悪魔の妖刀   作:背番号88

56 / 58
53話

 振り下ろした右腕が、ヒル魔妖一の右腕を捉えるや否や瞬間に、その横槍は入った。

 凡人の己には、視界の端に捉えたそれに冷静な判断を降せる余裕もなく――反射的に、手が動いた。

 本能的な防衛反応。急所――己自身の急所などより、死んでも渡してはならない王城(チーム)急所(ボール)を、右手は守ろうとした。『無刀取り(ストリッピング)』の技能を有するこの男には、両腕で抱え込まなければボールは守れない。

 攻守一体の器官であり、常に人の意思に基づき、無意識下に動く手……だからこそ、その手自体を守ろうとする優先順位が低く、それ故にそれを狙った場合は、他より反応が遅れる。

 咄嗟に動くものを狙い当てるのは難しいだろうが、反射的な行動であるからこそその動きの軌道は途中で容易に変更できず、予測点がつけやすい。

 そして、突進と共に最短ルートを真っ直ぐに刺し貫くその一突きは、容易く凡人の感知を振り切った。

 

 後出しなのに、先手を取れるハンドスピード。

 身を呈して守ろうとしたボールより、ヒル魔妖一を狙ったその右腕を貫き――

 

 

 ~~~

 

 

「   ……っ!?」

 

 

 薄らと目を開ける。

 ぼやけた視界に映るのは、真っ白な、ドームの天井。

 数秒前の記憶が飛んでいるが、理解する。

 独断専行で挑んだ特攻は、潰されたのだ。

 続いて、被害状況を確認する。

 まず、ボールは…………左手がしかりと掴んでいた。

 よかった。これに内心安堵する。

 

 

「高見さん……っ!」

「タイムアウトだ!」

 

 

 声も、聴こえた。

 心配するチームメイトの顔をようやく認識した。庄司監督が審判に要請を出し、スタッフが担架を持ち出す。

 ――それは、ダメだ。

 まだ試合は終わっていない。ここで自分が退場してチームに混乱をもたらすようなことになれば、勝負は決してしまう。

 だから、起きるんだ、高見伊知郎……!

 

「!? 高見さん、大丈夫なんですか!?」

 

 上体を、起こす。

 フィールドにひどく叩きつけられてから、すぐ体を動かす様に心配されるが、この程度のこと、幾度となく体験してきたことだ。

 問題ない。

 自分は、まだ、闘える。

 ここで立ち止まっている場合じゃない。

 

「大丈夫、だ」

 

 掠れた声だがチームメイトに応え、駆け付けた審判にも無事をアピールしようとして、動かない。

 右腕が。

 

 

 ――右腕が、斬り飛ばされた。

 

 

 『護る為の殺意』を漲らせた『妖刀』の一閃を食らう刹那に観た、幻視、がフラッシュバックした。

 走馬灯のように高圧縮された情報量を受け入れるのに、視界が暗転しかけて――呑み込んだ。

 

 

「大丈夫です、試合続行できます」

 

 

 頭脳からの命令を、右手は受諾した。

 込み上がってくるものを全て握り潰すように、拳を作る。

 

 

 ~~~

 

 

「……チッ、ブチ潰せなかった」

 

 担架を拒否して、試合続行の意思を告げる高見に、ヒル魔は目を細める。

 順調にいっていれば、高見は担架に運ばれ、試合からフェードアウトするはずだった。

 そう、己をエサとして窮地に誘き寄せたまではよかったが、最後の止めを誤った。

 

「手ぬるい真似をしやがったな、糞カタナ」

「………」

 

 詰めの甘い後輩を、睨む。

 あの瞬間、長門には実行できたはずだ。

 高見の抵抗を掻い潜り、ボールを奪取することも、その右腕を破壊することも。

 追及に反応を返さない後輩に、苛立ちを交えながら、再度、責める。

 

「無駄に糞大声を上げやがって……あの用心深い糞メガネを潰せる千載一遇のチャンスをふいにしたってことをわかってんのか、糞カタナ」

 

「ああ、理解している」

 

 ヒル魔の要求は理解していたし、応えることはできた。

 ――そのためには、ヒル魔の右腕を見殺しにせざるを得なかった。

 

 気配を殺す疾駆(キャットラン)で接近していた長門が直前になって咆哮を発して存在感をアピールするような真似をしなければ、ヒル魔の右腕を潰そうとした高見に気付かれるのが遅れて、高見への(ヒル魔の)完璧な奇襲が成功するはずだった(守護が一手間に合わなかった)

 アレは今後の展開を分かつ、瀬戸際だった。

 それらの事情を一切合切承知して、尚も打つべき手を誤ったとヒル魔妖一は冷酷に評する。

 自分の右腕を犠牲にしてでも、貪欲に、勝ちを掴み取るべきだった、と。

 

金剛阿含(糞ドレッド)か、峨王力哉(糞原始人)なら躊躇なくブチ潰せただろうに、土壇場で日和っちまうテメェはやっぱり指揮官には向いちゃいねェ」

「ヒル魔!」

 

 一方的に長門が責め立てられる空気に沈黙していた泥門陣営だったが、これについに栗田が声を上げる。

 しかし、その栗田を手で制して、長門はヒル魔を睨み返す。

 

「……そうだな、まずは()()()()()ことを謝罪する」

 

 

 ~~~

 

 

「すまない」

 

 作戦前に、高見はチームへ頭を下げた。

 独断専行で、チームを窮地に追い込み、あわや、試合を終わらせるところだったこと。

 

「そんな、頭を下げないでください、高見先輩!?」

「そうです! それよりも腕は本当に大丈夫なんですか?」

「高見先輩の腕を折ろうとしやがった卑怯者の長門はこの俺が絶対ぶっ倒して――ぐぎゃ!?」

 

 謝罪に慌てて声をかける角屋敷、猫山、猪狩――の首に鎖を引っかけて吊り上げ(だまらせ)た大田原が、珍しくも渋面を作って言葉を返す。

 

「焦ったか、高見」

 

 数舜して頷く、高見。

 アメリカンフットボールは、球技であり、格闘技。相手の腕を折ることは戦術の一つとして認められ、それを卑怯と詰ることはできない。そもそも、先んじて仕掛けたのはこちらである。

 そのあたりの掘り下げをすれば、高見への非が重なるばかりとなるので、大田原は猪狩を躾けたが、それよりもまず最後の作戦会議を無為な弁明で終わらせたくはない。

 だから、大田原は主将としての厳かな面相を保ちながら、沙汰を待つ高見へひとつだけ問う。

 

「うむ。だが、高見を焦らせたのは、俺達が不甲斐ないせいか」

 

「それは、違う」

「でしたら、俺に、パスをください」

 

 主将と指揮官の会話に割って入ったのは、エース。

 高見が倒されるのを見て、誰よりも肝を冷やした桜庭は真っ直ぐに見つめ、要求する。

 

「桜庭……」

 

「どんなボールでも、誰が相手だろうと、高見さんが投げるパスは絶対に捕って見せます」

 

 

 ~~~

 

 

(まだ、俺を指揮官として認めてくれるのか)

 

 クォーターバックは、全ての攻撃の起点となる、いわば心臓部。

 それだけに失態は許されないし、チームの総意を無視したのならば猶更。だけど、このポジションに着くことを任された。

 3年生だから試合の最後まで出場させてやりたいという情けからではなく、この試合に最後まで勝とうと抗うために。

 

 ――これに、応じないわけにはいかない。

 

 桜庭は、理解していた。

 自分が独断でヒル魔妖一を潰そうと動いたのは、他が頼れなかったからだ。頼りにならないのではなく、頼りとしたくないという高見の甘さが招いた結果だ。そして、その甘さを抱かせたのは、桜庭達が彼に甘えていたせいともいえる。

 それが桜庭は何よりも認め難く、許せない。

 王城ホワイトナイツのエースとして、そして、相棒として、高見伊知郎の名誉挽回のために、如何なる困難も成し遂げる所存だ。

 

 3回目の攻撃で連続攻撃権を獲得できておらず、この4回目も不発で終われば、そこで試合が終わる局面で、最も警戒されているであろうパスプレイを強く推された。

 作戦暗号(ノーハドル)さえも要せずに、作戦は定まった。

 

(指揮官として失格なんだろうが、だが、俺が勝利のためにできることは、もう赤子のようにチームを信じることしかない……!)

 

 そして、ポジションにつき、眼前の相手を見据えた時、そこに鏡合わせの己(ひるまよういち)はいなかった。

 

 

 ~~~

 

 

「謝罪する。だが、その前にひとつ改めさせてもらう。

 ヒル魔先輩、アンタ、“死んでも勝つ”気だったのか、それとも、“死んで勝つ”気だったのか」

 

 ヒル魔を、睨む。

 長門の眼差しには、怒りにも似た感情が渦巻いていた。

 

「以前、指揮官としての手ほどきをしたときに確認したが……指揮官の代役がいるから、自分(テメェ)がその腕を折るほどの無茶がやれるって計算しているのか、それとも、無茶をする前に離脱できるって考えてるのか。……舌が二枚じゃ足りないアンタには、その回答は行動で示せと言ったが、これがそうか?」

 

 互いの夢を賭けた試合の後、デビルバッツの最強の札となることを宣言し、誰が相手だろうと勝つと決めつけて作戦を立てろと誓った。にもかかわらず、一人の犠牲を許容させるような作戦を立てさせたのなら、それを反故にしたのも同然で、こちらとしては謝るしかない。

 だが、あの作戦に従わなかったことに対しては、頭を下げるつもりはなかった。

 

 甘い、と責めるヒル魔を、長門は逆に責め立てる。

 そう、長門からすれば、あんな身勝手な捨て身は認め難いものだった。

 

「チームワークは、助け合えば成立するものではない。

 アンタは指示を出すとき、必ず“死ぬ気でやれ”と注文を付ける。自分ができることを死ぬ気でやって、次はテメェの番だ。できなきゃブチ殺す、ってくらいの気概があって、初めてチームワークというのが成立する、っつうのが、ヒル魔先輩の持論だろう。

 だが、“見殺しにしろ”、とまでの注文は受け付けちゃいない」

 

「はっ! この試合に勝つことより、先輩の身が大事だから情けをかけたっつうのか糞カタナ」

 

「違う」

 

 歯軋りさせる長門へ、余計なお世話だと言い捨てるヒル魔だが、否定される。

 

 

「“俺達の夢”に、ヒル魔先輩が必要だからだ」

 

 

 真っ向から、真っ直ぐに、打ち明ける。

 

「無論、ヒル魔先輩だけじゃない。栗田先輩、武蔵先輩、雪光先輩、セナ、モン太、大吉、十文字、黒木、戸叶、瀧、それに石丸先輩ら助っ人連中、姉崎先輩の支えや鈴音らの応援だって、必要だ」

 

 俺一人の力でかなうものじゃない、と。

 目指す道のりはそんな甘いものでないと再確認させる。

 

「散々、一人でも潰れたら夢が潰えるとかほざいておきながら、アンタだけは例外か。ふざけるな。勝手に楽しようとしてんじゃねぇよ。泥門を全国大会決勝(クリスマスボウル)に行かせて満足か。それで、帝黒に負けても、『俺はやるだけやった』とでもほざけるのか?

 いいや、違うだろ。

 アメリカンフットボールプレイヤーに敢闘賞はない。目標とするべきは、優勝、全国大会決勝(クリスマスボウル)で勝つことだ。

 確かに、この王城との戦いを制さなければ、前へは進めない。だが、その先に待つ帝黒に勝つには、泥門が万全でないと話にならない」

 

 長門村正は、帝黒学園に――大和猛に負けた。

 あの東西交流戦にて、大阪地区代表にあって、東京地区代表にはなかったその差が、明暗を分けた。

 一丸となれるチームでなければ勝てない、と痛感させられたのだ。

 

「チームメイト一人の犠牲を許容するようなチームじゃ、日本一にはなれない。こんな道半ばでリタイヤなんて真似させてたまるか。

 ここで死ぬのは冗談じゃない、もっと死に物狂いで闘い抜けよ、ヒル魔先輩」

 

 思い出すだけで、悔しさが湧く敗戦。

 この苦み走る経験を無為にする気はない。

 泥門デビルバッツが一人でもかけてしまえば、最強の強敵手と同じステージに立てない以上は、これを譲る気は長門にはない。

 

「賭けだ、ヒル魔先輩。指揮官としては無理難題、後輩としては厚顔無恥だが、言おう。

 ――ここから先は俺達に預けてアンタはベンチに下がってろ」

 

「あァ、いきなり何を言ってやがる。ンなのテメェが決めることじゃねぇ」

 

「だが、決めるまでもないことだろう。さっきのプレイでこちらの事情は悟られた以上、無理に怪我人を使ってもその効果はないし、王城相手にリスクを抑えるフォローに回る余裕はない」

 

 もはや腕の具合は、王城にはバレている。

 怪我人でしかない以上は守備の穴にされるだろうし、それ以上に無茶はさせられない。

 それでも、その指揮官を無視した戦力外通告に眉をひそめないヒル魔ではないが、チームを背負ってエースは不敵に笑み返す。

 

「それとも、怪我人の自分が無理をして出ないとならないくらいに、心配なのか? さっきの言葉を返すようだが、チームの勝利のために我が身を犠牲にする、なんて似合わない真似をしようとしているように見えるぞ」

 

 そう揶揄うように告げたかと思えば、潔く頭を下げられた。

 

「こんな賭けにビビらせるくらいに指揮官を日和らせた。仕方がない。俺が最強の札であると信じさせられなかったからな。残念ながら、進清十郎より上だと断言できるほどの活躍は見せてない。謝罪する。あの誓いを果たせずにいるこの体たらくは批難されてしかるべきだ。

 だからこそ、この難しい戦況で渡り合えているのなら、尚更、俺達(チーム)の強さを認めるべきだ」

 

 と真っ向から言い放つ男の目。

 一度は下げた頭を上げるとそこにあるのは、強い光。己が非は認めても尚通してくる我の強さが眼に宿っていた。

 

「そう簡単に認める気はないんだろう。だが、指揮官(アンタ)抜きでこの試合を勝てば、俺達が最強のチームだと否が応でも信じるしかないぞ」

 

 

 十文字一輝にとって、その背中が遠いと感じることは何度だってあった。

 天才、怪物だからか、それとも、メンタルが違うのか。悔しいが己よりも上の領域(ステージ)に立つ格上だ。

 そんな奴だから、この苦境で貴重な戦力を温存させるという、自らを不利に追い込むような真似ができるのか。

 

「はっ」

 

 いいや、確かに長門はモノが違う。

 色々なことがぶっ飛んでて、こっちの理解が追いつかないことだってある。

 だからって、アイツの、全国大会決勝で勝ちたいって意志までわからねぇで済ませるようになったら、それこそ選手として終わりだ。長門におんぶにだっこだって言われても反論できなくなる。

 

 ――勝ちたいのは、俺達も同じだ……!

 

「アメフト部を作ったアンタなりの責任の取り方なのかもしれねーが、俺らだってチームの誰かを生贄にするような真似はごめんだ」

 

 同意する。

 長門の言った台詞は全員が聞いた。

 “俺()が最強のチーム”という部分から、俺達の“最強(エース)”が俺達(チーム)を信頼するという意を全員が酌んでいる。

 エースのエゴに共感させられてしまえば、言い合う二人の間を彷徨っていた視線(いけん)は、ひとつに定められた(まとまった)

 

 

 コイツは、『妖刀』だ。

 気に入らなければ、主にも刃を向けるとんでもないじゃじゃ馬。

 しかも、その反骨の意思は周囲に伝播する。こちらとのやり取りをしながらも、その言葉はチーム全体に向けられたものだ。

 二人のやり取りを伺うだけだった面々も、今やアイツの背後でこちらを見ている。ああも魅せられているようでは、銃を突き付けて脅しても翻らないだろう。

 さっきとは逆転した状況に、ヒル魔は舌打ちする。

 

「指揮官を返上しておきながら、こうも勝手をほざけるとは、厚かましい野郎になったもんだなァ、糞カタナ」

 

「残念だが、この厚かましさはヒル魔先輩譲りだ」

 

 

