「仕事、丸投げって訳にはいかないっすかね……」
「きっと、怒られますよ……」
夕焼けも消えて、夜の帳が下りる中、プロデューサーは充てがわれたプロデューサーオフィスにて事務作業である。
その室内は狭く、他のプロデューサー達と比べると格段に質が落ちる。
最低限、仕事で使う机だったり、加蓮達が集うソファはあるが、本当にそれだけである。
もっとも、仕事に対してのスタンスからしてあまり褒められたものではないので、こんな部屋でも仕方がないと割り切っているけれど。
精力的にプロデュースをしていた頃は広々としていたが、それを振り返っても何も戻ってこない。
今は目の前に広がっている書類だの企画書だのその他諸々を片付け無くてはならない。
「私も手伝いますから……ね?」
「いつもサボっているツケが一気に来たようなものですからね。投げ出して逃げたら、さすがにヤバイですね」
「最近は私達も仕事が増えてきていますからね。それに比例して、プロデューサーさんも……」
「プロデューサーとしては嬉しい悲鳴、ではありますけど。まあ、俺仕事嫌いなんで手放しで喜べませんが」
帰りたい、もう投げ出したい。立てかけられた時計を見ると既に短針は九へと辿り着こうとしている。
とりあえず、終電に間に合うぐらいだったらもういいや、と。
大体の目処をつけて、再び作りかけの企画書へと目を通す。
「三船さんも帰っていいですよ……って言うのが大抵のプロデューサーなんですが。
俺は遠慮なし甲斐性なしとないものばかりのプロデューサーでして」
「ええ、知ってます」
「そんな満面の笑みで言われると、尻込み」
「しませんよね?」
「そりゃあ、まあ。という訳で仕事手伝ってください、お願いします」
「もちろんです。今のプロデューサーさんを放って帰れる訳がないですから」
そういって、隣で仕事を手伝ってくれているのは担当アイドルである三船美優だ。
三人。プロデューサーが現在担当しているアイドルの数である。
他のプロデューサーと比べたら圧倒的に数が足りない。
本来ならもっと手広くプロデュースするべきなのだが、仕事が増えるのは嫌なので拒絶し続けている。
三人でさえひーこらと悲鳴を上げているのだから、人数を増やしたらどうなるか。
考えるだけでも恐ろしい。
「こういった業務は前職で慣れているので」
「OLでしたもんね。申し訳ないですね、あんまりいい思い出はないでしょう」
「確かに、そうですけれど……こうしてプロデューサーさんのお役に立てるのでしたら本望です」
「それなら、よかった」
「ええ、末永く。ずっと、お側にいますよ」
「それはちょっと……」
もっとも、本当に恐ろしいのは横に座っている彼女だけど。
発言が重い。節々に迸る感情が怖い。油断していたらころっといただかれそうだ。
プロデューサーとしては、一番自制心を持って接さなければならない相手なので大変辛い。
年齢も似通っていることから話しやすいのは確かだが、その分だけ懐へと入られるのも容易である。
それはお互いに言えることであり、距離感の問題にも繋がっていく。
要するに、距離が近くてヤバイ。その一言に尽きる。
「まあ、三船さんがいてくれて助かっているのは事実ですしね」
「そう言ってもらえると光栄です」
「北条も橘も年齢を顧みると、どうしても一歩下げないといけませんし」
「ということは、私がプロデューサーさんの唯一――オンリーワンってことですね?」
「……ノーコメントで」
くすりと上品な笑みを浮かべ、プロデューサーへと視線を向ける美優をどうしたらいいのか。
加蓮達と違い、彼女は大人だ。つまるところ、攻め方をわかっている。
横顔は美しく、立ち振舞いからして色気が滲み出している。
プロデューサーという立場でなければ、陥落していた。
一夜限りの過ちとか、そのまま爛れた関係だとか。気づいた頃には、共依存の間柄待ったなしである。
子供と大人ではなく、大人と大人なのだ。
彼女が事務員でなくて心底良かったとプロデューサーは内心で呟いた。
担当アイドルという枷がなくなったら、どうなるかわからない。
