悪魔の妖刀   作:背番号88

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8話

 囲碁の定石の中に、『村正の妖刀』なるものがある。

 その由来は、数多のプロ棋士がこの戦法には難しい変化が幾つもあり、“一手間違えれば自分が痛手を被ることになる”ということからそう名付けられたのだ。

 

 ……碁とは違うが、かつて将棋界に超攻撃的な打ち方をする者がいた。

 彼はチェスに転向しても、その攻めの姿勢を崩さず日本アマチュア界で頂点に立つ。

 しかし、プロを目指して世界選出するも本場との激しいレベル差に、受け身一方のスタイルへと転換。でも勝利のために持ち味をなくしたその男はほとんど勝利できないまま帰国して引退する――。

 その日本で頂点に立った蛭魔棋士の得意としていた超攻撃的スタイルは、『悪魔の妖刀』と呼ばれていた。

 

 

 T G C G T――+TE。

 『パワーオフタックル』、という戦術。

 作戦名から想像がつくと思うが、力勝負。まんま“パワー”とも呼ばれることがある。

 基本、5人のラインマンはセンター1人、その左右にガードが2人、そして、外側両サイドにタックルが2人。

 オフタックルは、一番外側のタックルのさらに外側を走り抜けんとするコースだ。

 

 エースランナーにとってこのプレーで最も重要なのは、ブロッカーとの連携。

 クォーターバックからプレーコールが出されたとき、最低でも5通りのラインをイメージする。その中で、ブロッカーとブロックしやすいようタイミングとランコースを取る。

 コースが空いていなければ自力で走路をこじ開ける手段もあるが、それは我がチームのランニングバックには無茶である。

 工事現場での基礎トレで、ベンチプレス40kgに成長したけど、全国屈指のラインマンに体当たり勝負をさせるのは余りに無謀。岩石に紙飛行機をぶつけるような結果にしかならない。……当人も悪魔的な司令官からその可能性を示唆されただけでガクブルとしたし(武者震いに非ず)。

 

「道を切り開くのが、俺の役目だ」

 

 コースを前線が確保(ブロック)しなければ、オフタックルは成立しない。

 それも相手ディフェンス後衛のラインバッカーの動き次第でブロックの押し出すベクトルを変える臨機応変性も求められる。

 そして、一方のサイドに数的優位を作り出すために配置されるのが、何でも屋のタイトエンドだ。

 

「調子に乗んじゃにーよ! 今度はてみーを青天喰らわしてやる!」

 

 デビルバッツのタイトエンド・長門村正がマッチアップすると思われるスフィンクスのアウトサイドのラインマン、タックル・笠松新信。

 身長179cm、体重116kg、そして、ベンチプレスは100kgの太陽鉄壁ラインの一角。

 スフィンクスの中でも上位の実力者プレイヤーが、開幕早々、こちらのプレイを潰してくれた長門にメンチを切っている。が、

 

「十文字、やる気は良いが、突っ込み過ぎだ。あんな大股で踏み出して、押し合いは腕の突っ張り合いじゃないぞ。全身でのぶちかまし合いだ。そのケツを引っ叩いて、体に叩き込んだのをもう忘れたか」

 

 それを無視して、隣に並んだチームメイトへ再確認もとい説教する

 

「“歩幅は小刻みに”、“姿勢は低く”、そして、“尻を突き出す”。それから」

 

「“ブロッカーを押す時は手の底で相手の脇を押し上げる”だろ!?言われなくてもわかってらァ!」

 

 喧嘩した太陽スフィンクス相手にボロ負けした不良三兄弟に、“勝ち方”をこの最近奴隷にした賊学連中と一緒に長門は教え込んでいる。

 必殺技とも称されるスーパープレーだけで試合は成立しない。普通のプレイを普通に決めることが必要不可欠だ。と、

 

「おい無視すんじゃにーよ!!」

 

「はぁ、五月蠅いな。ついでに口臭も乳臭い。どこの方言か知らんが、あまり口汚いと審判に注意されるぞ」

 

「てみー……! チンカスの分際で舐めた口叩きやがって……!」

 

 こめかみに青筋浮かぶ笠松新信は意地の悪い口調で、

 

「一人加わったところで、てみらー泥門のチンカスラインは敵じゃにーんだ! こっちが初っ端で全員青天にしたのを見ちんだろ!」

 

