悪魔の妖刀   作:背番号88

32 / 58
32話

 監督・仙洞田寿人が提唱する

 

 ――獅子搏兎。

 

 獅子は一匹の兎を捕まえるのにも全力を尽くす、といった方がわかりやすいか。

 たとえ“格下”が相手でも、確実に勝つ。

 この薫陶が髄にまで叩き込まれているチームこそ、東の頂点・神龍寺ナーガ。

 初出場から一度も優勝を逃したことがない、無敗神話を誇る関東最強集団。

 堅実な指揮をするクォーターバック・金剛雲水を柱とするオフェンスは、怒れる不動明王の如く、侵略の業火をフィールドに放つ。

 前線を支えるラインマン・山伏権太夫の一点集中にパワーを捩り込んでくる圧力は、王城の大田原誠を打ち破るほどの突破力を誇ろう。

 外側には関東最強と名高いコーナバック・細川一休が控えており、その最速のバック走から逃れられたレシーバーはひとりもおらん。

 雲水、山伏、一休たちだけが全国トップクラスの実力者たちだけではない。他の面々も高い技術で神龍寺を支えているが、チームを“神”の名に恥じぬ最強の布陣とするのはやはりその中核に座る金剛阿含の存在は欠かせまい。

 完全実力主義の神龍寺の中で、誰もが畏怖する百年に一人の才は、もはや常人ではない。

 鬼神、よ……

 そして、己が思うまま、その目先の欲望を満たすためだけに天賦の才を悠々と注ぐ。

 戦衣装(ユニフォーム)を纏い、戦場(フィールド)に君臨した時、金剛阿含の目に映る愉しみは、『調子づいた凡才を潰す』、それだけよ。

 

 ……じゃが、真に悦楽を見出すのは兎相手(それ)ではない。

 去年、一年だった進清十郎――“竜”が唯一相搏つに足る“同格”だと認めた“虎”と(まみ)えた時、彼奴の目に静かな殺意が宿るのだ。

 金剛石(ダイヤモンド)を切れるのは、同じ金剛石(ダイヤモンド)のみ――

 

 

 ~~~

 

 

『さて、晴天にも恵まれいよいよ本日――関東大会の開幕です!!』

 

 広大なフィールドに今日も快調に飛ばしまくるマシンガン真田の実況アナウンスが響き渡る。

 これに応えるよう天地をどよめかす歓声が沸き上がっており、それから察するに観客数は地区大会の軽く倍以上はいるだろう。

 

 ただでさえ注目が集まる関東大会の一戦目。

 試合会場には多数の報道陣が集まっていて、さきからシャッター音が途切れる間がない。

 

「アハーハー、こんなにたくさんのカメラで僕を撮りに「邪魔!!」」

 

 だが、残念ながら彼らの目当ては泥門デビルバッツ(じぶんたち)ではないのだ。

 山伏や一休、そして珍しく遅刻せずにスタートからいる阿含といった神龍寺ナーガの中心人物にカメラは向けられている。

 

「春ん時の神龍寺も記者とか関係者とかがスゴかったけどよ……!」

「やっぱり本番は秋だからね。注目度も桁違いだよ!」

「それに比べて、こっちには全然いねぇな」

「ま、関東大会初出場のチームなんてこんなもんだ」

 

 一方で、泥門ベンチは群れるカメラマンに記者らに囲まれたりしていない。

 これだけで彼らの中の期待値というのは明白だろう。アメフトの専門家たちからすれば、十連覇を阻む障害となるのは王城ホワイトナイツくらいしか見ていない。

 対岸の火事とばかりに向こうでインタビューに迫られる神龍寺選手を傍観している泥門陣営(約一名の目立ちたがり屋なバカは自ら率先して売り込んでいったが、今はチアリーダーな妹に担架で回収されている)。

 

『さあ、いよいよ始まります関東大会ッ!! 神龍寺ナーガの十連覇なるか!? アメリカ取材に行っちまった熊袋さん代打で娘さんのリコちゃんが今日も解説ゲストに登場だ!』

『ばばばばんがります!』

 

 おっと長門が解説席を見上げれば、今日も解説を任される隣人がテンパりながらも()んばっていた。

 解説だけでなく、試合前にも『高校生記者が突撃取材! INTERVIEW8』という企画で関東大会出場チームのエースに独占取材をしていた。リコは自分(ながと)に取材希望していたみたいだが、残念ながらヒル魔先輩が取材を請け負った。あの天上天下唯我独尊の金剛阿含も同席だったというのだからさぞ仕切るのが大変だったろう。

 それでもめげずに取材をやり切ったリコは今日も解説席で用意したフリップで示しながら熱弁で語る。

 

『………このように、泥門は、地区大会決勝で王城に負けています。そして、神龍寺はその王城を春季大会で破っています』

『でも、この関東大会でクリスマスボウルに行けるのは優勝した一校のみ!』

『はい。関東大会は準優勝も意味がない――『負け=死』の世界。泥門が進むには今度こそ負けは許されないんです……!!!』

 

 負けるのは、一度で十分だ。

 全国大会決勝まで勝ち上がる。そのためには、今会場全体に蔓延する泥門劣勢の下馬評を覆すだけの奇跡を起こさなければならないだろう。

 敗北の許されない中で、格上の相手。緊張に呑まれるチームメイトは一様に表情に汗を垂らしている。

 

「がははは、お前ら! 面白ぇもん見せてやるよ」

 

「? どうしたんです、溝六先生」

 

 そんな彼らに泥門のコーチトレーナーは徳利を片手に、もう片手にネットと繋がったノートパソコンの画面をこちらに見せる。

 

「あっっらゆる賭けを受けてくれる海外の賭け屋に張ったんだがな。今日の神龍寺戦、オッズ何対何だと思う?」

 

「学生スポーツで賭けないでください」

 

 姉崎先輩が注意するも、溝六先生のギャンブル癖はもはや病気である。

 

「神龍寺が1.003倍、泥門が150倍だとよ!」

 

「ケケケケケ!! またなめられたもんだな。――ま、そう見られても仕方がないがな」

 

 ヒル魔先輩の言う通り。

 泥門デビルバッツは創部二年目にして、初出場のチーム。春季大会も地区二回戦で敗退していて、公式試合の実績と言っていいのが秋季地区大会準優勝くらい。関東大会の絶対覇者たる神龍寺が相手となればそれくらいの倍率はついて当然だ。

 

「つーことはうちに100円賭けといて勝ちゃ……」

「1万5千になるね」

「ハ! 千円くらい賭けときゃよかったな」

 

「――給料とボーナス前借りして、泥門の勝ちに全財産100万円ぶっこんだ」

 

 ブッ!! とセナが飲んでいたスポーツドリンクを噴いた。

 長門もこれにはギョッとする。

 

「おい、溝六先生、何をバカな真似を……!」

「……お前らと一緒に命運背負(しょ)いてえんだ。試合が始まったらトレーナーの俺は何にもしてやれねえからよ」

 

 ベンチに座る師の背中。静かに飲み口から徳利の底を覗き込むようにして俯く溝六。

 しょうがない、と長門は深く息を吐いて、

 

「試合が終わったら、旨い物ご馳走してくださいよ。焼き肉の時みたいに」

 

「村正……」

 

「大食漢の栗田先輩がいますが、勝てば1億5千万なんですから余裕で奢れますよ」

 

 試合会場、いいや世界中のほとんどの人が今日の神龍寺の勝ちを疑っていない。

 だけど、ここに己の持つ財産すべて吐き出してでも泥門の勝利を望む者がいる。これに応えなければ、一番の弟子として廃るだろう。

 

「先生の仕事は俺達を勝てる選手とすることで、それはもう十二分にやり通してくれたんだ。だからあとは、俺達があなたの仕事を証明するだけだ。――“今日の相手”をぶっ倒してな」

 

 神龍寺ベンチを望みながら宣言する長門に、息を呑んだセナたちも見据える先を合わせて頷いた。

 ひとり、悪魔な先輩がこの後輩の格好つけを嘲笑する。

 

「ケケケ、違うだろ糞カタナ! しばらくやんなかったから忘れてやがる! それとも交流戦で王城色(ホワイトカラー)に頭ン中が染まっちまったのか!」

 

 ヒル魔は、長門の発言の中にある一ヵ所の()()を訂正してやる。

 

()()に来たんじゃねぇ――――()()に来たんだ!」

 

「ああ、そうだったヒル魔先輩」

 

 

