悪魔の妖刀   作:背番号88

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9話

 相模湾に浮かぶ決戦の小島、江ノ島フットボールフィールドで行われる春季関東大会の準決勝。王城ホワイトナイツVS神龍寺ナーガ。

 大会8連覇の“神”に、神にだけ破れ続けてきた無冠の“王”。

 打倒神龍寺を目標にしてきた王城と、関東大会で無敗神話を築く神龍寺との決戦。

 

 ちょうど試合をした同日に『月刊アメフト杯』の出場を賭けて行われた泥門と太陽の試合が、前座としかならないほどの注目度。試合を見に来た者たちの大半は、この事実上の関東大会決勝を観戦する“ついで”であったに違いない。

 当然、デビルバッツもまた試合が終わった後に直行した。

 

 試合の方は、残念なことに注目していたプレイヤーのひとりである金剛阿含は出場しなかった。生でそのプレイを拝見しておきたかったのだが仕方がない。

 それでも東日本の覇者は強かった。

 太陽と比べれば体格に劣るものの、最重量のラインよりも“重い”ライン。

 相手のパスを悉くインターセプトするバック走の達人にして関東最強のコーナバック・細川一休。

 王城も進清十郎を軸に奮戦するも、その進清十郎がいない外へとパスを散らす神龍寺クォーターバック・金剛雲水の指揮の下で、着実に点を獲っていく。

 

 それで、プレイを勉強するとは違う意味で注目していた選手がひとり。

 

 

 ~~~

 

 

『あ、あのですね。アイシールドさんから伝言が……』

 

 入院していた病院に、あの日試合した泥門の学生たちが見舞いに来た。

 ひとりは主務の人で、もうひとりは春大会の二回戦で見なかった新部員。……あの88番、長門村正はいない。

 言伝を預かっている泥門の主務が言うには、『会えば気まずい。すでに庄司監督より謝罪は頂いているし、怪我をさせたのはこちらの方。だから、見舞いに行ったのに怪我人に気に病まれても困る』とのこと。

 

 わかっている。あれがわざとじゃないのは。

 うっかりフィールドに入ったのは自分だ。大体わざとぶつかって自分を潰すメリットはない。むしろリスクの方が大きかった。桜庭春人がいなくても、王城の戦力は少しも落ちないだろうし、逆に泥門は自分のせいで足を負傷した長門村正が途中退場してしまったために戦力はガタ落ちした。

 申し訳ない。本当に申し訳ないことをした。

 王城は試合に逆転勝利をしたものの、それは“長門村正がいなくなったから”という苦い後味が残るものだった。あの進も“あのままあの男が出場していれば二回戦で敗退した可能性がないとは否定できない”と認めている。

 

 だから、ファンの子たちが口々に“王城のエース桜庭春人を負傷させた”と彼を批難批判するような文句を聴く度に罪悪感に苛まれたし、すぐにそれは止めてほしいとお願いもした。

 

 勝手なヒーロー像がひとり歩きする。

 その重圧を分かるものなんて、そういない。

 “ヒーロー”なんて買い被られて期待されて、正直迷惑だ。うんざりしている。……本気で一度、アメフトを辞めようかとも考えたけど、ここでアメフトを辞めたなんてことになったら、あの試合で負った怪我が原因なのではないかと憶測が飛び交い、また彼の迷惑になってしまう。そう考えたら、できなかった。

 そんなどこにもぶつけようのない鬱屈としたものを抱えていた自分は、ついかっと言ってしまった。

 この泥門に新しく入った部員に、八つ当たりのように。

 

『俺だって、王城のエースになりたい! 本物のヒーローになりたかった! それでも凡人に生まれた男は勤勉な天才にどうやっても敵わないんだ!』

 

 だから、やめておけ。

 割り切って、自分は才能がないと受け入れて、その身に相応な立ち位置で満足しろ。そうでないと比較されて辛い思いをするだけだ。

 もう、どうしても、天才・進から王城のエースの座を勝ち取ることを諦めきれないでいる、そんな風になる前に新部員に“忠告”した。

 ……いや、“努力する天才には勝てない”、そうあの進と同じ人種であろう長門村正と、同学年のチームメイトで、“勝ってみせる”と宣言した彼……かつて無知だった桜庭春人へ、心の猛りをぶつけた――

 それを新部員は、カッとなってそれ以上の声で言い返した。

 

『やいやいやい! なんだよそれ! ヒーロー扱いが迷惑? 天才には敵わない? えーーい、見損なった! 師匠どころかヘタレだっ!! ヘタレ! ヘタレレシーバー! 略してヘタレシーバー! いいか、俺はヘタレシーバーにはならない! 絶対に長門に勝ってみせる! キャッチだけは誰にも負けられねぇんだ!』

 

 その後、病院で大きな声で騒いだ彼らは怖い婦長さんに追い出されてしまった。

 

 

「レ……レベルが違う」

 

 退院してから間もなくだがこの神龍寺戦に出してもらえた。

 でも、この天才たちの戦いは、自分なんかが立ち入れる領域ではない。

 

「そんなんわからんやろ!!」

 

 車いすの少年、虎吉……病院で知り合った、自分がヘタレシーバーだと知っても応援するのをやめなかった自分のファンの子からの声援もむなしく、今日の試合、桜庭は相手コーナバックの一休に全くレシーバーの仕事をさせてもらえなかった。

 試合も3-41で、王城は負けた。あの百年に一度の天才・金剛阿含が出場せずに。

 

「見とれ神龍寺!! 今日のは桜庭が病み上がりだからや! 秋には余裕で倒したるわアホー!! 神龍寺のアホー! ヘタレー!!」

 

 負けて悔しい、実際に試合した桜庭よりも相手にならないと馬鹿にされたのにカンカンになってくれる虎吉――へ突然、鋭いパスが投げ込まれた。

 

「え……?」

 

 車いす……足の怪我で医者からすぐに走れることはできないと宣告されている虎吉にそのボールを避けることはできない。

 ――危ない。

 

 その時、ほとんど反射的に、病み上がりの試合で疲れた身体が今日一番の動きで、そのボールをキャッチした……泥門の新部員と一緒に。

 

「「ん?」」

 

 それと、虎吉が乗っていた車いすを、あの時の主務が押して、瞬時にその場から避難していて。

 

「ボール投げは、アメフト選手限定の挨拶にしてほしい。まったく大人げないな、あの天才様は」

 

 すっと桜庭がキャッチしたボールを取って、彼は投げ返した。

 ボール籠を持つ、神龍寺のコーナーバック・一休の下へ。

 ふわっとした回転数がほとんどない、さっきの鋭いものとは真逆の、“優しい”パスを、籠を抱えながら一休が片手で捕る。

 そのまま神龍寺は何も反応なく、グラウンドを立ち去ってしまう。その謝罪のない対応に、泥門の新部員が怒って、主務の子が必死に抑えている。

 そして、

 

「怪我、治ったようだな、桜庭春人」

 

 長門村正が、前に立つ。

 自分のような高身長で、進ともやり合える実力……桜庭にとって望んだ理想像に限りなく近い男。

 視界に入るだけで息を呑む存在感。

 

「それで、病み上がりに訊くには遠慮しておきたいところだが……“関東最強”と当たってどうだった?」

 

「え?」

 

 罵詈雑言が飛び出すかと身構えていた桜庭は、その質問に呆けてしまう。反応が芳しくないこちらに彼はまた訊ねる。

 

「あんたもナンバーワンレシーバーになるつもりなんだろ。だったら、あの関東最強のコーナーバックは超えるべき壁なんじゃないかと思ったんだが、違ったか?」

 

 それは蒙が啓く言葉だった。

 わかりやすい。自分の中だけで勝手に進と比べたりするのとは違う。天才・一休を倒すことで己を証明してみせる、という考えは。

 

「それと、アメフトなんてスポーツに怪我は付き物だ。勝手にフィールドに入ったアンタが九割方悪いと思うがな。すでに完治したのだからそう長い事、それを引きずられては逆に迷惑だ。負けたのは悔しいがな」

 

 チクチクと嫌味を交えながら、彼は最後に、車いすの虎吉をちらりと見てから、

 

「いずれにしても俺はあの程度の怪我でアメフトを諦めることはないし、これ以上気に病むのならそれは“この俺を侮っている”と受け取るぞ」

 

 侮って、いる?

 この天才を? 進と同じ勤勉な天才をか――そんなはずがあるわけがない。幾度となく諦めかけようとも、結局は天才に勝ちたいと望んできたのだから。

 

 桜庭は、吹っ切れたように宣言する。

 

「怪我の件は、すまなかった。……謝罪も監督任せで遅れたことは、礼を失していた」

 

「しょうがない。アイドルなんだしな。その辺の事情もあるんだろう?」

 

「いいや。――だけど、秋には王城が優勝するよ。強くなるって約束した。だから、一休、そして、長門村正を倒す」

 

「くっ……」

 

 こちらの目を見て、かすかに笑みをこぼす彼は、自分に、いや王城へと言い返した。

 

「ならば、ここは、幼馴染の言葉を借りてこう言い返そうか。――いいや、勝つのは俺だ。秋大会を優勝して、クリスマスボウルに行くのは、泥門デビルバッツだ」

 

 

 秋季大会は、夏休みを挟んで一ヶ月後。

 全国大会決勝(クリスマスボウル)に行けるのはあくまで秋の優勝校。時代はもう本番へ向け、動き出している。

 

 

