悪魔の妖刀   作:背番号88

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54話

 ――『主務、僕でもできますか?』

 ――『一緒に目指そうクリスマスボウル!!』

 

「叶った――」

 

 ――『一回戦負けはわかってるけど、大会にはどうしても出たいんだ』

 

「無謀でも何でもずっと夢に見てた世界」

 

 ――『諦めよう。僕にはスポーツは向いていない』

 

「ついに本当に叶った――」

 

 ――『3人で絶対行こうね、クリスマスボウル!!』

 

「いや、少しだけ違うな」

 

 ――『俺、野球選手にはなれませんでした! でも――今は初めて俺のことチームに欲しいって言ってくれる奴らがいるんス……』

 

「おうっスよ、叶った、んじゃねぇ!」

 

 ――『だからこそ、アンタ抜きでこの試合を勝ち、俺達が最強のチームだと信じさせてやる』

 

「叶えた。全員で、自分たちで、誰一人が欠けては届かなかった夢の舞台へ、無理矢理叶えた……!!」

 

 ――『ケケケ、なら、来年、進をブッ潰してやるよ』

 ――『はっ! お前にゃ無理だ』

 ――『俺じゃねェ。泥門デビルバッツのエースがやる』

 

「どうだ? 宣言通り、最強の選手と、最強のチームだと証明してきたぞ」

「ケケケ、クリスマスボウルでも存分にこき使ってやるから覚悟しておけ、糞野郎共!」

 

 

 ~~~

 

 

『YA―――HA―――!!!』

 

 

 向こうからは、感情を爆発させる雄叫びが上がる。

 応援してくれたチアや観客らに祝福を浴びながら、チームメイト同士で互いに感情や想いをぶつけ合い、分かち合い、これでもかとばかりに歓喜に溢れ返っている。

 対して、こちらは俯いている者が大半だ。当然だ。負けたのだから。

 

「畜生ォオオ!! 畜生ォォオオ!!」

「ばぁアアアア!! ばぁアアアア!!」

 

「なんでやぁあああ!! モン太に勝っとったんや! 桜庭がNo.1レシーバーやっとったのに!!」

 

 中でも猪狩や大田原、それから観客席の虎丸君が涙を流し、悔しさを、無念さをさらけ出している。

 ……自分にはできない、感情の発露に目を細め――しばし、瞑る。

 叶うならば、彼らには気が済むまでそっとしておきたいが、時間が惜しい。この決勝戦後に表彰式が控えているのですぐ場を空け渡さなければならないし、こちらも限界だ。

 

 高見は主将の大田原の肩をそっと叩き、ベンチに集合した一同をみやる。

 

「これをもって、俺や大田原たち3年生は引退。たった今から王城の新キャプテンは、進、お前だ」

 

 感情を排した声で淡々と告げる。

 高見と同様に感情の整理ができている進は、こちらを真っ直ぐ見つめ、頷く。

 

「チームの結束には誰か一人、最後まで冷静にして気丈でいられる柱が必要だ。それができるのは進しかいない。王城を頼むぞ、進」

 

「……はい」

 

 次世代へバトンを渡し、最後の仕事を終えた。

 後のことは……とそこで、今度は高見の肩が叩かれた。見やれば、そこには目元を拭い、涙を振り払った大田原。

 

「任せてすまんな、高見。もう大丈夫だ、後は俺がやる」

「高見、スタッフに腕を診てもらえ。若菜、医務室まで高見に付き添ってくれ」

「は、はい、わかりました、高見先輩!」

 

「……そうか。わかった。後は頼んだ」

 

 庄司監督の言葉に、自身の腕の状態を思い出した。

 試合では散々懊悩されたことだというのに、終わった直後に忘れかけるとは、余程、頭が真っ白となっていたようだ。

 マネージャーの若菜と共に、高見はこの場を後にした。

 

 

「といっても、高見が言うことを言ってくれたからな、主将として俺から言うべきことはあんまりない! だが、これだけは言える。今日、アメフトをやってきて一番の試合だった。持てる全てを出し切ったと。それだけに、このチームでクリスマスボウルに行けなかったことが残念でならんがな」

 

「お、おれもです! 先輩方の無念! 俺達が引き継ぎ……」

 

「そんなことをする必要はない、猪狩」

 

 大田原は未だに涙を抑えきれない後輩を見やりながら、思い返す。

 神龍寺に破れて黄金世代の抜けたチームを託された時のことを。そして、それから今日までの一年間を。

 

「俺達のチームは俺達のチームだ。そして、お前達のチームはお前達のチームになるんだ。黄金世代だとか何だか呼ばれてるが、そんなことは気にする必要はない。関係がない。

 この先の試合で、フィールドで共に戦えるのは、お前達だけだ。俺達3年が王城ホワイトナイツであれたのはこの日が最後、もう共に戦うことはできない。

 だから、俺達のことなんて気にせず、むしろ俺達を超えるチームを一から作ってくれ。そうだ。今日、俺達に勝った泥門は一から築き上げたチームなんだからな」

 

 OBとなった先輩方には夏合宿では散々叱られたが、しかし、この関東大会前に見返すことができた。

 これからの王城を築く次世代にもそうあってほしいと大田原ら3年生一同は願うのだ。

 

「お、押忍!」

 

「うむ、じゃああとは頼んだぞ」

 

 もう俯いている者はいない。

 後輩たちは皆、自分たち3年生を見つめ、そして、その先を見据えている。

 その眼差しに満足したか、大田原は満足げに笑って頷いた。

 

 

 ~~~

 

 

「入りなさい」

 

 医務室で高見と若菜を出迎えたのは、おどろおどろしい雰囲気を漂わせる看護士。ひ、と思わず若菜が悲鳴を上げかけた。

 白衣の天使なんて間違っても呼べない彼女は、高見も顔は知っていた。桜庭が怪我をしたときに世話になった――独特の世界観を持っていたので印象に残っていた――病院の岡婦長だ。

 

「まったく彼と言い、怪我を自覚しながらも無理をするのだから、呪いかけそうになったわ」

 