 ~~~

 

 

『ぶっ! ――こ……――ろす!! YEAH(イエァーー)!!』

 

 

 ~~~

 

 

『色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 我ら神龍の力をもって悟りの敵を討ち滅ぼす者也』

 

 

 ~~~

 

 

『今、神龍寺のキックオフで試合開始ー!!』

 

 試合開始の号砲と共に天高く蹴り上げられたキックボールは、綺麗な放物線を描いて長門村正の方へ飛んできた。

 

 定石を踏んで、泥門デビルバッツの中で最も足の速いボールの運び屋(キャリアー)であるセナを避けるようその逆サイドを選んだか。

 もしくは、こちらを睨む天才様の要求か。

 

 悪魔な先輩が同席した、リコの個人取材(インタビュー)でも散々煽ってくれたようだ。

 どちらにしろこれは長門も望むところだった。

 長門もヒル魔先輩から、『金剛阿含をブチ殺す! それが、泥門が勝つための絶対条件だ……!』と試合前に言われている。

 

(それに、関東大会の空気に慣れていない面子――ヒル魔先輩と武蔵先輩以外のチームメイトの動きが固い。あと、セナに全力疾走は温存させておきたいからな)

 

 ――『妖刀』、出陣。

 

「ぎゃあああもうつめてる!」

「ありえねえええ!!」

「クッソ、何人かはブロックしてんのに連携で……!」

 

 一糸乱れぬ神龍寺の連携。

 大舞台でも彼らの精神に乱れはなく、各員が果たすべき仕事を行う。

 前衛を阻む十文字、黒木、戸叶ら三兄弟を押し込み、そこへ突出した主将・山伏が長門に迫る。

 

 大きな顔に額の傷と無精ヒゲ……修験者然とした威容。

 ベンチプレス120kg、一定の馬力で動き続けるというよりは、瞬間的な爆発力を持つロケットタイプで、その強烈な“はじき”には、パワーで勝る栗田先輩をも圧倒するだろう。

 爆発的な剛力を持つ巌のような男。それが山伏権太夫。

 大きく開眼した視線は、長門が腕に抱えるボールに固定。一点に全集中を注ぐ山伏は、小手先のフェイントなどすぐ看破するだろう。

 

「破!!」

 

 ボールへ強襲する山伏の『粉砕(シバー)ヒット』――これを、長門は折り畳んだ腕を盾とした『デビルスタンガン』で凌ぐ。

 肘を折り、リーチを短くすることで、小さいが強固な防御圏を築く。

 

(破……れん!?)

