東京喰種:re[azalea]   作:にっちもさっちも

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この作品が、私にとって人生初の小説執筆となります。
幼少期からまともに本を読んでこなかった末の文章力なので、本文については、どうか多めに見て頂ければ幸いです。

あと、今回はほとんど物語が動きませんので、あしからず。

あ、下手の横好きなりに絵を描きました。

【挿絵表示】



黒巣:1

 

 

 

 

 

 ──『喰種(グール)』。

 

 人と同じ姿を持ちながら、人に在らざる者共

 

 群衆に紛れ、人を狩り、その血肉を貪る

 

 社会に紛れ込んだ別種の怪物達。

 

『CCG』はそんな喰種を討ち倒すべく組織された、人間による国家機関である。

 

 平和の使徒──『白鳩(ハト)』の蔑称で喰種達から恐れられる彼等は、今日も日々人類の為戦い続ける。

 

 どんな恐怖を前にしても揺るがない

 

 鋼の意志と、正義の心を胸に擁きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人の青年がいた。

 背の丈は決して低くないが、肩から上でがっくりと曲がった猫背が、ひと回り小柄な印象を観る人に与える。頭髪はまともに手を加えた跡もない、ボサボサの黒。

 着崩した黒のスーツ姿は、元々のスタイルが悪くないこともあり様になってはいるものの、寝不足と泣き疲れと二日酔いが同時に来たかのように、どんよりと澱んだ双眸が悪い意味で一番目立っていた。

 

「…………────志と、正義の心を胸に擁きながら……」

 

 東京都第一区。

 日本政府の重要機関が数多く置かれる街中に、一際目立つ荘厳なビルがあった。見上げれば首が痛くなるほどに高く、壁面には空の色をそのまま反射する全面ガラスが輝く。

 一種芸術作品の如く完成された設計でありながら、しかして観る者を萎縮させる、殺伐とした空気を放つ建物。

 CCG本局は、誰しもがそんな印象を抱く場所だった。

 時計の針が二本揃って頂点の数字を示すと、古鐘の音が青年の耳に入った。天下のCCGと言えど、働いているのは人間。お昼時を迎え、スーツ姿の局員達がゾロゾロと出入りするエントランスで、青年は大きく息を吐く。

 

「……ま、こんな感じでどうですかね」

 

「あらあらあら、 中々良さそうな文になったじゃないの! 助かったわ比企谷くん!」

 

 受付用のカウンターを挟み、青年に対面している妙齢の女性が朗らかに言う。

 比企谷と呼ばれた青年は、詰まらなそうな顔で──普段から大体そんな顔をしているが──あぁはい、どうも、と返した。

 

「いや、いいんですけど。そもそもなんで俺が新規社員募集の……宣伝? を考えさせられてるんすか」

 

「だって比企谷くん、いっつもエントランスのソファで本読みながら、他の班員さん待ってるじゃない。文章力ありそうだなぁと思って」

 

「……確かに苦手ではないですけど」

 

 文章力が無い、訳でも無い。と言うのが比企谷の自己評価だ。たとえ相手が幾つであっても、女性から褒められて嬉しくない男はいないだろう。

 しかし、タダ働きこそ比企谷が最も忌避すべき行いである。普段通りエントランスのソファで本を読んでいたところを捕まえられ、成り行きでCCG広報の事務を手伝ってしまった時点で、比企谷にとっては既に『負け』なのだ。

 多少は機嫌も悪くなる。

 

「さぁー、あとは佐々木くんの考えたやつと比企谷くんのでじっくり吟味するだけね!」

 

 その上、聞き捨てならない文言が耳に入った。

 

「え、いやちょっと……」

 

 名前も知らない受付の女性に、比企谷は思わず声を上げた。おい待て、まさかわざわざ考えてやった文面が不採用になる可能性があるとは、聞かされていない──口には出さずとも、濁った双眸を僅かに細めて抗議の意を示す。

 そんな比企谷の背後、職員達でごった返すエントランスを、真っ直ぐ受付カウンターまで歩いてくる男が一人。

 ぽん、と軽く肩を叩かれ、何事かと振り返った比企谷の眼前に、偉く特徴的な頭髪をした好青年が、人好きな笑みを浮かべていた。

 

