悪にしかなれない人間もいる   作:芳奈揚羽

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第一話

「た、助けて!助けてくれ!誰か、ヒーローを呼んでくれえええええ!!」

 

 涙を流しながら夜の街を男が走る。深夜と呼べる時間ではあるが、歓楽街であるこの街は未だ眠らない。これからが本番であるとばかりに活気づいていた。

 

 その街の人ごみを掻き分けながら、男が走る。

 (ヴィラン)とヒーローの戦いは、既にこの世界では日常茶飯事である。【個性】と呼ばれる超能力をほぼ全ての人間が持ち、その力を犯罪に利用しようとする人間が出るのは当然であった。それらの人間を(ヴィラン)、それらを退治し、取り締まる人間をヒーローと呼ぶ。

 既に、ヒーロー飽和社会と呼ばれるほどに、ヒーローというのはありふれた職業となっている。

 

 だが、この男の逃走劇はいささか普通とは違っていた。通常は、敵から一般人が逃げようとするものだ。その過程で、ヒーローを呼んでくれと懇願することはよくある。

 しかし、今回の被害者は一般人ではなかった。男は、この周辺を縄張りとするとある組織の構成員の一人。つまりは、敵だったのである。

 

 その男が、なりふり構わず逃げていた。ヒーローに頼ることにより組織のメンツが潰れるとか、そんなことは一切気にしていない。何故なら、彼を追いかけているのは世界的な有名人。捕まれば最後、確実に命を奪われることになると確定している超危険人物。

 

「なんでヤツが日本にいるんだあああ!?帰ってきたなんて聞いてないぞ!?」

 

『そりゃ、帰ってきたのは今日ですからね。君が今回最初の獲物です。』

 

「ヒッ!?」

 

 スッ・・・何の音も気配もなく、気がつけばその影は彼の目の前にいた。男は止まれずにぶつかりそうになるが、その影の手が男に触れた瞬間、まるで全身の力を抜かれたような虚脱感が彼を襲い、為すすべもなく地面に倒れ込んだ。

 

「まさか【死神(リーパー)】!?【死神】が日本に来てたのか!?」

 

(ヴィラン)殺しの(ヴィラン)・・・!」

 

 周りの人間は、その影の正体に気がつくと我先にと離れていく。巻き添えを喰らわぬようにと、できるだけ急いで。

 

『一般の方に手を出すことはないというのに。こうも怖がられると傷ついてしまいますね。』

 

 その影は、まさに【死神】としか形容できない格好であった。背丈はそこまで大きくない。せいぜい女子中学生の平均くらいだろう。ボロボロの黒いローブを頭からスッポリと被り、顔には目の部分だけが開いている白い仮面をつけている。右手には、身長よりも巨大な漆黒の大鎌を持ち、クルクルと器用に回していた。

 声は変成器でも使っているのか、低く掠れたような声であり、この影が男性か女性かすら判別出来ない。

 

「たたた、助けてくれ・・・!」

 

『ん?』

 

 そこで、未だに倒れている男が声を出す。ヒューヒューと荒い呼吸を繰り返しながら、それでも懸命に。

 

「お願いだ、助けてくれ・・・!金輪際足を洗う!真っ当に生きると誓う!!だから・・・!」

 

『ダメですね。』

 

 きっぱりと、言葉の途中で遮った。【死神】は、┐(´д`)┌ヤレヤレといった感じで首を振る。

 

(ヴィラン)に生きる資格なし。かつてはヒーローを志したこともある身としては、(ヴィラン)などこの世にいるだけで虫唾が走る。ゆえに、ここで死んでください。』

 

 そんな、破綻した論理を告げる【死神】。ヒーローを志したことがあると言いながら、殺人に全く忌避感を抱いていないという矛盾した存在は、無慈悲に死刑宣告をした。

 

「なんで・・・なんでだよおおお・・・!殺されるくらい悪いことなんてしてないだろうがよおおおおおお!」

 

