悪魔の妖刀   作:背番号88

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37話

 ――GYYYYAAAAAAA!!

 

 轟く咆哮が雨飛沫を吹き飛ばす。

 土砂降りの雨に打たれようが、この全身に充溢する熱気は冷めることはない。むしろ、蒸発するほどに昂っている。

 

『白秋ダイナソーズ! またも中央突破を仕掛けてきたー!』

 

 先程、膝をつかされたが、微塵も怯まない。

 怯懦に鈍るような繊細な神経をしていないのは重々に承知していた長門だったが、さらに勢いづいて猛進する峨王に内心で舌を打つ。

 

(まったく……己の怪力を制御する気がない輩というのは、厄介極まりないな)

 

 目の前の相手を壊すことに躊躇はないが、どうやら自身の損傷(ダメージ)さえも厭わないようだ。

 肉を切らせて骨を断つ、生粋の戦闘狂。やり合えば、決着はどちらかの破滅となろう。

 

 さっきよりも迫力が増してる……!?

 

 峨王に真っ向からぶつかる栗田へ、高校最強のパワーを誇るその剛腕が振るわれる。

 

(足元がぬかるんで、踏ん張り切れない!?)

 

 拮抗はほんのわずか。

 衝突の瞬間、重戦士の足元がずるりと滑る。深く据わった重心がぐらつく。雨にぬかるむ土壌(フィールド)では、栗田良寛の抜群の安定感が発揮できない。この状態では、峨王の剛力を受け止められない。

 

「ウォアアアアア! まるで止まらねぇえええ!!」

 

 センターから究極の力任せで強引に押し通る中央突破。

 

 白秋ダイナソーズは、ラン中心の戦法を取る。

 クォーターバックがボールを持ってそのまま走るランプレイ。パスターゲットを見つけるまで発射台をパス壁として守らせるのではなく、峨王を進撃させて潰させる。それでこそ、このデストロイヤーの真価を発揮できる。

 そう、白秋は点を獲る以上に、相手選手を壊して勝ち進んできたチームだ。

 この破壊圧は、全国屈指の超重量級ラインを誇った太陽スフィンクスでさえも叩きのめされている。

 

 頼む長門! 峨王を止めてくれ!

 

 泥門デビルバッツで、この蹂躙走破を阻めるのは最前線に立つ栗田と、中核に据えられる長門。番場の馬力、大田原の瞬発力、鬼平のブロックテクニックを兼ね備えた、ラインマンとしてもトップクラスであろう長門村正。

 

 前回のプレイで、その勢いを殺された敵のエースを前にして、峨王の雄叫びは更に猛る。そして、衝突!

 

 ――不発(ジャム)った!?

 

 峨王を食い止めた迎撃(カウンター)、『零距離(0ヤード)マグナム』。

 しかし、その後ろ足が踏みしめる地面が、滑る。靴裏のスパイクで轍でも削り掘るように押し込まれ、ブレーキが利かない。長門自身ではなく、フィールドが、峨王の勢いを受け止めるには軟かった。

 

「長門!!?」

 

 カウンターを失敗して、大きく弾かれる長門。

 しかし、動揺するチームメイトの視線を背に受けた長門は倒れず、踏ん張る。地面が雨でぬかるんでいようが、足指で噛んでこれ以上の後退を許さない。脚の筋繊維が断裂しかかるほどに、堪え切り。

 そして、一歩……踏みしめる。即座に体勢を立て直して、『妖刀』は切りかかる!

 

「いいや、俺は負けん……!!」

 

 エースの看板を背負う者の使命は、真っ向勝負で相手のエースを打ち破ること。

 背を向けて危険を回避するような真似をすればそれは味方のすべてに波及する。

 だから、倒れない。肉体面で圧倒されようとも、根性論でも何でも駆使して相手よりも先に膝をつく無様をさらすな!

 

「お゛お゛お゛お゛――ッ!!」

 

 二度目の正面衝突。

 筋力そのものは完全に峨王が勝っている。

 だが、長門は絶対に倒れない。鍛え抜かれた粘り腰と、地面を足で踏みしめるのではなく、足指で噛みしめる踏ん張り。硬く粘りのある玉鋼の如き下半身のバネでタックルの衝撃を受け、耐え凌いでいる。

 

 

「まさ、か、一度体勢を崩されてなお峨王の圧殺力を食い止めるか……!」

 

 観客席で、己を押し潰した破壊者の圧力にこらえる長門に番場衛が驚愕の声を上げる。

 

 

(アイシールド21とは質が違うが、長門村正の脚もまた金の資質)

 

 進清十郎は目を細めて、冷静に分析する。

 小早川セナの黄金の脚が、飛翔するかのように軽やかに疾く、そして縦横無尽に稼働するしなやかさを持つのならば、長門村正の脚質は、地を駆ける虎の如き力強い剛脚。これもまた黄金の脚だといえよう。

