ただラノベみたいな感じで、スッと読める文が書けるようになれたらいいなぁとは思います。
車内の料金メーターが稼働し始めてから、すでに数分が経過していた。味気ない鼠色の空の下を、黄色いタクシーは進む。街には、他の車両もさほど見かけられず、交通の便は比較的良かった。
「で、このタクシーはどこ向かってんの?」
川崎沙希は、いつだって不機嫌である。
そう思われても仕方がない程には、対人コミュニケーション能力に難があった。眉間に若干のシワを寄せ、声色は一般的な女性のモノよりも低め──ここまでがデフォルト。
よって、本人にとってはさしたる意の無い、ただの質問の言葉は、川崎自身も想定外の敵意と苛立ちの念を内包して瓜江の耳に届いた。
「(黙れ、早く降りろ)……喰種対策局だ」
しかし、瓜江久生はその程度で怖気付かない。
まだ正式に入局してから日は浅いが、彼もまた一介の喰種捜査官である。日常的に死と隣り合わせなのだから、人間相手の些細な小競り合いなど、わざわざ真面目に取り合うほどの気概は持ち合わせていなかった。
「それより川崎三等、何故当然のような顔をして、君までもがこの車に乗っている」
「……別に。アンタが手柄を総取りしたら、困る人間がいるってだけ」
「それは大変だな。(川崎沙希……確か、家族を養うためにQs施術に立候補したとか。貧乏人が俺の昇進を邪魔しやがって)」
素っ気ない川崎を見て、瓜江はQs部隊の班長に就任した際に目を通した、隊員のプロフィールを思い出した。
そして、小さく舌打ち。
(煩わしい凡愚共め)
頭から滲み出た苛立ちを、そのまま脳内にだけ吐き出す。
後部座席で横並びに座る瓜江と川崎。
重心はそれぞれ限界まで端に寄せ、狭い車内で互いの体が強い斥力を生み出しているかのようだ。
「今、雪ノ下一等と佐々木一等に連絡した。比企谷一等は……携帯をシャトーに忘れたらしい。今は偶々、佐々木一等と一緒に居たようだが」
二人をよそに、助手席で先刻から何やら話し込んでいた葉山隼人が、胸ポケットに携帯端末をしまった。
葉山の言葉に、瓜江は僅かに眉を痙攣させ、川崎は興味無いと言わんばかりに車窓から外の街をぼんやりと眺め続ける。
「……あっそ」
言葉で反応を返したのは川崎のみ。
瓜江は、ポーカーフェイスの裏から滲み出した、葉山への負の念を隠しきれないまま沈黙。
「なんだその態度は。当然だろ、こうして俺が君達を見つけた以上、報告はするさ」
葉山の吐いた溜息は、膝に抱えた鈍色のアタッシュケースの表面を僅かに曇らせた。
「……あぁ、そうだな。よろしく頼んだ(告げ口しやがって)」
瓜江の建前全開の言葉を最後に、車内には水を打ったような静けさが戻った。葉山は運転席に座る初老のドライバーを横目に見て、『殺伐としていて申し訳ない』、と表情でのみ謝罪を入れた。
(さて、とまぁこんな感じで“いつも通り”を装ったはいいが、どうしたものか。ここに居たのがQsβ班員なら話は早いが……生憎俺達三人は、Qs全体でも上位に入るほどに馬が合わない組み合わせだしな)
そう、“気付いている”。
彼等がQsたる所以の一つ──喰種に近い五感能力が、既に三人に核心にも近い“或る疑惑”を芽生えさせていた。
頭を回転させながら、葉山はスーツの襟元──ネクタイを少し緩める。何も、車内が暑いわけでは無い。猛暑は過ぎ去り、街行く人も日に日に厚着の姿が目立つ頃だ。葉山の“ソレ”は、Qsにのみ伝え、全員が共有している明確な“合図”である。
後部座席の二人は、それぞれ他所に視線を向けているフリをしながらも、その“合図”を見逃さなかった。
『標的喰種の可能性高:対策は
三人の視線が交わることは無い。しかし、絶え間無い静寂の中で、瓜江だけが僅かに双眸を鋭く細めた。
「い、いやぁ、喰種対策局に用事だなんて、もしかしてこれから事情聴取とかですか? 大変ですねぇ」