 パンケーキブロック。日本では、青天というラインでの押し合いで負けて、仰向けに引っ繰り返されること。ラインマンにとって最大の屈辱。相手が笑うのも無理はなく、太陽校の観客たちも泥門のラインは雑魚だと笑い者にしている。

 即刻黙らせて、そんな空気を断ち切ったが。

 

「最初から、アンタら『ピラミッドライン』の相手になるとは思ってない。特に番場衛選手は強い、全国屈指の一流プレイヤーだろうな。完璧に場の空気に呑まれていたとはいえ、栗田先輩を倒すとは流石だ。対峙することがあれば胸を借りるつもりで挑ませてもらおう」

 

「しっしし!! チンカスにも格の違いがわかるみちーだな! それに対しててみーらの雑魚センターは、あんなデカい体してなっさけない。試合開始直後に青天はに~~だろ~~」

 

「栗田先輩は良くも悪くも仲間によってモチベーションが左右される人だ。……正直、3人が揃っていた中学時代の方が()()()()

 

 それでも、こうしてラインマンが5人揃っている。夢を誓った大事な仲間を埋め合わせるにはまだ足りない、あの人たちの結束に代用品などないのだろうが、新しい後輩たちを率いるものとしての自覚が奮い立たせてくれる。

 

「でも、栗田先輩のポテンシャルは、番場衛にも負けていないと信じている。むしろ、俺の方があんたらにあまり泥門を舐めるなと言いたいところだ」

 

 

 ~~~

 

 

「SET! HUT!」

 

 僕は長門君みたく器用じゃないから、パワーで圧倒しないと!

 5人揃ったんだ。小結君、十文字君、黒木君、戸叶君、彼らを笑い者になんかさせないためにも、『ピラミッドライン』を倒すんだ!

 

「ぬ……っ!」

 

 初回のプレーとは顔つきが違う。そして、プレッシャーが違う。

 身長195cm、体重145kg、ベンチプレス160kg――数値上では198cm、体重140kg、ベンチプレス140kgの番場と体格は互角……パワーでは若干上回られている。

 栗田と組み合った番場は、グラウンドを踏み締める己の脚が、()()()と地面を擦らせているという事態に目を瞠る。

 

 

 中央の接戦と離れた外側で、笠松新信は、体勢を低く前傾させ――

 

「てみーをぶっ潰してサックを食らわせて、今度はこっちが攻撃権交代しちやる! しーーししし!!」

 

 母校(ホーム)のグラウンドに敷かれた熱砂を踏み締めながら――長門に向かって、全速全力で突撃。それは、はたから見れば、単なる普通の体当たりにしか見えないが、しかし、そこに感じる気迫はケタ違いだ。

 巨大な塊。

 岩のような巨体の塊が、突っ込んでくる。

 長門の背後には、アイシールド21がいる。クォーターバックからボールを回されたランニングバックを、マッチアップした長門ごと圧し潰さんばかりの、それは特攻だった。笠松の体当たりを長門が躱せば、勢い余った笠松はそのまま、アイシールド21の華奢で身軽な体を吹き飛ばすに違いない。

 いいや。

 それが彼の狙いなのだ。

 

「ふう――」

 

 だとしても。

 それなかったとしても、長門村正には、相手タックルを避ける気はなかった。

 力尽く。

 そう、ヒル魔先輩より、正面から挑んでくる相手を、ただ単純に、正面から受け止め、倒してこい――“純粋で文句のつけようのない力勝負で格付けして来い”と注文を付けられた。

 

「――おおおおおおおおおおおっ!」

 

 猛り轟く咆哮。

 笠松新信の巨体が、その腕を前に微動だにせず。

 その脇の部分を、左右大きく開いた手でがっちりと掴んで、太陽で番場衛に次ぐラインマン・笠松新信の体当たりを、止めていた。足指のスパイクも、熱砂の地面をがっちりと掴んでいる。

 

 太陽スフィンクスの選手たちはデータを知らないから無理がないが、高校入学してから最初に計測した重量挙げの記録で、番場衛と同じベンチプレス140kgの長門。

 王城戦の後でより力を入れて基礎鍛錬した成果で、より逞しくなっていたその四肢がメギィと太く硬く膨らんで――

 

「にぃ!?」

 

 長門村正は――そのまま力任せに、笠松新信の巨体を持ち上げた。

 強靭な四肢の腕力と脚力、そして握力――何より筋力。純粋なパワーでもって、笠松新信の巨体を、天に掲げるようにかち上げた。

 

 観衆は静まり返る。

 笠松の脚が地面から離れたことはもちろん、そもそも笠松のタックルが止められるはずがないと思っていたのだろう。だから、誰もが固唾を呑んで、目を大きくしてその光景を凝視する。

 そんな中、ヒル魔妖一だけが笑みを浮かべる。

 

「ケケケケ、何を驚いてやがる。たりめーの結果だ。その糞カタナは小賢しいテクニックなんて使わなくても、その糞鍛えた身体スペックだけで、既に十分に強ぇんだよ。糞カッパが勝ってるのは横に広いガタイと体重、デブなとこくらいだ」

 

「だっ……らああああああああっ!」

 

 そんなヒル魔の呟きをかき消すように、長門は獣のように咆哮する。咆哮しながら、相手ブロッカーの巨体を地面に叩きつけた。

 

 

 ピラミッドをも切り開いた『妖刀』。

 その大きく開けられた走路を通り抜ける影は、アイシールド21。

 

「行かせるな! 潰せえええ!」

 

 相手ディフェンスが飛び掛かろうとするが、それを阻む一枚の盾。

 

「フゴッ!」

 

 オフタックルの中でも『パワーオフタックル』と呼ばれるプレイは、タイトエンドが参加して数的優位となって余裕ができた前線を一時外れて逆サイドより周り込んだガードがリードブロックに参加する。

 その小さな体ですばしっこく動きながら、強烈なタックルをぶつけるパワーのある泥門ラインマン・ガードの小結大吉。それがアイシールド21を潰そうとする相手ラインバッカーを押さえつけた。

 阻む壁がまた一枚減った。他のラインバッカーたちが囲んで潰そうとするが、キレ味鋭い爆速ダッシュはそれを躱し、結局アイシールド21をどうにか、止められたのは、深めに守っていたセーフティだった。

 ワンプレイで一気に連続攻撃権ファーストダウンを獲得するほどのヤードを稼ぐ泥門。

 

 この攻守それぞれのワンプレイで、デビルバッツが容易ならぬ相手だということを、太陽は理解せざるを得なくなった。

 

 

