悪魔の妖刀   作:背番号88

50 / 58
前回の46話に、ルール設定上のミスがありましたので、一部修正しました。
ご指摘してくださったすずきりん様、ありがとうございました。



47話

「SET! HUT! HUT! ――」

 

 

 栗田からスナップされ、ヒル魔が受け取ったボールを、アイシールド21へ手渡す。

 泥門デビルバッツが仕掛けたのは、中央突破。

 大田原を相手にしながら栗田がその巨漢をねじ込み、長門が強引に押し広げる。

 

「もう二度とヘマはしねぇ! オラァアアアア!!」

 

 猛然と潰しにかかるは、猪狩。

 先程の失態を払拭せんと容赦なく乱打を繰り出し――弾かれた。

 

「ヘマはしねぇ、はこっちのセリフだ!」

 

 拳打を拳打で凌ぐ荒々しい喧嘩殺法。猪狩の前に出るのは、十文字。

 

「ヒル魔を守れず、みすみすテメーの暴走を許しちまった。だが、負けっ放しは趣味じゃねぇ! ブチ破ってやるぜ! こちとらテメーと同じフリョーなんでな、攻めのケンカなら負けねぇんだよ……!!」

 

 『プリズンチェーン』は、俺が相手する……!

 自己紹介なんて不要。一目で、同類だとわかった。

 だからこそ、意地でも譲れない。不良(オス)として、ケンカの土俵で負けるわけにはいかない。

 

 互いに、後退など頭にない。

 自慢の腕っぷしで同類(コイツ)を叩きのめすことのみに全集中を注ぐ。

 

 

「「ラアアアアアア!!!」」

 

 

 拳と拳。

 殴打と殴打。

 激しくぶつかり合うその横を、アイシールド21は突破する。

 

 

『栗田&長門泥門最強パワーコンビでこじ開けて、十文字君がブチ破る! アイシールド21、鉄壁の王城ラインを突破ーー!!』

 

 

 進さん……!!

 

「これ以上は、通さん、アイシールド21!」

 

 ラインを突破しても、最速の守護神が詰めている。

 透徹した眼光は、セナの動きの一切を見抜く。怖い。あの間合いに踏み入れば、刺し貫かれるイメージがある。

 

「いいや、通させてもらうぞ、進清十郎!」

「長門……!」

 

 長門がリードブロックに入る。

 『護る為の殺意』を解放した『妖刀』は、迂闊に近寄らば斬るイメージを相手に叩き込む。

 イメージでセナを穿った三叉槍の恐怖を、大太刀の如き気迫が弾いて霧散させる。恐怖に素直になってみたからこそ、余計にそれははっきりと感じとれてしまう。

 目に見えないけど視えてしまいそうな攻防を繰り広げながら、ボールキャリアー(アイシールド21)走り(カット)に連動して、両者はフィールドを移動。

 

 長門越しに、洞察している。

 進と相対しながら、把握している。

 死角にあるセナの動きを。

 

 すごい、としか感想が漏らせなかった。

 わずかに切った視線に、本気と紛う気迫が乗る。

 微かな力を右腕に意識するだけで、牽制を放つ。

 秒単位で切り替わる駆け引き、あり得たかもしれない結果の残滓で埋め尽くされる。そのすべてを眼に収めながらも、全容はとてもじゃないが理解できない。一体どれほどの密度で凝縮された一瞬なのだろう。

 あの時……目に焼き付けた交流戦でのラストプレイ、本物のアイシールド21・大和猛と長門村正の衝突と同じ。極まった者同士は、戦いながらより洗練されていく。切磋琢磨の通りに。

 

 胸が、熱くなる。

 まるで、共振されたかのように、心が揺さぶられる。

 

 ……それでも、どんなに心が熱くなっても、まだ、前には出れない脚。進清十郎への恐怖が、断崖のビジョンをアイシールドに映し出して見せてくる。

 

(ダメだ……長門君の右か左、そのどちらから仕掛け()てくるのか、進さんは見ている……!)

 

 4秒5と4秒2。スピードで負けている長門は、光速の世界に突入すれば置き去りにされる。それに他の王城の選手も進の動きを補助するよう、包囲網(ランフォース)を完成しつつある。時間を掛ければ不利になるのはこちらだ。

 

 そんな最中に囁かれる。

 

「怖いか、セナ」

 

 怖い。そうだ、怖い。当然だ。

 一人で逃げていた時よりもずっと怖かった。チームのためにボールをゴールへ運ぶ。脚を止めてしまえば負けてしまう、皆の夢が終わってしまう。それを自覚してからはより、捕まることに恐怖を覚えるようになった。

 素直に頷くセナ。そんな背後の僅かな機微にも気を配っていた長門は、臆病な意思を感じ取って、笑う。

 

「それでいい。怖いもの知らずなんていう行き当たりばったりなヤツにボール(チーム)を託すのは愚かだからな。チームの命運を背負う。恐怖を覚えることは、その重責を自覚するからこそであり、セナが成長した証左だ。だから、より多くの恐怖を悟れるようになった今ならば、走るべき軌跡がより未来(さき)まで明確に視えるはずだ」

 

 ――臆病(よわ)さを肯定してくれた。

   そう、長門君は僕の恐怖を武器として使いこなせと言っている。

 

 その時に沸き上がるこの気づきを部品として、セナの中で組み上がるものがあった。

 恐怖への躊躇は、裏返せば、危機を感じ取るセンサーに転ずる。進清十郎のほんのわずかな動きにさえ恐怖することは、あらゆる動きを察知することに違いなく、刹那の最中においても彼の隙を、逃さない。

 その時、どんな窮地に陥っても、か細い狭路しかなくても、窮地も狭路(フィールド)を捻じ伏せてきた脚ならば切り抜けられる。

 

 各ルートの成功率が、秒で目減りする。騎士の軍勢に呑まれてしまうように、光輝く道筋(デイライト)が陰っていく。

 それでも焦らず、幾度となく活路を切り開いてきたその背中を信じ、機を伺う。そして、状況が動く。

 

「進さん!」

 

 角屋敷吉海。長門のリードブロックを迂回しながら、右からセナに迫る。

 この瞬間、反対側の左より出ようとして、セナの脚に震えが走る。進だ。セナの走りを見透かしている。だからといって、迫って来る角屋敷を抜いてもその先は、光輝く道筋が途絶えた暗闇。完成された包囲網に捕らわれる袋の小路が待ち構えている。

 それでも、臆病にも目を凝らしたアイシールドには、ひとつの軌跡が映っていた。

 

 

 ~~~

 

 

 小早川セナ(アイシールド21)と長門村正のタッグ。

 進にとってそれは、攻略至難の壁だ。だから、これまでの泥門の試合を研究していく中でも、二人が揃った時の状況は一段と注目してきた。当然、その連携(コンビ)プレイも熟知している。

 

 ――『変移抜刀霞斬り(バニシング・デビルバットゴースト)

 ボールキャリアーから、注目を奪ってしまう長門村正の存在感。無視を許さぬリードブロックに意識が移った、その空白(すき)にすかさず、小早川セナが一瞬で最高速に至る加速力(チェンジ・オブ・ペース)でもって相手を置き去りとする。

 

 円子令司のようにボールの動きだけを目で追う技法を用いれば、視線誘導(ミスディレクション)から突然消失してしまったように惑わされることはないだろう。だが、眼前で他に目移りする、そんな格好の油断(すき)を晒せば、躊躇なく、『妖刀』が斬りかかって来る。

 

 これに対処するには、複数人であたり一対二の状況に持ち込ませない。それか、ボールを目で追いながら全体を見るか。

 

 武道的な技法の『目付け』には、『遠山の目付け』と呼ばれるものがある。

 『ある一点を中心に捉えながら遠くの山を見るようにその全体像を見る』というもので、広角レンズのような見方で全体像を把握することにより、いつ・どこで仕掛けてくるのかを予測する。

 

 進清十郎は、ボールに視点を合わせながら、その視野の距離感をセナと長門の二人を捉えるくらいに広げた。集中力を分散するのではなく、拡張させる。一切の隙なく、包括して相手を見据える進は、角屋敷が飛び出した時、その方へ長門の重心が寄ったのを見逃さなかった。

 

 ――『トライデントタックル・廻』!!

 

 立ちはだかる長門を光速の脚(スピード)で抜き、セナへ方向転換しながら超加速する三つ又の矛で捉える。

 進清十郎は、その決着を観た。

 

 