ついに沈黙に耐えかねたのか、ドライバーが口を開く。なんでもない世話話を客にふるのは、職業柄お手の物である。
「えぇ、つい最近友人が喰種に殺されてしまいまして。悲しむ暇もないですよ」
答えたのは瓜江だった。
ドライバーからしたら、それは意外に感じた。葉山、瓜江、川崎のやり取りを最初から聴く側に徹して居た彼は、おおよそ三人の性格やパワーバランスに察しをつけていた。
察しをつけた上で、答えてくれるのはきっと、社交的でリーダーシップのある、助手席の葉山という青年だと想定していたからである。
思わず、ドライバーの顔が呆けたまま固まる。
「……そう行くのか。分かった」
ドライバーの横顔を覗き見て、葉山は呟いた。
「……私達の学友でした」
間を空けず、今度は川崎が話を繋いだ。
葉山は、自分の出した合図が問題なく班員に伝わっていたことに若干安堵した。馬が合わないと自覚していたが、どうにも性格上と仕事上とでは別の話かも知れない。
折角切り出した話題が、思わぬ地雷だったと悟った運転手の勢いは、瞬く間に萎んでいった。
「そ、それはなんと言うか。申し訳ありません、余計な事を……」
「いえ、気にしてません」
瓜江の声はわざとらしい棒読み。
当然である。瓜江を始め、車内に居るQs班員の誰一人、昨今死んだ友人など存在しないのだ。全てはブラフであり、相手の尻尾を掴む撒き餌であり、“強行”への秒読みであった。
ふと、瓜江は運転手がぎゅっと握ったままのハンドルの横に、運転手のプロフィールと所属が記載されたプラカードを見つけた。そこには本名や経歴はともかく、生年月日や趣味など至極どうでもいい情報までが見て取れる。
「……お菓子作りですか、男性にしては珍しい趣味ですね」
瓜江は、適当に目に入った単語を取り上げて、どうでもいい与太話を振る。
「えぇ、これが結構楽しいんですよ。最近はシュークリームにハマっていましてね、焼き上がった時にふんわり香ってくる甘い匂いが、こりゃあまた堪らないんです!」
「……へぇ(死ぬほど興味ねぇ)」
瓜江が謀ったのはタイミングであった。それはQsのでも、運転手のでも、本題を切り出すためのものでも無い。単に、タクシーとその周囲の物理的環境を整えるためである。
強硬手段を取るにあたって好ましい環境とは則ち──人通りが少なく、ある程度の広さがある場所である必要がある。
最早吐き気を催すほど退屈な会話。
川崎も普段に増して眉間にしわを寄せ続け、葉山はにこにこと貼り付けたような笑みを浮かべては、時々適当な相槌を打つ。
そんな苦行が、いったい何分続いただろうか。タクシーはついに、人気がなく薄暗いトンネルに差し掛かった。
──“来た”、と。誰が口にするでもなく、ただQs達の背筋に小さな電流が走った。
「運転手さん、ここで結構です」
冷ややかに、瓜江が運転手に切り出す。
「え、いやしかし、まだ対策局からはかなり遠いですし……トンネル内なので……」
しどろもどろになるものの、人が良いのか、運転手はトンネル内でタクシーをゆっくりと減速させ始める。それでも、完全に停止させるつもりは無い様子だった。瓜江は小さく舌打ちすると、後部座席から運転手の腕を掴もうとして──左隣に座る女が、運転席の背もたれを思い切り蹴りつけた。
「ひいっ⁉︎」
ボゴッ! と鈍く篭った音がして、運転手は恐怖に思わず肩を竦めた。
「確かに、“堪らない”だろうね。鼻が捩れるほど臭かったでしょ?」
怯え、脂汗をかく運転手へ、川崎は追い立てるように言葉を投げつけた。普段は温厚な葉山も、助手席から据わった目つきで運転手をジッと見つめるだけ。瓜江は運転席と助手席の間から体を乗り出して、手に持った皮の手帳を開いて見せる。記されていたのは、両翼を大きく広げ飛翔する白鳩のエンブレム。
