アイドルのプロデューサーは精神的に大いに疲弊する。
それはこの業界に入ってから、身に染みて感じたことである。
営業は全力全開、周りへの気配りは当然のスキルとして備えなくてはならない。
加えて、年頃の女の子を相手に、ご機嫌取り。同年代であっても、アイドルである以上砕けた態度は取れない。
ああ、もう働きたくないと何度思ったことか。
このままでは精神が病んで退職ルート一直線。どうにかしないといけない、心の平穏が欲しいと考えた時。
プロデューサーはもう細かいことを考えるのをやめた。
歯車の如くルーチンワークでいいや、と。
そうして数日間。彼は仕事こそ真面目にやるし、対外的な対応こそまともにしているものの内の人間に対しては素のぞんざいさを見せるようになった。
べたべたに甘い対応なんてやってられないし、それで人が離れるならそれまでということだ。
こうしてご機嫌取りもとい猫被りをやめてドライな対応に努めるプロデューサーは見事心の平穏を保つことが出来たのである。
「アイドルには丁寧な対応をするってのが、まあ最近の風潮だとは思うが……どうよ?
俺はもうめんどくさいわ、疲れるわの苦労苦難重ね合わせでやめたんだがな」
「その割には、私の扱いぞんざいじゃない? というか、本当にキャラが違いすぎて未だに違和感を覚えるんだけど」
そう不満げな言葉をぶつくさと述べるのは担当アイドルである北条加蓮だ。
彼が最初にプロデュースしたアイドルである彼女は当然プロデューサーのご機嫌取り時代もよく知っている。
昔とは正反対とも言えるこの態度を見て、うわぁとドン引きしたのも真新しい記憶として残っていた。
とはいえ、仕事自体はある程度しっかりとやっているので文句は言えない。
「まあ、キャラ作ってたしな。バレないように必死にさ。
だから、疲れたんだよ。今となっては、出世ルートからは間違いなく外れてるしな。仕事もアベレージでいいやぐらいのノリだし」
「いやいやいや、それはやめてよ。一応、トップアイドル目指してるんだからね、私」
「一応って言うなよ。マジでって言えよ」
「だって、キャラじゃないし」
そんなこんなもあるが、今日も平常通りアイドルを連れて営業中である二人は休憩と称してとあるレトロな喫茶店にいる。
現在の季節は夏。更に快晴である空は太陽の光を遮ることなく、地面へと降り注がせる。
茹だるような暑さを前に、一応は仕事中である彼らだが、態勢は完全にぐっだぐだだ。
疲労困憊、満身創痍。もう何処にも行けないし動けない。こんな状態で仕事をきっちりこなすなんて無理だ。
だから、ひとまずは休もう。どれだけ取り繕っても、怠け者が根幹にある二人が合意に至るのはすぐであった。
「ともかく、仕事に対しては手を抜かないでよ」
「手を抜いてる訳ではないぞ。ただ、全力全開じゃないだけで。
常にハイペースで仕事とかもうしたくないし」
そうして、今はこうして人気のない喫茶店で涼しい空気に浸っているという訳である。
プロデューサーが見つけたサボりスポットであるこの喫茶店は売上的にやっていけるのかと心配してしまうぐらい、人が来ない。
店長である女性は美人なのに何でだろうなあと疑問には思うが、考えても答えが出ないのだ、これ以上は思考に浸っても仕方がない。
肉体的にも精神的にも外の目があまり届かないのでよく使っているのだけれど。
「それは北条にも言えることだぞ。
常にパフォーマンス全開で仕事をこなすのはいいが、体調崩したら台無しなんだからな」
本来なら、アイドルがだらしない格好をするのは宜しくないと一言申したい所だが、言っても無駄なことはわかっていた。
だらける時はとことんにだらけるなのが北条加蓮だ。
自分の見ている所では、某ニートアイドルである双葉杏といい勝負をするぐらいには彼女はだらしなくなる。
「それよりも、いくら人の目がねーとはいえ、野郎の前でだらしない格好してんじゃねぇよ。誘ってんのか」
「うん、すぐそこにラブホがあるんだけど、どうかなっ」
「色ボケ病弱娘に誘われても困るし、お前一応アイドルな。トップ目指す奴がいいのか、それで」
「バレなきゃ問題なしだし、こんなことを言うのはプロデューサーさんだけだからオッケーじゃない?」
「オッケーの要素が欠片もないんだが」
汗を滴らせながら、蠱惑的な笑みを浮かべる彼女はまるで女郎蜘蛛のようだ。
薄緑のキャミソールにデニムパンツといった露出多めの格好はくらくらとした魅惑な臭いを醸し出している。
獲物をねぶり、食い散らかす――悪女。
自分のような冴えないプロデューサーに対して見せる表情ではない。
「つーか、商売道具に手を出す商売人がいる訳ねーだろ」