 迅い、ではなく、強い脚。

 たとえ雨で地面がぬかるみ不利な状況に陥ろうとも、踏み止まってみせる足腰は容易には倒せない。

 

 

「決して屈さぬか。それでこそ殺し甲斐がある漢だ。この俺の力を、その血肉に刻み込もう……!!」

 

 

 天井知らずに気を昂らせる峨王。長門の鬼気に呼応するかのように更に力を溢れさせてくる。

 長門を押し込まんとする双腕が膨らみ、血管を太く浮かび上がる。イメージで一回りほど巨躯が膨張した峨王の圧力は、長門をしても圧倒されるものだった。

 

(あの状態から峨王を止めに行くなんてありえないけど、それでも長門にかかる負荷は半端ない。むしろ、望むところだってね)

 

 勢いを殺され、大量にヤードを稼げなくても構わない。

 こちらは判定ではなく端からKO狙いだ。相手主力選手を斃して勝利するのが、マルコの構想する白秋(じぶんたち)勝ち(やり)方だ。

 

(長門がどんなに凄まじい選手でも、やっぱり峨王のパワーには敵わないっちゅう話だよ)

 

 峨王を止められない。

 

 

 だが――

 

 

 峨王()止められない。

 

 

「行けーーっ! セナっ!」

 

 

 拮抗する最中、狂奔する恐竜を掻い潜る、電撃的な疾走。

 ――その一筋の閃光の正体は、アイシールド21!

 

 

『泥門アイシールド21! 光速ランで、『電撃突撃(ブリッツ)』を仕掛けたーっ!』

 

 

 そう。

 相手がロングパスを投げる気配がなく、ランで来るとわかっているのならば、最後方(セーフティ)を守る必要性は薄い。

 だったら、突っ込ませる。

 峨王を栗田と長門の二枚で勢いを阻み、生じた隙間(ルート)。ほんの一瞬だが、峨王の脅威(パワー)回避できる(ふれさせない)瞬間(チャンス)

 仲間の力を信じたセナは、アイシールド越しに見えた光のラインを駆け抜けた。

 

(マルコ君からボールを()れれば、峨王君も止められる!)

 

 この瞬間も長門君は、峨王君を相手にしている。

 その負担は凄まじいものだというのは言うまでもない。だから、0.1秒でも早く白秋の攻撃を阻止する。

 ここで、攻撃権を奪って、泥門のペースに持っていく。

 そのためにも、果敢にボールを奪いに行く!

 

(マルコ君がどういう選手か、思い出すんだ。今までのマルコ君……――)

 

 コーラを飲んでるとか。

 コーラをくれたとか。

 コーラを差し入れに来たとか。

 

 ダメだ! コーラしか分かんない……!

 

 まったく情報が不足している初見の相手。実力の程が定かではない、得意なステータスやら弱点となる急所が不明な相手に挑むというのは尻込みしてしまうもの。

 いや、それでもやる。やるんだ!

 

(とにかくどういう選手か全然知らないけど、僕にはマルコ君を一瞬で倒せるだけのパワーはない。でも、ボールを奪うくらいならできる……はず――かもしれない!)

 

 今、マルコはキープ重視に両腕でボールを懐に抱え込んでいるのではなく、片手持ち。チャンスだ。

 NASAエイリアンズの屈強なクォーターバック・ホーマーからボールを奪取したように、マルコが脇に抱えるボールをめがけて飛びつくセナ。

 

(う・わ、一気に来たよ。瞬間移動っかっちゅうくらいの切れ味抜群のスピードだよ。てことはこれ誰もセナ様止められないじゃんおい)

 

 一騎打ちは避けられないところまで間合いを詰められた。

 峨王が並み居る障害をすべて打破してきた白秋には、あまり想定されなかった展開である。

 強敵との争いなんて、マルコは御免蒙りたい。峨王に任せて最後までのんびり楽をさせてもらいたかったのだが、ここで攻撃権(ボール)を奪われるわけにはいくまい。

 

 

「うおお来たァァ! セナ対マルコ! 一騎討ち!!」

 

 

 ――ここだ!

 

 仕掛けるのは、アイシールド21。

 最高速40ヤード4秒2の光速のスピードで、障害となる峨王を置き去りにして瞬きの間に迫りくる。

 

 

「マルコ君はセナ君に見せてくれるよ。――腕力(ちから)の美しさを」

 

 

 如月ヒロミは、円子令司の背中を見つめる。危機感に声を発することもなく。

 そして、峨王力哉は振り向かない。ただただ目前の相手を食らいにかかっている。

 

 アイシールド21の手が、ボールを持っているマルコの右肩を捉えた――瞬間、ぐるん、と捻り回る。

 スピン!

