悪魔の妖刀   作:背番号88

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4話

「恋ヶ浜の試合が久しぶりのアメフトの実戦だったな」

 

 春大会初戦の試合の後、長門君はそんなことを言った。

 何でも麻黄中時代、一緒にアメフト部をやっていたヒル魔さんや栗田さん……先輩たちが卒業して、泥門高校に進学した後、アメフトの試合はほとんどできなかったのだそうだ。

 今の泥門のように、他の運動部から助っ人を借りないととてもじゃないけど試合人数に足りないのだ。(ヒル魔さんが中学の校長を脅して)アメフト部は部員1名でも存続させてくれてはいたけれど、長門君は、ヒル魔さんが脅迫手帳で無理やりに従わせるようなやり方はやりたくない、というか、できなかった。卒業した先輩の威を借るような真似を、長門君は好まなかった。

 

「じゃあ、長門君はずっと一人でアメフトの練習を……」

 

「いや、小早川。勘を訛らせないように毎日ボールに触っていたが、中学三年、先輩が卒業してからの一年間はある空手の教室にずっと通い詰めた」

 

 長門君曰く、アメリカンフットボールは球技であり、格闘技だ。

 寂れた空手教室にて、一打必殺を真髄とする空手を修めた長門君は手刀を打ち込めば、氷柱を叩き割り、何枚も重ねた瓦を粉微塵にすることができるようになったという。

 うん、恐ろしい。防具があっても僕にはとてもフィールドで長門君と対峙できそうにない。

 

「そう怖がるな小早川。確かに対人スキル(物理)を伸ばした結果、人間凶器となった俺だが、あの道場で何よりも学んだのは心構えだ」

 

「心構え?」

 

「空手は心を養う。人を打つ、という事が自らも打たれることを知るということ。自らの一撃が相手に何を及ぼすか、どれだけの痛みや悲しみを与えるかを悟った時……打つ意味と、打たれるという事を知る……そう、空手の師匠に教わった。

 確かに、相手を打ち倒すことしか考えていない一撃には、重さが宿らない」

 

 武道の心は型ではなく、その語の通り、“道”として型を通る。型に囚われることなく、達観した精神を会得することがその道場を運営する師範の指導方針だったそうだ。

 

「明日の王城戦……進清十郎のタックルには、その重みがある」

 

 

 ~~~

 

 

「パスだパース! 次はロングパスで行くぞー!」

「ヒル魔先輩、この陣形でパスはちょっと……」

 

 泥門のオフェンス、これまでとは陣形が違う。

 クォーターバック・ヒル魔の後ろに助っ人ランニングバックの石丸がついていて、さらにその後ろ左右に21番と88番。ボールを持って走るランナーが3人もいる。

 その意図は情報不足で読み取れないが、司令塔がさっきから大きな声で宣言している。

 

「進! パスらしいぞ! ……と、思わせて裏をかいてくるかもな! って、あれその裏? ウララ?」

 

「憶測は無意味です。目の前の動きだけを信じましょう。いつもの布陣でいつも通りに。ホワイトナイツのディフェンスが破られることはありません。

 デビルバッツのオフェンスの中軸を担う88番・長門村正も自分が止めます」

 

 ひとりの選手が投入された、それだけで浮足立っていたホワイトナイツの顔つきが変わる。

 本来の王城へ戻ったのだ。

 

「ばーーッ、はっはっ!! お前が入ると締まりが違うわ! よし、ヤツに本物の“槍”を見せてやれ!」

 

 

「糞カタナ、ここから先はテメェがあの進清十郎をどこまで相手できるかにかかってる。死に物狂いであの化物を止めてこい!」

 

「わかってますよ、ヒル魔先輩。俺が、ホワイトナイツのディフェンスの要である進清十郎を止めます。……去年の先輩方の敗北を無駄にはしませんから」

 

 

 ~~~

 

 

「SET! HUT!」

 