「ふふん、君も中々やるようだね比企谷一等。でも同じ読書家として、僕も負けられないな!」

 

 サムズアップした佐々木琲世は、比企谷のあからさまに不機嫌な表情も意に介さず、軽快に言葉をかけた。

 頭頂部のみアジア系人種の黒色を残し、殆どが色素の抜け切った真っ白な癖っ毛。佐々木琲世の髪は、いつだって比企谷の脳内に胡麻プリンを思わせる。

 

「……お久しぶりっす。佐々木一等」

 

 一瞥した後、一礼。

 かなり荒い敬語表現で、比企谷は琲世に向き直った。

 

「別に敬語じゃなくていい、ってもう何回も言ってるんだけど……。とにかく久しぶり、比企谷君も」

 

 明るい笑顔が、困ったような笑顔に変わるが、比企谷に対して琲世も挨拶を返す。

 そのまま琲世は受付の女性にも短く挨拶すると、『少し話さないかい』と言いながら比企谷の前を歩き出した。

 確かに、待ち人が来るまであと二十分ほどあるな、と確認してから、比企谷も琲世の背を追って歩き始める。

 

Qs(クインクス)γ(ガンマ)班、今日は戸塚と一色の定期検診なんで、終わるの待ってたんすけど、もしかして佐々木さんのとこもですか」

 

 普段ならば、比企谷から他人に話しかけることは滅多に無い。日頃出入りするCCG局内でも、比企谷から話を切り出せるほどの『知り合い』は親指で数えられる程度だ。

 そういう意味では、比企谷にとって佐々木琲世と言う人間と過ごす時間は、有意義とは言わずとも非生産的な時間でも無かった。

 何より、現在の琲世と比企谷は、『日々似たような状況に置かれ、目下似たような悩みを抱えている』。

 

Qs(クインクス)α(アルファ)班の検診は六月君だけだね。瓜江君と不知君は『例の件』をそれぞれ単独で捜査中、才子ちゃんは自宅警備」

 

 言い切ると、琲世は引き攣った笑みを浮かべた。気のせいかもしれないが、比企谷の目には、琲世の瞳の端に汗とも涙ともとれない煌めきが見えた。

 

「他人事っすけど、佐々木さんも大変ですね」

 

 また最近、班内で揉め事でもあったのか──と、雑に予想しながら、比企谷も相槌を返す。

 

「いや他人事じゃないでしょ。君の班も中々に粒揃いだって聞くけど?」

 

 否。琲世の言う通り、断じて他人事では無い。

 

「………………そんなことないです」

 

「苦虫噛み潰したみたいな顔して言われても説得力ないよ」

 

 比企谷は大きく溜息を吐くと、それまで頭の片隅に追いやっていた問題を思い出す。心なしか頭痛がしてきた。

 

「なんというかまぁ、我が強かったり、逆に積極性が無かったり、うちの班は両極端なイメージっす」

 

『うちの班』──自分が言った言葉で、比企谷の脳裏に『四人』の人物の顔がよぎる。どいつもこいつも、全くもって忌々しい──手のかかる『部下』達だ。

 

「お互い気苦労が絶えないねぇ……」

 

 まるで老人のような口ぶりの琲世が、うんうんと頷きながら、比企谷の背中を叩いた。琲世の顔は、まさに『同じ悩み』を抱える者を心の底から労わる慈愛に満ちていた。

 

「よし、ここはひとつ人生の先輩が昼食を奢ってしんぜよう。僕も六月君が検診終わるまで暇だし……比企谷君カレーは好き?」

 

 暫くして息を吹き返した琲世が、少し大きくなった声で言う。丁度二人が歩いていたのは、CCG本局の東スペース。社員の食事のために各大手食品企業が出店している有名チェーン店が並ぶ通路だった。

 比企谷の鼻に、ツンとするスパイスの香りが入ってきた。

 

「人並みに好きですけど……いいんですか?」

 

『いいんですか?』の言葉に込められた意味を、二人の脇を通り過ぎていく一般社員達は理解できないだろう。

 最も、比企谷にだって、本当の意味で理解できることでも無かった。佐々木琲世──彼が一体、どんな世界で生きているのか。人間の味覚嗅覚を持たない彼に、比企谷の──人間の食欲をそそる芳香が、どのように感じられるのか。