 ~~~

 

 

 神奈川県の強豪・太陽スフィンクスに勝利してその翌日にアメリカのNASAエイリアンズとの試合『月刊アメフト杯』……があったはずなのだが、それは延期された。

 どうやらあちらのアポロ監督が日本行きをドタキャンしてしまったらしい。それも“梅雨でジメジメしてるのがイヤだ”とかいうふざけた理由で。

 

「ほほ~~面白ェ。デビルバッツ相手にそういう態度が通じると思ってる奴がいたとはねぇ」

 

 当然、そんな真似を許すはずがないのが、ヒル魔先輩だ。

 実戦。今の泥門に負けて失うプライドなどないのだから、とにかく実戦を積んでいくのが方針となっているのだから、せっかく勝ち取ったこの機会を逃す気などない。

 すぐさま映画の撮影開始(クランクイン)

 “デビルバッツの宣伝用ビデオ”などと説明されたが……そんな言葉のままに受け取ってはいけないことは後輩としての経験則で承知している。

 モン太はわざわざ派手な衣装に着替えて撮影に臨むくらいの全力姿勢(でも、編集で使われるのはおそらくチョイ役)

 雪光先輩にバトル漫画の太陽拳の真似事をさせたり、大吉とハァハァ三兄弟と喧嘩させるように煽ったり、ケルベロスの脱糞や、栗田先輩のヒッププレス、アイシールド21(セナ)の全力疾走、長門もまた置かれた氷板を手刀で木端に叩き割るという映像を撮られたりして、他にも猿とニワトリを姉崎先輩がビデオカメラで撮影してきたそうだが、最後は何故かフライドチキンを皆で食べる食事の光景まで撮られた。

