悪魔の妖刀   作:背番号88

40 / 58
長いので二話分割。
本日一話目。


40話

『獲らないか? 力の頂点を』

 

 それが、俺をアメリカンフットボールの世界へ引き込んだマルコという男の誘い文句。

 奴は知っていた。

 その頂を目指す(みち)は、果てしなく険しいことを。

 自身の才能は決して一流には届かないことを。

 そう、思い知っていた。

 己は、井の中の蛙だったということを。

 

 だが、男は、それでも登ると決めた。

 険しいのか? 己に向いているのか? 可能なのか?

 ――そんなのは関係ない。

 決めたのだ。頂点まで登り詰めるのだと。

 才能が足りないというのなら、臆面もなく人の手にすがり、己の手を汚し、愛する者に侮辱され、それでもなお頂点を獲るために。

 全ての雄が本来持っている焼けつくような渇きは、ただ頂点を獲ることだけでしか満たせない。

 

 

「峨王、もうこれ以上ないっちゅうくらい警戒してたんだけど、それでもまだ長門村正という男の認識が甘かった」

 

 前半が終了して、白秋が劣勢なのは初めてのことだ。いや、()()()()()()()()()()()()()()ことに驚く者もいるだろう。

 峨王力哉の破壊に、持ちこたえている。それが白秋ダイナソーズの予定調和(リズム)を乱している。

 

「でも、構わない。峨王、()()()()()()

 

 その力を信じている……!!

 

 

「ああ、任せておけ、マルコ。お前の期待に応えてやる」

 

 

 ~~~

 

 

 白秋の攻撃から始まった後半戦。

 白秋の戦術方針は変わることなく、先陣を切る峨王が、障害を蹂躙する『北南ゲーム』

 圧倒的なパワーに対し、パワー・スピード・テクニックを駆使するも、重心を崩す“毒”に“耐性”――打ち込むごとに倒れ難くなっている。

 頭で理解してやっているのではない。敵の技を体で覚え、細胞が倒されるのを拒んでいるよう。

 

 強く、なっている……!

 単純に力が増したとかではない。意識が変革しつつある。

 敵を押し倒すことにこだわらなくなっている姿勢から、ボールの元へいかさんとする意志の萌芽を、長門は峨王の中に感じ取った。

 ラインマンとしての成長――ルーキーである峨王はさらなる伸びしろを秘めているのだ。

 

 人力を超えた野獣を、飼い慣らすことはできない。

 だが、パートナーとして、信頼を注げば――野獣の血は、更に力を滾らせる!

 

(長門村正は、怪物。こいつには敵わない、そう俺の中で格付けされちまった。それでも、長門を超える史上最強の怪物――峨王が必ず抑えてくれる……!!)

 

 そして、マルコも応えた。

 ボールを、泥門に奪わせない。時に強引に突破して、時に技巧を駆使して、ボールを奪いに来る泥門の守備を潜り抜けていく。

 

 

『タッチダーーーーゥン! 白秋ダイナソーズ、着々と前進を続けて泥門を圧倒!』

 

 

 後半、着実に点差を縮める白秋の追い上げ。ボーナスゲームでもタッチダウンを決めて、28対24。

 そして、審判のタッチダウンのコールが叫ばれる中、フィールドに、膝をつく長門村正の姿があった。

 

 

 ~~~

 

 

 ダメ、だった……

 まったく峨王君に歯が立たない。

 

「……ふぅ――点は獲られたが、すぐこっちも獲り返すぞ! 99点取られようが100点取れば勝つ! それが、泥門デビルバッツの戦術(アサインメント)だ!」

『おう!!』

 

 栗田は既に悟っている。

 5年間――

 このフィールドで誰よりも長く、過酷なライン戦を戦い続けてきた男に備わった直感。

 そして、誰よりも多く、不屈の後輩と競り合ってきた先輩だからこそその消耗は自ずと把握している。

 この二つの推量から一つの予測を導き出す。このまま力勝負の土俵に持ち込まれると、長門村正は、峨王力哉に負けてしまう、と。

 ただでさえ、ヒル魔に変わってチームを指揮してるのに、不甲斐ない自分のフォローまでして、こんなの無茶が過ぎる。

 どうにかして、峨王君を止めなくちゃならない。

 なのに、僕は…………何も、できないっ。

 

『……栗田。お前は、あいつを見殺しにできるか』

 

 ハーフタイム終了後に、ムサシから言われた言葉が、重くのしかかる。

 どうすればいい。

 どうすれば、僕は――

 