 進清十郎が入り初めてのプレイ。

 ランニングバック・石丸がまずヒル魔と交錯する。

 

「潰ーす!!」

 

 真っ先に大田原が反応するが、石丸はボールを持っていない。ヒル魔の渡したフリで、そのまま自らボールを持って疾走。

 

「違う、大田原。渡してない! ボールを持って走ってるのはヒル魔だ!」

 

 しかし、進が要に入り、安定感が増した王城ディフェンスはその程度では揺らがない。すぐさまヒル魔を潰しに迫る。

 

「チッ、反応が速い。やっぱ進が入るとディフェンスの意識が変……」

 

 ……とか何とか喋ってる間、ヒル魔はタックルされる前に、まったくそちらを見ずに斜め後ろへトスしていた。

 ボールを投げたヒル魔はそのまま潰しにかかった選手に組み付いて、ブロック。道を空ける。

 

「来るぞ、88番だ!」

 

 ヒル魔のパスがどこに来るのか知っていたかのように、ほとんど見ないでキャッチした長門が快走。

 

「それでも、釣られずに来るのが、史上最強のラインバッカー」

 

「行くぞ、長門村正……!」

 

 高校最速の脚を持つ男は、ディフェンスの動きを瞬時に見分けてボール運びをしようとも翻弄されることなく、しっかりと周り込んでいた。

 

(ここで勝たねば、太刀打ちできない……!)

 

 ぶつかるエース対決。一年の差があれども両者ともに鍛錬を積んだ天才同士。

 

 “日本史上最強のラインバッカー”として有名で数多くの記録映像を残している進清十郎と、徹底して情報秘匿された長門村正。どちらが試合前に相手を研究できているかと言えば、それは断然、後者に分がある。

 

(進清十郎を相手に情報戦で圧倒的に有利で望むことができたのは、ヒル魔先輩のおかげだな)

 

『この進清十郎の『スピアタックル』を攻略する。そいつが糞カタナの『デス・クライム』だ』

 

 定めた課題を期間内に達成するために、自分でその手段を模索し、攻略する『デス・クライム』……卒業した先輩たちからの高校進学までの宿題。

 去年の練習試合。デビルバッツがホワイトナイツに大敗した試合映像、進清十郎のプレイを中心に撮影したビデオを、ヒル魔妖一は、この長門村正に送りつけていた。

 勝負はもう大会よりもずっと前に始まっている。

 

(先輩たちが骨を折ってでも集めてくれた布石……これで、一矢報いねば、後輩としてあの先輩たちに顔向けできん!)

 

 ビデオ見て研究し、実際にその“槍”を習得して呼吸を理解する。

 進清十郎の『スピアタックル』は、真正面で受けてはならない。あの重い一撃を受ければ岩のように硬い肉体をもってしても沈む。

 ――ならば、突かれる前に押さえる。

 