 ~~~

 

 

 小早川セナ(アイシールド21)は、その決着を超える。

 

 

 ~~~

 

 

 進が動いた瞬間、セナは、飛んだ。

 

 

「『一人デビルバットダイブ』……!?」

 

 

 長門村正(リードブロッカー)の頭上を飛び越えた。

 

 

 ――『十文字霞超え(バニシング・デビルバットダイブ)』!!

 

 

 なんちゅう綱渡りな走行ルートを……!!

 驚愕する溝六。だが、セナの走りにはここしか血路がないという閃きも感じ取れた。

 定石から大きく外れながらも、会心の威力(インパクト)がある、魔剣の如き必殺技。

 

 長門を飛び越えたセナは、一気にゴールを狙いに駆け出す。

 

(っ! 抜かれた……!)

 

 進は、即座に逃げるセナを追う。

 だが、左右への転換とは違い、180度後方反転の切り返しは、流石の進でも急減速(ブレーキ)を踏まなければならず――そこは、『妖刀』の制空圏内(まあい)

 

「捕らえたぞ、進清十郎!」

 

 反応が、速い。

 いや、と進は失態を悟る。角屋敷へ傾いた重心。あの刹那に見せた隙は、そう隙を見せたと誤認させるための偽装か。

 隙を晒した守護神へ、数多のエースを斬り伏せてきた『妖刀』の一太刀が振るわれる――その寸前に、“鎖”が巻き付いた。

 

 

 ~~~

 

 

 ――数秒程、遡る。

 

 

 『小早川セナと長門村正を、一対二で相手する状況は極めて危険』だと、ミーティングで聞いていた。

 そして、今、長門が、進さんと対峙したアイシールド21の援護に入らんと出てきている。マズい。同じく角屋敷や先輩方が進さんを援護しようと動いてくれている。だけど、それでもなんだかマズい予感がする。

 

 俺も援護したいが、十文字(コイツ)との喧嘩で手一杯。ちょっとでも手を抜けば、負けちまう……

 

 ――いや、重要なのは、個人戦(おれ)の勝ち負けじゃねェだろ……!

 

 進さんがピンチなら、それを何が何でも助けに行く。ほんの少ししか力になれないのだとしても関係がない。そうだ。そう決めたんだろ。だったら、俺がどんなに馬鹿にされようが、負け犬になろうが、優先すべきだ。

 

「は……っ?」

 

 あえて、拳を、この身に受けた。

 十文字(あいて)もこれが決まるとは思っちゃいなかったんだろう。喧嘩の手が止まった。中々にキツい一発だった。息が、止まりかけた。

 だが、これでいい。こうでもしなければ、喧嘩慣れしてる不良から離れられなかったし、あと、強ければ強いほど勢いがつくってもんだ。

 

 この拳打の勢いも加算させて、猪狩は後ろへ跳んだ。背中からもつれるように、長門へ倒れ込む。

 

 

 ~~~

 

 

 進を抑え込もうとした長門に当たりに……!

 

 だけど、猪狩のそれはタックルにもブロックにもなってない、本当にただぶつかりに行ったくらいのもの。腕も満足に振るうことのできない死に体だ。

 それでも、長門は反応した。反射的に相手の身体を受けて、いなし、その身体を地に落とす。みっともなく青天をさらしながら、見下ろす長門へ猪狩は笑った。

 

 へっ! やっと一杯、食わせてやったぜ。

 

 その持ち味である野生の勘と先輩たちに認められた我武者羅を発揮した、この土壇場の対応。

 それは長門村正から0.1秒の時間しか奪えず――だけど、0.1秒の時間があれば、窮地を脱するのは十分だった。

 

 俺なんかに構わず、行ってください、進さん……!

 

 この意思を受け取ってくれたように、微かに頷いて、進は己が討つべきと定めた好敵手を追う。

 それを許さない『妖刀』の二の太刀。猪狩を倒して返す手刀が進に迫り――盾にした腕で、弾く。

 

(!! 弾いた反動を後押しにして、加速した……!?)

 

 一瞬の、限界突破。

 この瞬間に限り、高校最速のアメリカンフットボールプレイヤーは、40ヤード4秒1の超高速の世界へ――!!

 

 

 ~~~

 

 

『独走ォーー! これが、アイシールド21っ!! 独走ォォーーー!!!』

 

 小早川セナと進清十郎。

 両者共に人間の限界速40ヤード4秒2。

 一度縦に抜かれてしまえば、その差が縮まることはなかっただろう。

 

 ――それでも、進なら。

   進なら、必ず、時代最強の走者(アイシールド21)をこの手で、止める。

 

 王城ホワイトナイツのエースへの絶対の信頼感のもと、ディフェンスチームは一致団結している。

 王城のセーフティである釣目忠士、中脇爽太、二人とも東京地区ベストイレブンに選出されるほどの実力者だが、二人がかりでもあのアイシールド21には突破されることを彼ら自身悟っていた。

 

(猪狩が、ああも身体張って食らいついてんだ……!)

(先輩である俺達も負けてられるか……!)

 

 だけど、自分たちを躱すのに、時間を費やす。あの我武者羅にも進に尽くした猪狩に感化されたか、そのプレイに気迫が猛る。1秒でもロスさせんと釣目と中脇は、セナの進路をその身を以って遮りにかかり、二人のこれまでより気持ちが乗った守備に目を瞠りながらも、光速の疾駆はこれを抜く。だが、間髪入れずに彼らの視界にその姿は飛び込んだ。最短の直線コースで強敵手に迫る、王城の守護神(エース)の限界を突破した疾走を。

 

 

 一人では、負けていた。

 人間の限界値まで鍛え込んでも、強敵手二人には打ち勝つのは至難で、あのままだったら己と近似していた金剛阿含が打倒された結果をなぞることとなった。

 それでも、言ったはずだ、泥門。全国大会決勝(クリスマスボウル)に行くのは、俺達王城だと……!!