 想像もしたく無い。きっと彼には、飲食店が立ち並ぶ通路など地獄となんら変わらないのだ。

 

「細かいことは気にしない! ほら行こ」

 

 晴れない表情のまま、比企谷は琲世の後について、本格インドカレーの店舗に足を踏み入れた。本来大した体格差も無いはずの琲世の背中が、比企谷にはどこか普段より小さく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戸塚彩加は、病院が苦手だった。

 白い内装は、いつだって赤色を際立たせる。

 消毒液の匂いは、生傷を連想させる。

 闘争と、誰かの命の危機を連想させる。

 故に、昼下がりの暖かな陽射しが、渡り廊下のガラス窓からすっと差し込み、眩いほどの白を反射する病院内を観ても、特に気持ちが安らぐことは無い。

 

「お待たせしました、戸塚先輩」

 

 ぱたぱたと、廊下を小走りで往く少女。

 肩まで伸ばした亜麻色の髪がふわりとそよいで、顔にはやんわりとした笑み。世間一般の基準においてもかなり美形の面貌は、綺麗と云うよりは可愛い、と形容するのが相応しいだろう。

 名前を呼ばれた戸塚は、一色いろはをにこやかに迎えた。

 

「ううん。そんなに待ってないよ、いろはちゃん」

 

 そう言って小さく手を振る戸塚は、性別こそ男性であるが、よもや間近で見ても女性と間違える者も多々いるであろう中性的な姿をしている。

 色素が薄く灰色がかった短髪は、これまた男性とは思えないほどキューティクル抜群で、天井の蛍光灯の光をきらきらと反射していた。

 一色は、長椅子の戸塚が座る位置から人一人分のスペースを空けて腰を下ろし、ぷぅとわざとらしく頬を膨らませて見せる。

 

「もぉ、何かにつけて採血採血って。そりゃあそんなに血を抜かれたら身体に異常も発生するってもんですよ!」

 

「しょうがないよ。いくらCCGの新技術って言っても、まだ探り探りだと思うし」

 

 諭すような口調。

 相変わらず可愛らしい仕草を自然にやってのけるなぁ、と思いはしても口にはせず、戸塚は曖昧にはにかんだ。

 

「連中が何を怖がってるって、要は私達が制御不能の喰種擬きになっちゃうことですよね。ならQs全員の首に爆弾でも巻き付けて、スイッチを管理させればいいんじゃないですか?」

 

「そ、それは画期的というか、猟奇的というか……」

 

 一つ下の後輩の、意外にも今後ありえそうな話に若干身震いしていると、廊下の奥からこちらに手を振る人影が目に入った。

 

「戸塚君、いろはちゃん」

 

 声が聞こえてよく目を凝らすと、そこには候補生時代から戸塚がよく知る顔がある。浅黒い肌に、体格は良くなくとも利発そうな顔立ちの青年だ。

 

「あれ、六月先輩おひさですー」

 

 六月透。

 戸塚にとっての同期。一色にとっての一年先輩。

 そして、同プログラムに参加するチームメイトだ。

 

「二人も検診? 日付が被るの珍しいね」

 

「うん。今終わったとこだけど」

 

「そっか、俺も今終わったんだ。今日のQsα班の検診は俺一人だったよ」

 

 戸塚にとって、六月はQs部隊の中でも話し易い相手だった。幼い頃から中性的な出で立ちを周囲に茶化されることが多かったため、内向的な人格形成をしてしまったことも災いし、候補生時代から友人は数える程しかいなかったが、まさかCCG入局から気の置けない友人が何人もできるなど、本人も想像だにしていなかっただろう。例えそれがなんでもない会話でも、戸塚はQsの面々との日常がとても好きだった。

 

「六月君はこれからどうするの?」

 

 そう問うた顔は、自然に穏やかな笑みを作っていた。六月は一瞬、戸塚のその表情によく分からない動悸を覚えて、一拍返答が遅れてしまう。

 

「あ、先生──いや佐々木一等も本部召集かけられてて、今本局に来てるはずなんだ。これから俺も合流して一緒に『トルソー』の聴き込みに行くけど、良かったら二人も来る?」