「…………ひどい」
「なんでそこで涙ぐむんだよ」
「私の事、そんな風に見てたの? 道具だなんて、ひどい……」
「それ以外にどう見ろってんだ、寝ぼけんのも大概にしろって」
ぐずぐずと表情を崩し、俯く加蓮にプロデューサーは何も言うことはなかった。
どうせいつもの嘘泣きだろうし、このやり取りも数度目なので何も感じることはない。
アイドルとプロデューサー。自分達の関係なんてそれ以上でもそれ以下でもないのだ。
恋愛? もっての外だ、担当アイドルに手を出したら即首チョンパの無職だ。
もっとも、あの緑の事務員様ならこの程度のスキャンダルぐらいもみ消しそうではあるが、それはそれ、これはこれだ。
「プロデューサーさんの冷たさに生きる理由を見失いました、死にます」
「そんな理由で死ぬんなら、俺はお前のこと幻滅して墓参りにもいかねぇけどな」
「やっぱなし、生きるのチョーサイコー」
「かっりぃ死亡宣言だな……」
だから、これでいい。自分達は今の関係のままでいい。
下手に手を出して火傷をするよかよっぽどだ。
彼女は世界を知らなすぎる。今まで病弱で見てきた世界が狭すぎるのだ。
自分なんかよりもいい男は山のようにいることから目を背けている。
ドライな対応になってからそれなりに人も離れたが、この少女は自分の元にまだ残ってくれている。
それは大変嬉しいが、恋愛となると話は別になる。
「お前もさぁ、そういう求愛は学校の男子にしろよ。
まあ、アイドルだからさ……はっきり肯定はできないが、そっちの方が健全だぞ?」
「やだ。私が好きなのはプロデューサーさんだし」
「俺以外に仲がいい野郎がいないからそんな風に考えちまってるんだ。考えなおせ」
「いーーやーーだーー」
「語尾を伸ばしても聞かんぞ」
「いやだ!!!」
「語調を強くしろって意味で言ったんじゃねぇよ!?」
彼女は自分を見ている。否、自分だけを見ている。
周りを見ずに、自分のことだけを一心に見つめ続けている。
これがクラスのイケメンの男子とかだったら、仕方ないなあと苦笑しつつも応援できるのに何故自分なのだ。
前の取り繕った自分ならともかく、今の自分は特段に好かれる部分もないはずだ。
仕事に熱意を見せずに、担当アイドルにはドライな対応。
嫌われこそすれど、好かれる要素はない。それが客観的に見た自分のはずだった。
全く持って――戯言だ。そんなアベレージよりも下にいる男に、よりにもよって上司であるプロデューサーに対して好感を持つなんて。
どれだけ考えを巡らせても、プロデューサーは理解に至らなかった。
「まあ、私は今のプロデューサーさんの方が好きだよ。
前は胡散臭い笑みで、私がよく見てきた大人の笑顔だったし」
「お前もめんどくさいガキだったぞ。俺以外のプロデューサーは全員担当拒否するレベルだし」
「えっ、それ初耳。すごいショック」
「だから、俺が猫被りをやめようがやめまいが、お前の担当は俺のままだったって訳だ」
お互い、色々あった。
斜に構えた少女と猫被りプロデューサー。
出会いは決していいものではなく、その後続いた日々も薄暗いものだった。
「でも、結果オーライだよね。素の方がよっぽどやりやすい。
私はプロデューサーさんが担当でよかった」
舌を出して笑う加蓮は、顔を寄せて言葉を紡ぐ。
渾身の力を込めて、再び――言葉を投げる。
「それと、あまり馬鹿にしないでよ。
私は恋に恋してるんじゃない。私はプロデューサーさんが相手だから恋をしてるんだから」
「恥ずかしい告白だなあ、ごめんなさい」
「……数秒でアイドルを振るなんて最低。もっと悩んで」
「最初は真面目に悩んだ末に返答しただろ」
「今も真面目に返答してよ、もう」
今はまだ、こうしたドライな関係が心地良い。
アイドルとプロデューサーである今、一歩進んだ関係になることは望ましくない。
――――今はまだ、このふんわりとした日常を続けたい。
ただの逃げでしかないとわかっていながらも、プロデューサーはそうしていく。
ダルいことはめんどくさいから。
誰だって、辛い道よりも楽な道を選びたいのだから。
昔書いたものを連載用にリファインしたやつです。
気軽なスナック菓子感覚の読了感を目指しております。
【プロデューサー】
柔和な態度で仕事に全力全開のプロデューサーの皮を被っていた人。
今は担当アイドルにも仕事にもドライ。
妥協を覚えて、アベレージをモットーにしている。
【北条加蓮】
色々あってプロデューサーが好き。ウエットな思いが重い。
最初の斜に構えたスタイルは反省しているが、後悔はしていない。
プロデューサーの事が好きになった出来事がメインの過去編は涙がドバドバ流れる一大スペクタクルとのこと。