 

 ~~~

 

 

「そろそろ出るよ。負けてるのに、いつまでも寝てられないしね。モン太君のパスキャッチを止めるのが、僕の仕事だよ……」

 

 後半の白秋の守備、負傷退場していた如月ヒロミが戦線に復帰する。

 まだダメージが抜け切れてないせいかふらつきながらフィールドに戻ってきたが、翼竜の眼光は衰えず。前半最後にキャッチタッチダウンを決めた雷門太郎(エースレシーバー)を睨む。

 あの超ロングパスを決められたことを、ベンチから見て如月は強い憤りを覚えた。

 自分が彼のマークについていたのなら、あのモン太の立ち位置から『インモーション』の前兆に気付けてた。

 この左腕がそのキャッチからボールをもぎとれていたのなら、このプレイですでに白秋は泥門に逆転していた。

 ああ、なんて体たらく。己の惰弱さが情けない。

 たとえ万全でなかろうとも、このまま休んでいるという選択肢は如月にはない。

 

「モン太君、もうあんなロングパスは絶対通さない。『翼竜の鉤爪(プテラクロー)』で君の腕を切り裂く。力は、絶対なんだ……!」

 

「如月!」

 

 復活した如月ヒロミにマークにつかれ、モン太へのパスが厳しくなる。

 

 白秋ダイナソーズは、この守備で前半の勢いを完膚なきまでに殺しに行く。

 

 

「SET――HUT!」

 

 スナップされたボールを受け取った長門は、一斉に走り出したレシーバーを見通す。

 三次元に広い視野。その上から見下ろすようにフィールドを全体として捉える空間把握能力を前回に発揮して、他の選手で隠れて見えない位置の選手まで感覚で察知する。

 そして、迅速にパスターゲットを――

 

 

「破壊は、峨王だけの専売特許じゃないっちゅう話だよ」

 

 

 骨肉をぶつけ合うしか暴力手段のなかった原始時代へ逆戻りしていくよう、円子令司のとった対抗策はまさしく力だった。

 

『なんと、これは泥門パスキャッチ軍団大崩れだー!!』

 

 

 かっ……如月が、『バンプ』!!

 まさかのまさかだった。怪我をして戦線離脱していた、それに元々腕力が強いわけでもなかった如月が、躊躇なくその右腕でどついてきた。

 思わぬ一発。完璧に不意打ちを食らわされた、モン太の体勢が崩れる。

 

 モン太だけではない。石丸、瀧、雪光も白秋の開幕『バンプ』に崩された。間一髪で、セナは躱せたみたいだが、回避のために大きくパスコースから外れてしまっている。

 

 パスターゲットの修正に、パスの発射が遅れる。

 その遅れは、破壊神の急接近を許す。

 

「GYYAAAAAA!!!」

 

 『妖刀』を折る絶好の好機に、恐竜は圧のある咆哮でフィールドを震撼させる。

 峨王の襲来に対し、他に備えもない背水の陣。我が身ひとつで、ボールを護らなければならない。

 

 ――その両者の間に割って入る深紅の背番号55。

 

「フフゴー!!」

 

 やらせはせん! やらせはせんぞ峨王!

 長門を、その身を呈して庇うのは、小結大吉。

 

 

『なんと伏兵小結君! あの怪物峨王君に横から決死の低空ダイビングブロックーーー!!』

 

 

 ほう、面白い……!!

 果敢に己に挑んでくる気配に、峨王の視線がそちらへ逸らされる。

 そして、長門へ振り上げていた剛腕を、腰に飛びついた小結へ叩きつける。潰される小結。

 

 歯が立たない。だが、普段から鍛えこまれてきた豆タンクはその程度では壊されず、耐える。腰にしがみつき、ほんの少しでも峨王の進撃を鈍らせんとする。

 

「フ、フゴーーっ(友よ、行けーーっ)!!」

 

 大吉……っ!

 この小結の奮戦を無駄にする長門ではない。

 すぐパスから切り替えて、ランへ。中央を避けて、大外へ回り込む。

 

「逃げてもこっちも行き止まりっっ! 残念でした、って――うぎゃあああ!?」

 

 

 ――『(スラッシュ)デビルバットゴースト』!

 

 

 待ち構えていた天狗にぶつかりにいく――気迫を当てて怯ませてからの、超速バックカット。繋げて、縦横同時にブレる、斜めに沈み込む袈裟切り走法でもって、抜き去る長門。

 

(――逃がさない。あんたの行動は絶対に見逃さない)

 

 だが、天狗を抜き去った先で、また更に今度はマルコが迫っていた。

 破壊的なラン。標的とした大和猛に最も近い走りをする男は、捕まえようが止まらない。だから、ボールを狙う。ボール一点に己の腕力を集中すれば、掻き出せる――

 

 

 ――『スクリューバイト』!

 

 

 天狗を抜いた直後の隙を狙ったマルコを、長門もまた意識から外してはいない。

 筧駿の『モビディック・アンカー』のようにリーチの長い手で機先を制するテクニック。進清十郎の『スピアタックル』のように片腕を伸ばして一気に伸びるスピード。金剛阿含の手刀のように敵を躊躇なく潰す鋭いパワー。

 それらを併せ持つ長門村正の『スティフアーム』――『格闘(グラップラー)アーム』が、腕を伸ばそうとしたマルコの右肩を抑えた。

 接近をさせない。

 ボールに触らせない。

 格闘球技アメリカンフットボールならではの、正当なラフプレー。

 天狗先輩を抜いた時の隙をついて先に仕掛けたのはこちら(マルコ)だというのに、後出しで先手を取れる反則的な手の速さ(ハンドスピード)

 力強いランだけではない。荒々しいハンドテクニックで、肉食竜の顎を撃ち抜く。そして、抜き去る。

 

(だ・け・ど――結局、逃げれない)

 

 抜いた先で、また白秋の守備。それも複数で囲っている。

 天狗とマルコが相手をしている合間に、白秋は袋小路を完成させていた。

 

「ちっ」

 

 人数が多い。そう、白秋の守備網は外側に大きく寄っているのだ。だから、回り込もうとすれば、そこは密集地。

 これでは躱し切れず、捌き切れない。それでも長門は一歩でも前進せんと強引に包囲網を突っ切らんとして、連続攻撃権獲得の10ヤードまで進まされたところで白秋は3人がかりでようやく止める。

 

 

 ~~~

 

 

「ホント、怪物っちゅう話だよ。想定にしたけど本物のアイシールド21よりもさらに攻撃的なんじゃない?」

 

 でも、それでも人間。

 このぬかるんでフィールドで複数がかりに取り囲んだ泥仕合。体力の消耗は半端ない。これでいい。まだ、長門村正は潰せない。だが、いずれは、潰す。

 

「前半最後の作戦はお見事だったよ。『エンプティバックフィールド』からの超速パス五連射からインモーションの見事な一連の流れだった。でも、そろそろネタ切れで苦しくなってきたんじゃないの?」

 

 白秋ダイナソーズは、中央の守備をほとんどがら空きにして。外側を固めている。もう容易にパスは通させない。外へランに逃げようとしても袋小路。

 だが、中央はその分だけがら空きとなる。

 長門村正というパワーランを有する手札がありながら、その中央突破を避けている理由は疑いようがなく。

 

「峨王は最強だ。アンタら東京のベストメンバーでも勝てなかった帝黒も潰せる。峨王の、絶対的な力は。スピードもテクニックも敵わないっちゅうのは認める。でも、破壊(パワー)はその全てを崩せる。――アンタも泥門じゃあ、パワーで勝てないと見切りをつけているからそういう“逃げ”の戦法を取っている話だろ」

 

 結局のところ、峨王の力押しは止められない。敵わないと認めているに他ならない。

 だったら、中央は峨王に任せて、こっちもパス一択に絞れば対応できる。

 

「それは、違うな、円子令司」

 

 円子令司を、長門村正は静かに睨み返す。

 

 峨王力哉を止められないと見切りをつけたのなら、峨王力哉を止めるための人員を一人も割きはしない。超ショートパスのために割り振って、成功率を上げる。

 そして、何の障害もなく突っ込んでくる峨王力哉は一対一(さし)で相手をしている。それが最も効率的な作戦となろう。

 

 だが、長門は峨王の前に置き続けている。

 破られた“盾”を。

 何度、目前で倒されるのを見せられても、決して配置を動かそうとはしない。

 

「俺は、立ち上がってくるのを待っている。この泥門デビルバッツに、地獄に屈した奴は一人もいない」

 

