悪魔の妖刀   作:背番号88

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すみませんでした!

自分の不勉強で、ルール上のミスがありましたので、一部修正させてもらいました。

ご指摘してくださったすずきりん様、ありがとうございました。


46話

『瀧君へのショートパスが決まったーー! 泥門、3ヤード前進!』

 

 

『おおっと、地味にキャッチもできるようになった石丸君へパス成功! 泥門、2ヤード前進!』

 

 

『アイシールド21が来たーー! 進選手に阻まれましたが、それでも5ヤード獲得! 泥門、連続攻撃権獲得です! 泥門! 勢いを止められません! ゴールラインまで残り20ヤードを切りました! このまま王城からタッチダウンを決めてしまうかーー!!』

 

 

 3度目の連続攻撃権獲得し、ゴールを指呼の間に捉えるまで前進した。

 流れは、こちらにある。

 この勢いならば、1プレイで一気にタッチダウンを決めても不思議ではない。

 関東最強の矛が、関東最強の盾を突き破らんとする瞬間を、観客たちも期待している。

 

 

「Hut! Hut! Hut! Huーt!!」

 

 

 何度もコールを上げるヒル魔。

 その背後で動く――プレイ開始直前に選手が動いて攻撃体型を整える『インモーション』の権利を、長門が行使。

 左右を只管に往復するだけだが、強力(ストロング)サイドが切り替わる。

 その破壊力を痛感したからこそ、長門の動向は無視できず、揺さぶられる。

 まるで刃紋が怪しく反射する『妖刀』をゆらゆらとさせるように、こちらを翻弄してくる悪魔(ヒル魔)の策。

 

 

 実にイヤらしい、と観客席のマルコは評す。

 最強の切り札を見せびらかしながらも、それを見せ札とすることに躊躇がない。だけど、隙あらば使ってくる。

 『だからこそ、やる』――そんなヒル魔妖一の戦術論(せいかく)を知っているがために、無視できないのだ。

 なにせ、あの『悪魔の魔弾(フライクーゲル)パス』は、進でさえ阻止できない防御不能の破壊力。否が応でも警戒してしまう。結果、『妖刀』の動向に王城全員が集中力の半分を持っていかれてるだろう。それだけ、長門村正という存在が刻み込まれてしまっているのだ。

 下手すれば集中力の半分も持ってかれているような状態で、満足のいくプレイができるはずもない。

 そこで生じた綻びを、ヒル魔は逃さない。

 3度目の連続攻撃権獲得に、王城はタイムアウトを取ったが、果たして立て直せるか。

 

 

「これが、泥門の攻撃です……!」

 

 

 キャッチ、ラン、パス、ブロック、状況確認、司令塔(ヒル魔)と刹那にリンクできる戦術眼。

 長門はたった一人で無数の選択肢(バリエーション)を生み出せる異次元(モンスター)プレイヤー。

 やはり、別格。そして、地区大会決勝で争った時の泥門デビルバッツとは別物になっている。

 

 

「常に100%の力で臆することなく、リスクを取りに来る。王城だけがリスクを避けた99%の守備力では、必ず押し切られる……!」

 

 

 別物となった泥門と相対するには、これまでの王城から、意識を改革するしかない。

 すなわち、一か八かのリスクの高い策を取る。

 

 

 ~~~

 

 

「うおおおお! 決めるぜ、『デビルバックファイア』! タッチダウンMA――X!」

 

 

 流れは、泥門(こっち)だ。

 このまま、タッチダウンを取り、完全にものにしてやる。

 

 長門村正のキャッチは、俄然、モン太に火を点けた。

 負けてたまるか! 俺だってやってやる!

 合宿や練習でマッチアップした時は何度となく勝負してごまんと黒星を重ねてきているからその実力はわかっているが、それでもキャッチは譲れない。

 それはきっと、マッチアップしている相手も同じ気持ちのはず――

 

 

 ――長剣の一突きが、左胸を抉る。

 

 

「かっ……」

 

 桜庭先輩が……『バンプ』!!

 騎士の長剣の如き長腕が、モン太を貫かんばかりに突いてきた。

 

「モン太ーー!!」

 

 モン太だけじゃない。

 

「あふっ……」

「兄さん!?」

 

 瀧も、王城コーナーバック・艶島林太郎が、スナイパーの如く正確に、拳を心臓のある左胸に叩き込んできた。

 

 

「レシーバーの体勢をパワーで崩しに来やがったな、王城」

 

 黄金時代と称された頃を知る、試合をした経験のある鬼平にとっては、それは異様な、王城にはあり得なかった戦術。

 この意表を突いた狙いを、悪魔の指揮官は即座に看破した。

 

 

(違う。これは、んな狙いじゃねぇ。パスの発射を遅らせて……)

 

 

「進が……――! パスの発射口――ヒル魔を潰しに突っ込んだっっ!!」

 

 中央の守備を放棄して『電撃突撃(ブリッツ)』を仕掛ける進。高校最速のスピードでもって、ヒル魔の逃亡を許さず接近する。

 

 桜庭達が『バンプ』で泥門のパスターゲットを1秒でも足止めをする。このわずかな時間に進が奇襲を仕掛ける。

 ――長門を無視して、ヒル魔を撃ちに来たのだ。

 

 

「やーーー! 危ない妖兄ーー!!」

 

 

 ベンチから悲鳴が上がる。

 進清十郎の突撃を抑え込める壁は、長門以外には成り立たない。しかし、今、『インモーション』で移動した長門は、ヒル魔からは離れている。陽動が仇となった形だった。

 だが、そのスピードに、間に合う者がいる。

 

 

『おおっとしかし! セナ君が光速スピードでブロックに入る!!』

 

 

 進の動きに誰よりも注目していたセナが、割り込む。

 この『巨大弓』の陣形で、ランニングバックのセナは、クォーターバックのヒル魔のすぐ後ろに配置されている。互いに高校最速である以上、奇襲に気付けば間に合う距離だった。

 

「流石だ、お前なら反応すると思っていた。だからこそ、桜庭達の作る1秒の猶予が不可欠で――もう1枚のカードが必要だった」

「はい、進先輩! コイツは俺が……倒す!」

 

 ――『二重電撃突撃(ダブル・ブリッツ)』!?

 王城のもう一本の“槍”――ラインバッカー・角屋敷もその守備を放棄して、強襲してきた。

 それもとんでもないルートから。

 

 

「アイツ……飛び越しやがった」

 

 

 走り抜けた途上には、王城のディフェンスライン・渡辺と組み合っていた小結が、渡辺を倒した勢いで前のめりにもつれ込んでいて――つまりは、その彼らの上を飛び越えてきたのだ。セナと同じ、身軽な体躯だからこそ通れた最短コース。

 なんて、無茶苦茶な……!?

 飛び越えた勢いのまま放たれた角屋敷の『スピアタックル』が、セナに当たる。強引に伸ばした片腕の突き。体格も同程度なのに、重く、セナの身体は弾かれた。

 

 

「オラアアアアアア――!!」

 

 

 相手に息を吐かせぬ無呼吸連打。

 雄叫びと共に、十文字を強引に破った猪狩もまたヒル魔を本能のまま狙う。進に挟み撃ちで合わせるよう、反対側からその逃げ場を塞ぐ狂犬にして、猟犬。

 

 盾もなく、無防備。逃げるのもできない。

 

「はっ!」

 

 この絶体絶命の危機を、悪魔は、嘲笑う。

 

「んな揺さぶりかけて揺らぐような、糞生温いタマじゃねぇんだよ」

 

 キッドの『神速の早撃ち(クイック&ファイア)』であれば、進の動きを見てからでもパスが間に合ったかもしれない。この状況を切り抜けられたかもしれない。

 そんな真似、ヒル魔妖一には無理だ。

 だが、その腕は、王城が『二重電撃突撃』を仕掛けてきたと視認した……動き出しの時点で、振るわれていた。

 

 脚は、遅い。

 力は、弱い。

 技も、精々が小細工。

 パスに限定しても、凡人の域を出ることがない。

 

 だが、アイツに投げるパスだけは、違う。

 

 既定のルートからアドリブで外れる『速戦(オプション)ルート』。

 王城のゾーンディフェンスは把握してある。ラインバッカーが二人抜ければどこが穴になるかくらい、簡単に暗算できる。

 だが、事前に取り決めなどしてはいない。ヒル魔は独断で投げた。全力で駆け込まなければ捕れないポイントへ。

 長門もまた独断で動き出していた。そのポイントへ真っ先に、背後のことなど振り返りもせず、全力で駆け込んでいた。

 ――そして、パスの軌道(コース)、疾走の道筋(ルート)のギリギリの延長線上に、交差点は重なる。

 

 

「この状況――あんたなら、ここに攻め(なげ)る……っ!」

 

 

 初めて会った時から、最強を確信させた逸材。

 そして、この右腕は、『妖刀』を自分にとっての最強の武器とするために少ない才能と長い時間を費やした。

 だから、狙いは決してブレはしない。誰よりもパスを投げ込んできたからこそ、骨の髄にまで浸透した貪欲なまでの攻めの姿勢を共有している。

 肉を切らせて骨を断つ、それが泥門デビルバッツ――!

 

 

