悪魔の妖刀   作:背番号88

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38話

「――流石だ、村正。あの峨王氏を倒すなんてね」

 

 関東大会二回戦――最大のライバルの活躍を中継する試合映像に、大和は歓喜の笑みを浮かべる。他にテレビを窺っていた帝黒学園の面子の大半は慄きと、驚きを通り越した呆れ半々の反応を示しているが、大和は画面越しに映し出される背番号88へ目を輝かせている。

 ホンマ、大和は長門村正(ライバル)のこと大好きやなぁ、とアレキサンダーズの主将・平良呉二は苦笑をこぼし、

 

「てか、あの白秋のゴッツいの、峨王を倒すなんて、どないなっとるんねん。あんなんと力比べなんてしたらうちかて骨折れるでマジで」

 

「ヘラクレス氏、村正は、ブロックした後、即座にタックルを決めている。つまり、あの峨王氏を吹き飛ばしたのは、力ではなく技だろうね」

 

 大和はそう言うと、離れた席でギターを気ままに奏でていたチームメイトへ視線を振った。

 

「そうだろう、赤羽氏? アレは君の技だろう」

 

「フー……大和の言う通りだね。この前のセッションでわかっていたが彼は僕の音楽性を理解できていたし、我流な面も見受けられるが、よく研究しているようだ。でなければ、ハードテンションの弦を奏でることはできないだろう」

 

「赤羽の話はあいっかわらず超わかりづらいし、結局、大和君の幼馴染はどんな峨王対策をしたんや」

 

 難解な独自の世界観に、安芸礼介は突っ込む。

 フー、とため息ひとつして、ギターに手を添える。

 そして、何も言わずに、ギャーン! と勢いよく弦を弾く。

 

「と、こういうことだ。彼はその知性でもって峨王の肉体を凌駕した。それだけの話だ」

 

「いやいやいや音楽の授業やないんやから、いきなりギターやられたってさっぱり意味わからん! 知性がどうのゴチャゴチャと理屈を捏ねられたって、こっちは理解できへんわ!」

 

「『蜘蛛の毒(スパイダー・ポイズン)』、か」

 

「えっ? 鷹は赤羽の話がわかったんか!?」

 

 静かに本を読んでいた本庄鷹の口からぽつりとその種明かし(こたえ)は出た。

 

 『蜘蛛の毒』

 相手がこちらを倒そうとする時、力を入れて踏み込むために、一瞬だけ重心が後ろに下がる――その瞬間をすかさず押し込む。

 そうすれば、どんな巨漢が相手でもあっさりと倒せる。

 この相手の重心移動を利用する妙技で、東京地区オールスターとの交流戦にて、赤羽隼人は栗田良寛を倒している。

 

「なるほど! 赤羽の『蜘蛛の毒』なら、どんな奴もイチコロや。これならうちらも峨王をやれんとちゃう?」

 

「いや、それは無茶だろう。『蜘蛛の毒』をするには敵のタックルを受け、なおかつ組み合えるだけの状況に持ち込まなければならない。

 僕には些か荷が重い」

 

 

 ~~~

 

 

 パワーで敵わなくても拮抗できれば駆け引きに持ち込める。それで十分だ。

 かつて山本鬼兵が栗田良寛を圧倒したように、腕力の差とは絶対なものではない。

 『蜘蛛の毒(スパイダーポイズン)

 『リードブロックの魔術師』赤羽隼人の技。その要訣は、重心を見切り、踏み込むタイミングで後押し。

 そこに古武術の身体運用、長門村正は腕を伸ばし組み合った体勢からでも前足に体重を乗せて肩甲骨を使うことで突き飛ばすことができる技を合わせる。

 真っ向から組み合いながら相手の重心移動を把握し、自分の重心移動からの奥の手で突く。

 そう、正々堂々と不意を突いたのだ。

 

「また技か。そのようなものなどに頼らず純粋な力でなければこの俺を殺せんぞ、長門」

 

 『蜘蛛の毒』は、ただ相手を倒すだけ。

 敵を破壊するだけの威力はないのだ。そんなのは、峨王からすれば“逃げ”と変わらない。

 だが、そんな峨王の落胆などお門違いだと長門は切って捨てる。

 

「勝手にルールを作るな、峨王力哉」

 

 力ではかなわないのは承知した。

 だが、長門が挑んでいるのは、そんな力比べ以上の戦い――つまり、チームを勝利に導くためのプレイをすること。

 個人勝負のパワーで劣るというのに、単純な力比べに挑み続けると思うのか。そんなのは思考停止と変わらない。

 

「これが、俺の全力。真正面からぶつかり合うだけが勝負じゃない。駆け引き、小手先、持ちうる全てのカードを駆使してこその戦いだ」

 

 アメリカンフットボールの原点は、力だった。

 しかし、現代のアメリカンフットボールは、パワー、スピード、タクティクスの三拍子を制したものが勝利する。

 

 峨王力哉は力こそ圧倒的だが、目前の相手を倒すことだけしか考えていない。

 自分が倒れないようにするとは思わない。常に前進。突っ込むしか能がない。それで埒外のパワーで敵を圧し潰し、蹂躙する。

 故に、読み易い、と。

 長門は、その分かり易過ぎるくらいの前傾姿勢に与み易さを見つけていた。

 峨王は獲物を食らい倒すことに前のめり過ぎて、ラインマンとして“倒されない”という意思が薄い。未熟。

 競り合いの次元(レベル)を上げるためには、峨王と張り合えるだけのパワーが土台必要となるが、己の土俵に持ち込めるだけの力は長門にもあった。

 

「……そうか。俺の方が甘かった、ということか。ならば、その貴様の全力を、俺の力で粉砕してやる」

 

 