 ~~~

 

 

「これは、予想外だ……」

 

 アメリカ戦出場を賭けた今回の試合にて、熊袋記者が書いた記事の月刊アメフト誌の見出しは、『話題のノートルダムヒーロー・アイシールド21が、日本最重量ラインに挑む!!』だった。

 そして、下馬評では神奈川トップクラスの太陽が9割方勝つと思われている。スフィンクスの日本最重量ラインを破らない限り、デビルバッツに勝ち目はない。熊袋自身も、“今までの泥門なら”、ラインの力でゴリ押しして太陽が勝つと思っていた。

 素人チームである泥門だがその分だけ成長幅が大きく、短期間で化けることもありうるも、新メンバーが加入したのだとしても、まさか圧倒的優位だと思われていた『ピラミッドライン』が一角とはいえ破られたなんて……。

 全国でも有名なタックル・笠松新信が青天を食らって、ひっくり返ったまま動けないでいるが、ショックは試合をしている者たちだけでなく観戦している側にも大きい。

 

 

「い……一回だけじゃにーーか! 次はこっちがてみーをぶっ潰してやる!」

 

「いいや、残念なことに、俺の持ち場は変更だ」

 

「にぃ?」

 

 太陽スフィンクスのラインマンたちは見逃していたが、長門村正は、さっきいたはずの最前線ラインから僅かに下がっていた。

 長門村正がひとり走って、中央へ。太陽のセンター・番場は視界に横入りするプレイヤーに危機感を覚える。

 

(まずい。今ので太陽ディフェンスは外側のゾーンに重点を置いて配置している)

 

 だが、ポジションについて今更、スフィンクスの選手が長門村正を追ってはいけない。

 さっきの外回りを攻める泥門の『パワーオフタックル』、『ピラミッドライン』をぶち抜いた長門村正とあのアイシールドの凄まじいランプレイを早速警戒して、太陽の守備陣は外側へと寄っている。

 あのパワープレイを布石としてこちらは急所を晒されたのだ。

 