 

 

 ~~~

 

 

『止めたァァアアアア!! 『トライデントタックル』炸裂ーー!! アイシールド21の独走を阻止したのは、高校最速のパーフェクトプレイヤー、進清十郎!!』

 

 

 一度は進を抜きながらも、タッチダウンを奪えなかった泥門。

 これを『千載一遇のチャンスを逃した』と語るのは、太陽スフィンクスの原尾。

 『……逃したんじゃねぇ』と神龍寺ナーガの阿含は呟く。

 

「ああ、彼――史上最強のラインバッカーの進氏でなければ、千載一遇のチャンスを逃すはずがなかった」

 

 既に全国大会決勝の権利を得ている帝黒アレキサンダーズの大和は、もうひとりの時代最強の走者(アイシールド21)を認めながらも、そう結論付けた。

 

「そして、進氏でも、あの場面で、村正に倒されているはずだった。――王城のディフェンスチームの奮闘がなければ、ね」

 

 史上最強のラインバッカーに、統率されたディフェンスチーム。

 最強のライバル(むらまさ)が対決しているのは、歴代の帝黒でも戦ったことがないであろう最強の相手だった。

 

 

 ~~~

 

 

 攻撃を繰り出すたびに、強度を増していく鉄壁の守備。

 守護神たるエースは、強敵手たちとの戦いを経るごとに洗練され、チームもそれに応えるように士気を高め、適応していく。

 

 

「また中央突破(ラン)だっ!!」

 

 

 この二度目の攻撃回、泥門は、全プレイ、地上戦のみ。

 単純なパワー比べなら、中央に栗田、それに後衛の長門がいる分、泥門が優勢ではある。エースランニングバックも調子が上がってきている。力押しのランだけでも、少しずつ少しずつ前進し、連続攻撃権(ファーストダウン)を獲得していく。

 だけど、状況に余裕はない。

 

 

「ばーっはっは、栗田! ランだけでいつまでも破らせるほど甘くはないぞー!」

 

 

 何度も同じ走行ルートを通過させるのは、前線を維持するラインマンとして恥。

 栗田との競り合いをしながらのため、片手間となってしまうが、大田原の剛腕は腕一本でも身軽なセナを倒すのは十分。

 

 

『止まったァーー! やはり鉄壁王城ディフェンス!! 泥門の『巨大弓』がストーップ!!』

 

 

 高見が言った通り、泥門が『巨大弓』を使ってくるのは想定内であり、当然、それを想定した対策・練習は積んできている。

 それに、同じ攻撃を続ければ、守備を置き去りにするスピードも次第に目が慣れ、守備を圧倒するパワーに対しても粘りが増す。

 このままでは、いずれは泥門の勢いは完全に失速するだろう。

 それをさせないために、作戦がある。

 

 

(……何を考えている、ヒル魔。なぜ、こんな地上戦ばかりする?)

 

 ラン一辺倒の攻撃では、西部ワイルドガンマンズの二の舞となるだろう。

 後半、パスでしかヤードを獲得できなかった西部は次第に戦術の幅を狭めていき、王城に完封された。

 それがわからぬ指揮官ではないはずだ。

 しかし、同じクォーターバックとしての勘なのか、高見には今のヒル魔からは一向にパスの気配が感じ取れない。

 攻撃の手札を温存しているのか。

 だが、この決戦で使える手札を温存するのは愚かだ。

 パスへの警戒が薄れるのを待っているのか。

 いいや、進は僅かも緩まない。そして、進を中核にまとまっているディフェンスチームもまた一切弛んだプレイはしないと断言できる。

 ずるずると時間を浪費するランプレイばかり続ければ、泥門は自分の首を絞めることとなるだろう。

 

 

「……そろそろ、限界か」

 

 

 ~~~

 

 

 パスプレイを仕掛ける。

 ヒル魔さんは皆にそう策を伝えた。いつも通り。ここまでのランプレイに慣れてきたところでのパスなら、一発で大量ヤードを獲得できるかもしれないと期待した。

 けど、何か、何となくだけど、様子がおかしい気がする。

 

(まもり姉ちゃん……??)

 

 不意にセナがベンチへ視線を向ければ、そこには、幼馴染が不安げな顔をしていた。

 昔からいつも心配をかけてきた弟分へ向けてきたその顔は、こちらには向けられていない。幼馴染が見つめる先には、誰よりもそんな顔を向けるには似合わない相手。

 そう、準決勝の白秋戦のときと同じで……

 

 

「アハーハー――ンン!?」

 

 

 ヒル魔さんが、瀧君へ投げたボールは、打ち合わせのパスコースから大きく外れた。これまででは考えられないくらいの、コントロールミス。

 あわや王城の艶島林太郎(コーナーバック)に、インターセプトをされかけてしまった。

 

 ドクン、と。

 いやな予感が胸を突き破るくらいに騒ぎ立てた。

 

 

 ~~~

 

 

 ベテランの大工ともなれば、削ったカンナくずが薄くまっすぐか、縮れているか、柔らかくカールしているかで、カンナの調整の具合がわかる。

 何年も何十年も、それこそ息子(テメェ)よりも長い付き合いで、毎日使っている仕事道具だ。手入れは毎日欠かさず行うし、刃先のほんの一欠けらだって見逃しちゃいけない。

 それくらいに手に馴染んだものだ。

 だから、勝手に持ち出したりすんじゃねぇ!

 

 ……とほんの遊び心で、勝手に仕事道具で真似事をした倅の脳天に拳骨を落とした頑固な糞親父の弁だ。

 今でもあの鉄拳制裁は容赦がないとは思うが、同時に己の迂闊さも今ならば理解はできる。

 あのカンナは、親父にとっては、自分の手も同然なのだ。それを遊び半分で扱われちゃたまったもんじゃない。

 

 自分にとって濃い付き合いであるあの2人とのプレイは、それこそ、クソ親父のカンナにも負けない、己の脚の一部だと言えるものだ。

 ――だから、あのキックの瞬間、ボールが足の甲に当たった感触で、察した。

 

 

『あああーっと! 武蔵君がキックしたボールは、ゴールの枠を僅かに右に逸れました! 泥門、トライフォーポイント獲得ならず!』

 

 

 ……やはり、そうか。

 あのボーナスゲーム、ヒル魔がキックティーにセットしたボールが、蹴り飛ばす寸前で、揺らいだ。ボールにキックが当たるポイントがズレ、蹴り上げられたボールはゴールポストから逸れていった。

 

 武蔵は、それを責めるつもりはない。

 キッカーは、己の右足とボールのみに専念する。それ以外の要因で失敗してもそれを責める気も、資格もないと思っている。

 だが、ヒル魔がしている隠し事は、別だ。

 

(ヒル魔、お前もクソ親父と同じ真似をしやがる気か……っ)

 

 病院に付き添ったのだ。腕の怪我の具合だって知っている。試合に出ても問題はない、はずだった。

 だから、気のせいだと思っていた。アレは相手にタックルを受けた後の痺れが残ってしまっただけだとし、不要な発言は控えた。

 だが、あのパスミスは、ヒル魔にはありえない――

 

 

『うおおお、パスミスに怯まず行ったァアア!! ヒル魔、リベンジのパース!!』

 

 

 特にヒル魔妖一がパスミスを許さない相手へ投じられたボールを見て、武蔵は拳を強く握りしめた。

 

