悪魔の妖刀   作:背番号88

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29話

 泥門デビルバッツ、太陽スフィンクスとの練習試合(デスゲーム)

 関東大会常連チームであり、泥門と同じように太陽もまた今年も神龍寺ナーガに次いでの神奈川二位でコマを進めた文句なしの強豪チーム。

 今回もまた相手のホームの砂漠グラウンドに赴いての試合で、日射厳しい中で激しく競り合った前半を終えて、後半に向けて体を休めつつ、雷門太郎はドリンクを配っている姉崎まもりへ訊ねる。

 

「まもりさん! 向こうの試合はどうなってんすか! もう始まってるはずでしょ!」

 

「ん、と……さっき、鈴音ちゃんからメールが入ったんだけど、0-7で大阪地区代表に先制されたみたい」

 

 応援に行っている瀧鈴音と姉崎まもりの連絡網で逐一試合経過の速報は届けられている。

 

「うお、負けてんのかよ東京は!?」

「俺達泥門の長門、栗田、セナらがいて押されてんのか!? 西部や王城とかからも最強選手が集まってんだろ」

「守備陣の面子なんてほぼホワイトナイツ一色だぞ。決勝で散々苦戦したあいつらからもう点を取ってるとか大阪の連中半端ねぇな」

「フゴッ!」

「確か、大阪の代表メンバーは全員一つのチーム、帝黒学園のアレキサンダーズから選出されてるって話に聞いてるけど」

「アハーハー! やっぱりこの僕もオールスターズに入れておくべきだったようだね!」

 

 もっと詳細な試合経過を! と詰め寄ろうとしたが、その前に銃声が轟いた。

 

(ファッキン)バカ共、試合中に他のことなんて気にかけてんじゃねーぞ! 糞マネも試合中に余計な情報を教えてんじゃねー!」

「ヒル魔の言う通りだ。栗田たちのことが気になる気持ちはわかるが、俺達だって今、デスゲームで戦っている。太陽スフィンクスは余所見をしていい相手じゃない」

 

 ヒル魔と武蔵の言葉に向こうに飛びかけた意識が引き戻される。

 言い出しっぺのモン太も、両手でバチン! と頬を叩いて、自らに喝をいれた。

 

「おっしゃっ! セナ、長門、栗田さんが大阪のオールスターズと戦ってんだ! 俺達だって負けてられねー! こっからバッチリ点を取って、応援MAXパワーを向こうに送ってやる!」

 

 前半が終了して試合は今、後半に入って一タッチダウン差で泥門が負けている。

 

 泥門が夏休みに『死の行軍(デスマーチ)』を通してレベルアップしたように、太陽もまた過酷な鍛錬を積んでいる。

 巨大な岩石をコロで引く“死者の行進”。

 人間ピラミッドを組み、腕立て伏せをする“王への祈り”。

 知力と判断力を養うクイズ大会“スフィンクスの問い”。

 校舎の地下で精神統一“ピラミッドパワー”。

 水辺でラダードリル“ナイルの吊梯子”。

 作戦帳(プレーブック)の暗記訓練“死者の書”。

 などと、考古学を学んだ先人(OBOG)の叡智が存分に詰まった伝説伝統の極限のトレーニングをこなし、以前の時よりも確実に強くなっている。

 前衛のパワープレイ一色で疎かになっていた後衛も強化されている。

 モン太もあれから成長した戦車コーナバック・鎌車とのマッチアップに何度かパスキャッチを防がれてしまっているが、戦いの最中に何かが掴めそうな気がする。

 

「日米代表選考会から、瀧が加入し、雪光が試合に出られるまでに仕上がり、そして、ムサシが戻ってきて泥門の戦力は増強されている。だが、それでも栗田、長門、セナが抜けている穴は大きい」

 

 酒鬼溝六の言は、この連戦に次ぐ連戦続きのアメフト練習試合で全員が思い知っていること。

 栗田のパワーに、セナの走りに、そして、長門のプレイにどれだけ頼ってきたか。

 だが東京地区大会の決勝で、“エース長門村正が出場できなかったから負けた”などと言われ、それが事実でも、負けっ放しは趣味じゃない泥門は発奮した。そして誓った。

 三人が抜けてもこの『デスゲーム』で一度も負けないだけの強いチームになってやる! と。

 この溝六も気にいる負けん気の強さで今日までの試合をすべてコイツらだけで勝ち続けているのだ。

 

 それでも、この『デスゲーム』最後の試合相手の太陽スフィンクスは、強い。

 成績で見ても、泥門と同じ、地区大会二位の相手。これにメンバー三人も抜けて戦う。中でも、栗田に代わって、日本最重量『ピラミッドライン』の中核を担う番場衛とマッチアップしている小結大吉は大変だろう。

 

 

 ここから遠い彼方の地で、師匠と友達が戦っている。

 己もまたかつてない強敵と戦っている。

 

「あの夏の泥門との試合。あれはまさに我が太陽スフィンクスの弱点が露呈したものであった。確かにライン以外の力の脆弱さはあった。しかし最も劣っていたのは、我がチームの勝ちに対する執念。それを教えてもらった」

 

 傷だらけとなった威容は、チームの中で誰よりも過酷な鍛錬を経ている証。

 師匠・栗田良寛と押しも押されぬライン勝負を演じ、師と同等の、つまりは小結よりも格上のパワフルな漢・番場衛。

 

「だが、三年間死に物狂いでやってきた。半年ぐらいのルーキーに敗れるほど軟ではない!」

 

 重々承知(フゴッ)

 相手は横綱。その胸を思いっきり借りさせていただく!