「は、はい」

 

 冗談のようなセリフだが、冗談には聞こえない。

 医師ではないはずだが、医療関係者ではある彼女に逆らう気はなかった。

 しかし、怪我をした右腕を診て、それからこちらの顔を見つめた岡婦長は、ふと席を立ち、隣にいた若菜の腕を引いて連れる。

 

「え、え? 高見先輩の治療は??」

 

「すぐにかかる必要はないわ。……でも、儀式……治療に用意しておきたいものがあるから、少しここを離れるわ。ちょっと多いから、あなたにも、手伝ってほしいの」

「は、はい」

 

 と強引に若菜の腕を引いて医務室を出る婦長。

 もしや生贄にでもされるのか、と一瞬過った考えに頬を引きつらせる高見へ、扉を閉めながら忠告する。

 

「無論、患者が脱走しないように外から結界(カギ)はかけさせてもらうわよ。ええ、もしこの部屋を出るようなら呪いをかけます。――だから、10分ほど、一人で大人しくしていなさい」

 

 ガチャリ、と鍵は閉められた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

(高見さん……!)

 

 大田原ら3年生との話が終わってから、桜庭は医務室へと駆けだした。

 負傷した腕で無理をさせてしまったことへの心配もあるが、この最後となった試合に高見と話がしたかった。

 最後の最後で相棒(パートナー)の期待に応えることのできなかった不甲斐ない自分が何を言う資格があるのかとも思う。

 それでも、もう立ち止まることだけはしないと己に言い聞かせてきた桜庭は医務室へ向かい、そして、『医務室』と書かれたプレートを見つけたところで、止められた。

 

「待ちなさい」

「婦長……??」

 

 『医務室』から一部屋分ほど離れた廊下にたたずんでいたのは、岡婦長。怪我をした桜庭がお世話になった人であり、ただここにいるとは思わなかった。彼女の隣には、先輩に付き添っていたはずのマネージャーの若菜までいる。

 

「面会に来たのだろうけど、医務室に近づこうものなら呪うわよ」

「へ?」

 

 不意を突かれた形で手首を取られた桜庭だが、そのまま引かれた腕に誘導されあっさりと壁を背にして起立の状態で動けなくなった。

 原理とかそういうのが一切不明。まるで金縛りにあったかのように抵抗ができなかった。

 ちょっとパニックになりかけた桜庭が声を挙げそうになったが、そこへ若菜がさっと手で口を押えた。岡婦長もそっと口元に指を立てて、静かになさい、のジェスチャー。

 未だに現状を理解できない桜庭だったが、こくこく、と頷き、それから小声で説明を求めようとしたところで気づく。

 

 

『―――』

 

 

 医務室の壁越しから伝わる微かな震動(こえ)に。

 

 

 ~~~

 

 

 ――『ポジションはクォーターバックです!』

 

 ――『6年間、待ってたんだ』

 

 ――『高さを活かせる相棒を』

 

 閉じた瞼の裏に駆け巡るのは、この王城ホワイトナイツで過ごしてきた日々。

 辛いことはあった。苦しいこともあった。だが、楽しかった。充実した日々だった。どんなことがあろうと辞めずに続けて、ついに待ち望んだ相手と共にプレイをすることができた。 

 だが、それも……

 

「終わったんだ、全部――」

 

 噛み殺しても漏れる声。

 閉じた瞼に皺が寄るほど力を入れても零れるのは、冷静な指揮官が人前では決して見せてはならない想いの発露。

 

 

 ~~~

 

 

 身体の怪我を治すには、早急に処置するのがもちろんいい。

 ただ、身体の怪我と同様に、目には見えない内面の傷も放置せずにケアするのが大事。一人にして、自身を見つめ直し、心の整理を付けさせることは、立ち直るための一歩。

 

「誰かに見られては、素顔を晒せない男もいる。そんな男を素直にさせるのが、良い女の役目。だから、少しの間だけど存分に自分を呪うといいわ」

 

 ――もちろん、あなたも同じよ。

 隣に立つ、俯く男子に目を向けないまま、婦長はそう囁いた。

 

 

 ~~~

 

 

「……高見さん」

 

「ああ、桜庭か。様子を見に来てくれたのか」

 

 10分後。

 岡婦長らと共に医務室に入室した桜庭。

 高見の表情は、いつもと同じで、桜庭もまた普段通りに心がける。

 眼鏡の奥の眼差しが、その瞼が微かに赤らんでいることを捉えたが、何も追及することなく言葉を繋げる。

 

「心配をかけてすまないな。引継ぎの方は無事に済んだのか」

 

「はい、大田原さんら先輩方からバトンを託されました」

 

「そうか」

 

 二人の会話を邪魔せず、高見の右腕に包帯を巻き、黙々と処置をする岡婦長。

 ……その包帯にびっしりと呪詛なにかが書き込まれていて、それにあわわと若菜が怯えてるようだが、高見は気にしなかった。桜庭も目を逸らした。互いに意識に入れないよう視界から外した。

 

「高見さん、俺……俺が、最後にパスを捕れなかったせいで――」

「敗因を語るのなら、まずは指揮官から追及するべきだ。桜庭は……俺の相棒(パートナー)は最後まで全力を尽くし、最高のプレイをした。今日までの試合、何試合かタッグを組めた。それだけで、俺の王城中高の6年間は無駄なんかじゃなかったと断言できる」

 

 本心からの言葉でそう言い切る高見。

 

「この王城学園でプレイする最後の試合となったが、最高の試合だった」

 

「最後……?」

 

 王城学園は、中学から大学までの一貫校。

 そして、大学部でもアメリカンフットボールは盛んで、王城ホワイトナイツに所属した生徒のほとんどは、王城シルバーナイツでもアメリカンフットボールを続けている。

 しかし、

 

「俺は大学部へは進学しない。――医学部のある集英医大を受験する」

 

「え?」

 

 桜庭は、頭が真っ白となった。

 と驚く様が容易に予想できたので、余計な勘違いをされる前に、口早に高見は言葉をつづけた。

 

「だが、俺は集英医大でもアメリカンフットボールを続けるつもりだ」

 

「え?」

 

 集英ドクターフィッシズ。

 集英医大にも、近年は弱体化の目立っている老舗の古豪チームがある。

 

「俺は、俺達は、この試合で全てを出し尽くした。出し尽くして、それでも尚、勝てなかった。――悔しい、己の不甲斐なさに猛省するばかりだ。口に出さなくてもわかる。俺もお前も同じだ。だからこそ、この後悔を先へ繋げていきたい」

 

 ふっと眼鏡を直した高見が朗らかに表情を緩め、未来への展望を語る。

 

「簡単な話だ。負けて悔しいから、止められない。王城を離れることになっても、俺はアメリカンフットボールを止められない。そして、桜庭、今日のお前のプレイを見て、魅せられて強く思ったんだ。――お前と闘ってみたい、と」

 

「高見さん」

 

「別々のチームになって共に戦えなくなっても、いいや、別々のチームだからこそ、俺は俺が誰よりも認めた最高の相棒と闘うことができる。そう考えたら、アメリカンフットボールを止められなくなるだろ?」

 

 想像し、共感した。

 この先の未来で、誰よりも尊敬する先輩とフィールドで相対する自分の姿を。

 

「はい、俺も同じです、高見さんに勝ってみたい」

 

 高見は見た。桜庭の目に野心の火が点いたのを。

 

 そして、桜庭は改めて誓いを立てる。

 いつか相対した時、胸を張れるよう、頂点を目指し続けると。

 

 

 

 

「なら、腕の怪我を治すのが先決ね。もし、試合みたいに無茶をするようなら呪うわよ」

 

「は、はい」

 

 