 アメフトのオフェンスはプレーを開始する前に、1秒以上全員が静止しなければならない。そしてその後、センターがボールをスナップする瞬間から動き始めることができる。

 ボールをスナップする前にオフェンスの選手が動いてしまうと、フォルス・スタートという反則を取られてしまう。

 

 ただし、最前線以外に位置する後衛のオフェンス選手の中でひとりだけ、スナップの瞬間、静止することなく、架空の攻守陣地境界線(スクリメージライン)に平行か後方に移動することがルール上で認められている。

 それが、この『インモーション』だ。

 

「ど真ん中ぶち破りやがれ!!」

 

 アメフトは作戦がパワーを爆発させる――

 太陽スフィンクスが外側にディフェンスを散らすことができたのも、不動の守護神こと番場衛という存在があるからだろう。

 しかし、空気の変わった泥門デビルバッツのラインマン、栗田良寛はその番場をしても力だけで押し切れる壁ではなかった。

 そして、あの“怪物”長門村正は、番場以外ではひとりで相手するのは無理だ。

 

「ふんぬらば!!」

 

 

 ~~~

 

 

「……すまなかった。泥門の壁如き力だけで押し切れると思っていた。すべての技で捻じ伏せてやる」

 

 今度は中央を破って、泥門連続でファーストダウン獲得。

 しかし、これによって太陽スフィンクスは完全に目が覚めた。

 

 

「! ワキを……」

 

 太陽センター・番場が身体を沈めてから相手の泥門センター・栗田の脇に肘を入れて、その日本高校生スクワット最高記録のパワーでもって払い飛ばした。

 番場衛はパワーだけではない。強くて巧い。

 番場の突撃に、泥門クォーターバック・ヒル魔は思い切りパス前にラインマンに潰されるサックを食らう。

 

(……でも、今のは無理に投げ捨てなくて正解だ。一番大事なのはボールの確保)

 

 熊袋の持つデータブックでスフィンクスのクォーターバック・原尾は、生涯一度もサックを食らったことがない。その強力な壁に守られた温室育ちの投手に対して、これまでセンター以外は素人のハリボテの壁を破られてきた極寒環境をしのいできた投手が、デビルバッツ・クォーターバックのヒル魔妖一。

 強力な『妖刀』があっても一人でカバーし切れるほど『ピラミッドライン』は甘くはなく、その攻めの姿勢は時に痛手を被る時はあるのだ。

 

 いつもサックと闘ってきた。そうならざるを得なかった。だから瞬時に対応できる。

 ボールを守るべき時。

 躱して投げられる時。

 

 過酷な環境が生んだ動く砲台、移動型のクォーターバックだ。

 

 アイシールド21への渡したフリ。エースランナーの目にも留まらぬ速さでもって太陽のディフェンス後衛を攪乱。

 

「しーーししし!! もらった!! 今度は俺がサックしてやる!」

 

 スフィンクスのタックル・笠松が十文字を倒して迫るが、ヒル魔は“問題ない”と判断。

 

 やはり、番場以外はデカいだけのバカだ。

 サックをしようとするタックルを躱しながら、逆サイドを走るアイシールド21の囮に釣られ、空いた太陽の守備陣の隙間に走り込むスラントを敢行する80番のレシーバーへ投じられたパスが成功する。

 

「うおおすげー!! あのクォーターバック!!」

 

「………」

 

 歓声を聴いてワイドレシーバー・雷門太郎、何故かキャッチしたボールを頭上に掲げる。

 当然そんな隙だらけは相手に狙われるわけで。

 

「このド阿呆モン太! 格好つけてる暇があったら走れ!」

 

「す、すまねぇ! つい……」

 

 そこへタックルを食らってボールを零しかける寸前で割って入るは、今度は中央で止まらず、雷門太郎のいる逆サイドにまで一気に『インモーション』した長門村正。パスキャッチしたレシーバーを潰そうと迫る太陽ディフェンスをひとりで二人を一手にブロックする。

 

「汚名挽回ダーッシュ!」

 

「おい、汚名を挽回されるのは困るぞ。返上してくれ」

 

 ボールを持った雷門太郎が走って、更にヤード数を稼いで、またも連続攻撃権を獲得する。

 

 

 爆速ランのアイシールド21、ゴールデンルーキーの長門村正、臨機応変に動ける司令塔・ヒル魔妖一、それから新加入のレシーバーの雷門太郎。

 見たところ、後衛は泥門デビルバッツが、強豪太陽スフィンクスを圧倒している。

 前衛のライン勝負では正面からぶつかり合えば力負けするだろうけど、『インモーション』を利用した変幻自在のブロックの割り当てでもって互角に渡り合っている。

 

 安定を誇る太陽のラインが混乱。

 さながら統治された王朝に仇なし、何代にもわたって将軍が忌避した妖刀伝説のよう。

 

 