 

 ~~~

 

 

「ボールが、右に流れた」

 

 観客席の雲水から見ても、明らかな、ミス。

 それはパスターゲットである長門には、わかり切っている。ヒル魔が不調であることなど、武蔵のミスキック、守備で桜庭との接触を恐れたときから予感していた。

 

 弾道も角度も作戦とは全く外れ(ズレ)ている。

 ボールを安定させる回転(スパイラル)までも乱れ(ブレ)ている。

 

「何度、下手糞なパスに付き合ってきたと思ってる」

 

 それでも、修正は可能な範囲内だ。

 麻黄中学では、今では考えられないくらいすっぽ抜けたパスを投げていたし、それも落とさずキャッチしてきたのだ。これくらいのフォローを長門は問題としては数えない。

 問題なのは――

 

 

「長門! 君を倒して、俺が空中戦No.1だと証明する……っ!!」

 

 

 長身で、関東四強レシーバーのひとり。長門に空中戦で競り合えるだけの高さを備えた桜庭春人が迫ってきた。

 

 長門村正は春大会での借りがある相手であり、空中戦最強を名乗るには打倒しなければならない高校最高のアメリカンフットボール選手。

 何よりも、ここで泥門のエースを倒せば、王城に試合の流れは一気に傾く。

 

「そうだ、行け、桜庭! お前の高さは、一流の天才にも届くはずだ!」

 

 相棒である先輩の声援を受け、桜庭は、最強の敵に挑む。

 

 努力を重ねても、俺は一生夢だったレベルには辿り着けないかもしれない。

 でも、もう二度と、心が折れたりはしない。誰が相手だって、気迫で負けるものか。

 虎吉との約束がある。

 高見さんとの誓いがある。

 この王城ホワイトナイツ46人で全国大会決勝(クリスマスボウル)に行く夢がある。

 そして……やっぱりどうしたって、俺は、最強(No.1)の座をこの手で掴み取りたいんだ……!

 

 

「あいつ……!」

「……!」

 

 観客席にいた他の関東四強レシーバー――一休と鉄馬もその瞬間を注目していた。

 空中を制する王座が転落するかもしれないこの一戦、瞬きすらも忘れる。

 

「あのパスコースだったら、桜庭の方が鬼有利! 長門の奴が相手でも、アレなら……!」

 

 降って湧いた絶好のチャンス。あそこで勝負しているのがどうして自分でないのかと一休は歯噛みする。

 

 

 一休の読み通り。

 ボールは桜庭の方へ流れている。パス落下地点に着くのは桜庭の方が早いだろう。

 更に、もうひとり詰めている。

 

(進清十郎もか……っ!)

 

 この不安定なパスで桜庭との空中戦を制しても、着地後を進に狙われればやられる。

 空中で桜庭、地上で進という王城エース二人との競り合い。それでも、長門に譲る気はない。

 『アレは無理だから』と一度たりともボールを諦めるような真似は、酒奇溝六のしごきの中で許されたことは一度だってない。『届かなかったけどよく頑張った』なんて優しい情など一切かけられたことがない。

 鬼のような師から求められるのは、常に結果。『最後の最後まで、心で負けんじゃねぇ』という薫陶を徹底して叩き込まれた。

 そして、エースとは、不利な状況も味方の失態もまとめてひっくり返す存在である。

 

 

「勝つ! 長門、君に俺は勝つ!」

 

 桜庭が、跳ぶ。

 フィールドに見せつけるのは、関東四強レシーバーの中でも群を抜いた高さ。高校最速の天才にも勝る、これまで何人も寄せ付けることがなかった高みを、超える。

 

 

「いいや、勝つのは、俺だ!」

 

 

 ――速い……っ!

 

 自分よりも後から跳んだはずなのに、一気に追い抜かれた。これが高校最高の跳躍力。僅かなリードも覆してくる天才は、凡人の絶望を具現化した怪物そのものではないか。

 接近し、肌に覚えた鬼気。劣勢下にあるほど猛る眼光。『勝ちは譲らない』と口にせずとも頭に叩き込まれるその意思に、呑まれかけ、

 

(いいや、もう心で負けるもんか……!!)

 

 決して折れない精神力。執念が、怯みかけた桜庭の心身を支え、もがき苦しみながらもその手は頂点を目指す。

 

 ボールを捕るのは、長門の方が速い。

 しかし、その腕は捕れる――

 

――『騎士の長剣(リーチ&プル)』!!

 

 雷門太郎を斬り落とした長剣が、かつて己を斬りつけた相手に狙い定める――が、遮られた。

 

(片腕を『リーチ&プル』の生贄にして……!!)

 

 空中で鍔迫り合う長剣と太刀。

 直接腕を攻撃しようとした桜庭だったが、捕らえた右腕はボールから離れている。長門の左手は何に邪魔されることなく、ボールへ最短距離で一直線に伸ばされている。

 

 

『で……出たァァ長門君!! 一か八かの片手キャッチ!!』

 

 

 交流戦で本庄鷹に見せた離れ業。

 その光景は、桜庭も見ていた。

 

(進のタックルみたいに片腕だけ強引に伸ばして――)

 

 いや。

 だが、ボールの回転は乱れている。アレを片手で捕球するのは、無理だ。空中分解するように自滅する。たとえそれを成功させたのだとしても、その無茶で確実に体勢は崩れ、その隙を地上で待ち構える進は絶対に逃さない。

 

(俺、達の勝ちだ……!)

 

 

 ~~~

 

 

 長門の左手が、ボールを真横へ叩く。

 

 

 ~~~

 

 

 ………………は?

 

 キャッチミス、ではない。長門はまるでディフェンスのパスカットのように、パスをキャッチせずに叩き、真横へ弾き飛ばした。

 たとえパスを捕れても、着地後に進にボールを奪われることを警戒してのプレイか……?

 いや、土壇場で安全策を選ぶのは、泥門らしからぬ――

 

 

「――リカバリーMAーーXッッ!!!」

 

 

 『妖刀』がボールを弾いた方向――その先には、弾かれたボールに飛びつくキャッチの達人がいた。

 

 

 ~~~

 

 

『な、なななななんと! 長門君が弾いたボールを、モン太君が掬い捕ったーーっ!!』

 

 

 クォータバックからの前への(フォワード)パスのキャッチ成功後にボールを落とすとファンブルとなる。

 そのファンブルしたボールが前方へ飛んでいき、それを攻撃選手がキャッチした場合は、2度目の前へのパスとみなされ、反則となる。

 だが、空中にあるパスをキャッチせずに叩いて、他の攻撃選手がノーバウンドでキャッチできれば通常のパス成功と同じ判定となる。

 

 長門はパスキャッチせずに、パスカットして、それが地面に着いてボールデッドとなる寸前で、モン太が拾った。つまりは、パスキャッチが成立したということ。

 

「キャッチMAーーX!!」

 

「モンモーーン!!」

「よくやったモン太!!」

「ナイスフォローだよモン太!!」

「流石だこのキャッチ馬鹿!!」

 

 

 立役者のモン太を囲んで、歓喜に湧く泥門。

 それをベンチから遠巻きに伺いながら、高見は思案する。

 

 今のは、偶然か。それとも故意なのか

 もし、これが意図したプレイならば、あのパスミスはこちらの油断を誘った罠となる。そう、ランプレイ一辺倒から仕組まれた泥門の作戦に我々は嵌められた形となった……

 

 

「ケケケ、ビビりやがったか王城! これが予測不能、新次元の連携プレイ――『デビルバッドホップ』!」

 

 

 ヒル魔妖一の囁きが、王城に過った疑念を狙い撃ちで煽り立てる。

 常に笑みを湛える悪魔に対し、目を細め表情を引き締めた高見伊知郎は、静かに眼鏡の位置を直す。

 

 

 ~~~

 

 

「桜庭、進、直接対決したお前たちの意見が聞きたい。ヒル魔の言う『デビルバッドホップ』とやらは本当にあると思うかい……?」

 

「はい、あれは狙ったものでした。確かにあのプレイは……運に頼った部分が大きいと思います。でも、だからこそ、泥門は仕掛けてくる。そして、長門とモン太ならやれてもおかしくはありません」

 

「あの状況で、長門村正は、雷門太郎の動きを見ていた。雷門太郎は長門村正がボールをカットする前から動き出していた。二人には確かな連携があった。ならば、『デビルバッドホップ』はあらかじめ想定されていたカード(プレイ)だとする可能性は捨てきれません」

 

「……そうか。では、僕からも、ひとつ、意見を述べよう」

 

 

 ~~~

 

 

 笑え。笑って笑って笑い飛ばしてやれ。

 『ケケケ、またも誘導されやがったな、糞メガネ』、『今のパスプレイは全部が計算通り』……っていう顔でいろ。

 糞カタナがピンチをひっくり返したチャンスを徹底的に利用しろ。

 そうすりゃ、王城はパスに守備を割く。

 10()%()()()()()()()()()も、ハッタリで120%にできる。

 王城相手に『まともなパスが投げられない』などと気取られたら、ランの威力も半減する。

 だから、騙し通せ――

 