「喰種捜査官です。僕ら普通より鼻が利くんで、三人共とっくに気付いてますよ……車内の血の匂い」
瞬間、瓜江、葉山、川崎は同時に、右側から体を押し潰すような遠心力を感じた。タイヤが引き裂けんばかりに甲高な音を上げ、アスファルトと擦れ合う。運転手がハンドルを切り、車体が対向車線に飛び出したのだ。
ついさっきまで緩やかだった車速も、アクセルを全開で踏み込まれたおかげで、一気に爆発的な加速をして見せる。
「なっ⁉︎」
葉山は、フロントガラス越しに見た外の風景が、猛烈な勢いで左から右へスライドしたのを確認し、思わず目を剥いた。
そして、運転手に怪しまれないよう敢えてしっかりとシートベルトをしていたことが災いしたと気付く。車外に脱出するまでの動き──ドアを開け、外に飛び出すという二つで事足りるはずの動作に、どうしても更に一手間が加わってしまう。
一瞬の焦りが本来の判断力を鈍らせ、結果的に葉山が車外に脱出したのは一番最後。
「……ッ(仕掛けて来たか)」
後部座席左側に座っていた瓜江は、スムーズにドアを開け身体を外に投げ出すと、受け身をとって道路に難なく着地。
「ちっ!」
瓜江に続き、川崎は遠心力に敢えて身を任せ、瓜江が開けたドアから弾かれる様に外に飛び出し、道路脇のガードレールに身体を激突させて無理矢理勢を殺した。
運転手ただ一人が残されたタクシーは、三人の視線の先で、トンネル内の壁に衝突。ドカンと豪快な音と、乾いた破砕音が反響し、そのまま静かになった。
「……布陣とか敷いとく?」
しかし、その場に居る捜査官の誰一人、“終わった”とは考えなかった。当然、喰種の耐久性と再生力を知っていれば、たかが車の事故程度で絶命したとは考えられない。
川崎が、強く打ち付けた背中の骨の具合を探る様に、ぐるぐると肩を回しながら放った言葉に、瓜江はフン、と鼻を鳴らす。
「生憎俺達は全員所属班が違う。合同訓練もまだ経験が浅い……付け焼き刃の布陣など敷く意味もない。(つーか俺一人で十分なんだよ。お前らは適当にシネ)」
タクシーは、壁に激突したまま動く気配が無かった。ぐしゃりと潰れたボンネットから、薄く煙が上がっているのが、瓜江の目には遠くからでも見えた。
葉山は、間一髪の脱出で全身についた埃をはたき落としながら立ち上がり、右手に持ったアタッシュケースに損傷が無いか調べた。
「それにしても、まさか本当に『トルソー』か……ついに捉えたのか⁉︎」
表面に多少の傷が付いてはいるものの、問題なく稼働するであろうことを確認してから、葉山も他の二人に倣ってタクシーの方を見たが、──意図的に気配を殺し、ゆっくりと歩んで葉山の背後に着いた瓜江に、気付いた素ぶりは無い。
戦闘は、タクシーから上がる煙を掻き分け、音もなく飛び出した赤黒い“鞭”が口火を切った。
──『赫子』だ。三人がその“鞭”を視認し、わざわざ言語化するまでもなく行動を開始する。ドライバーの喰種が振るった赫子は、タクシーから瓜江達までの間に横たわる20m近い距離を、うねりながら高速で向かってきた。
葉山、川崎はその初撃を“回避”することを選択。腰を落とし、利き手ではない方の腕で頭部を防御する態勢を取る。
対して、瓜江は一人前傾姿勢で大きく利き足を踏み出し──傍に居た葉山の襟を掴んで、肉薄してくる赫子と自分の体の直線上に引き摺り出した。
「⁉︎ 瓜江ッおまッッ」
予想外過ぎる班長の動きに、葉山には対処する暇も無かった。瓜江の狙い通り、赫子は勢い良く葉山の腹部を貫き、破いて、動きを止める。
「がっ……ふ‼︎」
苦悶の表情。口の端から溢れる粘ついた赤色。
瓜江は葉山を一瞥し、「そのまま赫子を抑えつけろ」と耳打ちしてから、喰種に向かって真っ直ぐと、アスファルトを力強く蹴り出した。
一歩、二歩と、踏み出す毎に加速していく。