 ~~~

 

 

 こちらの一か八かの作戦を、更にリスクを上乗せしたギャンブルで覆す。

 

 ヒル魔と長門のホットラインは、どんなプレッシャーでも乱れない。

 もはや頭上を通過するボールを目で追うしかない。この先に、長門村正はいる。ヒル魔妖一が浮かべる笑みが何よりの証明。土壇場での行動を確信できるからこそ、ヒル魔妖一はパスターゲットを探す時間を0にできた。練度で成せる連携だ。

 

 ――それでも、まだだ。

 この距離、速度差を考えれば、タッチダウンを奪われる。だが、相手は己が認めた強敵手。彼らの前で、弛んだ真似などできはしない。

 最後まで諦めない守護神は、即座に反転して、後を猛追しようとし……気づくのが遅れた。

 

 

 ~~~

 

 

 俺が、王城を、馬鹿にはさせない。王城は、王城こそが、最強だ。それを証明するために、アメリカンフットボール選手となった。

 なのに、長門が、進さんと同格だと認めざるを得ないような状況としてしまった!

 俺が、負けちまったから! あそこでぶちのめしていれば、こんな風にはならなかったはずなのに!

 

 

 もう、これ以上、馬鹿にさせない。

 

 

 ――ボールゲットボールゲットボールゲット投げる前に潰すボールゲットボールゲットボールゲットボールゲット――

 

 

「待て猪狩!!」

「ヒル魔がパスを投げ終わってることに気づいてない……!!」

 

 

 ――ボールゲットともかくボールゲットコケにしやがるコイツをボールゲットボールゲット潰すボールゲットボールゲットボールゲットそうすりゃボールゲットボールゲット誰も王城を馬鹿にはできねぇ――

 

 

「オォラァアアアアアアア!!」

 

 

 フィールドにいる誰もが、狂犬の暴走に気付くのに遅れた。

 狙われた当人(ひるま)でさえ、パスを振るう右腕にほとんどすべての集中力を振り切っていた。

 

 

「ヒル魔さん!!」

「やーー! 妖兄――!!」

 

 

 会心の、手応え。

 どこを見てんのかこっちに気付かず、隙だらけのところに、渾身の掌打が当たる。

 吹き飛んだ野郎(ひるま)を、追う。追い打つ!

 ボールゲットするまでは、泥門の攻撃は続く! ――ボールは、絶対に奪わなくちゃならない!

 だから、まだ――――

 

 

 ~~~

 

 

 ――騎士の(うで)が、何が何でも得物に食らいつかんと狂い猛る顎を、阻んだ。

 

 

 ~~~

 

 

「……進、さん??」

 

 倒したヒル魔に噛みつく寸前で割って入ったのは、進先輩の右腕だった。

 

「やめろ、猪狩」

 

 言葉少なく、しかし、逆らわせない圧を込めて、制止する。僅かに遅れて事態を覚り、全速で猪狩の凶行を阻止した先輩が、前にいた。

 理性が沸騰しやすい猪狩でも、面前に立たれれば、先輩だと気づける。

 だけど、わからない。どうして、王城を馬鹿にする野郎を庇う真似をするのか。

 狂乱を上回る戸惑いは、血が昇った頭を鎮めるだけの効果をもたらした。

 

 

「――王城66番『ラフィングパサー』!」

 

 

 ようやく、審判の笛の音が、聴こえた。周りの声も、耳に入っていたが、無我夢中で、脳が認識できていなかった。今、猪狩は、気づいた。

 とんでもない、大失態を犯してしまったことに。

 

 