 ~~~

 

 

 真っ向から不意を衝く一押しに、まんまと体勢を崩された峨王。後ろに反った重心を取り戻さんと蹈鞴を踏みながら転倒を免れようと踏み止まったが、向こうの次の手が早かった。

 

『またも峨王が吹き飛ばされたー! 泥門長門止まらないー!』

 

 21-8。

 点差がついたが、それ以上に士気がマズい。絶対だと信じてきた峨王に止められないというのは、白秋にとってこの上ない衝撃をもたらした。

 

「どどどどうなってんだよォォォこれ、峨王がやられんなんて、強過ぎるだろ長門。俺なんかミジンコ以下じゃねーか……」

 テンションのアップダウンの激しい天狗先輩はもう早速悲観的な鬱状態に入ってしまっている。

 

 峨王のやる気は満々なんだけど、長門は至極冷静に対処している。

 峨王の筋肉の動き、視線の向き、重心の偏り、足運び、それから、感情的な気配を読んでいる。それも単に視覚で捉えるだけでなく、体と体が触れ合った刹那に触覚でも動作を読み取っている。

 一髪千鈞を引く競り合いの最中に読み切って、相手を掌握する。

 

 やっぱ、太陽戦に出させたのがまずかったか。それともあの取材記者にマリアが情報を渡すのを見逃したこと……いや、ヒル魔なら、こっちが隠蔽してきた地区大会の試合記録くらい入手してきそうだ。

 

 兎にも角にも、峨王の癖を把握されている

 アメフトを始めてからまだ一年足らずの“新人”である峨王は、動きに癖がある。その弱点を突かれている。こういう駆け引きの土俵となれば、相手が何枚も上手だ。

 そこまでわかっているが、対処をどうするのかが悩ましい。

 『蜘蛛の毒』の対抗策くらいならば、マルコにも思いついてはいる。

 ただし、実際にできるかどうかは別問題。突っ込まないで、壁役を務めるなんてマネは峨王の性格上、無理。偽の重心移動をやるのも無理だ。

 

 

「うおおっ! さらに勢い増して突っ込んできたぞ峨王!」

 

 

 峨王には力がある。高校最強の力だ。

 そして、敵を破壊せんとする闘争本能。

 

 一撃だ。

 一撃でも会心のを見舞えば、『妖刀』を破壊してやる――!

 

「そうだ! 力は絶対なんだ! 峨王君は絶対負けない!」

 

 峨王の思う“つまらん小細工”でいなそうとするなど挑発行為と変わらない。

 さらに強く、さらに重く、さらに速く。

 真っ向から敵に迫る。小細工など弄する時間も与えない。後ろ足を踏み込むタイミングで押し込んでくるのなら、組み合う前から仕掛ける。

 

 

「ケケケ、んな力一辺倒の脳筋戦法にやられるほど糞刀は甘くねぇ」

 

 

 激突の刹那――

 

「ぐぬっ――」

 

 敵の袖を掴んで、

  斜めに踏み込み、

   一気に引き倒す!

 

 重心が前のめりになった相手の力を利用する『不良殺法(ブル&シャーク)』。

 柔よく剛を制すという言葉の教本に載せられるぐらいに、秀でた技でもって、力をいなす。

 

「はっ! 長門の奴はとことん俺たちのお株を奪ってきやがる! 峨王の相手も熨斗をつけて譲ってやるよ!」

「はぁっ! 何度ぶつかってこようが長門には敵わねーぞ峨王!」

「ハァアアアア! 長門、峨王は任せた! こっちは俺達に任せておけ!」

 

 と『不良殺法』に反応した十文字、戸叶、黒木が頼もしいチームの大エースに負けじと――峨王のお相手の方は丸投げでおまかせして――白秋の壁を押し込む。

 

 

『またも止めたァァーー! 白秋、攻撃失敗! 泥門に攻撃権交代です!』

 

 

 ~~~

 

 

「長門スゲーな! あのパワーMAXな峨王を完封じゃねーか!」

「すごいよ、本当、もうすごいよ、長門君!」

「フゴッ!」

 

 騒ぎ立てる糞一年生(ジャリ)達。

 会場内の盛り上がりや声援も泥門側が大きくなっているのに、わざわざ水を差す――ましてや白秋の連中、特に目敏い糞睫毛(マルコ)に情報を漏らす真似などしない。

 

「糞一年生共! とっととポジションにつきやがれ!」

 

 平然としたすまし顔を振る舞っていやがるが、技で躱しに行くということは、それだけ力押しは無茶、肉体が耐えきるのが難しくなってきたと判断している。それも『蜘蛛の毒』でもまったくのノーダメージとはいかない。

 一任にするのは、負担が大きい。危険だ。

 ただでさえ、このぬかるんだグラウンドでは、体力の消耗具合は2、3倍だ。そこで半端ない負荷のかかる峨王の相手をする。試合終了まで保つとは思えない。

 そして、点差がついているが、期待がのしかかってる糞刀が負傷退場なんてなれば一気に持っていかれかねない。

 

 本来ならば峨王の相手は、後衛がする仕事ではない。あの一緒になって暢気に喜んでいる……

 

(チッ……最悪のケースは避けたいが、ベンチに下がらせるわけにもいかねぇ。フィールドに突っ立ってるだけで牽制になる以上は、案山子だろうがいてもらう)

 

 泥門最強(ジョーカー)を見せ札とする方向で戦略を組み立てる。

 リスクはデカいが、都合がいいことに、『ロンリーセンター』で峨王はこちら側に引き付けておける。

 

 