 

 でこれらの撮影映像をお馴染みの脅迫手帳で奴隷と化しているコンピューター研をこき使ってその日のうちにヒル魔先輩の指示の下で編集させて、NASA校のアポロ監督の下へその“デビルバッツの宣伝用ビデオ”を送りつけた。

 

 この結果……

 

『いいだろう。お望み通り来月ぶちのめしてやる。新聞にコメント送っとけ。エイリアンズは10点差以上で圧勝しなけりゃ! 二度とアメリカの地は踏まんとな!!』

 

 なんて青筋立ててる顔が頭に浮かびそうな返答が月刊アメフトの編集部に入って、この売り言葉に対して先輩は嬉々として、オークションでさらに値段をつり上げるようにこんな買い言葉を吐いてくれた。

 

「面白ェ、デビルバッツは10点差以上で圧勝しなけりゃ全員日本から即日退去!」

 

 とアメフト部全員分のパスポートが用意されて、本気でアメリカチームに圧勝しなければ日本国とお別れさせる気満々。

 日本に住み続けたいのなら、翌日から延長されて来月開催となった『月刊アメフト杯』まで死ぬ気で練習しろとのこと。

 

 

「――細川一休相手に空中戦を挑みたかったら、俺のバック走で音を上げるようでは話にならんぞモン太!」

 

「ムキーッ! 今日こそ長門相手にキャッチで競り勝ってやる!」

 

 急に切り返して方向転換するパスコースで、パスキャッチを試みたモン太であったが、長身長門は縦にも長いが、横にも長い。僅かに反応が遅れてもすぐに取り返せる。

 通った――と思ったその瞬間に差し込まれたその長い腕が、モン太の大きな手に収まるはずだったボールをパンチングで弾き飛ばした。

 

「畜生!」

 

「モン太、“空中戦はにらめっこ”だ。バック走しながらコーナバックはレシーバーの動きだけでなくその表情も観察している。今のプレイ、切り返す直前にモン太の表情が揺らいだ。細川一休ならばそれを見逃さないだろうな」

 

 しかし、このモン太のキャッチにかける執念は長門をしても手を抜けない。

 この『デス・クライム』で一勝もさせていないが、負ければ負けるほど強くなっていく。

 重量級コーナーバック・鎌車ケンのバンプへの対処もそうだが、あの太陽戦では他にも、キャッチしたボールを頭上に掲げる阿呆な真似をしたが、それ以外ではとられる前に素早くボールを懐に抱え込んで確保していた。きっとこれは、『リーチ&プル』でキャッチ後にボールを払われたことを反省してのことだろう。

 あとタッチダウンを決めた後は指を天に差し向けるポーズを取るが、これは単に格好つけである。

 

 

「フゴフゴーッ!!」

 

「これは、中々……!」

 

 肘で下からかち上げる『リップ』をすでに我が物にした大吉が繰り出したのは、二段式の『リップ』。左腕でかち上げる前に、右腕からのラリアットを入れるという『リップ』を連続で叩きこんでくる技だ。

 大吉にしては珍しい、荒っぽい喧嘩殺法だ。おそらくは最近加入し、不良殺法なんて必殺技を披露した、十文字、黒木、戸叶らに影響されたのか。

 この波状攻撃でもって長身を生かした『スイム』に潰されるのを防ぎながら、どつきかまそうとするが、長門の肉体はそう易々とは崩れない。

 そして、一度押さえ込んでから、さらに重心移動でもって圧す力を増加させる長門が春休みの温泉街で習得した妙技。それを組み合った肌と肌から感じ取った、また物真似の模倣が得意な長門村正の観察眼でもって、“さらに押し込もうと一度相手の重心が僅かに後ろへ下がった気配”を察し、その瞬間に繰り出して――一気に倒した。

 

「大吉、ラインマンは体格と力だけで勝てる世界じゃない。己の力を限界まで振り絞らせる体技も必要であるし、また現代のラインマンには、連携も重要だ」

 

 太陽戦で日本最重量の『ピラミッドライン』へ変幻自在のブロックの割り当てでもってどうにか食らいつけて行けたように。

 が、大吉にそう助言をしたのだが、十文字、黒木、戸叶の3人とは喧嘩ばかりしている。この辺りは前途多難だ。栗田先輩のリーダーシップでまとめてくれることを期待するしかない。

 

 

 石蹴りもアメフトの曲がり(カット)と一緒だ。

 踏み切り位置まで足をばたつかせてブレーキするからスピードが落ちる。――ならば、ギリギリまでは全力疾走して、最後の一歩だけ急に歩幅を縮めて、一歩で踏み切る!!