 ~~~

 

 

 王城ホワイトナイツの罰則(ペナルティ)

 パス成功したエンドゾーンまで残り10ヤード地点から、更に守備側への罰則距離が課される。

 『ラフィングパサー』の罰則距離は、15ヤードの後退。今回は『ハーフディスタンス』が適用され、ゴールまでの半分の地点――エンドゾーンから5ヤードの地点まで、泥門デビルバッツは前進。

 

 

 

 腕を振るジェスチャー――パサーに対しての反則があったことを示しながら、審判は状況を説明する。

 

 西部でさえ攻めあぐねた王城を相手に、ゴールまで目前の距離まで来た。

 それを喜ぶ歓声に沸く気配は、ない。

 

「ヒル魔!」

 

 誰もが血相を変えた。中でも栗田は顔色を蒼白にして、倒れたヒル魔へ駆け寄る。

 準決勝……白秋の峨王に壊された、悪夢と分類されるその記憶が全員に過った。

 

 『また、なのか』と言うようなセリフは、吐かない。吐けない。そんな弱音を口に出してしまえば、それが確定したことになってしまいそうで。

 けど、栗田にはチームを率いる責務があり、状況把握には努めなくてはならず。

 確認に躊躇し、思考が右往左往する。そんな胸の内が、あわあわと口が開閉する様から丸わかりで――そんな動転する栗田の前で笑えるのは、ひとりだけだった。

 

「ケケケ、白秋でちったぁマシになったと思ったが、あっさり慌てふためいてんじゃねぇぞ、糞デブ。大袈裟にビビりやがったせいで、糞一年(ガキ)共にまで伝染し(うつっ)てんじゃねぇか」

 

「ヒル魔ぁああああ!! だ、大丈夫なの?」

 

「心配し過ぎだ、糞デブ。峨王のような馬鹿力でもねーと、人間そう壊れたりしねぇ」

 

 ひょいと不調を感じさせないくらいに軽く起きるヒル魔。すぐ栗田がその身を支えようとしたが、左手を振って拒否して自力で立ち上がる。

 すこぶる平気な様子に、恐る恐るセナが伺い立てる。あの瞬間、泥門の中で一番近くにいたのはセナだ。角屋敷に突き飛ばされながらも、ヒル魔が倒されたのは視界に入っていた。

 

「で、でも、ヒル魔さん、思いっきり倒されたように見えたんですけど」

 

「あそこで糞狂犬が止まらなかったのが、計算外だっただけだ。――後輩の躾けくらいちゃんとしとけ、進」

 

「ああ」

 

 ヒル魔が文句を向けた相手は、泥門の会話に混じらないよう、一歩引いた立ち位置にいた進。

 猪狩は事態を把握した途端、頭が真っ白になったように動けなくなっており、大田原に鎖で縛り上げられてベンチへ回収されていた。

 

「だが、猪狩が暴走してしまったことは、俺が至らなかったせいだ。すまない、ヒル魔、泥門」

 

 その後輩の失態を己の責として頭を下げる進へ、黒木、戸叶、モン太といった泥門の中でも直情的な連中もここで責めるような真似はせず、代表して栗田がおずおずと頷き、その謝罪を受け入れる。そして、ヒル魔は鼻を鳴らし、ニヤリと口角を上げる。

 

「ま、こっちは儲けモンだがな。糞狂犬が暴走したおかげで、王城(テメェら)から先制点を奪うチャンスだ」

 

 グリンと首を巡らして、進へ向けていた意識を、チームへ戻す。

 

「だ・が、タッチダウンを決めたわけじゃねェ! ここで一気に畳みかけんぞ、テメェら!! 糞デブみてーに腑抜けた奴がいるなら、銃弾ぶち込んで目を覚まさせてやるから、そこに一列で並びやがれ!」

 

『ヒ、ヒイイイイイ!?!?』

 

 悪魔の司令塔からの発破は、一部、叫喚とした絵図をもたらしたものの、チームの士気を立て直す。

 

 そして、泥門は次のプレイで、長門にボールを持たせたパワーランで中央突破を仕掛け、残り5ヤードを強引に押し込み、王城からタッチダウンを決めたのだった。

 

 

 ~~~

 

 

「――あら……」

 

 と隣席となったご婦人が、胸元の内ポケットからちょっと取り出したのは、携帯ではなかった。

 藁人形。テレビとかでは見たことはあるが、日常生活する上では直には拝んだことはない代物だろう。

 それも裏稼業の“仕事道具”のような物騒さとは異なる、禍々しい妖気のようなものが漂っているのは気のせいか。

 思わず、円子令司(マルコ)は頬を引きつらせながら、岡婦人へツッコむ。

 

「なンすか、それ」

 

「“仕事道具”よ」

 

 あなた、確か、病院勤務の看護士さんじゃなかったっけ?

 いったいどんな場面でそれの出番があるのか、マルコにはわからなかった。人より頭の回転が速いと自負はあるが、どう頑張っても彼女が勤める病院が何を取り入れているのかは、想像できない。いや、したくなかった。

 

「へ、へー、そ、そうなンすか……」

 

 というわけで、隣席の彼女である氷室先輩の肩を抱きながら、スルースキルを働かせた。全力で。世の中には関わらない方がいいことがあるというのはよくあるっちゅう話だ。

 

 

「今日は経過観察、もとい、試合観戦だけのつもりだったのだけど」

 

 岡婦長は、取り出した藁人形を観察――ある一部を精査した時、目を眇めて息を吐く。

 

 

『あああーっと! 武蔵君がキックしたボールは、ゴールの枠を僅かに右に逸れました! 泥門、トライフォーポイント獲得ならず!』

 

 

「患者として請け負った以上、見過ごすわけにはいかないわね」

 

 

 ~~~

 

 

「すんませんでしたー!!」

 

 攻守が入れ替わる。

 チームが全員ベンチに合流し、集まるそのタイミング。

 あの後そのままベンチに下げられてから動かなくなっていた猪狩が、ガバッと再起動するや否や、フィールドに頭突きをかますかの勢いで頭を下げた。

 