 闘牛士(マタドール)のように果敢に飛び込んでくるのを寸前でいなし躱す。

 

(――っ! まだ、終わってない!)

 

 チャージを避けられ、スピードがついていただけにやや前のめりに体勢が泳いでいる。でも、すぐに切り返して――

 

 背番号4の背中に隠れたその刹那、セナはボールを見失う。

 

 スピン――の途中で、マルコは、ボールを持ち替えていた。

 

 体を回し、同時進行でボールも回す。

 驚嘆してる暇はない。

 交差際で身体を擦るような、密着状態でのスピン。逆の左手にボール回しして、自由となった右腕が、次に繰り出そうとしたセナの左腕を伸ばすのを先手を打って抑えている。

 盾にした腕。その腕力で、強引に、弾き飛ばす――!

 

 なんて綱渡りなボール操作を……!!

 

 だがしかし、隙を晒したはずなのに、そのボールハンドリングには隙は無い。

 これぞ、『ボールハンドリングの達人』か。

 圧倒的な峨王の制圧力の陰に隠れているが、マルコは、これまでの試合で一度としてボールを落としたことがないのだ。

 

 

『――白秋連続攻撃権(ファーストダウン)獲得!!』

 

 

 アイシールド21が最終防衛線(セーフティ)から飛び出したその突破口を行き、大量ヤードを稼いだマルコ。払い飛ばしたセナが背中を見やるのを気づきつつも、見向きもせずに、悠然と。

 

(ここは振り返んないで、超然とセナちゃんの横を通り過ぎるクールな俺っちゅう設定で『強い! マルコ君……!』とかなんとか思ってくれたら儲けもんっちゅう話だよ)

 

(強い! マルコ君……!)

 

 巧みで激しい『ボールハンドリングの達人』。そのボールキープ力から奪取するのは至難。

 

「峨王君だけでも」

「とんでもねぇってのによ……!」

 

 そう、白秋ダイナソーズは、決して峨王力哉だけのワンマンチームではない。

 SIC地区の強豪チームを蹂躙した円子令司、如月ヒロミ、それから天狗花隆に三ツ井三郎と他の選手も、峨王の圧倒的な力に隠された、激戦区を制した精鋭だ。

 

 

『白秋ダイナソーズ! まさに新時代の関東最恐チームっ……!』

 

 

 これまでヴェールに隠されていた新進気鋭のチームが真なる実力をついに披露する。これに盛り上がる観客から『白秋』のコールが叫ばれる。

 

「ヤッホォォオオイ最強だって最強! 泥門敵じゃないこれ!」

「ああ天狗先輩……美しくない」

「いやまぁ、いいんじゃねぇ? 別に。天狗ちゃんの煽りででもなんでも気持ちが折れてくれりゃ、もう白秋の勝ちだっちゅう話だよ」

 

 峨王を止める術はない。そして、マルコからボールを奪える力がない。

 白秋ダイナソーズは、着実に前進する。そして、確実にゴールまでたどり着く。

 

 

『――タッチダァァウン!』

 

 

 タッチダウンを決め、さらにその後のボーナスゲームで2点を獲得。

 7-8。白秋、逆転。

 点の奪い合いとなれば、有利なのは白秋。峨王がいれば、毎ターン確実に8点は取れる。一方で、泥門は7点ずつしか取れない。

 この点差は致命傷になり得るものだ。

 