 

「フゴオオオオッ!!!」

 

 この相手を倒すには、やはりあの技しかない。

 

『頭! 肩! 腕! この3点でうまいことジャスト同時にブチかませれば、攻撃力は3倍! だが、そんな技、俺でもどうしても微妙にズレる。――それでも、コイツを身につけたいか、小結』

 

 友・長門村正に初めて通用した、偶然が生んだその必殺技は、相手の懐に潜り込み易い、この小柄な体躯だからこそ有利に働く。地区大会ではできなかったが、ずっと酒奇溝六コーチに指導を受けている。

 

『3点同時ブロックはタイミングが命だ! 今相手がいるところに突っ込むんじゃあ、到着するときには微妙にズレちまう! だから、相手の動きを予測して0.2秒先の未来に全身でぶち当たる気で行け……!!』

 

 三角状の三点同時ブロックと力強い闘志が生む、一瞬の爆発力、『Δ(デルタ)ダイナマイト』――

 この呼吸、必ずや体得してみせる!

 だから、師匠、友よ、負けるな――

 

 

 ~~~

 

 

 決戦の地である関ヶ原フィールドで、東側へと逆風が吹き荒ぶ。

 

 0-7。

 試合は、早くも大阪地区――帝黒アレキサンダーズがペースを握る。

 ここで士気を立て直さないと、一気に持っていかれる可能性がある。

 

(ここは点を取っていきたい場面……)

 

 前の攻撃で、『ショットガン』は通用していた。キックゴールが狙える位置にまで前進することができていた。

 だがパス一辺倒でいつまでも通じる相手ではない。攻守交替して二回目の攻撃。帝黒は対策してくるだろう。

 ランとの波状攻撃を仕掛けられてこそ、初めて帝黒を揺さぶることができる。

 

(セナ……)

 

 独走まであと一歩のところを、仕留められた。

 今のセナには、大和の姿が天にも届くような巨人に見えていることだろう。自分など足元にも及ばない。そう思わせるプレイだった。

 

 地上(ラン)を制する赤羽隼人と空中(パス)を制する本庄鷹。

 そして、最後の一線を守護する大和猛。

 

 突っ込み過ぎて抜かれても、誰だって絶対大和(エース)が阻止してくれる。

 この帝王・大和という最強のチームメイトへの信頼が、プレイを勢いづかせる。

 

(パワーもテクニックも負けて、スピードさえ敵わない……なんて、落ち込んでいるのが顔に出ている。だが――小早川セナの“疾さ”はそれだけではないはずだ)

 

 手っ取り早く黄金の脚の真価を言葉にして気づかせてもやれたが、今それをやると安易な励ましになってしまう。

 それは、あまりにお節介が過ぎるというもの。

 真に強いアメリカンフットボールプレイヤーならば、誰かの手を借りずとも自力で立ち上がらなければならない。

 

(そして、ここに集っているのは、その強い意志のある者たちだ)

 

 

「向こうは評判違わぬ優等生揃いで、大分頭のいい選手がいるようだが、こっちには、キッド、あなたがいる」

 

「あまり買い被らないでほしいかな」

 

 飄々と謙遜するが、長門村正は知っている。この男とは一度試合って、秘めた闘争心を思い知っているのだ。

 

「俺はキッドと言うプレイヤーを最強のクォーターバックだと思ってます。事実、西部戦、俺とヒル魔先輩が二人がかりでやらないとその計算を上回れなかった」

 

 セナやキッドだけではない。

 いぶし銀の達人のラインマン、ピンポイントに決める優れたキッカー、本場仕込みの卓越したハンドテクニックを持つラインバッカー。

 他にもそうだ。一角の選手であると認めているし、認められている。

 本当の実力を出せれば――ひとつのチームとしてまとめ上げられれば、“頂点”にだって負けはしない。

 

「関西の帝黒学園がずっと全国大会決勝(クリスマスボウル)を制している。トロフィーがこちらに渡ったことは一度だってない。おかげで、“関東の連中は井の中の蛙”、なんて口にはしないがアメフト関係者からそう思われている。

 だけど、俺はここにいるオールスターズが、帝黒アレキサンダーズに劣っているとは思えない」

 

 そして。

 出会った時からずっと超理論屋の先輩は提唱する。

 この世に絶対無敵の存在はいない、と。

 

 

 ~~~

 

 

『さあ、東京地区オールスターズ! ここから巻き返しに……――こ、これは、まさか!?』

 

 平良たち二、三年の帝黒一軍の選手は、この陣型(ワザ)に目を瞠る。

 

 東京地区の攻撃陣がついたフォーメーションに、クォータバックがキッドともうひとり。投手が()()いる。

 あれはまさか、去年の全国大会決勝で戦った神龍寺ナーガのトリックフォーメーション――『ドラゴンフライ』か!

