気が付けば早い物で最終更新から二週間以上経過していました。
大変お待たせしたかと思いますが、お楽しみいただければ幸いです。
そこを遠目に確認できた時、複数の人影を見つけた。
ただ、そのアバター達はしっかりと境界線の外側から観察するに留まっているようで座り込んだり、談笑したりしながら遠目に暴れているエネミーを見ていた。
(……待て、じゃぁ、誰があそこで戦ってるんだ?)
近くまで寄った事で、疑問が頭の中で湧いて出た。
エネミーは暴れているが、それに反撃するようなアバターは見られない。王や、あれ級に戦いを挑むのなら、ここまで近づけばある程度戦闘の動きが見えるものだが、あれではまるでエネミーが一方的に蹂躙しているようにしか見えない。
「見えた……!だが、これはやっぱり!!」
あまり考えたくは無かった事だが、これはEKだ。
比較的浅い場所でのEKの為、何とか抜け出そうと試みる取り残されたアバターだが、タゲられないギリギリから吹き飛ばし効果を持つ奴が必殺技でまた中に押し込んだ。
そして吹き飛ばされた先で待っていたのは神獣。
その後は呆気無くその口の中に納まり、呑まれた所に死亡を現すポイントが現れた。
「おいっお前らッ!何やってるんだ!」
「あ?何だよ、面白い所なのに……」
僕の言葉に反応して、三人のアバターが振り返る。
色は様々だが、どう見ても彼らのカラーに合わない様なハンマーに大砲、果ては爆弾を装備して完全にこの為だけの装備だと思われる物を用意していた。
突発的な仲間割れなどではなく、計画されたEKである事に言いようのない怒りが込み上げてくる。
「何でEKなんて!」
「うるさいなぁ。俺たちの問題だろ?首を突っ込むなよ」
「そうですね。私たちレギオンの問題ですから、あなたが入ってくるのは場違いと言う物でしょう」
「レギオン?それじゃあ、今やられた彼も仲間なんじゃないのか!?」
「ふん、レギオンを脱退したいって言うから、チャンスをやっただけだ。あれから逃げられたら辞めさせてやるってな」
「断罪の一撃だと味気ないですもんな~。もう、初期メンバーの癖に生意気な事を言うからだよ」
あり得ない。
まるで娯楽を観賞するノリで、彼らはEKを行っていた。
逃げられたらと条件を出しておきながら、決して逃がさないように装備まで整えてだ。
レギオンに詳しくない僕でも、レギオンを作る際に受けるクエストには四人必ず必要と言う事位知っている。
一人が言った、初期メンバーと言う事が本当であるならば、そのクエストを一緒にクリアしたと言う事だ。
レギオンを作るくらいの繋がりがあった筈の彼らは、どう言う心境の変化が生じて、こんな事を行っているのだろう。
「……白けた。帰るぞ?」
リーダーと思しきアバターが口にすると残り二人もそれに返事を返してその場から離れようとする。
だが、最後に思い出したかのように振り返ると。
「アイツ、後一、二回で全損だから、助けようなんて考えない方が身のためだぜ?これ始める前にポイントの総数聞いたから間違いないし」
言い終わると、後ろ手にヒラヒラと軽くを振りながら、今もあの場で恐怖に震えているだろう彼の事など忘れたかのように軽い足取りで去っていく。
許せない。意図的にポイントを全損させるような卑劣な手段を行う彼らに怒りを感じ、僕の中で黒い考えが浮かび上がってくる。
(こいつら全員。あの神獣級の前に引き摺ってやれば……)
歩いて行く彼らの背後に迫り、その肩に手を乗せ――――
『約束だぜ?』
「ッ!?」
手が空中に固まったまま、僕は動きを止めてしまった。
幻聴だ。彼の言葉など聞こえる筈が無い。
それに一度僕はその約束を破っている。今更守った所で、彼が戻る訳ないのだ。
しかし――――
「……お前か?」
視線を下げた僕の目には、譲り受け装備したままであった拳があった。
僕は意志の力がこの世界で常識を超越した力を発現する事を知っている。
だから、装備にその人物の思いが宿ってるんじゃないかと思ってしまった。まして、彼の最後は、自身の全損を知りながらの決死の行動だったのだ。
あり得ないと知りながら、いや、そうあって欲しいと考えてしまったらもう、僕はその手を動かす事が出来なかった。
そんな苦悩を終えると、既に移動していた三人のアバターは遠くに居り、走れば間に合うだろうが、その意味もすでに薄れている。
今すべきことは、あの場に取り残されている彼の救出。
無謀だと言われようが、僕はこんな理不尽のまま退場する人間を放置などできない。
「相手は神獣。出し惜しみをしている場合じゃないな」
僕は決意を固め、自身のステータスウィンドウを開いた。
