悪魔の妖刀 作:背番号88
『我らがスーパースター・桜庭春人が、この前の泥門戦で骨を折るほどの怪我を負ってしまいましたが、泥門のエース・アイシールド21よりこの事故についてのコメントが届いてます。
『俺の舎弟の殺人タックルを見たか! 事故! ちがうね、アレは俺の指示だよ! 走りを邪魔するヤツは容赦なく斬り捨てろとあの血に飢えた妖刀に命令しておいたのさ――! 血を見たくなけりゃ俺達の前に立つんじゃねぇYa――ha――!』
……とのことです』
うん、これ絶対ヒル魔先輩の仕業だな
王城戦で負傷し、この一週間、ひとり別メニューで近場のスポーツジムへと足に負担を掛けないプールトレーニングをこなしていた長門村正、休憩室に備え付けてあったTVに頬を引くつかせる。
アメフトはビビらせた方が勝ちだ。敵には、とことん悪になれ! というのがヒル魔先輩の信条だ。それですっかり悪玉、悪のヒーローにされた『アイシールド21(セナ)』と自分だが、これをあの熱狂的な桜庭ファンたちが本気にとらないことを祈っておく。
とさて、TVに目を逸らしていないで、目前のことに意識を戻す。
「………それで、長門村正君、我が帝黒学園に転校する気はないかね?」
約束もなくこのスポーツジムでひとりトレーニングに励んでいるときに押しかけて来たスーツ姿の男二人。
本格的な話に入る前に、まずは選手個人に誘いを持ちかけに来たのだろう。
王城が敵わない神龍寺……その神龍寺がクリスマスボウルで栄冠を手にすることができないでいる原因が、アメリカンフットボール日本最強の帝黒学園。そのスカウトだ。
全国津々浦々有望なアメリカンフットボーラーがいるのなら、他校からでも引き抜く。去年の東京大会で準優勝した盤戸スパイダーズからも、攻撃と守備のエース級だけを全員ヘッドハントして、帝黒学園へ転校させたことがあるという。
当然その選手のレベルは全国屈指で、全部で六軍まであるそうだが、地区大会レベルのエース級プレイヤーでも四軍止まりと言うのだから層が分厚い。
「はぁ」
思わずため息をつく。
「断る。申し訳ないがアンタらのチームに行く気はない」
「き、キミねぇ……帝黒学園は、地区大会の二回戦で敗退するような弱小じゃないんだよ~? クリスマスボウルで創部以来優勝を逃したことがない日本アメリカンフットボールの覇者だ」
「私達は、一年生ながら日本史上最強のラインバッカー・進清十郎氏と互角に渡り合って、黄金世代が抜けて凋落したとはいえたったひとりで王城を追い詰めた君のことを非常に高く評価している。今年度の関東ナンバーワンルーキーと言っても過言ではない。一日で一軍入りもできるポテンシャルをもった逸材だと思っている。
それに君の過去を調べさせてもらったが、帝黒アレキサンダーズには、彼がいるんだよ」
また深く息を吐く。
過去を調べたようだが、わかっていない。しかし、それでコイツまで出張ってくるとは。
ヒュン、と風を切る音がして、反射的に右腕を振るう。右手には死角である斜め後ろから投げられたボールを掴んでいた。
「人にいきなり不意打ちでボールを投げるのが、本場の挨拶なのか」
「やあ、直接会うのは久しぶりだね、長門」
「大和……わざわざ練習を休んで挨拶に来たのか? 帝黒学園は
「心配はいらないさ。帝黒アレキサンダーズは完全実力主義、そして、帝黒の2軍が10人いても俺を止めることはできないからね」
「大層な自信だ。流石、ノートルダム大のエース『アイシールド21』だとでも称賛するべきか」
長門村正とほぼ同じ高身長のがっしりとした体格をした男は、小学生の時に別れた親友……そして、最初にして生涯の
この数年ぶりの顔合わせに、二人は不敵な笑みを交える。