 

「行くよ、長門君――!」

 

「むっ」

 

 スピードを緩めずに真っ向から突っ込んでくるアイシールド21の姿が二重にブレる。

 これはまだ熟練度は甘いが、“ブレーキをしない悪魔の走り”ができてきている。力強い走りには適性がないものの、セナは身軽な分、曲がり(カット)の際の脚への負担が少ない。超人的な爆速ダッシュでああも急激に切り返せるのに彼の体格は適していた。“スピードが重要”と彼の兄貴分の甲斐谷陸が指示した足の使い方も忠実に守っているしその点に口出しする余地は自分にはない。

 とはいえ、減速しないで切る曲がり幅がまだ少ないため、長いリーチの腕で捕えられたが、確かにこれは武器になる。あの進清十郎にも通じるほどの。

 

「今日も抜けなかったかぁ……」

 

「セナ。明日からはひとつレベルを上げて、ジグザグに石蹴りしてみろ」

 

「ジグザグ……?」

 

「ああ、それが難なくできるころになれば、天然物のチェンジ・オブ・ペースが活かせるランができるようになってるはずだ」

 

 あまり自覚はないようだが、セナの黄金の脚が見せる走りは驚異的だ。

 そう、自覚がない……小早川セナは半ば本能的に走っていると言ってもいい。だから、このわずかに片側に重心を傾けてしまうフェイントに引っかかってしまう。以前、種明かしをしてわかっていてもだ。

 この癖を改善させるには……と長門は顎に手をやり考えてから、

 

「……それから、もうひとつ、余裕があればだが、朝練のメニューに一つ加えておきたいものがある」

 

「え、それはなにかな?」

 

「あとで案内するが、この泥門校の近くに孟蓮宗というお寺がある。まあ、栗田先輩の実家だ。あそこには石段があるんだが、早朝とはいえ人も通るし、高さも不規則なんだ。簡易的な『ヘルタワー』みたいなもんだが、その石段を30分間往復する」

 

 ただし、と長門が意味ありげに付け加える。

 

「一段抜かしは禁止。全部の段をきっちり踏むこと。そして、昇るときも降りるときもぴったり同じ所要時間で、だ」

 

「ぴったり同じ?」

 

「そうだ。ただ、別に全速で走れとは言わない。行きと帰りの所要時間さえ同じなら、ゆっくりでも別に構わない」

 

 そういって、長門は部の備品のひとつである古いアナログ式のストップウォッチをセナに放る。

 

「昇るときのタイムに合わせるか、降りるときのタイムに合わせるかは自由だ。ストップウォッチがあれば、ぴったり同じ時間で往復できるだろ?」

 

 まったく同じタイムで石段を往復することに何の意味があるのか。一種の禅問答じみているが、この石段昇降は思考訓練である。

 孟蓮宗の石段。不規則な段差と途中に足休めのための踊り場が設けられているのでこれだけでも走りのペースは乱されるのだ。それだけでなく、風に乗って菓子パンの袋やスポーツ新聞など思わぬ物が飛んでくることもあるし、寺の人間がこの階段を行き来することがあるのでぶつからないようにもしなければいけない。

 その中で“往復ともに同じタイム”で昇り降りするのは難しいのだ。パシリで培ったスキルだけでは対応できないだろう。

 常に障害物と足元に注意を払いつつ、予想外の場所から現れた人や物を回避する。それでいて、一定のタイムを保つ。そんな走りができるようになるのには、ただ走行コースに沿って進むだけではダメなのだ。一足一足ごとにルートを修正していくくらいの気持ちでないと段差を踏み外したり、人や物に激突したりする。

 

(目から脳へ、脳から筋肉へ電気信号(インパルス)が伝わる時間――つまり“見てから動くまで”のリアクションタイムを神龍寺の金剛阿含は、極限の0.11秒。0.10秒以下は科学的に不可能とされているのだから百年に一度の天才という肩書きにも納得はできる。でも、努力で天賦の才に少しでも迫ることはできる)

 

 状況を瞬時に判断しながら、走る。考えてから動くのではなく、脳と脚とのタイムラグを限りなくゼロに近づける。長門も昔、呑んだくれの師に課されてあの孟蓮宗の石段を往復しながら、そんな咄嗟の判断力、神経を養っていた。

 

「自分でその意味を考える『デス・クライム』でもあるからその詳細な解説を語ることはできないが、できればやってみてくれ、セナ。きっとこれは進清十郎に勝つための要素のひとつになるだろうからな」

 

 アイシールドのヘルメットがこくんとわずかに頷き、手の中のストップウォッチを握り締める。

 長門は明日からの朝のマラソンコースに孟蓮宗の石段に寄ることを決めた。きっと彼がいるだろうから。

 