 ~~~

 

 

『最優秀ラインマン賞は、栗田良寛、大田原誠、両名!』

 

 

 整列する選手とアメフト関係者らの前、関東大会優勝のトロフィーを泥門デビルバッツへ授与した後、今大会で活躍の著しかった選手に関東アメフト協会理事長が直々に賞状を手渡す。

 表彰台で讃えられた栗田と大田原は互いに抱きしめ合い、大量の涙を流し合った。

 

 

『最優秀バック(後衛)賞は、小早川セナ!』

 

 

「うおおおセナ!」

「ムッキャ畜生! けど、そうだよな。個人賞逃しちまって残念MAXだけど、セナはやっぱすげぇよ!」

 

 小心者(ビビリ)から本物のアメリカンフットボール選手となったセナは、モン太らに背中を押されて前に出るや、むやみやたらに周囲にぺこぺこと頭を下げながら表彰台に行き、賞状を受け取る。

 そして、振り返り、進と目が合った。

 

(そう、だ、僕は進さんに勝ったんだ……)

 

 忘れてたわけではないけど、改めてそう認識すると全身に震えが走る。

 そんな僕はまだ――と思いかけて、その弱音を腹の奥に呑み込んでから、見つめ返す。

 

(次、闘う時、今よりずっと強くなっているようにします……!!)

 

 

『そして、最後の個人賞の発表です――』

 

 

 ~~~

 

 

「ほんまにええの、大和君、折角東京まで来たのに顔を見せんで」

 

 試合が終わり、表彰式を見ることなく会場を出る。

 隣を歩く小泉花梨に、大和猛は足を止めることもなく、

 

「今日この日は、今日この日の試合の健闘を称えるべきだからね。泥門、王城双方、素晴らしいプレイだった。それを称賛する以外のことは無粋さ」

 

「大和君がそういうのなら別にええけど……」

 

 花梨は斜め下から伺いみるが、大和の表情はウソはついていないように見えるが、何かを抑えている気配がある。

 

「……それに、今、村正と顔を合わせたら、挨拶で済ませられる自信がない」

 

「? それって、どういう」

 

 その時、二人の前に黒い何かが飛来してきた。

 

 

 ~~~

 

 

『最後に、関東大会最優秀選手賞MVPは、長門村正!』

 

 

 最後に表彰台へ上がるのは、長門村正。

 創部2年目の新興チームの1年生、しかし、その実力を疑う者はいない。

 これまでにないレベルで熾烈な試合が繰り広げられた関東大会で、闘った強豪校のエースに勝ってきた。

 そして、この決勝戦で進清十郎を降した長門村正は、名実ともに関東最強の選手、“東国無双”と評価されている。

 

『栄冠のMVPトロフィーが授与されます』

 

「おめでとうございます、村正君」

 

 壇上へ上がった長門へ、それまで賞状授与の介添え人を務めていた熊袋リコからトロフィーを渡される。その際に小声で個人的な祝辞をもらい、長門も笑みを返す。

 そして、トロフィーを抱きながら、マイクの前に立つ。壇上から整列する選手達を見据え、口を開いた。

 

 

「まずは光栄です。この関東大会、泥門デビルバッツにとっては夢の通過点に過ぎないが、常に挑戦者だった。

 格上との試合で楽に勝てたことは一度もなかったが、だからこそ、強敵との試合が俺達をより強くした。感謝する。

 ――その礼として次に戦う時があれば、日本一のチームとして、挑戦を受けて立とう」

 

 

 絶対の自信を漲らせながら放つ気迫。威風堂々の体現がここにある。

 これを受けて、楽しげに笑みを浮かべるのは進清十郎。

 

 ああ、そうでなくては困る。

 

 新世代の王城として再び相まみえる時は、こちらが挑戦者。

 小早川セナしかり、長門村正しかり、進が1年前には得られなかった、己に勝ち得る強敵手。その目標がより強くあるのなら望むところだ。

 

 

「ケケケ、ならしっかりと宣戦布告をしとかなきゃなァ」

 

 

 ――その瞬間、表彰台の真正面の方角にある東京ドームのメインビジョンが点灯。

 

『え? え? なんなんこれ??』

 

 そこに映し出されたのは、嫋やかな美少女で、帝黒学園の選手――小泉花梨と、大和猛。

 帰る途中でいきなりで、事態を呑み込めずに戸惑う花梨だが、大和は長門と目が合った。

 