 

「こんな親善試合にお披露目するとは、ヒル魔先輩に鉛玉をしこたまぶっ放されそうで後が怖いが、ここは勝ちに行くことを優先させてもらおうか」

「本当に思い切った手を打ってくるねぇ。……まったく、そっくりだよ先輩後輩(おたくら)

「だが、無理な注文じゃあないでしょう? アメリカのビーチで一度はタッグを組んだんですから」

 

 デビルガンマンズの再結成。

 キッドと長門の二人体制のクォータバック。

 

 最初は驚く帝黒だったが、すぐ平静になる。

 これは奇策ではなく、失策であると。

 早速、安芸は呆れた声で、

 

「なんやよくわからんけど、あのエゲつない大和クンの昔馴染みに急造投手をやらせるとかアホちゃうか」

 

 大和を押さえ込めるブロックと鷹と競り合えるキャッチ、タイトエンドとして帝黒の脅威であった長門を下げる。それは彼の持ち味を殺し、チームをより劣勢に追いやることではないか。

 

「大和、どう見る?」

 

「……そうだね。確実に言えるのは、村正は勝つ気でいるみたいだ」

 

 長門村正を誰よりも知るエースは静かに答える。

 

 

「SET! ――HUT!」

 

 センター・栗田よりボールがスナップされたのは、キッドではなく長門。

 迫る帝黒。鬩ぎ合うラインを避けるように外側へ横走りして――投げる。

 

 疾走から投球までの繋ぎが流れるようにスムーズ。駆け込みと踏み込みが同一して、姿勢が安定している。

 そして、発射点は高い!

 

(このパスは……!)

 

 鷹が、飛ぶ。しかし、その弾道は高く、弾速は速い。この間合い(いち)から反応しても、遠くてカットが間に合わない。

 

(鷹がパスカットに追いつけない! けど、これは暴投や!)

 

 空を裂く鋭いパスだ。だが、パスはキャッチする相手がいなければ、失投で終わる。

 こんな高くて、速い球など誰も捕れはしない――

 

 

「いや、捕れる。あんたなら、この高さも制せるはずだろ? ――桜庭春人」

 

 

 跳躍する長身のレシーバー。桜庭春人は吼えて、その長い腕を天へ目指して伸ばす。

 

「うおおおお!」

 

 自分よりも身長が低いのに、高く飛んでみせる本庄鷹。高校最長の跳躍力を誇る最強のレシーバー。

 圧倒された。

 だけど、このパス――『エベレストパス』は言う。お前の垂直飛びの最高到達点はもっと高いところにあると。

 

 

 ~~~

 

 

 西部ワイルドガンマンズのキッドは、間違いなく東京を代表するナンバーワンクォーターバックだ。

 だけど、彼が投げるパスでは、桜庭春人を活かし切れない。

 速く精確であるけれども、高さが足りないのだ。

 

 だが。

 自分と同じ長身の選手が、高い発射点よりリリースされたそれはまさしく――

 

『桜庭選手、パス成功ー!』

 

 桜庭へ『エベレストパス』。合同練習で競り合いをしていたからか、桜庭が捕球するベストな高度を長門村正は把握していたようだ。相棒の目からでも合格点であるこれを見て、ベンチで情報分析を務める主務役として東京地区オールスターズを補佐していた高見伊知郎は苦み走った表情を表に出してしまう。

 

「猫山の『キャットラン』だけでなく、『エベレストパス』までモノにされていたとはね」

 

 進と言い長門と言い、努力する天才と言うのは、自らを高めるために技術を学習することに貪欲だ。

 自らを真似て上達するのは一プレイヤーとしては歓迎してやるべきなのだろうが、今日は味方でも明日から敵になるのが相手であっては悩みのタネになる。

 これは、泥門・ヒル魔に何か請求してやるべきか、と半分冗談でぼやいた高見であったが、隣で腕を組みながらそのプレイに目を細めていた監督・庄司軍平は首を横に振る。

 

「いいや、違う。あれは高見から真似たものではない」

 

 すぐにピンときた。

 才能もあるだろうが、それ以上に『エベレストパス』のフォームが馴染み易かったのだ。

 

 王城クォーターバック・高見伊知郎は、庄司監督が、投手としてのイロハを叩き込んだ。

 そして、盟友・酒奇溝六が、最も手塩にかけた教え子である長門村正に仕込んでいたクォーターバックの原本――それは、酒奇溝六が最も信頼した、『二本刀』のクォーターバック・庄司軍平(じぶんじしん)だ。

 

「溝六め……」

 

 ふっ、と頬に皴深い笑みを零す。

 自身のタイトエンドとしての技術だけでなく、自分のクォーターバックの技術まで伝授していたか。

 

 そして、長門村正は、自分たちでは果たせなかった『死の行軍(デスマーチ)』をも乗り越えた精神力がある。

 

 

 ~~~

 

 

「SET! ――HUT! HUT!」

 

 また長門へボールが渡る。

 

『長門君、今度は自分で持ってったー!』

 

 クォータバック自らボールを保持して切り込むラン。『キューピードロー』

 しかし、その前にラインを押しのけて迫りくる巨人の帝王。大和猛の『電撃突撃(ブリッツ)』。

 

 その突撃(チャージ)をつっかえ棒にした長腕で機先を制する『スティフアーム』。そして、キッドへバックパス。

 

 ボールが手に渡ったその瞬間――拳銃(パス)が、抜か(なげら)れる。

 “的”を見ない。見る必要がない。何故ならば、必ず、そこに駆けつけるからだ。

 

 『電撃突撃』で空いた守備。そこへ、渡嘉敷の『パンチングブロック』を跳ね除けた鉄馬丈が走り込む。

 

『東京オールスターズ、パス成功! 連続攻撃権獲得(ファーストダウン)です!』

 