 

 まるでぶ厚いゴムタイヤを打ち付けたような手応え。己の肘打ちの威力を見事に吸収している。そして、盾で攻撃を受け流すよう、旋回(スピン)して抜き去った。

 

「――落ち着け。ボールは俺が確保している。絶対に渡さん」

 

 だから、走れ。勝ちに行くぞ――

 神龍寺の開幕速攻、しかしその動揺はすぐに鎮まる。

 チームの絶対的なエースへの信頼によって。

 

 『妖刀』は宣言した。

 ボールを奪わせない、と

 だったら、俺達はゴールまでの道を開く。

 

 “神”が何だ。

 俺達は、“悪魔”だ。そして、こちらには神さえ斬って捨てる修羅がいる。

 

 チーム一丸となって、前へ。

 

「フゴッ!!」

「僕も!!」

 

 神龍寺ナーガ背番号50番の竜崎辰巳。チーム屈指の俊足で、死角から意表を突くタックルを決めようとしたが、その死角に潜り込んでいた小兵・小結大吉が逆にタックルを決める。

 そして、背番号42番・芽力千里が、分析力に優れた視点で走者の突破口を塞ぎにかかったが、その前に割って入る小早川セナ。

 十文字達も立て直し、長門へ追い縋ろうとする神龍寺選手に組み付く。

 泥門が食らいつき、この死中を脱する活路を切り開く――

 

 

「わざわざそっちにボールを蹴らせてやったんだから雑魚共の相手にもたついてねぇで、とっととここまで来いカス……!」

 

 

 しかしそれらは誘導。

 たとえ抜かされようが、その先は絶対に抜けぬ鬼門――すなわち金剛阿含が待ち構える処刑場。

 

 

「くるぞ。『百年に一人の天才』金剛阿含、一年ぶりのスタメン全開プレー……!」

 

 

 アメフト関係者ならば、誰しもが認めるその才能。

 金剛阿含。

 40ヤード走4秒4、ベンチプレス135kg――進清十郎自身も『自分と似ている』と称する身体能力、その腕力は、ラインマンである山伏をも凌ぐ。

 相手の急所に容赦なく手刀を繰り出すそのプレイは破壊的。彼を前にして立っていられた選手など王城の進清十郎以外に見たことがない。

 

一対一(ワンオンワン)だ。その方が身の程がわかりやすいだろ」

 

「随分と、サービス精神旺盛だな(なめたまねしてくれるな)天才」

 

 真っ向から向かってくる長門村正へ、金剛阿含は手刀を叩きつける。

 ――しかし、空振る。

 長門の寸止めのような切り返し。当たらずに、ブチかますイメージを叩き込んで怯ませる。

 この超速のカットバックを捉えきれず、阿含の右腕が振り切られて生じる左の隙――そこへ長門の長身が、目で追いにくい縦横(ななめ)にぶれる。

 

「おおおおっしゃああああ!!」

 

 『(スラッシュ)デビルバットゴースト』――あの大和猛を抜き去った長門村正の個人技が炸裂する!

 

 

()()()、鈍間」

 

 

 躱し切った――はずの、阿含が、長門の前に回り込んでいた。

 

「そこそこやるが、まあそれでも、せいぜい50かそこらだ。能力100の才能相手には敵わねぇんだよ」

 

 目から脳へ。脳から筋肉へ。

 電気信号(インパルス)が伝わる時間――つまり、“見てから動くまで”のリアクションタイムが、金剛阿含は、0.11秒。

 0.10秒以下は科学的に不可能とされているため、その反応速度は人間の極限値。

 そう、金剛阿含を『百年に一人の天才』たらしめているのは、高い身体能力でもセンスでもなく、この神に愛された天賦の資質。

 努力などでどうこうできる世界ではない、唯一無二にして絶対の『神速のインパルス』――!

 長門は逃れられず、阿含にタックルを決められる。

 

「これは、迅い……! 試合映像を見たが、実際に体感する超反応はこれほど神速か……!」

 

「死ね」

「――だが、()()()、金剛阿含」

 

 それでも。

 『妖刀』は。

 止まらない。

 

「お゛お゛お゛お゛お゛――!!!」

 

 腰に阿含をしがみつかせたまま、長門は強行突破(パワーラン)

 

 何でっ、止まらねぇ……?

 タックル決められてんのにまともに走れるはずがねぇだろどうなってやがる!?

 

 その闘志は空気を焦がす。

 その馬力は決して止まらず。

 そして、その信念は道半ばに倒れることを許さず。

 

「あ゛ぁああ、ウルセェよ! いい加減に死にやがれ!」

「いいや、倒れん! 俺はもう、二度と倒れないと誓ったんでな!」

 

 気迫。天賦の才能に奢らず、百錬自得の果てにこの心身の髄にまで染みつかせた気迫が、長門の脚をひたすら前へ進ませる。

 

 阿含は決して軽くはない、どころかラインマンでさえ捻じ伏せるだけの膂力がある。この暴威を跳ね除けて押し通るその光景は性質の悪い夢としか思えない。

 そんな唖然とする神龍寺に、フィールド外から大声。

 

 

「――っ、何をしている! 早く止めろ!」

 

 

 それは、ベンチに控えていた金剛雲水。

 オフェンスチームのクォーターバックの為、フィールドに立たずに俯瞰的に眺められたからこそ、逸早く立ち直った……わけではない。

 やはり、“阿含(おとうと)が倒せない”のを目の当たりにして、それを完全に消化し切れたわけではないのだ。

 ただ、この瞬間、“このままでは阿含が振り切られる”なんて、あり得ざる可能性まで過って、慌てて声を発したのだ。

 