 やれやれ、と長門は嘆息を一つ。

 こんな派手なことをしでかす仕掛け人は、たった一人しかいない。どうせ、この東京ドームのスタッフも支配下(脅迫手帳に登録済)に置いているのだろう。

 まあいい、ちょうどいい。ここまで派手にやらかす気はなかったが、ヒル魔先輩に同意見だ。このお膳立てに乗ってやろう。

 

 その瞳に焔のような強く熱い輝きを放ちながら、長門村正は画面向こうの大和猛へ指を突き付けた。

 

 

「これは宣戦布告だ、猛。

 泥門デビルバッツは、クリスマスボウルで、帝黒アレキサンダーズに勝ち、日本一になる」

 

 

 ~~~

 

 

『う゛おおおおおおおお!! 良くぞ言った長門ォオオ!』

 

 この表彰式に集った選手らから歓声があがる。紅白のユニフォームが入り乱れて、思い思いに声をあげるので、数秒は聴覚がまともに機能しないほど。

 

 これには流石の理事長も目を瞠った。

 介添え人の熊袋リコは唖然と口を開けて呆けながらも、大きく見開いた目はMVPの勇姿に夢中のようだ。

 

「これまでこの壇上で帝黒撃破を謳った選手はいなかった。ここまで派手な宣戦布告を叩きつけるのも前代未聞だが……」

 

 それは単なる日本人の謙虚の美学だろうが、あるいは関東全体の空気のどこかに帝黒の神格化があったのかもしれない。

 

「例年のクリスマスボウル以上に楽しみな試合になりそうだな」

 

 

 ~~~

 

 

 我慢の、限界だ。

 もう取り繕うことなどできない。

 

「や、大和君!? 何か見たこともないくらいオーラ出てない……?」

 

 花梨の目に蜃気楼の如く、大和猛の輪郭が揺らめいて見えた。

 

 彼との勝負を思うと震えがくる。熱いものがこみあげてくる。

 舞台は整ったというのに、一刻も早く勝負がしたい。決勝戦が始まってからこの衝動と付き合ってはいたが、進清十郎と最後の衝突を目撃して箍が外れてしまったようだ。

 最高潮に達した村正と対峙する場面を、自分に置き換えて想像するだけで、心臓が暴れ出す。今も左胸を掻き毟るように手を当ててるが、激しくなる鼓動が伝わっている。

 ああ、戦いたい。

 叶うのならば、一秒でも早く我が宿敵の前に立ち、全身全霊をぶつけたい。

 

「それは、ダメだ。全力で戦うのはフィールドでだ」

 

 一息ついて、それでも気が収まらないので、二度深呼吸した。

 息荒げにだが、頭を振り、ようやく思考を整えた。それでもなお、一度点火した想いを鎮火することはできず、瞳に煌々と燃え盛る光が宿る。

 

「クリスマスボウルで闘うのが楽しみだ……!!」

 

 この胸中を言い表すには百の言葉があっても不足。

 しかし、飛来してきたカメラ付きのドローンに向けて、指を突き付けた大和猛が唱えるのは、この一言。

 

 

「勝つのは俺だ、村正!!」

 

 

 番外54.5話

 

 

 ――勝つのは、私です!

 

 港に停泊する白いクルーズ船『シンフォニーモテルナ東京』。

 遠目からでも派手に目立つ豪華船に、優勝チームの面々、それから招待された関係者一同がタラップを上って、船の中へと乗り込んでいく。

 

 その中に熊袋リコはいた。

 

 彼女は危惧していた。

 その理由は、この祝賀パーティに誘ってくれた時の友人の一言。

 

『村正って人気があったけど、MVPにまで選ばれちゃって今や時の人! 全国区レベルでモテモテになっちゃうんじゃない?』

 

 そうである。

 アイドルの桜庭春人程ではないにしても、試合で活躍する彼にはファンが大勢いる。何ならそのファンを作ったきっかけは私も関わってたりもする。

 彼の魅力が一人でも多くの人に伝わればと気合を入れて特集記事を書かせてもらったことがあるのだ。文章から彼の人柄やアメフトにかける想いがすごく伝わって来る、と評判のようで月間アメフトの編集者からも太鼓判を押されている。自分で自分の首を絞めるような真似だが、だからと言って、彼のことを貶めるような内容など一文字だって書けるわけがない。他にも『INTERVIEW8』でイマ一押しの選手! ってことあるごとに紹介・絶賛もしてて、この頃の彼の活躍も合わさったおかげでチャンネルの登録者数はすごく伸びている。

 

(だ、だからといって、“村正君にお付き合いしてる彼女がいます”なんて捏造(うそ)()いていいわけがないし、もしそれがバレたら、って、村正君は私が書いた記事をいつも読んでくれてますし、あわわ……)

 

 目を回し、思わずセットした髪がぼんっとアフロになりかけたけど、堪えた。

 自分で頬を張って、気合を入れ直す。

 

 この状況を看過したら、手遅れになるかもしれない。

 解決するのに思い付くのは、正攻法。

 たとえ当たって砕けることになろうと、正面突破で行くしかない!

 

 

 

 一度限りの青春だ。

 夢を追いかけるのもいいけれど、それだけではないはず。

 そう、恋!

 だけど、周りは時たま見せる勇気にちょっと見どころはありそうだけどまだまだお子様な男子と逆に難解過ぎてお付き合いする像が想像できない二人と両極端。もっと手ごろに甘い雰囲気を感じさせるのはいないのかと探せば、いるのだ。

 

(そう、リコりん! 大会優勝して盛り上がってる今、絶好の告白チャンス!)