 

 ~~~

 

 

「何やアイツ! 本職はタイトエンドじゃないんか!?」

 

 長門村正の、クォーターバック起用が見事に嵌る。

 だが、驚くチームメイトを他所に大和は納得する。

 

 中学時代、大和猛が本場の強豪チームの中で揉まれていた頃、長門村正は弱小チームを盛り立てていた。

 助っ人ばかりでメンバーの入れ替わりが多い麻黄デビルバッツ。

 その中でどうにかチームとして機能させるために、働いていた。そして、アメリカンフットボールのチームとして成り立たせていた。

 

 長門村正の凄さは肉体的な性能や卓越した技能だけでは語れない。その対応力と適応性こそ。おそらく、長門村正がひとりはいるだけで帝黒の二軍のチームは一軍と勝負できるチームへ変わる。長門村正一人いるかいないかで、そのチームの練度、総合力は全体的に一ランク評価が上がる別物に化ける。

 ただ個人技に突出しているだけのプレイヤーではない。

 

(昔、ボーイスカウトで大和(オレ)は常に先頭で皆を引っ張っていたが、村正は後ろからリタイアが出ないように全体を支えていたな)

 

 その長門が、今この必要な歯車(ピース)は何かと考え、クォーターバックを選んだ。

 パスセンス、視野の広さと思考速度、脚の速さに背の高さ、強肩でありパスを投げる姿勢を崩さないボディバランス……

 駆け引きや組み立てなどゲームメイクする司令塔のアメフトIQは泥門クォーターバック・ヒル魔妖一に劣るが、単純な投手としての能力は上回っているのだ。

 

 結果、東京地区代表は息を吹き返す。

 

 

『長門からキッドへ、キッドから長門へ! とても急造とは思えないスーパーコンビプレイが止まらなーーい!!』

 

 

 最初、キッドへボールが渡り、前に躍り出た長門。

 そして、高身長と安定したボディバランスを活かした密集地帯のショートパスを決める。

 

 

「舐めんな! 神龍寺の二番煎じが、去年、神龍寺を潰した帝黒(うちら)に通用するとでも思ってんのか!」

 

 喝を入れる帝黒主将・平良呉二。

 調子付く東京モンの頭を叩いてやらんと安芸礼介が相対していた山本鬼兵を平良との連携で躱して、ボールを持ったキッドへタックルを仕掛ける。

 

「おっしゃっ! どっちが持ってようが、パス投げる前に潰したるっ!!」

「――行くな、罠だ!」

 

 駿足のラインマンが飛び出したが、それをギリギリまで引き付けてから、キッドの『神速の早撃ち』が炸裂。

 安芸礼介の眼前を横切って、ボールは、ランニングバックへ送られる。

 

「あかん! 『スクリーンパス』や!」

 

 相手のラインをわざと抜かせてから、パス。

 そうすることで前線を人数的に有利にし、中央の突破力を上げる。それが『スクリーンパス』。

 

「血気盛んで結構だが、些かはやり過ぎたな。チャンスが来るまでじっと歯を食い縛って辛抱し、ここぞというところで爆発させるのが(ライン)魂よ! 行くぞ!」

「はい! 鬼兵さん!」

「おっしゃぁ! 行くぜぇぇ! ザッパーン!!」

 

 ラインを統制する鬼兵の号令で、一斉に押し上げる東京ラインマン。栗田の『爆裂(ブラスト)』が帝黒ラインの中核を担う平良呉二を大きく吹っ飛ばすや、その風穴に水町健吾が『水泳(スイム)』で鋭く切り込んで、突破口をさらに大きくこじ開けた。

 

(まずい……!)

 

 選択肢を増やして迷いを生じさせて、守備に集中できなくさせる『ドラゴンフライ』の術中に嵌って、『ランフォース』に乱れが生じてしまっている。

 帝黒アレキサンダーズは、全員が全国から引き抜かれてきたエース。走るルートを瞬時に見切った赤羽が指揮などしなくても各々のリカバリー能力が1秒で対応してみせる。

 ――だが、その1秒が、光速のランニングバックには致命的だった。

 

 

 ~~~

 

 

 ……すごい。

 ああ、すごい。

 

 スピード。

 パワー。

 タクティクス。

 

 この三つ合わせて爆発させるこれが、アメリカンフットボール。

 

 長門君……!

 言葉にされずとも、背中が、その姿勢が示すのだ。『俺達は戦える! 頂点にだって勝てる!』と。

 滾る鼓動(バイブ)が空気に伝播されたかのように、自分の中の何かが燃える。

 熱いくらいに、心臓の中で――

 

 

 ボールを持ったセナが走る。

 ラインが大きく開けてくれた大穴、これだけの幅があれば、躱せる……!

 

 帝黒の守備を次々と抜き去る。

 こちらを袋の小路へと追いやるように包囲してくるが、対応が遅い。僅かに見える突破口の道筋(デイライト)を、光速のランニングバックは駆け抜けていく。

 

(あの三人が来た……!)

 

 あと一枚、抜けさえすれば独走状態の場面で迫ってきたのは、この試合、走者を何度も捕まえてきた赤羽隼人。その左右に本庄鷹、そして、大和猛が回り込んでいる。光の走路(デイライト)を、帝黒の最終後衛陣(セーフティ)が阻む。

 ここで行き止まりになってしまうのか――いいや。

 

「長門君……!」

 

 小早川セナの道を切り開いてきた最も頼れるリードブロッカーが駆け付ける。

 長門村正は、先頭の赤羽隼人とぶつかり、組み合う。

 

「残念だが、栗田先輩を倒せても俺にはその技は通用しない」

 

 末恐ろしい一年生だ。

 重心移動を掌握して相手を押し倒す、力ではなくタイミングで相手を制するのが、赤羽の『蜘蛛の毒(スパイダー・ポイズン)』。しかし、この技は、己の重心を掌握しているであろうこの相手には通じない。重なった選手データを見聞したが長門村正にそのような隙を見つけ出せなかった。