 言い切った長門に、そのあまりの頑固さに、マルコは肩をすくめる。

 

「期待や願望を抱いて、策を鈍らせるのは、指揮官としては落第だっちゅう話だよ」

 

「……だろうな」

 

 

 ~~~

 

 

「――この攻撃権、俺の身勝手に付き合ってくれないか」

 

 審判にタイムアウトを取ってから、作戦会議(ハドル)

 集合したチームメイトに、長門は開口一番にそう言い放った。

 

「今の攻撃でわかったが、白秋の守備は、外側に守備を寄らせている。中央には、峨王がいる。絶対に抜かれないと全員が確信している」

 

 峨王力哉が、無敵の壁。だから、外だけに集中して守れる。それが白秋の決定的な強みだ。その傾向が、後半に入ってさらに強まった。

 

「だからこそ、その自信の根底を揺らがす。――峨王に中央突破を仕掛ける」

 

『峨』

OH()!』

『に』

『中』

『央』

『突』

『破ァアアア!?』

 

 反応は、驚嘆して声を上げるものと、顔を蒼褪めさせるものでおよそ半々、あとは反応を(おもて)に出さず静観するものが少々。うん、特にビビりなセナなんか光速4秒2で身体を身震いさせてる。

 長門自身、これは相当な博打であることは承知している。それも無駄骨となる可能性が高い大博打だ。

 だが、まだ士気が底に落ちていないうちに布石を打つ必要がある、と長門は判断した。

 ヒル魔妖一がやられてしまったことへの払拭もある。このまま中央を攻めることへの忌避感を拭えなければ、こちらの攻撃は縮こまる。

 

 

「うむ。全員で復唱をありがとう。そう、正面からぶち抜く。力の直球勝負だ。栗田先輩、小結のところから俺が行く」

 

(……とんでもねぇこと、揺らぎもしねぇで言い放ちやがる)

 

 動揺するこちらへ平然としたすまし顔でなんて事のないようにさらっと言ってくる長門に十文字一輝は恐れ戦きも混じる頼り甲斐を覚えた。

 

 前半最後の得点は、この長門の作戦があってこそだ。ヒル魔に代わって長門が指揮したからのリード。

 だったら、その失点分は、勝手に付き合ってやっていいとすら思うが、攻撃権を潰す以上にリスクがデカい。

 

「おいマジかよ! 峨王に当たったらぶっ壊されんぞ、長門!!?」

「一回戦でも太陽の『ピラミッドライン』が全滅だったじゃねぇか。同じ二の舞になるだろ。だったら、このまま峨王回避一択のパス中心で攻めた方が……」

 

「いいや、黒木、戸叶、このままだとじり貧になる。さっきも言ったがこちらのパス攻勢に対し、白秋は徹底して外側を固め、パスを封じる策を打っている。パス発射の時間を1秒でも遅らせ、峨王に叩きのめさせるというのが、円子令司の筋書きだろう」

 

「『バンプ』のことなら、こっちにだって対抗策はあるぜ長門! 俺の作戦で如月を撥ね退けてみせるぜ!」

 

(オレ)の作戦?」

 

 “猿”って書いて俺って呼んだだろ戸叶。

 

「こいつは猿知恵の気配……!」

 

 そうだな、黒木。秀才とバカがくっきりと二分してる泥門の中でもモン太は残念な後者側に属してる。

 

「ちなみに、モン太、それは具体的にどういう作戦だ?」

 

「ド根性MAXだ! 『バンプ』されても我慢して突っ走ればいいんだ!」

 

「知恵ですらねぇ!」

「ただの根性論じゃねぇか――!!」

 

 モン太のとんでもな理論に早速突っ込む戸叶と黒木。

 苦笑しながら長門はフォローを入れる。

 

「まあ、悪くはない。躱そうだとか考えず、最初から受ける気概で挑めば立ち直りも早い。結局、根性論なんだが……それよりも、モン太には適した『バンプ』の対策があるが、それは後で話そう」

 

 『バンプ』を躱せたところで、白秋の守備が密集している外側で勝負を仕掛ければ、パスキャッチができてもすぐに囲まれる。

 そうして、進めなくなって右往左往としているところをマルコの『スクリューバイト』に狙われれば、逆に点を奪われちまう可能性だってある。

 ホワイトボードを使って、長門の思い描く展開を図示すれば、モン太達もそのリスクを理解していく。

 

 そして、長門は全員の前で腕を掲げてよく見せる。

 薄らと刻まれた、まるで刀の刃毀れのような、痣の痕を。

 

「長門君、それって……!?」

 

「ああ、俺も峨王のチャージを完全に逃れているわけでもない。驚いたことだが、だんだん速くなっている。後半に入ってからさらに加速度は増している」

 

 長門が明かす情報に、心臓がきつく絞られていく。

 峨王は叩きのめせば叩きのめすほど狂ったようにテンションを上げてくるバーサーカーだ。

 “喰らい難い”ことを“喰らい甲斐のある”と捉える闘争に飢えた獣は、折れることを知らない。

 くそ……っ! 峨王は止められないがまだこっちがリードしてる。このまま逃げ切れば……って楽観視はしてねぇつもりだったが、俺の想定以上にヤバい!

 

「このまま峨王を放置すれば、ヒル魔と同じように長門も捕まるってことか」

 

「そうなる可能性は高い、というところだな十文字。ま、捕まったところで俺はそう易々と壊されるつもりは微塵もない。……しかし、どのみち、峨王力哉は避けられない障害で、それを打ち破るのなら、なるべくこの五体が無事なうちが勝ち目はある、と言っておく」

 

 自身の体に手を当てて淡々と語る長門に、全員が、息を呑む。

 このままパスで躱しても、ここで一発ギャンブルに走っても、地獄行きなのか同じ。どちらが正答であるかなんて、ない。

 誰もが迷って口を噤んでしまう中、ふと長門は問いかける。

 

 

「……この中で、夏休みの『死の行軍(デスマーチ)』が楽勝だったという奴はいるか?」

 

「は?」

「はぁ??」

「ハアアアアア!?」

 

「んなの、しんどさMAXに決まってるじゃねーか!」