 ~~~

 

 

「――ぶちかましやがれ、糞刀! 速選(オプション)・エベレスト・デビルレーザー(バレット)!!」

 

 それは、常人には手の届かぬ高みを突き抜ける高弾道高速弾丸パス。

 高身長に力強い跳躍力、それに屈強なボディバランスを有する長門村正だから達することのできる高度と速度の絶対領域。

 完全なるアドリブで連携を取るヒル魔妖一のホットラインを侵犯することなど誰にもできはしない――

 

「ちょ、俺ひとりじゃ長門の相手は無理だ!」

「近くの奴らは急いでマークに張り付けぇええ!」

 

「かぁあ違うって! 長門へのパスじゃなくって囮だからこれ!」

 

 というのは虚言(デマカセ)の設定である。

 白秋の守備陣が長門に釣られるのを他所に、ボールを懐に抱えたヒル魔は、テッテケテッテケと大外に大きく迂回するようライン際近くを行く。パスを投げるふりをして、投手がボールを持ってそのまま走る、『QB(キュービー)ドロー』だ。

 

「やべぇ誰もいねぇ!」

 

 峨王は栗田が、そして、多人数を割り振った逆サイドに白秋の守備は寄っている。ハッタリで揺さぶったのもあるが、先程のアイシールド21爆走の印象が強かったせいで、ヒル魔の前は手薄となっていた。

 

『ヒル魔独走ォーー!!』

 

 ――しかし、ボールの行方を逃さぬ男が一人。

 

『これはマルコ君! ヒル魔くんのフェイントを素早く察知して回り込んでいたーーっ!!』

 

 トリックスターの奇策奇襲に振り回されずに、その動向を見抜いたスパイは、円子令司。

 

「よ~く言うよっちゅう話だよ。な・に・がオプション・エベレスト・デビルレーザーバレット! だか……」

 

「ケケケ、だが、テメェ以外はまんまと釣られやがってんな糞睫毛!」

 

 両チーム司令塔同士の一騎打ち。

 ヒル魔は、洞察す()る。

 峨王の情報は手に入ったが、この男の実力の程は未だに定かではない。能ある鷹は爪を隠すを地で行くような七面倒な相手だ。地区大会でも糞鼻(てんぐ)を影武者に仕立てていたが、最低限、卓越したボールハンドリングでアイシールド21の『電撃突撃(ブリッツ)』をしのげるだけの技量を有していることから、糞鼻よりも守備ができる。直感になるが、まだカードを隠しているはずだ。

 

 まったく目線が揺らいじゃいねぇ――

 さっきのフェイクにもこの男だけは全く揺さぶられなかった――

 いや、揺さぶられてないとかそういうレベルじゃない――

 糞睫毛は、ボールキャリアー(このオレ)すら見てない――

 

 ――なら、何に目標を定めていやがる。

 

 そのとき、鋭い声が飛んできた。

 

 

「――ボールだ、ヒル魔先輩!」

 

 

 長門は離れた第三者の視点だから一目で看破した。視線の行方、それからその答え(ねらい)に気付く。

 そして、このヒントにヒル魔の脳神経に電流が走る。

 完璧にボールを追ってやがる。

 敵の頭や目線のみを追えば必ずフェイントに釣られる。

 腹やボールを見据えるのは守備の技巧の一つだ。

 そう、マルコの視点はボール一点に固定されていた。

 

 しかも糞眉毛は糞チビを躱したように手癖が悪い。だとすれば――

 

 ――だが、遅い。

 

 肉食竜の狩人の、目の色が変わった。

 キープ重視に両腕でボールを懐に抱え込んでいれば、秘めた牙は収めていたが、独走していたヒル魔は走りやすい片手持ちだった。

 

 女には愛。

 そして――男には力。

 

 

 ――『スクリューバイト』……!!

 

 

 抜き去りざまに、肉食竜の牙が喉笛に食らいつき、顎の回転で獲物を噛み千切る。

 力ずくでボールを掻き出す超高等テクニック、『ストリッピング』だ。

 

「うおおお! 奪った! マルコの勝ちだ!」

 

 ボールをヒル魔から強奪したマルコは、そのまま前に走る。白秋のゴールへ。

 

「なっ……」

 

 『QBドロー』は他の選手全員を囮としたヒル魔の単独プレイであっただけに、フォローが遠い。さらには、『ロンリーセンター』で対峙していた栗田を倒した峨王を護衛とした。

 阻めるものなど何もない。こちらの攻撃権で、逆にタッチダウンを決められるという最悪の展開へ一直線――

 

 ・

 ・

 ・

 

「……が~く(なっ……が~~)――のばした足」

 

「!!!」

 

 ボールを奪われたヒル魔は、交差するその寸前に脚を伸ばしていた。――ライン際の向こう側へと。

 

 

『アウト・オブ・バウンズ!