 そして、純粋な押し合いとなれば、彼のパワーが勝る。

 赤羽にとっては、東京地区の中で最も相性の悪いプレイヤーだ。

 だから、この相手には大和を当ててそれで抑止力とした。

 しかし、それは逆に長門が相手をしなければ、大和はフリーになるということだ。

 

「フー。だが、長門君。一つ重大なことを見落としてる。残念だが、僕を押さえ込んでも、君以外に止められようのない大和がいる。本物の“アイシールド21”である彼にはセナ君は敵わない」

 

 赤羽の相手をして、さらに大和の相手をする余裕などない。そんな真似までさせない。赤羽は押し込まれようとも長門を他所のカバーをさせぬように組み付き、行動を制限する。本庄鷹がいる(サイド)は甲斐谷陸がリードブロックに入ったようだが、他にも後勢が押しかけている。鷹を抜けても、捕まるルートだ。

 そして、一対一になれば、大和は止める、と冷静に判断が下せる。

 帝黒アレキサンダーズは、力によって信頼が結ばれているチーム。

 互いが全員オールスター、最強のチームメイトであること。そして、エースとはその頂点だ。

 だから、結果など見えている。

 

「ああ、セナはルーキーだ」

 

 自分と同じ予想ができないはずがないだろうに、長門村正の目は、強く光る。

 

「もっと言うなら泥門は大半がルーキーなんだが、それでも全員が本気で全国大会決勝を目指している。“アイシールド21”なんて名乗るには力が不足してると考えても仕方がないことだが、それでもセナは走るのは止めない」

 

 圧される。

 純粋なパワーでは上を行かれている。だが、この圧力はそれだけでは説明がつかない。帝黒の赤羽が知り得なかった重みがその双腕に篭っている。

 

「赤羽隼人、この試合で、昨年東京MVPで帝黒一軍選手のあんたを降し、俺も“高校最強の(ナンバーワン)タイトエンド”の称号を背負う! それくらいやらないと、本気で猛にぶつかりに行く仲間(セナ)に示しがつかないからな!」

 

 

 ~~~

 

 

 長門君が、赤羽さんを押し倒す。

 進さんと同じ昨年の東京最優秀選手を捻じ伏せる。

 

 ――ここだっ!

 

 真っ直ぐ――大和君の手がこちらを捉えるよりも速く――この最短コースを飛び越える。

 

「『一人デビルバットダイブ』……!」

 

 赤羽隼人を倒した長門村正の上を、跳ぶ。

 大和猛よりも軽い――身軽な小早川セナが、大和猛には行けぬルートを翔け抜けようとする。

 

「っ! 倒れるもんか! ゴールまで、ボールを運ぶまで!」

 

 着地。勢いに前のめりに転びかけるが、踏ん張る。そして、爆速ダッシュ。一気に最高速へ至らせるチェンジ・オブ・ペース。

 

 もっと疾く……!!

 その瞬間、黄金の脚は、光速の4秒2へ突入する。

 

「うおおおお!」

 

 それを追いかける大和猛もまた、同じ世界へ踏み込む。

 追いかける大和。逃げるセナ。捕まれば、終わり。そして、両者の差は徐々に詰められている。

 

 これは、ボールを持って走ってるかどうかの差だった。

 

 

 ~~~

 

 

『止めたァ―――!! 大和選手、小早川選手をまたも止めましたー!!』

 

 また、倒されてしまった。

 しかし、今度は先程とは違い、セナはすぐに上体を起こす。

 

(“本物”は、本当に強い。やっぱこんなに強かったんだ! って、なんかちょっとうれしいというか……うん、そうだよ、凹んでなんかいられない!)

 

 ぞくっとする。

 だが、それは相手を恐れてのことではない。

 倒すべき相手と定めた時に全身に駆け抜ける、武者震い。

 

 この震えを噛みしめて立ち上がろうとしたセナへ、手が差し出される。

 

「『一人デビルバットダイブ』とは、驚いたよ。ギリギリの勝負だった……!」

 

 称賛を送るのは、大和。

 今は見上げている男の手を、セナは借りる。

 

(……手が大きい。背も高いし、普通に握ってるだけでもわかる凄い握力……)

 

 と何だか感動してしまっていると、バンッ、と背中に衝撃。

 身軽なセナ、これにあっさり吹っ飛ぶ。

 

「あ、悪い」

 

「おい。助け起こした相手を張り倒すとか、お前は鬼か猛」

 

 一応、大和は、軽く、叩いたつもりだった。

 幼馴染(ながと)の責める眼差しに気まずげにしながらも、長門に助けられたセナへ改めて言う。

 

「今の分は一撃返しといてくれないか」

 

「へ??」

 

「公平な勝負がしたいんだ」

 

「………」

 

「ホント、勝負好きっ子やな~」

 

 チームメイトですら呆れる大和の勝負癖。

 だけど、挑むのはあくまでも勝負ができる相手のみ。今、セナは、それだけの相手として認められた。

 それが誇らしくて、つい、ぼうっとしてしまったけど、応えないと……!