 

 ~~~

 

 

「安護田先輩、よろしくお願いします」

「おう、まかせとけ」

 

 ラインバッカーの角屋敷が下がり、安護田がディフェンスラインに加わる。

 5人のディフェンスラインと2人のラインバッカーによって構成されるのは、5-2の(ゴールライン)ディフェンス。

 これまでの4-3の陣形より、後衛の守備を減らす代わりに前衛を厚くする……パスの守備が手薄となる代わりに、ランプレイに対し強い陣形だ。

 

「『デビルバッドホップ』がたまたまの偶然なのか、計算されたタクティクスなのかは定かではない。だけど、同じクォーターバックとして、ひとつだけ確実に言えることがある。

 ――ヒル魔、あのパスは、君の失投だ」

 

 高見から断定の言葉が突き付けられた。

 ヒル魔妖一は、決して表に出すような真似はしないが、静かに、狂言回しが空振ったことを悟る。

 

 ……甘いヤツじゃねぇ、ってのはわかっていた。

 

 ありうるかもしれない10%の懸念を考慮しながらも、100%の力をかける。失敗すれば大損の、ギャンブル的な守備。

 そんなリスクに臆さず、果敢なディフェンスを仕掛けられるチームへと王城ホワイトナイツは、革新したのだ。

 

 

 ~~~

 

 

『止まったァーー! やはり鉄壁王城ディフェンス!! ゴールラインまで27ヤードを残して、泥門の攻撃シリーズがストーップ!!』

 

 

 どうする? 次でもう四回目(さいご)だ。

 連続攻撃権を獲得できなかった。前をガチガチに固められては、ラン一辺倒はじり貧に陥るしかない。パスは博打にすらならない。暴発する拳銃なんざ、誤射すれば高確率で事故る。何度も糞カタナに綱渡りな尻拭いをさせんのは作戦とは呼べない。糞カタナに投げさせるか。当然向こうも対策として、糞サルに桜庭をマークをつかせてる。『デビルレーザーマグナム』は、糞サルにしか捕れない。糞カタナは『妖刀(テメェ)』自身をパスターゲットに使えない。それでも5-2のディフェンスにランで挑むよりかはパスの方が成功率は高いはずだ。だが、ここで糞カタナに投げさせれば、この糞右腕がポンコツであると、王城の中で99%ほぼ確定になる。容赦のない糞メガネのことだ。お優しく手を緩めてくれるはずがないし、攻撃だけでなく守備でもカカシ扱いにされちまえばますます王城の攻撃に手が付けられなくなる。どっちもクソの二択。だとすれば、ここは……

 

 

 ~~~

 

 

「俺の出番だな」

 

 フィールドに出てきたのは、武蔵厳(キッカー)

 ランやパス、攻撃の勢いが止まったこの場面で点を獲れる、キックという長距離砲が泥門にはある。

 

「! キック!」

 

 ベンチでの動きに気付くや、盛り上げ隊長の鈴音が元気よく声を上げる。

 

「やーーー! ムサシャーーーン!」

 

「武蔵さん……!」

 

「そうだよみんな! 武蔵のキックが入ればまだ3点獲れるチャンスだよ!」

 

 頼りになる仲間の登場。きっと膠着した状況も吹っ飛ばしてくれるに違いないとチームへ明るく声をかける栗田。

 麻黄中の時から、攻撃が停滞した時はいつだって『60ヤードマグナム』がキックを決めてきたのだ。

 歓迎される武蔵は、被ったヘルメットの紐を締めながら、

 

「よくここまで運んだ」

 

 言葉少なく、淡々とだが、篭った声音で皆を称える。

 傍から見ていたからよくわかる。王城の守備は、これまで相手してきたどのチームよりも堅い。

 それでも泥門は、このキックが狙える地点まで前進した。

 

「ポールまでとキックティーまでの距離足して、44ヤードのキック。リアルなこと言や、6、7割ってとこだろうな」

 

 だが、あの王城守備相手にお前らが稼いでくれたヤード、無駄にはしねぇ。

 

 

「この距離なら、決めてやる」

 

 

 武蔵は、ポールを見据えて距離を目算で測りながら、肌で感じ取る。

 ここはドーム、風荒ぶ屋外でやるのとは違う環境。コーチである酒奇溝六も気圧が違うと助言をくれている。普段とはボールの飛び具合が違うのだろう。

 それでも、決めると約束したのならば、決める。

 

 

「…………糞チビ!」

 

 ヒル魔が、セナを呼ぶ。

 え? と。集中してるのを邪魔しないよう、キックの時の先輩達に話しかけないようにと考えていたセナは突然のご指名に戸惑いながらも駆け寄る。

 ヒル魔はその手の中のキックティーに、一度視線を落とした後、セナへ放ろうとして、その腕を掴まれた。

 

「糞ジジイ……」

 

 止めた武蔵を、ヒル魔は睨む。

 長距離キックは、ボールのスナップ・セット・キック、このどれかが僅かに狂うだけでも入らない。

 外すわけにはいかないこの場面。確実に決めるのなら、先のボーナスキックで足を引っ張った怪我人よりも、未熟な新人に任せる方が確率は高い。

 そんなことくらい、ヒル魔が言うまでもなく、武蔵は理解しているはずだ。現実が見えていないなどあり得ないし、許されない。

 

「ヒル魔……泥門の司令塔は、お前だ。だから、どんな指示でも最善を尽くすまでだ。――だがな、最高の仕事をするための注文くらいはつけさせてもらう」

 

 

 昔の話だ。

 カンナの調子が悪いんだったら、別のモンを使えばいい、とデカいたん瘤をこさえた頭を抱えながら糞ガキがほざけば、糞親父はこれに口角泡飛ばして捲し立てた。

 

『べらんめぇ! ちと調子が悪いからって、他のモンにあっさり鞍替えしちまうほど俺は薄情じゃねぇ!』

 

 とか言って、頑として譲らない。

 昔気質の職人と言えば聴こえはいいだろうが、糞親父の言うことなんざ、十中八九理屈にもならないことばかりだ。

 子供でも分かる意地を張って、理屈にならない文句を周りにも押し通して、結局、糞親父はその切れ味の悪いカンナで仕事をした。

 そして、それは完璧な仕上げだった。

 糞親父が他所を見てる間に、こっそりとカンナ掛けした木の肌に触れた指の腹の感触を、あの滑らかさを今でも忘れたことはない。

 

 

「調子が悪いのはわかってるが、だからといって、勝手にセットする相手を変えられては、こっちの調子が狂う」

 

 パスの調子が悪いのはわかっている。

 キックティーにボールを立てて支えるくらいのことはできるはずだ。たとえ、どんなに不安があっても。

 

「ヒル魔、セットをするのは、お前の仕事だ」

 

「誰がセットしようが関係ねぇだろが。“キッカーが頭に置いていいのは、テメェの右足とボールだけだ”とか偉そうにほざいてたのはどこのどいつだ、糞ジジイ」

 

「ああ。だが、“理屈に合わないことが、理屈になる”……だろ、ヒル魔」

 

 こればかりは一歩も譲らないとヒル魔と視線を交える武蔵。

 二人のやり取りに何かを感じ取ったのか、うん、と頷く。そして、その何かを深く息を吸って懐へ呑み込んだセナは頭を下げた。

 

「ヒル魔さん、お願いします! キックに集中できるよう、全力で守りますから!」

「おい、何勝手にしやがってんだ、止まりやがれ、糞チビ……っ!!」

 

 と言って、ヒル魔が何か言う前に駆け出して行ってしまった。

 脅しつけるようにヒル魔が怒鳴るが振り向かず、止まらず、自分がすべきと決意したことへ真っ直ぐ走り去るセナを、この男もまた追いかけながら、言う。

 

「冷静に考えれば、今のヒル魔先輩が無理をしたところでそれが勝利に繋がるとは思えない。……だが、麻黄中の時(むかし)から、俺よりもずっと下手糞なヒル魔妖一(あんた)と付き合ってきた武蔵先輩がそう言うのなら、俺は引っ込むしかない。どうやら栗田先輩も同意見のようだし」

 

 と長門村正は首だけを巡らし、軽く笑いながら視線を振った。

 その向こうでは、こちらの様子を窺う栗田がいて、スナップし易いように、セットする相手(ヒル魔)の前となるところで既に位置についている。

 

「らしくないな。俺を誘った時はもっと我武者羅で、腕を折ろうが必死にしがみついてきたあんたは、これくらいでビビるようなタマじゃないだろうに」

 

 ・

 ・

 ・

 

 どいつもこいつも勝手なことばかりをほざきやがる。

 そんなあまりの馬鹿さ加減に感情のメーターが振り切れちまったのか、自ずと口角が吊り上がってしまう。隠し切れない、演技とは別物の表情(えみ)が浮かぶ。

 

 

「……糞ジジイ、テメェの頑固さは一年前からちっとも変わりゃしねぇ」

 

「生憎と、ガキの頃から頭の芯にまで響く頑固親父の拳骨を叩き込まれちまってるからな、こればかりは直しようがない」

 

 