 

 というわけで発破をかけておいた。

 花の女子高生としてこの手のことには敏感で、そうでなくても友人の彼女の反応はあからさまなのだ。

 

(アメフトも恋も一緒! 戦わなければ得られない! 実際のところ村正がモテるのは本当のことだし)

 

 鈴音としても彼のことは中々の良物件と評価している。

 トップクラスの実力のあるスポーツ選手で、しかし運動だけでなく学業の方も成績は優秀。

 試合となるとエゴイストな一面が出てくるが、バカ兄を筆頭に個性派揃いの泥門一年生をそつなくまとめていることからもコミュ力も高く、女性に対して紳士である。

 背が高く、顔立ちも精悍で整っている、とそんな非の打ち所がない男子を狙う女子がいないわけがない。

 身近で言えば、ウチのチア・『デビルメントバット』がそうだ。

 スカウトされて日本に来たはいいけれど、最低限の日本語しかできない彼女たちを英会話も堪能な村正が何かとフォローをしていたという。

 おかげで彼の応援をするときの声量が他と違う娘が何人かいるし、中には本当に告白までするのも出てくるかもしれない。あのボン・キュッ・ボンのスタイル抜群の外国人美女に迫られたら、コロッと落ちるかもしれない。

 しかし、健気な一人の乙女のことを知る鈴音としては彼女のことを応援したい(チアリーダーを差し置いて恋人を作るとか許せないからとかでは決してなく)。

 

「今宵の私は一途な少女を応援する、恋のキューピッド! その恋が実るように全力でフォローするわ!」

 

 

 

「がははは、優勝するって信じてたかんなァ!! すでに全員分のパーティーウェアは用意あんぞ!」

 

「大盤振る舞いですが、また、全財産とか賭けてたんですか?」

 

「いいや、庄司と一緒に互いのチームに賭けようか誘ったんだが断られたしな。まあ、今度飲み入った時の酒代分くらいは奢らせるけどな。そんなことはどうでもいいから、折角の祝いの席だ。ほれ、長門も着替えてこい」

 

 大会と表彰式が終わって直行だが、祝賀パーティの準備は万端。

 ユニフォームからスリーピースのタキシードを身に着けるデビルバッツの面々。その後方ではしゃぐチームメイトらを見やりながら会場入りする長門の前にたたっと駆け寄る一人(ともう一人)の少女。

 

「? 鈴音か、どうした??」

「村正君っ!」

 

「と、リコ、か……」

 

「ど、どうしましたか? 何だか目を丸くしてるようですけど」

 

「すまない。今日のリコが普段とは違って見えてな。うん、少し驚いてしまったが、綺麗だよ」

 

「そ、そそそそうですか!?」

 

「ああ、いつもは動きやすいカジュアルな服装を好んでるけど、今のようなドレス姿も新鮮で似合ってる」

 

 胸元の露出は控えめだが、その分肩から背中にかけては大胆にカットされているパーティドレス。

 薄い布地は身体の輪郭をくっきりと浮き上がらせて、華やかなフリルのミニスカートからは白く引き締まった太腿がのぞいている。

 清楚さと可憐さを主体にしながら、仄かな色香を隠し味にトッピングしたような衣装だ。普段とは違う印象のお隣さんに戸惑いを見せた長門だったが、その目を逸らさずに思いのままに褒めれば、リコの顔からボンッと煙が出た。

 

「む、村正君も素敵です、よ……っ!」

 

 あ、いつも通りのリコだな、と内心、その様子に少しほっとした長門。

 

 

 

 そして、二人の様子を少し離れた位置から伺う瀧鈴音(キュービッド)

 

(うんうん、きちんと相手のことを褒める。満点よ、村正! リコも照れてないで、もっとアピールアピール!)

 

 雰囲気を壊さないよう声に出してはしゃぎはしないが、目は爛々としている。頭頂のアホ毛(アンテナ)も調子よく踊ってる。

 そんな甘酸っぱい空気に悶えそうになるのをこらえてる鈴音を横から伺うのはセナとモン太(実は入船したときに長門の傍にいたのだが、お邪魔虫はさっと鈴音が回収した)。

 

「え、っと。どうしたの?」

 

 と何だか一人盛り上がってる鈴音に、控えめに声をかけるのはセナ。そんな彼に鈴音もようやく視線を合わせる。けれど、何も言わない。あからさまにヒントを出しはしないが、一歩距離を置いて彼の前に立ってやる。リコりんやまも姉と一緒に選んだドレスで着飾った自分はいつになく魅力的であると自負している。だから、見ればわかるのだ。

 

『おおおお、大人っぽいね鈴音!』

 

 そう、このドレス姿を見れば、お子様なセナだってドキッと胸を高鳴らせるはずで……

 

 

 

「……とかないのかねこら。ラブコメ的リアクションとかしないの、ほら?」

 

「いや、ビックリはしたけど……」

 

 残念、ダメだった。

 催促してポーズとかもとってみたけど、只管、『?』ばかりを頭頂に浮かべる在り様に落胆する。向こうのパーフェクトコミュニケーションを見たから余計にがっかりだ。村正の走りを見本としたなら、女性の扱いも見本にしてほしい。

 つい指で頬をぐりぐり突いてやってると、お子様2号(モン太)が手を横に振りながら生意気にも反論してきて、

 

「ない! ない! ――「鈴音ちゃん、それにセナもここにいたのね」――おおおおお! 大人っぽいっすねまもりさん!」

 

 180度違う態度に、瀧鈴音はにっこりとパーティ用のサンダルから、普段使いの、そして今は折檻用のローラーブレードを装着した。

 

「おおおおおおおお!?」

「なんで僕まで!?」

 

 

 

 お子様2人に教育的指導を挟んだ後、保護者や友人も交えた立食パーティーが始まった。

 

「すごいじゃないもうセナァ~~~優勝だって優勝!!」

「んで、なんでいんのお母さんたち!?」

 

「もぅ~~学ちゃんたらママに内緒でアメフト部なんて~! でもステキよ~優勝なんて! 担任の先生からも部活動で優秀な成績を修めたら就職にもすごく有利だって! クリスマスボウル大応援しちゃう!」

「あはははは! 部活についてどう打ち明けようかと悩んでたけど、なんか問題解決……」

 

「「アハーハー!」」

「オヤジに似たんだな、あのバカは……」

 