 

 パァン! と叩かれたところ同じ腰を打つセナの右手。

 

 が、大和の姿勢はまったくブレない。

 

「ははっ、ここは手加減するとこじゃないよセナ君!」

 

「え……えっと、一応今ので僕的には思いっきり」

 

 (パワー)の差は逆立ちしても覆しようがないみたいだった。

 あの大和にすら気を遣わされる貧弱っぷりに、つい、と長門は目を逸らしてしまいそうになる。

 

「とにかく! 今日の親善試合、俺の力の全てを尽くして戦うことを改めて誓う。そして――俺が、勝つ……!!」

 

 

 ~~~

 

 

「SET! HUT!」

 

 ボールが渡ったキッドへ、二人が駆け込む。

 

「僕だけのスピードじゃ抜けないなら……」

「俺達のスピードを合わせるぞ、セナ!」

「うん、行こう、陸……!」

 

 小早川セナと甲斐谷陸。

 二人のランニングバックが同時に、それも超スピードでボールを受け取りに行く。

 

 これは、『聖なる十字架(クリスクロス)』……!!

 

 クォーターバックの後ろでクロスするように走りながらハンドオフ。

 交わる瞬間、師弟二人はチェンジ・オブ・ペースで急加速する。

 

 ロケットスタートの火を噴くように二人に蹴られた土砂が飛び散る!

 

 後に大学リーグにて、炎馬ファイヤーズで同じチームメイトになったこの二人の難度最上位クラスの必殺連携プレイはこう呼ばれる。

 『十字架砲火(クロスファイア)』。

 

「どっちや!?」

「ボールは……」

 

 セナか? 陸か?

 どっちが、ボールキャリアーか……!?

 

「セナ君だ! 皆、惑わされるな! ボールを持っているのは、セナ君の方だ!」

 

 観察眼に優れた隼の眼は、瞬時に見定めた。

 チェンジ・オブ・ペースのスピードが凄まじいが、やはり練度不足。ほんの僅かなぎこちなさ。一瞬こそ行方を見失ってしまったが、セナがボールを持っているのにすぐに気づいた。

 すぐさま走者を追い込む『ランフォース』を築いて――

 

 

「いいや、見切るのはまだ早い。このロケット(スタート)は、三段式だ」

 

 

 セナが駆ける先へ駆けつけるもうひとりの影。長門村正。

 十文字にもう一本の横線を足した複十字の如く疾走が、二度、交差する。

 

『セナ、陸、俺達の三人のスピードで合わせるぞ』

 

 また『聖なる十字架』!?

 小早川セナと長門村正が超スピードで交差し、全員がエースの帝黒の対応力をさらに揺さぶる。

 甲斐谷陸と合わせて三人の疾走(スピード)がフィールドを駆け巡り、帝黒守備をかき乱す。

 

 今度ボールを持っているのは長門だ!

 だがここですぐに長門へ迫ることはできない。何故なら、長門村正には、パス、という選択肢もある。『ドラゴンフライ』にてパスの印象が強められた今、否応にも頭に過る。桜庭と鉄馬ら東京レシーバーにカバーが入る。しかしそのカバーに入った分、『ランフォース』に、穴が生まれる。

 

 そして、ボールをバトンタッチされた『妖刀』はこの試合でまだ披露していない己の疾走を見せる。

 

 爆速ダッシュの基礎を教えたのは甲斐谷陸であるが、小早川セナにアメリカンフットボールの走法の手本となっているのは長門村正。

 ランにおいても、エースランナーには劣るも、スピードも40ヤード4秒5で、帝黒アレキサンダーズに通用する程に長門の走法技術(ランテクニック)は高い。

 

 大和猛と同等以上のボディバランスが可能とするステップワーク。激しく細かく足跡をフィールドに刻み込む。さらには長い腕を使い、ディフェンスをいなす術も隙が無い。

 (はし)る。

 (はし)る。

 妖刀が、(はし)り抜ける!

 陸とセナの連携で攪乱された守備網を走破する長門は、一気にゴールを目指す。

 

 ――その前に立ち塞がるは、やはり最大最強の好敵手(ライバル)をおいて他にはいない。

 

 

 長門村正の細かい歩幅で、地滑りするような足運び。あれは、まるで武道の運足の()り足。

 相手と対峙する格闘技において相手の動きに俊敏に対応する際、踵が浮いていると咄嗟に動けない。人間、瞬時に反応するには必ず両足で体を支えていなければならないのだ。

 また、足で地面を蹴ってその力で体を前へ押し出すが、その時に逆の脚が高く上がると、蹴った力が上方向と前方向に分散してしまい推進力がロスしてしまうことになる。この蹴った力を分散させずに100%推進力とするには、逆の足を低く出していく、つまりは摺り足で出ていく走法が一つの方策である。

 

 西欧人は骨盤が地面に対して垂直だが、日本人の多くは猫背で後ろに骨盤が傾いている。そのために、足を大きく上げて動くと、骨盤が上下に動き速度が落ちてしまう。

 故に、日本人には摺り足の方が安定した移動姿勢で性に合っていると言われている。動き出し時でも脊柱の軸回転運動が使いやすく、身体の余計な力みが減り、視野が広がる。