 

 ~~~

 

 

 ホワイトナイツの高見を潰したあの『スピアタックル』は、直接本人からコツを教えてもらったわけではなくビデオからの見様見真似の独学で模倣した。ヤツからすれば単にできることをやっているだけだろう。

 中学時代、今の泥門と同じように素人の助っ人で固めた寄せ集め集団をカバーするために、パス、ブロック、ラン、キャッチ、そうキックを除いて何でもやろうとし、実際、できるようになっていた。そして、そのすべてに適性のある才能を見込んだ糞アル中が叩き込んだテクニックを乾いたスポンジが水を吸うように覚えていった、要するに飲み込みが異常に早いヤツだった。

 NFLのプロ選手のスーパープレイをまとめたビデオを鑑賞させたことがあったが、自分の能力以上の動きは再現できないのは実験して把握済み。――それでも進清十郎の動きはできた。

 

(糞カタナのポテンシャルは、進と何ら遜色ない。アイツも紛れもなく天才。それも努力する天才っつう化物だ)

 

 そして、『スピアタックル』を真似られたということは、つまり、その動きをヤツなりに噛み砕いて咀嚼して、自らの血肉として取り込み、頭だけでなく体でもそれを理解しているという事。

 いくら音速のタックルだろうと、既にあの天才は研究し、“進清十郎”の思考と型を模倣し、対処策を積んでいる。

 

 

「おおおお! 『スピアタックル』だー!」

 

 パワー、スピード、テクニックの三位一体揃ったパーフェクトプレイヤーが、音速で繰り出してくる槍の如き腕。

 長門が反射的にカットバック。猛然と、だけれども波間を縫うような軽やかな動き――だが、進の腕はぐんと伸びてくる。40ヤード走4秒4と4秒7。長門村正が逃げるよりも進清十郎の加速の方が速い。

 

(それでも、下がりながらの体感スピードで、俺には止まって見える!)

 

 進のストレートに放った腕に対して、クロスカウンターを決めるように伸びる長門の腕。

 

「足の速さでは敵わないが、腕の長さ(リーチ)では俺が上だ!」

 

 『スピアタックル』よりも先に相手を押さえたそのハンドテクニックは、『スティフアーム』

 スラリと長いその腕でつっかえ棒にして間合いを取る技術で、進のリーチよりも長門のリーチの方が長いことを活かした。

 

「な、進の“槍”が止められた……!?」

 

 それでも、それでもあの史上最強のラインバッカーならば、すぐに切り返して再度タックルを試みるだろう。

 だから、ここで止める。長門村正は捕えた進清十郎を、両腕で押さえにかかる。

 

「まさか……!」

「気づいたか。だが、もう遅い! 俺の勝ちだ!」

 

 進清十郎に足の速さでは敵わない、瞬間的に追い縋れても躱されるだろう。しかし、こちらがボールを持っていれば必ず近づいてくる。

 ボールはエサ、長門の役目はリードブロック。スピードでは劣るも、お互いベンチプレスは140kgとパワーは互角、そして、身長190cm体重90kgと身長175cm体重71kgと体格ではこちらが勝る。力勝負の土俵に持ち込めば、抑え込める。

 

「そして、“高校最速”の看板も今日で降ろさせてもらうぞ」

 

 研究と策を弄しても史上最強のラインバッカーを抑えるのに精一杯だったが、これで十分。すでに、これまで長門の長身の陰に隠れて並走していたアイシールド21へトスしていた。

 

(ヒル魔さんと石丸さんが王城のディフェンスを散らしてくれて、長門君が今、一番怖い人を止めてくれた。――これなら、行ける!)

 

 光速のランニングバックが、爆走。

 残り10ヤードもない距離を一気に走破して、タッチダウン。22-0と泥門デビルバッツはさらに王城ホワイトナイツを突き放した。

 

 

 ~~~

 

 

 三度目のトライフォーポイントを、また同じ三人ランナーを要するフォーメーションで攻めるデビルバッツ。

 長門とアイシールド21のコンビランを阻止せんと意識をそちらに重点を置いて傾ける王城ディフェンスが、最初の石丸を無視しようとしたのを見分けて、ヒル魔が陸上部の石丸へ渡したが、それはゴールラインぎりぎりのところで阻まれた。

 ボーナス獲得はならず。だが、それでも牽制になった。

 

 そして、王城のオフェンス……。

 

「パス壁破れた!! 投げろ高見!!」

 

 王城のパスを潰しに、高見に猛ラッシュ。

 攻撃は最大の防御とばかりに多少の失点を覚悟で、一発奪取を狙いに来る泥門。守備の時でも攻撃する姿勢は崩さない博打度の高いディフェンスだが、泥門に怖い一発があるのは前回のプレイで証明されている。

 

「くっ!!」

 

 破壊的な突撃に、三次元に広い守備範囲を兼ね備えた背番号88が視界に入るや、無理にでも高見はパスを投じる。

 