 すすり泣く男。確かに、この男の罪状と言えば器物破損や傷害罪くらいで、殺人などの重い犯罪は起こしていなかった。仮に警察に捕まったとしても、重くてもせいぜい数年の懲役で済む程度の罪だったはずなのだ。

 

 ・・・だが、そんなこと【死神】には関係がない。

 

『大小なんて関係ないんです。貴方が(ヴィラン)だというのが問題なんです。・・・大丈夫。寂しくはないですよ。すぐにお仲間も招いてあげます。』

 

「いやだ・・・いやだあああああああああ!!?」

 

 男は最後の足掻きとして個性を発動させた。髪の毛が急激に伸び、それぞれが薄い鉄板くらいなら貫通する攻撃として【死神】に殺到する。

 

 ズドドドドド!!!

 

 そのほとんどが【死神】に命中した。

 

「・・・・・・え?」

 

 その言葉は男が漏らしたものであったが、周囲の野次馬も同じ気持ちであった。『こんなものなのか?』と。

 世界中の(ヴィラン)に恐れられる【死神】が、この程度で死んでしまうような雑魚だったとは、誰もが信じられなかったのである。

 

 だが、現に【死神】の体のいたる場所に男の髪の毛が刺さっている。それは顔にも刺さっており、この状態で生きていられるわけがないと誰もが思った。

 

「・・・ハッ・・・!ハハハ!俺が、俺が【死神】を殺した!?アハハハハハハハハ!?な、なんだよ全然強くないじゃねえか!?驚かしやがって!!」

 

 恐怖から開放された男が嗤う。この数十年、世界中で恐れられた人間がこの程度だったのか、と。今まで翻弄されてきた敵やヒーローは、この程度の人間も倒せない雑魚だったのか、と。

 

「いや、もしかして俺が強いのか!?ハハハ、ハハハハハ!」

 

『いえ、別に強くはないですよ?』

 

 空気が凍った。

 

 パラパラと、倒れたままの男に何かが降りかかる。それは、【死神】が顔につけていた仮面だった。男の攻撃で粉々にされた破片が、パラパラと男に降りかかる。

 

「あ・・・あ・・・!」

 

 もはや、恐怖で声も出なかった。男の攻撃は、間違いなく仮面を貫通していたのだ。それは、仮面を貫いて男の顔中に到達していた。それは眼球すらも例外ではなかったが、それら全てが刺さっていなかった(・・・・・・・・・)

 

 鉄板すらも貫通する自慢の攻撃は、【死神】の眼球すらも突破出来なかった。そのことが、男の心をポッキリと折ってしまった。

 

「・・・・・・最後に聞かせてくれないか・・・?」

 

『なんでしょう?』

 

 大鎌を振りかぶる【死神】に向けて、男が問いただす。

 

「・・・あんたは、男か?それとも女か?」

 

 周りの人間は、自分を見下ろすこの顔を見れていないんだな、と男はボンヤリと思った。男にも女にも思えるが、透明な微笑のこの美人を、今は自分しか見ていないんだなと思うと、何故だか優越感すら湧き出てくる。

 

『・・・・・・さて、どっちだと思いますか?』

 

 ゾン・・・!

 

 【死神】の大鎌は、男の首を正確に通り過ぎた。しかし、現実には傷一つ付いていない。

 ・・・だが、数秒後男は倒れた。その見開いた瞳には、既に光は灯っていない。

 

『ようこそ私の中へ。・・・貴方の魂、確かに頂きました。』

 

 【死神】はそういうと、懐から予備の仮面を取り出して身につけた。そして・・・その場から一瞬で消え去った。それはまるで蜃気楼のように、最初からその場にいなかったかのようにいなくなったのである。

 

―――数分後、この場に駆けつけたヒーローが見たのは、外傷一つなく倒れる死体。

 

―――更にこの数十分後、この男の所属していた組織の人間全員が、同じように死んでいるのを発見された。

 

―――警察は一連の事件を【死神(リーパー)】によるものと断定。翌日には、新聞の一面記事として載ることになる。

 曰く、『【死神(リーパー)】日本に再襲来』、と・・・。

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