 実際、子供たちに摺り足をたった15分練習させただけで、徒競走のタイムを0.5秒以上も短縮することができたというデータがある。プロアスリートのサッカー選手でも実践しているものがいる。摺り足するように、地面から両足をあまり離さずに走ることで、重心移動の反射が速く、前足の着地点に微調整ができるようになって、ドリブルでの切り返しやフェイントの切れ味が増す。

 同じように幼馴染も摺り足を研究し、走法に取り入れているのだろう。彼の走りはそれだけ非常に洗練されている。こうして相対するだけで努力の跡が思い知れる。

 

 ブロックにキャッチ、そしてランも柔軟にこなすフレックスバック。

 近代のアメリカンフットボールでは、一人の選手が色んなことをするのではなく、それぞれのポジションにはひとつの役割を与えて、専門職として選手を入れ替えて特徴を活かすという起用法が全体に浸透しているため、現在、大変な何でも屋(オールマイティー)選手(プレイヤー)は少なくなっている。

 村正はそんな希少なフレックスバックだ。

 人数不足に悩まされ、何でもやらなければならなかったデビルバッツの環境だからそこに行き着いた。そして、彼自身の才能と、大和猛(ライバル)に勝つという意志が、このプレイスタイルを錬磨し確立させた。

 

(嬉しいよ、村正――だが、俺だって負けていない……!)

 

 守備側は普通、ランナーの横の動きを待ってから加速してタックルする。

 だが、己の走りに絶対の自信がある大和猛は違う。

 超スピードで一気に間合いを詰めて、長身で巻き込む力ずくのバック。決して揺るがぬボディバランスでもって横の動きそのものを完璧に押さえ込む。

 

 ――それが相手を完封する先手必勝の『帝王の突撃(シーザーズチャージ)』。

 

 ――そして、これが相手の目測より超速で巻き戻る後手必殺の『妖刀の燕返し(カットブレード)』。

 

 速さは言い換えれば、重心の移動速度。

 一番重い部分を動かすのが最もエネルギーを使い、速く動かそうとすれば尚更、筋力・瞬発力が必要となる。

 だが、擦り足が出ているようで実際身体は前に踏み込んでおらず、後ろに重心が置いてある。これを長門は相手に悟らせない姿勢を普通にこなす。この全力疾走の合間にでさえ。

 

「お前に――帝黒に――勝つのは俺だ! 俺達だ!」

 

 その一歩分を見誤らせた間合いで、迅速に斬り込む。

 それは、横に、そして、縦に――合わせて、斜めにブレる『(スラッシュ)デビルバットゴースト』。

 体を沈めながらステップを切る、バネに富んだ肉体でなければ不可能な芸当。これは、長門村正が対峙し、体感した走りを己がモノに昇華したもの。

 

 『妖刀』と呼ばれる所以が一つには、“(たたか)った強敵の血を啜るほどに切れ味が増す”なんていう、己を高めるために貪欲に他者の技を取り込む姿勢を指したものがある。

 

 『無音の走り(キャットラン)』だけでなく、『黒豹』パトリック・スペンサーの『無重力の走り(パンサーラン)』の一端も吸収していたか。

 

「―――」

 

 人間が目を動かす運動には2種類ある。

 ひとつは“追従性眼球運動(バースーツ)”。

 もうひとつは“衝動性眼球運動(サッカード)”。

 バースーツとはゆっくり視線を移動させる際の動きのことで書物の文章を読む時などの動きで、サッカードはそれ以上に速い眼球の動き。この『サッカード』が、スポーツにおいて重要な眼球運動である。

 しかしサッカードは上下や左右の素早い動きには対応できるのだが、唯一、苦手な方向がある。

 それが斜め上下の動きだ。

 サッカードは、上下と左右の複合的な動きが求められる斜め上下への反応が遅れるのだ。

 

 そして、交錯した直後に見たのは、帝黒アレキサンダーズの一同が瞠目する光景。

 

 袈裟懸けの一刀を浴びせられた帝王の虚像(イメージ)が、観衆の眼に過った。

 

「大和が、抜かれた……!?」

 

 ――いいや、まだだ!

 反応が追い切れず、抜かされた。だが、大和は即座に体勢を立て直して切り返す。最大のライバルたる自分を置いていく長門の背中を我武者羅に目指す。

 あれが、自分から離れて行くなど、許せない。そんな“大和猛”は断じて許せるものではない。

 

「おおおお――ッッ!! 村正あああああッ!!」

 

 アクセルを踏み切って、追う。

 光速の4秒2に速度メーターが達し、そこから長身を前倒しにして、この刹那のみ、『帝王の突撃』は人間の限界の壁を超える。独走していた長門との距離が、埋まる。

 長門村正よりも大和猛の脚の方が速い。

 

 

「いいや、勝つのは、俺だ、猛!」

 

 

 だが、長門村正の脚は、強い。

 鋼鉄製重量級自転車を踏み抜いてきた脚力は、最後の一押しを粘る。

 大和猛に捕まった長門村正は、大きく一歩を踏み出して、ゴールライン上に膝をついた。

 

『タッチダーーーゥン!!』

 

 