「俺、王城に泥を塗っちまった。俺のせいで、皆さんになんて迷惑を……! 先輩方がこの試合、泥門との決戦にどれほど意気込んでいたのか知ってるのに――「猪狩」」

 

 静かな声が、猪狩の謝罪を遮る。

 ビクッと肩が跳ねた猪狩は、発言を中断。窒息せんばかりに言葉を呑み込む。唇を噛み、震える口を強引に閉める。けれど、顔は下を向いたまま、決して頭は上げない。合わせる顔がないと心底に思う。

 

「訂正したいことが、3つある」

 

 そんな猪狩を見て、やれやれと肩を竦め、高見は言う。

 

「まず、頭を下げるべき相手が違う。迷惑をかけたのは、俺たちにではなく、泥門だ」

 

「……うっす」

 

「そして、これは、猪狩だけの責ではない。王城全員が負うべきものだ」

 

「んなことは――「話は最後まで聞け、猪狩」」

 

 反論した猪狩だが、高見は有無を言わせず、発言権を取り上げた。

 猪狩の暴走は、王城ホワイトナイツの失態だ。

 猪狩以外のレギュラー全員、それを認めている。誰一人として猪狩にだけ責任を押し付けようなどと考えている者はいないと断言できる。

 

「我々王城は、変わった。黄金世代、これまでにはなかった強気の守備ができるようになった。ならば、その利点にばかり目を向けるのではなく、それ故のリスクを勘案してしかるべきだ。それを怠った、甘く見ていた。指揮官たる自分がするべきことをしなかった」

 

 それは違う……!

 高見さんは、誰よりもチームのことを第一に考え、あらゆる事態を想定してきた! 考えに考え尽くしたはずだ! それなのに馬鹿な自分が台無しにしてしまった……!

 猪狩は言いたかった。だが、できない。先頭でチームを引っ張ってきた最上級生の言葉の重みが、そうはさせない。猪狩ではどうしても揺らがしようのないほどに彼らの意思は固い。

 

 

「だが、今は、頭を下げる時ではない」

 

 

 まだ、試合は終わっていない、と高見は続ける。

 

 

「第一に優先するべきは、この決戦に全力を尽くすことだ」

 

 

 いつ如何なる時も冷静で気丈であることを徹底する指揮官は、提示する。

 

「改めて言うまでもないことだが、皆の意思をまとめるために確認しよう。

 ――泥門デビルバッツは、強い。我々王城ホワイトナイツが、総力を挙げて戦うに相応しい、最強のチームだ」

 

「おう。高見の言うとおりだ。叶うのなら、泥門とは、クリスマスボウルで決戦したかったとこだ」

 

 高見の言葉に、同じくチームの代表たる大田原も感慨深く同意する。

 いつからかこんな因縁が芽生えたのか。一年前では全く想像できなかったが、あの助っ人頼みの新興チームだった泥門は、王城が最も意識する強敵手となった。

 

「だから、決して手を抜くような真似は許されない。たとえ何があろうと、全力で、容赦なく、泥門を倒す」

 

 それが、闘いだ。

 正々堂々とした振る舞いは意識するが、何より貪欲に求めるのは、勝利。

 あの最強の強敵手に勝つには、こちらも全てを賭す必要がある。

 

「ばっはっは! そうだ、新生王城攻撃(オフェンス)! こっちもタッチダウンとりゃいいってことよ!」

 

 高見が冷静に弛みを締め、大田原が豪気に不安を笑い飛ばす。

 進と桜庭が王城ホワイトナイツの中核であるエースだが、精神的な大黒柱はこの二人。この新生王城の礎を築いてきた最上級生であることは疑いようがない。

 常にチームを支えてきた彼らの言葉は、落ち込みかけた士気を静かに持ち直させ、全員の裡を熱く盛り上げる。

 

「そうだ。そして、これまでとは違う、新生王城には、これまでにはない人材がいてこそ改革は促進される。――その我武者羅なプレイこそが、猪狩を守備(ディフェンス)(チーム)のレギュラーに選んだ理由だ。だから、腐らせるな」

 

 はっと顔を上げる猪狩。

 この人は、まだ、俺のことを戦力として扱ってくれる。デカいヘマをした俺を、チームに必要だと言ってくれる。

 一瞬呆け、力なく開いた掌が、拳を作る。締める。しかと締め直す。今、かけてくれた言葉を噛み締め、誓うのだ。

 この一戦に、己の全てを賭すのだと。

 

「ウッス! 気を付けます!」

 

「おう、ようやく顔が元に戻ったな。反省するのはいいが、抱え込みすぎるのは良くない。これから攻撃だが、ベンチにいても気を抜くなよ、猪狩」

 

「ウッス! 絶対に気を抜きません!」

 

 高見と大田原が悪魔と相対する戦場(フィールド)へ往く。

 それにチームのエース二人が続こうとする前に、桜庭は猪狩の肩を軽くたたき、

 

「あまり偉そうなことは言えないけど、俺も、進だって失敗したことがある」

 

「ああ、準決勝、西部との戦いで、俺も猪狩と同じように反則(ラフィングパサー)をした。アレは俺の弛みがあったからこそ、してしまった失態だ」

 

 頷く進。

 桜庭は視線を落とし、懺悔が滲む言葉を吐き出す。

 

「誰だって失敗することがある。特に俺のは、どうしようもない。今だって後悔してる。思い出すだけでも恥ずべきものだけど、決して忘れるわけにはいかない。それくらい大きな失敗だ。だけど、そんな俺でもこのチームにエースとして貢献することができる。誰かのヒーローになることができる」

 

 ――それを今から、証明してくる。

 観客席からの子供の声援に応えるよう右腕を掲げて、フィールドへ入っていく、いつになく大きく見える先輩の姿に、猪狩は深く敬礼。

 

「先輩方の雄姿、しかと勉強させていただきます!」

 

 後輩の視線を背に受ける桜庭を、目を細めて見つめながら、迎え入れる先輩。

 

「格好悪いところは見せられないな桜庭」

 

「はい。でも、俺も高見さんからかけられた言葉は忘れてませんよ」

 

 ドンと胸を叩く桜庭に、高見もまた日本一高い山頂で交わした誓いを胸に抱く。

 

 

 ――二人で勝とう、一流の天才たちに!