 

 ~~~

 

 

『泥門! サイドライン際のモン太にロングパスだーーっ!!』

 

 泥門の攻撃。

 開幕から点を奪ったビックプレイを再び仕掛けるデビルバッツ。

 泥門のエースレシーバーのモン太には、白秋のディフェンスバックである如月がマークについている。

 

「さっきは捕られたけど、この雨で滑りやすくなっているボール――モン太君の確保力(パワー)も今なら僕の『プテラクロー(ひだりうで)』で奪える!」

 

 背面捕りを成功させたモン太だったが、ボールを捕った腕に如月の細腕がダイレクトに絡みつく。『リーチ&プル』。先ほどはこの翼竜の鉤爪に耐えきったが、さっきとは状況が違う。

 

「つ、あっ……!」

 

 ボールが滑って……!?

 

 雨に、『デビルバックファイア』までもその威力を鎮火させられている。

 如月との空中戦、モン太は一度キャッチしたボールを払い落とされてしまった。

 

『パス失敗!』

 

 うおおおおお如月ィイイイ!

 マルコのプレイに続いて、如月の『白秋の左腕』に相応しき活躍は、試合の流れを白秋へとさらに持っていく。

 関東最強の攻撃力を誇る泥門デビルバッツの手札を潰し、勢いづく白秋ダイナソーズ。

 

 

「ケケケ、構いやしねぇ。からむほどモン太にへばりついてくれんなら好都合じゃねぇか」

 

 降りしきる雨、チームを不利に追いやる状況の最中、悪魔の司令塔の不敵な笑み(ポーカーフェイス)は崩れない。

 そして、高らかに次弾装填のコールを上げる。

 

 

「SET――HUT!」

 

 ボールをスナップした栗田が、峨王と激しくぶつかり合う。

 己を食らわんとする恐竜が壁一枚向こうにある状況の中、ヒル魔妖一は、待つ。

 

「ンハッ! また来たっ! モン太VS如月、ロングパスタイマン勝負!!」

 

 駆け上がるワイドレシーバー・モン太。バック走でマークにつく如月。

 

 ダメだ。この位置じゃキャッチしても如月の『プテラクロー』が飛んでくる!

 

 如月は、関東大会一回戦で戦った一休先輩よりも遅い。だが、その細腕は脅威だ。振り切るにしても、完全に相手が絡みつけなくなるまでの間合いを開けなければ安全圏とは言えない。

 

「早ぇとこ振り切りやがれ糞猿!」

 

 センター・栗田は峨王を阻む壁として機能しているが、それもそう長く保てるものじゃない。

 護衛(ライン)がひとりである『ロンリーセンター』。

 孤軍奮闘するも無防備な敵を、見逃してやるほど白秋は優しくはない。

 

 

「っしゃ! ヒル魔が投げあぐねてんぞ!」

「俺らが潰してやる。『ロンリーセンター』で護衛は栗田一人っきゃいねぇんだ!」

 

 

 好機とみて、襲い掛かる白秋。

 峨王に倒されかかっているところを必死にこらえている栗田が他所をフォローする余裕などあるはずもなく。

 ヒル魔が急かすが、マークする如月と競っているモン太は、まだ確実にキャッチできるところまで駆け上がれていない。

 モン太以外のパスターゲットも、白秋のマークがついている。

 

 

「やーーー、反対サイドからもいっぱい来たーー!!」

 

 

 チアリーダー鈴音の悲鳴が上がる。

 パスを投げれないでいるヒル魔を狙う白秋の選手。一人でこれから逃れる術はヒル魔にない。

 

「チッ……て・め・え・ら……」

 

 すぐそこまで迫られ、追い詰められたヒル魔はついに焦った顔を表に出し、

 

 

「やっと餌に食いつきやがったか。釣り疲れてヒマ死に寸前だったじゃねぇか」

 

 

 一転。

 悪魔の嘲笑に変わる。

 

 そう、待っていた。

 パスターゲットがマークを振り切るのを、ではない。自分(エサ)に飛びつくのを。

 

 

「ばっ……行――くなって、ヒル魔と栗田は峨王に任しとけっちゅう話……」

 

 

 マルコが制止するも、遅い。

 この“誘い”に気付いていたマルコだったが、まんまと食いついてしまった味方らへもう指示は間に合わない。

 

 ダーメなんだって、“アイツ”の前の壁人数減らしたら。

 

 ヒル魔が、ボールを真横へピッチした。

 その先には、マルコが危惧する通りの選手がいた。

 ――アイシールド21。泥門デビルバッツのエースランナーへボールが渡った!

 

「ケケケ、『ロンリーセンター』は、最初(はな)っからこっちが本命プレーなんだよ……!」

 

 ヒル魔が引き付けて、敵が手薄となった逆サイドへ振る。

 

「そっちから張り付いてきてっから、ブロックしやすさMAXだぜ如月……!」

 

 さらに、パスターゲットたちは自分のマークについていた相手選手を抑えに行くことで、走行ルートを確保する。

 さあ、出番は整った。ヒル魔妖一が思い描く、泥門必勝策がここに成る。

 

 

『……泥門応援席お待ちかね! ついに主役炸裂だ!! アイシールド……21!!』

 

 

 ~~~

 

 

 ――『十文字槍(トライデント)タックル』……!

 

 グースステップを取り入れた『スピアタックル』。

 更に再現度を高めるために、長身を倒し込むダイブで一気に伸びて、間合いを詰めることで模倣(コピー)に足りない要素を補填している。

 突入していた光速の世界を刺し貫く超速の槍が、セナが抱え込んだボールを突き飛ばした。

 

 ・

 ・

 ・

 

 す、すごい……!