「糞カタナのプレッシャーに焦って計算がズレたな。――行け、糞チビ!」

 

 後衛に控えていたアイシールド21がその爆速ダッシュでレシーバーの下へ放たれたボールを追いかける。

 それでまたインターセプトこそ叶わなかったが、相手のパスを弾いて攻撃失敗させた。

 

 

 ~~~

 

 

 その後も何度かパスを通すことはあっても、ゴールラインまで行くことはできず、王城は泥門へと攻撃権交代。

 そして、泥門はヒル魔が王城ディフェンスを翻弄し、長門がエース・進を押さえ、その隙にアイシールド21が爆走を飛ばす。

 アイシールド21の脚に追いつけるのは、進だけだが、開幕キックオフリターンで見せた長門の脚も無視することはできず、結果、進は一度もアイシールド21を阻むことはできなかった。

 そうして、デビルバッツのランプレーをゴールラインギリギリのところで阻止することができたホワイトナイツだったが、そこで審判が笛を鳴らした。

 試合は、22-0と泥門リードのまま前半戦が終了。

 

「おい、俺達夢でも見てんのか?」

「まさかあの王城に勝ってるなんて……」

「すげぇな! アイシールド21と長門のダブルエースは!」

 

 まさかの展開に当事者のプレイヤーたちも驚きを隠せない。

 

「ふぅ……」

「大丈夫か、アイシールド21?」

「あ、うん。全然。長門君がしっかりブロックしてくれたおかげでほとんどぶつからなかったし……。僕より、長門君の方は大丈夫なの?」

 

 セナのすぐ前で、長槍と太刀が激しく斬り合うような攻防が繰り広げられていた。

 両エースの鎬の削り合いは見ているだけで悲鳴を上げそうになるくらいの迫力だったけれども……どこか、胸の奥が熱くなるような感覚を覚えた。

 

「“基礎が大事”だとある先輩にこってり絞られたからな。このくらいでバテるような軟な鍛え方はしていない……と言いたいが、あの進清十郎の相手は流石にしんどい。やり合うたびに神経が削られる。躱してボール運びはやっぱり無理だ」

「フゴゴッ」

「ああ、小結。それは向こうも同じはずだ。あのエースに仕事をさせないのが俺の仕事だ。アイシールド21はフィールドを、そして、小結は大田原誠を相手して大変な栗田先輩を支えてくれ」

「うん」

「フゴッ」

 

 まだ半ばだが、勝利が現実味を帯びてきた。

 エース投入をさせても点が取れたのがやはり大きいだろう。あれでデビルバッツは勢いづいた。

 

「すごいよすごいよ! このままいけば、僕たちあの王城に勝てるかも……!」

 

「ケケケケケ、このまま点差を守り切ってとか考えてねーよなぁ? 99点取られようが100点取りゃ勝つんだ。最後まで攻めて攻めて攻め抜くぞ糞共!」

 

 

 ~~~

 

 

『どうしたことでしょう。前半、エース桜庭君が不調なのか、相手チームにリードを許してしまっています! でも、後半はきっと皆さんの声援に応えて大活躍してくれるでしょう!』

 

 嫌な流れだ。

 先輩たちが金剛兄弟のコンビプレイ『ドラゴンフライ』に圧倒された去年の試合を思い出す。

 

「たるんどる! この体たらくは何だ。素人が大半のチームに22点もリードを許してどうする!」

 

 監督が険しい声で自分たちを叱責する。

 正直、今日の試合、これほどに苦戦するなんて思っていなかった。だって、先日の泥門対恋ヶ浜戦を見た時は本当に素人の寄せ集めで、王城の歯牙にもかけない弱小チームだったはず。……でも、自分たちがいなくなってから現れた、あのアイシールドの21番と、前半、進に仕事をさせなかった88番が加わっただけで、王城は圧倒されている。