「そういえば、王城戦の試合はTVで見たけど、あの泥門の『アイシールド21』は、長門の案かい?」
「アレは先輩が思いついた
「そうなのかい? いや、それは予想外だったな、驚いた」
「それで不服か? だが、『アイシールド21』は、お前の専売特許ではないだろう?」
「ははっ、確かに。そのくらいで真っ赤になって目くじらを立てるほど俺は狭量じゃあないよ。ただ、君が『アイシールド21』なら、とも思うけど」
「大和のようなスピードタイプではなく、パワータイプだ。ランナーは柄じゃない。それに俺の試合を見ていたなら、アレも見ただろう? あの進清十郎を抜いた光速の走り。触れもしない速さには如何なる力も通用しない」
泥門のアイシールド21……小早川セナは、黄金の脚があってもまだ帝黒学園の4軍入りもできないであろうレベルだが、まだアメフトを始めて一月も経ってないのだ。きっとその成長率は凄まじいだろうし、その秘めたポテンシャル、そして、“進清十郎に勝ちたい”という意志があればいずれ、『アイシールド21』の称号を冠するに相応しい選手になれると長門は期待している。
「……ああ、その通りだ」
目を瞑り、深く頷いてから大和は、長門に訊ねる。
「それで、長門。帝黒学園に来ないかい?」
「お前が帝黒学園にいるのに、俺が帝黒学園に行くはずがないだろう」
「俺も、長門とはまた一緒のアメフトチームでやるのは面白そうだけど、それよりも敵として当たりたいからね。だから、もし、東日本の覇者・神龍寺ナーガ、もしくは王城のような評価Aクラスの強豪校だったら俺も同意見だった。だけど創部二年目の素人集団の中で、長門ほどの逸材が都大会で潰えてしまうのは勿体ないとも思ってね」
「言ってくれるな」
今の泥門デビルバッツは、正式な部員が11人にも満たない弱小チームだ。
しかし、秋大会までまだ時間があり、“絶対にクリスマスボウルに行く”と誓い合ったあの3人の先輩がこのままで終わるはずがない。
可能性は、決して0%ではないのだ。
そして、この長門村正にも、大和猛との誓いがある。
「心配なら、今日、ここで百一戦目をするか、大和?」
ゆらり、と先程捕ったアメフトボールを放り返してから、妖気のようなオーラを漂わせて構えを取る長門に、ボールを片手で掴み取った大和もまた獰猛な笑みを浮かべて目を細める。
肌と肌をぶつけ直接雌雄を決さずとも、こうして相手の熱を感じ取れるほど近くに対峙していれば互いの成長がおおよそ測れるというもの。別れてからも己に勝つために鍛錬に励んできたことが百の言葉を費やすよりも明らかだ。が、
「いや、病み上がりの君とはやらないよ」
「自己中のお前が遠慮するとはな。アメリカ暮らしで他人への気遣いを覚えたのか」
「なに、ライバルとは、万全の状態で勝負をしたいからね。できれば、それに相応しい舞台で」
オーラを収め、力を抜く長門。
「クリスマスボウルで待っていろ、猛」
「全国大会の血戦で君を待つよ、村正。――そして、勝つのは、俺だ」
大和も踵を返して、背を向ける。
「怪我、大事なさそうで良かったよ」
っち、本当に心配されていたとは。スカウトよりも俺の具合を直接目で確かめることが目的だったな。無性に頭を掻きたくなる。
アメリカンフットボールに怪我は付き物だが、これはまた念入りに基礎から見直して鍛え直すか。
「ああ、そのスカウトの奴らにもう来ないようにお前からも忠告しておけ。関東まで無駄足を踏ませるのは、一度きりで十分だ」
「だ、そうだ。長門村正は、帝黒アレキサンダーズには引き抜けない」
ええ、ちょ!? と勝手に話を終わらされた帝黒学園のスカウトらが慌てるも、あの自己中な幼馴染は制止など聞かず、ひとりとっとと先を行ってしまった。
「いつまでもリハビリしていられんな」
~~~