 長門君が再現してくれたのは、茶土戦で目の当たりにした、進さんの完全版の『トライデントタックル』。

 すごかった。

 神龍寺ナーガに勝って、ちょっと差を詰められたかもしんない、って思ったけど、いつの間にかもっと前に進んでる。

 今の僕の走り――『デビルバットハリケーン』は、進さんの『トライデントタックル』に通用するだろうか。

 

 その次の日、休養日なのに王城の試合(プレイ)を見てから脚が疼いている僕を見かねてか、長門君がその対『トライデントタックル』の練習相手をしてくれたのだ。

 元々、陸の『ロデオドライブ』も進さんの『スピアタックル』もマスターしていた長門君は、茶土ストロングゴーレムの岩重ガンジョーを一撃で仕留めた進さんのプレイを手本にして、『トライデントタックル』の要領も掴んだそうだ。

 神龍寺戦で阿含さんに『デビルバットゴースト』を模倣されたのには凄く驚いたけれど、

一瞬、こちらの最高速度を上回ってきた長門君の『十文字槍(トライデントタックル)』には進さんの姿が鮮明に重なって見えた。

 それだけ、長門君の頭の中で思い描いた『進清十郎』のイメージと、実際の長門君自身の動きを一致させていた。明らかに劣るスピードを補うために試行錯誤の練習もしたというけど、その誤差は限りなくゼロに近いだろう。

 

 『百年に一度の天才』である金剛阿含にも劣らぬ非凡なセンスを持ちながら、才に奢らず鍛錬を積み重ねている進清十郎と同じ『努力する天才』

 ――そして、『本物のアイシールド21』の大和猛に並び立つ頂点の超人(トッププレイヤー)

 ……長門君が味方でとても頼もしい……でも――僕は、いつかは長門君も抜いて――

 

「……どうした? かなり勢いづいて倒してしまったが、頭を強く打ったのか?」

 

 と、呆けていつまでも立ち上がらないこちらを長門君が心配げにうかがっていることに気付き、ばっと跳ね起きる。

 

「大丈夫! 全然平気だから! ただ、ちょっとすごいなー、って感動してただけで!」

 

「そうか。それは良かった。セナに何かあれば姉崎先輩に説教されてしまうからな」

 

 慌てて、ガッツポーズをとったりしてアピールすると、嘆息ひとつ。

 

「しかし、昨日の熱戦の疲労があるとはいえ、俺程度の“十文字槍(やり)”に捕まるようじゃまだまだだぞセナ。進清十郎の『トライデントタックル』は更に速いからな」

 

「う、うん……でも、負けられないな~、っていうか。追いつかなきゃっていうか……」

 

 進さんがタックルを進化させてきた。

 だったら、僕も僕の走りに磨きをかけないといけない。

 そんな胸の奥で火の点いた強い想いが、駆り立てる。

 

「そこは追い抜いてみせる! くらい言ってもらわないと困るんだがな」

 

 長門君の言葉は背中を押すように、只管に前を目指す姿勢を示す。

 勝つ。そう、僕は、陸が言っていたホントの――ホントの強さの進さんに勝ちたい……!

 

 でも、今のままだと勝てない――

 

「……セナ、あれを見てみろ」

 

「え」

 

 長門君が指す方向、そこにちょうど吹いてきた風が渦となって砂塵を巻き上げた。

 

「風は遅ければどちらに回っているのかすぐわかる。さっきのセナと同じだ」

 

「僕と同じ」

 

「だから、セナが曲がる方向は読めた。足は速いが、腕の使い方が疎かだ。その振りを反動に加算できればもっと回転は速かっただろう。猛烈に迅い風ならば、どちらに回っているのかわからないからな」

 

 風は猛りを増して唸り、僕たちを飲み込む。

 その動きは、目で捉え切れないほど荒々しくて――この目にも止まらぬ旋風と化してこそ、見切れぬ走りになる。

 

「下半身の動きだけではない。もっと全身を機敏に使ってみろ。動作のすべてが40ヤード4秒2の完全光速の世界、それができなければ『トライデントタックル』は躱せない」

 

「うん!」

 

 神龍寺ナーガに勝った。でも、まだまだ上には上がいる。だけど、僕だってまだ上達できる。その道が示されている。だったら、走る。その目指す背中を追い抜くために!

 

「ふっ、その意気だセナ。けど、全身を振り回す挙動も勢いに加算させるのは難しい」

 

 と軽く身振りを交えて説明する長門君。

 “自分は走り屋(ランナー)ではない”と言うけれど、好敵手(ライバル)である大和君――時代最強の走者(アイシールド21)を倒すために、自らも走法を鍛えてそれを理解せんとする長門君は、僕よりも走りが巧く、アメリカンフットボールのランの先生である。

 

「間違えば自分に振り回されてこける。そこで、見本とするのが、大和猛の走りだろう。あれは強靭な体幹だからこそできる。セナよりもフェイント(ゴースト)が多いのも、安定したボディバランスに走りが支えられているからだ」

 