 ボールを取られる前にすでにヒル魔君がフィールド外に出ているため、その地点から泥門ボール!!』

 

 アウト・オブ・バウンズ……ボール保持者がフィールドの外へ出たときにそのプレイは止まる。

 つまりは、『スクリューバイト』でボールを奪われる前に、ボールキャリアーだったヒル魔が外に出ていれば、その時点でプレイ終了。

 つまりは、白秋のタッチダウンは未成立で、泥門ボールのまま。

 

「しゃあああ! 6ヤード前進!!」

 

 ルールを逆手に取った緊急危機対応。

 ヒル魔の頭脳の回転の速さ(ひらめき)が、その瞬間の最善手を選び取っていた。

 

「なんちゅう狡い……いやこれ褒めてんだけどね」

 

「んなもんお互い様じゃねぇか。この糞睫毛」

 

 やられた。

 点を奪えず、隠してきた手札(きば)まで晒してしまった。点差がつき、峨王と長門の対決に、マルコは自分が思う以上に焦っていたようだ。これは失態だ。

 

「個人技で一騎打ちとかする気、かけらもないっちゅう話でしょ」

 

「ケケケ、たりめーだ。まともに戦ったらテメーのが運動能力が高ぇ」

 

 ヒル魔妖一は、己が凡人であることを理解している。

 だが、それでも勝つ術を模索する。僅か0.01%でも、その可能性があるのなら、己の凡才、相手に劣る能力すらも利用しよう。

 

「テメーに個人戦で勝つことなんざ興味ねぇ。見てんのは、クリスマスボウルだけだ」

 

 

 ~~~

 

 

「耳の穴ドリルでブチ破って良~く聞きやがれテメーら」

 

「ぶち破っちゃったら聞こえないけど……」

 

 先のプレイ。

 情報戦で後れを取らされていた泥門からすれば、白秋の円子令司の本気を知れたことは十分な戦果だった。

 そこから泥門は、対白秋の戦略方針を固めていく。

 

 ――いいか、糞チビ。マルコの前ではボールの確保に集中しろ。

   泥臭く体でねじ込んでけ。距離が出ねぇが構いやしねぇ。数で勝負だ。

 

『4ヤード前進!』

 

 ――糞猿、てめーもだ。20ヤードもぶっ飛ばすどデカイパスは今はいらねぇ。

   低いショートパスで繋ぎゃ如月が『プテラクロー』で腕絡めてる暇もねぇ。

 

『5ヤード前進!!』

 

 そう。手堅く短く繋いでいけば十分。

 今の泥門デビルバッツの攻撃カードは無数にあり――そして、対処不能の鬼札(ジョーカー)がいる。

 

 セナとモン太に散らされた白秋の守備。

 そこに切り込む鋭い一閃。

 

 

 ――糞刀。てめーがやんのはただひとつ。完膚なきまでに捻り潰せ。

 

 

 白秋は、小早川セナ(アイシールド21)にはヒル魔を見張りながら全体をフォローするマルコが止めに入り、雷門太郎には如月がマークについていた。

 そして、長門村正にはラインバッカーの天狗ともうひとりがピッタリと張り付いて、パス対策に特化した『ニッケル守備(ディフェンス)』で、徹底してその左右を固めている。

 最も厳しいマークに遭っている長門へ、それでも悪魔の指揮官は弾丸を撃ち放つ。

 

「糞刀相手にディフェンス2人程度なんてお話にもならねぇな」

 

 白秋の連中に見せつけろ。

 打った策全部を問答無用で蹴散らす力を……!

 

 ヒル魔から投じられたのは高い弾道のパス。カットは不可能だ。ならば、パスキャッチを阻止する。

 バックカットでつけられた二人のマークを一瞬で振り切るや、跳躍。更に、思い切り片腕を伸ばす。

 

「なげァああああ!!?」

 

 慌てて飛びついた相手にクラッシュされながらも芯が動じないボディバランス。

 ワンハンドキャッチは、肩を入れて最短距離で手を伸ばせるから、多少不利な体勢だろうと通常より遙かに高い位置で捕球できてしまう。

 

 

「高い……! しかも、進のタックルみたいに片腕だけ強引に伸ばして!」

 

 

「……!」

 

 

「マークにクラッシュしながら腕一本でキャッチとか、あの野郎……! モン太といい、鬼カチンとくるっすよ泥門の奴らは……!」

 

 

 関東のレシーバーは四強時代に入ったと言われているが、そこにこの男も加えるのならば、空中戦最強の評価は一強に逆戻りするだろう。

 桜庭の高い到達点、鉄馬の頑丈な肉体、一休の機敏な感性――それらを兼ね備えた天賦の超人。

 

 

 ――やっぱセナやモン太よりもこいつが一番の要注意選手だっちゅう話だよ。

 

 

 当たりに行って弾き返された天狗先輩をちょうどいい隠れ蓑にして、死角から詰め寄る。

 『スクリューバイト』

 片手キャッチして着地する、その瞬間(すき)を狙い腕が伸ばされる。パスキャッチの高さに物理的に届かなくても、最後は着地する。三人が空中戦でクラッシュしている乱戦の最中でも肉食竜の眼光は、狙った獲物(ボール)を見逃さない。

 

 

「やっぱすげぇよ長門。一か八かの片手キャッチを雨の中でもMAXに決めてくれやがって……! しかも油断や隙が微塵もねぇんだからな」

 

 

 な……っ!

 長門がキャッチしたボールを掻き出そうとしたマルコだったが、ガッチリと動かせ(うばえ)ない。

 片手キャッチなんてウルトラCをやった直後に、懐に抱え込んでいる。

 片手でボールの回転に合わせるように手首を巻き込むのと一緒に腕で挟んでいた。

 キャッチ力と腕力でキープされたボールは、肉食竜の顎でも奪えず。

 

「お゛お゛お゛お゛――っ!!」

 

 慢心ゼロとか、どうやったら倒せんのよ!?

 そして、捕まえようが足を止めない、食らいついても強引に振り払う、相手を引きずって一歩でも前進するパワーランが炸裂。

 

 

『泥門デビルバッツ! 連続攻撃権(ファーストダウン)獲得!!』

 

 

 どうにか最後はぬかるみに鈍ったところで膝をつかせたが、それでも大量ヤードを稼がれた。

 

 