 

『トルソー』と言う言葉に、戸塚の笑顔は僅かに陰った。それは、現在Qs班が一丸となって追っている──いや、一丸とはなっていないかも知れないが──危険度A指定の喰種だ。近年、都心広域で点々と被害が確認されており、恐らく特定の喰い場を持っていない珍しいタイプとされている。

 

「そうだね、あんまりQs班同士で手柄の取り合いとかしたくないし、ご一緒させてもらおうかな」

 

 少し考えてから、戸塚は曖昧に笑う。分かった、と答えた六月も、戸塚と似たような種類の笑みを浮かべた。

 しかし対照的に、二人を横目に眺めていた一色の目付きは、怪訝に細められていた。

 

「手柄の取り合いのならもう手遅れじゃないですか?」

 

 戸塚と六月が、声のした方を見る。

 一色は、二人の視線が自分に向いたことを確認してから、先刻から片手間に操作していた携帯端末の画面を見せ付けた。そこには、『川崎せんぱい』の文字と、既に今朝から三回以上連絡した履歴があった。

 

「今日もうちの川崎先輩は単独捜査中ですけど」

 

 私の番号は多分着拒ですねー、と本心を窺わせない棒読みの声が、やけに深刻に戸塚達の心に刺さった。

 

「……うちの瓜江君と不知君も今日は単独捜査だ」

 

 六月も苦々しく顔を歪める。

 

「……今頃現場で鉢合わせて揉めてたりして」

 

 いや、きっとそうに違いない。戸塚は第六感的な確信を持っていた。『人間とは往往にして、悪い事象についての予言ばかりことごとく当てる生き物なんだよ』、とは、プロのぼっちこと戸塚の上司がいつか語って聞かせてくれた言葉だ。

 どうしたのもか、と途方にくれる六月と戸塚。

 そんなことは素知らぬ顔で、端末を弄り始めた一色。

 どんよりと流れ始めた嫌な沈黙を裂いたのは、三人の誰でもない人物だった。

 

「それならウチの隼人が向かったから大丈夫だし」

 

 三浦優美子。

 Qs班の面々には言わずと知れた“女王様”。

 目に優しい程度に輝く金髪を、左右のもみあげの一房にだけくるりと巻いた三浦は、力の抜けた立ち姿だった。それでも思わず六月と戸塚は、その場から半身体を引かせる。

 日頃から、高圧的な態度と自分本位な言動が目立つ三浦を、Qs気弱勢こと六月と戸塚は若干苦手としていたのであった。

 

「……も、もしかして三浦さんも定期検診?」

 

 引きつった笑みで、六月が問うた。

 

「……別に。あーしは指導者が来て欲しいって言うから来てあげてるだけよ」

 

 そう答えて、髪をふわりと撫で付ける。

 しかしその表情には、件の険悪な雰囲気が滲み始めた。これはマズい質問だったか、と六月は内心焦りだすが、新たにカットインしてきたのは、一色が可愛らしく溢した小さな笑いだった──それも、飛びっきり相手を嘲るような。

 

「何を偉そうに。要は雪ノ下先輩の付き人として利用されてるだけでしょう。毎日お疲れ様でーす」

 

「……あ、なんか言った? 一色三等」

 

「いいえ別に? それより、こんな所うろうろしてるとご主人様に怒られるんじゃないですかぁ、三浦三等」

 

 “あざとい子”こと一色。

 “女王様”こと三浦。

 当然の如く相性は最悪であった。それこそ、Qsγ班指導者の比企谷か、Qsβ班隊長の葉山がいない場では、この手の小競り合いがほぼ100%の確率で起こる程度には。

 状況の早期収束と己の胃痛を抑えるため、六月は戸塚とアイコンタクトで連携を取り、まぁまぁまぁ、と無理矢理二人の間に割って入った。

 それでも、六月の肩越しに互いを睨み合うのを辞めない姿を見ると、続いて戸塚も、青い顔をしながら適当な話題で気を逸らそうと試みる。

 

「と、ともかく葉山君が向かったなら安心だ。僕らも早く『トルソー』捜査しに行かないと!」

 