 本物のノートルダム大のエース、時代最強ランナー『アイシールド21』を背負う者。

 あの東西交流戦で見た大和君の走りは、僕よりも激しく細かくステップを刻み、より多くのゴースト(フェイント)を仕掛けていた。特に、あの最後の最後でタッチダウンを決められた時の走りは極まっていたと思う。

 

「それを鍛えるのにうってつけなのがあるんだが……」

 

 『ちょっと待ってろ』と一旦、部室へ行った長門君が戻ってくるとその手には、下駄。ただし、普段、溝六先生が履いているのとは違って、足裏に歯はひとつしかない。

 

「昔、溝六先生がしてくれた練習法だが、一本足下駄トレーニングだ」

 

 と長門君はその天狗のような下駄を履いて、歩いたり、走ったり、跳んだり、さらには

ラダートレーニングをするように激しくステップを刻んで、最後には軽くスピンをしてみせた。けど、転倒しないし、まったく姿勢が揺らいでいない。重心が安定している。下駄なんて不安定なものを履きながら、流麗な演武のように淀みがない。

 それでもう一足を『試しに履いてみろ』と渡して、

 

「うわっ!? っとと~~……っ!」

 

 履いてみたけど、ちょっと前に進もうとしただけで一気に体勢が傾く。咄嗟に長門君が腕を伸ばして支えてくれたけど、いきなり転倒しそうになった。

 

「足元だけを注意するな。やじろべえのように両手をバランサーにして倒れないように姿勢を御すんだ」

 

「そうっ、言われてもっ、結構難しいよこれ!?」

 

 腕をわたわた振り回してどうにか姿勢を保つのが精いっぱい。とても長門君のようにとはいかない。

 

「この一本歯下駄を履いて、意識せず普通に歩けるくらいになれたら、上体、腕の使い方が感覚として身についているはずだ」

 

 だけど、頑張ってみよう。

 長門君のようにぐらつけずに進めない。それだけこれが僕にとって足りない部分であるはずなのだから。

 

 

「……で言うまでもないと思っていたが一応言っておくが、次の試合のことを忘れるなよ? もし峨王とぶち当たったらセナはまず病院送りだろうな」

 

「あ、あはは……」

 

 ずっこけかけた。

 ものすごく簡単に、場外ホームランかとばかりに吹っ飛ぶ自分の姿が想像できてしまった。

 そうだった。進さんの『トライデントタックル』も凄かったけど、白秋ダイナソーズの峨王君はこれまでの全試合で対戦相手に壊滅的なダメージを負わせてきた、怖い、ものすっごく怖い、ホントすごく怖い相手だ。想像しただけで、いやな身震いをしてしまう。

 

「そう怖がるなセナ。お前は峨王力哉に対抗できる有力候補なんだぞ?」

 

「いやいやいや! 無理でしょ絶対無理! ぶち当たったら間違いなく病院送りなんでしょ長門君!?」

 

「それは“ぶち当たったら”という仮定の話だ。『触れもしないスピードには、どんなパワーも通用しない』、だろ」

 

 はっ、とその言葉に目を大きくする。

 

「それに、俺が護る。俺がリードブロックに入る限り、セナに触れさせはしない。いかなる相手であろうとアイシールド21が駆け抜ける道を切り開いてみせる」

 