 ~~~

 

 

「ばーーっ、はっはっ! そう簡単には蹴らせんぞーー!」

「泥門の壁ごとブチかましてやる!」

「そうだ、ガンガンプレッシャーかけていけ!」

 

 驚異的なキック力を誇る泥門のキッカーには、この距離は得点可能な範囲内。

 しかし、長距離キックでは、ボールのスナップ・ボール立て・キック、そのどれかが僅かに狂うだけでも入らない。

 

 

「キックぶっ潰すぜ!! オラアアアアアア!!!」

 

 

 猪突猛進。

 ボールがスナップされるや大声を張り上げて飛び出すのは狂犬。鎖で雁字搦めにされた獣性を解放し、果敢に迫る。

 キッカーにプレッシャーをかけるには、『プリズンチェーン』猪狩大吾はうってつけの人材だ。

 

 

「あんま調子に乗んじゃねぇぞ」

 

 

 王城の不良を真っ向から受けるは、泥門の不良。

 

 戦力分析ならもう済ませた。

 喧嘩の腕はほぼ互角。

 身体能力は向こうが上。

 

「――だが、ラインマンとしての実戦経験はこっちが上だ!」

 

 関東大会準決勝から実戦投入された猪狩より、十文字の方が出場した試合数は多い。潜り抜けてきた修羅場の分だけ、引き出しが多いのは確かだった。

 

「守りの喧嘩は性に合わねぇが、俺らの仕事は、あの3人にキックに集中させることなんだよ!!」

 

 十文字一輝は、荒々しい喧嘩スタイルを得意とする不良だが、泥門ラインマンの中でも明晰な頭脳を持ち、屈指のテクニシャンでもある。

 

 な、倒せねぇ……っ!

 猪狩の全力のブチかましを、踏み止まられた。

 脚を八の字の形に立って、やや膝を曲げて力を入れる。下半身を締め固める空手の型の一つを取り入れた姿勢は、『不沈立ち』。

 

 

『ダメだ、姿勢がなっちゃいない』

 

『ハ?』

『はぁ?』

『はぁあああああ?』

 

『重心が高すぎる、もっと低く構えろ、十文字、黒木、戸叶。それでは3人がかりでも俺を止められんぞ』

 

『簡単に言ってくれるぜ、長門』

 

『なに、アメフト始めて1年足らずだろうが、徹底してやってきただろう? 踏ん張るときは低く構える。意識せずともバランスをキープする。それは、ラインでも軽トラ押しでも自転車こぎでも同じことだ』

 

 

 峨王の圧殺力にも耐え抜いた栗田ほどの安定感はないが、『死の行軍』でトラックを押して2000km、それから3人がかりでやっと漕げる総重量500kgの改造自転車で鍛えた足腰。どっしりと深く構えれば、狂犬の突進を受けきれる。

 そして、猪狩とは違い、一匹狼で戦ってきた不良ではない。

 

「ハッ!」

「ハァッ!」

「はああああああっ!」

 

 いつだって肩を並べてきた黒木、戸叶。

 コイツらとなら、どんな状況だろうと合わせられる。

 現代ラインマンにとって最も重要視される連携が、十文字たちにとって最大の武器だ。

 

「ふんぬー!」

「ふごーっ!」

 

 中心の栗田を真似るよう、泥門ラインは全員が『不沈立ち』で固め、一致団結する。

 それはまるで、日本最重量のラインフォーメーションを彷彿とさせる陣形。

 

「太陽スフィンクス直伝! 超ヘビー級重さMAーX!!」

 

 モン太が叫んだ通り、その原型は、地区大会後の練習試合、連戦に次ぐ連戦――『デスマーチ』で再び一戦を交えた太陽スフィンクスの新戦術『ツタンカーメンマスク』

 ライン全員が間隔(スプリット)を極端に狭めて、一個の壁となることにより破壊不能の黄金の兜の如き護りを得る。『ピラミッドライン』ほどの超重量級の図体はないが、密集した五人組は固く、重い。

 そして、全員が絶対に抜かせるものかと滾る意思を目に宿していた。泥門の最前線(ライン)は、猛然と迫った王城の勢いを挫き、破らせない。

 

 

 ~~~

 

 

「別に伝授しとらんぞ」

 

 ここまで聞こえたモン太の発言に、番場はぼやくように訂正する。

 ただ、観客席からは陣形がよく見える。

 番場は、ふう、と息を吐いてから、一言付け加える。

 

「まあ、形にはなっている」

 

 

 ~~~

 

 

 進清十郎は覚えている。

 去年の4月に行われた、王城対泥門の練習試合。

 王城が99対0で勝った試合だが、一度だけ今と同じ距離でのキックをされた。

 あの時は、直接弾いてゴールを阻止したが、キックはされた。そのボールを弾いた手に伝わる感触……あの強さと角度は、弾かなければ、入っていたと直感し得るものだった。

 

 

「ならば、実際にキックを弾いて止めるまでだ!」

 

 

 栗田・ヒル魔・武蔵――あの3人のキックの連携は、どんなプレッシャーでも揺るがない。あの練習試合でも超高速で迫ったこちらを微塵も恐れていなかった……!

 そう、知っている。彼らは知っていた。その程度のプレッシャーを恐れる必要などない。

 何故ならば、己以上のキックの天敵(ながとむらまさ)とやり合ってきた経験があるのだから――

 

 

「あんたの相手は俺だ、進清十郎!」

 

 

 鬩ぎ合うラインを迂回(かわ)して迫る進の進路を、長門が遮る。

 中央突破の最短距離を抜けられなかった以上、ここで更に遠回りすれば長距離砲の発射には間に合わない。

 何としてでも立ち塞がる障害を打ち倒して突破する他に道はない。だが、長門は進をしても容易ならない強敵手。

 

「っ! この……っ!」

 

「キックの邪魔は、させない……!」

「ブロックMAーーX!」

 

 大田原がどうにかこじ開けたラインの隙間を身を捩じり込みながら突破した桜庭だが、セナとモン太にしがみつくように抑えられた。長い手を必死に伸ばすが、発射台には遠い。

 

 

 ~~~

 

 

 スナップされたボールをヒル魔がプレースする。ほとんど同時のタイミングで武蔵は蹴り足を振り上げていた。

 

「っ」

 

 ヒル魔の腕に走る震え。このセットの僅かな間さえも堪えられない、右腕の微動。

 そんな腫物のような右腕を、逆の左手が抑えた。瞬間、右腕から全身に走り抜けた激痛に脳神経がぶっ叩かれたみたいに思考が停止しかけたが構わず、左手は握り締める。無理矢理に、止める。ほんの僅かな震動さえ、ボールには伝播させないと歯噛みしながらも、このキックの瞬間を微動だにせず耐え抜こうとする。

 

 

