事務所で私は机にもたれかかってため息をついていた。
……はぁ、どうしても兄さんの事が気になるなぁ……。なんか、こう……気になる。
最初のため息が聞こえたのか、鷺沢文香がキョトンと首を傾げて聞いてきた。
「……どうかなさったのですか?奏さん」
「あー……文香。いや、実はうちの兄さんのことなんだけど………」
「……よくお話に聞く、潤さんですか?」
「ええ」
速水潤、それが私の兄さんの名前。正直に言って、うちの兄さんは最強だ。成績優秀スポーツ万能炊事洗濯家事全般何でも出来る化け物みたいな人。
それでいて性格も優しいのだが、その優しさが私には欠点に見えてしまう。
「……アイドルやってて忙しい私の為に何でもしてくれるのはありがたいんだけど、兄さんってば私に家事を何もやらせてくれないのよ」
「……そうなのですか?」
「ええ。昨日もたまには料理くらい作ってあげようと思ったんだけど断られちゃって……。なんか、いつも忙しいんだからとかなんとか……」
「……別に、悪いことではないと思いますが………」
「私にとってはそうもいかないのよ。なんだか、まるで兄を顎で使ってるみたいで、あまり良い気がしないのよね……」
ふむ、と文香は顎に手を当てた。
「………つまり、奏さんは、お兄さんに無理をして欲しくないと?」
「………誰がお義兄さんよ。渡さないわよ」
「……い、いえ、お兄さんです………。それに、私にはもう……」
「あ、ああ。そうだったわね。貴方にはもう王子様がいるのよね」
「……お、王子とは言っていません………!」
少しからかうと、すぐに顔を赤くして俯くから文香は可愛い。
私の表情から考えてることを読み取ってか、ムッとした顔で文香は言い返した。
「…………奏さんだって、王子様がいる癖に」
「はぁ?私にそんな人……」
「…お兄さんが大好きな癖に……」
「ぶふぉっ⁉︎」
い、いきなり何を言い出すのよ⁉︎
「い、いきなり何を言い出すのよ⁉︎」
思った言葉がそのまま出ちゃったじゃない‼︎
「……普段のお話を聞いていれば分かります。いつもいつも、お兄さんとの惚気話ばかり……」
「は、話してなんかないわよ‼︎兄さんの事なんて愚痴ばかりじゃない!」
「……とてもそうは、聞こえませんでした。それに、悪口は愛情の裏返しと言いますから」
「ーっ!」
い、言い返せない……!いつもは立場が逆なのに………!悔しくて奥歯を噛んでると、文香は別に私をからかうつもりなんかないのか話を戻した。
「……でも、それでしたら、奏さんが先に家にご帰宅なさったら良いのではないでしょうか?」
「………どういうこと?」
「……お兄さんよりも、早く帰宅する事が出来たら、奏さんが家事をすることが、できるのではないでしょうか」
「んー、それも考えたんだけどね……。だけど、私が先に帰る機会なんてほとんどないのよ。アイドルの仕事もあるし。だから、結局はあまり手伝えないのよ」
「……なるほど。それでしたら、朝早起きして、朝食を作るのはどうでしょうか?」
「無理よ」
「何故ですか?」
それは、私が朝弱いからだ。けど、そんな事をアイドルの子達には知られたくない。
「それはとにかく無理なの」
「……は、はぁ。しかし、そうなると他に方法は、思い付かないのですが」
確かに、家に帰るのが兄さんより遅い時点で詰んでいる気がしないでもない。ていうか、詰んでる。
「……そもそも、奏さんは普段お兄さんと、どのような感じなのですか?なるべく、詳しく教えていただけませんか?」
「え、な、なんで……?」
「……奏さんの打開策を考えるには、普段の私生活を知るしか、無いと思ったのですが……」
言えない。いつも兄さんに起こしてもらって、いつも兄さんに朝ご飯とお弁当を作ってもらって、今朝に至っては歯磨きまでしてもらい、夜は番組が怖くて一緒に寝てもらったなんて言えない。
「わ、私は普通よ?兄さんが世話焼きなだけで……」
「……まぁ、普段の言動を聞いていれば分かりますが」
「っ」
「……まるで、お母さんのようなお兄さんに、奏さんは甘えてしまっているのですね」
「ち、違うから!甘えてなんてないから!」
な、なんで分かるのよ⁉︎流石、文学少女って事なの⁉︎
「……でも、私も奏さんには、よく甘えてしまっていますから、気持ちは分かります。たまには、気を張らずに、リラックスして欲しいですね」
「…………私、気を張ってるように見える?」
「……いえ、ただお兄さんの事をお話ししている時が、一番素に近いように見えます」
……な、なるほど。流石、一緒に居ることが多いだけあってよく見られてるわね……。別に普段、猫被ってるつもりはないけど、兄さんの話をしてる時はやはり楽しいみた……。
「待ちなさい!私が兄さんの話をしてる時が一番楽しそうに見えるって事⁉︎」
「……まぁ、端的に言えば」
「ち、違うわよありえない!それじゃ、まるで私がブラコンみたいじゃない⁉︎」
「…………違うのですか?」
「ちっがうわよ‼︎」
キョトンと小首を傾げて……!今の素の反応でしょ⁉︎
「も、もう良いわよ!私、帰る!」
「……あ、奏さん。………何故、怒ってしまったのでしょうか」
事務所から早足で出て行った。。私はブラコンじゃない、絶対に。そのはずだから本当に。そう思い込みつつ、自宅に向かった。
…………でも、朝ご飯、か。兄さんに楽してもらうためには、私も少しくらい頑張らないとダメかしら。
「………明日、早起きしよう」
せめて、起こしてもらうのはよそう。そう決心した。
ー
翌朝、台所で料理をしてると、兄さんが起きてきた。今にして思えば、寝起きの兄さんを見たのは小学生の時以来だ。
「………あれ、奏?」
「おはよう、兄さん」
「……何してんの?」
「い、いえ、その……たまには、私が朝ご飯とお弁当作ろうと思って……」
ポカンとした表情になる兄さん。
「……奏が?それで早起きしたの?」
「どういう意味よ」
「いや、何か変なものでも食べたのかと」
「失礼ね。大体、私だって一応女の子だし、料理だってたまにはするでしょ」
「出来るの?」
「出来るわよ!」
スマホでレシピ調べたとは言えないけど!