 ~~~

 

 

 折れない。

 これまでの試合で、峨王の脅威に晒されながら折れないでいられるチームは泥門が初めてだ。

 

 ……しょうがない。

 出来る限りクリーンな試合に徹したかったけど――()()()()()

 

 

 ~~~

 

 

 ぞくり、と背筋に走った悪寒に、セナはつい白秋の方を見た。

 

 ……なんだ。この、やな空気。

 心臓が絞られるみたいな……

 

 臆病な自分の考え過ぎなのかもしれない、とセナは嫌な予感を飛ばすように首を振った。

 

 その後。

 

 これまで負傷者が出てないことを自分たちは楽観視していたことを思い知ることになった。

 

 

 ~~~

 

 

「SET――HUT!!」

 

 

 女には、愛。

 

 男には、力。

 

 

「うおお誰だ!? ヒル魔に突っ込んだのは――如月!!?」

 

 

 ヒル魔妖一には、死を。

 

 『電撃突撃』。仕掛けたのは、如月。マークに張り付かせていた泥門エースレシーバー・雷門太郎がフリーとなる。ロングパスが一発決まればタッチダウンできる得点圏内まで泥門は前進しているさなかでこれはリスクの大きい博打だ。

 

『マルコ君、僕のパワーなんか、峨王君のラッシュの足元にも及ばないよ?』

 

『でもほら、如月ならヒル魔の腕を絡め()れるっしょ?』

 

 腕へのダメージ――即ち、投手に恐怖と警戒を刷り込む、心へのダメージを狙っている。

 如月の『プテラクロー』は、腕が命であるクォーターバックには効果抜群だ。

 

 

「―――」

 

 

 『ロンリーセンター』の陣形構造上、クォーターバック・ヒル魔を護れるのは、共にチームから独立している栗田ひとり。相手の奇襲から、パスプロテクションが間に合う距離ではない。

 この状況に、ヒル魔妖一が選んだ行動は――――攻め。

 

 ケケケ、わかんだろ糞刀……!!

 

 視線を交わすその刹那に、長門は作戦で予定されていたパスルートを切り替えた。狙われたヒル魔を護る方向に、ではない。

 目線を同じくして、攻めに出た。

 この土壇場で、ヒル魔妖一が、如月ヒロミをどう躱すかを予測し、さらに回避した先からの射線(パス)を通せる角度を割り出し、その範囲内に収まる白秋守備の空白地帯に長門村正は駆け出す。

 

 そして、長門の想定通りに、移動型のクォーターバックであるヒル魔は、迫る如月から距離を取りながら、パス発射体勢に入った。

 

(これは……! 僕を十分に引き付けた上で頭の上から長門君にトスされる――)

 

 戦場の、修羅場の、年季が違う……!!

 アイコンタクトだけで意思を疎通し、独自に動く、『速選(オプション)ルート』。

 麻黄中時代からの付き合いで、最もパス練習に付き合ってきた相手、互いに互いの癖や思考を知り尽くしている。『二人体制の投手連携(ドラゴンフライ)』を本家の双子にも劣らぬ程巧みにこなせる二人には、瞬時にそれくらいの判断はわけない。これこそが、『妖刀』――ヒル魔()一の懐()である。

 

 ダメだ。完全に僕の負けだ。

 この『電撃突撃』は失敗し、泥門は更に白秋との点差(リード)を突き放す。

 

 その刹那、如月ヒロミは自分を見つめる目を見た。

 

 

「――左だ、如月」

 

 

 左――白秋の指揮官であるマルコが示した先にいるのは、栗田良寛。

 峨王に何度も弾かれながらも、食らいついてブロックする不沈艦――それを遮りに、狙っていたヒル魔を無視して如月は方向転換する。

 

「ふん――ぬらばっっ!!」

 

 栗田はしぶといが一瞬でも隙が生じれば、峨王が食い破ってみせる。

 しかし飛び掛かった如月を、栗田は反射的に一蹴した。

 

 

『おおおお栗田君! 軽く如月君を吹っ飛ばしたァーー!』

 

 

 鎧袖一触。

 流石に、力の差があり過ぎたか。あまりに軽い如月は、栗田の咄嗟の腕の一振りで吹き飛ばされた。

 ――――ヒル魔のいる方へと。

 

 

 天才であろうが、セオリーを無視した、度外視の常識外れには対応できない。

 天性というべきか、いわゆる野生。その想像を超えてくる破天荒な相手には、猶更、通用しない。

 

 

 土壇場の意思疎通(アイコンタクト)ができるのは、泥門だけじゃない。

 『絶対クリスマスボウル』の夢を共有する彼らのように、白秋は同じ信念を掲げている。

 “力は絶対だ”という。

 