 ~~~

 

 

 武蔵が、ラインバッカーに入り、栗田の後ろを固める。

 そして、中央で守備をしていた長門は後方へ下がり、ヒル魔に代わり最終防衛線たるセーフティを務める。

 一人を除いて満場一致で、そういうことになった。

 

「……何、笑ってやがる糞アル中」

 

 ベンチでそれを見やるヒル魔とは対照的に、徳利を呷る溝六は見るからにご機嫌だった。

 試合はまだ決していないというのに、何を面白がっているのか。反応するのも面倒な予感がしたが、視界の端でも目障りであるのでつい咎めれば、麻黄デビルバッツ結成時からの付き合いのあるトレーナーは懐かしむように目を細め、

 

「なに、ヒル魔がぐうの音が出ないほど言い負かされるのなんて、村正の勧誘を失敗した時以来だからな」

 

「え? そうなんですか?」

 

 話を聴いていた姉崎まもりが意外そうに目を瞠って、その昔話を掘り下げるよう見つめる。せがまれた溝六は一度徳利を呷ってからしみじみと回想する。

 

「なんか意外……でもないのかしら。ヒル魔君のことだから、てっきり脅迫手帳でも何でも使って強引に引き込んだのかと思ってたけど……」

 

「まあ、強引な手段には出てたが、脅迫だとかそう言ったことは一切しなかったな」

 

 ヒル魔妖一は、必要であれば手段を選ばない性格をしているが、一点、アメリカンフットボールという事柄には、常に真摯だ。

 そのアメリカンフットボールを本気で打ち込んでいる相手には、脅迫手帳に頼る真似はしない。

 

「何よりも、俺も村正が一目で逸材だとわかったが、ヒル魔にとってはそれ以上だったろうさ。だから、栗田と武蔵も巻き込んで、テメェの夢も全てを賭してでも口説き落としたんだ」

 

 アレは、デビルバッツとして、初めて負けられない試合だった。

 あの互いの譲れぬ(モノ)を賭けた闘争を経たからこそ、今がある。この王城ホワイトナイツとの負けられない試合、夢を賭した大舞台に、あの時の最強の相手がこちら側に立つ。

 その光景が、なんとも感慨深く、溝六には眩しく映るのだ。

 

「ヒル魔よ、お前がほれ込んだ逸材は、今やデビルバッツの柱になった。そして、デビルバッツは本気で日本一になろうとしている。だから、それを今は見届けてやんな」

 

 右膝の古傷を摩りながら、溝六は先人として示す。

 これを口にすれば、ひねくれた性格をしているのでますますへそを曲げるかもしれないが。

 一人突っ走って自滅するような馬鹿を諫める相手がいることが、どれだけ有り難いことかを知るだけに、この誤解だけはさせまい。

 

 ヒル魔(おまえ)だけが遮二無二にならなくてもいい。

 信じろ、などとは言わないが、それでも認めてもいいだろう。

 あそこに立つのは、本気で夢を掴み取ろうとしている連中だということくらいは。

 

「……ケケケ、あれだけ大見得切ってくれた糞カタナが『ヒ、ヒィ~~!? やっぱダメでした~~!?』って糞チビみたいに泣きついてくんのは、そりゃあ見物だろうなァ……! 二度と逆らう気が起きなくさせるくらいの醜態をさらしてくれた方が、ちょっとは利口になって扱い易くなって助かる」

「もうヒル魔君ってば! 少しは素直になれないの!」

 

 嘲笑うかのような態度におかんむりとなったマネージャーの説教を軽くあしらいながらも、自身と同じく戦場に往くチームを見送ったまま、この会話の最中でも一片も揺らいではいないその視線を、溝六は視界の端で捉えながらまた徳利を呷った。

 

 

 ~~~

 

 

「つくづく、贅沢な野郎だ」

 

 横から聞こえたそのボヤキに、賊学カメレオンズのマネージャーである露峰メグが振り向けば、既に葉柱ルイは背を向けていた。

 

「勝ってはいても、王城の方がチーム力では上だ。一手でもヘマをすれば逆転さ(やら)れるってわかってんなら、千載一遇の好機を確実にモノにしておくべきだっつうのに。後輩共を従順なコマにできなかったその詰めの甘さを後で悔やんでも遅せぇんだよ」

 

 言いながら観客席から離れようとする葉柱だが、試合は終盤で、このプレイで決着がつくかもしれない局面だ。露峰はつい呼び止める。

 

「どこ行くんだよ、葉柱……「来んな!!」」

 

 それを拒絶して、葉柱は去った。

 背を向けたまま。彼女にその顔を見せぬまま……

 

 

 同じ恐怖政治でチームを支配してきたはずだ。

 なのに、違う。カメレオンズと違って、デビルバッツはワンマンチームにはならなかった。

 “独裁者”にも負けないくらい、本気の連中が揃っている。賊学が途中で勝つことを諦めたあの王城相手に微塵も臆さず、本気で勝ちに来ている連中だ。

 それだけでも目が眩む思いがしたというのに。

 ああ、そうだ。あんな連中なら、あんな連中を勝たせるためなら、腕の一本くらい安いもんだと言えるだろう。俺でも同じ選択を獲る。

 だが、そうはならなかった。そう、絶対の支配者だろうと反論できる相手が、デビルバッツにはいるのだ。

 独り善がりな思い上がりだと糺されて、負けぬくらいの熱量を込めて自らの(エゴ)語っ(ぶつけ)て来る様を見せつけられては、もはや平静は装うのも限界だ。

 

「カッ! 恐怖政治に失敗して、チームを奪われて、ざまあねぇ。ざまあねぇよ! 力及ばず、実権奪われる“独裁者”なんざ無様もいいとこだろ、なあ!」

 

 羨んでいる。

 妬んでいる。

 滑稽だととことん嘲笑って、しかし、その在り方が間違った、だなんて言えない。

 ヒル魔妖一というあり方に共感している男は、まだこの試合も終わってない、全国大会優勝の夢も叶ってない、そもそも自分のことでもないのに、抑えきれぬ感情がその目からあふれ出ていた。

 

「チームを……託したんだろ。ああ、託せたんだろうが。だったら、出しゃばらずに見届けてろよ、糞贅沢モン」

 

 

 ~~~

 

 

「なるほど、そういうことか……」

 

 ベンチに下がった同類(ヒル魔)をしばらく見つめ、目を瞑る。

 デビルバッツ(ヒル魔)は、そういう選択をしたのかと理解し、呑み込んだ。

 己は最後まで司令官として戦場に立ったが、彼はチームに迷惑をかける前に下がった。

 それを意外だと思っても、失策だとは思わない。

 アレも一つの作戦(かけ)だ。司令塔という役目を放棄したのでは決してない。この試合の決着をチームに委ねるという、一司令官としては何よりもし難い選択である。

 そして、何よりも、結果がすべてだ。

 失策などと評するのは、試合の後。

 アメリカンフットボールは、勝った方が正解なのだから。

 

「SET! HUTHUT……――」

 

 ()()()()()

 

 どれだけ表情筋を御そうが薄らとこめかみに脂汗が滲む。

 それでもアメフトのボールは楕円形、迷いを抱えた腕で振るっては、真っ直ぐに飛ばせない。

 だから、躊躇わない。

 6年間積んできた練習量と味方を、信じ切る!

 

 

「っ……!」

 

 大田原からボールがスナップされる。

 それを受け取るや否や構える(わずかにはがみする)高見。

 

 直前の作戦暗号(ノーハドル)はない。必要がない。

 何故ならここで切る札は、王城ホワイトナイツ最強の攻撃以外にない。

 攻城兵器(カタパルト)の如き投球フォームから放たれるのは、高速・高弾道のパス。

 

 

『マークについたモン太を振り切ったっ! 桜庭、独走態勢――!!』

「……ちっきしょ!?」

 

 スタートダッシュから一気にフリーとなった王城の花形(エース)

 飛来するボールに背を向けたまま、跳ぶ。誰にも邪魔されることなく、天高く頭上に両手を伸ばし――掴み取る。

 

 俺だって、やってやる!

 高さで負けない――キャッチでも負けない!

 捕るんだ! 何万と捕ってきた高見さんのパスを……!

 

 

『『ツインタワー剛弓(アロー)』の、頭上(オーバーヘッド)キャッチ! スーパープレイが炸裂だーー!』

 

 

 完璧、だった。

 この窮地において、この試合一番のパフォーマンス。

 あれは、呆然と見上げるしかない。あのパスキャッチはたとえ体力が万全(MAX)でも届きようがないとモン太に衝撃を叩きつけた。

 観客が、湧く。

 そして、理想的なランアフターキャッチに入った桜庭は、更に前進せんとフィールドを駆ける。

 

 

「見事だ。だが、ここで終わりだ、桜庭春人」

 

 

 ――最終防衛線が、迫る。

 

「くっ――」

 

 ぞくり、と背筋が震えて、大きく鼓動が跳ねる。

 本能的に危険信号を発する強者の気配は間違いない。長門だ。

 彼の間合いに踏み入る以前から、桜庭は圧迫感を覚えた。重圧、と言い換えてもいい。目には見えない力が自身を圧し潰さんと働いているような、そんな錯覚を覚えるほど。ただ見られるだけで足が竦みかねないほどの威圧感を叩きつける長門に、桜庭は息を呑む。

 だが、戦えば間違いなく殺される『妖刀』を目前としながら、前進は止まらない。

 

 前に行かなければ、勝てない。

 そして、俺には最強の守護神(エース)がついている。

 

「桜庭はやらせん、長門!」

 

 血路を切り開かんと、進が前を往く。

 それだけで圧迫感は霧散した。

 

 この試合で、幾度となく鎬を削った両チーム最強の両雄。

 最初からフルスロットルで闘い通してきた進化する怪物は、この終盤においてもパフォーマンスは落ちることなく、天井知らずに最高潮(ピーク)を更新し続ける。

 

(!? 沈んだ……!)