クリスマスボウルに行ける秋大会こそが本番。
春大会で何もかも終わってしまったと勘違いした僕に、ヒル魔さんたちが教えてくれてから、はや一週間。
ここしばらく別メニューで部室にも寄っていなかった長門君が、医者に二週間と診断された怪我をその半分の期間でリハビリを終えて帰って来た。まもり姉ちゃんがすごく心配したけど、きちんと完治したと医者のお墨付きの診断書を見せて部活参加を納得させた。
ただ、長門君、何だか濡れたマスクをつけているけど……。
「この程度じゃ俺を倒せんぞ、大吉!」
「フゴッ!?」
大会の後、栗田さんに弟子入りする形でアメフト部に正式入部した小結大吉君と長門君とのブロック勝負。
長門君が勢いよく突貫した小結君を上から圧し潰した。
恋ヶ浜戦でも見せた、『スイム』という長身を生かしたラインが主に使うテクニックだ。
「大吉、自分の体格を十全に使えねば、トップクラスのラインマンには太刀打ちできんぞ」
「フ、フゴ……」
「栗田先輩は大吉よりも鈍重だが、その短所も裏返せば、重心が据わっているという長所ともとれる。お前の重心の低さは、立ち合いのスタートダッシュには最高の武器になる。それに『スイム』とは逆に背の低さが活きるテクニックもある」
「それは、一体……!」
「『リップ』、という技だ。相手選手の斜め下に潜って、腕と肘でかち上げる、これは背の低いヤツほど適性のあるテクニックだ」
と今度は実際に組み合いながらも言葉で指摘して、そのフォームをとらせる。
泥門には栗田さんという本職のラインマンがいるけれど、ラインのテクニックに関しては、長門君の方が巧いし、教えるのも上手と栗田さん自身が言っていた。
~~~
「ムキーッ!」
長門君が部活に参加していなかった間に、野球部からアメフト部にセナが誘った雷門太郎。新しいデビルバッツのキャッチ力満点のレシーバー。
そのモン太を相手に後ろ走りでモン太の動きを見ながらピッタリマークにつく長門君。
「これは、ワイドレシーバーをマークするコーナバックの必須技だ。バック走の達人、神龍寺ナーガの細川一休程とまではいかないが、俺は大体5秒0ほどか。ちょうど太郎の40ヤード走と同じくらいだな」
「後ろ走りで俺と同等かよ!」
高さも、そして、パワーもモン太よりも上の長門君は悉くキャッチのチャンスを潰す。今日、キャッチの達人・モン太は一度もボールに触れることもできていない。
「それと他にもレシーバーを妨害するやり方がある。それが――」
「ぐぼっ!?」
スタート直後、長門君が放った正拳突きがモン太の左胸の心臓部に直撃。防具を付けているのに人体急所を撃ち抜いた一発に、モン太は膝をつきそうなくらいガタガタになる。当然、こんな状態じゃ長門君とキャッチで競り勝てるはずがない。
「『バンプ』というテクニックだ。時に相手レシーバーを潰すために、胸をどついて息を止めて、事前に潰す手段に打って出ることもある。タイミングが合わなくなれば、まともにキャッチが出来なくなるからな」
「い、息ができねぇ……!」
「これでも加減してる。だが、アメリカンフットボールは、ベースボールのような単なる球技じゃない。格闘技でもある。接触プレイ上等の中でたった一つのボールを掴み取るんだ。これくらいでビビっちまうなら、トップレシーバーたちとは張り合えんぞ」
「!」
そう言って、長門君が息を整えたところでまた『正拳突きバンプ』を繰り出し――モン太がその大きな掌で受け止めた、いや、キャッチした。
「上等だ! 本庄さんも高い壁との激突を恐れなかったんだ! そして、俺はキャッチなら誰にも負けねぇ!」
「ほう」
初めてモン太が長門君を追い抜き、前を走る。そして、高く跳躍して、飛んできたボールを両手でがっちりと捕った――!