 いや、彼らが登場した試合後半のプレイを偵察できなかったことが、今、大きく響いているんだ。事前に情報が入っていれば、こちらだって対策を立てれたはずで……つまりこれはますます自分たちの失態になってしまう。

 

「桜庭ァ! 最初のパス! キャッチできたのならしっかり抱え込め! 油断したからボールを捕られたんだ!」

 

 ひっ! やっぱ覚えてた。

 でも、あの進と互角に勝負ができる天才相手に、どうやったって自分じゃかないっこない……はず、なんだ。

 

「ん?」

 

 監督の目が、こちらの額……ヘルメットを注視する。そこには、試合前に所属しているジャリプロの社長が貼っていた契約しているスポンサーの広告シールがあって、今、剥がれそうにピロピロと風に揺れていた。

 庄司監督はそれをひっぺ剥がして、怒鳴りつけた。

 

「なんだこれはっ!」

 

 それを見た社長・ミラクル伊藤が慌てて、

 

「監督、それはですね」

 

「防具に舐めた真似をするな! そういうたるみがケガに繋がるんだ!」

 

 しかし、監督は社長を叱り飛ばすと、意にも介さずに剥ぎ取ったシールを丸めてマネージャーが持つ屑籠へ放り捨てた。

 

「自分の身も守れん奴が敵と闘えるか!」

 

 でも、これはしょうがない。監督は物凄く厳しいけど、間違ったことは言わない人だ。

 そう、負けているのにチャラチャラしたシールを気にしている余裕はないのだ。

 だから、部員は誰も異議申し立てはしないのだが、最も監督に忠実な進が意見した。

 

「監督。あの長門村正は、金剛阿含に匹敵する脅威です。行かせてください、『巨大矢(バリスタ)』を」

 

「いかん! お前もわかってるだろ。まだあれはとても実戦では使えん」

 

「いえ、可能です」

 

「お前ひとりが可能でどうする!」

 

 前半、幾度となく対決したからこそその実力のほどが進には肌にしみてわかったのだろう。珍しく焦っている。あんなに『スピアタックル』を封殺した相手は進にとっても初めてだろう。

 確かにあの88番さえ封じ込める事さえできれば、王城オフェンスは着実に点を取り、逆転することもできるはず。

 でも、その案は実行できないのだ。今の王城では。

 高見さんが進を諭すように、監督の方針を支持する。

 

「『巨大矢』は……王城戦術の革命だ。皆、まだとてもじゃないけど練習不足だよ」

 

「…………わかりました」

 

 腕の筋が強張るほど拳を握り締める進。

 言葉少なで無愛想な進だが、その悔しさは伝わってくる。

 

(でも俺には何もできない……)

 

 

 ――そして、試合は後半いきなり動いた。

 

 

「ロングパスだーー!!」

 

 

 これまでと同じランプレーで行くかと思ったら違った。

 88番への長距離高度のレーザーパス。捕まらぬよう長い腕の射程から離れて間合いを取っていた進はわずかにそれに出遅れた。

 

「今度は、僕が長門君を……!」

「っ!」

 

 一瞬の遅滞。さらに挟み込むようあのこれまで選手との接触を極力避けていたアイシールド21が、ブロックに入った。これがまた進にわずかにブレーキをかけさせる。

 こうして思いっきりジャンプさせぬよう貼り付くことができず、また指先すら掠ることのできない高いパスをカットすることは進にも無理だった。

 

 密着して競り合わなければ、パスが通る。だから、前半あれほど腕のリーチを生かしたカウンターブロックで、自然と警戒させ間合いを取らせるように牽制をしていた。

 この仕込みが生きて、ロングパスを成功させた88番は、そのままサイドラインを沿うように走る。後ろから猛然と高校最速の進が追いかけている。きっと追いつくだろうが、これは相当なヤード数を稼がれる――はずであった。

 