「阿含さん!」

 

 雲水の声に硬直が解けた細川一休が、飛びつく。

 阿含に抑えられ、流石に長門の走りは遅く、また曲がれもしない。捕まえることは容易であった。

 フィールドの半分までボールを運ばれたところで、長門村正はようやく――倒し切れないまま――膝をつく。

 進撃を、阻止した。

 

 

「ケケケ、1対1(タイマン)でブッ殺すんじゃなかったのか、糞ドレッド」

 

 

 ただし、二人がかりで。

 

 

 ~~~

 

 

『さあ、関東の神へと挑む泥門デビルバッツ! 最初の攻撃チョイスははたしてランかパスか……!?』

 

 雲水さんの一喝でチームの乱れは収まったのが、動揺したのは事実。そして、阿含さんは黙りこくってしまっている。

 それほどに衝撃的だった。

 阿含さんが狙って仕留め損なった相手などほとんど記憶にないのだから。

 長門村正。

 試合前日のミーティングで、仙洞田監督をして、『何故泥門のような無名校でプレイしているのか理解しかねる』といい、望めば神龍寺の特待生待遇が与えられただろうにと高く評価した一年生。

 だが、己と同じ“特待生程度のプレイヤー”が、阿含さんに敵うわけがない。

 敵うとすれば、同じ才を持つ……

 

 

「……どこ、見てんすか一休先輩」

 

 

 境界線を挟んで真正面、コーナーバックとしてマークについている“サル君”が一休(こちら)を睨んでいる。

 泥門のエースレシーバーだと言われているが、所詮、地区大会のベストレシーバーにも選出されなかった小物。眼中にない。

 それよりも村正だ。

 地区大会の試合映像を見たが、あの高さは、自分の手では届かない。阿含さんが睨みを利かしているけど、油断ならない。

 ――だが空中戦となれば、自分は負けない。誰にだって。相手が阿含さんだろうともだ。

 そして、鬼本気(マジ)になっている阿含さんは、必ず、村正を倒す。完全実力主義のチームに君臨する絶対強者への信頼がある。

 それで、泥門には村正を除けば特筆(チェック)すべき選手はいない。

 

「まったく俺なんか眼中にないって感じっスね。でも、ここであんたを倒しゃあ意地でも無視できなくなるよな」

 

「そんな腕で俺に空中戦に勝つつもり?」

 

「ああ、こっちはそのつもりッスよ」

 

 SETコールが開始される。村正は、阿含さんと睨み合っている。

 

「……サル君、鬼いいこと教えてやるよ。それは一生無理だ。キャッチの才能No.1は俺だから」

 

 HUTコールの号令。同時、村正が動き出す。

 

 

『泥門、最初のプレイは……パスだっ!!』

 

 

 前に走路を押し開くのではなく、後ろの発射台を護る為に動く泥門のライン。村正も前線に加わっていて、『電撃突撃(ブリッツ)』を仕掛けた阿含さんの強襲を押さえている。

 現時点、ヒル魔妖一が投げられるパスターゲットは、瀧夏彦(バカ)雷門太郎(サル)のみで、この二人には完璧にマークがついている。仙洞田監督の指示通り、バカの方には同じ二年のコーナバック・背番号23の黛典史――そして、一休(じぶん)はサルの方だ。

 

 

「す……すげぇ、バック走で、磁石みたくモン太にぴったしくっついてってんぞ!」

 

 細川一休のプレイに観客がどよめく。

 バック走は、ディフェンスの基本技術であり、コーナーバックの必須技能である。レシーバーをしっかりと観察できる体勢でマークを続ければ、レシーバーの急な動きにも冷静に対応でき、そして確実にパス阻止できるアドバンテージ。

 細川一休は、40ヤード走4秒89のバック走で、見張ることと追うことが同時にできるのだ。

 究極のバック走スピード――これが関東最強のコーナーバック。

 5秒の壁を切った雷門太郎だが、全力疾走したところで細川一休を振り切ることはできない。

 

 

 長門よりも速ぇ!

 けどよ、そんな直線スピードじゃ勝てっこねーことくらい、覚悟MAXだぜ!

 

 パスルートで勝負を仕掛ける!

 こっちは『死の行軍(デスマーチ)』で2000km走ってきたんだ!

 

 外側のモン太が、いきなり中央に切り込む――

 

 ――一休の眼力はモン太の挙動を捉えており、逃さず追走。

 

「だと思ったぜ」

 

 しかしたった二歩でまたアウトサイドへ方向転換するモン太。

 連続フェイントを入れて中央を囮とするこのパスコースは、『ジグアウト』! 相手コーナバックがこちらの動きに釣られた瞬間に、切り返す。そして、ノーマークとなったところでボールを捕らえる。

 

 

「フム、甘いの。一休には左様な猿回しは通用せん」

 

 

 キャッチの腕は確かなのは仙洞田監督も認めている。

 だが、それ以外が一休と比べればお粗末。スピード、ポジション取り、ジャンプ力とあらゆる空中戦の才能は一休の方が圧倒的に格上だ。

 

 

 ~~~

 

 

 ヒル魔先輩が投げて、投擲マシンも使って、視界が白むほど極限まで競り合い続けた俺との『千本(デス)ノック』――いや、千本何て回数はあっという間に超えていた。

 モン太には、“キャッチ”のことだけを考えさせた。パワーやスピードやテクニックなんかは二の次だ。感覚で動く本能タイプには頭で覚えさせるよりも実戦に次ぐ実戦で体に叩いこむ。とにかく、コイツの“執念”を引き出した。