 

 

「温存はない。最初から全部を使って潰しに行くぞ」

 

 

 鉄壁の城塞から、天下無双の騎士団が出陣する。

 

 

 ~~~

 

 

「出たァァ――! 『エベレストパス』!!」

「弾道(たっけ)ぇぇえ!」

「届くのかこんなもん!?」

 

 

 一回目の攻撃。

 王城ホワイトナイツ、未だにパスカットがされたことのない高見から桜庭への『エベレストパス』を放った。

 

 

 ~~~

 

 

「――いや、届く!」

 

 

 一回目の守備。

 『妖刀』が敷く制空圏内を通過しようとしたパスを、太刀の如き長腕で切り裂くようにパスカットした。

 

 

 ~~~

 

 

『なななんと! パスカット不能、高校史上最頂の『エベレストパス』がカット!! 高校最高のパーフェクトプレイヤーの守備範囲恐るべし!!』

『春大会の頃から3cm伸びた193cmの高身長に+その長い腕とジャンプ力! 三次元に広い守備範囲を誇る長門君は、全てのパスにとって天敵です! それは『エベレストパス』でさえ例外ではありません!』

『おおー、成長した身体データまでリサーチ済みだったとは、解説のリコさんの取材範囲も侮れません!』

『そそそそそんなことありませんにょ!?!?』

 

 

 おいおい、マジかよ。

 観客席にいた五分刈りの男は、唖然とする。

 

 新生王城の前代……かつての王城の黄金世代を率いた男、花田は驚嘆を隠せず瞠目していた。

 去年、自分たちが敗北した神龍寺ナーガ戦で、隠し玉の金剛兄弟にしてやられた記憶は苦いものがあるが覚えている。

 金剛兄弟の連携に、黄金世代の守備は翻弄され、攻略された。

 しかし、一対一では、金剛阿含は進に倒されていたはずだ。

 進が大学アメリカンフットボール界へとステージを移しても、確実に三本の指に入る。

 

 その進と互角に競り合っている一年生がいるだと?

 

 長門村正。

 最近、話題になってる選手。

 黄金世代を圧倒した『百年に一度の天才』金剛阿含、それに進を差し置いて昨年度の東京大会MVPに選出された赤羽隼人という前例は知っていても、神龍寺のような強豪でもない新興チームのエースであるから、所詮はお山の大将、昨年の怪物(モンスター)ルーキーの二人ほどの脅威ではないと高を括っていた。

 そんな認識は、覆される。

 金剛阿含にやられた時以上の衝撃で。

 

 高見が桜庭へ投げる『エベレストパス』は、この王城OBが集った王城シルバーナイツでさえ触れることさえかなわなかった。

 自分たちがいたころは、一軍にも上がれなかった後輩クォーターバックが、黄金世代を圧倒する武器を身に付けたことに驚き……その驚きの分だけ、この代で、王城が関東大会を制覇することを期待していたのだ。

 それをああも容易く、叩き落とすとは……!?

 

 花田は知っている。

 高見が、堅実なプレイが売りだが、脚の古傷(ケガ)で、咄嗟に逃げることのできない二流止まりの選手であることを。

 その高見が、精神的に弱い……いや、強い野心を持った桜庭というパートナーを得て、ついに見出した自分たちの力を活かす道――『エベレストパス』

 アイツの中じゃ、進の両面『巨大弓(バリスタ)』があっても、『エベレストパス』こそを王城のプレイの肝にしたいと考えていたはずなのだ。

 それだけに決め技をいきなり防がれてしまったことのショックは大きいだろう。

 

「どうするんだ、高見……っ!」

 

 険しい顔でかつてのチーム、後輩たちを見つめる花田の視界には、新生王城を統率する司令塔が立ち呆ける姿があった。

 

 

 ~~~

 

 

『高見伊知郎です。小学校ではタッチフットの投手(クォーターバック)一筋で、王城でも投手(クォーターバック)がやりたいです!』

 

 憧れの王城に入ったばかりの頃は、まだ、自分の将来に輝かしい希望を抱いていた。

 小学校のタッチフットで、チームを指揮しながら味方へパスを決める投手のポジションに虜となっていた僕は、すぐに思い知った。

 僕には、ひとりで投手として大成する才能がなかったことを。

 

『こういう話は、早い方がいい』

 

 それを無視するように無我夢中に練習に励んだ。ひとり、練習後も居残ってグラウンドを走っていた。

 そんな僕の逃避ともいえる練習を見守ってくれた庄司監督――かつて投手だった監督は僕の願いを我がことのように想いながらも、指導者として、残酷な事実を告げた。

 

『アメフトで投手をやりたいっていうお前の夢はわかる。

 だが、現代アメフトでは、味方に守られて投げるだけじゃなく、状況を視て移動して投げたり、自分でもって切り込んだり、“走れる投手”ってのが求められる』

 

 

 ――高見、お前の脚では、投手は無理だ。

 

 

 40ヤード走、5秒7。

 鈍足の原因は、幼いころ交通事故で負った怪我。右の脛に今も残る消えない傷は、致命的な枷だった。

 他の人とは違って、僕には努力だけではどうにもならない壁があった。

 

 現代の移動砲台に適応できない欠陥を抱えた僕には、神龍寺の金剛阿含のような超反応で自らタッチダウンを決めたり、帝黒の小泉花梨のような蝶のように舞う動きでラッシュから逃れるのも無理だ。

 逃げられない鈍足投手。

 

 だから、他で勝負するしかない。

 走れない旧式、固定砲台とも形容される投手となるしかなかった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 『エベレストパス』が、斬ら(カットさ)れた……。

 

 呆けて、しまった。

 思いのほか、ショックを受けたらしい。――想定はしていたはずなのに。

 

 一番最初にこの男を甘く見て、痛い目に合ったのは自分だった。

 だからもう、二度と油断などしない。

 長門村正は、高見と桜庭(エベレストパス)の天敵になり得ると想定してしかるべき。

 深く、息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 

(高見……)

 

 庄司監督は、己の投手としての技能、そして、心構えを叩き込んだ教え子が、動揺を深く鎮めたことを覚った。

 深呼吸を終えた高見伊知郎の目に、揺れはない。

 

(何……?)

 

 正面から相対する長門も感付く。動揺や、焦燥といった感情が生じていない。心の拠り所とし、これまでの戦績で厚みの増してきたホットラインを断ったというのに、たった一呼吸で立ち直った。

 そして、眼鏡の位置を直してから、口を開いた。

 

 

「予告しよう、泥門の諸兄。二回目の王城のプレイも、“パス”だ」

 

 

 へ……!!?