 

 ~~~

 

 

 そんなNASA戦に向けて、練習に励んでいたある日。

 ひとりランニングコースを駆け抜け終わった長門は、新しくできた犬小屋(太陽戦での報酬)にてケルベロスのエサやりをしていた老け顔の若頭こと武蔵先輩と世間話(ヒル魔先輩のエイリアンズに圧勝できなければ国外追放を主に)しているとセナが息を切らして駆けこんだ。

 

「誰か2人! PK戦に出て……あ、長門君、お願い!」

 

「うん?」

 

 部活のランニングをサボって何をしていたのかわからないが切羽詰まった様子。とりあえず所望している人間は二人なので、暇そうにしている武蔵先輩と一緒にグラウンドに向かうと、そこでは同じく部活サボりのモン太がいて、あと昨日道場破りに来たモミアゲが特徴的なスマート男・佐々木コータローがいた。

 そして、サッカー部の連中が横列並んで待ち構えている。

 

「とりあえず、セナ、状況説明を頼む」

 

「えっとね……」

 

 このボーナスキック成功率100%を誇る現在ナンバーワンキッカーの佐々木コータローによって、この泥門に『60ヤードマグナム』という都市伝説があるのを知ってしまったセナとモン太。

 

『すげー! 泥門にそんなキッカーいたんだな』

『なんで辞めちゃったんだろ……。ケンカ別れ?』

『昔のことはもういいじゃねーか。俺らでコッソリ頼み込んで戻ってきてもらおうぜ!』

『そうだよね。ムサシさんが戻ってきたら皆だって嬉しいよね』

『だよな。あ、長門、ムサシ先輩って、どんな人なんだ? 良かったら教えてくれよ』

 

『はあ? 何を言ってるんだお前ら』

 

 ――そこの看板が目に入らないのか、と言葉を続けながらちょうど部室の横で犬小屋を建設していた工務店の“武蔵”と銘を打った看板を指さそうとしたところで、背中に銃口を突き付けられた。

 ヒル魔先輩である。

 その武蔵先輩の存在は姉崎先輩ともども“チビ共に教えたらややこしいことになる”とヒル魔先輩に口封じされていたが……

 

「………つまり、あそこのサッカー部の(ムロ)サトシこと“ムサシ先輩”に、アメフト部へ戻ってきてもらうために、このグラウンドの占有権を賭けた5人制のPK勝負に勝たないといけないことで、いいか?」

 

「うん!」

 

 うん、余計にややこしくなってないかこれ。

 つい長門はひとり離れたところでケルベロスに構っている武蔵先輩を見てしまうのだが、話が聴こえているのか聴こえてないのか当の“ムサシ先輩”は知らんぷりだ。

 

「……一応、訊くが、あのサッカー部が“ムサシ先輩”という根拠は?」

 

「図書館で生徒年鑑を見ても、ヒル魔さんや栗田さんと同じ二年生に“ムサシ”と言う人はいなかったし」

 

 まあ、あの人は武蔵(たけくら)だからな。

 

「それであだ名かもしれないって思ったんだ」

 

「そこで見つけたのが、コイツ、室サトシだ。ほら、()()()でムサシってあだ名になりそうだろ?」

 

 これは思ってもなかった発想力である。

 ついでにその生徒年鑑には『前のクラブは喧嘩して辞めた』と書かれていたのだそうだ。

 

「な、間違いねーだろ、長門!」

 

「ははは……」

 

 自信満々なモン太。セナもこくこくと頷いてる。もうこの二人はあれを“ムサシ”と思い込んでいるようだ。

 でその“ムサシ”が前の部活をバカにするようなことをぼやいたのを聞いてカチンときて勝負になったと。

 

「はあ。こんな他所のチームの事情に首を突っ込むとは、よっぽどお人好しなのか暇なのか、盤戸スパイダーズのキッカー・佐々木コータロー」

 

「キッチリ白黒決着つけないとスッキリしねぇ。それに、あんな仲間の夢を踏みにじるスマートじゃないヤツに、ナンバーワンキッカーを名乗らせねぇぜ!」

 

 ビシッと髪型を櫛で梳かし整えながら燃え上がる佐々木コータロー。

 義憤に駆られる感情的な性質なのだろう。寡黙で己が為すべき仕事を全うする武蔵先輩とは対照的のようで、根本的な部分は似通っている。

 

「とにかく、サッカー部とのPKに勝たないといけないんだな?」

 

 

 こうして始まったサッカー部とのPK戦。

 

「大丈夫!! 全部俺が捕りゃ負けねぇよ」

 

 そう豪語するのはキーパー役を買って出たキャッチの達人・モン太。

 こちらに会話して余所見をしてる隙を不意打って、サッカー部一番手がシュートしてきたが、それをあっさりと捕ってみせる。

 

「おぅし俺もスマートなとこ見せてやるぜ」

 

 こちらのアメフト部キッカー一番手は、佐々木コータロー。きっちり隅に決めてくるキックコントロールで枠に入れてきた。

 

「うおースマートだぜ!!」

「スゴいなんか格好良い!」

 

「……俺ってばキーパー人生も良かったかもしんねぇ」

 

 サッカー部二番手のキッカーのシュートもモン太はキャッチ。

 

(確かにすごいキャッチの反応だが、しかし……)

 

 そして、長門がアメフト部二番手のキッカーに入る。

 

「(佐々木コータロー。トライフォーポイントのボーナスキックの成功率100%の極めて精度の高いキック。……お手本にするなら、荒っぽい大砲キックよりもこっちの方だろうな)――と」

 

 それは先程一番手で蹴った佐々木コータローと瓜二つのシュートフォームで、蹴られたボールもポストに当たったものの見事にゴール隅に決まった。

 

「今のキック、まさか……」

 

「手本にしてもらいました。と言っても、完全に貴方のスマートなキックを再現できたわけじゃないですけど」

 

 これで、2-0。

 しかし、そこでサッカー部は雷門太郎がアメフト部のレシーバーであることを知ると、三番手キッカー室サトシはカーブをかけたシュートを放ってきた。それが何とあっさり決まってしまう。

 

「ムキャ~~曲がった!!」

 

「やっぱりだ。カーブのキャッチ経験はねぇだろ。味方の親切パスとはワケが違うんだよ」

 

 やはり、か。

 

「弱点を突かれたな」

 

「え、弱点?」

 

「ほら、野球のノックでもイレギュラーバウンドがあっても打球は真っ直ぐに飛ぶ。それを何万回と捕球してきたモン太は、自然と直線の軌道に反応が鋭くなった。そのせいか、むしろ素人より変化球には弱い」

 

 その後、アメフト部三番手キッカー小早川セナが、その俊足を生かしたフェイントで翻弄し続けるが、これはPKなので最初からボールを蹴る位置は決まっているのでほとんど意味がなく、むしろフェイントに駆け回り過ぎたのでバテた。キックもポーンと弱々しい山なりを描いて、キーパー役の室サトシの手に収まった。

 まさに骨折り損である。

 

