また二月の時間が過ぎましたが、ようやく投稿できます。
今回は話しのみで面白みに欠けるかもしれませんが、少しだけ三巻の内容に入ろうかと思います。
脱出用のポータルの前で、ネガ・ネビュラスメンバーとレイン、そして傷だらけの姿の僕がいた。
「本当に君は残るのか?」
「あぁ、正直体の痛みが抜けてないんだ。このまま現実に戻った時、フィードバックで両腕がしばらく使えなくなりそうだから、落ち着いてから帰るよ」
両腕が使えないと言う事は、僕にとって最大の問題だ。現実で治るのを待つよりも、ここでしばらく時間を置いて落ち着いてからの方が時間の有効活用できるだろう。
「……ソニック、今日は助かった。礼って訳じゃねぇが、内のもんにはお前にかかわらねぇ様に言っておく」
「助かるよ、レイン。君の所にいる射撃型達が一番厄介だったんだ。これで暫くのんびりできそうだよ」
レギオンごとにそれぞれ特色が存在する。青のレギオンには近接が強い者が多く、赤のレギオンには射撃が得意な者が多いと言うように、王に憧れて入団する為、少なからず偏りが出来て来るのだ。
その分指導する層が厚い為、能力がさらに偏る。レイン程でないにしろ、逃げる範囲が大きくなると、僕の精神的疲労が増大するので、この申し出は素直に有難かった。
「それじゃ、僕はもう行くね。行きたい所もあるし」
「あぁ、また会おう、ソニック」
それぞれと別れを済ませ、僕は目的地まで走り始めた。
無制限フィールドに入ったら必ず行く、東京タワーの天辺へと。
「ふぅ……ふぅ……」
息が切れる。
何時間も走り続けるなんて言う事が久しく、それに加え、残り少ない体力と疲労がどっと押し寄せて来ていた。
だが、目的の場所には着いたのでその場で腰を下ろし、眼下に広がる無限の世界を一望する。
「ここはいつ来ても気持ちがいいなぁ」
そんな風にのんびりと疲れを癒していると、背後から何時も聞きなれている車輪の音が聞こえて来た。
「あらあら、貴方には珍しくボロボロですね?ソニックさん」
「うん、ちょっと今日は正面から戦って来たからね。熱かったなぁ」
言葉を口にしながら、ゆっくりと立ち上がり後ろを振り返る。そこには予想通りの人物が車椅子に座った状態でいた。白いワンピースに、これまた白い鍔広の帽子を被った清楚な姿をしたアバター。
「ふふ、楽しかったようですね。貴方のそんな弾んだ声、本当に久しぶり。いえ、初めてかしら?」
「僕も意外だよ。こんなに昂るのはあいつと一緒にいた時以来だから」
この東京タワーに家を建ててしまったこの場の主とも言うべき人物、スカイ・レイカー。
彼女は多くの時間をこの場で過ごし、僕も同じようにこの場に良く訪れてはお互いに会話を交わしていた。示し合わせた訳でもないのに、僕が来ると彼女も必ずと言って良い程居るので、押す必要もないのに彼女の車椅子を押しながら、下の世界を散歩などもした事がある。
「怪我も酷いようですし、今日は家の中でのんびりしていきませんか?」
「そうだね。取って置きの土産話もあるし、それが良いかな」
「それでは行きましょうか。……お帰りなさい、ソニック」
「うん、ただいま、レイカー」
気恥ずかしい気持ちを抱きながら、彼女の言葉を受け入れる。
彼女はいつも「お帰り」と迎えてくれる。いつも暗い部屋に帰り着く僕にとって、この言葉は何よりも暖かく感じられた。
彼女が建てた家は、見た目は完全な木製の質素な物だ。そもそもこの世界で家まで建てて生活するのはリアルでいう所のタバコなどと同じ趣向品以外他ならない。
そして、家に入り定位置とも言うべき場所で椅子に座り暫く立つと、彼女は何時ものように料理を振る舞う。
料理と言うのも、この世界では全く必要が無い。しかし、彼女はそれを必ず準備して、僕はそれを平らげる。最初の頃は、ここで食事をする事に違和感を持っていたが、最近はこの世界に来たら彼女の料理を食べないと落ち着かない。
「いただきます」
「ダメです」
食べようとした僕の動きが止まった。固まったと言うべきか。
「まさかそのまま食べるつもりですか?」
「う、うん、腕が無いからこれしかないし……」
腕が無いので所謂ドッグイートをしようとした僕に、横から皿を取り上げ、何時もの声色の筈なのに、嫌な圧力を放つ彼女が歯止めをかける。
「腕なら有るじゃないですか、ここに。はい、どうぞ」
「い、いや、それは遠慮するよ」
彼女は何でもない風に、箸で掬った食事を僕の口元近くに持って来る。これを食べろと言う事だろうか。
「はい、どうぞ」
「や、だから……」
「どうぞ?」
「いや……」
「……」
「いただきます」
アバターの姿で良かったと心底思った。リアルでこんな事をされたら顔が真っ赤に紅潮している事だろう。
「どうですか?」
「うん、美味しいです」
「そうですか、良かったです!」
今日の彼女は上機嫌のようだ。何時もとは逆に、僕の事を世話できるのが嬉しいのだろうか。
そんな彼女の喜んでいる声色などを聞いていると、先ほどまで感じていた気恥しさなど薄れて行った。
こう言うのも偶には良いモノだ、素直にそう思った。
全てを食べ終え一息いれると、僕は改めて今日あった出来事を話し始めた。レインからの依頼、ネガ・ネビュラスとの共同戦線。黄の王との戦いから、その後に続く災禍の鎧の討伐の流れを。