 泥門は、思わぬ高見の宣告に、目を丸くしてしまう。

 

 

『なんと、これは……高見君、心理戦の魔術師、ヒル魔君のお株を奪うかのような、プレイ予告っ! しかも、長門君に破られたばかりのパスを予告してきましたーーっ!!』

 

 

 観客もざわつく。

 自棄になったのか高見! と王城OBの声も聴こえる。

 

(ホホ、ホントに……?)

(そんな先にバラしちゃったら、こっちが守りやすくなるだけなのに……!)

(長門に破られたばっかだろ。本気でしてくんのかパス……!? ハッタリじゃねぇのか。『巨大弓(しん)』を突っ込ませてくるランの方が……)

 

「………」

 

 相手の狙いが読めず、動揺するチームメイトに、長門は声をかけることなく、静かに高見を観察する。

 わざわざ作戦をバラすような真似だが、リスクは然程なかったりもする。

 所詮、予告。

 舌が二枚でも足りなさそうな先輩の後輩をやっているのだ。高見伊知郎の予告がウソである可能性くらい当然考える。妄信することはないし、特に対策することでもない。

 

(高見伊知郎は、ヒル魔先輩と同類。意味のない妄言をすることはあっても、意味のない真似はしない)

 

 ならば、何がしかの狙いはある。

 意味のない予告に何かの意味を持たせるのだとすれば、これから行うパスプレイへの印象付け(アピール)――

 

 

 ~~~

 

 

(……油断させて緩むのを狙ってみたが、やはり無駄だったな)

 

 自分を見据える鋭い眼差し。

 大衆を惑わす愚かな指揮官などとは見ていない。侮りの色がなく、警戒の意が感じ取れる。

 進と同じ。決して相手を過小評価したりはせず、僅かたりとも緩まない。

 

(どれだけ努力しても、長門、君のような完璧超人には近づけない)

 

 高身長で、強靭な体躯。

 高校最速のパスを投げられる強肩に、走りながらもパスができる抜群の安定感。

 そして、脚の速さ。

 自分にはない、現代の移動砲台タイプの投手としての才能に恵まれた逸材と鏡合わせのように相対するだけでも、かつて抱いた渇望に胸が焦がれそうになる。

 

(でも、自分の力不足を――足が悪いのを言い訳にして生きていくことだけはしないと決めたんだ……!)

 

 一人じゃ誰にも敵わない凡人が6年間ずっと待ち望んでいた、唯一の武器である背の高さを活かせる相棒を得てからは。

 

 

(高見さん……っ!)

 

 

 独断の予告(アドリブ)の意図を探ろうとしているのは観客や泥門だけではない。その向けられる視線の中で、強い意志を感じるものがある。

 

 桜庭……。

 富士での夏合宿で、お前は悔やんだ。嘆いた。絶望を吐露した。

 

 

 今更死ぬ気でトレーニングを頑張ったって、40ヤード走も重量上げ(ベンチプレス)も長門に負ける!

 それで進ではなく、こんな凡才を周囲(TV)では『王城のエース』なんだって取り上げるんだから笑っちゃいますよ!!

 俺だってそんな期待に応えようとした! 何度吐いたって、ずっと天才を追いましたよ!

 だけど、結局、天才の背中も見えなかった……勤勉な天才に、凡人に生まれた男はどうやっても敵わないんだっていう証明にしかならなかった。

 俺はアメフト部に入って、5年間無駄にしましたよ! 何の意味もなかった!!

 

 

 お前の悔しさも嘆きも、知ってる。

 その絶望だって、5年前から味わってる。

 だが、どんなに打ちのめされても、折れなかった。一流の世界で戦いたいと叫んだ。

 

(よく、わかる。お前の気持ちは。そして、桜庭、お前はいつも思ってる。『俺は遅すぎた。死ぬ気になるのが遅すぎた』、と。凡人であることをどれだけ恨もうが、諦めなかった。お前はもっと早く足掻かなかったことを後悔した)

 

 進や長門を羨んだのも、彼らが()()()()天才であるからこそ。

 追いかけ続けなければ、常に前進し続ける天才との距離は広がるばかりだと絶望した。もっと早くから追いかけていれば、その背中に触れられたんじゃないかと後悔ばかりを募らせた。

 

(でも俺は! 少なくとも俺は! 桜庭と何試合かタッグを組めただけで、王城中高6年間は無駄なんかじゃなかった!)

 

 このプレイで、証明してみせる。

 桜庭の5年間に、(ぼく)の6年間を足せば、一流の天才に勝てることを。(ぼく)達の足掻きは決して無駄じゃないことを。

 

 

「SET! HUT!」

 

 

 最初の『エベレストパス』は、布石。

 長門村正の制空圏(ドーム)の範囲を確認するための一手だ。

 あの領空域を侵犯すれば、パスは撃墜される。『エベレストパス』……高見が投げられる最高の弾道でも、逃れられなかった。

 

 だが、そこに到達するのは一瞬とはいかない。

 こちらがパスを投げることを見極めてから、移動して、跳ぶ。それはどんな天才でも短縮できない工程だ。

 ――つまり、一流の天才を攻略するには、到達するまでに制空圏を通過する速度でパスを投げればいい。

 

 あの初球で長門の反応速度、移動速度、跳躍速度を測り、そこから必要となる投球速度を割り出したが、高見が出せる全力が求められる計算結果だ。

 しかし、頭ではどれほど至難の作業となるのかわかっていても、心は決まっている。

 

 ――どんなパスでも捕って見せます絶対! 高見さん、俺に投げ込んでください……!! 

 

 懐かしい。

 “俺はきっとやってやる!”っていう夢に燃えてる野心の目。見るのは、中一で入部してきたあの時以来。

 そんな熱い眼差しで要求されては、挑まずにはいられない。

 

 長身長腕を活かした投石器(カタパルト)を彷彿とさせる投球モーション。ほぼ頭の真上、高い発射点からボールをリリースする右手に、己の全てを乗せて振り切った。

 

 

 ――塔から渾身の矢が放たれた。

 

 

「! これまでの『エベレストパス』より、速い……!?」

 

 

 あの弾道の高度に届くことは可能だが、あの弾速では間に合わない。

 『妖刀』は飛来するボールをカットせ(斬ら)んと反応するが、それより速く逃げられた。指先まで伸ばした手刀の、10cm先をボールは通過する。

 

 高い塔から塔へと放たれる矢のように、超高層軌道で、高速レーザーパス。当然、キャッチする側に要求される難易度は高くなる。

 練習は積んできたが、それでも成功率は5割を切る大博打のパスプレイ。

 

 

「捕れるよな桜庭。こんな無茶な高層パスも、お前なら……」

 

「当然ですよ高見さん……!!」

 

 

 ――『ツインタワー剛弓(アロー)』!!!

 

 

 『妖刀』の刃を躱した剛弓(ボール)を、頂点へ伸ばした桜庭春人の両手は掴み取った。

 

 

『予告通りにパス成功! 王城ホワイトナイツ、連続攻撃権(ファーストダウン)獲得――!!』

 

 