「あ、あはーはー、いやあ、僕は全然楽勝だったよ、そこのムシューモン太とは違ってね」

「ムキャ! 瀧こそ途中参加のくせして毎日へばり切ってたじゃねーか! あれで楽勝なら俺こそ楽勝MAXだっつの!」

「いやいやいや、そんな意地張ることじゃないでしょそれ」

「うん……アレは僕も地獄だったよホント」

 

「ああ、俺もしんどかった。俺達全員しんどかった。だから、知っているはずだ」

 

 長門のフッと息をつく、しかし不敵さを滲ませる表情に、騒ぎ出した全員が静まり返る。

 

「しんどいことはしんどい。ここで無理に誤魔化したって、現実の大変さは優しくもならないし軽くもならない。キツく重いままだ、ってな。

 そして、そんな辛い現実を受け止めて尚、只管前に進もうとするのが、挑戦だ」

 

 逆境。

 俺達は幾度となく遭ってきた。

 そして、コイツはいつだって、とんでもない逆風にも目を瞑らず、前を見据えてきた。

 

「ここで挑戦するにも挑戦しなくても、それは選択だ。だが、挑戦できる機会は、一度だけだ。

 ――どっちの選択が、俺達はやれるだけはやったと言い切れる選択なのか、お前らに問う」

 

 今この瞬間、俺達は再びあの光景を幻視()た。

 アメリカ、テキサスの空港で決断を迫れたあの死線を。

 だが、あのときと違うのは、俺達の後ろにも一線が敷かれているということ。背後は前のと比べてまだ距離があるが、崖っぷちだということには変わらない。

 そして、長門の背中は死線の先にある。

 

「逃げられねぇんなら納得する方を選べってそういう話か?

 だったら答えは決まっている。峨王をぶちのめす。勝負所で逃げんのはガラじゃねぇんだ!」

 

「い~~こと言った十文字。俺も直球勝負に一票ォー!」

「俺も一票!」

 

「フゴッ」

 

「おう。峨王を倒さねーと勝てないんなら、その博打MAXに乗るぜ!」

「そこまでカッコ良く決められちゃったら、僕も挑戦するっきゃアリエナくなるね」

 

「うん……。きっと向こうだってあり得ないって思ってる。だからこそ、行く。ヒル魔さんもいつもそうだった。敵が、それだけはあり得ないって思ってるプレーを選んでた。って、峨王に直接挑むのは僕じゃないんだけど……」

 

 デビルバッツ一年生組は、賛同した。

 それで、二年生……栗田――中央突破で頼るセンターは、この今でも震えて、頭を抱えている。

 

「僕は……峨王君は避けたいな。だって……僕はみんなでアメフトをやっていたいんだ。

 ずーっと、麻黄中で、三人でアメフト部を作った時から、そう。僕はみんなと一緒にアメフトができてるだけで、ホントに良かったなあ、って思えて。

 だから……。……もう、これ以上、みんなが欠けるようになるのは、嫌なんだ。もし、ここで負けたっていいから……!」

 

 

 武蔵は、一年生たちの前でみっともなくもそんな弱気な発言をする栗田を黙ってみていた。

 

 栗田は、決して、負けを認める――全国大会決勝(クリスマスボウル)の夢を諦めたいわけじゃない。

 ただ、大事な仲間が潰されてしまう想像が、あまりに怖ぇから、心に保険をかけている。

 本気で負けてもいいなんて心の底から思ってるわけじゃねぇ。

 

「長門君……ごめん。でも、峨王君には敵わない……! 僕は、皆を護ることなんて、できない、から……!」

 

「ぜ……ぜんぜん!!」

 

 俯きながら、その腕を震わせながら、苦し気にそんなセリフを吐く栗田。師匠と慕っている小結がすぐそれを否定しようとするも、栗田の顔は上がらない。

 

 

「全っ然じゃにーか、ダメ栗田! 折れちまってるじゃにーか」

「あれあっちのブタ君なんか泣いてるっぽい? こーりゃ勝負見えちゃった! ヤッホォオオオイ! やっぱ白秋最強俺最強!!」

「あ・はー!! デブがめそめそ白旗上げちまってやがんの! カッコわりー!!」

 

 

 そんなチームが活気づく中で、ひとり落ち込むのが外野からも見えたか、落胆する声や煽り立てる声、下卑た嘲笑を浴びせる者まで聴こえてくる。

 

「だ…!!」

 

 これに真っ先に怒ったのは、小結。

 

「ダメ、なんかじゃない!! し…師匠、は、ダメなんかじゃ、ない!!!」

 

 小結が、喋った……!?

 普段、偉く口下手でパワフル語でしか会話のできない小結が、今の落ち込んでパワフル語の通じない栗田のために、たどたどしくも励ましている。

 

「ちょっと、だけ。いまちょっとだけ、休んでる…だけなんだ! ししょうは、すぐ、もどってくる! それまで、護るから! ししょうのかわりに、じぶんが、護るから!! ししょうはぜったい、もどってくるから……」

 

 そんな精一杯の想いに、栗田も顔を上げた。

 まだ、こんな自分を信じている。けど、とても自分が信じられないでいる栗田は何も返せる言葉はなかった。

 

「栗田先輩は、俺が無理だと。勝てる可能性が0%だと言ったら、諦めるんですか」

 

 長門が、小結の肩に手を置きながら、栗田と向き合う。

 

「俺は、残念ながら司令官として非情に徹することはちと無理です。仲間のことはどこまでも信じたくなる。だから、俺は、俺達なら峨王力哉を倒せる、と見込んで作戦を立てます」

 

 そんな真っ直ぐな信頼(セリフ)がどこまで栗田に届いたかは、わからない。

 ……ただ、この男は、どうしようもない馬鹿な野郎だってことはわかった。

 武蔵は、白状する。

 

「正直言って、俺も、反対だ。……こんなの望み薄な神風特攻に違いない。大怪我するかもしれねぇプレーにどうしたって賛同はできねぇ」

 

 こんな大馬鹿野郎、見殺しにはできない。――ああ、一緒に死んでやる。一蓮托生だ。

 

「だが、長門、今の泥門の司令塔はお前である以上、賛成も反対も関係ねぇ。そう決めてるんなら、俺はお前を信じてそれに従ってやる」

 

 