「キャッチMA――――X!!」
「甘い! 空中戦はまだ終わっちゃいないぞ! ボールを捕ってからも油断するな、太郎」
しかし、背後から長門君が腕を伸ばして、ボールをキャッチしたモン太の腕に絡みつかせると、折角捕球したボールを落とした。
『リーチ&プル』、先日の王城戦でも見せた長門君のテクニックだ。長門君はこの日一本もモン太にパス成功を許さなかった。
~~~
「おおおお、すげー曲がり! 今度こそ行った――!」
「いや、行かせん」
また――捕まる。長門君の片腕だけでもズシリと重いタックルに止められた。
さっきから、一度も抜けない。足の速さでは、こちらの方が上のはずなのに……。長門君は捕まえた僕を解放しながら言う。
「まともなディフェンスなら、セナのランの致命的な弱点を決して見逃さない」
「致命的な……弱点??」
「この前の王城戦、一流ランナーである進清十郎にボールを持って突っ込んだ時、一度も抜くことはできなかったはずだ」
「あ……」
「セナは黄金の脚を持っている。普通に走っても4秒6、全力を出し切れれば4秒2。――だが、その超高速が災いして、セナは
そんな弱点があっただなんて……。
「どれだけ速かろうが、スピードゼロでは簡単に捕まる。それも曲がる方向も誘導されたとなれば尚更な」
「誘導?」
「ちょっとしたコツだ。アメフトのトッププレイヤーなら無意識にやってるテクニックでな。ランナーと交錯する寸前、相手に意識されない程度に、わずかに軸をズラす。考えるよりも感じることを頭が優先してしまう高速の攻防だ、かすかに空いた隙を見て、無意識に、本能的にそちらへと曲がりたがる――それを狙う」
そうだったのか、気づかなかった。いつの間に術中に嵌っていたなんて。……でも教えてもらったところで反射的に動かされてしまう以上、どうすればいいのか。
「逆にランナーが相手ディフェンスのタックルを予測する術もある。例えば体当たりする最後の踏み込みは、膝が内側に入るなどな。しかし、進清十郎の『スピアタックル』はそういう癖を見抜けば躱せる次元ではない」
今度こそ進さんに勝つ……そう、望んで長門君とマンツーマンで勝負したけど、まったく敵わない。
「俺のディフェンスは、“進清十郎”の模倣が元になっている。コピーを抜けられないんじゃ、オリジナルには勝てないぞ」
その通りだ。長門君のディフェンスは今の僕じゃ抜ける気がしないけど、進さんと対峙したときはもっと凄かった。こんなんじゃまた戦っても負けてしまう。
顔を下に向ける僕に、長門君は言葉を続ける。
「セナは一度捕まればお終いだ。体重が軽いし、パワーもないセナに俺のような力強い走りは向いていないからな。ならば、身軽さを武器にすればいい。大吉と同じだ、短所と思えることさえも武器にできなければ、トッププレイヤーには敵わないぞ」
そうだ。完全に相手を躱す術を身に着けなければ勝負にならないのだ。
だったら――あの、王城戦で見せた長門君の走り……あの幽霊のように消えた走りができるようになれば……。
「長門君、あの王城戦で最初に見せたランのテクニックってどうすれば……?」
「ああ、着眼点はそれでいい。そうだな……これ以上口で教えるよりも、反復練習の方がセナにいいだろう。まず、その
「石、蹴り? 石蹴りって、あの石蹴り?」
「そうだ」
~~~
「さて、初回サービスで丁寧に教えるのはここまでだ。あとは自分の頭で考えろ。一から十まで手取り足取り教えたんじゃ、自分の武器とは言えないからな。だが、勝負したいというのならいつでも受け付けよう」
一年生の中で、唯一アメフトの熟練者である長門が、他三人のコーチもとい練習相手につく。アメフトの初心者であるこちらには助かるけれど、いっぺんに3人の相手をするのは大変じゃないか……と心配するセナだったが、そんなものは無用と長門は肩を竦めて、
「この程度のハンデがあったところで、今のレベルじゃあたとえ10人で挑んでも俺の練習相手にもならない」
「フゴーッ!」
「ムキーッ!」