 一拍。

 二拍。

 僅かな沈黙の後、先にメンチを切り離したのは一色だった。

 

「そういえば先輩遅いですねぇ。もう私も戸塚先輩も検診終わってるのに」

 

 いつもの甘ったるい調子に戻った一色を見て、今度は三浦も、ようやく視線をよそに逸らした。と同時に、かなり大きな舌打ちが聞こえた気がしたが、六月と戸塚はそこに敢えて触れるほどの勇気を持ち合わせていなかった。

 

「……う、うーん、きっと何か立て込んでるんじゃないかなぁ」

 

 おざなりな返答をしながら、戸塚は何処にいるかも分からない指導者の、気怠げな顔を思い浮かべた。

 ────比企谷さん、今日もQsは元気です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 賑やかな大通り。

 街を行く人々の声、車道を走る車のエンジン音、様々な音色が綯い交ぜになって、“生活の喧騒”は今日も奏でられる。無力だが、愛すべき人々の命を感じさせるその音を、自分達はこれからも護っていくのだ──とは、いつか聴いた不毛な上官(ゴマプリン頭)の言。

 瓜江久生にとって、そんなものは路傍の石よりも取るに足らないモノであった。

 

(昼夜も無くやかましい街だな、クソ)

 

 見た目は、スーツと“特殊な素材で作られた”トレンチコートを着こなす精悍な青年の姿。その実、中身は昇進欲求と自尊心がガチガチに塗り固められどうにもならない。

 しかし、どうにも手に負えないことに──瓜江は、とにかく優秀な男ではあった。

 

「どちらまで?」

 

 通りを眺めて、適当なタクシーに手を挙げて停める。それ自体は年端のいかない子供でもできる動作──評するべきは、“捜索対象をタクシー運転手に絞ったこと”だ。

 

「喰種対策局までお願いします」

 

 一応のエチケットとして、瓜江はそれまで着けていた無音のイヤフォンを片耳だけ外しながら乗車した。はい、と短い返事が聞こえて、初老の運転手が料金メーターを入れる。

 突如現れた人影が、タクシーをぐらりと揺らしたのは、その時だった。

 

「……見つけたぞ、瓜江」

 

 後部座席に乗る瓜江は、後部ドアを閉まらせないよう手で押さえつける姿勢の葉山隼人を、じっと睨み付けた。葉山の左手には、ゴツゴツと重苦しい形のアタッシュケースが握られている。

 

「葉山か、どうした?(チッ、追いつかれたのか)」

 

 ほとんど金に近い茶髪と、タレントのように端正な顔つき。今は、額には大粒の汗を光らせている。葉山は瓜江の視線を正面から受け止めて、口を開いた。

 

「どうした、じゃない。よりにもよって班長が単独で行動するなんて、明らかにおかしいだろう」

 

「……喰種対策法にも、CCG内規定にも、単独での操作を禁ずる文言は存在しない。俺の行いの何がおかしいと?(大体お前も班長だろうが、何故一人でここにいる)」

 

「違う、おかしいのは規則上の話じゃあない。多数の人間を導く立場にある責任者として、君の行動は間違っているんだ」

 

「……(…相変わらずウザいな)」

 

 “煩わしい”と、瓜江はわざわざ言って聞かせずとも分かるほどに、眉を顰めてみせた。暫く、所在無さげに口を噤んだタクシー運転手をよそに、瓜江と葉山は睨み合った。互いに一歩も引くつもりは無いし、相手の言い分を聞くつもりもなかった。

 

「すいません、もう一人乗れますか?」

 

「……はぁ?()」

 

「……え?」

 

 しかし、一転。

 なんでもないような素振りで、するりと助手席ドアから入って来た車内に侵入した人影に、二人の視線は同時に奪われた。

 

「お前は……(川崎)」

 

 パンツルックのスーツ姿に包まれた、すらりと長い手脚。親から貰った折角の美人顔を常日頃からむすっと顰め、他人を寄せ付け難い雰囲気を放つ女。

 川崎沙希。

 そこに居たのは、Qsγ班の隊長を担う若き捜査官であった。

 

 

 

 

 





戦闘パートは次回以降になると思いますが、今からちょお憂鬱です……書けないよ戦闘なんて……勘弁してよ。

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