 ~~~

 

 

「――SET」

 

 タイムアウト後のプレイ。

 泥門の雰囲気がさっきまでとは違うことに、マルコは気付く。

 フォーメーションは変わらずだが、目の色が違う。

 ま・さ・か。さっき煽り立てるようなセリフを言っちゃったけど、本気でやる気なのか??そんな自滅まがいな真似を――!?

 

「いい目だ。打ちのめされながら尚俺に敵意を放ってくる」

 

「フ、ゴォォォ……ッ!」

 

 あからさまに突っ込む気満々で、鼻息荒げに気炎を上げる小結大吉。

 峨王は嬉し気に笑う。そして、これに応えるよう、ライン挟んで向こうに対峙する長門村正は笑い返した。

 

「泥門の作戦を教えてやる、直球力勝負の中央突破だ。これから峨王力哉をぶち破って、突き進む。守備を中央に戻さないと大変なことになるぞ、円子令司」

 

 投げる前から握りを見せつける予告ストレートのような大胆不敵な宣誓。

 いやいやいや、ありえない。信じられないでしょ。峨王に力押しなんて無理だっちゅうのは散々思い知らされているはずだ。そんな虚言(ハッタリ)は、ヒル魔妖一仕込みなのだとしても酷過ぎる。……でも、これがこちらを揺さぶるための単なる挑発なのかを迷う思考が一割、頭の片隅にある。

 この疑念を膨れ上がらせるように、峨王は断言する。

 

「来るぞ、マルコ。力で、俺を殺しに来る。そういう目をしている」

 

 そして――――来た。

 

「HUT!」

 

 

 ~~~

 

 

『峨王、泥門の中央突破を三連続阻止ーー! 圧倒的! これが高校最強のパワー!』

 

 

 本気、だった。

 『爆破(ブラスト)』。作戦とも呼べない作戦。正面突破。泥門デビルバッツは、峨王に力で挑んできた。

 ありえない。通用するはずがないとわかるだろうに、失敗しようが懲りずに連続で中央突破。だが、進めないのだ。

 冷静に、この無謀の利点を探すとすれば、牽制。

 外側に極端に寄っている白秋の守備に、中央を意識させるための布石。しかし、それにしては、本気だ。

 

 なんだ? 何かあるというのか?

 栗田は心が折れ、長門も体へのダメージが大きい。峨王を倒せるカードなんて、他には存在しえない――

 

 

 ~~~

 

 

「……タイミングが合ってきているぞ、大吉」

 

 一度目よりも二度目。

 二度目よりも三度目。

 確実に、峨王の0.2秒先の未来へと打ち込むタイミングが修正されていく。

 番場衛は予見する。

 この四度目に、“爆発”する、と。

 

 

 ~~~

 

 

「……大吉。そろそろ、覚えてきただろう。体が。峨王力哉の動きを」

 

 長門村正(わがとも)の目の光は、潰えていない。

 己を信頼している。試合前からタイミングを教えてくれていたが、己の物分かりの悪さのせいで、適正(アジャスト)するのに実戦回数を要した。

 峨王は、単なる的ではない。全速力で、こちらを殺りに来る。だが、もう慣れた。その殺意にも、もう臆したりしない!

 

 

「――SET! HUT!」

 

 

 峨王は、油断などしなかった。

 見据える相手は、小結大吉。心が折れてしまっている栗田良寛の隣で、ボロボロになりながらも果敢にこちらに挑む。中々に鍛えこんでいるが、それでも力はこちらが上だ。

 最初の一度目は、面白いと受けて立った。

 次の二度目から、この男を潰せば今度こそ栗田の殺意が芽生えるのかと打算が浮かんだ。

 そして、三度目に、そんな余計な思考を捨ててしまうような驚きと違和感を覚えた。

 

 当たる威力が、増している……?

 

 小結大吉のベンチプレス記録は110Kg。そして、峨王(おのれ)のベンチプレス記録は200kg超。

 なのに、一瞬、怯んだ。まるで当たった瞬間に、チャージの威力が2倍に跳ね上がったように。

 

 何か、ある。

 直感的に、次の衝突の危険を嗅ぎ取った峨王だが、構わず突撃した。

 何であろうとも、向かってくるのであれば受けて立つ。

 

 

『で、泥門! なななんと最後の四回目もまた中央突破です――!!』

 

 

 開始と同時に、猪突猛進(ダッシュ)

 低く低く、その背の低さを活かして、峨王の懐に潜り込む小結。

 

 ――頭部と背中を繋ぐ僧帽筋の爆発的な肥大。

 人体の弱点である首が埋まり、上半身すべてが瞬間、一つの鉄塊と化す。

 

 

「フゴヌラバーーーーっ!!!!」

 

 

 ボ――ボ――ボッ!!

 頭、肩、腕の三点が着火。それらが描く黄金比の三角形(ピラミッド)が、峨王の懐で、爆発した。

 

 

 『Δ(デルタ)ダイナマイト』――!!

 

 

 頭、肩、腕の△状の三点がジャストでぶつかるブロックと闘志が生む一瞬の爆発力。

 それは、峨王のパワーを上回る3倍の威力を叩き込んだ。

 

 この威力……! 俺のパワーを超えているのか……っ!!

 

 ピラミッドの巨石をも押し飛ばす小結の腕っぷしが、峨王の身柄を大きく後逸させた。

 この時、峨王力哉の脳に、栗田良寛、長門村正に続き、小結大吉という男の名が刻み込まれた。

 

「峨王!?」

 

 だが、踏み止まる。

 決して、倒れない。たとえ己が倒されようとも前のめりに敵を倒すことだけしか頭になかった獣が、注がれる信頼に応えんと芽生えた不屈の意志。

 

「やはりラインとして成長しているな、峨王力哉(ルーキー)。――だが、勝つのは()()だ!」

 

 時間差で――来る。

 そう、ラインの後ろからボールを持って突っ込んでくる。長門村正が。『妖刀』が。好機逃さず鞘から必殺の刀身を抜き放って、渾身の踏み込みから全身全霊で迫ってくる!

 

「フ、ゴ」

 

 追い抜く。交錯する最中、長門と小結の腕が当て合った。

 バトンを渡すように。

 

 

『青天っ! なんと高校最強の峨王を、力で、倒しましたーー!!』

 

 

 小結の『Δダイナマイト』に弾かれ体勢が崩れているところへ、長門の『卍デビルバットソード』が炸裂。

 この怒涛の連撃を前に、絶対の壁は粉砕された。

 

 

 ~~~

 

 

「峨王が……!?」

 

 チャンス、だ。

 峨王君の青天で衝撃が走った白秋の守備に隙が生じる。元より最弱で、アイシールド21のセナ君、エースレシーバーのモン太君、目立ちたがり屋な瀧君と光の強い面子が揃っている中で、自分への警戒は薄かった。

 そして、いま最も注目を集める(かがやいている)のは、峨王を打倒し、ボールを持っている長門君だ。

 ついているマークをそちらへ身振り手振りで視線誘導した僕は、この瞬間、抜けだした。

 

 そして、この場面、フィールドで最もフリーになった僕ができる仕事は――

 