 ~~~

 

 

 あ゛~~暑ぢ……

 

 泥門の前衛で相手になっているのは、あくまで栗田と長門、それからあの豆タンクくらいだ。

 十文字達はしがみついてブロックするが、結局倒されている。数秒の時間は稼げてるけどそれまでだ。

 青天されて、グラウンドに仰向けに倒れたまま視界に入るのは、真っ青な空。

 おかげで客の笑いが耳に入んなくなった。劣勢になってるのがわかってるのか向こうの応援は盛り上げようとより過熱して、やられっ放しのこっちを槍玉に挙げて嘲笑する。

 そんな吊し上げられることも、ここまで恥かいたら今更何度倒されても構わないと思えるようになった。

 認めざるを得ないが、最初の宣言通り長門が後ろにいる限り、大怪我となる前にこちらの失敗を処理(フォロー)される。

 

 だが、このまま太陽の連中に勝っても、それは自分達の勝ちにはならない。これじゃあ、長門村正という男の引き立て役のまま終わってしまう。

 認められるかそんなもん! 俺達が先に買った喧嘩だ、俺達が勝つ――!

 

「よーし、糞デブと糞カタナが十分に印象付いた頃合いだな。おい、糞三兄弟、今ならいけるぞ。あの技だ」

 

 賊学の連中を30人斬りする地獄の特訓『生傷の輪(ブルーザー・リング)』。一人を取り囲み、様々な方角から襲い掛かる、必然的に生傷だらけになることから名づけられた練習法。

 そこで身に着けた、太陽に勝つための技。

 他が印象付いているから、『ピラミッドライン』は思いっきりぶちかましてくる。その相手のパワーを利用する。

 

 認める。

 コイツらの方がパワーは上だ。俺たちに長門のようなパワーはない。だかな……

 

「にぃ!? 袖引っ張……」

 

 激突の刹那――敵が突っ込んでくるその瞬間、十文字達泥門のラインはビンと袖を掴み、斜めに踏み込んで、引き倒す。

 

「負けっ放しは――趣味じゃねぇんだ!!」

 

 これまで『ピラミッドライン』に倒されていた十文字、黒木、戸叶、修羅場の中で習得した『不良殺法』で笠松ら太陽ラインを倒した。

 

「ぶち抜け、アイシールド21!」

 

 崩された牙城の間を黄金の脚で一気に駆け抜けた泥門のエースランナー。

 縦に抜かされれば捕まえるものはこのフィールド上にはおらず、ゴールラインまで走り切った。

 

「――タッチダーゥウン!!」

 