この挑発じみた物言いに、小結とモン太の負けん気に火がつくも、反論はできない。だってその自信は間違ってないのだから。
この泥門デビルバッツで、長門村正は二年の先輩たちを含めて、いや、全国の選手を入れても総合的にトップクラスのアメリカンフットボールのプレイヤー。アメフトを始めてまだ一月も経っていない新人に負けるなんてことはありえない。
長門一人にそれぞれの得意勝負でコテンパンに負かされたセナたちに、ヒル魔が指を突きつけて言う。
「糞チビ共! アメフトは専門職のゲームだ。何でもやれる万能型よりも、何かひとつ誰にも負けない武器を持った特化型こそが活躍できる。ブロック、キャッチ、ラン、それぞれ糞カタナに通用する一芸を身につけやがれ! 秋大会までにこの関東最強ルーキーという壁を踏み台にする、それが糞チビ共の『デス・クライム』だ!」
息を呑む僕たち。
万能型というけど、長門君はそれぞれの特化型と闘えるくらい能力が高い。進さんと同じ努力する天才という怪物で、まったく隙がない完璧な選手だ。
だけど、小結君は瞳の奥が燃え上がり、散々打ちのめされたモン太も立ち上がって、僕も足に力が入る。
「ヒル魔先輩。つまり、長門を倒して泥門のエースになれば、アメフトのトッププレイヤーの連中とも勝負できるようになるってことだろ」
正解だ、とでも言うようにモン太の言葉に笑みを吊り上げるヒル魔先輩。
「才能に限界があっても、努力に限界はねぇ。天才以上に練習して、ひとつを極めやがれ、糞チビ共」
「おっし! もう一度勝負だ長門!」
「勝負! 勝負!」
「長門君、僕も……」
自分と同格か、格上と勝負をした方が得られる経験値はデカい。
そして、この苦行『デス・クライム』を成し遂げた瞬間、その自信はこの三人を飛躍的に成長させるだろう。
今の泥門に優秀なトレーナーコーチはいないが、目標とすべき“最高の壁”はある。
「――だが、そう簡単には達成させないがな」
そうして、ヒル魔さんが所用でまたグラウンドを離れてから、また一巡。
小結大吉はブロック勝負、雷門太郎はキャッチ勝負、小早川セナはラン勝負をそれぞれ挑んだ長門村正に徹底的に容赦なく打ちのめされてマネージャーのまもり姉ちゃんのお世話になった。
「大丈夫、三人とも?」
「へ、平気っすよまもりさん!長門に、負けちゃいられねぇっす……!」
そして、長門君はひとりピンピンとランニングしてトレーニングに励んでいる。
さっきモン太から教えてもらったけど、あの通気性最悪の濡れたマスクは、マスクトレーニングと言って、酸素を薄くして高地トレーニングと同じようなスタミナアップ効果があるそうだが、当然キツい。そんなハンデを抱えて三人連続で相手して歯が立たなかった。
進さんと互角にやり合えた長門君。才能や体格にも恵まれてるけど、それだけじゃない。きっとたったひとりだけでそこまでアメフトが強くなったわけじゃないんだろうけど、一体どんな人にアメフトを教わったんだろうかとふと思った――その時だった。
(え、あの人……)
セナの視界の端、泥門高校のグラウンドに他校と思われる制服を着た、やや額が広く、パーマのかかった男が入ってきて、何かを探すようにきょろきょろと視線を巡らし――途端、肩に提げたバッグからアメフトボールを取り出しながら疾風の如く走り、ランニングをしていた長門君へ弾丸の如きパスを放った。
ヒル魔さんのパスよりも速い――!?
全力疾走で勢い付けた、ハイスピードのロングショット。
それを走ってる最中の真後ろから投げ込んできたのだ。思わず、“長門君危ない!”と声を上げそうになったけど、それよりも早く、すでに振り向いていた長門君は手刀で飛んできたボールを払い飛ばした、
「ここ最近は挨拶代わりにボールを投げるのが流行っているのか?」
長門君は冷静に処理したけど、まもり姉ちゃんから貰ったレモンのはちみつ漬けを頬張っていたモン太が口角泡飛ばして、
「いきなりなんだお前は! 長門にいきなりボール投げやがって!」
