『アイシールド21』の皮を被ってテレビでも言いたい放題だ。どうなってるんだこの人の精神構造(メンタル)は!

 

「その、長門君……ボク、そんなこと言ったことないけど、すごくカッコいいと思うよ!」

 

「いや、セナ。気持ちは分かったから、追い打ち(フォロー)してくれるな」

 

「アハーハー! ここはボクも決め台詞を考えてみせようじゃないか!」

 

「だから、俺の決め台詞じゃないぞ、瀧」

 

 みんなも集まってきて、事態が収拾つかなくなる前に言いたいことは言わせてもらおう。

 

「とにかく負け犬のままでいたくなかったら、切り替えろ。勝つヤツはすぐにそれができる人間のことを言うもんだ」

 

 そういって、改めてモン太の方へ向いて、今度は誰の言葉も借りずに言う。

 

「余計な雑念を捨てろ。失敗にビビってるのはお前らしくない。『デスクライム』で、我武者羅にぶつかってきたときは、この俺に本気を出させたぞ」

 

「―――」

 

 強気に、それから不敵に笑んで。

 

「ケケケケケ! カッコつけもいいが、糞カタナ――ホラ吹きはしねぇっつってたが、本気なんだろうなァ?」

 

 まだ首の皮一枚繋がってはいるが、状況を見れば百人中九十九人が泥門の負けだというだろう。

 時間帯的にもギリギリで、ここで西部に追加点を許してしまえば、一タッチダウンでは追いつかなくなってしまう。

 幸運にもさっきは、『神速の早撃ち』をインターセプトできたが、今のキッドにもう二度とあんな甘い球が来るとは期待できない。

 だが、それでも関係はない。

 

「無論、単にカッコつけだけで言ったつもりはありません」

 

 試すようなヒル魔先輩に、目を逸らさず見つめ返し、前言撤回する真似はしない。

 『勝つのは俺だ』、これが誰の文句でも、今ここで吐いたのは俺だ。

 

 そして、ようやっと再起動したモン太がいきなり、バチンッ! と思いきり自らの頬面を挟み叩き、それでも物足りないのか、こっちへ、

 

「長門、俺のことぶん殴ってくれ」

 

「なに?」

 

「頼む、思いっきしぶん殴ってくれ!」

 

 泥門なら、もしくは対戦してきたチームならば、それは血の気が引いて顔が蒼褪める提案だ。

 何せ、あの鉄人・鉄馬丈すら悶絶させた人間凶器の長門村正。モン太もしょっちゅう長門と相手をして、どつかれてきているのだ。身に染みてわかっている。だが、命知らずもいいとこだが、それくらいしないと気合いが全開(MAX)に入らない、我武者羅を思い出すには、いつもの一発が一番効く。

 

「ったく……さっきは危うく審判に突っかかりそうだったからな。ちょうどその面に拳骨落としたかったところだ」

 

「お、おっしゃ来い!」

 

 じろりと睨まれて若干怯んだがそれでもモン太は頑固に目を瞑って、ふぅ、っと息を吐いて長門。

 

 

 そうして、雷門太郎は、防具のヘルメットのありがたみを脳天から突き抜ける衝撃と共に痛感した。

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