 

 ~~~

 

 

『アメリカンバーガーさんがジャリプロに落とす契約金3000万。それだけのお金穴埋めできる? アメフトは“遊び”だけど、こっちは大切な“お仕事”な訳。わかる?』

 

 ハーフタイムの後、こっそりと監督に見られないように社長が握らせてきた星形のスポンサー広告のシール。

 ……それを捨てきれず、結局、ヘルメットに貼って試合に望む。

 その罪悪感で桜庭はどうにも試合に集中し切れず、チームが逆転せんと奮起する中でひとり頭を抱えて俯いていた。

 そんな時、シールの粘着が弱かったのか、吹いてきた風に剝がされて、ひらりと飛んで行ってしまう。試合中のグラウンドの方へと。

 

(やば)

 

 あれが社長から渡された最後の一枚。

 早く拾わないと……試合から意識は離れていた桜庭は状況を何も考えずにただ風に乗って離れていくシールを追って――グラウンドに入ってしまった。

 

 

「なっ!?」

 

 後ろから進清十郎に追いかけられる長門は全速力で疾走していた。その史上最強のラインバッカーが放つビハインドプレッシャーに意識が割かれていた彼は、この目の前に飛び出してきた乱入者に気付くのが遅れてしまう。

 

(くっ、躱し切れん……!)

 

 己の体格で高速でぶつかればただでは済まない。その事をよく理解している長門は桜庭をどうにかしてでも、回避しようとして――――衝突した。

 

 

 ~~~

 

 

「キャアアアア」

 「桜庭君がー!」

  「桜庭君がー!」

 

 衝突直前まで気づかず、まともにブチかましを食らった桜庭の身体は大きく吹き飛んだ。

 ベンチを巻き込んでの転倒は、桜庭の鎖骨を折って、とてもじゃないが立てそうにもない。ドクターストップがかかり、すぐに救急車が呼ばれた。

 

「ひどすぎ!」

 「最悪――」

  「何すんのよ桜庭君にー!!」

 

 一方で、ぶつかった側の長門村正は、ほぼ会場全体、桜庭のファン全員から大ブーイングを浴びせられながらも……すくっと立ち上がった。

 

「っ……」

 

「大丈夫、長門君!」

「フゴッ!」

 

 長門の下に、アイシールド21、それから小結が駆け付ける。その後ろから遅れて、先輩二人。

 

「おうおうよく吼える。無視しろ、フィールドに入るバカが悪い」

「な、長門君、気にすることないよ……」

 

「……っ、そうですね。あと2、3ヤードは稼げそうでしたけど今ので攻撃連続権を獲得できましたし、もう一度ジャンジャン攻めていきましょう栗田先輩。最後まで攻め切って勝つのがデビルバッツのアメフト哲学です」

 

 士気を上げて、フィールドへと走っていく長門……そのとき、ヒル魔はわずかな違和感を覚えた。

 

(まさか、糞カタナ……)

 

 

 そして、同じく、長門村正の走法のフォームのわずかなズレが目についたものがもうひとりいた。

 

「進、どうした?」

 

「……いえ。何でもありません」

 

 

 ~~~

 

 

『ついに『スピアタックル』が決まったーー!!』

 

 アイシールド21と88番のコンビラン。

 しかし、リードブロックをするはずだった88番が、巧くカットバックのステップが踏めずに一撃をもろに食らった。その勢いで吹き飛ばされた体が、盾として守るはずだったアイシールド21を巻き込んで、共倒れ。

 

(やはり……)

 

 後ろを追いかけていた進は見えていた。

 フィールドに入った桜庭を避けようと、全力疾走していた88番が強引にブレーキを掛けようとして、足を捻ってしまったのを。

 その後すぐに平気そうに立ち上がったが、今のプレイを見る限りそれは痩せ我慢で、とてもアメフトができるような状態ではない。前半のように『スピアタックル』を捌くことは無理だろう。

 

「長門君、どうしたの!? 脂汗がすごいけど……!?」

「ぐっ……。すまん、すぐ立つ――っ」

 

「…………タイムアウトだ」

 

 立ち上がろうとして、すぐ顔を顰めて膝をつく。

 異変を感じ取ったドクターたちがその様子を見咎めて、泥門の司令塔・ヒル魔妖一が歯軋りさせながら、ヘルメットを脱いでタイムアウトを取った。

 試合は一時中断され、立ち上がれぬ長門村正を栗田良寛と小結大吉が、その負傷した左脚に注意しながら泥門ベンチまで運ぶ。

 

 