 ~~~

 

 

「長門君が、パスカットできなかった……!?」

「なんつうパスだ。アレじゃあ、止めようがねぇぞ!?」

「ちきしょう! マークしてたのに、桜庭先輩に追いつけなかった!」

 

 長門村正が、予告されたパスをカットできなかった。

 それは泥門デビルバッツにとって、大きな衝撃だろう。攻撃(オフェンス)以上に、守備(ディフェンス)を『妖刀』に頼っている。絶対的なエースが中央を陣取っているからこそ、各々が果敢に出ることができる。そう高見は分析していたからこそ、その比重が大きい分だけ強烈な印象付けとなることを確信していた。

 その想定通りに動揺する泥門へ、高見は尊大に言い放つ。

 

「これが『エベレストパス』の更なる進化――パスカット不能の『ツインタワー剛弓(アロー)』だ」

 

 この先、泥門は桜庭の『ツインタワー剛弓』を意識しなければならない。

 その上で、今の王城には“もう一本の矢”がある。

 

 

「さあ、諸君。泥門に見せてやろうじゃないか。どんな策を打とうが無関係。すべてを無視して決める力が新生王城にはあるってことを……!」

 

 

 冷徹な指揮官は、再び予告する。

 『中央突破』――高校最速のパーフェクトプレイヤーを矢として放った『巨大弓(バリスタ)』は、泥門のラインを無理やりにこじ開けた。

 

 

『止まりません、王城ホワイトナイツ! 天下無双の騎士団の波状攻撃を前に、泥門デビルバッツ成す術なしかーー!!』

 

 

 如何に怪物であろうと体は一つ。

 『巨大弓(ラン)』と『剛弓(パス)』、二つの攻撃をまとめて対応するのは不可能。

 一度も王城の前進を阻止できず、ゴールエリアまで10ヤードを切ってしまった。

 

 

 ~~~

 

 

「ならば、起点を潰すまでだ」

 

 

 泥門の守備は、保守的なものではない。

 苦しい劣勢下だろうが縮こまることなどない。たとえここで失点を許すことになろうが、一発逆転を狙いに行く。守備の時でさえ、防御を捨てて殴りに行くのが基本姿勢なのだ。

 それは、この『妖刀』にも浸透している。

 

「うおおおおおっ!」

 

 東京地区ベストイレブンに選出された、王城三年のガード・安護田良則。元野球部キャッチャーで、王城一の粘り腰を誇る安護田を、長門は崩す。衝突し、強く、踏み込む。ごくわずかな重心移動は、相手の重心をブレさせ、そこを純然なパワーで押し込み倒す。

 フォローに三年センター・岩鼻厚雄が入るが、守備ではラインバッカーを任されるが今はラインの一列に加わっていた黒木がそれを許さない。

 

 

「来たー! 長門の『電撃突撃(ブリッツ)』! 中央を破ったァーー!!」

 

 

 動きを気取らせない『縮地』からの、『電撃突撃』は、ベテランの鬼平の目を以てしても、特攻の気配を感じ取れなかった、真正面からの不意打ち。

 

 

『後方の守りを放棄するギャンブル守備(ディフェンス)! パスを投げる高見君を潰しに突っ込んだーっ!!』

 

 

 この時の泥門のディフェンスの陣形は、ゴールラインディフェンス。

 ラインの人数を増やし、後衛も前寄りの位置につく。前に密集する分、突撃(ラン)には強いが、後ろががら空きとなるためパスに弱い。

 しかし、パスをさせる前に潰せば、問題はないとばかりに泥門は攻めてきた。

 ――そう、それは春大会で、高見を仕留めた策と同じ。

 

 

「危ねぇ、高見先輩――!!」

 

 

 この間合い。鈍足の高見では、逃げられない。

 

 ――『十文字槍(トライデント)タックル・廻』!!

 

 グースステップからの120%の超加速。長門はそこから長身を前に傾け倒すことで更に前へ伸び、長腕を捩じりながら突き出さんとする。

 

 

「――そうはさせん!」

 

 

 超速の十文字槍を、遮る盾。パスプロテクションに入ったのは――春大会の時とは違い、攻撃に加わっている最速の守護神――進清十郎。

 

 

「「おおおおおおおお!!!」」

 

 

 全身全霊で放たれた渦巻く刺突。金剛阿含をも一撃で仕留めたその威力を、両腕を十字にして受ける。グラウンドを踏みしめたスパイクが、後ろへ擦れる。形勢は、長門に傾いている。峨王をも力勝負で制した長門が優勢。

 しかし、状況は、違う。

 

 

 ――倒、れん……っ!

 腕力では、こちらが勝っているはずなのに、押し切れない!

 

 ――やはり強い……っ!

 単純な押し合いとなれば向こうが上。だが、それでも譲らん!

 

 

 『電撃突撃』を阻み、パス発射までの5秒を稼いだ進の勝ちだった。

 そして、この結果を、高見伊知郎は信じていた。

 自分は、逃げることはできない固定砲台。だからこそ、心中する覚悟は定まっている。

 ある種の開き直りではあるが、それだけに怯まない。春大会で己を沈めた『妖刀』の切先が目前まで迫っていようが、投球モーションにズレはない。

 精密機械の如き安定性から放たれるのは、正確無比のパス――

 

 

「走れ桜庭ーーっ!!」

 

 

 泥門の守備は、ゴールラインディフェンス。

 前に人員を固めた分だけ、後ろはがら空き。発射前に潰せなかった時点で、パスを止めることはできない。

 そして、桜庭は無人となったゴールエリアへ到達し――

 

 