 ~~~

 

 

 東京地区大会後の伊我保温泉での合宿。

 開発途中で頓挫した有料道路の端、ガードレールが切れたままになってるその場所からさらに40ヤードほど離れた先には山があり、その斜面には捕球ネットが張ってある。

 そこ目掛けて、ボールを飛ばす。

 それが自分に課せられたメニューだ。

 ブランクを埋めるには、只管に蹴り込むしかない。地区大会決勝の王城戦でキックを外しているこの右足の錆落としにはうってつけではあった。

 ただ、北関東名物の空っ風は風速20mにも達することもある強風であり、それが隣の山へ向かうコースのちょうど真横を吹いている。つまりは、谷越えしようとすればボールはもろに突風の影響を受けることになる。

 

『なあに、そう難しく考えるこたぁねえ。常時60ヤードをぶっ飛ばすパワーで蹴ってりゃいいだけの話だ。それなら、多少横に流されても向こう側に着く』

 

 とコーチである酒奇溝六は嘯くが、そう簡単な話ではない。

 佐々木コータローならば、風を読んで、風が弱まった機を察知して、キックを決めてくるだろうが、奴ほど器用な真似はできない以上は、コーチの言う通りに、全力で蹴り飛ばす他ない。

 

 それで、捕球ネットに引っ掛かったボールは、山菜取りのじいさん連中が回収してくれるが、外れたボールは自力で回収。険しい山の中へボールを拾いに行かなくてはならないのは中々の重労働(ハードなトレーニング)である。

 朝から晩まで、隣の山へ向かってボールを蹴り飛ばしては、谷を降りて外れたボールを山の中を探し回る(ついでに山菜取りのじいさん連中の家の壊れた風呂の修理なども請け負った)。

 

 

『お、戻ってきましたか、武蔵先輩』

 

 

 そんな合宿の最中、ボールを回収して戻ってきてみれば、その後輩は待っていた。

 この有料道路末端であるここに、重量級の改造自転車を停め、突風に煽られて涼し気に目を細めていたところに気配を察知したか手を振る。休憩するついでにふらりと立ち寄った軽い感じではあるが、鍛錬の合間に様子を見に来たのは、キッカーの自分だけが一人でこなす合宿メニューだからだろう。

 

『調子はどうですか?』

 

 その汗が染みに染みて塩が浮き出てるシャツが、後輩がこなしてる鍛錬の過酷さを物語る。

 パスキャッチもブロックもこなすタイトエンドとして、午前に後衛と一緒に林の中で木々を守備に見立てたパス練に励み、午後には前衛と競争するように重量級改造自転車を漕いでいる。そのどちらも他の連中が1日がかりでこなす回数や量をやってのけているのだ。これには前衛も後衛も負けてたまるかと奮起してる(もう一人のタイトエンドも同じメニューをこなそうとしたが、半日と経たずにへばり切ってヒル魔に余計なことをすんなと的撃ちにされていた)。

 そんなことは億尾にも出しはしない後輩は、水分補給のスポドリを差し出しながら、世間話でもするかの調子で話し始める。

 

『まあ、ぼちぼちだな』

 

『そうですか。別に武蔵先輩のことを心配しているわけではありませんが、たまにはこちらに混ざってみませんか? 武蔵先輩も守備に参加してもらうこともありますから無駄にはなりませんし、気分転換にはなりますよ』

 

 重量級の改造自転車は、元は二人乗り用ではある。

 自分が乗るスペースは空いてるし、後輩の言う通り、別メニューに励むのもいい刺激となるだろう。

 

『いやあ、中々相乗りしてくれる人がいなくて。セナも一度は後ろに乗ってはくれたんですが、それ以降は誘ってもなんか遠慮されるんですよね。おかげで付き合ってくれるのはリコくらいで』

 

『いや、いい』

 

 断ると、中学時代からの後輩はがっくりと肩を落としてがっかりされた。

 ただ、セナが後輩との相乗りを遠慮する理由は、何となくだがわかる。ヒル魔のヤツから、夏合宿のアメリカ横断で、後輩が一人の女子を後ろに乗せていたことは聴いてはいる。自分もその手の話題には疎いと自覚はあるが、やはりここは相乗りを断るのが正解だろう。

 

『悪いな。俺はお前のように何でも器用にこなせるわけじゃないから、キックだけに専念したい』

 

 今は只管にボールを蹴り込んでおきたい。

 水分補給を済ませ、拾ってきたボールをセットする。黙々と再開の準備をするこちらへ、残念そうにしていた後輩の長門は、一転して明るい笑みを浮かべて言う。

 

 

『いいえ、悪くはないです。むしろ、キックしかしないなら、それをとことん極め抜いたらいいんじゃないんですか。ひとつのことを極限まで磨く。なんか、その方が職人らしくて、武蔵先輩には似合ってますよ』

 

 

 

 ~~~

 

 

 この瞬間、相手の猛攻を抑える味方の守りも、表に出さぬ苦闘を凌ぐ戦友の支えも、意識に入れない。

 ボールと、この右足に全ての集中を賭す。

 相手がボールを弾いてこようが、セットしたボールが傾いていようが、自分がすべきことはただひとつ。

 何としてでも、ゴールを決める。仲間たちの奮闘を決して無にしない。

 たとえ、相手がボールを弾いてこようが、その手を吹き飛ばして。

 たとえ、セットしたボールが傾いていようが、関係なく――

 

 ――セットされたボールに足の甲が当た(ふれ)る。

 

 その刹那に覚えた、若干のズレ。

 そして、走馬灯の如く過る、己の原点。

 

 

 

『ほら米軍基地の時、金網破ったあのキック力! 武蔵君ならすごいキッカーになれるよ~~!』

『俺の親父は人体生理学者でな。研究一筋で死んじまったが、いつも口癖のように言ってたよ。『アメフトのキック運動は大工作業能力に飛躍的な上昇効果をもたらす』ってな』

 

 いや、それはウソだろう……

 

『って、あれ? 将棋の棋士じゃ……』

『? なんだそりゃ……あー、ありゃテメーにカマかけんので適当ふいただけだ』

『結局、どれがホントなの……』

 

 ……家業の手伝いでな。部活してる時間は無ぇ。悪いが他当たってくれ。

 

『ケケケ、時間なんざどうにでもなる。寝るな。便所行く時間削れ垂れ流せ』

 

 

 

 強引な勧誘だった。

 何度断っても毎日のように勧誘してくるし、教科書や下駄箱にも誘い文句を満載に仕込まれた。

 家業が忙しいという理由で断れば、仕事場まで勝手に手伝いに来た。

 

『テメーの脅迫ネタなんざ採っちゃいねえんだよ糞ジジイ。脅して操ろうっつうんな類の輩じゃねえからだ』

 

 それでも、自分が引いた一線は、頑なに守る奴らだった。

 

 

 

『ケケケ、蹴りたくなる。これは蹴りたくなる。俺なら蹴る』

『ホホホント!?』

 

 

 

 ――ああ、そうだ。蹴りたくなる。

 通学路にいくつも並べられたボールの一つを後先のことを考えずに蹴っ飛ばしたのは、そんな衝動から。

 アメリカンフットボールを始めたきっかけは、この2人と夢を追うのが面白いと感じたからだ。

 故に、だ。

 この右足が――『60ヤードマグナム』をぶっ放すには、右足(キック)の一部と言えるくらい長く、濃い付き合いのヒル魔(おまえ)がお膳立てするボールホルダーじゃなくちゃならない。

 それが最高のキックだと証明するには結果を出すしかないのであれば、そうするまで。

 

 

『調子が悪いのなんざ一目で気づいてらぁ! だが、いつもより切れが悪いなら刃先を研ぎ直せばいいし、それでもカンナの掛け具合が違うってんのなら、こっちが掛け方を変えて合わせりゃいい。使いこなした道具の調子が悪かろうが、使えるなら使い尽くす、そんで、きっちり仕事を仕上げんのが職人としての腕の見せ所だ。そんな当然のことができねぇような道具頼みの甘ったれヒヨッ子は、この武蔵工務店には一人もいねぇぞ。

 ――お前もそれくらいさらっとできるようになんな、厳』

 

 

 あの時、糞親父が仕上げた滑らかな木の肌の繊細さを悟った指先の触感(タッチ)を、この足先に置き換え、更に凝縮するように。

 微かな差異に合わせるよう、蹴り足の角度をコンマ単位で変える。

 察知から修正まで、0.1秒にも満たない、ほぼ無意識の作業。

 

 そして、武蔵厳は、右足を振り抜いた。

 

 