 ~~~

 

 

「終わったな」

 

「阿含?」

 

「この試合、王城の勝ちだ。あの88番がいないんじゃ、カス共が集まった雑魚チームじゃ進は止められねぇ。オフェンスも同じだ。危ねぇロングパスはしないで、ショートパスとランで繋いで、確実に決めていけば逆転するだろうよ。はっ、今日の試合のMVPじゃねぇか、エース桜庭。相手チームのエースを潰したんだから」

 

「……つまらん幕引きになってしまったな」

 

 

 ~~~

 

 

「出ます」

「ダメ」

 

「大丈夫です」

「大丈夫じゃない」

 

 ベンチに座らされた長門君とまもり姉ちゃん。長門君は足をテーピングでガチガチに固めれば試合に出れると主張するけど、腰に手を当ててるまもり姉ちゃんは断固として認めない。

 それは栗田さんたちも同じ。

 

「長門君、無茶はダメだよ。怪我が悪化したらもっと大変になっちゃう。それでもう二度とプレイが出来なくなったら……」

「無理は、禁物……」

 

「じゃあ、ドクター呼んでくるから。ジッとしてないとダメだからね」

 

 長門君が無理して立たないように、小結君が肩を押さえている。まもり姉ちゃんは医者の人を呼びに行った。そのお目付け役がいなくなったところで、長門君はヒル魔さんに目を向けた。

 

「ヒル魔先輩、俺はまだ――」

「メンバーチェンジだ、糞カタナ」

「ヒル魔先輩!」

「はっ、突っ立てることしかできねぇヤツに進を止められるか。それなら助っ人連中を入れた方がよっぽどマシだ」

 

 ヒル魔さんは長門君の出場を認めず、審判に選手交代を申請してしまう。

 

「俺は……勝ちたいんです……!」

 

「テメェがいなくても勝機はある」

 

「でも!」

 

「クリスマスボウルに本気で行きてぇなら、次に備えろ」

 

「っ!……わかり、ました……」

 

 項垂れる長門君。とても納得できるものじゃないというのがすごくわかる。

 ヒル魔さんはああいうけど、長門君がいないとあのエースの人を押さえられない。去年の練習試合で二人の骨を折ったって言うし……。助っ人の人達も、不安がっている。リードしているはずなのに、長門君という大黒柱を失ったチームは今にも総崩れしてしまいそう。それが長門君もわかっているから、無茶をして試合に出ようとしているんだ。

 でも、ここで長門君が、本物のエースが怪我でアメフトができなくなっちゃうのは、ダメだ。

 だったら、ここで皆を納得させるには……ノートルダム大のヒーロー、正体はただのパシリで初心者のインチキ・ヒーローだけど……もうひとりのエースである僕が――

 

 

「長門君、僕が進さんに勝つよ」

 

 

 ~~~

 

 

 姉崎先輩が連れてきた医師に診てもらったところ脚は捻挫。骨にまで影響が出るほどひどいものではないけれど、二週間は跳んだり走ったりは控えるようにと注意され、念のために後で病院へ行くようにと言いつけられた。

 