「あーまたカーブだ!!」

「うおぅ何やってんだよ! 最初のスーパーキャッチはどうしたよ!」

 

「専門のキーパーじゃないんだから仕方がない」

 

 それから、サッカー部四番手キッカーが再び曲がるよう回転をかけたシュートで、アメフト部ゴールキーパーよりゴールを奪う。

 これで、2-2で並ばれた。

 またアメフト部四番手モン太はキックもまた暴投級のコントロールのようで、ゴール枠から外れあらぬ方向に蹴ったサッカボールは飛んで行った。どうやらサッカーキーパーの適性はないようだ。

 こうして、最後。

 

「モン太。キーパー交代だ」

 

「長門、俺……」

 

「わかってる。モンタがバナナシュートに弱いのは」

 

「ムキャ! 俺は猿じゃねぇぞ!」

 

「そういう意味で言ったんじゃないからな。いいから、この勝負を負けるわけにはいかないんだろ?」

 

「おう、ムサシ先輩に戻ってきてもらうために、それに負けたらグラウンドの占有権をサッカー部に取られちまうからな」

 

 渋々ながらもキーパーグローブを脱いで、こちらに渡すモン太。

 

「おい、サッカー部。キーパー交代だが、構わないな」

 

「おー、いいぜ。好きにしな」

 

 とそこで室サトシに、サッカー部一番手のキッカーだった、かつてアメフト部入部試験『ヘルタワー』に参加したことのある一年生が耳打ちする。

 

「(室さん、あいつ、アメフト部のヤバいヤツっすよ! 賊学の番長をワンパンKOした)」

 

「はっ。どうせ、曲がるボールに慣れてないアメフト部の連中なんだろ。どいつも一緒だ」

 

 確かに、モン太と同じようにこちらも曲がった球を得意とは言えない。中学時代にスパルタなレーザーパスを、万を超える回数受けてきたのだ。

 しかし、同じように大砲キックを阻まんと毎日挑んだ。あれと比べれば、どの球も迫力不足。

 

「しつこくカ~ブ!」

 

 サッカー部五番手のサッカー部部長がボールを蹴ろうと助走をつけた時に、僅かに重心を左に傾ける。

 

 ボールをキャッチするのではない。

 これからくるのはシュートされたボールとは思わず、カットを切って逃げようとするプレイヤーが持ったボールというイメージに置き換える。

 

 アメフトの守備でも、敵の頭や目線のみを追えば必ずフェイントに釣られる。だから、腹やボールを見据えるのは守備の技巧のひとつだ。

 

(ほぼ毎日、セナの爆速ランを捕まえてれば“曲がり”に強くなるもんだ)

 

 こちらの誘導通りに、シュートボールは弧を描いて右側へと――そんな甘い曲がり方を許さぬと、素早く反応した長門がその手刀を伸ばす。

 ゴールポストギリギリに入るはずだったサッカーボールをその指先だけで弾く。

 

「よし、これで首の皮一枚繋がったな」

 

「すごい長門君!」

「おおぅ! スゲェ今のシュートを止めちまうとは!」

「むぅ~、悔しいがまだまだ長門の方が上か」

 

「――無効だ! 今のはそっちの反則だ!」

 

 アメフト部の面々とハイタッチしていたら、避難が飛んだ。

 声高に叫ぶのは、室サトシ。

 

「サッカーのルールを知らないのかアメフト部。PK戦が始まった後にキーパーの途中交代は認められねぇんだよ」

 

「なんだと?」

 

「だから、そっちの反則で不戦勝、今のPKはこっちの点だ」

 

「なっ、長門君のキーパー交代はそっちも認めたじゃないですか!」

 

「は~あ、そうだったかなあァ? 生憎覚えてねぇし、それに俺が認めたっつう証拠でもあんのか? 録音テープでも出されたら謝ってやんよ」

 

「テメェ、長門が止めたからって今更そんないちゃもんつけやがるとは!」

 

「あ! はーー! 何とでも言え! これでグラウンドいただきだ!」

 

 これにはサッカー部の連中もひくほどひどい態度だが、撤回する気はない模様。

 ここで点を入れられなかったら、2-2のままだからサッカー部の勝ちは消滅する。そんなのは認められない、だから室サトシは難癖をつけてきたんだろう。それにしてもこの横紙破りはないだろうが。

 

「なんっつうヤツだ。あの大してスマートじゃない足といい、ホントにあいつがムサシなのか?」

 

「そりゃ全然違います、佐々木コータロー。アメフト部デビルバッツの武蔵先輩じゃないですから」

 

「え?」

 

 いい加減にこんな茶番は終わらせてしまおう。正直、あの男は不愉快だ。知らないとは言え、セナとモン太があれを“ムサシ先輩”と呼ぶのは虫唾が走る。

 とはいえ、これで先輩に尻拭いをさせてしまうのは後輩としては心苦しいのだが。

 それまで参加はしてくれたものの離れた位置から様子を窺っていた老け顔の若旦那こと武蔵先輩の下へひとり長門は駆け寄る。

 

「……武蔵先輩。力を貸してください」

 

「俺は、アメフト部じゃねぇぞ」

 

「お願いをされて、それを請け負ってこの場に来たんですから、あなたはその仕事を全うする義理はあるんじゃないんですか」

 

「………」

 

「お願いします。このままじゃ、サッカー部とのいざこざでグラウンドでしばらく練習できなくなりそうなんです」

 

 先輩は、何も言わず、ボールの前に立つ。

 

「なあ、長門、お前、あのおっちゃんと知り合いみたいだけど、サッカー経験とかありそうか?」

 

「いや、おそらく体育の授業以外では一度も蹴ったことはないだろうな。サッカーボールは、だが」

 

 佐々木コータローの精度の高いキックもまた凄い技術だ。あれは長門に真似できない域にある。

 しかし、フォームそのものをマネできようが、遥か彼方までボールを蹴っ飛ばすキック力には敵わなかった。

 

(? あのキックの構え……)

 

 僅かに身を屈めて膝の上に手を置くそのポーズに、生粋のキッカー・佐々木コータローは反応する。

 ああ、久しぶりに見る。長門は身震いを禁じ得ないその光景。幾度となく潰したいと思っていたあの『60ヤードマグナム』の構え。

 

「ラストが素人のおっさんかよ! ほ~ら、蹴ってごらん!」

 

 あの人に、ゴール隅を狙うコントロールはない。きっとキーパー真正面に行くキックとなるだろう。

 だが、あの大砲のキックボールは、とても片手では止められなかったし、体全体でぶつかっていく覚悟なければ、無理だ――

 

 ボッ!! と大太鼓を力いっぱいにぶっ叩いたような腹の底に響くこだま。

 そして、放たれたのは想像通りのド直球の、摩擦熱で火が尽きそうなほどのボール。

 

「ばげぶら!」

 

 武蔵先輩のシュートしたボールは、キーパー・室サトシごとゴールネットをぶち破った。

 

 