 ~~~

 

 

『入ったァァァァ!! 9対7! 泥門デビルバッツ逆転です!!』

 

 

 一撃必殺と字幕でも出てきそうなモーション、凄まじい球威。

 東京ドームの中空を弾丸ライナーの如く突き抜けた荒れ球は、見事にゴールを決めた。

 

 

「こ……これが、『60ヤードマグナム』のムサシ……!」

 

 

 この関東大会において、No.1キッカー候補に挙がる泥門の武蔵厳。荒れ球のキックコントロールには若干の不安を抱えているものの、そのキック力は誰にも負けず、また、如何なるプレッシャーにも揺るがない精神力。

 このキックプレイに対し、観客席、東京地区No.1キッカーに選ばれた佐々木コータローは、滾るように目を光らせてから、櫛を入れる。

 ふん! これくらいスマートにやって当然だ。

 俺が強敵手と見定めた相手なんだからな!

 

 

「見たかァァ鎖男!」

「キックならこのオッサンの分だけこっちのが上なんだよ!」

「あ゛あ゛!?」

 

 

 挑発する黒木と戸叶、これに一気に沸点に達する猪狩。

 ちょうど手元にあった鎖をぐいっと引っ張る、『プリズンチェーン』の習性みたいなことをついしたら、その鎖は、泥門ベンチにいる犬……ケルベロスと名付けられた狂犬の首輪と繋がっており、ビーン、と引っ張る形に。

 これに怒らない狂犬ではない。

 突如とした始まった泥門の狂犬(イヌ科)VS王城の狂犬(ヒト科)の乱闘騒ぎに人の耳目が集まる最中、キックを決めたときの立ち位置のまま、二人は見合う。

 

 

(昔っから超理論屋のくせして、言ってることは夢丸出しだ。――そんな馬鹿を、俺と栗田は闇雲に信じてきたんだ)

 

 そして、ずっとその信頼を背負わせてきた。

 武蔵は、知っている。

 ヒル魔が司令塔として、ずっと一人で背負ってきたことを。

 『死んでも止めやがれ!』

 『決めねぇとブチ殺す!』

 仲間に檄を飛ばし、戦略的に博打を打つ。

 

 だから、ヒル魔妖一は、どんなに悪足搔きであっても、この苦境で指揮官がフィールドを離れるという判断を遠ざけてきたのだ。

 

 信じるというのは、仲間に命を、背中を預けること。指揮官としては、易々とできない真似だ。

 仲間が血を流すことが予見でき、それを見殺しにする真似ができない性分であるから、現場に居続ける。

 そんな無茶がいつまでも続かないことをわかっていてもだ。

 

 ただ、武蔵は知っている。

 

「ヒル魔、泥門デビルバッツは、強い」

 

 『弱いチームはつまらねぇからな』などと言って、セナらの誘いを断っていたくせに、どの口がほざくのかと思うが、こればかりは誰にも否定はできない、させはしない確固たる事実だ。

 

「1万3千297時間と49分遅刻しても、間に合うんだ。……少しくらい持ち場を離れたくらいで崩れる面子じゃない。デビルバッツも、俺達の大黒柱もな」

 

 途中でチームを離れた自分を信じろなどとは言えない。

 その文句を口にできる資格も能力もないことは承知している。

 だけど、このチームには常に指揮官の期待に応えてきた後輩(エース)がいる。

 

「去年の練習試合でも言っていたが、アレ……“進を長門が倒す”っつうのは、ハッタリでも何でもないんだろ」

 

 にやりと無骨な面を崩してやれば、チッと舌打ちして、ヒル魔妖一は集合の号令をかけた。

 

 

 ~~~

 

 

『………つーわけで、この糞右腕が本調子じゃねぇ。折れてはいねーだろうが、使いモンにはならねぇなこりゃ。だましだましやってきたが、王城の連中にも90%バレかかってるし、ここは完全にぶっ壊れちまう前に一旦下がる。ま、替えの腕のスペアでも何でも用意して、必ず、戻って来る。

 ――それまでは、糞カタナ、テメーが指揮を取れ』

 

 ヒル魔は、右腕の状態を皆に打ち明けた。

 それに気づいていたか、あるいは察していたか、大きく騒ぐことはなく、全員がその事実を深く呑み込んだ。

 

 

『いいか、テメェら。俺が戻ってくるまで、誰一人として死ぬんじゃねぇぞ』

 

 

 そのセリフを最後に、泥門の指揮官、ヒル魔妖一はフィールドから背を向けた。

 姉崎まもりがその付き添いについていき、本当に戻って来るのか不安になる一年らへ『ヒル魔なら必ず復活する』と栗田良寛が自らにも言い聞かせるように励まし、士気を支える。

 そして、バトンを託された長門村正は、離れていく先輩へひとり背を向けて、戦う相手を見据えていた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「きっと大丈夫よ。ヒル魔君が一人で意地張らなくても、大丈夫だよみんな」

 

 早足で急くヒル魔を、駆け足で追いながら姉崎は声をかける。

 合宿の時もそう。ハードな練習で体を痛めても、平気な顔をしている。痛いに決まっているくせに、喚いたところで治りはしねぇって頑なに言い張り、決して表には出さない。

 

「ゴシャゴシャうるせぇぞ、糞マネ」

 

「でも、ヒル魔君だって、皆のこと、長門君のことを信じてるから、彼に指揮を預けられたんでしょ。準決勝の白秋戦だってヒル魔君がいない間は、チームを指揮してたんだから」

 

 どうしてそこまで意地を張るのか、と少し唇を尖らせて言い返せば、いつもの、こちらを煽ってくるような笑みで、

 

「サア、どうだろうなァ。準決勝であれだけ暴れやがったんだ。当然研究されてるだろうし、王城は、糞カタナに指揮権が変わろうが、油断なんて微塵もしねぇ。俺が糞メガネでも、徹底的に潰す。きっと大人げなくイジメんだろうなァ。試合中に、ピーピー泣くかもしれねぇぞ、ケケケ」

 

 どうしてこの人は……。

 中学の時からの付き合いの長い後輩をこうも笑いものにできるんだろうか。

 地区大会の決勝前にネタバレされるまで、幼馴染のセナ=アイシールド21を想像できなかった自分だけども、彼に対するものは中々に屈折しているように思える。

 ちょっとは心配じゃないの? と姉崎はつい険のある目をしてしまう。

 

「ま、それで泣くようならちったぁ可愛げがあったんだがな」

 

 と言い捨てて、ヒル魔は目的地である医務室へ入る。

 

 

「いらっしゃい。女のカン……と予知呪術の通り、そろそろ来る頃だと思ったわ」

 

 

 医務室にいるはずのない、異様な気配漂う看護士が藁人形を携え、準備万端に待ち構えていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。