「ハァアア、テメー大トロばっかし食いやがって!」

「卑怯がモットー、黒木浩二ィ~~!」

 

「よォォくやったデビルバーーッツ!!」

「おめでと~~!!」

 

 おいしい料理に舌鼓を打ちながら、楽しい会話を弾ませる(一部、身内に恥ずかしい真似をする父兄をしばきたくなったが )。

 シュークリーム早食いダービーをはじめ、パーティを盛り上げるイベントも様々企画している。

 

「はいそこ! 始まるよーゲーム大会!」

 

 とここまで皆を楽しませながらも、パーティの仕切りをして場をコントロールするのは鈴音。

 カップル成立みたいなイベントは開かない。ああ言うのは強烈な後押しになるだろうが、自爆もしかねない劇薬だ。リコりんの性格的に皆の前で告白させるようなことになれば爆発してしまうのが容易に想像つく。

 だから、何もしない。

 こちらからできるのは、二人きりの時間を作らせること。

 お邪魔虫なお子様らを引っ張って物理的に距離をとらせるだけでなく、イベント毎のたびにこちらに衆目を集めさせる。

 そうなれば、こういう時は基本的に後方で保護者的なポジションにつくターゲット(ムラマサ)は喧噪から離れるし、夜景の綺麗なムードあるシチュエーションで大一番に臨めるはずだ。

 そして、このキュービッド(小悪魔)の目論見通りに事は運んでいる。

 あとは、彼女の勇気が整うのを待つだけ。

 

「ゲーム大会の優勝賞品は、校長先生提供のゲームソフト100本です!」

「何ィイイイ!?」

 

 ここで一気に注目をかっさらうために開いたのは、全員参加型のゲーム大会『地獄のデビルバルーン』。

 選手の名前でしりとりをする簡単なゲームだけど、早く回答しないと風船がバンバン膨らむので、破裂する前に誰かに押し付けないと大変なことになる。

 

「え? 風船が破裂した人は罰ゲーム……」

「力ずくで海に落とされます」

「何ィイイイイイ!?」

 

 カンペを読み上げるまも姉が微妙な表情。このちょっと刺激的な要素を含ませた下手人はやはり妖兄だ。

 

「ケケケ、()ってくれんのは、この屈強な黒服トリオに自ら奴隷志願してきた狂犬プラスワンだ」

 

「屈強過ぎる方々来ちゃったーー!」

 

 現れた黒服は皆筋骨隆々、ラインマンたちに負けないくらいの体格……というか、ラインマンだった。

 峨王力哉、大田原誠、番場衛……関東でも屈指のパワフルな漢たち。それから、猪狩大吾もいた。

 

「てか、大田原もだが、猪狩も奴隷とか何やってんだァアア、敵の祝賀パーティに!」

 

「ケジメだコラ! 泥門の指揮官に反則したのは俺の責任だから、クリスマスボウルまで雑用でも何でもする! サンドバックにだってなってやらあ! だから、王城舐めんじゃねぇぞオラァアアア!」

 

「謝罪だっつうならガンつけてきてんじゃねぇぞこの脳筋野郎。まあ、チームに泥を付けたままじゃいられないって気持ちはわかるけどな。ケジメっつうなら、存分にこき使ってやるよ」

 

 というわけで、期間限定だが、雑用係に猪狩が加わっている。既に正式な謝罪は受けているが、先輩方に尻拭いをさせるような真似で納得するような性格ではないので、彼自身のためにもしばらく雑用をすることとなった。

 それを良しとした前指揮官や監督らの思惑のひとつには、次世代のラインの中核を担うであろう後輩への成長のためもある。猪狩の性格的にも合う、泥門デビルバッツのやり方を間近で体感させて、そこで得たものをチームにフィードバックしてもらうといったところだ。

 

 で、ゲーム大会に戻る。

 

 

「GYYYYAAAAAH!!!」

「ゴラアアアアアア!!!」

 

 

 決勝戦を見て興奮したせいで力が有り余っている峨王、それから、同じ1年で負けん気を発揮する猪狩が主に奮戦するおかげでか、ほぼ平面だった風船が瞬く間に立体的になったくらいに勢いよく膨らむ。これはちょっとのんきに司会してる余裕もないかも。でも、この異様な膨張ペースに皆の注目は否が応にも集まって、後方デッキへ移った2人には気づいていない。

 ちなみに妖兄はとっとと退散した。

 

「まずは、アイシールドにじゅうい……“ち”!」

 