 ――まさか、テメェら……

 

 今のプレイで如月ヒロミは実感した。

 自分とヒル魔とでは年季が違う。もろとも相打ちとなれば、得になるのはどちらかは考えるまでもない。

 ならば、迷う必要などありはしない。

 気後れすることがあるのだとすれば、それは神の子のように美しい峨王の闘争を邪魔してしまったこと。

 だから、その報いを受けるのは当然だった。

 

 ――さあ、峨王君。僕のことなんて気にしないで、その絶対的な力を――

 

 栗田に弾かれた勢いのまま如月が背中からもたれかかるように、ヒル魔ともつれ込む。そのせいで、ヒル魔はパスを投げるのが一瞬遅れる。

 

 そして、如月は片手で薙ぎ払える相手だが……峨王は片手で相手するのはあまりにも無理だ。迫りくる峨王の突撃は、アクセルをフルスロットルに踏んだ暴走トラックにも等しい。立ちふさがるもの皆蹂躙する破壊力。

 ほんの一瞬でも、如月相手に片腕を振るった栗田は、致命的な隙を晒してしまっていた。

 

 この展開は望み通りだった。

 

「やっぱり天は俺達に微笑んでいる」

 

 ヒル魔、絡みついてきた如月を押されて、ずるっと体勢が傾く。如月に気を取られ、泥沼の地面に足を取られた。

 

 そして、孤軍奮闘する守護者(くりた)を押し退けた、悉く滅する恐竜(がおう)が目前に。

 

 これは、もう、逃げられ―――――――――――――――――――――――――――――――—――――――――――

 

 

 ~~~

 

 

「GYYYYAHHHH――!!」

 

 その前に、味方(きさらぎ)いようが、何の躊躇にもならなかった。一切の阿責なく破壊(ちから)は振るわれる。

 如月ごと吹き飛ばされたヒル魔の身体が藁屑のように宙を舞い、地面に墜落する。受け身など望むべくもなかった。

 

 フィールドに、力なく静止した指揮官を、泥門は見た。全員が石のように固まった。凍てつくように血の気が冷えた。

 実況アナウンスさえも息を呑んで、言葉を吐き出せない惨劇の光景に、見逃してしまう。

 ただ一人を除いて。

 

 ずぶちゃ、と。

 ぬかるんだ地面に刺さる、投手の手を離れたボール。クォーターバックが確保できずに、倒される前に落としてしまった零れ球。

 

「ったく、よくまあ無茶するよっちゅう話……――でも、いい仕事をしてくれたよ」

 

 これに動けていたのは、零れ球(ボール)への注意を外さなかった、狡猾なる肉食獣(ハンター)

 

 ――まだ、プレイは終わっていない。

 

 マルコは倒れている敵や味方も意に介さず、堂々とゲームを続行する。

 白秋ダイナソーズからすれば、峨王に相手投手が潰される光景など、感覚がマヒするくらいに見慣れている。

 

「……お」

 

 状況を、把握できるだけの思考能力(りせい)はあった。

 だが考える機能が働いていても、この震えを抑え込むことなんて不可能だった。

 護ることができなかった、と身を焦がす己への責め苦が胸中を占める。煮えたぎる溶岩の如き情動は、漆黒の殺意へと瞬く間に転化される。

 

「お゛……」

 

 『妖刀』は赤熱する刃であり、炸裂し放たれた弾丸だった。

 

 

「お゛お゛お゛おおおおおおお!!!!」

 

 

 一刀修羅。

 ありとあらゆる能力が、敵を叩きのめすことだけに注がれていた。

 生まれてからこれまで一度としてなかった、すべての能力どころかすべての精神の――その一滴までもただ一つに傾け尽くす快感を、血の味とともに噛みしめた。

 

「それこそが貴様の真なる殺意か!! いいぞ、存分に壊し(やり)合おう長門村正!!」

 

 ゴールへ駆け出しているマルコに迫る長門の前に、峨王は立ちふさがる。待ち望んだ瞬間を、自ら出迎える。

 

 さあ、魅せろ。

 無粋な自制など棄てて、俺を殺しに来い!

 

 鬼気迫る疾駆は、敵を躱すためではない、目前の敵を壊すための助走。

 今の長門村正は鞘など投げている。この抜き身の殺意の波動に当てられ、峨王の歓喜が狂熱に沸騰する。喜悦の滲む笑みを、犬歯を剥き出しにして浮かべ、憚ることなく咆哮を爆発させた。

 血が滾る。肉が躍る。心が猛る。

 この昂りに身を委ね、奮い起こった力をぶつけん!

 

 峨王は、長門を真っ向から受けた。

 その力のすべてを余さず抱擁せんばかりに。

 この漢の血肉を頂こう。我が全力の暴威に眠れ。

 

 そして、狂奔する恐竜が獲物を食らわんと大口を開け、修羅が呑まれた。

 

 

 ~~~

 

 

 背後を襲う強烈なプレッシャーが刺し貫いたが、しかし、マルコの独走を阻むことはあり得ない。すぐに、鎮圧される。

 

 峨王はずっとみんなを壊し続ける。

 殺意で復讐してくる強い男を欲して。

 でも、そんな男はいない。

 俺にとっちゃ都合のいいことにね。

 皆、峨王の絶対的なパワーの前に、(こうべ)を垂れて、折れるんだ。

 

「最強は、峨王だっちゅう話だよ」

 