 

 ~~~

 

 

 仰向けに倒れた峨王を突破した長門はそのまま中央を行く。

 

 ま、っず……!?

 白秋の守備は外側に寄っている。中央ががら空き。長門の独走を止めるにも間に合うのは、『クォーターバック・スパイ』としてマンマークしていたマルコしかいない。

 

「抜かせないっちゅう話だよ!」

 

 『スクリューバイト』は、通用しない。長門、それから大和猛のような破壊的なランをする相手には、まだ練度不足だというのは思い知った。

 だったら、しがみついてでも止める。ボールは隙あれば狙うつもりでいるが、まず止めるはその足。

 峨王を倒されてタッチダウンを決められるなんて、白秋の士気を大きく盛り下げることになる。

 

「円子令司、峨王力哉の力に賭けていたようだが……」

 

 横へカットを切った長門を追尾するマルコ。あの『格闘アーム』がある。迂闊にタックルは決められない。腕の届かない距離感を意識しながら、隙を探す。瞬きもせず、長門の一挙一動から目を離さない。

 

「――()の力に賭けた、俺の勝ちだ」

 

 鏡合わせのように長門の動きに並走していたマルコの肩にぶつかる。押される。ブロックだ。

 

 

「ナイスブロックです、雪光先輩」

 

 完全に長門に、ボールに焦点を絞っていたマルコの死角をついたのは、ノーマークの雪光。泥門デビルバッツで一番非力な雪光が、パワーで勝負してきたのだ。

 

「あ゛あああああ!」

 

 長門君、あの一瞬で、マークを外した僕に気付き、そして、合わせてくれた。

 期待をしてくれたんだ。この僕を。

 僕は、弱い。僕に壁なんてできない。簡単に蹴っ飛ばせる小石。だけど、小石でも不意を突かされれば躓く。少しでも、0.1秒でも、マルコ君のマークを外させる! ううん、倒しに行くんだ!

 

 思わぬ、思いもよらぬ伏兵に、マルコはぐらつかされた。

 警戒が薄かった。長門村正という絶対的な存在を前にして、他所に気を回す余裕なんてないだろう。円子令司は、決してボールから視線を外さない。

 そして、長門村正は仲間の気配を決して逃さない。

 

 雪光のブロックを振り払おうと一瞬、意識を逸らしたマルコ。

 この瞬間に長門は抜き去った。

 

 

『タッチダーーーーゥン!! 泥門、真っ向勝負でタッチダウンを決めたーーー!!』

 

 

 ~~~

 

 

 凄い。なんて、凄いんだ……!

 小結君に、雪光君も。全員が諦めていない。

 そう、僕以外…………いや、僕は……僕だって……!

 

 

 《テメーはここで諦めるのか、糞デブ》

 

 

 違う。そうじゃない。

 絶対、行くんだ、クリスマスボウルに! その為だったらなんだってする。

 だって、好きなんだ。アメフトが。

 大好きなんだ。デビルバッツの皆でアメフトができることが。

 

 

 ――諦められるわけなんかない……!

 

 

 でも、どうしたらいいか、わからないんだ……!!

 今だってそうだ……僕は護れなくて護られてばかりで……

 あの時、“僕が護る”と約束しておきながら。

 

 

 《覚悟しときやがれ、糞デブ》

 

 

 ヒル魔とアメフトを始めると決めたあの日。

 米軍の人たちにコテンパンにされた僕たちは、誓った。

 

 

 《死んでも全国大会決勝(クリスマスボウル)に行く。途中で半端な真似しやがったらぶち殺すぞ……!》

 

 

 ひとりじゃ何にもできなかった。

 皆がいてくれたから、大好きなアメフトができた。

 

 その皆を壊そうとするのなら、僕が護る。

 そして、この身一つで皆を護るための答えは、彼らの信頼に応えるための行動は、既に出ていた、たった今目の前で示されたことにやっと気付けた。

 

 

 ~~~

 

 

 タッチダウン後の、ボーナスゲーム。

 キックを決めるためにブロックに参加しようとした長門を抑えとどめる大きな手。

 

「大丈夫。これ以上、長門君が無理をしなくても、泥門の誰一人壊させはしない」

 

「栗田、先輩」

 

「僕が、峨王君を倒す。長門君は、ボールのセットをお願い」

 

 その言葉に、長門は大きく目を見開いた後、何も言わずに従った。僕を、信じてくれる。

 ごめんね。すごく待たせちゃって。

 そして、ポジションにセットした時、隣に構える小結君が震えた。

 

「フ、フゴっ!」

 

 ありがとう、小結君。そして、もう大丈夫。あんな情けない姿は絶対に見せない。

 

 僕は、ひとりじゃない。

 僕と一緒に戦ってくれる頼もしい仲間たちがいる。

 

 ラインマンは、どんな時でも、チームを背負って立つ。

 

 その僕を信じてくれる皆を背負う(まもる)ために、僕は眼前の敵を――――破壊する。

 

 

「おおおおおおおおーー!!!!」

 

 

 ~~~

 

 

 プレイの時、キッカーは、自分の右足とボール以外を意識してはならない。

 味方が守ってくれることを期待してはならない。だが、蘇ったその覇気を疑いもしなかった。

 

 

「止めた……! 峨王と互角に、パワー勝負……!」

 

 

 栗田が抑える。峨王を相手にして、一歩も引かない。

 猛り狂う恐竜が、泥門の追加点(キック)を阻まんと中央を破りに行くが、泥門の前線は崩れない。

 ――キッカー・武蔵もそこへ加勢する!

 

 一点狙い(キック)、じゃない……!

 

 マルコの中でけたたましく警鐘が鳴り響く。

 長門は――泥門は、ここで殺りに来ている!

 峨王と()()に渡り合っている栗田に、小結、それに、キッカーだがベンチプレス90kgに大砲キックを成す強靭な脚力もある武蔵――そして、そこに最強の突破力を誇る長門が仕掛けてくる。

 峨王と言えども、泥門最強パワーを総集させた突貫は、キツい。中央が、押し切られる。二度も続けて中央を破られるなど、決定的に白秋ダイナソーズの根底を揺るがす。あってはならない。

 

 この危機感に、白秋は無我夢中で峨王の背中を支えに回る。

 

 

「ヒル魔先輩から学んだ戦術理論は、“そのカードが出すかもしれない”、では不足――“そのカードは出すはずがない”って思わせたら、勝ちだ」

 

 

 跳んだ――

 ただし、壁を跳び越えるためではなく、壁の遥か上を飛ぶために。

 高い。巨漢の峨王を優に見下ろせるその高度で、ボールを持った腕を振りかぶっている、パス発射体勢。

 

「まっ……――」

 

 そう、長門村正は、駆けて、翔けて、投げてくる。走って跳ぶ、三次元の移動砲台。

 天高く突き抜けた跳躍を魅せる強靭な脚力、空中で姿勢を保持する究極のボディバランス、上半身だけで超長距離パスを放てるパワー。この三拍子が揃って成せるジャンピングスロー。

 

 

 ――『エアリアル・デビルレーザー(バレット)』!