「カラスさんにはいつかお礼をしなくてはなりませんね……」
「ロータスにとって、彼がそれだけ大きい存在だったと言う事かな?彼女が抱える仲間殺しのトラウマを乗り越えられる程に」
生半可の事では、≪ゼロフィル≫から立ち上がる事など出来ない。克服したとは言えないが、再び立ち上がり、戦意を取り戻した。それがどれだけの偉業なのか、きっとクロウは理解していないだろう。
「それじゃ、僕はそろそろ帰るか」
「もう帰られるんですか?」
一通りの話を終えた頃には、腕の痛みも現実に影響が出ないであろう程度には引いてきたので、僕は現実に戻る事にした。
「ああ、今度は怪我がない時に落ち着いて話をしよう」
「そうですね。貴方があまりにも自然なので、怪我をしていると言う事を忘れそうです」
彼女も用事があるとかで、一緒にゲートをくぐり、お互いの現実に戻った。
「ッ……。ふぅ」
現実に戻った僕に待っていたのは、鈍い腕の痛み。大分和らいでいたとは言え、片腕が消失していたのだ、多少の痛みはしょうがない。
手を数度開いて閉じてを繰り返し、感覚を取り戻す。そしてその腕で、僅かに温くなったコーヒーを飲んで家路に着く。
精神的疲労が想像以上で、その日は帰ってすぐに眠った。だが、その疲労はしんどいばかりでなく、達成感を大いに含んだ、とても心地良い物だった。
「ん?またか……」
あの災禍の鎧の事件から暫く経ったある日。僕に対して毎日執拗に対戦を吹っ掛けてくる人物、いや、人物たちが現れた。
戦う訳でもなく、移動する訳でもなく、ただお互いのカーソルを眺めているだけの敵だが、それが毎日となると、どうしても気になり始める。
彼らが仲間なのかは解らないが、この行為そのものは有限のポイントを、ただ無用に捨てているような物。ただ、その無駄な行為に、僕は日に日に嫌な予感を募らせていた。
「今日も何も無し、か……」
三十分し、現実に引き戻される。今日も相手からの出方は無かった。
僕はそのまま、腑に落ちない気持ちを抱えながら、学校に登校する。
「はぁ……」
最近どうもため息が多い。自分で自覚がある分重症だ。
原因は解っている、僕自身が対戦をしたがっているのだ。ギリギリの心昂る戦いを。
このような気持ちが表に出てき始めたのは、鎧の事件の時の、レディオとの一戦以降である。
重要な局面ではあったが、あの戦いは心の底から楽しかった。
「はぁ……」
もう一度、昔のように戦いたい。
思いっきりカッ飛ばしたい。
速さの限界に挑みたい。
でも――――
「はぁ……」
「如何したんだ?ため息ばっかりだな?」
「ん?あぁ、隆弘……」
昼休みの時間になり、一人ため息を付いていた僕の下に、かつて【親友】だった友達、佐橋隆弘がいた。
今日はいつも一緒にいる部活のメンバーは購買が急に休みになった事で校外に買い出しに出ているとかで、弁当組である彼は一人残り、暇を持て余していたらしい。
「悩みなら相談のるぞ?俺とお前の仲じゃんか」
心が揺れる。
彼のこう言った言葉に、僕は思い出したのかと疑ってしまう事がある。彼がお人好しで、誰にでも優しく話しかけると言う事を知っているので、それが間違いであると言う事等簡単に解るのだが、一瞬でも疑ってしまうほど、僕の心には、彼を失った出来事がトラウマとなって残っていた。
「そう、だね。じゃぁ、少し、良いかな……?」
だからだろうか、僕は彼に差しさわりの無い程度で、過去の出来事を話した。
友達とやっていたゲームがあった、その友達が自分を守るために他のプレイヤーから集団で襲われた、その友達は止むに止まれぬ事情でゲームを止めてしまい、何もできなかった自分は後悔している。
魔が差したのだろう。本人を目の前にこんな事を言っても、許しを得られる事なんてないのに、ただ僕は涙で声が震えるのも構わずに、只々話をし続けた。
「お前、頭良いくせにバカだよな?」
「は……?」
全て話し終わって聞こえて来たのは、そんな呆れたような声だった。
「そいつ良い奴じゃん。ソイツ最後になんか言ってなかったか?」
彼の言っている事が解らなかったが、僕は過去を振り返り目の前の人物が言った言葉を思い出す。
『俺を頂点まで連れてってくれッ!』
「そのゲームで、一番強くなれ、見たいなことは言ってたけど……」
「じゃぁ、なるしかないだろう?他なんかあんの?」
「え?え?」
困惑し狼狽えている僕に、隆弘は真面目な顔を作ると言葉を紡ぐ。
「そいつの願いはお前が強くなる事なんだよ。だから自分を犠牲にして守ったんだぜ?きっと。だからソイツが俺なら、今のお前を見たらきっと――――――許せんから殴ってるな」
次々と出て来る言葉に、僕は只々呆然と聞き入り、最後の言葉で大きな衝撃を受けた。
「……」
「親友だったんだろ?ならよ、最後の言葉位現実にしてやらねぇとさ。それに何よりもさ」
いったん言葉を切った隆弘は、次いで顔に笑みを浮かべる。
「ゲームは楽しむもんだぜ?」
「あ……」
聞きなれた言葉。
僕とフィストの口癖のように使っていた言葉だ。
ゲームは楽しむ物、だからこそ二人でやりたい事をやり、どこにも属さず、日々を満足して過ごしていた筈だった。
だが、今はどうだろうか?