 

 ~~~

 

 

 雨でフィールドは泥沼のようになっているにも拘らず、スピードは衰えていない。豪雨の中でも走り尽くしているのだ。たゆまぬ鍛錬をしてきた証だ。

 また更に、

 

 走りが、一段と安定している。

 

 進清十郎は、ライバルの確かな成長を見取る。爆走するアイシールド21は、一回戦よりも速く、細かく、鋭くステップを踏みこみ、フィールドを切り込んでいく。

 

 あの日から、小早川セナは練習に一本歯下駄トレーニングを取り入れるだけでなく、日常生活、学校生活の中でも一本歯下駄を履き続けた。最初はよく転んだりして周りに迷惑をかけたりした(あと当然変な目で見られた。厚底ブーツで背伸びしてるみたいで恥ずかしかった)けど、ヒル魔が校長先生に交渉(脅迫)してくれた。

 泥門デビルバッツは大半の選手がアメフト歴一年足らずのルーキー。小早川セナもまたそうであり、一試合ごと、また一日ごとの伸びしろが大きい。

 

 それでこそ、だ。

 

 セナの走りに注目する進の口元が、ふっと緩む。

 

 

(来・た・よ・ほら高校レベルじゃねぇんだってあいつ。どーんだけ曲がんだっちゅう話だよ。反復横跳び世界チャンプかよっちゅう話だよ)

 

 目の前の美味しそうな餌(ひるまよういち)を狙って飛び出したせいで、前の壁の人数が減り、それで生じた穴を他の泥門選手が大きく広げて突破口とする。

 

 

「来たァァアアアア!! セナ――!!」

 

 

 ひとり、またひとりと白秋の守備陣を、その僅かも触れさせない迅さで抜き去っていく。

 

「っしゃ! 光速4秒2に乗ったァ! こうなったらもう止めらんねぇええ!!」

「アハーハー、カッコイイじゃないか。今回だけはセナ君に主役を譲るよ」

 

「今回だけ?」

 

 ゴールラインまでの光り輝く道筋(デイライト)は見えている。

 その先に立ちはだかる障害は、最後尾を守備する二人。

 

「止めるぞマルコ! 二人がかりなら何とか」

「や、ちょっと待って天狗先輩、泥門にはまだ一番ヤバいのがいるから――」

 

 ぞくり、と身震いをした。

 ボールキャリアーであるセナに視線を向けた。敵意を向けたことに、その“殺意”は反応した。

 

「おおおおいィィィ、滅茶苦茶ヤバいのが来ちゃってるよコレ!?!?」

 

 飛ばしてくる眼光だけで、先輩の天狗っ鼻がへし折れてしまいそうなほど、峨王と同等の威圧感を、更に凝縮してぶつけてくる鋭き刃先の如きプレッシャー。

 ――『妖刀』長門村正。

 さっきまで峨王が圧していたが、その峨王以外の面子ではまず抑えられようのない怪物。

 それが、アイシールド21のリードブロックに入って前を引っ張っている。当然、これを阻まんとする白秋の選手であるマルコと天狗は鋭き眼差しに狙い定められている。

 白秋最強の壁である峨王は、ヒル魔妖一と栗田良寛の方へ行っており、フォローに間に合うことは不可能だ。

 ありゃ、マズい。とても狙える状況じゃない。

 

「なん…で……動け……――」

 

 ドグッ! と。

 SIC区で猛威を振るった、白秋ダイナソーズの中核を担う二人、マルコと天狗を一人で、それぞれ左右の腕一本ずつで押さえ込んだ。

 二人がかりならやれる、なんて幻想(セリフ)を瞬く間に打ち砕く。

 

 

「やーーー! 抜いたーーー!」

 

 

 喝采を上げるチアリーダーの声援とともに、仲間たちが切り開いた道を駆け抜けた光速のスピードスターは、ゴールラインを踏んだ。

 

 

『アイシールド21! 豪快なランで全員を抜き去り、タッチダーーウン!』

 

 

 ~~~

 

 

 14-8。

 泥門逆転。点差は一タッチダウンで覆せる程度のものだが、ゴリゴリの力押しで白秋へ傾いていた会場内の空気を五分五分にまで持ち直された。

 アイシールド21の爆走はそれだけのインパクトが大きかった。いつもであれば、峨王の圧殺力に潰されれば、敵陣はお通夜みたいに悲壮な雰囲気に陥るものだが、それもない。

 勝つ気でいる。貪欲に勝利を狙っている。

 この士気をがた落ちさせるのならば、いったい誰が狙い目か。

 

 まず泥門の中で文句なしのぶっちぎりにヤバいのは、長門村正。

 今のプレイで思い知らされたが、あれはまともに当たったら峨王以外は相手にならない。マルコ(じぶん)も含めてだ。天狗先輩と二人がかりで押さえ込まれるなんてシャレにならないし、隙が一切ない。スピード、パワー、テクニックのどこを取っても完全無欠。一芸に秀でた専門職(スペシャリスト)が大半を占める泥門の中で、ランもキャッチもブロックもパスもできる唯一の万能選手。あの男を沈められればチームの総合力、脅威度は一回り以上ランクダウンするだろう。しかし、峨王のぶちかましを食らっても中々に壊れない頑健さも備えているから厄介。峨王はそれを愉しんでいるが、白秋の司令塔の立場からすれば早々に決着をつけてほしいところだ。

 次点で潰しておきたいのは……

 

(ま、『クリスマスボウル』を獲るなら、帝黒学園の大和猛(アイシールド21)同格(ライバル)を潰せないと証明にならないちゅう話だよ)

 

 この関東大会二回戦・泥門デビルバッツとの試合は、力頼みの、“敵を破滅させる戦略”が間違っていないかを確かめるための試金石でもある。

 

 

 ~~~

 

 

 ――蹂躙劇が、始まる。

 

 白秋ダイナソーズの無敵の力押し。アメリカンフットボールの原点である『北南(ノースサウス)ゲーム』

 高校最強の剛腕(パワー)で、障害を破壊していく峨王力哉を阻める存在などありはしない。

 

「GYYYYAHHHH!!!」

 

 泥門の中央を護る栗田が強引に押し退けられる。

 そのボルテージは最高潮を吹っ切れており、栗田をしても5秒も抑えることは叶わなくなっている。

 狂奔する恐竜は更に猛る咆哮を発する。進撃を阻む第二にして最終防衛線――長門を破壊せんと――

 

 

 そして――――突破する。

 

 