 

 長門の体が、上下(たて)弾む(ブレる)

 リードブロッカーに当たる直前で身体を沈め、的を小さくする疾駆。

 長門の狙いは、自分(しん)、ではない。桜庭だ。泥門はここで桜庭を潰せれば勝利。4回の攻撃権で10ヤードの前進ができなければ、攻撃権は相手方に移る。であれば、邪魔な盾を躱して、本命を仕留めることが目標のはず。

 

(いや、違う。これは――)

 

 上下に弾んで狙いを絞らせずに、左右に曲が――らず。

 身体の発条を十全に弾ませて縦にブレる走りから繋げて、(しん)の下から掬い上げるような地摺り正眼。

 

 

「長門が、『リップ』だと……!?」

 

 鬼平が目を見開く。

 相手の斜め下から肘と腕を使って相手をかち上げる技術だが、長身の長門には不向きだ。

 しかし、長門は自身より背の低い進の下から腕を振り上げている。天性の発条を活かすことで条理を覆して繰り出したのだ。

 古強者(ベテラン)であるからこそ、これは意表を突かれ易い。

 身長差から上段からの叩きつけ(スイム)を警戒しているであろう進はこれをもろに食ら――わず。

 

 

「止めた! 流石進だ! 長門の動きを見切っていた!」

 

 番場にも予想し得なかったが、進清十郎の眼力は一切弛み(すき)がない。

 定石外れの一手も見逃さずに、対応する。

 斜め下から逆袈裟に振り抜かれた手刀に、両腕を盾にして受けて――浮く。

 

 

「進の身体が、浮いた!?」

 

 受け止めたはずなのに、止まらない。強引に、障害を破る。

 驚嘆するマルコだったが、隣の席で獰猛に嗤う気配に思い直す。

 進と長門。両者共にパワーとスピードに優れたパーフェクトプレイヤーという評だが、スピードであれば進が勝り、パワーであれば長門が勝る。

 真っ向からの競り合い。力勝負の土俵となれば、長門に軍配が上がるのは道理だ。

 更に言えば、全身の発条で弾みをつけたかち上げの威力は、峨王でさえも受け切れるか――そう、長門は、進に見破られることを前提に、それでも尚、食い破らんと全身全霊の一撃を繰り出したのだとわかる。

 

 

「―――」

 

 進は、全てを承知していた。

 桜庭を護らなければならない以上、躱すという選択肢はなく、長門の力に対し受けて立つしかない。

 身体が、完全に浮けば、もはや抗いようがない。盾であるこの身ごと、桜庭を圧し潰さんとすることだろう。体格も腕力も己より上のこの男ならばそれは可能だ。

 それら全て承知し、背水の陣を敷いた上で覚悟を深めた。

 

 長門――桜庭を護る為に、俺が貴様を破壊する……!

 

「おおおおおおお――!!!!!」

 

 試合前から、抱いていた。

 それは闘争を経る毎に熱く、より強い思いとなり、ついには胸の内には留めきれなくなった、戦士としての闘争本能。

 

 

「進がここまで闘志を――いや、“殺意”を剥き出しにするとは……!」

 

 庄司軍平が知る、進清十郎は常に冷静沈着だった。

 しかし、この試合ではその評価を覆すことばかりだ。試合開始から溢れ出さんばかりの闘志を放ち、試合の最中にも成長する強敵手に刺激を受け、更なる高みへ昇り詰める。

 奥底にこれほどの感情(もの)を眠らせていたとは、普段の彼を知る人間なら誰しも驚嘆することだろう。

 そして、今……アイシールド21に敗れたばかり。敗北を糧として、己の情動をより燃え上がらせている。それまで表に出ることはなかった、何が何でもこの相手に勝ちたいという強い想いが、その雄叫び(くち)以上に訴える目から迸っていた。

 

 ああ、そうだ。

 選手をより強くするには、指導者だけでは足りない。己と高め合える強敵手こそが重要なのだ。

 

「限界を超えろ、進。今のお前ならば、どこまでも強くなれる」

 

 

「とんでもねぇ野郎だ」

 

 溝六が、思わず唸る。

 見ていた。長門の『リップ』を受けた進の踵が、確かにフィールドから離れたのを。

 そこから、脚力に任せて、一度浮いた体勢から強引に地面に踏み抜いたのを。

 普通はあそこで決まっていたはずなのに、踏み止まる進の気迫に息を呑む。あの男を倒すことは不可能とさえ思ってしまう。

 

「いいや、駆け引きはまだこれで終わりじゃねぇ。糞カタナは、力押し一辺倒で進を仕留められるなんて考えるほど温い奴じゃねぇからな」

 

 

 ~~~

 

 

 ――雷の如き一撃が、強かに打ち抜いた。

 

 

「な……っ!?」

 

 何が起こったか、わからない。

 ただ、今の自分は長門に体勢を崩されている。

 

 

 ~~~

 

 

「あ゛~……うぜぇ。修行オタのくせに甘ちゃん野郎に良いようにやられてるじゃねーか」

 

 観客席から見ていた阿含には“進を真っ向から不意打った”その全容が知れた。

 進を強かに打ち抜いたのは、『スイム』だ。

 長門は右のかち上げ(リップ)を打ち込みながら、同時に左の振り下ろし(スイム)も仕掛けていた。

 オーバーハンドで空を泳ぐ腕の軌道は弧を描き、相手の上方の視野の外から叩き下ろされる、唐竹割の如き一打。『リップ』をした直後で意識が下に行っていたから猶更死角に入っていただろう。

 観客席から俯瞰的に見れたからこそその流れは把握できたが、フィールドで視野を制限されるヘルメットをつけていては、小賢しい駆け引きへの察知が鈍るのはどうしようもない。

 一動作でも見せれば見透かされる眼力があっても、見えない死角からならば反応はできない。それは、『神速の超反応(インパルス)』という才能があっても同じ。

 もし、あそこに立っていたのが、進ではなく自分であったなら……――

 

『『百年に一人の天才』だろうが、一年以上もサボってる鈍に俺は負けん!』

 

 想像(おもいだ)しかけたことを噛み潰すように歯軋りさせるが、両雄の衝突から目は逸らさない。

 己を外野に置いて、No.1争いをする光景を、心底腹立たしく思いながらも。

 

 

 ~~~

 

 

 地擦り正眼の『リップ』で重心を揺らがし、相手が体勢を立て直そうと踏み込む――その瞬間に、大上段から不意打ちの『スイム』。

 浮いた重心を沈める動作に合わせた叩きつけは、ダメ出しにして、後押し。『蜘蛛の毒』と同様に、相手の力を利用している。踏ん張りが強い程、体勢は崩れる技だ。

 

「っ、これでも勝ち切れないか、進清十郎!」

 

 己の土俵ともいえる格闘戦を制し、相手に膝をつかせた。しかし、腰を捕られた。

 倒されることさえも想定していた進は倒されながらも、長門にしがみつくことができた。脚がフィールドを擦りながらも、しかと両腕を腰に回し、自らを重石として阻む。

 

「行け、桜庭!」

「ああ!」

 

 これほどに必死に足掻く進は、見たことがない。

 だが、ラインマンとして屈辱的な青天となろうが体を張って抑えた大田原誠を思えば、当然のことだ。

 チームを勝たせるために、己の全てを賭す。仲間を守護するために限界を超えんとする馬鹿力が、『妖刀』を抑え止める。

 

「だが、俺を抑えても“二の矢”は抑えられん」

 

 

 ~~~

 

 

 ――流星の如き、駆ける閃光。

 

 

 ~~~

 

 

 光速の脚。

 追いつけるのは、同じ光速の脚をもつ進のみだが、その進は長門を相手している。

 だから、桜庭はこの特攻から逃れることはできない。

 

 泥門デビルバッツの最終防衛線(セーフティ)は、長門だけではない。

 

(僕には……急加速してタックルするみたいな『トライデントタックル』はできない)

 

 だからといって、自分のパワーでは止められない。

 実際、この試合で捕まえることはできても桜庭のランを止め切れなかった。

 

(だから、足を溜めて――進さんにぶつかった時のように溜めて――溜めて……!)

 

 地を、蹴る。

 練習量にあかせた力ずくのチェンジ・オブ・ペースから解き放つ爆速特攻。

 

『その、2人に訊きたいんですが……守る時、背が高くて体格のいいランナーと僕みたいなチビだったら、どっちが止めにくいですか?』

 

 地区大会二回戦後、焼き肉屋での問答がセナの脳裏に過る。

 その回答通り、桜庭春人は、背が高くて体格の良い選手だ。中途半端なタックルでは止まらなかった。

 

『……当たりの強さは体格のみがすべてを決めるわけではない。最後の決め手は怯まない精神力だ。闘う前から劣等感に苛まれているようでは、勝機はないな』

 

 その上で、進が付け加えたその要素。

 スピードで優っていても、自分よりも背が高く、体格のいい相手を止めるには、全身全霊でぶつかりにいく。だけでは、足りない。

 

 僕は、なると決めたんだ。『アイシールド21』に……!

 

 この闘いに挑む意思が、更なる強さを欲し、不敗の走りへと手を伸ばす……!

 

 

「超加速して、4秒2の光速スピードのまま、更に身体を倒した……!」

 

 思い描く最強の像を投影せんとしたセナの動きが、これまでと変わる。

 時代最強の走者(アイシールド21)の威風を纏う。超スピードのまま前傾姿勢となって相手に飛び掛かるその姿が、重なる。

 すなわち、“本物(大和猛)”が、東西交流戦で見せたあの『帝王の突撃(シーザーズチャージ)』へと。

 

 

「かっ……――」

 

 直球力勝負。

 4秒2の人間砲弾を真っ向から受けた威力は、桜庭から呼吸を奪った。

 息が、できない……!?

 小柄な体格からは想像できない破壊力に、大きく揺さぶられる。

 強引に突破できると踏んでいた思考が吹き飛ぶ。

 長門と比較すれば、なんてのはセナへの侮りであり、己の驕り、甘い考えだった。

 桜庭の脚が、止まり、かけた。

 が、一歩、前へ……!

 

 負けられない。負けられないんだ!

 俺は、王城ホワイトナイツのエースとして託されたんだ……!

 

 執念。

 ここで連続攻撃権(ファーストダウン)を獲得しなければ、王城の負けが確定する。

 だから、何としてでも合計10ヤードに達さなければならない。

 セナのタックルに軋む筋骨の悲鳴を無視し、桜庭は前進する。決して怯まない精神力が、ここで膝をつくことを拒絶した。

 

 あと、1ヤード……! 1ヤード、粘り切ってやる……!

 

 左半身にセナがしがみついたままだが、体格では桜庭が有利。強引にでも進む。

 

 

「流石だ、桜庭春人。渾身のタックルでも沈められないとはな。――だが、まだだ。『射手座』を落とす“矢”は3本ある」

 

 

 一の矢(ながと)が護りを抉じ開け、二の矢(セナ)が『射手座』を縫い付けた。

 そして、“三の矢”が奪いに来る。

 

 

「一度振り切られたくらいで諦めるタマだと思っているのなら痛い目を見るぞ。――そうだよな、モン太」

 

 

 ~~~

 

 

 決して無視していい相手ではないのは、わかっていた。

 それでも、長門村正のプレッシャー、小早川セナのタックルに桜庭の強敵手――雷門太郎から意識が外れたのは事実だった。

 

 パスキャッチは、見逃した。

 空中戦すら成立せずに目前でキャッチされたのは悔しいことこの上ないが、競り合いに浪費する分の体力をこの追走に注ぎ込むことができた。

 だから、長門とセナが作ってくれたこの好機に間に合った。

 

(このチャンスMAX、絶対に逃さねぇ……っ!)