 

 ~~~

 

 

「な・に・をやってる!!」

 

 太陽の司令塔・原尾が、泥門に先取点を許した守備陣に、ドリンクの容器を握り潰すほどに歯軋りさせる。

 『ピラミッドライン』でも阻めない? ふざけるな!

 

 追加点のチャンスにキックを選択した泥門はそれを失敗して、太陽に攻撃権が移る。

 すぐにでも点を取り返してこのムードを断ち切らんと原尾はオフェンスのライン陣へ喝を入れた。

 

「よいか! 余の前に道を作れ。それがお前達の仕事だ」

 

 最初のプレイに失態はなかった。

 あれは自分のパスをキャッチしたボールを取られたレシーバーの責。その多古田は、相手のラインバッカーの88番……長門村正を見て、息を呑んでいる。杭を深く挿し射抜かれたようにあのタックルの衝撃がまだ胸の奥にあるのだろう。ならば、それ以外のレシーバーを、今度こそ確実に安全圏に出るのを待つ。

 『ピラミッドライン』は、盤石。真正面でぶつかれば破れるものなどいない――

 

 しかし、泥門はより注意深くパスを投げ込もうとするクォーターバック・原尾を挑発するかのような守備を取って来た。

 

「っ」

 

 あんなあからさまに……! 余を舐めているのか。

 長門村正の体勢は、こちらから見ても重心が前に傾いている。隠す気など毛頭ない前傾姿勢だ。

 後方の守りを放棄し、パスをされる前に発射台の投手を潰す、ギャンブルな一発奪取の電撃突撃(ブリッツ)を狙っている。

 

 攻撃は最大の防御とばかりに、ディフェンス時にも強気な守り。いや、攻めだ。

 これまでのプレイで泥門がライン勝負で張り合える、すなわち得点を取られようが攻撃で挽回できると思われているからリスクを背負ったパス守備が敷けているのだ。

 最悪、パスを通されようとも、最終防衛戦を敷くセーフティにはこのフィールドで誰よりも速いアイシールドが控えている。

 

 しかし、『ピラミッドライン』を侮っている。

 これまで公式記録でこの原尾が一度もサックを食らったことがないことから明らかなように、太陽のパス壁はそう易々と崩せるものではないのだ。

 

「SET! HUT!」

 

 センター・番場からボールをスナップされ、ラインが衝突するその間際、それは囁くように言う。

 

「さあ、もう一度炸裂してやれ、『不良殺法』」

 

 うっ……!!

 その単語に、そして、また肩口の袖を狙って伸ばしてくる十文字達の腕、先程その技を食らった笠松らスフィンクスのラインマンが組み合いを避けるよう、重心が後ろへ下がった。

 ――しかし、迫る相手の手は肩ではなく、その僅か下の脇へと差し込まれた。

 

「そうだ。不良殺法を駆け引きの材料に基礎ラッシュを繰り出せば、その威力はさらに高まる」

 

 先程のプレイで袖を引っ張られることが脳裏にチラついて、その重心が僅かに下がる。そこを狙って、手の底で脇を押し上げるように――!

 

「しまっ……!」

 

 体格と筋力差で勝っていようとも、重心が後ろにある体勢は、押し合いには相当不利な状態。その実力差さえも覆してしまいかねないほどに。

 

 再び、『ピラミッドライン』が倒された。

 今度は、押し合いで。

 ――そして、牙城が崩れて、『妖刀』が“王”の前で妖しく煌く。

 

「原尾――!!」

 

 栗田と組み合っていた番場が、相手に真正面に固定されたその視界の隅を横切った影に叫ぶ。しかし、遅い。

 すでにその刃は喉元に達している。

 

 

「やはり、遅い」

 

 相手からタックルを食らったことがないという事は、すなわちタックルを処理する経験が不足している。

 パス壁が破られてもまだボールを頭上に掲げていて無防備な相手クォーターバックを見て、この確信を深めた長門村正は、一息に仕留めた。

 温室育ちの投手は、『妖刀』の一太刀でもって刈り取られる。

 

 

「がっ――――」

 

 一撃。その一撃に、太陽スフィンクスの王の如き司令塔は地に伏し、玉たるボールは奪取される。

 原尾を倒した長門はそのまま単騎でさらに奥へと攻め入り、大量のヤード数を稼いで攻撃権交代。

 

 そして、泥門のオフェンス。先程と同じように、デビルバッツはアイシールドのランと80番のレシーバーのパスを使って攻め込んで、二度目のタッチダウンを決め、この試合の形勢を決定づけていく。

 

 その後、始まった太陽スフィンクスのオフェンスであったが……。

 

「また突っ込んできたぞ!」

 

 長門村正がブリッツ――すると見せかけて、中央の守備ゾーンに踏み止まる。

 今度は、フェイント。長門は自分のゾーンをしっかり守ったまま突っ込まない。

 

「クッ……!」

 

 しかし、原尾はパスを中断してしまう。

 切れ味鋭い『妖刀』の突撃という鬼札を、毎回切る必要はない。ただその威力を体に切り刻むだけで十分だった。

 “来るかもしれない”、とそう思わせるだけで、これまでのように悠然とレシーバーを探せる余裕はなくなってしまう。そして、その常のリズムが崩れたクォータバックはパス回しを委縮して、ミスを犯す。

 

「名誉返上キャッチMA――X!!」

 

「名誉は返上されては困るぞ、モン太」

 

 泥門のコーナーバックに入っている80番雷門太郎が、原尾の甘いパスをキャッチ。インターセプトを決めた。

 

 

 ~~~

 

 

『泥門のオフェンスは、アイシールドのランと、80番のパスのほぼ二択。ランはラインさえ負けなきゃそうそう長距離はぶち抜かれないっしょ。それで80番さえ押さえれば泥門にパスは無くなるはず』