 そして――

 

「あ゛ー、終わったなあのサル。調子こいちゃった努力君が才能に踏み潰されて絶望してくことほど面白ぇもんはねぇな」

 

 組み合っていた金剛阿含がこちらに嘲笑いをくれる。

 この天才は、チームの中でも細川一休のことだけは認めていた。

 だが、それをいうならば、長門村正もまた雷門太郎を認めている。

 

「才能なんかで語ってくれるなよ。真っ直ぐに積み上げてきたモン太のキャッチは誰にも馬鹿には出来ん。なんせ、合宿の最後の最後には、俺との真剣勝負で一本もぎ取ってくれたんだからな」

 

 

 ~~~

 

 

「まさか、こんなので俺を倒せると思ったのか」

 

 二度もフェイントを刻むモン太の『ジグアウト』に、難なく追走している。バック走で。

 凄い、と。

 それを見ていたセナは思う。バック走が速いだけじゃない。後ろ向きであのステップワーク。セナにはその難しさが良くわかる。

 

「パスコースじゃマークが外せねぇ……!」

 

 モン太の目の前から、一休が剝がせない。

 状況は一休の有利。レシーバーはボールをキャッチしなければならないが、コーナーバックは指一本ボールに触れて弾くだけでも相手の攻撃権を潰せるのだから。

 

「クソッ、クソッ……!!

 

 

 

 

 

 ――なんて言うわけねええええええ!!!」

 

 

 ~~~

 

 

 ――『妖刀』との1対1勝負の荒療治。

 伊我保での合宿で、他のことを考える余裕を与えなかった。

 徹底して、ボールに触らせない。その指先が革の表面をなぞることさえさせない。合宿中、普段でもボールに触れるのを禁じた。

 

 ボールを触れるチャンスは、長門村正相手に空中戦を競り勝って、キャッチすること以外になかったのだ。

 

 必然、モン太は、ボールへの飢餓状態に陥った。

 

 キャッチの、才能……

 俺は……自分でキャッチの才能があるなんてただの一度も思ったことがない。

 野球やったことある奴はわかると思うけどよ……最初は距離感もわかんねーし、フライひとつ捕れなかった。

 

『最初から上手く捕れる人なんて誰もいませんよ』

 

 でもよ。

 そうなんだ。

 本庄さん……それにきっと、本庄鷹だって俺とスタートは同じだったんだ。まあ、俺は人一倍覚えが悪いと思ってるけどよ。

 それでも、只管、ボールに向き合ってきたらさ。ちょっとずつ……ちょっとずつわかってった。

 ぶつかんの怖くてもボールから目ェ離さねえこと。

 ボールの動きに体のリズム合わせること。

 それに慣れてくると段々、見なくても頭の中でボールの弾道(うごき)ってのが想像できるようになってきた。

 

 そうして、ボールに飢えた雷門太郎は、二つの技を体得させるに至ったのだ。

 

 

 ~~~

 

 

「な、なんだこりゃ!? パスでけえええええ!!」

 

 ヒル魔が投げたパスは、予想を大きく超えていた。

 地区大会での試合映像から目算するに、サルのジャンプ力じゃあアレは遠い。だけど、自分には届く。

 

 誤ったな、泥門。

 ヒル魔妖一は、細川一休と雷門太郎の限界キャッチ可能なエリアのギリギリを正確に突いたスパルタなパスで、極限の空中決戦へと引きずり込もうとしたんだろうが、そのせいで味方にまで届かないと意味がない。

 

 ――いいや、これはパスミスとは違う。

 ドンピシャ、だ。

 

 

「捕るんだ! 俺が捕るんだ!! 俺はキャッチの神様を超えんだって決めたんだ! この試合で一休先輩に勝ってそれを証明してやるんだ!!」

 

 

 コイツ、振り返らない……!?

 ボールはすでに投じられた。超高速弾――『デビルレーザー(バレット)』。これをちらとも確認せず、こっちを真っ直ぐに目を離さない。

 血走ってる目からはいっそ狂気を覚える。

 空中戦での睨めっこ……先に視線を他所(ボール)へ逸らしたのは一休――いや、この勝負に限っては、細川一休は最初から意識半分目前の相手から外していた。

 そして、雷門太郎は最初から最後まで真っ直ぐだった。

 その差が、二人の最初の勝負の命運を分けることになる。

 

 

「らあああああああ!! キャッチMA()ーーーX(ックス)!!」

「くがぁああっ!!」

 

 

 わかる。

 体の向きを変えねえでも、相手を睨みながらでも、ヒル魔先輩のパスの弾道をボールに対する嗅覚が捉えて離さない。

 そして、キャッチのパワーを余さず、全身全霊で、目の前の“(一休)”に炸裂させる……!!

 

 ――『デビルバックファイア』!!!

 

 

『泥門デビルバッツ、パス成功!!』

 

 

 ~~~

 

 

「な……なあ!?」

「何者だ泥門のレシーバー……!」

「関東最強のコーナバック・細川一休相手に競り勝った……!」

 

 

「しゃぁああああああ!!」

 

 

 フィールドにキャッチ馬鹿の咆哮が響き渡る。

 それを地に塗れながら見上げる。

 

 こいつ……!