 

 ~~~

 

 

「ヒル魔先輩が途中で戦線離脱することは想定した状況の一つだった」

 

「途中で指揮官が抜けても泥門が混乱なく動けていたのは、予め村正君が指揮を執ることを承知していたからなんですね」

 

「そうだ、もっともその可能性は回避したかった。だからといって、文句ばかりで行動しなくては事態は解決しない」

 

 会話を弾ませる二人だが、しかし二人にとっては特別感のない、普段通りの内容だった。

 鈴音がこうして二人きりの時間を作ってくれたというのに、つい安パイなやり取りにかじを切ってしまった。

 

 いや、今日の私は積極的(アクティブ)に攻めると決めたんです!

 

「そ、そういえば村正君! 王城は進選手はもちろんですが、今日の決勝戦は桜庭選手も一段と手強かったですよね?」

 

「お、おう」

 

 開始から順々に経過を辿っていた会話の流れを強引にぶった切ったリコにちょっと押されつつも、長門は頷いて答えた。

 

「確かに、秋大会から変化、というか、進化していたが、今日の桜庭春人はいつになく強敵だった。特に終盤、チームが一丸となってそのプレイを補佐した時の桜庭は、主人公感があふれていた。交流戦のラストプレイ……猛のランと重なったくらいだ」

 

「それは、驚きです。村正君にとって大和選手を連想させるとは最上級の評価ですよね?」

 

「ああ。だが、泥門はその勢いを阻止して、勝利した」

 

 端的に事実を述べる言葉からは自信のほどが伺えた。

 笑みを深めるその横顔にほんのりと見惚れかけて、慌てて頭を振ってから会話を繋げる。

 

「そ、それで桜庭選手、一体となった王城ホワイトナイツのプレイも凄かったですが、あの時の応援も凄かったですよね?」

 

「ん、そうだな。鈴音たちのチアも奮闘してくれたが、アイドルの一面もある桜庭春人だからこそ呼び込めた盛り上がりようは圧倒だった。会場の大半がアウェーとなったような状況には、泥門(こちら)にプレッシャーがかかったし、一方で王城(むこう)には追い風になっただろう。あの応援の勢いにはこちらも流れを持っていかれた」

 

「村正君も、応援されたらうれしいですかっ?」

 

「は? ああ、それはもちろん……――」

「やっぱり可愛い女の子からの声援が一番ですかっ?」

 

「はい? うん、いや、まあ、一般的にはそうだな」

「では、どんな娘がタイプなんですかっ、村正君っ!?」

 

「待て待て少し落ち着けリコ。なんか変な方向に話が転がってる気がするぞ??」

 

 途中から語気強めになり、前のめりに迫るリコの肩を押さえ止める長門だが、リコはフンスフンスと鼻を鳴らし、セットした髪もちょっとテンパってる。押さえた手を離せば、また突撃取材を敢行しそうで手が離せない。

 ソフトドリンクにしか手を付けてないはずだが、まさかアルコールでも含んでいたか? なんかそれっぽい匂いがするようなしないような? と突然の変調に頭を抱えたくなる長門だが、しかし、この状況、見る角度によっては何だか抱き合ってるようにも見えなくもなく、舞台上からその様子をつぶさに窺っていた自称キューピッド(小悪魔)は目をキュピーン! と光らせた。

 

「どうだ? 落ち着いたか、リコ」

 

「は、はい、すみませんでした村正君」

 

 それで。

 ちょっと?グイグイいき過ぎた。いつもの取材するときの雰囲気でさりげなく?探りを入れようとしたけど、気が急いてつい強引になってしまったようだと、冷静に客観視し反省するリコ。

 さらりと手に持っていたドリンクを取り上げ、水の入ったコップと交換する長門に、リコは一回、二回と深呼吸して、荒ぶる乙女心を鎮めるや、コップの水を一気飲みしてから、キッと相対し直し、

 

 

村正君は誰が好きなんですかっ?

 

 

 ド直球を投げ込んだ。

 

 

 ~~~

 

 

 ――キャ~~~~~~!!!

 

 心の中で歓声を上げる。

 そうよ、花の命は短いもの、女は度胸! このまま押して押して押しまくるの!

 二人の会話は距離があってよく聴こえないけれど、それでも雰囲気で分かる。

 戸惑う村正とガンガン攻めてるリコりん! 流れはこちらにある! このまま告白までもっていって、勢いのままにOKをもらう! いける!

 

 

「あー……リコ、そのだな。今、いつになく髪がテンパってるというか、もはや爆発(ボンバ)ってるけど、大丈夫か?」

ですから、今、村正君が意識しているのは誰ですかっ!

 

 

 すごい! すごいよリコりん! 村正君がああも押されっ放しなのは初めて見る。今もなんか一瞬呆けたように固まって、無抵抗になってるし、このままカップル成立まで行くかも! ちゃんとお祝い用の花火も用意してるんだけど、そろそろ裏方の打ち上げ班にも指示を送った方がいいかも――

 

 

「“ち”!? えっと……巨深のランニングバック・知念亀人(ちねんかめひと)!」

「なんでそんな奴覚えて……ってネットで調べてんじゃねぇか汚ぇぇ!」

「ル、ルール違反じゃないからね。海に投げ込まれないためなら何でもするよ!」

「黒雪光!」

「“と”か……そりゃまあ俺、戸叶庄三(とがのうしょうぞう)!」

「はあ? “う”っつったら、今日の試合でやり合った王城のディフェンスライン・上村直樹(うえむらなおき)か」

「よくぱっと名前が出るな、十文字。で、“き”、だっけか。“き”っていえば、西部のキッド!」

「“ど”!? そんな選手なんて……えーっと……えーっと……えー……………………………あ、あった! 幻詩人ファイターズのワイドレシーバー・土偶辰彦(どぐうたつひこ)!」

「“こ”、って言えば、やっぱりお前っきゃいねぇよな、小早川(こばやかわ)セナ!」

「“な”? “な”……ナハーハー! 長門村正(ながとむらまさ)だね!」

 

 

 イベントの方も盛り上がってるし、今日の祝賀パーティは大成功……

 

 

「さあ、ムッシュー長門! ボクの風船を受け取ってくれ!」

 

 

 と向き合ってる男女にお構いなしに突撃していく兄さん……

 

 ――って、何やってるのよ!? ウチのバカ兄は!

 

 きっと名前を口にしたから、そっちへ行く単純思考。

 ルール上は、この船上にいる全員が参加者だから問題ないんだけど、ちょっとは空気を読みなさいよ!

 思いっきり念を込めて睨むが愚兄が気付かない。踊るようなランランステップで、現在進行形で膨張中で今にも破裂しそうな風船を手に近づく、この上ないお邪魔虫。お子様二人(セナとモン太)よりもまず身内を始末しておくべきだったと後悔するがもう遅かった。

 

 

「答えたまえ! “さ”のつく選手を!」

 

「“さ”? うちの助っ人の佐竹洋平(さたけようへい)――」

 

 と答えた長門だが、瞬時に悟る。この状況は詰んでいる。

 イベントの説明はここまで聞こえていたし、流れも把握している。

 しかし、この『地獄のデビルバルーン』、渡した相手に返すのはルール違反。

 違う相手に渡さないといけないのだが、距離を取っていた長門の近くには瀧以外にはひとり、熊袋リコしかいない。

 

 

GYYYYAAAAAH!!!

ゴラアアアアアア!!!