「なぁ、僕は楽しそうか?」
「なわけねぇじゃん」
「……隆弘がソイツだったら、自分が二度とそのゲームが出来なくても、楽しんでいて欲しいか?」
「他の誰かは知らねぇけど。俺なら勿論だと言っておく。むしろ自慢話でもされんと許さんな!」
そこで僕はようやく悟った。
「ぷっ!あははははっ!自慢話をされないと許さないとか意味わからないよ!そこは嫌がれよ!アハハハハハッ」
「な、何だよ突然ッ!?いいじゃねぇか!俺はな――――」
あのころの記憶が無くても、隆弘は隆弘だ。僕の親友アガット・フィストだ。
なら、僕のやる事は、その親友に殴られないように全力で――――
「さぁ!楽しむぞッ!!」
ただそれだけだ。
吹っ切れた僕は、意気揚々と街に繰り出した。
復帰戦として、一番好きな東京タワーの天辺から戦闘を挑もうと上っている時、メールが届いた。
「チユリちゃん?……これは」
メールの文面はたった一言。
『ハルを助けて』
その内容に驚き、急いで連絡を返そうとした所で予約観戦に引っかかり場所が切り替わった。
対戦者はクロウとアッシュで、最近では多くのギャラリーがこの二人の対戦を心待ちにしている。僕もその一人だ。一進一退の白熱した戦いは実に見ごたえがあり、アッシュなどは対クロウ用に外装を選んでしまうほど、執念を持って戦っているのだから熱くならない訳がない。
だが、今日はそんな白熱した戦いにはならなかった。
クロウが地上戦を挑み、あっさりと返り討ちに合い、立ち上がる気力も無くしたかのようにそのまま横たわっていた。体力が三分の一も減ってもいないのに諦めるだなんて、何時もの彼ならばあり得ない事だった。
ゲージは堪っている、勝負は空を飛んでからの筈だ。
それなのに動こうとしない。
「ハル君、君は……」
この短いやり取りを見て、僕はメールの内容と結び付けていた。
「飛べなくなったのか……?」
チユリちゃんからのSOS、クロウの戦闘とも呼べない惨めな姿。
考えられるのは簒奪系の能力で飛行能力が奪われたと言う事。トラウマが具現化するこのゲームでは、能力を奪う力は意外と少なくない。幼少期に何かを奪われる経験は誰にでもある。
だが、戦闘終了した後も効果を及ぼす力は相当希少で根深い恨みだ。そうだとしても、通常対戦ならば、ハル君が簡単にやられる筈がない。彼の希少能力と、彼自身の機転は、レベルが一つ二つ離れていようと勝機を見つけられるものだ。
しかし、それほど強い簒奪能力を持つ人間が、まともな方法で戦闘を行うとも考え難い。
そこでチユリちゃんのSOSと結ぶと答えは僅かだ。リアル割れである。
「あぁ、久しぶりだな。こんなに誰かに怒りを覚えたのは……」
クロウとアッシュは二人で話した後ドロー申請を行い、その後どこかに向かうようだ。
アッシュが連れていきそうな場所は見当が付く。戦う力が欲しいとクロウが望んでいるのなら、行くのはレイカーの下だろう。
「タッ君と話をしてみるか……」
ならば僕は、もう一人の当事者だろう人物と話を付ける事にした。
お疲れ様です。気が付けば千を超える方々が登録なさってくれていました。ありがとうございます。
何時までも主人公がうじうじと悩むのもあれかなと思い、今回で完全復帰していただきます。
次回は独自設定を少しだけ作り、ダスク・テイカー戦となりそうです。長くはなりませんが。
一応ヘルメス・コードまでで完結予定なので、次回作を考えています。書いてみたいのは幾つかありますが、それもおそらくは一年以上先の話かと思いますけども、少しずつ話の流れを今から作って行きたいですね。
また二か月ほど先になるかと思いますが、よろしくお願いします。