 鬼カチンときた。

 キャッチの腕の出し方なんてのは角度によって何種類もあって、頭の後ろで捕るキャッチはダントツで鬼難しい。

 それを、俺相手にクラッシュしながら――

 この野郎……!

 これほど屈辱的なことは、他に記憶がない。

 

 だがしかし。

 それよりも怒りを覚えたのが、空中戦で負けたこと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()が情けなくて何よりも許せない!

 

 

 ~~~

 

 

「細川一休の目つきが変わった」

「糞サルとの競り合いがやべーってことに気付いたみてーだな」

 

 長門へと向けられていた視線を、感じなくなった。

 今、一休の意識はモン太に注がれていることだろう。

 つまりそれはさっき以上にモン太のキャッチ勝負が手強くなったこと。初回サービスで舐めてもらえた油断はもう微塵もない。だが、他にカバーする余裕がなくなってきたということでもある。

 神龍寺戦、モン太の役割は、細川一休の相手をすること。

 そして、長門は……

 

「ケケケ、出鼻をくじいて縮こまったところを一気に畳み掛けんぞ……!」

「そうですね。向こうも決着は早い方が良いみたいですから」

 

 こんなはずじゃなかった。

 と神龍寺の連中は思っているだろう。

 これを悪魔の司令塔・ヒル魔妖一は、その傷口をさらに広げるように揺さぶりに来る。

 

 

「あの、カスが……!」

 

 泥門デビルバッツの攻撃陣形(フォーメーション)が変わる。ラインセンター・栗田の背後に、司令塔を二人要するものに。

 

「何ィィイ!? ヒル魔と長門! 投手《クォーターバック》が二人も!!? これってまさか――」

 

 そう。

 

『ななな、なんと泥門デビルバッツ、神龍寺ナーガの相手にして、掟破りの『ドラゴンフライ』です……!!』

 

 金剛兄弟が軸となる戦術を決行するその度胸。

 こんな真似をすれば、あちらも軽く怒りが湧くだろう。特に、猿真似された本家本元の天才様はブチ切れているのが良くわかる。こめかみのあたりに青筋がくっきりと浮かんでいることがヘルメット越しでも透けて見えるようだ。そんな視線だけで人の心臓を止めんばかりの殺気を向けられながらも悪魔の哄笑は崩れない。度肝を抜く胆力だ。

 

「常々思い知らされますが、ヒル魔先輩の度胸は、怖いもの知らずですね」

「ケケケ、ブルってミスりやがったら実弾でブチ殺すぞ糞カタナ!」

 

 初っ端から神龍寺を煽りまくるヒル魔の戦略。小兵の勝負は攪乱するのが定石で、横綱にどっしり構えられては困る。

 しかしそんなことは向こうだってわかっているだろう。ベンチから力の篭った喝破が雲水より発せられていて、それがチームの精神を落ち着けさせる。多くの修羅場を潜ってきたからこそ培った精神力、試合に対する集中力はこれまで泥門がぶつかったどのチームよりも深い。

 

 それぞれポジションに着いた。同時に、ランニングバック・アイシールド21(セナ)だけがひとり動き出す。

 まだ、センター・栗田はどちらにもボールを渡していない。

 ――『インモーション』。開始直前に選手が移動して攻撃隊形を整える、後出しジャンケンのようなプレイ。

 

(アイシールド21にパス? ――いや、強力(ストロング)サイドを長門のいる右サイドに移しただけか……)

 

 気持ち右に、僅かに重心を寄らせる神龍寺のライン。

 

「レッド44(フォーティーフォー)!!」

 

 その瞬間、ヒル魔の口から突如作戦名が発せられる。

 こちらの些細な挙動を気取られた? こちらの動きを見て作戦変えたのか!

 アイシールド21が180度ターンし、今度はヒル魔のいる側の左サイドへ走っていく。

 

「SET! ――HUT! ――HUT! ――HUT! ――」

 

 二人の司令塔の間を振り子のように往復したアイシールド21。

 それに何人かが合わせて右に左に身体を揺らす神龍寺のライン。

 獅子搏兎。

 故に、“兎”を無視しない神龍寺ナーガ。

 

「ちっ、ウザったい小細工に反応してんじゃねぇよ」

 

 舌打ちする阿含。

 少しでも揺さぶる。1%でも集中力を分散させる。そんな策を練ってくるのが涙ぐましくていっそ滑稽で嗤える……ヒル魔(カス)の術中に少しでも嵌っ(きい)ている連中が視界に入らなければ、だが。

 腹立たしい。ただでさえはらわたが煮えくり返っているというのに。プレイが開始されていなければ何人かをはっ倒していたかもしれない。

 そして――

 

 

『ボールがスナップされたのは、ヒル魔妖一ではなく、長門村正――!!』

 

 

 セナのいる強力(ストロング)サイドはヒル魔の方だったが、栗田からボールが渡されたのはその逆の長門。

 アイシールド21は、囮だったか。

 

「アハーハー、残念だけどこのボクの柔軟性でボールのとこに行かせない……!」

 

 すぐさま駆け出す長門へ、即座に神龍寺は動き出す。いの一番に止めに入ったのは、背番号75、人一倍の瞬発力がある神龍寺ディフェンスライン・依目大覚。これに長門はタイトエンドの瀧にリードブロックに入ってもらいながら神龍寺ディフェンスを抜――――かず。

 

 

「ヒル魔に……バックパス!」

 

 

 カットバックをしながら腰のツイストを利かせたバックトス。

 長門は、囮か!

 しかも、ちょうどそこにはセナと石丸がパスプロテクションに入っている――ロングパスの態勢が整っていた。

 

「うおおおお、『デビルバックファイア』! ロングパスMAーーX!」

「作戦バラしてんじゃねぇ糞サル!」

 

 ――やらせるかよ!

 No.1は、絶対に負けてはならない。だからこそ、No.1なんだ。

 雷門太郎、俺はもうあんなふざけたパスを二度も通す気はない。

 

 ヒル魔から投げられたボールは、一休と競り合っているモン太へ投――――られず。

 

 

「ハァ……? どこ投げてんだこれ……??」

「目線と全然違う方に……――まさか!」

 

 

 悪魔は笑う。

 糞長い付き合いだ。アイツがどのルートを行くか、そしてあっちもどうパスが来るかなんて、いちいち見て確認捕る必要がない。揺さぶった敵陣形を見れば、必ずそこに居るのはヒル魔からすれば欠伸が出るくらい簡単な計算である。

 モン太のようにそのボールの軌道が視ずとも把握し、そして、雪光学のように思考をリンクさせてそのルートに走り込む。

 そう、西部ワイルドガンマンズのキッドと鉄馬丈のホットラインと同じ。互いの動きなど自分の手足の延長線上のようにわかり()っているかのような連携だ。

 

 

「もう一回長門だーーーっ!!」

 

 

 長門からヒル魔にバックパスをした時点で、神龍寺ナーガの頭から長門の存在が“役目を果たした駒”として一瞬意識から外れる。

 “細川一休に競り勝つ”という先のプレイで盛大にインパクトを叩きつけたモン太のアピールも援護して、マークが緩くなったところで、もう一度長門へボールを戻す。

 変幻自在にして、当意即妙。

 見掛け倒しのハッタリじゃない。単に神龍寺ナーガへの挑発行為ではない、泥門デビルバッツは、使えている。『ドラゴンフライ』、否、『デビルドラゴンフライ』を。

 

 裏の裏をかいて、更にその裏に回る何重ものトリック――だが、そんな小賢しい策など通用しない相手がいる。

 

「パクリ野郎どもに惑わされてんじゃねぇぞカス共が」

 

 長門の前に立ちはだかる、金剛阿含。

 天才の弟の反応に、雲水が発破をかける。

 

「潰せ阿含! 最強はお前だ!」

 

 潰す? じゃねぇ。

 壊す。コイツは今この場で二度と立ち上がれなくしてやる……!!

 

 

 見てから反応できる『神速のインパルス』に、弱点などない。

 反応速度が人間のものではない金剛阿含には、どんな曲がりやスピードをもってしても、完全に躱し切ることは不可能だ。

 そして、金剛阿含は、長門村正の『燕返し(カットブレード)』を攻略する賢いやり方がわかっている。

 それは直前で減速すること。

 カットバックが来れば急ブレーキ。左右に切り返しての潜り込み(スラッシュ)に備えて、こちらも退いて待つ。距離さえ取っていれば、見えづらい斜めの角度からの動きも丸わかりだ。多少前進されようがとっ掴まえて捻り潰せれば問題ない。

 

「頑丈なオモチャみたいだからな。思いっきりブチ壊してやるよ」

 

 脚を前に伸ばしながら、重心は後ろにある。時空を捻じ曲げるガマクが成す、超速のバックカット。

 だが、阿含の神速の電気信号は、反応していた。ブレーキし、こらえて待つ。飛んで火にいる夏の虫の如く、無防備に寄ってくる瞬間を狙い、断頭台(ギロチン)の手刀を振り上げる――

 

 