「なに、軽い挨拶や」
悪びれず、ヘラッと笑うその態度に、モン太に、それから別のところで栗田さんと一緒にラインの練習をしていた小結君も不快そうにするも、長門君は静かに咄嗟に弾いたボールを拾って、
「で、結局、誰なんだ? あんたの投げた
「ワシは、千石サムライズの三年エースクォーターバック・浪
「千石大付属の……」
そのチーム名にわずかに長門君が目を大きく反応させて……まもり姉ちゃんが、その人の前に立って注意をする。
「ちょっと! ここは泥門高校の敷地内です。ちゃんと許可を取ってない他校の人が勝手に入ってウチの生徒に危険なことをされるのは困ります!」
「堪忍したってな別嬪さん。いやな、あの進清十郎とやり合ったスーパールーキーが、『二本刀』の後継者っちゅうんからな、ちょいとどんなヤツか直接見に来たんや」
言いながら、まもり姉ちゃんをさらりと躱して、グラウンドにいる長門君へと近づく。
「ウチはまだ春大会中やから、練習試合は組めへん。夏の予定もすでに千石大学での合宿で埋まってるしなあ。あんさんのいる泥門と試合するんは、トーナメントの組み合わせ次第やけど早くても秋の一回戦になる」
「お忙しいんだな。で、その強豪校のエースがデビルバッツに、俺に何の用だ」
皮肉気な笑みを交えて返す長門君。
「それまで長いし、それまでスッキリせぇへんのはワシも気持ちよくないし我慢ならん。だからこれだけ言っておきたかった。――この俺、浪武士こそが千石の伝説を引き継ぐに相応しい男や。皆に前時代的なスパルタを強いた挙句の果て、一人勝手に潰れたっちゅうロクでなしの酒奇溝六の弟子である一年坊やない」
そう、言うだけ言って、その男、浪武士は帰ろうとする。
だけど、その背中を向ける間際、ちょうど半身になったところで、
「――おい、忘れ物だ」
浪武士の顔横スレスレ、頬を掠めるような軌道でレーザービームの様な返球が通り抜けた。
さっき浪武士が放ったのと走りから投球フォームまで瓜二つで、それ以上に速く鋭いパスを長門君が放ったのだ。
“チラ見しただけで自分の技を真似された”、それを知った相手の人はわなわなと震える。
「貴様、ワシのランショットパスを……!」
「なるほど、コントロールが難しい。しかし、あれくらいはキャッチできるものと思ったんだがな。クォーターバックには難しかったか?」
「生意気な一年坊や……秋大会、ウチと当たるまで残ってくれよ。潰したるから」
キッと言い捨てて、浪武士は泥門高校から出て行った。
「長門君、さっきの人はいったい……?」
「千石サムライズは、王城と同じAクラスの強豪千石大学付属校だ。……そして、まあ、俺と先輩たちにアメフトを教えてくれた先生と因縁のある感じではありそうだ」
その後、長門君の下に駆け付けて、訊ねた自分に何事もないように応えてくれた。
「先生がいたんだ」
「ああ。呑んだくれでロクでなしだけどな」
そう言って、長門君は再びランニングへと戻っていった。
~~~
部活復帰の最初の練習が終わると今度は、ヒル魔先輩に連れ去られた長門村正。セナ、大吉、太郎たちは近くのスポーツショップへ足りなくなった部の備品をお遣いに行かされた。
「ケケケケケ、糞カタナは大人しく俺の横に座ってりゃいい」
リハビリの間に、恋ヶ浜戦で勝利したので改築された部室は、スロットやルーレットがあってちょっとしたカジノっぽい様相だが、中は広く、マネージャーの姉崎先輩が几帳面に掃除してくれるおかげで楽に座れることができる。
「了解しましたが……この“お色直し”は何なんですかヒル魔先輩」
今、村正の左足……王城の試合で負傷した足は、ガッチガチに石膏のギブスで固められていた。先輩の指示である。
怪我をしたのも骨折ではなく捻挫で、いくらなんでも大袈裟過ぎる。
そして、姿が変わったのは長門だけでなく、そのヒル魔先輩自身も、アイシールドを付けたメットに背番号21番のデビルバッツのユニフォームを着込んでいた。
どうして、『アイシールド21』に扮装しているんだ?