 その通りに、先程のプレッシャーが潰されていくように小さくなっていくのを感じる。

 ちらり、と視線を後方へ飛ばす。

 そこには、己がスカウトした破壊(ちから)が、ついに己が想定する最高峰の選手を押し潰している光景があって。

 

 

 瞬間、恐竜の顎から脳天を貫く『妖刀』を幻視し()た。

 

 

 ~~~

 

 

 その腕力は凄まじい。己よりも上だと思えたのは、これで二人目になる。

 だが、力の入れ方が雑だ。野獣は己が全力をぶつけても壊れない相手との経験が不足しているがために、その絶大な力の引き出し方を知らない。

 

「―――」

 

 無駄に筋肉を盛り上げさせた達磨とは違う。

 一部の無駄なく鍛え上げ、完全に律し操れる刃そのもの。

 

「ぬ……?」

 

 長門の両肩にのしかかるのは、ユニフォームを破らんばかりに筋肉が膨張する峨王の(かいな)

 だが圧し潰さんとする重圧に反して、峨王の体が浮く。足が地を離れる。

 

 『蜘蛛の毒』のようなテクニックとかいう次元ではない。

 

 純粋なるスピード&パワー。

 40ヤード走4秒5。走者としてもハイレベルである走力(スピード)が、激突時の威力(パワー)を数倍に押し上げる。

 

「あの峨王を、かち上げやがった……!?」

 

 己が全てを注ぎ込まんとした刀匠に散々打ち込まれて仕上げられた大業物。

 単に凄まじい衝撃をぶちかますのではなく、峨王の身体の奥深くまで響くそれは、百錬自得が生んだ、最強の突破力。

 

 この強敵が振るうは、野蛮な爪ではない。粗暴な力を一極に凝集させ、洗練された刃。

 組み合っている最中にも、峨王は己が雑さを身に染みて理解させられる。

 この精気滾る、否、鬼気滾る漢は、己の見込み以上だった。

 

「ならばこそ、俺も更なる全力を闘争に注ぎ込むのみ!」

 

 だが一身で突きあげんとする長門は、ついに峨王の身体を持ち上げるに至った。

 

「峨王!?」

 

 ギョッと視線だけじゃなく、首も大きく巡るマルコ。

 己が選んだ暴力装置(ちから)が、ここで潰えるのか――

 

 

 ~~~

 

 

『白秋ダイナソーズ、タッチダーーウン!!』

 

 

 ~~~

 

 

『ふんぬらばー!』

 

 グラウンドを使う各運動部の荷物運び。

 

『荷物運びしたから……これで、またグラウンドの隅っこ、貸してくれるよね!??』

 

 それを対価に得られる1m四方の空間で、お手製の練習器具に向かってぶつかってきた。

 放課後に練習を始めてから、帰宅時間になるまで延々と……

 

『おーい! はみ出てるぞ! グラウンド隅っこだけって約束だろ。正式な部活じゃねーんだからさ』

『ごごごめん!』

 

 アメフト部がちゃんとした部に認められる前のこと。

 当然のように部費などでないから、溝六先生が作ってくれたタックル用の練習器具が唯一ぶつかれる相手で、そして、それをよく壊していた。

 

『ごごごめんなさい溝六先生! また器具壊しちゃって……!』

『謝ることじゃねーっていつも言ってんだろ。またちょっくら直してやっから……しっかし、栗田のパワーを受けるには、寄せ集めのこいつじゃあちと厳しいか』

『気を付けます! 今度こそもう絶対壊したりしません!』

『いやそんなんじゃ練習になんねーだろ。むしろこれくらいぶっ壊すぐらいじゃねーと、クリスマスボウルへ行けねーぞ』

 

 だけど、それは一年も前の話。

 

 ヒル魔と武蔵が入部して、ちゃんとしたアメフト部に認定されて、そして――

 

 ・

 ・

 ・

 

「わわ、わー! す、すごいよ長門君! 押しても全然ビクともしない!」

 

「………」

 

 練習器具相手ではなく、実戦式で押し合う対人練習。

 それで真っ向から衝突しても押し進ませなかった今年入部の後輩に、栗田は絶賛する。逆に抑え込まれたことになるのだが、悔しさなど微塵もない、満面の笑みである。きっと心から誇らしく思っていることが、その顔を見れば誰だってわかる。

 一方で、称賛を受けているはずの後輩の長門は、渋い顔。

 

「栗田先輩」

 

「何かな、長門君!」

 

()()、手を抜きましたね」

 

 半目で、じっと非難する。これに栗田は慌てて、

 

「そ、そそそそんなことないよ! 僕は全力、でぶつかって……ね?」

 

「そんな最後に自信なさげに訊かれては、こちらも騙されようもないんですが。まったく、ウソがつけない人ですよね先輩は」

 

 多分に呆れの篭った息を吐く長門。

 向こうで、武蔵のキック練習に付き合っているヒル魔を見ながら、

 

「何というか、栗田先輩はプレイが縮こまっている……相手に遠慮していることが多い。ほら、ヒル魔先輩がする掛け声のように『ぶっ殺す』くらいの気持ちでやってみませんか?」

 

「できないよそんなこと! 長門君は初めての、それもすごい僕たちの後輩なんだから!」

 

 長門が提案するも、全身で拒否反応を示すかのように手と頭を左右に全力で振る栗田。

 

 麻黄中デビルバッツの新戦力、長門村正は、紛れもなく天才だ。

 ブロックも強いが、キャッチもランもパスだって上手だ。体を張って壁になることしかできない自分とは全然違う。

 正式な部になって10分後に試合を申し込んだ王城の進清十郎にだって負けない素質のある将来有望な後輩。そう思うのは栗田だけじゃない。ヒル魔や武蔵も一緒。溝六先生も中一なのに半端なく厳しい練習を課しているのは、それだけ大きな期待をしているからだ。

 

 だから、壊さないように、大事にしないと。

 大事な後輩を、練習器具のように壊したら大変だ。

 

「だから、絶対に長門君がケガしないように全力で注意するからね!」

 

 そんな力いっぱいの宣言にまた悩ましそうに眉間に指をあてる長門。

 

「はぁ~~……ヒル魔先輩は、パスキャッチ百球目だろうが、嬉々としてキャッチの限界点をついてくるスパルタ仕様だというのに、栗田先輩はどこまで行っても接待対応が抜けきらない激アマ仕様とか。先輩方は、本当に真逆を行っている。だから、相性がいいのかもしれませんが」

 

「そ、そうかな!」

 

「別に褒めてはいませんからそんなテレテレしないでください。確かに、そういう優しさが栗田先輩の美点なんだと認めてますけど、このままだと練習にならない」

 

 厳しいことを突き付けるが、それも事実だ。

 試合では、相手はこちらを全力で潰しにかかってくる。敵だ。敵はこちらも全力で潰しにかからなければならない。そうでなければ、やられるのは仲間たちになるのだから。

 だから、練習で手を抜くような真似をされては、たまらない。

 

「俺は麻黄中に入ってから、先輩方の凄さを見てきました。武蔵先輩のキックやヒル魔先輩の戦法を思い知ってきましたが、一番にこの肌身に体感しているのは、栗田先輩のパワーです」

 

 人数こそ少ないが、ここには本気で全国大会決勝(クリスマスボウル)を夢見ている先人がいた。だから、長門村正は、この麻黄中デビルバッツに加入したのだ。

 ここなら、自分も本気でぶつかり合えるんだと信じたから。

 その意志を目に篭めて、心優しき、このチームを創り上げた最初のひとりである先輩を見つめる。

 

「日本刀の玉鋼は、繰り返し打ち込んで鍛錬することで強度を増していく。

 だから、栗田先輩、本気で、ぶつかってきてください。この先、どんな相手のタックルを食らっても、絶対に壊れない選手になります。そのためにも、俺が初めて会った、俺以上のパワーを持つと認めた栗田先輩に本気で打ち込ませないとならないんですから」

 

 