 

 桜庭は左側をセナに抑えられ、右手だけでボールを持っている――『キャッチの達人』からすれば無防備だ。

 

 

「桜庭ーーー! 後ろや後ろ! 後ろからモン太が来とるでーーー!」

 

 

 虎吉の声――……っ! モン太!?

 

 桜庭はモン太の接近に気付くが、セナに左腕を抑えらえている。片腕を使えず、ボールを抱え込むこともできない隙だらけな桜庭に、モン太は直感的に、奪い取れる、と覚り、手を伸ばす――

 

 

「やらせるか!」

「っ!?」

 

 

 ボールを捕らえていたモン太の視界が、傾く。いや、視界が、じゃない、身体が倒されている。

 音もなく忍び寄ったブロックによって。

 

 

『『射手座』で来ることは、泥門にもわかっている。だから、猫山もフォローに入ってくれ』

 

 

 高見さんの読みが、勝った。

 あのままモン太に迫られていたら、桜庭先輩はボールを奪われていたかもしれなかった……!

 

 だけど、こうなることを予見していた指揮官からの指示があったからこそ猫山はいち早く動くことができた。

 『キャットラン』に不意を突かれたモン太を抑えながら、猫山は叫んだ。

 

「モン太は俺が抑えます! 行ってください、桜庭先輩!」

「猫山!」

 

「畜生……っ!」

「モン太!」

 

 モン太が倒されるのを見て、動揺したセナ。

 その隙を逃さず、仲間達の後押しを背に受けた桜庭は拘束を強引に振り払って、跳んだ。

 

「おおおおおおお――!!」

 

 セナの拘束を強引に振り払って、体勢を崩しながらも跳ぶ。

 横にも(たか)い身体を倒し、ボールを持った右腕を限界にまで伸ばす。

 受け身のことなど頭の中になかった。あるのは、目標とする1ヤード先の白線より、1cmでも先の地点に、このボールの先端を届かせることのみ。

 そして――

 

 

 ~~~

 

 

『――王城、ファーストダウン獲得!』

 

 

 ~~~

 

 

『王城ホワイトナイツ、連続パス成功! 起死回生のミラクルプレイに続いて、またもパスキャッチしたのは、桜庭選手です!』

 

 

 大いに沸き立つ観衆の中で、ひときわ目を輝かせる男がいた。

 

 やっぱり、桜庭ちゃんはすごい!!

 

 芸能プロダクション『ジャリプロ』の社長にして、桜庭春人のマネージャー、ミラクル伊藤。

 桜庭春人の内に秘めた魅力にティンと気づき、この原石を磨き上げることを一プロデューサーの使命とした男だ。

 アイドルとして一から育ててきただけにその思い入れは深く、時にはその身を呈して暴漢から庇ったこともあった。一度は食い違ってしまったことがあったが、桜庭の意向に沿うようにアイドル路線からイケメンスポーツ選手路線へ方針を変えたりもした。

 それだけ桜庭の可能性に賭けてきたのだ。

 

『うちのシマ荒らしてんじゃねーぞ! テメーみてぇなぺーぺーの事務所がよ』

『おい、そこの三流モデルにもヤキ入れとけ』

 

『! ダ~~~メよ、ウチの商品にだけは手ェ出しちゃ……!!』

 

 傷一つだってつけられないと保護してきた彼が、あんなにボロボロの姿で、我武者羅なのに惹きつけられる。

 

 僕が見出したアイドルが、コンサートドームでライブをすることをずっと夢見ていた。

 

 容姿はイケメンでアイドルとして十分に通用する。運動神経だってある。ただちょっと歌唱力に難があるけど、それくらいはどうとでもフォローできる(誤魔化せる)

 でも、それは桜庭がアメリカンフットボール選手として活躍したいという意思の前に白紙(ぽしゃん)となった。

 コンサートライブは夢だけど、それは僕の夢だ。

 アイドルを光り輝かせることこそがプロデューサーの仕事である以上は優先すべきはアイドル自身だからこそ、それは諦めた。

 諦めた。

 そう、断念したはずなのに、目前に広がる光景にのめり込んでしまう。

 

 

『桜庭くぅぅぅぅん!!』

『桜庭ァァァァ!』

『いっけー、さっくらばー!!』

 

 

 もしその目に照明機能があれば、そのスポットライトは桜庭春人を捉えて決して離れなかっただろう。それほどに夢中だった。

 だって、誰も彼も桜庭春人を指名(コール)している。彼の魅せる活躍が皆を虜にしているのだ。

 他の選手を応援する声もあるけど、桜庭春人を推す声が最も多く、大きく、力強かった。

 

 ああ、まるで……そう、まるで東京ドームでの一大ライブ!

 思い描いていたのとはちょっと違う形だけど、夢が叶ったみたいじゃないか!

 

 これが劇場ならば、桜庭春人は花形(センター)だ。

 

 これが物語ならば、桜庭春人は主役(メイン)だ。

 

 ここが戦場ならば、桜庭春人は英雄(ヒーロー)だ。

 

 王城ホワイトナイツのエースにして、『ジャリプロ』が誇るスーパースターが活躍しているのだ。

 だったら、ここからの展開(シナリオ)は、大逆転劇以外はありえない!

 

「最っ高に輝いてるよ、さ~~くらばちゃああん!!」

 

 

 ~~~

 

 

『と、止まりません! 桜庭くん、怒涛の快進撃ッッ! ゴールラインまで残り10ヤード!』

 

 30-20。

 一度タッチダウンを奪われたくらいで逆転されないくらいの点差はつけている。

 だが、試合の流れは持っていかれている。

 

『王城! 王城!』

『いっけー、桜庭ー!』

 

『『『『『S、A、K、U、R、A、B、A――桜庭、ファイト!』』』』』

『もっともっと声上げて! 皆で桜庭ちゃんのスーパープレイに合いの手入れて応えていこう!』

 

 応援団(チア)に観客達も一体となったかのような盛り上がり。

 ゴールラインに近づけば近づくほど観客席のボルテージは高まり、それに比例して声量も増す。

 これには実況のマシンガン真田も圧されっ放しで。

 

『放送席付近はもう実況が困難なほどです! 観客達の期待に応えんばかりに王城ホワイトナイツ、逆転劇を成すのか!!』

 

 王城にとっては追い風だが、敵役となった泥門には逆風の声援。

 冷静にプレイをしなければならない場面なのに、高騰する期待値を実感してしまい、焦りが生まれる。声援に全身を叩かれては拍動を早まり、呼吸は整わなくなる。

 途中で1人戦線離脱した少数チームにとってはギリギリの試合展開で、既に限界だった面子を圧し潰すには十分だった。

 

「―――」

「! モン太!?」

 

 がくん、と糸が切れたように頽れたのはモン太。

 今や中心となった桜庭春人に1人迫り続けたモン太だったが、ついに限界が訪れた。

 

「   っ、   !」

 

 口が開いても、声にならない。

 まだやれる、と訴えたいのだろうが、セナらは目を瞑るしかない。

 もはや気合でどうこうなる状態ではなく、ベンチに下がることを余儀なくされる。

 

「どどどうしよう、モン太君の代わりに誰か入らないと……」

 

 担架で運ばれるモン太を見やりながら、主将として栗田は決断を迫られる。

 ベンチには重佐武、山岡、佐竹ら助っ人たちがいる。

 しかし、助っ人たちは会場全体の雰囲気に対して畏縮していた。相撲部の重佐武は体を小さくして固まっており、バスケ部の山岡と佐竹は互いに忙しなく視線を振っては顔を横に振る。疲労困憊なのもあるのだろうが、修羅場を潜り抜けてきたアメフト部の正部員と比べて、明らかに落ち着きがない。

 頼りには、できない。

 けど、今の王城の勢いを止めるには、少しでも戦力が必要で、モン太の穴埋めをできるくらいの総合力を持つのは、ヒル魔――

 

「長門君」

 

 泥門の指揮決定権を握る長門は、栗田と同じようにヒル魔を見て……あっさりと、視線を素通りさせた。

 

 

「雪光先輩、モン太に代わって、守備に入ってください」

 

 

 ~~~

 

 

 僕を、見た。

 攻撃専門のレシーバーだけど、守備経験はない。パスキャッチを除けば総合力は助っ人にも劣り、スタミナも切れかけている。

 冷静に自己分析すれば候補から外れて当然。

 だから、こちらを見やる眼差しは、勘違いかと思った。

 だけど、長門君は、他の誰でもなく、雪光学(ぼく)を呼んでいる。

 

 

「なに、ボケッとしやがってる糞ハゲ。指名されてんのは、16番、テメェだ」

「う、うん!」

 

 

 腰を上げずに呆けているこちらにヒル魔君は言う。

 拳銃突きつけて急かすような真似こそしないが、特別、この選択に不満は抱いてないように見える。むしろ、面白そうにしてさえいる。

 その理由はわからないが、ほんの数秒、長門君と視線を交わしたヒル魔君には納得できる何かがあるのだろう。

 ベンチから立ち上がり、仲間達が待つフィールドへ向かう。

 その途中、

 

 

「雪、光   先輩     お願い  しま す」

 

 

 担架で運ばれるモン太君が、ごく微かな気力を振り絞ったとわかるその掠れた声で託した。

 

「――うん。任せて」

 

 

 そして、戦列に加わった僕に、長門君は言う。

 

 

「モン太に代わって守備に入ってもらいますが、ただ、率直に言うと……雪光先輩では、桜庭春人の相手にはなりません」

 

 

 ~~~

 

 

 モン太に代わって入るのは、守備経験のない雪光か……

 

 能力値だけを見れば、不適切だ。

 長門はこういう非合理的な選択を取るが、それにヒル魔は口出しする気はないようだ。

 己に近しいヒル魔の黙認を、高見は訝しむが、侮る気はない。

 しかし、いずれにせよ、ベンチにいる面子では、桜庭の相手にはならない――

 

『おおっと! モン太君に代わって桜庭君のマークにつくのは、長門君だ!』

 

 

 対峙した相手に、桜庭は瞠目した。

 自分の前にいるのは、間違いない。長門だ。

 

「意外か? まさか、“俺がやられっ放しのまま傍観する”なんて、楽観視していたわけではないよな」

 

「っ。そうだね」

 

 試合前の作戦会議で、桜庭のマッチアップにつく最有力はモン太が予想されていたが、候補には長門の名前も挙がった。

 泥門守備の要である長門を中核から動かすのはそれ相応にリスクが高い。だが、長門は桜庭を最も封殺し得る最強のカード。リスクよりもリターンを獲る泥門ならば、あり得る想定だ。

 

「思い出す。あの東西交流戦でのラストプレイを。桜庭春人を中心になって促されるこのうねりを」

 

 “敗北”を述懐し――獰猛に牙を剥く。

 

「改めて、思い出された――俺は、それに勝ちに来た、ってな」

 

 宣誓にして、宣告。

 “最強の好敵手(やまとたける)”に設定された桜庭に向けられる『妖刀』の鬼気(プレッシャー)が一段と跳ね上がる。

 しかし、桜庭も臆さずに睨み返す。

 

「望むところだ。俺だって、No.1レシーバーになりに来たんだ!」

 

 ベンチからモン太、観客席から一休、鉄馬が注目する。

 関東四強の桜庭が、頂点と相対する。空中戦最強を名乗るのならば、ここは避けては通れない。

 

 

「長門がなんや! 桜庭なら勝てる! 桜庭はNo.1レシーバーなんや、誰にも負けへん!!」

 

 

 拳を握る右手には、『ぜったいクリスマスボウル!! 虎吉』と書かれたリストバンド。

 彼の夢を背負ったヒーローとして、この期待に応えたい。そう、これは絶体絶命のピンチではなく、夢を叶えるチャンスなのだ。

 

 

 ~~~

 

 

「がっ――」

 

 『妖刀』が騎士の心臓を貫いた。

 