 

 

 空気入れ組も全くペースが衰えず、むしろ加速している。

 蝙蝠型の風船が今や丸々と肥えており、『もう、げんかい』とそんな幻聴まで聴こえてくる。この差し迫る危機から逃れるには、早急に誰かに爆弾(ふうせん)を押し付けないといけないのだが、

 

 

「村正君、私に風船をください!」

「てい」

「あいたっ」

 

 

 そんな状況を把握したリコから手を伸ばされるが、間髪入れずに手刀を額に軽く当てる長門。

 思わぬ衝撃に目を瞑るリコを、小突いた手から滑らせるようにさわりと頬、首筋を撫でてから肩に置いて、そのまま瀧のいる方へと押しやった。

 

「バカだな。これ以上、格好悪い真似をするわけがないだろうに」

 

 ちょっとしたじゃれ合いをしてる合間にも風船は膨らんでいる。

 もう限界。爆発まで残り5秒もない中、長門の行動は迅速で、躊躇がなかった。

 

「一足先に失礼する。じゃあな、楽しかったよ」

「え、まさか……」

 

 甲板の手すりに備え付けられた浮き輪を手に取るとその手すりに足を置いて、乗り上げて、そして、長門村正は跳んだ。誰もいない海へ――

 

 

 ――バパアァァァァン!!!

 

 

 ~~~

 

 

 デビルバルーン、爆発。

 解き放たれた爆風の威力は、パーティのテーブルをひっくり返し、参加者の中には驚いて腰を抜かすほど。そんな爆風に押される形で海に飛び込んだ長門の身柄は夜の闇もあってこちらからは視認できないほどだったが、1分もしないうちに当人からの無事を報せるメールが届いたのでひとまず安心だ。

 

「ごめんね、リコりん! ウチのバカ兄が!」

 

 ばんっと手を合わせて謝罪する鈴音。

 会場の方は、『地獄のデビルバルーン』の2回目に突入。今度は選手名ではなく、まも姉が出題する中学生でもわかるレベルの一問一答形式に変更し、開幕から(基礎学力が小学生レベルに達してるかも怪しい)愚兄に風船を押し付けてきた。最初からこうしておけばよかったと後悔。

 

「いえいいんです、大丈夫です」

「でも、折角、リコりんが勇気を振り絞って告白しようとして――むぐっ「ホント、大丈夫です鈴音さん!」」

 

 と極秘事項を暴露しかけた鈴音の口を慌てて塞ぐリコ。

 

「本当に、本当に大丈夫ですから、むしろ良かったと思ってますし」

 

「本当に?」

 

「本当です。今回は私が焦りすぎでした。……たとえ想いを打ち明けることができても、村正君を困らせるだけでした。だって、彼は今、約束した夢の舞台がすぐそこに待っているんですから」

 

 目を瞑り、先の会話を思い返す。

 自分の追及に、一瞬固まった彼は苦笑しながらこう言った。

 

『ああ、すまない。リコのことを無視するわけではないんだが、今の俺は気を抜くとどうにも猛との勝負のことばかりが頭を占めてしまう』

 

 つまり、気をつけないと四六時中、大和猛(ライバル)のことを意識しているということ。

 それもそうだ。ずっと彼のことを取材し()てきたリコにはわかる。長門村正が、この『クリスマスボウル』にどれだけ思い焦がれているのかくらい。

 そして、それは彼だけでない。

 そこに割って入ろうとする真似など邪魔にしかならないし、そんなことはどうあってもしてはならない。

 あの時、遠い目で想い馳せる村正君に、私は胸元に手をやりながら何も言えなかった。瞬きも忘れるくらい動けなくなった。黙って、見守るのが正解だってわかったからだ。

 

 だから、返答、というか私の扱いに困った村正君に、風船を押し付けられたのは助かった。吹き飛ばされた時は心配したけれども無事ならそれでいい。

 

「というわけですから、本当に気にしないでください。私は全然大丈夫ですから。むしろこれでよかったと思ってますから」

 

「ふーん……まあ、リコりんがそういうならいいけど」

 

「それよりお兄さんが大変なことになってますけど……」

 

「いいのいいの全然気にしないで、人の恋路を邪魔したバカ兄は一度吹っ飛ばされておくべきだから」

 

 最後の方は小学生の算数(四則計算(+-×÷)の組み合わせ)の問題を出してくれたのだが、そんなまも姉の優しさも甲斐なく誤答を連発し、『アーリーエーナーイー!?』と悲鳴をあげながら、誰にも渡すことのできなかった風船の爆発を受けた愚兄は、そのまま黒服たちによって海へ放り出された。

 

 

 ~~~

 

 

 爆発に吹き飛ばされながら海に飛び込んだが、どうにか岸辺まで辿り着くと、そこにはちょうどよく武蔵工務店のトラックが停まっていた。

 どうやら武蔵先輩がスタンバイしてくれてたようだ。

 呆れ気味の渋い顔で、こちらにタオルを投げ渡す。

 

「ったく、無茶ばかりしやがる。ヒル魔よりかは身体が頑丈でも無理していい理由にはならないぞ」

 

「面倒おかけします、武蔵先輩」

 

 長門もヒル魔と同様に、パーティに顔出しだけしてとっとと退場し、病院へ行く予定だった。高気圧酸素で代謝を高めて怪我や疲労を回復する酸素カプセルの予約が入っている。

 

「俺としても、ああしてその日の試合を振り返ることは、どうしても外せない用事なので」

 

「ったく」

 

 それから軽トラに長門が乗り込むと、何も言わず、発進する。

 結局、逃げて恥を晒した手前、深くは追及しないでくれる武蔵先輩は助かる。それに甘える形で長門は話題を変えた。

 

「それで、“俺の相手”はどうなりましたか?」

 

「ヒル魔が話を通したそうだが、当人からの返事はない。案内人をよこすから自分でどうにかしろと」

 

「素直に受けてくれるとは思いませんでしたが……丁重にお願いをすれば穏便に対応してくれますかね?」

 

 その問いかけに、武蔵は何も答えなかった。

 ヒル魔は予告していた。

 糞カタナ(ながと)が行けば、100%殺し合いになる、と。

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