 ~~~

 

 

『白秋! 白秋! 白秋!』

 

 白熱する白秋の応援席。

 一方で、お通夜みたく冷め切っているのは、泥門側。

 

 16対21。

 タッチダウンを決めた白秋はボーナスゲームで2点の追加点。あと一回のタッチダウンで追いつけるところまで点差を詰められた。

 だが、そんな追い上げよりも深刻なことがある。

 

『負傷者2名! レフリータイムアウト!!』

『ヒル魔ァアアアアアア!!』

 

 ヒル魔妖一の、負傷退場。

 白秋がタッチダウンを決めた直後に審判が試合中断。白秋の如月ヒロミも同じように、担架でフィールドの外へ――それから治療のために、姉崎まもりに付き添われながら医務室へと移送された。

 

 クォーターバックは、すべての攻撃の起点。

 それを潰されるということは、心臓部を破壊されたに等しい。

 早急に状況を立て直すには、誰かがこの一番負担の大きい司令塔を担わなければならない。

 大会で最も人数の少ないチームである泥門デビルバッツに、この重役をこなせるのは……

 

「さて、と……格好悪いところを見せちまった名誉挽回をしないとな」

 

 勢いで押し切らんとしたが、あと一歩のところで、足を滑らせた。

 一瞬の隙が、命取りとなって、長門は、峨王に倒された。その際に、額から血を出してしまったために、治療のため、フィールドを離れていた。

 おかげで、少しは頭に上っていた血が治まってくれた。

 

「もう少し……ゆっくりしていっても構わねぇんだぞ」

 

 立ち上がろうとした気配を察し、長門に傘をさしていた酒奇溝六は、長門にしか聴こえないような音量を絞った声でそう言う。

 恩師が、こちらを気遣ってくれているのはわかる。その険しく細めた目から、無理をしたせいで膝を壊した己の二の舞になってくれるなという言外の思いが伝わってくる。正直に言えば、このまま前半は捨てて、後半まで休んでおくべきなのだろうが。

 

「でも、この瞬間に立ち上がれなきゃ意味がない」

 

 白秋のキックをリターンして、これから泥門の攻撃という場面。ヒル魔妖一の退場というショックを拭えるか、それとも引きずるかの試合の趨勢を決める最初の舵取りが肝心となる大事な戦況。

 今、戦場でぐらついている仲間達(チーム)をいつまでも傍観していられる奴は、エースではない。

 

「溝六先生……あなたは、膝を壊した時も、途中で放棄して休んだり投げたりせず、最後まで仲間達のことを信じて、戦った」

 

「この大馬鹿野郎が、先人の失敗談っつうのは、真似しないように戒めるためのモンだ」

 

「溝六先生は、間違っていない――『死の行軍(デスマーチ)』を踏破した俺達が、災難に屈さないことを、これから証明していきます」


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