 

 

 艦載機(ガンシップ)からの空中狙撃弾が撃ち放たれた。

 

 

 ~~~

 

 

 中央には美しい峨王君と、マルコ君がいる。

 だから、僕は外を守る。そう、この試合で『左腕』たる自分が打倒すべき彼からマークを外さない。

 泥門が中央突破を仕掛け、皆が中央に釣られたその時も、僕は彼から視線を切らさなかった。

 

「――もう、油断しねぇよ如月」

 

 『翼竜の鋭嘴(プテラビーク)』。細長い腕を活かし、標的のガードをすり抜けて打ち込むどつき(バンプ)

 それを、捕まれた。心臓を狙った腕の手首を遮られた。

 相手の拳打を、キャッチする、という『キャッチの達人』雷門太郎のバンプ防衛法。太陽スフィンクスの鎌車の『戦車バンプ』を受け止めた大猿の手は、翼竜の啄みをも捉えた。

 

「しまったっ!」

 

 如月の腕を払い飛ばして、抜き去るモン太。

 そして、フリーとなったパスターゲットへ空中狙撃弾が飛ぶ。翼竜をさらに上空から撃ち抜いてくるかのような、豪速球。

 全力疾走全力跳躍全力投球のパスは、ヒル魔妖一の『デビルレーザー(バレット)』以上に強く重く速い。片手でパスカットなどすればまず弾かれる。

 その長門村正が全身全霊で投げ放ったパスを、ガッチリと、全キャッチ力で確捕するモン太。“お前なら捕ってくれる”というこのボールに伝わってくる『キャッチの達人』への信頼に応える。

 

 

 ――いや、まだだっ!

 嘴は払われたが、まだ鉤爪がある。

 如月は、峨王の当たりをもらったその左腕を精一杯に伸ばし、ボールをキャッチしたモン太の腕を捕まえる。

 

 

 ――『翼竜の鉤爪(プテラクロー)』!!

 

 

「テメーが怪我人だろうが、俺はもう絶対に油断しねぇ! 如月の腕力を俺の腕力MAXでブチ破ってやる!」

 

 剥がれない。この折れそうな細腕を折らんばかりに持っていく強引なキャッチ力。

 ああ、本当にモン太は本気でぶつかってくる。こんな筋力のない虚弱な(うつくしくない)僕を、全然侮ったりしない。それが、とても嬉しかった。そして、この関東最強のレシーバーにどうしても僕の全力(ちから)をぶつけたくなったんだ……

 

 

「――キャッチMAーーーXッッ!!」

 

 

 翼竜の鋭嘴も鉤爪をも突破した『キャッチの達人』は、その手に掴んだボールを決して離さなかった。

 

 

 ~~~

 

 

『雨雲を蹴散らすかのような、ムサシ君の超巨大キック!!』

 

 

 『60ヤードマグナム』と謳われた大砲キックが、天高くに号砲を轟かせる。

 そのキックの勢いに吹き飛ばされたかのように、曇天に晴れ間が見えた。

 

 

「うおおおおおおお!!? なにこの高さ……!!」

 

「僕も見たことないよこんなの~!」

 

 栗田良寛の復活。それに触発されたかのように武蔵のキックは今までのどのキックよりも高い。

 

 

「ああああ――でもこりゃ、飛び過ぎだ! ゴールライン越えんぞォオオ!」

 

 

 タッチバック――キックオフが飛び過ぎて、敵陣ゴールラインを超えた場合、ペナルティとして20ヤード(18m)地点まで戻される。

 そのために、武蔵のキックはある程度加減されていた。

 

 だが、それでも『北南ゲーム』を実行できるだけの破壊力のある峨王は、キックオフリターンタッチダウンを決めかねないだけの脅威。それならば、20ヤードくらいのペナルティは安いと判断した。のだが……

 

 

 ~~~

 

 

 ずちゅ、と。

 ボールがぬかるんだ地面(フィールド)に埋まって、ゴールライン直前で、急ブレーキ。

 

 

 ~~~

 

 

「き……来た! 泥門に流れが……!」

 

 思わず溝六は立ち上がった。

 自分が引退したこの『江の島フットボールフィールド』に立ち込めていた嫌な空気、それが今払拭されたことを、消えた膝の疼きから悟った。

 これまで、天候やら事故やらで不運に見舞われていたが、その呪縛をあいつらは粉砕したのだ。

 

 

 ~~~

 

 

 ついてない……っ!

 確かにキックが高く垂直に近づくほど、地面にボールが刺さる確率は上がる。

 それでも、奇跡というくらいに確率が低いことだ。

 

 これまで白秋に天の恵みをもたらした雨は止み、泥門の脚を悉く引っ張っていたフィールドのぬかるみにキックオフボールが埋まる。

 まるで気まぐれな幸運の女神が、白秋から泥門に靡こうとしているかのような展開。

 

(いいや、まだだ。たった一度のアンラッキーで揺らぐほど白秋は……――)

 

 運不運など、絶対的な力の前では関係ない。

 

 だが、絶対的な力でも、触れられなければ意味がない。

 

 ボールを確保したマルコの、もうすぐ前にまで、アイシールド21は迫っていた。

 

(峨王のブロックが、間に合わない……!?)

 

 前半の時のように、ボールハンドリングでもっていなすか。

 いや、それはできない。セナはボールを狙わず、マルコ自身に当たりに行った。

 

「ふんぬらばーーーー!!」

 

 避け、られない!

 腰をしっかりと抱き捕まえられたタックル。また、踏ん張りのきかない泥沼の足場。マルコは勢いの乗ったセナの人間砲弾タックルに、堪え切れず。

 

 

「うおおおおセナァアア! 光速タックルで、マルコをぶち倒した!」

 

 

 自陣ゴールライン目前数cmという背水の陣を、白秋ダイナソーズは強いられることとなった。

 

 

 ~~~

 

 

 このほとんど自陣ゴールラインからゲームを始めなければならない状況。

 パスを選択するのなら、こちらは自陣ゴールラインの中から投げる羽目になる。もし捕まったら、即自殺点。

 教科書通りの堅気のプレイで攻めるなら、ここはランだ。中央から着実にランで攻める。

 こちらには、最重量の『ピラミッドライン』をも破壊した最強の破壊神・峨王がいるのだ。

 