 ~~~

 

 

『いくら才能があってもな、結局最後にモノ言うのは基礎トレだ。試合が始まってから尻に火が点いても遅ぇぞ糞ドレッド、神龍寺で練習サボってるテメーとぶつかれば――間違いなく、勝つ。糞カタナは、()()()()()()()だからな』

 

 

 ~~~

 

 

 ――己の走りの攻略法くらい、誰に指摘されるまでもなく長門村正はわかってる。

 だが、長門村正の走りはそう易々と攻略させはしない。

 

 一歩分の後退(バックカット)を抑えるために、相手はブレーキをかける。

 急減速の反動からのそれは、一瞬、棒立ちに近い体勢となる。

 ――この刹那を突く。

 

(進清十郎の……いや、甲斐谷陸の走りは、非常に参考になった)

 

 カットを切る直前の一瞬に入れる、グースステップ――脚を伸ばしたまま上体を揺らし、スピードに緩急をつける。連続の切り返しは難しいが、一歩なら長門にもいける。

 そして、その体勢は、同じく脚を前に伸ばすバックカットの動作と()()()()()することができた。

 

 そう、これは後ろに下がるのではなく、力を溜めるチェンジ・オブ・ペース。

 『ロデオドライブ』の走法を取り込んだ、120%の加速力によるパワーラン。

 

「抜くことのできない相手ならば、斃して押し通るまで」

 

 ――鞘から抜き放たれる『妖刀』の居合。

 居合道とは、空手の原形であり、“鞘に収まった長刀で不利な至近距離で相手を制する”ための技である。

 

 神速応変の抜刀は一瞬の間に在り。

 敵気を感じない抜刀は間が抜けた死に太刀となり、技に非ず。

 居合の生命は雷瞬に在り。

 変幻自在の妙、剣禅一如の応無剣を至極とす。

 

 相手が行動に出る前に、瞬殺する。

 『妖刀』は、悪鬼羅刹の手刀よりも速く、切り抜けた――

 

 

 ――『(ドロウ)デビルバットソード』!!

 

 

 セナが見せた『一人デビルバットダイブ』に、進清十郎の『トライデントタックル』と同じ技法を取り入れた『卍抜き(クイックドロウ)』。

 体格と膂力の差で、アイシールド21の人間砲弾以上の凄まじい衝突力の前に、防ぎうる壁など存在しない。

 

 