 ~~~

 

 

 筋肉の膨らみと体重移動で、どのような軌道で来ようとするかわかる。

 これは誤魔化そうとしても無駄だ。フェイントで虚偽の情報を動作に取り入れても、踵の浮き具合でわかる。

 動体視力というより、行動の予備動作から先読みする。

 相手の目や、目立つ手足ばかりを見ない。一歩引いた立ち位置から自分の後頭部を見るような感じで視野を広く取って、相手の身体全体を捉える。

 

 武術用語ではこれを、『目付け』と呼ぶ。“見る”のではなく、“感じる”に近い捉え方で、相手を探る。

 

 ――見切った。

 

 試合前、僅かながらも集められた試合記録。

 その不足した情報量を補うために、鍔迫り合いを演じた。実際にぶつかって、この肌身(からだ)で精度を微調整した。

 

 そして、そのタイミングを把握し、“必殺の毒”を完成させる。

 

 

「何ィイイイイイ!!」

 

「あの()()()……吹っ飛ばされた……!?」

 

 

 その光景に、観客から選手、会場にいる全員が目を剥いた。

 

 高校屈指のデストロイヤーが、押し倒された。

 絶好の獲物に食らいつき、圧し潰そうとした恐竜が、逆に押し込まれたのだ。

 

 

 力しかない。

 この暴力的な破壊(ちから)こそが、絶対だ。

 

 

 全国大会決勝を制するために掲げたその理屈を、粉砕して迫る『妖刀』の切先。

 マルコの前に、峨王を押し退けた長門が迫っていた。

 

 

 ――『十文字槍(トライデント)タックル廻』!

 

 

 肩、肘、手首を連動させながら内側に捻り込む加速させるハンドスピード。

 間合いに入った瞬間に、来た。触れれば断つ穂先と化した腕が螺旋を描き、竜巻を生まんばかりの勢いで唸りを上げる。

 

 マズい、だとか。

 ボールハンドリングで躱す、だとか。

 いや、ボールを確保する、だとか。

 

 そんな思考は一切手遅れ。すでにこの身に超速で揮われた“(こぶし)”が抉り込まれている。

 

 

 ――あの“十文字槍”はもはや自分の“三つ又槍”とは別物。

 進清十郎は見取る。長門村正が腕を突き出す瞬間に絶妙のタイミングで同じ側の足で踏み込んだのを。

 そう、直前でナンバ走りのように右足と右腕を同時に踏み込み突き出す。

 空手で言う順突き。通常の『スピアタックル』よりも拳一つ分以上伸びてくる。ボディバランスに自信がなければまず体勢を崩すような、捨て身の技。

 だが、一気に間合いを突き切る。

 

 その一刺しは精確に標的である円子令司の重心軸を捉えており、右にも左にも逸らさせない。

 

 

 ああああ――なんつう、破壊(ちから)――

 

 そう、これは今まで敵選手に食らわしてきた、絶対的な力と同じ。

 神龍寺ナーガの金剛阿含を沈めた一撃必殺が、今、円子令司に襲い掛かった。

 

「――マルコ!」

 

 ドグシャア――!!

 地面に叩きつけられた衝撃に白目を剥くマルコ。

 意識が飛ばされたその腕から、ボールは手放された。

 

 零れ球を拾おうと、動き出す白秋の選手。

 だが、峨王とマルコというチームの中心が倒された衝撃から立ち直るのに、1秒、出遅れる。

 その1秒の遅滞は、致命的。

 

 ――誰よりも早く、そして、誰よりもボールの近くにいた白秋の選手に飛び掛かるは、アイシールド21。

 

「はっ! 長門の野郎、(ライン)じゃねーくせに峨王をやりやがって! これじゃあ、こっちが恰好つかなくなんだろ自重しやがれ!!」

 

 そして、自由になった零れ球を拾うのは、峨王が倒されたことに驚愕して隙を晒した相手をすかさず『不良殺法』で引き倒した十文字。

 

「っ! 何やってんだ早くそいつを止めろーっ!」

 

 峨王に続いて、司令塔であるマルコが倒されたせいで指示系統が飛ばされず、反応が鈍く始動が遅い白秋ダイナソーズ。天狗がベンチから声を上げるも、その時には十文字の走路を確保せんと泥門もブロッカーに入っている。

 

 

『タッチダーーーーウン!! ななななんと泥門、関東最恐・白秋ダイナソーズを捻じ伏せたーーっ!!』

 


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