もうこの先輩とは付き合いが長いので、その行動意図は読めずとも、だいたいろくでもない展開になりそうだという事はわかる。
「チラシやポスターでも宣伝効果が足りねぇみたいだからな、今週末に泥門の校庭で試合をするんだよ」
確かに、実際やっているところを見せるのはインパクトが強いだろう。
泥門デビルバッツは、まだ人数不足。有能な人材を確保するのが急務だ。しかし、だ。長門が求める、質問に対する明確な答えではない。
「それでなんで俺はこんな脚怪我してますアピールをしなくちゃいけないんですか?」
「これから来る“客”へのアピールだ」
ガンガン! とどつくように荒っぽく部室の戸がノックされる。備品を買いに行ったセナたちではないだろう。急いでマネージャーの姉崎先輩が応対しにいく。この中では後輩な長門だが、足を石膏で固められているので動けそうにない。申し訳ないがおまかせする。
泥門アメフト部の部室へ顧問の先生を連れてやってきたのは、人並外れた長腕が特徴的な男。総髪でギョロ目、長い学ランの前を全開にして、こちらにメンチを切っている。
あれは、長門も見たことがある。この泥門高校の近場にある性質の悪い暴力的な不良で有名な賊学の番長、そして、賊学アメフト部のエースラインバッカーにして主将。『フィールドのカメレオン』葉柱ルイだ。
実力は確かだが、審判に対する暴力行為で春大会を失格になってしまった。
その危険な賊学と泥門の対抗試合を週末に組もうという話なわけだが……
「対抗試合ついでに、社会のダニ共をギッタギタに成敗できるってわけだな」
「てめー! アイシールド21!! ぶっ殺してやる!!」
この先輩は、本当に煽りスキルが半端なく高いな。どういう肝っ玉をしてるんだ? なんかもう後ろで姉崎先輩と栗田先輩が申し訳なさそうに身を縮こまらせている。長門も本物の『アイシールド21』である
「ほーう。勝つつもりでいんのか。なら500万円賭けるか?」
「あー! 賭けてやろうじゃねーか! ザコ王城に負けたくせによ! いい気になりやがって!」
ガタン、と部室の外の扉が揺れた。
「最強のラインバッカーは今やこの葉柱ルイだ! 進? ゴミだね!! そこの一年坊に押さえられた野郎なんざ、俺の敵じゃねぇよ」
左足にギブスをつけた長門へ嘲笑うよう鼻を鳴らして、葉柱ルイは部室を出ようとする。
しかし、扉を開けたらその前に、買い出しから帰ってきていた三人が突っ立ってた。
「どけチビ」
その先頭にいるセナに構わず、葉柱ルイは肩をぶつけようとして――それを半歩後ろに躱して言った。
「最強は進さんです。決勝で会うんだ。他の人に何か負けない!」
なんと……。啖呵を、切った。
が、相手は不良の番長。喧嘩を吹っ掛ければ、当然、手が出る。
「ひいぃ!」
鞭のようにしなう長い腕。それがセナの顔面を鷲掴みにしようと伸びる――が、その途中で叩き落とされた。
展開を読んですぐさまカバーに動いた長門が断ち切るように手刀で葉柱ルイの腕を払ったのだ。
「な、テメ――」
驚愕に、またその腕に伝わる鋭い痛みに目を見開く葉柱ルイ。
この長門の気迫に意識を呑まれて、気づくのが遅れているが、
(ちっ、勝手に動くな、糞カタナ! ――ケルベロス!)
長門、今、普通に、左足に石膏のギブスを固められたまま直立している。
それはヒル魔にはあまりよろしくない。なので、この異常に向こうが気付く前に早急に手を打った。
「ガウッ!」
ヒル魔の合図に部室に飛び込む影。
それはヒル魔が利害一致して組んでいる(飼い慣らしているのではない)凶犬ケルベロス。
その凶暴極まりない泥門高校特級危険生物が足元を素早く駆け抜けると、長門の長い脚の脛……弁慶の泣き所とも呼ばれる人体急所に体当たりの当て逃げをかます。
「ぐおおおおっ!?!?」
身体は中型犬くらいのサイズなのに、小結のタックル以上に威力のある強烈なブチかまし。当たったところの石膏に罅が入ってる。
長門、呻きながら足を抱えて蹲った。若干、涙目である。
この事態に最初戸惑う葉柱ルイであったが、存在を悟らせることなく迅速に仕事をしたケルベロスに気付いていない彼は、“怪我をしているのに無茶をしてチビを庇いに入った”と判断してくれた。ケルべロスのナイス?なフォローだ。
それでこのドタバタの間に、姉崎まもりは庇護対象セナを庇うポジションについていた。
そんな守られるセナを小馬鹿にするように見下ろし、
「カッ! 女に守られてやがる。“負けない”だぁ? テメーみてぇな腰抜けチビに何ができんだ?」
「……僕はそりゃ弱いだけだけど、僕がやるんじゃない」
「人任せか! じゃあ誰がやんだ?」
すっと、前で庇う姉崎まもりから一歩出て、セナは言う。
「――アイシールド21」
エースラインバッカー葉柱ルイの加入で一躍実力上位チームになり、秋大会のダークホースと注目される賊学カメレオンズと、泥門デビルバッツの練習試合が決まった。
しかし、この週末の試合に、長門村正は、負傷?によりスターティングメンバーから外されることになる。