 

 前衛で互角、後衛で負けている太陽は秘密兵器のコーナーバックを投入することを決めた。

 櫓の頂点からカメラを回している主務からの報告より、これまで泥門は80番にしかパスを投げていない。

 それを潰せれば、泥門の攻撃を止め、この流れを断ち切ることができるはずだ。

 

「ヒュウ~~! ついに俺の出番かあ!」

 

 太陽スフィンクスのコーナーバック・鎌車ケン。

 まだ一年だが、もう実戦に出しても問題はないはず。春大会での神龍寺戦に敗れた試合も、この太陽のナンバーワンルーキーである鎌車が仕上がっていれば善戦できたはずだ。

 

 古代エジプトは、ピラミッドだけではない。

 戦車文明も発達していたのだ。そして、この身長184cm、体重93kg、ベンチプレス85kgの重量級コーナバックはまさにその“戦車”なのだ。

 

「本当ならあっちの先輩たちをやった同じ一年の88番を潰したかったが、ここはテメーに“戦車”を思い知らせてやる」

 

 小柄で素早い人の方が適性があるといわれるコーナーバックで、重量級。

 そして、密着してマークする相手コーナバックに、泥門のレシーバー・雷門太郎は警戒するよう目を細める。

 

「そっちが何をしてくっか大体読めたぜ。つーか、こんな近いマークじゃやることは一つっきゃねえもんな」

 

 相手レシーバーに密着して攻撃。腕ずくでキャッチ体勢に入らせない――バンプだ。

 

「――『戦車バンプ』!!」

「ああ、そう来ると思ってたぜ!」

 

 プレイ直後に突き出したバンプを腕で払って、直撃は避ける雷門太郎。

 

 入部当初より練習項目がバンプのみという、異例の扱いを受けてきたレシーバー殺しの鎌車。己のパワーでもってパスを止めると馬鹿の一つ覚えで磨きをかけてきたバンプテクニックに、初見で対処されるという事態。

 

『太郎……いや、モン太、お前にセナのように躱す術はないし、栗田先輩のようにパワー勝負できるほど腕っぷしに自信があるわけではない。だが、それで構わない。モン太のポジション、ワイドレシーバーは、ラインのように密集地帯でぶつかり合って勝負するんじゃなくて、広いフィールドを縦横無尽に駆けて、キャッチする。たとえバンプで押し負けようがそんなの無視して、さっさと駆けあがれ。広い外野こそがその背番号80を付けた偉大な名選手の庭だったんだろう?』

「――ああ、出るんだ……俺の庭に!」

 

 高い壁との激突を恐れず、広い外野のフィールドを一人で制したキャッチの達人がいた。

 

「させるか! 鎌戦車アタック!!」

「ぅぐふ」

 

 背後より肘打ちのバンプを貰うも、雷門太郎は走った。広い庭へと。

 

「ヒュ~ゥ、これでキャッチできな……なあっ!?」

 

 スピードやパワー勝負で負けても構わない。何で負けたって構わない。

 でも、キャッチだけは、負けられない。

 この三次元の戦いを制するのは、デカさでも足の速さでもなく、只管に練習、地味だがこれを積み重ねてこれた者だ。年月とともに積んだ練習量にだけ、キャッチの神様は笑ってくれる。

 

 体勢を崩しながらも、一度捕えたボールは逃さないその執念でもって、雷門太郎はヒル魔妖一からのロングパスを両手でがっちり挟んで確捕し、タッチダウンを決めた。

 

「ほぼ毎日勝負してっけど、改めて長門がとんでもないヤツだってのがわかった。それでも俺はキャッチの達人になるために日本中……いや世界中の全部の後衛(バックス)にキャッチで競り勝ってやらなきゃなんねーんだ!!」

 

 野球少年だった雷門太郎は、日々の長門村正との勝負『デスクライム』の中で、他のスポーツでは完璧反則な、格闘球技アメリカンフットボールならではの正当なラフプレーの経験値を獲得し、順応していた。

 身近に存分に挑める壁がある。このバンプ一点に絞った特化選手よりもさらに強烈な、息の根を止めかねないどつきを容赦なくかましてくる相手と競り合ってきたのだ。

 いつかそいつにもキャッチで勝ってみせると目標を立てて。

 

 

「ここで殺るぞ、糞カタナ」

 