 ~~~

 

 

武蔵(たけくら) (げん)。『武蔵(ムサシ)』っつった方が分かり易いか?」

 

「お……おっちゃんが……ムサシ!?」

 

 佐々木コータローの誰何に、武蔵先輩が応じた。

 まさかのおっちゃんの正体がムサシだったことに目と口を大きく開けて仰天するセナとモン太。佐々木コータローも今の飛び抜けたキック力を目の当たりにしてその手櫛をポロッと落としてしまってる。

 

「“ムサシ”か。懐かしいあだ名だ。最も高校辞めた今じゃ、そう呼ぶヤツもほとんどいなくなったんだがな」

「辞めてないです。休学ですよ武蔵先輩」

 

 まあその反応もわからなくはない。

 

「んん? ちょい待てよ。武蔵ってことは去年高一だから……」

 

『――17歳!!? その顔で!?』

 

 ちなみにあそこで大砲キックを受けて伸びてる室サトシが辞めた部活は、石丸先輩のいる陸上部のようだ。

 そして、武蔵先輩、都市伝説の『60ヤードマグナム』の正体が判明し、佐々木コータローは早速、自前のアメフトボールをキックティーにセット。

 

「おいムサシ!! 『60ヤードマグナム』と謳われたてめーの幻の日本記録、こっからゴールポストまで60ヤード(55m)だ!」

「あれはウソだ」

「もしその話がホントなら今この場で……――ってウソかよオイ!!」

 

 佐々木コータローの燃える勝負展開に乗ってやることなくあっさり切り捨てる武蔵先輩。相変わらず、武士っぽい人だ。

 武蔵先輩はまだショックから立ち直り切れていないセナとモン太らアメフト部新入生らに向けて事実を述べる。

 

「お前らも良く知ってんだろ。ハッタリが大好きなバカヤローがいてな……」

 

 麻黄市立第十三中学校。

 そこでデビルバッツ創立に関わった3人は、力だけが取り柄な巨体ラインマン、悪魔のクォーターバック、そして、老けたツラした飛ばし屋キッカー。

 そのときに、ヒル魔先輩より、『60ヤードマグナム』という日本人には前人未到の、轟かせる異名(コードネーム)を引っ提げたのが武蔵先輩……

 だから、確かに先輩の言う通り、それはハッタリなのだ。

 

「60ヤードがウソでも構いやしねぇ! 勝負しやがれムサシ!!」

 

 それでも、佐々木コータローは勝負を迫る。あのPKのキックを衝撃を知ったからには、その異名も伊達ではないことくらいキッカーなら察するだろう。

 しかし、この先輩の意思は、固い。

 

「俺はもうアメフト辞めたんだ。二度とそのボールを蹴る気はねぇよ」

 

 バキッと肩透かしを食らわされた佐々木コータローが歯軋りしながら強く握り締めすぎた手櫛を折る。

 

「なんで……辞めちゃったんですか?」

「戻ってきてくださいよ。キッカーが欲しいんスよ泥門は!!」

 

 セナとモン太が嘆願するが、その前に長門は割って入った。

 

「セナ、モン太。あまり武蔵先輩に」

「――弱いチームはつまんねぇからな。俺は、栗田とヒル魔を見捨てた」

 

 でも長門が言う前に、突き放すようバッサリと武蔵先輩は言い捨てた。

 言葉を無くすふたり。長門は、口を閉ざして拳を握る。そして、佐々木コータローは心底見下した声で、

 

「テメーも室サトシと一緒かよ! 友達(ダチ)を見捨てるような奴ぁスマートじゃねぇ!! じゃあな! こんな奴をナンバーワンかと思ってた俺がバカだったぜ!」

 

 去る佐々木コータロー……それを長門は追った。

 