兄さんは何を思ったのか、台所まで歩いて来て、私の頭に手を置いた。
「ありがとう、奏」
「っ、な、撫でなくて良いわよ!子供じゃないんだし!」
「ごめんごめん。隣のコンロ使っても良いか?」
「? 良いけど……なんで?」
「弁当も作らなきゃいけないからな」
「………あっ」
そっか、お弁当忘れてた。やっぱり普段から家事をしていないと不利ね……。
そう思ってる間に、兄さんは冷蔵庫からパッパッと食材を取り出して刻み始めた。フライパンを振ってる私の隣で、同じようにフライパンを動かし始めた。
…………な、なんか、こう……同じ台所で並んで料理してると、新婚っぽいような……って、何考えてんの私⁉︎自分の兄を相手に……!
「奏?どうかした?焦げるよ?」
「っ、な、なんでもないわよ!」
「え?う、うん。何怒ってんの?」
「怒ってない!」
ったく、この兄貴は……!
イライラしながらチャーハンをお皿に盛った。スプーンを添えて食卓に運び、お味噌汁と牛乳も運んだ。
「兄さん、ご飯」
「ああ、うん。了解。少し待ってて」
……冷めちゃうのに。少しふてくさりそうになったが、兄さんはもう完成させたのか、あっという間におかずだけお弁当箱に詰めるとこっちに来た。
「お待たせ」
私の前に兄さんは座った。
………なんか、自分が作った料理を他人に食べてもらうって緊張するわね。
「いただきます」
「……い、いただきます」
挨拶してからご飯に手をつける前に兄さんを見た。
私の緊張しっぱなしの内心など知る由もなく、兄さんはチャーハンに手をつけた。
「あむっ……んっ……」
「………ど、どう?」
「おお、美味いじゃん。ネギが所々焦げてるのを除けばうまく出来てるんじゃない?」
「ほ、本当に⁉︎」
「うん」
よ、良かった……。すごくホッとしながら、私もチャーハンを一口。あ、ほんとだ。美味しい。自分で作ったからかしら?余計に美味しく感じる。
続いて、兄さんはお味噌汁を飲んだ。
「……うん、味噌汁も美味いけど少し濃いかな」
「そ、そう、かしら?」
言われて私も飲んでみた。………少ししょっぱいわね。
「まぁ、俺は濃い方が好きだから良いけどね」
「そ、そうなの……?」
でも、普段のお味噌汁はあまり濃くないような……。あっ、兄さんの事だからそういう所も私に合わせてくれてるんだ……。相変わらず、優し過ぎる兄さんね。
「でも、奏も料理できたんだね。全然知らなかったよ」
「そりゃそうよ。兄さんってば、全部自分でやっちゃうんだもの」
「それこそ、そりゃそうでしょ。奏は忙しいからなぁ」
……うーん。この人、私がなんで今日に限って料理したのかまるで分かってない。なんでこういう所は鈍感なのかしら………。
「ふぅ、ごちそうさま」
「って、早くない⁉︎」
「美味かったからね。あと、弁当作らないといけないし」
立ち上がると、食器を片付けてお弁当を作り始めた。まぁ、オカズ完成してたしあとはご飯だけなんだろうけど……。
「あっ」
「? どうしたの?兄さん」
「ご飯全部使った?」
「………あっ」
そういえば残り少なかったし……。そっか。兄さんがいつも朝食をパンにするのはお弁当にご飯を使うためだったのね……。
「あー……まぁ、仕方ないか。奏、今日は少し早めに出てコンビニでおにぎり買って行こう」
「……ごめんなさい。私の所為で」
「良いよ、全然。チャーハン美味かったし」
笑顔でそう言うと、食卓の上にお弁当箱を置いて洗面所に行った。多分、歯磨きかしら?
そう思いながら、私はチャーハンを食べた。今度、料理を作る時はその後の事も考えるようにしないといけないわね。
ー
二人で家を出た。コンビニでおにぎりを買うためにいつもより少し早く。
コンビニに到着し、おにぎりの売ってる方へ向かった。シャケと明太子を取った。
「それで良いの?」
「へ?う、うん?」
すると兄さんは私の手からおにぎりを取ってレジに並んだ。
「え、待って。買ってくれるの?」
「え?うん」
「い、いいわよ別に!私の方がお金あるし、私が炒飯作った所為なのに……!」
「大丈夫だよ、これくらい。あ、飲み物も欲しければ持っておいで」
「いらないわよ」
「そう?」
クッ……!だめだ、結果的に兄さんに負担が来てしまった。朝食を作る時はもう少し考えて作らなければならないようね。
少し反省しつつ、明日のメニューを頭の中で考え始めた。