 秘密兵器の鎌車を投入しても、泥門のレシーバーを止めることができない。そこに加えて、三度目のトライフォーポイント。

 

「SET! HUT!」

 

 センター・栗田から投じられたボールをキャッチしたアイシールドが、助走をつけたキッカー代行のヒル魔の前にボールを立てる。――フリをして、自らボールを抱え込んで走って、ゴールラインを狙う。

 

「そうはさせにー!」

 

 これまでの二本のキック失敗はこの奇襲のための囮だったのか。が、逸早くそのフェイントに察知した太陽のタックル・笠松がアイシールドの走路をその巨体でもって塞ごうとする。――しかし、その寸前に、くるりと背を向けたアイシールドが後ろへ返すようにボールをトス。

 受け取ったのは、投手ヒル魔。そして、泥門にはアイシールド21の爆走ランの他に、雷門太郎のパスキャッチがある。

 

「しかし、80番には鎌車をマークにつかせている!」

 

 さっきのロングパスによる広い空中戦では負けたが、トライフォーポイントは力がものを言う密集地帯での競り合いだ。パワーも、背の高さも勝っている鎌車なら雷門太郎へのパスもカットできるはず。

 

「ケケケ、忘れてねぇか、タイトエンドはラインブロックしかできないヤツじゃねーんだぞ」

 

 ラインマンたちにパスを受ける資格はないが、同じ最前線、その一番端に位置するエンドポジションにつくプレイヤーはボールを持ったプレイが許される。

 タイトエンドの仕事はブロックだけではない、そのガタイを活かした密集地帯でのショートパスもまたそうだ。

 

 タックル・笠松新信はアイシールドのランに釣られ、コーナーバック・鎌車ケンは雷門太郎をマンマークで警戒している。

 

 こうして相手チームのエース級のプレイヤーが外側に散らされた状況、そう誘導された中で、88番長門村正は、ラインの押し合いには参加せず、ゴールラインの奥中央へと走り込んで――跳ぶ。

 

 なんだ、この高さ……は……!?

 

 太陽後衛のラインバッカーたちが反応したが、そのセンター・番場が必死に伸ばした手の指先にすら掠らせないヒル魔の高弾道のスパルタパスは、パスカットなど不可能な次元にあった。

 ならば跳ばせないと。相手を三人で囲むが、それすらも撥ね退ける強靭なボディバランス。

 

 麻黄中学時代、万を超えるパスを投げ、それを受けてきたヒル魔妖一と長門村正のホットラインは、西部ワイルドガンマンズのキッドと鉄馬丈にも劣らず、また未だに公式戦でパス失敗をしたことがない。

 

「タッチダーゥン!!」

 

 着地を決めて、追加点を獲得する。

 これで、20-0の泥門が太陽に大量リードして前半戦を終えた。

 

 

 ~~~

 

 

「なにが……どうなってる……?」

 

 泥門には慣れないグラウンドに気候、太陽有利の条件が整っている中で、20点差もつけている泥門。

 試合開始前は二回戦負けの弱小チームと侮っていたはずなのに、こちらが予想、いや予定していた展開と現実はまさに逆転していた。

 

 アイシールドのラン、80番のキャッチ、ブロックだけでなくパスもできる長門村正。そして、この三枚のカードを巧みに操る悪魔の司令塔。

 アメリカンフットボールは確かにラインがカギであるが、だがラインだけでは勝てない。

 この苛烈なオフェンスに対応できるだけの能力は、今の太陽スフィンクスの後衛にはなかった。

 

 また、前衛も。長門村正がパスプレイをするという事はブロックから抜けることになるがそれでも今の勢いづいた泥門ラインはそう簡単に止められない。特に中心の重戦士・栗田良寛は、太陽の守護神・番場をしてもパワーだけなら上であると認めざるを得ない重圧を持っていた。

 

 

『泥門デビルバァッツ! 日本代表決定―――!!』

 

 そして、助っ人の連中が後半にバテてきて穴が空いたところを突かれ失点を許してしまうが、それでも最も警戒すべきプレイヤーである長門村正は終始スタミナ切れを起こすことなくプレーをし続けた。試合は、泥門デビルバッツが下馬評を覆して、神奈川の強豪・太陽スフィンクスに大差をつけて勝利。なんと超重量の強豪チームを相手にジャイアントキリングを達成させたのであった。

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