「しかし、世のプロデューサーは化物ですね。三人で死にかけている俺と違って、数倍規模で受け持ってるんですから。
残業上等、明けても暮れてもプロデュースのことで頭がいっぱい」
「熱意ある方が多いですよね。もちろん、アイドルにも同じことが言えるんですが」
「幸い、うちの三人娘は塩梅がちょうどよくて助かってますよ」
「私も娘扱いですか?」
「言葉の綾ですよ。まあ、三船さんにはこうして仕事の面でも助けてもらってるので感謝も二倍な訳でして」
腑抜けた笑みを見せ、首をぐるりと回し溜息一つ。
美優と話すと、いつもこうだ。少し口が緩むと弱音を吐きたくなってしまう。
「アイドルを引退したらプロデューサーさんの専属事務員、というのもいいかもしれませんね」
「そうしたら今以上に仕事が増えますね、死にます。ただでさえ、うまく手抜きをしたりで四苦八苦しているのに」
「もっとも……加蓮ちゃん達には抜け駆け禁止って怒られちゃいます」
「いいや、むしろあいつらは乗ってくるタイプでしょう。共有計画とかアホな事考えてますし」
「ちなみに、発案者は私です」
「えぇ……」
馬鹿ばっかりかよ。思わず出しかけた悪態を何とか留め、プロデューサーは再び溜息をつく。
三人全員、色々な意味で重すぎる。ここまで思いを熟成させるなんて、拗らせ過ぎではないか。
ハーレムを築ける程、器用に生きれる訳でもなし。そもそも、たった一人を愛せるかどうかすら自信がないのだ。
全く、嬉しくないし、胃痛がノンストップで襲い掛かってくる。
ちなみに、このやり取りをしている最中もLINEには残り二人の重いアイドルからのメッセージが送られてくる。
既読なんてしたら返信の催促が限りなく来るので見なかったことにしている。
もっとも、本当に急ぎの連絡だった場合は専用のスマホに連絡を取るよう指示はしているので心は痛まない。
どうせろくでもないメッセージもとい美優に対して手を出すなといったものだろう。
「流石に分別を弁えているので、この場で……というのは困りますが。時と場所を弁えるなら、何時でも大丈夫ですよ」
「大丈夫な要素が欠片もないですからね。といいますか、幾ら三船さんは年齢が近いとは言え、担当アイドルですから。
手を出したら駄目ですから、俺の首がとびますから、たぶん」
「その時は私が養うので安心ですね」
「北条達にも同じ口説き文句を言われました。胃痛に加えて頭痛も併発するのはさすがに辛いんでやめてくださいね」
「……」
無言の笑みが怖い。隙あらば、既成事実。
本当に油断できない環境である。
「全員、男の趣味が悪過ぎる」
「……?」
「そんなキョトンとした顔をされても困ります。どう考えても俺なんかハズレくじでしょうに。
もっと稼ぎが良かったり、優しかったり、仕事ができたり、家事万能だったり。
特に三船さんぐらい器量よしだと引く手数多でしょうに」
「それを仰るならプロデューサーさんの方こそ引く手が多くて困ってるのかと」
「引く手いらないんですけどね、平穏無事に給料泥棒して生きていたい」
少しでもその目標に近づくべく、努力は怠っていないが、未だ道は険しく。
こうして残業をするはめになっているのである。やっぱり、転職するべきなのかもしれない。
「三船さん達がアイドル引退だったり、俺がいなくても安心できたり。
そうなってくれたら、言うことなしなんですが」
「ふふふ、それは絶対にありえませんね」
「笑顔で言うことではないんですが」
さようならはまだ早い。
引き止める手の強さからして、この職場を抜けるのはそう安々とはいかないだろう。
こうしてずるずると底なし沼に沈んでいく。
ああ、全く、と。吐き出される溜息は無尽蔵にある。
【三船美優】
儚げな表情が印象的系アイドル。プロデューサーの担当アイドル中では頭脳派(本物)。
プロデューサーと年齢が近いので、かなり雰囲気が危ない。アイドルを続けている内に積極性を覚えてしまった。
引くべき所は引くが、攻める時はとことん攻める。
プロデューサーとの距離が縮まった一件は本人曰く内緒とのこと。