「アンタねぇ……」
“流石に私でも引く”と言わんばかりの呆れ顔で、川崎は瓜江のすぐ後ろを追従した。
「大丈夫だ。あの程度で死にはしない(出来れば死んで欲しいが)」
「……だと良いけど」
足を回転させながら、瓜江はいつの間にか葉山の手から強奪したアタッシュケースに手を掛けた。グリップに取り付けられたスイッチを親指で押し込むと、キリキリと音を立ててアタッシュケースが開き始め──『クインケ』の展開が始まった。
「いやぁぁぁしかし白鳩も最近は人員不足なんですかぁ。こんなガキ共が捜査官だなんてねえ!」
白煙の中から飛び出した運転手は嗤う。両目をギラギラとした赫眼に変えて、血に塗れた老顔を残忍に歪ませた姿は、まさに食人鬼そのものである。それでも、瓜江と川崎は怖気付いた様子もなく、ただ冷静に運転手に向かって行った。
しかし。
瓜江がアタッシュケースからクインケを引き抜こうとした瞬間、辛うじて視界の端に過ぎった“何か”に気付く。赤黒い粘膜のような表皮、細長い縄のようなフォルムをしならせ、空を裂き、瓜江の頭部めがけてソレは殺到した。
「(二本目の赫子か!)まぐっ⁉︎」
人体の可動域限界まで上半身を仰け反らせて、回避を試みるが、それでも足りない。加えて、直前まで全力疾走で前進していたこともあり、体の勢いを殺しきれないままでは、まともな身のこなしもできなかった。
一瞬の逡巡の末、瓜江は右手に持った展開しかけのクインケを、迫る赫子の先端に無理矢理叩きつけた。そのままでは瓜江のこめかみを射抜く軌道だった赫子は、わずかに起動を逸らし──右胸にずぶりと沈んだ。
「げははははは! 二匹目ぇ!」
血を吐き、瓜江の全身からだらりと力が抜ける。その感触を、運転手は赫子越しに生々しく感じ取った。“殺した、確実に”。そこには最早疑いの余地すらなく、自信と余裕に満ちた顔で残された川崎に眼を向ける。すると、さっきまでとまるで変わらない速度のまま──むしろ、更に加速しながら自分に突っ込んでくる女の姿があるではないか。
「な、なんで眉一つ動かさねぇ⁉︎ 仲間が死んでんだぞ⁉︎」
思わぬ展開。
思わぬ焦燥。
「別に仲間じゃない……それに」
しかし、川崎の返答に運転手は更に混乱することになった。
「誰が死んだって?」
「……はっ⁉︎」
ここにきてようやく、運転手はある異変に気付いて、鋭く息を呑んだ。遠くの獲物を射抜いたままになっていた赫子が、いつの間にか地面に杭で打ち付けられていたかのように、思い通りに動かせない。
「行けッ川崎さん!」
「川崎ッ!(クソッ俺の獲物が!)」
赫子は、殺したはずの青年二人が、それぞれ一本ずつ素手で押さえつけていた──貫かれた胴体などまるで意に介さず、傷口から迸る鮮血をそのままにして、である。
当然それは、ただの人間にかなう芸当ではなかった。人を超える耐久力で致命傷を堪え、人を超える膂力で喰種の赫子に抗う。比喩でも何でもない、それは正に喰種の領域にある性能だ。
その証明に、葉山と瓜江の左眼は、いつの間にやら薄っすらと赤黒い輝きを放っていた。運転手の両眼と同じ“赫眼”が発現しているのだ。
「尾赫か……好都合」
不敵に笑う川崎の背中のスーツを内側から破り、赤黒い棘が突き出した。右肩甲骨の辺りから生えたソレは、まごう事なき赫子──Qsが体に内蔵する『クインケ』である。
「ひっ……ヒィィィィ‼︎」
戦慄の悲鳴をあげる運転手に、川崎は赫子から瞬時に生成した五つの杭を一斉に掃射した。二本が葉山を貫いた赫子、もう二本が瓜江を貫いた赫子、それぞれを根元から千切り飛ばし、残す一本が運転手の鳩尾を穿つ。
「げぼォ⁉︎」
体に突き立った杭の推進力で、運転手は後方に吹っ飛んだ。二回、三回と地面にバウンドして、地面を転がった後、体は身動きが取れないほどのダメージを受け、ピクピクと小刻みに痙攣しだす。