 

 ~~~

 

 

「待て、佐々木コータロー!」

 

「なんだよ」

 

「あんたがナンバーワンキッカーなのは認める。ヒル魔先輩の言う通りだ。――だけど、事情を知らないとはいえ、人の先輩に好き勝手に言われるのは腹が立つ。あの人は……武蔵先輩は、そう簡単に友達を見捨てるような人じゃない」

 

 長門は、アメフトのゴールポストのあるグラウンドを指さす。

 

「俺は、『60ヤードマグナム』を阻もうと挑み続けてきた男だ。アンタがナンバーワンキッカーだと誇りたいんなら、俺と勝負しろ」

 

 目を見開く佐々木コータロー。

 その長門村正の高身長と手足の長さ、そして、噂に聞く身体能力は、キックを潰すに最適。あのPK勝負も指先だけでボールを弾いてみせたのだ。それをキッカーとしての本能が一目で悟る。これは相手にキックを決めるのは容易ならぬ天敵であると。

 ――その天敵を相手に勝ち続けた男が、武蔵……

 

「……お前は、信じてるのか、あんなことを言った野郎をよ?」

 

「信じてる。絶対にクリスマスボウルに行くと誓った武蔵先輩たちを俺は決して疑わない。だから、俺はまた一緒にプレイできるのを願っている。ずっと……」

 

 問いかけに深く想いを噛み締めるような表情で応えた長門に、コータローは目を細め、

 

「そうか。……俺もスマートじゃなかったかもな」

 

 グラウンドには、向かわずに踵を返す。

 

「ナンバーワンキッカーの座をかけた勝負は預けておく」

 

 飲み込んだ佐々木コータロー。でも、長門村正の用件はひとつだけではなかった。

 

「盤戸スパイダーズのタイトエンドに、伝えておいてくれませんか。貴方のリードブロックの戦術は大変参考になりました。――そして、今年は俺が東京地区大会のMVPを獲ると」

 

 

 ~~~

 

 

 佐々木コータロー、それに長門村正もいなくなった後、小早川セナは訊いた。

 

「もし……強いチームになったら、戻ってもらえるんですか?」

 

 先の武蔵の発言を逆手に取るような物言い。

 セナもこの先輩が、ウソを吐いていたのはわかった。本気でアメフトから未練を断ち切った、ヒル魔さんや栗田さんを見捨てたのなら、PK戦で助けてくれるはずがないからだ。それに長門君も……

 

「…………考えておく」

 

 重く、吐かれた言葉を拾い上げて、モン太が続く。

 

「よーし、ちょうど来月アメリカ戦だ。アメリカに勝って“弱い”とは言わせねぇ!」

 

「そうだな。アメリカに圧勝できるようなら、“強い”と認める」

 

「男に二言はないっスよ! アメリカに圧勝したらぜってー戻ってきてもらう!!」

 

 

 ~~~

 

 

『ヤダヨ――負けちゃうヨ~~! 泥門コワイヨー、オシッコチビっちゃったヨ~~』

 

 白人男性の顔を張り付けられたニワトリが、猿に捕まったり、目晦ましを食らったり、巨漢に潰されたり、犬の糞を浴びせられたり、だけど反論してもメンチを切られて、猛烈なダッシュに追い掛け回された挙句の果てに、最後はバッサリと氷板を木端微塵に叩き割る凄まじい手刀でお陀仏。それからフライドチキンにして食べられるというジョークの利いたコメディ映像。

 今これがインターネットで世界中に流されていて、さらにはタブロイド紙にも送りまくっているのだ。腹を抱えて笑ってしまう。

 これはきっとヒル魔の作戦に違いない。

 栗田や、そして村正の姿もあったし、二人以外にもアメフト部と思しき連中がいた。……ただ、映像の中にムサシの姿はなかったのが気になったが、あいつはこういうのはあまり好きじゃなさそうだったし出演は辞退したんだろう。

 

「村正のヤツ、また一段と強くなってやがる……」

 

 思わず顔がほころぶ。

 あの中学生らの中でもっともその才能を見込んで鍛え上げた逸材。あいつには俺達『二本刀』にはなかった()があったが、それ以外にも能力が高いし、何よりも負けん気が強かった。

 その後継者と言ってもいいそいつに、別れ際に己が知るアメフトのすべてを記したノートを与えておいたが、いなくなってからも弛まずに鍛錬を積んでいたようだ。最も苛め抜いた教え子だ、映像越しからでも一目でわかる。

 

「それで、もうひとりのタイトエンドがなあ……」

 

 つい一週間ほど前まで、ビーチフットの連中と一緒に教えていた日本人の少年。

 高校受験を全て落ちたので、家を出て、本場アメリカのプロチームの試験を受けに来たというとんでもないバカ野郎だ。

 英語も何もわからない、一応(家から勝手に)お金を持ってきたけど日本とはまるっきり環境の違うアメリカ界隈。そんなところに裸一貫でやってきたバカ。それが浜辺に打ち捨てられたのをビーチフットの練習中に見かけて拾って、面白そうだから(あと放っておくと心配だから)鍛えてみた。

 有能な人材を送ってやるというあいつらとの約束もあったし。

 自分は借金で日本に帰れないので、このアメリカでアメフトのイロハを叩き込んでやってから泥門高校に送ってやろうとこの数ヶ月コーチしていたのだが……

 “もう十分に実力がついたし、プロ試験を受けに行く”と書き置きを残していなくなってしまった。

 面白そうな人材だっただけに残念……というか、心配になる。

 

「……まあ、大丈夫だよな。流石にプロ試験は受からんだろうが、日本大使館の場所は教えてやってたし。いやでも、あのバカはすっぽりとそのことが頭から抜け落ちてそう……」

 

 溜息がとめどなく出てくる。

 この“宣戦布告”の映像が一週間前に出ていれば、あのバカ・瀧夏彦を泥門高校へと送ってやったと言うのに。

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