現在のレベルは7、しかし、直ぐにでもレベルを上げるだけのポイントは溜まっている。
あの日、隆弘からポイントを奪った彼らを全損に追い込んだポイントでそこに到達したのだから、まさしく皮肉だろう。しかし、そこまでのポイントが有ったとしても、通常は安全圏まで再度ポイントが溜まるまでレベルを上げるような事はしない。
僕もここでレベルを上げてしまうと、一度の敗退で全てが終わってしまう。
「目的は倒す事じゃない……。逃げ切れば僕の勝ちだ」
自分を言い聞かせるよう呟いて、レベルアップのボタンを押す。
次に現れたのは自身に与えられる新しい能力。
今まで六回この画面を見てきたが、今までに見た事の無い表記が現れた。
「強化、外装……オーバードライブ?」
画面が消失すると、青白い発光と共に、僕の足にそれは現れた。
僕と同色の膝まで覆う鋭角的なブーツ、特徴的なのは踝から脹脛に掛けて、まるでバイクなどに見られる銀色のマフラーが覗いていた。
まだ彼が蘇生するまで僅かな時間がある。その時間を利用し、新しい力を試す事にした。
「おかしいな……」
走っても速度がほんの数秒上がっただけ。これはレベルアップした事による身体能力などの向上だと考えると重量が増えただけのように感じられる。
強化外装独自の必殺技が設定されている訳でもないし、オブジェクトを蹴り砕いてみたが攻撃力も上がっているようでもない。
元ある必殺技の威力などを上げるものかもしれないと考え、僕はその場で技を発動させる。
「ダメだ。何も変わってない……」
何かしらポテンシャルを秘めているはずなのだが、それが一向に見えてこない。
悩んだ末、僕はいつも通りのスタイルで挑む事を決め、強化外装を外そうとステータスに手を伸ばそうとした。しかし、ふと目の端に自分のゲージがおかしい事に気が付いた。
「必殺技ゲージが大して減ってない?」
加速技を使って感覚的に50%のゲージを使ったつもりだったが、ゲージを見てみると減っているのは僅かに30%程。
その後、自分の持つ必殺技ゲージを使う全てのアビリティを使って確認した。
やはりと言うべきか、同様に全てが使うゲージが少なくなっている。装備を外して確認もしたので間違いない。この強化外装は必要ゲージの軽減をする事が出来る。
「感覚的に、10%から20%くらいの減少か。これは当りだったな」
通常対戦ならば、長期戦になればなるほど有利になるような装備だ。派手な見た目の割に少し地味な能力に感じるが、じわじわと効いてくるタイプの強力な装備である。
準備が万全に整った時、蘇生の時間まであと数分と言う所まで来た。
だから僕は大きな声で叫んで、未だ姿は見えないが、そこに居て聞いているだろう彼に向かって声をかけた。
時間稼ぎをするから逃げろ、と。
相手の返事は無い、だが僕は構わず何時もの姿勢、クラッチングスタートの体勢を取った。
「稼がなくちゃいけない時間は最低10分。……相手も見た目狼だし、たぶんスピードタイプか。ああ言うのってフェンリルって言うんだっけ?」
最初の一撃を入れた後、出来る限りこの場から遠くに誘導し、彼が完全に安全圏までたどり着くまで気を逸らし続けなければならない。
プレイヤーを超越する神獣級のスピードタイプ。助けると言う目的を忘れてはいないが、自身の挑戦として、胸に熱いものが込み上げてくる。
懐かしいワクワクすると言う感情を今、再びこの胸に灯していた。
「3、2、1……ッ!」
自分の口でカウントを取り、そのまま走り出す。
自身に出来る最速で駆け抜け、狼の顔のある所に向かって大きく飛び上がった。ただの蹴りではダメージも期待出来ないと判断し、空で体を横にして回転を加え、遠心力によって蹴りの威力を上げる。
その蹴りを鼻先に受けた狼は、大きな声を上げて苦しんでいたが、無事にターゲットを僕に絞ったようだ。
「それじゃ、こっから追っ駆けっこだ。フッ!」
蒼い流星と呼ばれる所以、必殺技によって全身を自身のカラーの光を纏う。
この技はゲージが続く限り大幅な速度上昇の力を与える代わりに、ゲージが無くなった後、強制的に排熱動作が入り数秒の行動規制がかかる。大体がオブジェクト破壊でゲージが減る事を感じさせないが、他のアビリティと併用する事が多いので総体的に長時間の戦闘に不向きと言える。
それも新たに得た強化外装の効果によって幾分か緩和され、弱点と呼べる物がその装甲の薄さ以外見受けられないところまできた。
だが、それも人を超越した神の前にはわずかに足りない物だった。
(クッ、引き離せない?それどころか距離が縮んでる!)