 ~~~

 

 

「ケケケ、娑婆気を出しまくりやがって! おかげで簡単に誘導できんだよ糞メガネ……!」

 

 

 ~~~

 

 

 ゴールエリアに入った桜庭へ、それは忍び寄った。

 

 

『妖怪……!? いや、ヒル魔君です! 桜庭君を高く跳ばせないようにピッタリマークで張り付いたーっ!!』

 

 

 『化けもーーん!!』と観客の子供たちから悲鳴が上がるような登場を果たしたのは、ゴールラインディフェンスにひとり参加せず、後ろで息を潜めていた隠し玉(セーフティ)――ヒル魔。

 

「読み切ってたなんてもんじゃねぇ! ヒル魔の野郎、高見の『ツインタワー剛弓』を誘い出しやがったな……!」

 

 2年ワイドレシーバー・神前瞬、2年タイトエンド・頂ヒカル、1年ランニングバック・猫山圭介といった他の可能性(パスターゲット)はすべて無視して、桜庭春人に張り付いていた。

 一点張りのギャンブルだったが、ヒル魔には的中させる自信があった。

 

 これまでの高見の言動からして、『巨大弓』より、『剛弓』の方が思い入れが強い。

 複数の選択肢があろうが、性格的に桜庭へのパスを決め手にしたいはずだと読めていた。

 更に、糞カタナを『電撃突撃』させて、進のヤツに阻止(ブロック)させる――『巨大弓』ができない状況に追いやる。

 糞カタナに間近に迫られたという局面、春大会にビビらされた高見が咄嗟に選ぶのは、お気に入りのカード(エース)

 王城ホワイトナイツの戦術というより、“高見伊知郎”の心理を読み切り、誘導したのだ。

 

「誰が決めようが関係ねぇ! 勝ちゃいいんだよ……!!」

 

 桜庭に張り付くヒル魔。

 腕を桜庭に抱き着くように伸ばすが、密着はしない。接触妨害の反則(パスインターフェアランス)を取られないギリギリを攻めて、プレッシャーをかける。

 長門がパスカットできなかった『剛弓』に、ヒル魔が届くとは思わない。だったら、桜庭が『剛弓』を捕れないように邪魔すればいい。

 高弾道の高速レーザーパスという難題に対し、万全の状態でキャッチに望めなくすれば、勝手に自滅する。

 これが泥門(ヒル魔)が狙い撃った、『電撃突撃』を隠れ蓑とした本命。

 

「ああ、その通りだ。俺は甘い。ヒル魔ほど勝利だけに徹しきれはしないよ」

 

 ヒル魔の言う通り。ここは、安牌を選ぶのが正解。

 しかし、『妖刀』すら見せ札にしてしまえるヒル魔妖一とは違って、高見伊知郎は『剛弓』を最後の決め手とすることに固執した。

 

「流石だ、ヒル魔。思いもよらなかったよ。『ツインタワー剛弓』を誘い出してくるとは……」

 

 冷静に見直せば、焦らず、拘らず、他の選択肢を視界に入れていれば、確実にタッチダウンを奪れていた。それができていなかった時点で、自分は術中に嵌められた。

 それは、認めよう。

 

 

「ボールが、フィールドの外に出たっ……!?」

 

 

 それでも、自分は宣告していたはずだ。

 『どんな策を打とうが無関係。すべてを無視して決める力が新生王城にはある』、と。

 

 その瞬間、桜庭はヒル魔のマークから離れるため、ゴールラインを仕切る白線を越えて、フィールドの外へ舵を切った……っ!

 

「!!」

 

 気配を察知したヒル魔は、反射的に桜庭を追って右腕を伸ばそうとし、直前で引く。

 マークを脱したことを桜庭は肌感覚で覚り、この機を逃さず――己が到達し得る、一流の頂へ、飛躍。

 

「だが、そこはフィールド外の空、君では貼り付くことすらできない、桜庭の聖域なんだ……!」

 

 斜めに体勢を傾けながらも、そのパスコースへ全身を伸ばし切った桜庭の両手は、確かに『剛弓』を掴んだ。

 

「ばっはっはーー! 捕ったあーー!!」

 

 会心の雄叫びを上げる大田原の目に映るのは、高見のパスをキャッチした桜庭の姿。

 しかし、その身体はフィールドの外にある。

 

 

「えええ、そんなのフィールドの外で捕るのアリなの!?」

「そうだよもう出てる! アウトオブバウンス……――」

 

 

 フィールドの外へ出るように桜庭は跳んだのだからそれは当然の始末。翼のない人の身で、空中で自在に飛行する真似などできはしない以上、このままフィールドの外に落ちるしかなく。

 ボールデッド。パスは、成立しない――

 

 

 ――フィールド内に、着地すれば……!

 

 

 パスプレイは、キャッチしたレシーバーがサイドライン内に着地して初めて成功と認められる。

 

 

 ――片足だけでも……!

 

 

 NFL(プロ)では、両足がサイドラインの内側に入っている必要があるが、日本のアメフトのルールでは、片足が境界線(ライン)上に乗っていれば、着地したとみなされる。

 

 

 ――爪先さえ、つけば……!

 

 

 外へ投げ出されている身体。

 落ちていく最中で、桜庭は受け身のことなど二の次として、脚を伸ばし――――爪先で、蹴る。

 この悪足搔きが実を結び、ゴールライン内の、フィールドに、着地した跡を刻んだ。

 

 

『パス成功ー! タッチダァァァァアウン!!』

 

 

 桜庭春人のタッチダウン。

 その後のボーナスゲームを3年キッカー・具志堅降也が決め、トライフォーポイントを1点追加。

 6-7。王城ホワイトナイツ、逆転する。

 

 

 ~~~

 

 

 ……やっぱり、そうなの。

 

 いつでもフィールドの外から、彼らを見守ってきた。

 観客よりも間近に、それでいて客観的な視点でいられる立ち位置。

 だから、その些細な違和感に気付けた。撮影するビデオ映像を見直して、姉崎まもりは予感を確信へと深める。

 

(ヒル魔君、あなた、また腕を……――)

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