 ~~~

 

 

 才能のない者を振り返るな。

 

 実力の世界で同情は誰も救わない。

 

 凡人を踏みつぶして進め。

 

 暴力的なまでの自分の才能だけを信じろ。

 

 そうしてこそ、俺が報われる。

 

 

 ~~~

 

 

「――阿含ッ!!」

 

 意識が、戻る。

 叩きのめす直後に飛んだ記憶と共に、意識が現在へ還る。

 超人の神経伝達が、0.11秒で状況を悟らせ……ようとしたが、ぐらっと揺らめく。頭が重い。

 ダメージだ。

 相当なダメージがある。

 

 そうだ。

 俺は、後ろに下がると見せかけたヤツのブチかましを食らって――蹴散らされた。

 

 圧倒的な暴力でもって、自分を吹っ飛ばして進む。

 振り返らずに走る背中。自分よりも前にあるその存在。

 

 ――ふざけるな!

 完璧な才能の世界で、俺よりも前にいる奴なんていていいはずがねぇんだよ……!

 

 地面スレスレで倒れかけた身体を立て直して、飛びつく。

 『神速のインパルス』は刹那の状況立て直しという不可能を可能とした。この沸点に達した憤怒のままに後ろ斜めからその背中を襲う阿含……だったが、

 

「終わりだ……」

「あんたがな」

 

 隙が、ない。

 振り向かずとも、心眼――鍛えた肌感覚の気配察知でそれを捉えており、『スティフアーム』の要領で長門の手が阿含のヘルメットを押さえる。

 それは見えない死角からで、見てから超反応できる『神速のインパルス』であっても、()()()()()()反応のしようがない。

 

「がああああ!! こんな甘い奴が、俺を……この俺を……!!」

「『百年に一人の天才』だろうが、一年以上もサボってる鈍に俺は負けん!」

 

 そして。

 敗者が地に叩き込まれ、勝者はそのまま独走する。ゴールまで。

 

 

『――――た……タッチダーウンッ!!』

 

 

 水を打ったように静まり返った会場に、遅れてアナウンスが響き渡る。

 まるで空白のような静寂。

 ――しかしそれも時間にしてみればわずかなもので、やがて堰を切ったようにフィールドを大歓声が包み込んだ。

 

 

 ~~~

 

 

 興奮と熱狂が渦巻く。

 あの神龍寺ナーガが、先制点を許した。

 あの金剛阿含が、倒された。

 

 抜くのではなくこじ開ける、強引な力技でもって、百年に一人の天才を圧倒。

 本物のアイシールド21と同等かそれ以上に破壊力のある走り。

 やはり、この男をヤれれば、自分たちの方針に間違いはないという証左になるだろう。

 

「あのオスを斃すには、力だ。絶対的な力だ、マルコ……!!」

 

 次の太陽戦を控えたロッカールーム。泥門対神龍寺の試合を映し出すテレビ画面の前で、大男は笑う。

 こっちとすれば、この試合で力を使い尽してしまって、次の二回戦で疲弊してればいいと思っているんだが。

 

 歯応えのない地区大会で、強敵との闘いに飢えた恐竜は、全身の筋骨が囀らせる。

 早く闘わせろ、と。

 

(こりゃあ、太陽戦は温存しておきたかったけど、無理っぽいな)

 

 まあいい。

 全てを無視して蹂躙する力の前では、何の対策のしようなどないのだから。

 天才だろうが等しく食い千切られるのみ。

 

 

 ~~~

 

 

「小早川セナとは違う。まさしく剛の走法だ」

 

 アイシールド21は相手に触れさせずに抜き去るスピードだが、長門村正のは相手を吹き飛ばして押し通るパワー。

 あの金剛阿含ですら止められなかった。

 

「何よりも、彼が入るだけで泥門は変わる。決勝で当たった時とは別物だと考えるべきだな」

 

「……はい」

 

 高見の発言に、進は首肯を返して同意する。

 

 密集地のショートパスとリードブロックに柔軟性を活かす瀧。

 今のところ後半からだが、中間距離のミドルパスに判断力に長けた雪光。

 そして、ロングパスには一休を吹き飛ばしてみせたエースレシーバー雷門。

 

 パスだけじゃない。

 中央を爆破する栗田。

 大外からは超スピードのアイシールド21。

 武蔵の大砲キック。

 これらのカードに、万能なジョーカーである『妖刀』を合わせることでより強力な役柄に仕立てるヒル魔の手腕。

 

 泥門が、準優勝したのはまぐれでも何でもない。

 ほぼ全員が尖った一芸特化(タレント)を持った個性派揃いだが、西部との超乱打戦を制した泥門は、関東でも最強レベルの攻撃力を誇るチームである。

 

 獅子搏()……ではない。

 神龍寺ナーガが相対するのは、間違いなく竜にも届き得る牙を持った虎なのだ。

 

「……でも、泥門。神龍寺ナーガは――金剛兄弟は、これで終わるような相手ではないよ」

 

 かつて黄金世代と謳われた昨年の王城ホワイトナイツの守備を崩壊させた破壊力。アレを阻止する手立てが、果たして泥門にあるのか。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。