 泥門が予告中央突破を成功させてきたのなら、白秋もまた中央突破をやり返す! ……と士気を高める白秋に、その“障害(かべ)”は立ちはだかる。

 

 

 ~~~

 

 

 チーム全体を支えてきた長門君、それから先程、何度となく峨王君にぶつかってきた小結君の体力の消耗は大きい。

 ――だから、僕が、峨王君を、破壊する!!

 

 

「そうだ! 長門でも、小結でもねぇ。峨王を相手するのはお前だ、栗田!」

 

 

 背中をたたく鬼平さんの叱咤激励。はい、わかっています。僕はもう、迷わない!!

 

「みんな……大丈夫。もうこれ以上、泥門の誰一人、壊させない。

――その前に、僕が峨王君を倒すから」

 

 その栗田の静かな宣誓は、ぞわりと鳥肌を立たせるだけの意志(ちから)が込められていた。

 そして、安堵する。

 ヒル魔妖一とは真逆。

 峨王力哉とも真逆。

 栗田良寛だからこそ纏い得た、優しき信頼感(リーダーシップ)

 長門はこれまで背負って来た重荷を下ろせたように、深く息を吐いた。

 

 待ち続けていた。

 栗田先輩が、チームを引っ張る本物の大黒柱となるのを。

 

 

「ふしゅしゅうッッッ!!!!!!」

 

 

 ほとんど蒸気機関のような呼吸音を響かせながら、体内に酸素を取り込んでいく。

 これまでとは一度に吸い込む酸素量が違う。それら過剰にまで取り込んだ酸素という起爆剤を、過呼吸状態へ陥ることなくその全てを運動エネルギーに作り替えていく。

 すなわち、ぶちかましの破壊力へと!

 

 

 ~~~

 

 

 この、目は……!!

 峨王に真っ向からぶつけられるのは、殺意。

 しかし、それは復讐心から出てくるものではなく、『護る為の殺意』。この己が持たぬ殺意を、これまで暴力性が欠落していた栗田が覚醒した。

 

 先程までとは別人とも思える重圧。今の栗田は忿怒の相で火炎を背負う明王の如く、敵を燃やし尽くさんとする熱い覇気を放っている。

 長門のような玄人の技で覆してくるのではない、小結大吉のように己が全てを一瞬の爆発力でかけてくるのでもない。

 ただただ、重い。技も速さもない重戦士が持ち得る純粋なパワー。この純度混じりっ気のない力こそ、峨王が待ち望んでいたものだ。

 

 栗田、お前という男と遭えたこと、誇りに思うぞ……!!

 

 峨王は熱くなるほどに、強くなる。

 そのどんどん強力になってくる圧殺力に、栗田は動じない。

 

「GYYYYYAAAAAA!!!」

 

 全力の全力で峨王は押し込むが、持ちこたえる栗田。

 腕力が、己が確実に上回っている。

 ――だが、巨重を支える腰、下半身の力は、栗田の方が上だった。

 

 

「ふん――」

 

 

 後に大きく背を沿った態勢から、ぐぐと押し返していく。

 自分の背中には、何よりも大事な仲間たちがいる。それを決して壊させない。そして、壊そうと暴威を振るう相手を、己が暴力で捻じ伏せんとする守護神の殺意が、栗田を押す。

 

 

「ぬらぁ――」

 

 

 空手の三戦立ちは、筋肉、関節を堅く締めて打撃に耐えるためだけの型ではない。

 安定感の増す姿勢を砲台にし、必殺の一撃を放つためのもの。

 仏の顔も三度まで。堪えに堪えながら、力を練り込む三戦(不沈)立ち。気炎を迸らせる栗田良寛から押し込まれる圧力に、力の趨勢を逆転する。

 

 

「ばああああああああ――っ!!!!」

 

 

 強い。小細工を弄さない、不純物などない力と力のぶつかり合いで、押し込まれる。認めよう栗田。お前は、俺を殺し得る存在だ。

 

《その力を信じている……!!》

 

 だが、栗田よ。俺にも背負う者がある……!!

 

 長門村正が、栗田良寛が纏う、護る為に己の限界を超えるその力。己をも圧倒するその殺意。

 ――ならば、俺もその『護る為の殺意』を纏おう!

 

 

 峨王力哉は最凶の野獣であると同時に、まだアメフト選手としてはルーキー。

 闘いから学び、吸収し、成長している。

 この泥門との試合、かつてない強敵との闘争により、己の為でなく勝利の為に敵を壊す――真のラインマンへの覚醒を果たす……!!

 

 

「うおおおマルコ! 無理やりこじ開けて抜けたァーー!!」

 

 

 栗田と峨王が鬩ぎ合う激戦地帯をマルコはその身をもみくちゃにされながら押し通る。

 このすし詰めの中央に、必ず突破口の亀裂を作り出してくれると峨王の粉砕力を信じて。峨王が自分を護ってくれる。そして、自分はこのボールを何としてでも護る。

 この泥門デビルバッツ、最難関として立ちはだかる怪物から。

 

 

『長門君だァァァ!! 栗田君の穴を抜けたかに見えたマルコ君を瞬時に押さえ込んだー!!』

 

 

 栗田良寛という聳え立つ山のような壁の背後には、長門村正という絶望的な崖がある。

 

 峨王は、栗田と互角。他に気を回せる余裕はない。

 つまり、峨王の力でしか対抗できない長門と、マルコは一対一でやり合わなければならない。

 ボールは、落とさない。容赦なくこちらからボールを奪い取ろうとする『妖刀』から、この身を呈してボールを護った。が、ほとんど進めない。

 

 

『白秋、2ヤード前進!』

 

 

 泥沼に沈められながら、聴こえてきた成果は、これまでの白秋ではありえないほどに、短い。『北南ゲーム』どころか、このままでは連続攻撃権を達成できるかどうかすらも危うい。

 

 

 36対24……タッチダウン1本とキック1本でも同点に追いつけない。タッチダウンを2本決めなければ勝てない点差。タッチダウン1本でも厳しい状況、その事実が重くのしかかる。

 

 

 ドザッ! と。

 

 

「……長門、君……!?」

 

 

 小早川セナが漏らしたその掠れた(おと)にハッと反応したマルコは顔を上げた。

 そして、見た。

 自分の前で、打倒したかった泥門最強の男が、膝をついている姿を。

 

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