すぐ後ろに迫る咢、振り下ろされる爪、それを自分の持てる全ての技能を用いて回避して、同じ場所をぐるぐると廻るように走り続ける。
距離が縮むにつれ、避け辛い攻撃が頻発し始める。まだ走り始めて数分だ、ここでやられる訳には行かない。
「……仕方ない、やるか。『アクセル・ギア』ッ!!」
足に煌々と光が灯る。
移動能力の拡張。それを行う事によって、僕はさらに数倍の速度を実現する。心意、意志の力がまた僕を速さの地平へと誘う。
この速度で追いつかれた事は未だかつてない。
攻撃の瞬間にカウンターで軽い攻撃を貰った事等はあるが、これは誰も到達できない僕だけの世界だ。
追いつかれている筈が無い、そう言う絶対の自信を持っていた僕は、その瞬間ほんの少しだけ後ろを振り返った。ただ、それが不味かった……
「え――――!?」
目の前に迫る大きな牙、一飲みで収まってしまうほど大きなその口が目の前に迫っていた。
咄嗟に回避行動をとり避けようとしたのだが、完全に油断をしていた僕は片腕を食いちぎられ、その後首を振る様にその鼻先で僕を吹き飛ばした。
「あ、がッ!?」
同じ部位欠損ダメージでも綺麗に切断するロータスの方が、まだ痛みは少なかった。片腕を抑え、ふら付きながら立ち上がる僕の前にまた神獣の牙が迫る。
(遅いのか、僕が?)
その部分においては何者にも負けない自信、それを覆す現実が目の前に迫っている。
まるで全てがスローモーションのように遅く感じた。
この攻撃を受ければ、僕は最速ではなくなる。プレイヤーの中では確かに最速かもしれないが、僕よりも速い奴が確かに存在すると言う現実が生まれる。
「じょ……冗談じゃないッ!!」
僕は強欲に求める。この世界で最速である事を。
認めない、自身よりも速いモノを。
だから……。
「まだ終われないっ!」
迫る咢を体を捻って回避。避け切れずに残っていた片腕までも失った。
だが、今そんなものは必要ない。必要なのはこの足だけ。
ただ前に、ただ速く。
短い息継ぎの後、僕は駆けた。全力で。
あと残り二分。その間だけ逃げ切ればいい。だが、やはり両腕を失った所で僅かばかりの重量の軽減しか出来ず、それどころかバランスがとり辛く足が縺れそうだ。
(僕は負けない。対戦で負けても構わない。でもッ!事、速さと言う舞台の上では負けられないッ!!)
現実の顔があるのなら、まるで強迫観念にでも囚われたのかの如く、鬼気迫る表情をしていただろう。
恐怖や色々な感情の中に、一心に速さを求める心が混じり合い、何とも言えない感情が心を占める。
先程と変わらずに走っているのだから、後ろに迫る神獣は既に僕を射程に捕えているだろう。
だから僕はさらに念じる。
「ギアを上げろッ!まだ、僕は走れるぞッ!!」
頭の中で歯車がかみ合うような奇妙な感覚の後、背中に激しい幻痛、体を苛む虚脱感と共にオーバーレイがいっそう光を強め、僕の姿はさながら本物の流星のように加速した。
「ヅッ!?ああぁぁーーーーっ!」
心意の発現とは、自分のトラウマと向き合う事。精神面よりも肉体面に大きなトラウマを持っていた僕は、幻痛を感じたと言う事だろうか。
その後、一撃も損害を受けることなく、時間いっぱい逃げ切る事に成功しテリトリーの外側で僕は倒れた。
倒れた僕に一撃を入れようとする狼だが、テリトリーの境界線を越えようとすると、体中に鎖が絡まり身動きを完全に封じ込められた。
「凝り過ぎでしょ……」
詳しい内容は知らないが、北欧神話のフェンリルと言えば鎖、くらい有名である。
やがて諦めたのか、狼のシルエットは自分のテリトリーの奥底へと戻って行く。
それを見送ってガッツポーズをしようとしたが、両腕が無かったので足に力を込めた。体力は既に一割を切っている。
攻撃されたのもそうだが、あの速度は、防御力のない自分では文字通り諸刃の刃のようだ。
音の壁を叩き突き進みかのような感覚は幻覚ではなく確実に僕の体力を削っていたのだ。数ドットしかない体力を見た後、僕は盛大に笑い飛ばした。
緊張が一気に解れ、安心してしまったら、残ったのは勝ったと言う満たされた感情だけ。
その余韻に浸りながら、先程の出来事を考え始めた。
レギオンの抗争や、内部の事象に首を突っ込むような事は避けたいが、理不尽な暴力で退場するなど有ってはいけない。
それも悪戯に痛めつける様なやり方なんて、認めて良いはずがない。
それならば、僕はそれと戦う。EKやPKと言った脅威を出来るだけ排除できるように。
それがたとえ、またプレイヤーを全損に追い込むことになろうとも。
お疲れ様でした。
これで一応は過去編終了して原作の時間に絡めていこうと思います。
今回は新装備と心意技の展開でした。
何処まで行っても速度しか追わないスピードジャンキーですが、それがこのキャラのコンセプト何で過剰かもしれないですがこのまま行きます。
ただ矛盾などがあれば指摘していただき、改善していきたいので、何かあればお願いします。
ただ、主人公の信念とか色々ブレまくりな気がしてしょうがない。
要勉強していきます。