 

 ~~~

 

 

『警戒すべきは、高さだけじゃない。長門は格闘能力に長けている』

 

 マークにつかれたら、まず凶打(バンプ)を警戒するべきだ、と試合前の練習で進は忠告していた。

 その通りだ。

 長門はこれまで狙った相手を仕留めてきている。

 NASA高校のワットしかり、西部高校の鉄馬しかり、彼らを沈めてきた光景は見てきた。

 だから、当然、気を張って、一挙手一投足に注意していた。

 なのに、反応できなかった。

 

 油断、した……っ!

 

 

 桜庭のマークについたのは、長門、だけではなかった。

 プレイの瞬間に、最後方からアイシールド21が、桜庭に全速力で迫ってきたのだ。

 

『なっ……!! セナも桜庭のマークを……!?』

 

 長門との1対1に気を取られていた桜庭には想定外で、そして、先程受けた光速の突撃(チャージ)が過った。

 刹那、セナに桜庭の意識が逸れた。

 それは『妖刀』を前に、あまりに致命的だった。

 

 “無拍子(ノーモーション)”で迫る拳打。

 

 日本武術の要素を取り入れ、予備動作を省いたそれは、ほんの一瞬と言えど隙を晒した桜庭に防御も回避も許さなかった。

 加えて、身に着けたプロテクターを捩じり込みながら浸透する、貫通性のある威力が、桜庭の左胸に杭打ち。

 悶絶必死の威力に、桜庭は時間を奪われたように動きが止まった。

 

 

 ――アイシールド21は、ブレーキを掛けずに桜庭を素通りする。

 

 ――直線(ルート)の先にあるのは、桜庭、と高見。

 

 ――そう、『電撃突撃(ブリッツ)』だ!!

 

 

 小早川セナが前に移動したのは、桜庭を二重マークすると見せかけた、一瞬の隙を作るための撹乱、で終わらず、本命はパス発射台の高見を速攻で潰すためか。

 

「俺もセナも動けば後ろはガラ空き。桜庭が抜ければ、一気にタッチダウンもあり得る。だが、確実に桜庭を潰せば、それは成り立たない」

 

 泥門は守備でも超攻撃的。守りに入らずに攻めに来る。

 

「そうはいくか、これ以上好き勝手にやらせ……っ!?」

 

 王城タイトエンドの頂ヒカル、桜庭に最も近い位置にいた頂がアイシールド21の走路に立ち塞がろうとしたが、横から伸ばされた手を瞬時にカットを切り、触れさせもせずに抜き去る。

 試合の最中にも切れ味が増すその疾走。この超スピードに対応できるのは、同じ光速の脚をもつ進しかいない――

 

 

 ~~~

 

 

 アイシールド21が眼前に迫るのを視認しながらも、高見はパスの構えを崩さなかった。『剛弓』を断行する構えだ。

 高見か、桜庭か。

 王手飛車取りの二者択一を迫る最中、進はアイシールド21の『電撃突撃』に対処せ(高見を守ら)ず、『射手座』の守護神を続行した(桜庭を助けに向かった)

 

 

「こちらに来たか!」

「これ以上は、やらせん!」

 

 強烈な一撃を食らった桜庭だが、膝を屈しはしていなかった。

 それでも容赦なく、確実に叩きのめす追撃を放とうとした長門だが、『護る為の殺意』を滾らせた進が阻む。全速力で、桜庭と長門の間に割って入り、『妖刀』の追撃をその身を盾にしてブロックする。

 そして、桜庭は飛び出していた。

 

 

「いっけーー、桜庭あああああ!!!」

「負けないでーー、桜庭きゅーーーん!!!」

「今や!! No.1レシーバーになるんや、桜庭!!!」

 

 

 HP1しかないような瀕死の状態でも、心は決して折れない。

 皆の声援を背中に受け、震える脚で前を行く。

 

 ああ、長門の『バンプ』を躱せる、なんて甘い考えをしてたわけじゃない。

 長門の近接戦は、単純な暴力ではない。進でさえ対処のできない技巧がある。それを見切れるなんて思い上がった真似はしない。

 自分にできるのは、耐えること。

 最初から一撃は受ける心構えでいれば食いしばれる。そして、一撃に耐えれば、必ず、仲間(しん)が助けてくれる。

 

 

(迷わずに投げ始めてる! パスも高くて、腕が捕れない!)

 

 桜庭ならば、前に出る、と高見は信じた。

 そして、高見の前には、もう一枚の壁がある。

 

「俺が相手だ、アイシールド21……っ!」

 

 進先輩を除いて、最もこの超スピードに反応できるのは、自分だ。

 高見に迫るセナの前に、猫山が立ちはだかろうとして、瞬く間に抜かされた。

 

 だが、まだ終わらない。

 

 

「諦めるな、圭介!」

 

 

 この試合、何度となく圧倒され、苦汁を飲まされたアイシールド21に我武者羅に追う猫山。角屋敷の発破を背に受けて跳んだ。

 

 高見の即断即決に焦り、抜き去った相手から気を抜いてしまったセナ。

 

 飛びつきながら伸ばした猫山の手――その指先が、靴に届いた。

 

「え――?」

 

 ちょうどタックルの踏み込みに移った瞬間だった。

 指一本の引っ掛かりだ、余程の超人でなければ止めることなどできない妨害。すぐに振り解けた。

 しかし、タイミングは外された。

 踏み込みの体勢がズレて、勢いが分散する。

 

(ダメだ――このタックルじゃ、止められない――)

 

 

 ~~~

 

 

「セ   しを   チ  X……」

 

 

 ~~~

 

 

 嬉しい誤算、と言っては猫山に失礼か。

 しかし、タックルを受ける覚悟であっただけに、大した妨害なく投球に移れるのはありがたかった。

 桜庭が食らった最高速からの人間砲弾は、高見にとっても脅威だ。けれど、大半の泥門の選手がそうだが、一点以外は平均値以下の特化型。小早川セナもこの例にもれず、光速のスピードが乗算されなければ、非力なパワーで高見を倒すことなど不可能だ。

 

(流れはこちらにある。この流れを呼び込んだのは、桜庭だ。だから、止まらない。長門が相手でも、必ず前に出る!)

 

 後ろががら空きとなった泥門の守備。この好機、状況ならば、最善手は視えている。それは高見と、桜庭の中で合致しており、迅速に行動に移している。

 

 そう――これは、『速選(オプション)ルート』!

 パートナーの行動を予測、信頼して、先手を取るパスプレイ!

 高見伊知郎が腕を振るう先には、誰よりも先に走り込んでいたレシーバー(雪光学)がいた。

 

「なっ!?」

 

 

 ~~~

 

 

『雪光先輩が相手するのは、桜庭春人ではなく、高見伊知郎です』

 

 『ツインタワー剛弓』攻略のため、彼らのプレイを何度も見返した。

 事前に状況――長門君がマークにつき、セナ君が『電撃突撃』に出ること――を知っていた。

 だから、このポイントにパスが投げ込まれるのは、始まる前から予想していた。

 

『俺が桜庭春人を『バンプ』で沈めに行く、セナが高見伊知郎を『電撃突撃』で倒しに行く。だが、それでも確実に止められると断言できないのが、今の王城の勢いだ。だから、三つ目(さいご)の策――こちらで作った隙で、相手の出方をコントロールし、そこに待ち構える。

 それは俺でも、モン太でもできないが――雪光先輩ならやれる』

 

 その大役を任された。

 僕ならば、高見伊知郎のパスパターン、その『速選ルート』が読める。そして、最も危険度(かげ)(うす)い。

 長門君が中央を陣取っていたままであれば警戒されただろうけど、僕は弱い。守備を経験したことはないし、大した脅威ではないと見なされて当然。

 増してや、桜庭春人にマークについた長門君と高見伊知郎に特攻しているセナ君に注目して、こちらに気を回す余裕は削られている。他に回す余力がなくなっている。

 光放つ二人の存在感が強いほど、僕は陰に潜み易くなる。

 

「なっ――」

(気づかれた――)

 

 目が、合った。

 高見伊知郎の見開いた目、驚きを雪光は察知した。

 

 高見伊知郎と雪光学。

 これが、将来、集英医大のドクターフィッシュズでコンビを組む二人の、初めての意思疎通(シンクロ)だった。

 

 

「想定外――だが、それで()らせるほど、甘くはない」

 

 

 指揮官は、冷静に対処に思考を巡らす。

 相手に狙いを読まれ、先手を奪われたが――修正は可能だ。相手に狙いを読まれても、回避するようパスコースを変更する。腕を振りかぶったまま、発射体勢の向きを巡らせる――

 

 

 投球モーションから踏み込む左前脚、それをスライドさせるように踏み込む位置を変えようとしていたそこへ、飛びつかれた。

 

 

 ~~~

 

 

「セナ、あしをキャッチMAX……!」

 

 

 ~~~

 

 

 俺達の背じゃ、その高さには届かねぇ……!

 けど、それでもクソッたれなんて言うわけねぇよな、セナ……!

 同じ低身長で苦労してきたが、それを負けの理由にはしてこなかった。身体が小さくたって、果敢に挑んで巨人殺し(ジャイアントキリング)を達成してきたじゃねぇか……!

 

 ガス欠でくたばって、ベンチに横たえながらフィールドを見るしかないモン太の口から洩れた声は、耳元でなければ聞き取れないくらいに掠れていた。

 しかし、その念は届いた。

 

 モン太……!

 わかってる、僕は今僕ができることをやる……!

 チビで非力でも、フィールドに立つ限りはモン太の分も戦うんだ……!

 

 途中で戦線離脱したその無念に、奮起した。

 

(パス投げのモーションで、前に突き出した長身の高見の長い足……!!)

 

 発射体勢の向きを変えるために、ほんの僅かに浮かせた前脚を、セナは捕まえた。雪光に注目した瞬間に潜り込まれ、その悪足搔きを高見は見落とした。

 直接右腕を捕れなかったためパスを阻止することはできないにしても、足元を揺さぶられれば、体勢はぐらつく。

 

 

『「キャッチMA――X!!」』

 

 

 二本の腕に、二人分の意志を込めて、持ち上げる!

 倒されまいと堪える高見だが、片足立ちしたままでは、もはや上体と腕のみで投げるしかなく、こうなればパスコースの修正は不可能。

 

 

「高見さんっ!」

 

 

 呼び込んだのは、桜庭。

 微かにガタついたその走りからダメージが抜け切れてないのが明白。だが、気力で奮い立たせている。

 既に雪光が先に『速選ルート』に入っているが、それで手を伸ばすのを止めるような、諦めの良い性格ではない。

 パートナーの諦めの悪い闘志に感化されて、高見の目から迷いは消えた。

 

(『速選ルート』で出遅れていようが、桜庭の武器は三次元の世界だ。先に待ち構えていようが、その上を行けばいい……!)

 

 相手の術中に嵌まる、いいや違う、飛び込んで乗り越えるんだ……!

 

 天空を駆ける『射手座』の矢が、今、放たれる――

 

 

「おおおおおおおお……っ!!!」

 

 

 直前、雪光は悟った。

 長門が言ったように、桜庭が相手となったら、まず競り負ける。どんなにハンデがあっても、自分では高さで敵わない。

 それでも、やれることはある。

 たとえパスが捕れ(カットでき)なくたって、全力を出し尽くすんだ!

 

 周りの大人から自分に運動は不向きだと言われ、

 受験勉強しながら自室から聴こえた祭囃子に思いを馳せるしかなく、

 それでも諦め切れなかったこの舞台に、僕は飛び出した。

 どんなにみっともなくたって、僕は焦がれた世界にいるんだ。

 

「諦めない!! 僕は、皆に託されているんだ!! 勝つんだ……!!」

 

 親や講師に説かれても捨てきれなかった思いの丈。諦めの悪い、夢への憧憬は、まさしく、折れない心。

 

 指先からボールが離れる、ほんの刹那。

 同一直線(ルート)状にある雪光のプレイが、何故か、桜庭(パートナー)と重なって見えた。

 

 

 ボールは、雪光学の伸ばした両手の、上を行く――

 

 

 ~~~

 

 

『パス失敗!』

 

 高見の投げたパスは、雪光には届かなかった。そして、桜庭にも届かなかった。

 『バンプ』のダメージが抜け切らず、全力の跳躍ができなかったせいもあっただろうが、桜庭はキャッチすることができなかったのだ。

 

「っ、……ごめん、折角のチャンスだったのに」

 

 もっと高く跳ぶことができたら、ここでパスカットができたかもしれない。

 相手のミスに救われたけど、そうでなかったら、タッチダウンを奪われていた。

 そう、謝罪する雪光に、長門は嘆息する。

 

「何を言ってるんですか。これは雪光先輩だからこその結果です。揺さぶったセナももちろんだが、あの精密機械を狂わせたなんて、誇ってもいい大きな戦果ですよ」

 

 

 ~~~

 

 

 腕を振り切ろうとする最中に、0.1秒でも躊躇すれば、フォームがズレる。

 フォームがズレれば、それだけ狙いから外れることになる。

 これを成したのは、間違いなく、糞ハゲの執念だ。

 

「死んでも闘いてぇ勝ちてぇつう、糞ハゲのプレッシャーが相手をビビらせた。……が、プレッシャーをかけたくらいで狙いを外す程、ヤワな野郎じゃねぇ。いつもの糞メガネだったら、なァ」

 

 パス失敗の原因は複合的なものだ。セナの妨害から無茶な投球を強いたことも、雪光のプレッシャーがあったことも、一因できっかけだがそれだけではない。

 ヒル魔の目には、高見伊知郎の内面、その焦りが透けて視えていた。

 

 