 そして、試合は後半、前半から一転して王城優勢の展開になった。

 高見が指揮するオフェンスチームは冷静に着実にゴールまでのヤードを縮めて点を重ねていき、ディフェンスもラインバッカー・進が、エースランナー・アイシールド21の爆速ダッシュを悉く潰し、時にはインターセプトして、自らタッチダウンを決める。劣勢になるほど士気は下がり、”勝っている”という疲労の負担を忘れさせてくれる興奮から目が覚めていくにつれて助っ人たちの動きも鈍くなる。

 後半第三クォーターで急速に追い上げ、第四クォーターにもなると逆転を許し、22-35。

 

 しかし、最後のプレイで、後半幾度となく挑んできたアイシールド21が、進清十郎を抜いた。

 

 中軸の大田原と進を避けるよう大外を攻めていた泥門が、突然敢行した中央突破。

 速攻。スタート直後にヒル魔からボールを渡されたアイシールド21は真っ直ぐ飛び込んだ。そして、栗田と小結が空けた道を突破し、40ヤード走4秒2――光速の世界の住人となったアイシールド21は、あの高校最速の進清十郎を、置き去りにしてタッチダウンを決めたのだ。

 

 その後、全力の全力疾走したアイシールド21は力が抜けてぶっ倒れてしまったが……確かに宣言通り、進清十郎に勝った。

 

「触れもしないスピードにはどんなパワーも通じない、か……」

 

「ごめんね、長門君……あんなこと言ったのに結局、負けちゃって……」

 

「いや、お前は勝ったよ。たったひとりで、あの進清十郎に勝った。ナイスラン」

 

 

 試合は、28-35で、泥門デビルバッツは王城ホワイトナイツに敗れた。

 春季東京大会、泥門高校は2回戦敗退。

 

「終わっちゃった……。折角初めて一回戦勝ったのになぁ……。大会……また、終わっちゃった。

 おおおお~~~ん!!」

 

 栗田先輩が泣いた。あんなに悔しそうに泣いたのは初めて見るかもしれない。その横で小結が気遣わしげにしている。

 

「……じゃあ、整列に行こうか」

 

「あ、じゃあ、僕が肩を貸すね」

 

「お前もラストランでぶっ倒れたんだろ。俺はすでに杖を借りて……」

 

 と、そこで不意に杖へ伸ばした手が止まって、うまく言葉にできないよくわからない気持ちが唐突に考えを変えた。

 

「…いや、肩を貸してもらおうか、セナ」

 

「!…うん、長門君!」

 

 

 ~~~

 

 

「ぬーーん!! 負けた……ハッキリ負けた。栗田、それとあの88番に負けた……!」

 

 王城が勝利した。

 しかし、大田原さんが唸る通り、チームとしても、そして、個人としても完勝とは言い難い決着だった。

 

(アイシールド21、そして、長門村正)

 

 整列する泥門デビルバッツ。そこに進の前で並んで挨拶する肩を借りる長身の男と、それをふらつきながらも頑張って支える小柄な男。今日の試合、この二人にスピードとパワー……それぞれ負けた。

 

全国大会決勝(クリスマスボウル)に行くのは王城だ!」

 

 明確な目標ができた。ならば、それを果たすまでたゆまぬ鍛錬を重ねるのみ。そして、勝った以上、この二人に無様を見せぬよう勝ち続ける。

 

 

「うちの選手が迷惑をかけた。申し訳ない」

 

 王城ベンチに挨拶に来たデビルバッツ、長門村正へホワイトナイツ監督・庄司軍平は頭を下げて謝罪をした。

 

「そして、選手生命を断たれた選手を知る者として……よく堪えてくれた」

 

「……いえ、皆のおかげです。我慢できたのは俺の意思があったからではありません」

 

「そうか……」

 

 

 今日の試合で、勝者は誰もいない。

 だが、勝負の世界は挫折を経験したものこそが強くなれる。

 今年はまだ始まったばかり。そして、王城、それに泥門は今日の試合を糧としてきっと強いチームになる……そう庄司軍平は確信した。

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