それでも、残されたなけなしの力で、運転手は地面を這った。
「……お、おいどうなってんだ、早く来い‼︎」
ギョロギョロとしきりに周囲を見回しては、うわ言のように何かを叫ぶ。その時には既に、怪訝な顔を浮かべながら近寄ってくる川崎と、ボロボロ空中で溶け消えた赫子にようやく解放された葉山、瓜江も、運転手に向かってゆっくりと歩み寄っていた。
「そんなバカな……違う……段取りと違うじゃねぇか……」
血と一緒にぼそりと吐き出されたその言葉を最後に、運転手は気を失った。
「やってくれたな瓜江。……おかげで服に大穴が空いたぞ」
葉山は、とっくに塞がって今は一滴の血も流れていない腹部の傷穴を撫でた。どうせ二度と着ないだろうと思い、スーツの袖で口元に付いた血も拭っておく。
「新品が欲しいなら経費で落とせ(お前の服なぞ知ったことか)」
そう言う瓜江のコートの右胸にも、葉山のソレと全く同じ形、同じ大きさの穴が空いていた。両者の視線は交わらない──葉山は瓜江を糾弾する視線を浴びせているが、瓜江はまるで取り合うつもりもなく明後日の方向を眺めていた。
「で、この喰種の討伐報酬は私が貰うんでいいよね?」
三人の中で唯一、今回の戦闘で大したダメージを負っていない川崎にも、赫子が内側から突き破ったスーツの穴が背中にある。何も知らない一般人が三人を見たなら、一体何があったのかとさぞ心配する事だろう。
「いいや。今回の戦闘は俺や葉山二等の支援があったからこそ迅速に対応できた。それを君一人の手柄とするのは如何なモノだろうか(馬鹿が……タダではやらんぞ、俺の功績を!)」
「……でも、トドメを刺したのは私。最高功労者も私だと思うんだけど」
エゴとエゴのぶつかり合い。
Qs班員にとって、瓜江と川崎の衝突は日常茶飯事である。かたや“己の昇進”、かたや“家族の扶養”、互いが譲れない大義名分を掲げて、日々功績を奪い合っていた。
葉山の気持ちとしては、やはり川崎の言い分の方が人間的に美しいと思うし、支援してあげたくなる。しかし、こうも常日頃からギスギスされると流石にうんざりする、というものだ。
「もういいでしょ、今回は私で」
「……どうかな。葉山二等にも聞いてみよう」
「お前ら、毎日毎日飽きないなぁ……」
もはや、そんな言葉しかでない。
葉山はがっくりと肩を落とした。
「おーい!」
不意に、遠くから聞こえる声を拾って、三人が一斉に顔を上げた。初めて聞く声では無い。ここ最近は毎日顔を合わせている上官の声だ。
「あら、もしかしたら捜査官の死体が三つ上がるかと思っていたけれど、存外無事だったようね」
瓜江達に駆け寄って来る佐々木の後ろには、悠々と歩いて来る雪ノ下雪乃の姿もあった。二人ともアタッシュケースに格納したクインケを持っていることから、葉山の連絡には既に“戦闘があるかも知れない”旨が含まれていたのだろう、と瓜江は考えた。
瓜江達三人の前に立った佐々木は、むんずと腕を組んで、普段の虫も殺さないような穏やかさしか知らない者からは明らかに無理をしていることが分かる、ぎこちない怒り顔を浮かべた。
「全く、葉山君の連絡があったからすぐに来れたけど、瓜江君と川崎さんは指導者に報告も無しに戦闘を行うなんて信じられないよ!」
「……申し訳ありませんでした」
答えたのは葉山のみ。
瓜江は外していたイヤホンを再び装着し、川崎はしれっとした表情で佐々木の視線を受け止めた。
しばらく睨み合いが続いて、佐々木が次の言葉を切り出そうとした時、地面に伏したまま気絶しているはずの運転手の身体が、ぴくりと一度痙攣した。その場に居た全員がソレを見逃さず、一斉に動き出した──ただし、具体的な対処方法はバラバラである。
「トドメを刺します」