 ~~~

 

 

『!?!? 高見君、なんとボールを足元に落としたー!』

 

 

 ~~~

 

 

『今のプレイは一体何なんですかねぇ、解説のリコちゃん』

『おそらく……『スパイク』、じゃないでしょうか。パスを失敗すれば、時計は止まります。ですので、わざとパスミスをして貴重な攻撃権を1回分捨てる代わりに時計を止めるテクニックです』

『なるほど、正に諸刃の剣ですね!』

『はい、ここまで連続成功していたパス攻勢が失敗したので、チームは少なからず動揺していたはずです。一度時計の針を止めてチームを落ち着かせようとしたのではないかと』

『なるほど、チームの僅かな動揺も見逃さずに処置する、いついかなる時もクレバーな高見君らしい対応です』

 

 

 ……………右腕が、死んだ。

 

 転々と握力を喪失した右手から離れたボールが遠ざかる。

 狙いを外れ、ボールが彼方へ飛んでいった時から己の中の冷静な部分がそう認識していたというのに、それを無視した結果がこの無様。

 

 ほんの少し力を入れようとしただけで激痛が走る。どうにか動かそうとしても指一本が震えるだけ。こんな状態ではパスなんてとても投げられない。痛みを顔に出さないだけで高見はいっぱいいっぱいだった。

 

(あと1球……あと1球で、タッチダウンを奪えたというのに……)

 

 理解していた。

 長門の一撃に、断たれていないが右腕は斬られていたことは。

 その皮一枚繋がっていた奇跡が、桜庭と見間違えた雪光の執念に断たれてしまった。

 そして、一度でも認めてしまったらもう自分で自分を誤魔化すことなどできない。

 

 慙愧に堪えないが、切り替えなければならない。

 己の失態が運良くも時計の針を止めてはいるが、満足に作戦を立てる時間すらないのだ。

 冷静に判断を下す。

 少しでも勝率を挙げるのならば、“足手纏い”は自ら交代を申し出て、このフィールドを去るべきだ。

 

 

「高見さん」

 

 

 指揮を飛ばす、その前、己の迷いを呑み込む間に声を掛けられた。

 

「……進」

 

「『巨大矢(バリスタ)』を行かせてください」

 

 進ならば、今の自分の右腕の状態など透けて視えているだろう。これが単なる失敗だとは考えていないはずだ。

 パスが無理ならば、ランを選択するのは当然だ。

 それは高見の考えと同じだった。

 

「……わかった。それでいこう」 では、ランの盾役(ブロック)となる面子――猪狩と交代する。

「桜庭は、パスについてくれ」

 

 高見が作戦を告げるのを待たず、進が更に言う内容に、今度は少し目を瞠った。

 

「高見さんと桜庭がいれば、泥門はパスに守備を割きます」

 

「進、それは……」

 

 甘い考えだ、と言いかける。

 なにせその前提が、崩れていた。

 投手はパスが投げられないとバレていれば、囮の役に立たない。

 

 進が状態を把握しているのであれば、同様に、長門にも高見の右腕のことを察知しているだろう。ヒル魔だっている。今のが単なるミスで処理してくれるような甘い相手ではない。結果だけから推察した解説役の彼女とは違い、同じフィールドに立ち、同じ目線で渡り合っているのだ、プレイの本気度合いを本能で読み取れる以上は、こちらの都合のいい勘違いなどしてくれるわけがない。

 高見の懸念は進も理解しているはずだ。

 無駄に人員を割くくらいならば、戦力を集中した方がいい。

 それでも尚、高見がフィールドに残る利点を語る。

 

「これまでのパス攻勢を泥門は無視できません。この勢いを活かさなければ、勝機はありません。そのためにも高見さん、あなたはフィールドにいるべきだ」

 

 『巨大矢』の運用で攻撃にも参加するようになった、進言することもあった、だが、こうも指揮官を押し退けてまで己の意志(エゴ)を主張することはなかった

 この決勝戦、小早川セナ(アイシールド21)、長門村正……彼が認めた好敵手に影響されて、いつになく感情が露わになっている。それに、王城ホワイトナイツのエースとして奮戦した桜庭春人にも触発されているのか。

 志願する進の目には、これまでにないほどの力強い意志が宿っていた。

 

「たとえ、戦力を割く愚を犯すことになろうとも――俺が、ゴールまで運びます」

 

 これまでの進清十郎であれば、退けていた策。

 かつて、春大会で『巨大弓』を申し出た時は抑えた。

 だが、これまでにない進清十郎には、これまでを更新する最高のプレイが為せる、そう期待を懐かざるを得ないものがある。

 更に殻を破らんとするエースに、チームの意志は統一された。

 

 

 ~~~

 

 

 泥門デビルバッツは、守備陣形を変えた。

 ラインバッカーについていた黒木を加えてラインの人数を増やし、後衛も前寄りの陣形――『ゴールラインディフェンス』だ。

 長門が桜庭のマークから外れていることからも、明らかに“パスはない”と判断を下している。

 ヒル魔からしても、相手の指揮官の状態は明らかであるので、その選択に否はない。

 

「ま、99%パスはねぇ、が……出す札が判った程度で覚悟の決まった神風特攻を止めれんのか」

 

 しかし、王城ホワイトナイツにはもう一本の“矢”がある。

 どう攻略するのか――あの高校最強のパーフェクトプレイヤーを。

 

 

『ケケケ、なら、来年、進をブッ潰してやるよ』

 

『はっ! お前にゃ無理だ』

 

『俺じゃねェ。泥門デビルバッツのエースがやる』

 

 

 ふと昔を思い出し、ヒル魔は、笑う。笑い飛ばして、消沈していた方へぐるんと首を回す。

 

 

「おい、糞チア共、ここが正念場だってのに、さっきから外野のミーハー共に押されっ放しになってやがる! テメーらも悪魔の蝙蝠(デビルバッツ)の一員として、喉が潰れるほど騒ぎ立てやがれ!」

 

 

 ハッとする泥門デビルバッツ盛り上げ隊長の鈴音。

 桜庭春人(スーパースター)の活躍に王城ホワイトナイツは、この会場の8割近くを味方につけてる。人数で負けてるから声量でも圧倒されているのは仕方がない……?

 

「違う! だって、セナ達だって、相手よりも人数が少ないのにあんなに戦ってるんだから!」

 

 ビビってなんかいられない。

 なんかこっちが敵役(ヒール)みたいな空気にされてるけど、関係ないし、私達は悪魔の蝙蝠だ。

 

「やー!! いっくよ、皆!! 最後の応援、全部振り絞って声を上げてくよー!!」

 

 

 ~~~

 

 

『泥門!! 泥門!! 泥門!! ――』

『王城!! 王城!! 王城!! ――』

 

 

 東京ドームが揺さぶられるほどの声と声のぶつかり合い。

 プレイ前の応援合戦からぶつかり合う決戦の火蓋が、今、切って落とされた。

 

 

「SET! HUT!」

 

 

 高見へボールを送るや、全身全霊のブチかましを放つ大田原。

 

「ばっはあああ!!!」

「ふんぬらばあああ!!!」

 

 中央をブチ破らんとするのを阻むのは、栗田。

 不器用であるが、チームの主将を務める二人は、この衝突に全てを注ぎ込むことが己にできる最大の貢献であると知る。

 互いの両手が相手の肩を捉え、ヘルメットを擦らせながら、一歩も引かずに競り合う両雄。

 勝つために、障害であるこの強敵を己の力でもって打ち破らんとする。

 

 拮抗する二人。

 一方で、両チームのライン。

 両面で出続けている泥門の方が体力の消耗が大きいが、後衛がカバーしている。

 押し倒されそうになる黒木と戸叶を、武蔵が背中を支える。

 

「倒れんな、栗田。去年の試合、王城相手に()()()()()()()ころとは違う。お前という大黒柱が倒れなければ、俺達は崩れねぇ。それが泥門デビルバッツのラインだ、そうだろうお前ら……!!」

 

 発破をかけられた黒木と戸叶が歯を食いしばる。十文字、小結もまた奮起する。

 

「抉じ開けさせんなァァァ!!」

「体ブッ壊れても構いやしねえ!!」

「押せーーっ!!」

「フゴー!!」

 

 そして、栗田良寛のパワーは、仲間と心とで激しく昂る。

 

 強い……っ!

 固い……っ! 

 重い……っ!

 だが、それはとうの昔に知っていたこと!

 しかし、去年の練習試合、栗田以外のラインが崩壊したころとは比べ物にならない。

 やはりこの男には、己の全てだけでは足らない。こちらもまた総力を尽くしてぶつけなければ倒せない!

 

「岩鼻! 安護田! 鏡堂! 鈴木! ――全てを、出し切れ!」

『おうっ!!!!』

 

 騎士団長の号令に、王城のラインもまた異口同音に応じて見せた。

 

 

『おおおおおおおっ!!!!』

 

 

 この終盤においてなお最高潮を見せる前衛。

 それに負けることなく、後衛もまた果敢に攻めに行く。

 高見から進へボールが渡る、その直前で猫山が並んだ。

 

「中央が破れなければ阻止できるとでも? 舐めてもらっては困るな。『巨大矢』には、こういう撃ち方もある!」

 

 ――『聖なる十字架(クリス・クロス)』!

 

 高見がその長身で隠しながらのボール渡し。一瞬、どちらに渡ったかをわからなくさせる撹乱戦法。

 

 いつだって活路を切り開く背中を頼りにしながら、力も脚も劣る俺では、進先輩の壁にはならない。けれど、囮にはなれる!

 

 全速力で逆サイドへ駆けあがる猫山。本命が進であることは理解していても無視するわけにはいかず、石丸が釣られて追っていく。

 そして、その選択に揺らいだ1秒で、王城最強の騎士であると同時に王城最速の白馬(ランナー)は敵陣へ駆けあがる。

 

 

「今度は、俺が進を守る!」

 

 ラインを回り込むボールキャリアーの前に立ちはだかろうとした瀧を、桜庭が阻む。

 単純な力では、ベンチプレス90kgのパワーを持つ瀧の方が、ベンチプレス70kgの桜庭に勝っている。

 それでも、このルートには立ち入らせない。

 

 かつて進の半分しか力がないと嘆いたが、それでも俺の力は進を後押しするんだ……!

 

「おおおおお!!」

「あ、ありえなーい!?」

 

 力の差を覆してくる桜庭の底力に限界まで反りかけた瀧の背中を、支える。

 

「瀧君!」

「アハーハー! 助けられたよ、ムッシュー雪光! そうさ、ボクは、負けないよ!」

 

 一番非力であることを自覚するからこそ、雪光は少しでもその力を役立てるポイントに行く。崩れてはならない要所を見誤らない。

 二人掛かりとなれば、桜庭も押し負け、倒される。だが、駆け抜ける時間は身を呈して稼いで見せた。

 

 

「速い!?」

「この終盤でも微塵も衰えてないとか、どんだけバケモンなんだよ!?」

 

 

 チームメイトが抉じ開けてくれた活路を行く。

 40ヤード走4秒2の光速で疾走する進に追いつけるのは――同じ、光速の世界の住人。

 

 

「ビビんじゃねぇ、セナ!! 進さんがいくらパーフェクトプレイヤーだろうが、お前はアイシールド21なんだって証明してみせたじゃねぇか!!」

「いっけー、セナーーー!!」

 

 ベンチで、姉崎まもりに支えられながら上体を起こしたモン太が吠えるように発破をかける。

 チアの鈴音が、ここ一番の声援をセナへ送る。

 

 これまでとは攻守が逆転しているが、変わらない。

 この人に勝ちたい。

 全力で勝ちに行く。

 

(わかってる。スピードで追いつけたって、僕に進さんを止められるパワーはないことは)

 

 だけど、最初から負けに行く精神では勝負にすらならない。そう、進さんに教えられたんだ。

 

 相対するや、脚を溜める。

 目いっぱい、フルチャージフルスロットルで、捕まえに行く。倒せるかどうかなんて関係なく、全力をぶつけに行くんだ。

 

 

(やはり、俺の前に立つか、小早川セナ……!)

 

 当然、進もまた意識する。

 最高速度は同格でも、敏捷性では己の上であると認めざるを得ない好敵手。

 強引に力で押し通ることは可能と判断するが、それは悪手、もう一人の好敵手に致命的な隙を晒す事態は是が非でも避けるべきだ。

 だから、ここは完全に抜き去らなければならない。触れさせもしないスピードでもって――

 

 

 ~~~

 

 

「! あの走りは……!」

 

 瞬時に気付けたのは、甲斐谷陸だった。

 あと一歩でセナが飛び掛かろうとする直前、進が独特のリズムのステップを刻んだ。

 膝を曲げずに真っ直ぐに脚を伸ばし、腰の高さ、ほとんど地面と水平になる位置まで振り上げたモーションに、一瞬、減速した――その次の瞬間の超加速……!