 ~~~

 

 

「ふんぬらばーーーっっ!!!」

 

 タッチダウン後のボーナスゲーム。

 東京オールスターズは、またもゴールラインを狙う。

 

「あかん! こんなゴール前密集地やったら」

「連携もスピードも糞もないわ……!」

 

 連携とスピードを重要視するのが現代フットボールのラインマン。

 だが、これはシンプルなパワー勝負。力と力が鬩ぎ合う土俵に“力”以外の他の要素が入り込む余地がなかった。

 

「行け、栗田。鈍足で不器用だが、小細工なしの力一本でいくお前の(ライン)魂を真っ向から“頂点(こいつら)”にぶつけてやれ……!」

 

 パワーを一番下とする帝黒アレキサンダーズに、栗田良寛の押し合いに敵う者はいなかった。

 すぐ隣には憧れの先輩(おにへいさん)が檄を飛ばしながら支えて、ボールを持った頼もしい後輩(ながとくん)が背中を後押しする。

 彼らから信頼を注がれた栗田は、数値以上に力を滾らせる――!

 

 

『タッチダーーゥン!』

 

 

 2点のトライフォーポイントが加算。

 8-7。東京が大阪に逆転する。

 

 

 ~~~

 

 

 すげぇよ。あの帝黒アレキサンダーズ、日本高校アメリカンフットボールの頂点にも引けを取っていない。

 勝つ気だ、本気であいつらに勝ちに行っている。

 

 あの憎くて、だけどその実力は認めていた棘田先輩が、4軍で燻っていることを告げられて、自分たちは井の中の蛙だと心のどこかで怖気づいてしまっていたのかもしれない。脚が竦んでしまっていた。

 

 だけど、そんなつまらない足枷は、吹っ切れた。

 

 ――佐々木コータロー、あんたのキックはただ点を決めるだけじゃあないだろ?

 

 ああ見てな。

 この東京ベストキッカーが、テメーが尊敬するムサシの野郎にだって、決して劣るもんじゃねぇってことをみせてやる!

 

 

 キッカーがボールを蹴る直前に、東京の選手たちがいきなり、右に大移動――

 

「上がれーっ! 『オンサイドキック』や!!」

 

 本来、かっ飛ばすべきキックオフをあえて近くに転がして、全員大乱戦でボールを捕るか捕られるか。

 逆転したその勢いのままに博打を仕掛けてきた東京。

 

 ふわっ、と。

 優しく楕円形のボールが山なりに飛ばされる。

 

 ゴロではない。

 佐々木コータローの精密なキック、ボールを捕りに行っている東京の選手は全員打ち合せしている。向こうは落下点を予想している。だから、動き出しが早く、迷いがない。

 しかしそれを言うならば、帝黒アレキサンダーズの対応力は群を抜いている。

 

 先頭を凄まじい速さで駆け抜けるのは、21番。小早川セナ。

 同じく、帝黒でひとつ頭が飛び抜けている大和へ体当たりするかのような勢いでブロックしに走る。

 

「……僕がぶつかっても、当たって砕けるだけ。でも、そのスピードを少しだけブレーキを掛けさせる。長門君が、きっと阻む……!」

 

 脚の速い大和を、同じ4秒2のセナが当たりに行って、減速させる。身体を張って稼いだほんのわずかなロス分に、本命が間に合う。

 

 村正……!

 大和が、長門に押さえられる。出鼻をくじかれた形となってしまったが、アレキサンダーズには空中戦を制する鳥人がいる。

 本庄鷹。

 日本人最長の跳躍力でもって空を翔けるキャッチの達人は、自ら迎えに行くように飛びかかり、ボールへと手を伸ばす――

 

「な……っ!」

 

 ゴゥッ……! と試合会場に吹く強風。

 ファッ……とボールは風に流され、軌道が蛇行する。風まで読み切れていなかった鷹の手から逃れるように、離れて行く。

 

 セナや長門に負けてられねぇ!

 流されていったボールを真っ直ぐに追いかけるのは暴れ馬。甲斐谷陸に続くのは帝黒の中で真っ先にボールの行方へ切り返した赤羽隼人――だが、最後、『ロデオドライブ』の加速120%の追い上げで一気に突き放されて、落下点へ先に着かれた。

 

「風で曲げて狙い通り! スマートだぜ!!」

 

 ビシッと、陸が確保したのを見届けた佐々木コータローが髪に櫛を入れる。

 

 

『なんと……大阪に渡るはずだったボールが奪取! 攻撃権はまたも東京オールスタァーーーズ!!』

 

 弾道が風に流されるのを計算に入れて、狙い通りの座標へボールを蹴り送った。そして、そこへボールが来るのだとチームメイト(リク)は脇目を振らずに走り抜けた。

 その光景を、脚を止めて見やった赤羽、かつてのチームメイトへ、佐々木コータローは櫛を突き付け、

 

「見たか赤羽! あらゆるシチュエーションでも何千本とキック練習してきたのよ! 余計な風なんかで俺のキックが狂うなんて思うな……!!」

 

 

 ~~~

 

 

「なんや――なんや、これ……!」

 

 開闢の王者・帝黒学園が、東の連中に押されている……!?

 これは親善試合、正式にはありえぬオールスターチーム。だが、全国から有望な選手を集めてチームを作っている。選手もチームとしての練度もこちらが上のはずだ。

 なのに、今、西高東低の不敗神話が大きく揺らいでいる。

 選手の顔に汗が滲む。気圧されてしまっている。

 

 だが、それを跳ね返せる力があると、この頂点・帝黒学園に集った自分たちは自負している。

 

「……面白い」

 

 赤羽隼人が、ポツリと呟く。

 

「ああ。俺は、こんな戦いを求めていた」

 

 本庄鷹が、その眼に強い光を宿して、応じる

 

 

 逆転しても手を緩めない。

 試合に勝つまで、只管に貪欲に、攻め抜かんとするその姿勢。

 正しく、勝者のみが称賛されるアメリカンフットボールプレイヤーの有様。

 

 そうだ。

 ノートルダム大でエースをしていた時も、格上の相手と対決し劣勢に追い込まれたことがあった。

 だが、それでも自分は大和魂――ハングリー精神で食らいついたのではないのか。

 

「そうだったな。思い出せたよ、この気持ちを」

 

 アメリカから帰って、日本で頂点の帝黒学園に入り……どこか気が抜けていた。慢心していた。この追い込まれていく感覚は本当に久方ぶりだ。

 しかし、それも今日までだ。

 僅かたりとも侮るな。目の前に、己を脅かす敵がいる。

 

「ありがとう、村正。いや、東京――おかげで俺は日本で驕らずに済んだ」

 

 沸々と気炎を立ち昇らせる三人。この熱量に、僅かに漏れ出た動揺が蒸発したかのように掻き消えた。

 

 この主将・平良呉二が皆の意思をまとめるように唱える。

 

「こら認めないとあかんな。東京地区は、強い。だが、最強は、この帝黒や……!!」

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