川崎は冷たく呟き、赫子を生成しようとして、佐々木に制された。瓜江もまた、止められた川崎に代わり、運転手に赫子を突き立てようと踏み出したが、今度は雪ノ下がそれを制した。
「駄目だ。対策法で決められてるでしょ? 喰種を必要以上に傷付けない。彼はこのままコクリアに収容する」
佐々木の珍しく低い声に、川崎は怯んだ様子を見せなかった。それでも上官の命令ではある。川崎は大人しく一歩引いて、右肩から力を抜いてから、くるりと踵を返して歩き去っていく。
「……対策法を守ってたら、東京完塞なんて永遠に叶わないと思いますけど」
背中越しの言葉に、佐々木は喉まで出かかった言葉をぐっと堪え、俯くことしかできなかった。雪ノ下も、氷のように凍てつく無表情のまま、この場を去ろうとする川崎の背中をただ見送った。
「……わざわざ来てもらってゴメンね、雪ノ下さん」
聞き分けのない部下をどうする事もできず、ただ己の不甲斐なさにほぼ半ベソをかきながら、佐々木は雪ノ下に向き直った。
「全くです。そもそも今回の件で私と比企ヶ谷君にまで呼び掛けをするなんて、援軍にしても過剰戦力だと思いますが」
「うっ、 お、仰る通りで。でも、部下にもしもの事があったらと思うと……」
年上のはずの男に忠言をおくる女。腰を低くしてそれを受け取る男。瓜江は雪ノ下の背後に、吹き荒ぶ吹雪の幻視を見た。
(恐ろしいプレッシャーだ、雪ノ下雪乃……)
思わず身震い。
その間葉山はと言うと、雪ノ下の冷たい表情を遠くから眺めて、小さく苦笑いを浮かべていた。
「……まぁ、
雪ノ下がこめかみに指を当て、窶れた眼の同僚を思い浮かべると、取り敢えずそれまでの重い空気は場を去った。佐々木はほっと胸を撫で下ろし、瓜江も肩に入った力を緩める。
葉山は、雪ノ下の呟きに“あぁ、そう言えば”と口にすると、佐々木と雪ノ下に声をかけた。
「ところで、比企谷一等は今何処に?」
「……えーと、それが、本局から一緒に向かってたんだけど、なんか別で緊急の出動命令が出たらしくて」
佐々木が後ろ頭をかきながら、言いにくそうにしている。その後ろで、雪ノ下も小さく溜息をこぼしているのを、葉山は見逃さなかった。
(なんだ……比企谷に何があった?)
口にはしない疑問が、葉山の胸中にもんもんと立ち込めた。Qs達がその時の真相を知るのは、この数時間後、夜間ブリーフィングの最中である。
辺りは薄暗かった。
太陽は既に直上を大きく過ぎていたが、“陽が沈んできた”と称するほどの時間でも無い。薄暗いのは、そこが大きなビルとビルの狭間にある路地裏であるからだ。
陰の中に、立っている人影が一つ。その周りには、地面に斃れ、わずかに痙攣する人型の影が三つ。
「な……んで、おれたちに、気付いた?」
隙間風のようにか細い声でそう問うたのは、斃れた影の一つ。全身を黒い装束に包んだ中年の男であったが、体には至る所に切り傷が刻まれ、未だじんわりと血をこぼし続けていた。
対して、立ち尽くす影は、窶れた双眸で男を見下ろしていた。右手には刃渡り1mほどの日本刀を持ち、胴と肩周りをベルトで固定したロングコートの表面には、赤いまだら模様が点々と散っている。
「優秀な上司のタレコミでな。まぁ、あの人も確信を持って俺を送ったワケじゃあないと思うが」
わざわざ語ってやることでも無いけど、と言葉が続いたが、斃れた男がそれを最後まで聞くことは無かった。他の二つの斃れた影と同じく、それまで辛うじて保っていた意識を、ついに手放したからだ。
「
刃にこびり付いた血を振り払ってから、窶れた双眸の男は日本刀を肩に担いだ。仰ぎ見た空は、まだまだ青い。
「……つーかなんで俺なんだよ。雪ノ下でも問題無かっただろ」
──比企谷八幡は、ひたすらに働きたくない男である。
Qs達の数が原作3倍ですからねぇ。
班員達は小出しにしないと丁寧に活躍を書かなくなっちゃうんですよねぇ………。