 

 間違いない、あれは、俺の走り――

 

 

 ~~~

 

 

 白馬が、野生の暴れ馬を思わせる走法を見せた。

 西部ワイルドガンマンズのエースランナーの、極まったテクニック。

 そう、『ロデオドライブ』だ。

 

 進さんが、『ロデオドライブ(陸の走り)』を……!?

 

 その走りは一朝一夕で真似できるモノではない。

 独特のステップに堪えうる脚力、ロデオムーブを可能とする体重移動の巧みさ、バランス感覚が高いレベルで求められる。

 洗練された技術の融合が生む急停止と急加速の乱調(チェンジ・オブ・ペース)

 しかし、進には要求される能力全てに問題なく、そもそも、『トライデントタックル』は、『ロデオドライブ』の要素を取り入れて完成された必殺技である。

 これまでお披露目する機会がなかっただけで、進に実践できて当然だった。

 

(小早川セナを抜くには、光速を超えるこの走りしかない……!)

 

 同じ光速のスピード、しかし、120%の超加速で瞬間的に限界を振り切った進は、セナを躱し、抜き去った。

 

 

 

「……僕が進さんに追いつけても、捕まえることができたって、止めることはできない。

 ――でも、僕のことを無視できなければ、行く先(ルート)を寄せられる。長門君が、きっと倒す……!!」

 

 

 

 セナを抜いた進の前に、泥門最強が待ち構えていた。

 

 

 ~~~

 

 

「ああ、任せろ」

 

 

 誘導された、と気づく。

 抜かれたはずのセナからは、アイシールド越しからも察知できるほどの、強い信頼が宿っていた。

 

 セナだけではない。拙いが泥門全員が、進と対峙できる状況へと導こうとしていた。チームのエース長門の動きに連動して見せた。この土壇場で、ヒル魔の、誰の指示もなく即興で応じてみせたのだ。

 

 

「はっ、バケモンだっつうところは、進と同じだが、長門の動きなら何となくわかんだよ」

「何度も挑まされたからな、俺達全員」

「んで、容赦なく叩きのめされたからな、俺達全員」

 

 

 アメフトを始めて1年足らずとは思えない動き。

 これまで長門と連携することはあったが、それは長門が合わせる形で成り立たせていた。だが、これは長門の全力に合わせるように動いていた。成すには一体どのような修練を積んだ?

 

 まさか、と過った考えに首を振るのは雲水。

 だが、それは、正解。

 圧倒的な才能に押し潰させる、自殺も同然の真似をさせるなど、金剛雲水からすれば正気の沙汰じゃあないが、デビルバッツを統括する悪魔は実行していた。

 

 ――『死の断崖(デスクライム)

 絶対的強者たる『妖刀』に挑ませる地獄、『死の行軍(デスマーチ)』で築いた自信を喪失させる事態になりかねないギャンブルを、泥門デビルバッツの全員受けてきたのだ。

 

 だから、長門村正の動きに合わせることができた。

 何度となく自分らを打ちのめした相手だ。夢に見るくらいその一挙手一投足が刻み込まれた。

 そして、同時に、長門村正が、泥門デビルバッツのエースだと信頼できる。

 

 俺達を真正面から実力で勝ったお前だからこそ、勝敗を決める場面を託すことができる!

 

 

 ~~~

 

 

 神経を研ぎ澄ませる。

 進清十郎の挙動に意識を集中する。

 その動き、その呼吸、その視線を見て、己と進清十郎が重なって一つになるような感覚まで、同調(レベル)を深める。

 

 長門村正もまた、『死の断崖』を受けていた。

 ヒル魔が突き付けた相手は他ならない、進清十郎だ。

 

 もう1年以上も『進清十郎』を手本にしている。

 そのプレイの根底から末端にまで研究し、その技術を解析、掌握、模倣にまで至った。

 だが、模倣だけで満足はし(とまら)なかった。

 再構築。己の身体、経験、才能(センス)に当て嵌め、最適化していく。

 無駄を排して要を組み立て、己の技術として昇華していく。

 

 己が定めた『死の断崖』を攻略せんと長門村正の集中力が極限に達する。

 

 

 同時、進清十郎もまた最強の強敵手を前に、意識を加速させる。

 

 小早川セナや大和猛(アイシールド21)の走りを見切る相手だ。最低でも、金剛阿含以上の壁。

 それに対し、己には何がある。

 アイシールド21のような卓越したランテクニックは己にはない、しかし、アイシールド21をも振り切った超光速の走りがある。

 

(触れもしないスピードには、如何なるパワーも通用しない……!)

 

 『妖刀』の間合いとは、死地に他ならない。

 しかし、王城ホワイトナイツが逆転するには、死中に活路を見出さなければならない。

 長門村正に勝る、4秒2の光速の走り、それを更に限界を超えた超加速で、『妖刀』を振り切る!

 

 連続の限界突破に筋骨が軋むが、この白き駿馬(あし)に鞭を打つ。

 

 

 ――『ロデオドライブ』!

 

 

 だが、それは小早川セナ(アイシールド21)を相手に見せた走りだ。

 当然、想定している。元より、このための修練を積んできた。ずっとだ。

 長門村正は“己よりも速い相手(アイシールド21)を仕留める術”をずっと欲していた。

 だから、全てを賭する覚悟は決まっている。

 

「―――」

 

 膝を抜き、体の落下の加速を踵へとぶつけ、本能がままに方向転換。

 動き出しの瞬間だけコマ落ちしたかのような、気取られぬ踏み込みから、迫る。

 

「かあ―――っっっ!!!」

 

 炸裂させたかのように横隔膜を震わせ、大地を蹴る。横に、跳ぶ。――高校最速の跳躍力で。

 己の脚は40ヤードには届かないが、この一足一刀の制空圏内(まあい)であれば光速の世界へ跳び込める。

 剛脚を解き放つ、迷いなき跳躍(デビルバットダイブ)。そこには、本来の『トライデントタックル』に備わっていた左右に切り返した場合の追尾性を捨てている。

 読みを外せば一貫の終わりの全賭け(オールイン)

 

(だが、そうでもしなければ届かない。――時代最強の走者には!)

 

 そして、進清十郎と同調した長門村正の目前には、読み違わず、討つべき敵がいる。

 超加速に迫る、捨身の特攻。これに反応する――だが、間に合わない。

 彼我の距離を詰めると同時進行で繰り出す、胸から肩、肩から肘、肘から拳へ連なる動作に至る全ての関節を回転・加速させた突きは、進の目でも霞んで追えぬ、驚異的な速さ。正に雲耀の如く、“光”に至っていた。

 

 

 ――『大千鳥十文字槍(デビルバットジョルト)』!!

 

 

 鬼武者が投じた十字槍が、白馬を駆る聖騎士を貫いた。

 突くのではなく、投げる槍。『トライデントタックル』にはあった自由度の全てを破壊力と加速度に振り切った、極まった型。その威力は、一撃必殺を成す。

 

「……!!」

 

 着弾点から、大気が震えるほどの衝撃。

 両腕でボールを抱え込み、被弾も覚悟のうえで臨んだが、無理だった。

 空手やボクシングで言うジョルトブローと同じ。捨身の人間砲弾(ブチかまし)の全てが拳一つに集約されたのだ。しかもそれをクロスカウンターのように互いに最高速での正面衝突。ワンパンKOすら現実味を帯びる渾身の一打を、咄嗟の防御で凌げるわけがない。

 進の身柄は踏ん張りも敵わず、地面に叩きのめされた。

 

 

 ~~~

 

 

「………………………………………………、」

 

 打ち付けられた身体がバウンドし、白目を剥く。抱え込んだボールをかろうじて落としはしなかったが、それまで。倒れたまま動かない。

 それをしかりと立ち上がった長門村正は己が討ち果たした相手を見下ろす。

 

「ケケケ、ここにいる全員をビビらせやがった!」

 

 シン、と静まり返った東京ドームに唯一響くのは、空気を読まない悪魔の哄笑。

 あまりに信じ難い光景。フィールドにいる選手、それから観客席からも声が上がらないのは、吞み込むのに時間がかかっているからだ。

 だが、事実は揺らがない。

 一人は立ち、もう一人は頽れたまま。

 試合前にアメフト関係者がしていた評価が覆る、下剋上に足る構図だ。

 

 

『っ、長門君のタックルが進君を仕留めました! 泥門デビルバッツ全員でルートの制限と誘導を行い、あの高校最強にして最速のパーフェクトプレイヤーを攻略しました!』

 

 

 実況に代わって、熊袋リコが震える声で状況を語る。

 これを端として、試合会場を爆発的な歓声が炸裂した。

 驚嘆の渦中にある長門は、それを気にせず、細く細く息つき、

 

「感謝する、進清十郎。あなたという先達者であり、壁がいなければ、俺は光速破(らいきり)りには至らなかった」

 

 確かな手ごたえを噛み締めて、続いて、達成感と共に沸き立つ脱力感を、刹那に嚙み殺す。

 “光”の走路を駆ける時代最強ランナーを倒すことは、光を見切る眼と光を捉える一太刀、その両方が合ってようやく成せる、雷切の如き難易度だったが、完成した。

 しかし、感慨に浸るような場面ではない。

 弛みかけた気を、引き締め直す。

 

「これで、終わり、ではないよな」

 

 

 ~~~

 

 

 長門君が、進さんを倒した……!

 

 最前列で目撃したセナにとって、その衝撃はあまりにも鮮烈だった。

 

 泥門最強のエース(ながとくん)のことは信じていたけれど、尊敬さえしていた自身にとって最大の目標(しんさん)が倒されることも想像ができていなかった。

 そんな想像できていなかった光景を前にして、思わず想像してしまう。

 

 ――今の『大千鳥十文字槍』を、もし、自分に向けられたら、果たしてそれを躱すことはできるのか。

 

(なんて、何を考えてるの!?)

 

 自分で自分の思考に震えが走ってしまう。

 こんなおっかない状況なんて普通なら逃げの一択、自分よりも遥かに強靭な進さんも倒す一撃なんて食らったら、全治数ヵ月コースもあり得るというのに。

 

 と、そんな勝手にあたふたする様子を、呆れ気味の半目で見る長門君に軽く肩を小突かれた。

 

「ボケッとしてるな、セナ。まだ、終わってないぞ」

「え?」

 

 

 ~~~

 

 

 進……!?

 

 観客席がどよめく中、王城の陣営も動揺を抑えられずにいた。

 桜庭らは初めて見たのだ。

 あの進が……俺達のエースが倒される様など。

 チームにとって絶対的な信頼を背負っているだけに、その衝撃の度合いは大きかった。

 

「走れ!」

 

 その呆然とする有様を叱咤する声。

 

「まだ時間はある! すぐ準備完了位置(レディフォープレー)につくんだ!」

 

 残り時間はもう1分もなく、セットするまで時計の針は止まらない。

 だけど、それでも試合を捨てずに、最も足が遅いはずの指揮官が先頭を切れば、チームはそれに続く。

 

「高見先輩!」

「1秒も無駄にするな、桜庭!」

 

 ああ、そうだ。

 まだ、終わっちゃいない。

 

 動揺を振り払う。

 弛んだ己を張って引き締め直す。

 そして、この男もまた、立ち上がる。

 

「進、ボールを!」

「――はい、大田原さん」

 

 叩き斬られたが、零さなかったボール(チャンス)を、駆け付けた主将に託す。

 ボールを手にした大田原が振り返り、息を切らせながらも前を向く高見と視線を通わせ、己も前を――宿敵とゴールを視界に入れた。

 

「これが、最後のチャンスだ! 全員、死力を尽くせ!」

 

 

 ~~~

 

 

「守備につけ、試合はまだおわってないぞ」

 

 泥門も長門の喝を受けた。

 進が倒された直後は浮かれかけたが、しかし、それで勝利を確信するのは誤り。

 長門に対峙する相手の目を示されては、緩んだ緊張もまた張り詰めた。

 

「相手は王城ホワイトナイツ、これまで試合してきた中で最強の相手で、一瞬の油断が命取りだ。審判が笛を鳴らす、最後の最後まで気を抜くな!」

 

 おう!! と守備につく泥門。

 

 

「ったく、気ィ抜くなんざ、百年早いんだよ糞ガキ共」

 

 ベンチでヒル魔が構えた銃を降ろす。調子に乗って気を抜くようなら、銃弾を食らわせてやろうかと考えたが、その必要はないようだ。

 結局、最後まで外野からは檄(と弾)も飛ばさずに済みそうか。

 

「策なんて立てる時間は1秒もねぇ早指し、それも盤面は99%詰んでいる。――だが、計算だけじゃあ測れねーのが、アメフトだ」

 

 

 ~~~

 

 

『遥か永き激戦、関東大会を勝ち上がってきた泥門デビルバッツと王城ホワイトナイツの決勝戦! 東京地区大会の時から争ってきた因縁のある両者が今! この頂・上・決・戦! 優勝の栄光を賭けて、そして、クリスマスボウルの出場を賭けて!! 運命のラストプレー――!!』

 

 

 残り5ヤードもない。

 ゴールラインは目前だ。

 しかし、審判は時計を見ている。

 逆転するには、このプレイでタッチダウンを決めるしかない。

 

(小細工はなしだ。王城の全精力を賭して正面をブチ破る!)

 

 大田原からトスされたボールを受け取り、背後から駆け込んでくるチームのエースにボールを託す――

 

 

 ~~~

 

 

「どけェェェ栗田ァァァ!!」

「行かせない! 絶対に! 泥門デビルバッツが、クリスマスボウルに行くんだ!」

 

 執念をあらわにして、己よりも大きな巨体を圧し潰さんとする大田原。

 それと負けないくらいの必死の形相で、己よりも瞬発力のあるブチかましを受けて耐え抜こうとする栗田。

 力と気合。両者互角の競り合い、ほんの少しの後押しで天秤は傾く。

 そこへ来るのは、大田原に次ぐ力を有する王城のエース――進清十郎。

 

(進さんの『巨大弓』! ゴールライン目前で、力ずくで押し込みに来た!!))

 

 純粋なるパワーとスピード、弛まぬ鍛錬に裏打ちされた突破力は無敵。

 そして、

 

「ばっはああああああああ!!!」

「おおおおおおおおおおお!!!」

 

「栗田!!」

 

 合わされる守護神(しん)騎士団長(おおたわら)の咆哮と力。

 息の合った中核の特攻に押され、栗田の体勢が仰ぎかけ、そこへ武蔵がその身をつっかえ棒のようにして背中を支える。

 支え(ふれ)る手を感じた背中は、仰け反った状態から持ち直した。

 支えてくれる味方の想いに応えないわけにはいかない。それが共に夢を始めた友ならば猶更、栗田良寛の力になる。

 

「ふんっ、ぬらばあああああ!!!」

 

 それを見たセナもまた行く。

 走者だからこそ、見える活路(ルート)

 相手の視点になって思考した。

 (ランナー)なら、この鬩ぎ合いの最中に生じた隙間を、行くはずだ。だから、身体を張って塞ぎに行く。

 

(栗田さんたちが大田原さんと進さんを止めるなら、僕が猫山さんを――)

 

 ――え?

 その時、視界に捉えた王城のランニングバックに、セナの思考は固まった。

 

 

 ~~~

 

 

 ボールを、持ってない???

 

 

 ~~~

 

 

 腕が、痺れる。

 脚が、震える。

 

 当然だ。

 長門村正の会心の一撃を食らって、何ともないはずがない。

 小休止を取る余裕もなく、どうにか呼吸は整え、見かけは取り繕ったが、回復していない。身体の芯まで揺るがしたダメージは深く刻み込まれている。

 ただただ勝利を欲するアドレナリンで痛覚は麻痺していようが、万全には程遠いコンディション。

 過小評価も、過大評価もしない、特に己には一段と厳しい進清十郎は断言する。

 

 もはや自分は戦力にはならない、と。

 中央の押し合いに参戦しようとも、3秒も持たずに力尽きて、壁を破れずに終わる。

 

「――――」

 

 その進の意を、交錯の寸前に高見は悟る。

 瞬時の直感。

 最大の力を以てして、最後の壁を突破する――この『巨大弓』は、風穴を開けること敵わずに無駄撃ちに終わる。

 

 

怪我さえなければ

ここまで頑張ったのに、力が出せないのではしょうがない。

俺達はよくやった

 

 

 

 

 

 ――却下だ。

 進がここで己の状態を明かしたのは、弱音を吐くためではない。

 強く光を滾らせるその目に、高見も劣らぬ強い意志を込めて応える。

 

 アメフトに敢闘賞はない。

 使命はただひとつ――『勝て!』

 

 理事が唱えた言葉は、選手の皆が承知している。

 可能性がある限り、白旗を振る指揮官はどこにいる。そのような惰弱なチームはこの関東大会にまで勝ち上がってきていない。

 この絶望的な状況であっても、言い訳にならない。

 

 そうだ、進、俺達はアメリカンフットボールプレイヤーだ。

 最後の最後まで気を弛ませるな。諦めに屈するな。万全な手札が揃っていなくても、それを十全に活かしてみせる策を打ち出すんだ!

 

 

手渡す(ハンドオフ)フリ(フェイク)じゃない――)

 

 進とすれ違い、後続の猫山へ伸ばした腕を引く。

 作戦にない行動に、猫山は刹那逡巡したが構わず進に続く。己の役目(おとり)を理解し、それを果たすため。

 

(きっと高見さんが手を考えたんだ。だったら、ブレーキなんて踏むな。俺は俺のできることを全うする!!)

 

 この転換にも疑問を挟まず、行動する猫山に一瞬瞼を伏せて感謝の念を送った高見は、ボールを抱え込みながら、視線を向ける。

 己の、最高のカードへ。

 

 

 ――桜庭!

 

 

 感じた。

 高見さんから発信する意思に、共振する。

 作戦から外れた行動であるにもかかわらず、迷わず動けた。

 

(俺は、信じます。必ず、来るって。――だから、高見さん、俺が捕ると信じてください!)

 

 

 ~~~

 

 

 セナの視線の先、押し合い崩れるラインから垣間見えた。

 高見伊知郎がその右腕を振るう姿を。

 

 ボールを掴むだけで激痛が走る。

 それでも、これまで何万と繰り返してきた動作。たかが痛む程度で手離すような右腕ではない、一度の失態で縮こまるような心胆ではないはずだ。

 ああ、この1球が、最後の1球となっても構わない。

 だから、投げ切らせろ、このラストパスを!

 

 

 高見伊知郎が投げ放ったボールは、高く、ラインの頭上を越え、桜庭春人の目指す先へ、真っ直ぐに飛んだ。

 

 フィールドにいる泥門デビルバッツはゴールへと放たれたボールをただ見上げるしかなかった。

 

 

 ――一人を除いて。

 

 

 ~~~

 

 

 パワー、スピード、高さ、その全てがトップクラスレベルの非の打ちどころのない高水準の能力値。

 ラン、パス、ブロック、どんな役でもこなすワイルドカードの如き万能性。

 しかしながら、有する中でも最たる理不尽さを覚える才能は何かと問われれば、厄介なことに数値では測れないソレだ。

 

「起死回生の一手、だったんだろうが、キッドしかり、ああいう勘に糞優れた天才連中は直前で相手の策を察知して、直感的に最適解に至る」

 

 相手の作戦を直感で察知し、反射的に打ち砕く力。頂点に君臨する時代を飾る一握りの強者が持つ、冴えたる直感。

 非才であるからこそ、彼らの才能は際立って見える。

 だから、パスを投げ放った後の、瞠目する高見伊知郎にはひどく共感できてしまう。

 

「糞カタナは進化する怪物だ、“才能(かん)”もまた進化する。試合の最中にも精度を増していき、終盤の勝負どころとなれば1%の可能性すら逃しはしねぇ。進をブチ殺してボルテージが上がっている今、お前が裏をかくのは無理だ、糞メガネ」

 

 ヒル魔の視線は、桜庭に迫るその背中を追う。

 そう、腕が折れようとパスを投げる人種がいることを知っている長門は、当然、その可能性には留意しており、直感が警報を発した直後に迷わず動き出していた。

 

 

 ~~~

 

 

 長門が――最強の強敵手が迫っている。

 高見さんの右腕を代償に、泥門の裏をかいたはずが、コイツにだけは通じなかった。

 

 ――だけど、間に合わない。

 

 レシーバーとしての経験、直感。

 長門は高見さんのパスプレイを察知したが、そのパスボールを視認していない。反射的に桜庭を目指して疾駆している。脇目も振らず全速力で。

 理論的に、ボールの位置が判っていないのならば、カットはできない。

 ならば、相手の狙いは、桜庭春人(おれ)だ。桜庭春人を長門は真っ直ぐに見ている。

 『射手座』、進の守護がない無防備なキャッチ後、潰しに来る。

 だが、このボールは死んでも奪わせる気はない……!

 

 

「いいや、桜庭先輩、その考えは甘いっすよ」

 

 

 鉄馬丈、細川一休も桜庭春人に同意する。

 関東レシーバー四天王の中でも、最もその相手と競り合ってきた雷門太郎は、否を唱える。

 

 そりゃ俺だって、全く見もしないで普段捕っていないボールの弾道を把握し切れはしない。

 チラ見して、弾道とか風とかを読んでようやく8割方見えるといったところだ。

 

『モン太は『デビルバックファイア』でパスカットとかはできないのか』

 

 だけど、長門は違う。

 野球でずっと一人でボールを追い続けた俺とは違い、ずっとアメリカンフットボールで競り合ってきた長門には俺には見えないモノが見えている。

 

『いや、そりゃできねーわけじゃねーけど、数え切れねぇほど捕ってきたヒル魔先輩のスパルタパスならともかく、それ以外じゃボールの弾道とか見るのに体の向きを変える必要があるから厳しいだろ』

 

『自分で見ていなくても、相手がボールを見ているだろ。キャッチの極意は、にらめっこ。だが、そこから得られる情報は相手レシーバーだけとは限らない。野球にはないことだが、相手の視点になって考えればそこから掴めるものもある』

 

 高見先輩のボールを目で追う桜庭先輩。

 その視線、二人を繋ぐ確固たるホットラインが、長門の位置からは視認できないはずのボールの軌道を脳裏に描かせた。

 

 長門が狙っていたのは、桜庭春人ではない。

 直感的に割り出した位置取りから跳び上がった長門は、本能的に右腕を振り上げた。

 

 

 バチィィ! と

 キャッチせんと跳び上がった桜庭の目の前を、遮る右手。その指先は確かに中空にあったボールを捉えていた。

 

 

「高見が桜庭に投げたパスを、見もしないで弾い…た……!!?」

「な、何だ今の背面斬りは、人間の動き止めてんだろ……!!」

 

 

 観客が唖然とする。

 つくづく自分は想定が甘かった。長門は最強の強敵手、自分にはできないから放棄した考えさえ、実現できる相手だ。

 だけど、まだ終わっちゃいない。

 弾き上げられたボールを、今度こそ捕れば――そう、当然の如く、長門は捕りに行く。

 

(だけど、俺の方が、近い――!?)

 

 着地した桜庭は即座にボールを追う――その一歩目を踏むことができなかった。

 

 ガクッ、と膝から力が抜ける。

 

 足が動かない……!? そんな……なんで――

 

 逆転されてから守備を井口に任せたが、攻撃では休む間もなく(ノーハドルで)これまでにないほど連続の跳躍をしてきた。

 全力で競り合ってくるモン太に応じる形で、常に全力で桜庭もプレイした。

 その負荷に、桜庭の膝が耐え切れなくなっていた。

 

「決して意図していたわけではないが、それでもこれは力尽きるほど全力を賭したモン太の執念が生んだ結果だ」

 

 着地後の全速力。この終盤においてもまるで衰えない運動能力。

 一歩出遅れた桜庭を、後ろから追い抜く長門。ボールへ伸ばした右手は、止まらない背中に届くことも叶わなず。

 

「元より、高見伊知郎が万全で、『ツインタワー剛弓(アロー)』を投じられていれば、反応しても間に合わなかった」

 

 その高見の腕を斬る好機を作ったのは、あまり認めたくはないが、自身に対しても容赦のない先輩の囮のおかげだ。

 これは己だけの成果ではない。

 

「この最後の勝負、勝ったのは俺ではない。勝ったのは、俺達泥門デビルバッツだ!」

 

 そして、長門村正はしかとボール――クリスマスボウル行きのチケットを掴まえた。

 

 

 ~~~

 

 

『泥門30対王城20!! 泥門デビルバッツ、東京地区大会での雪辱を果たし、関東大会優勝!! そして――クリスマスボウル出場決定!!』

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。