速水奏のお兄様   作:安怒龍

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速水奏の独占欲

 

 家に連れて来ると、私の兄さんが出迎えてくれた。それに気付いた文香は頭を拭きながら自己紹介をした。

 

「………すみません、奏さんのお兄さんですよね……?初めまして、鷺沢文香と……」

 

 ………あれ?なんで途中で止めるの?と思って文香の顔を見上げると、頬を赤く染めて兄さんを見上げていた。何、知り合い?

 一方の兄さんは、相変わらずの笑みを浮かべながら文香に声をかけた。

 

「速水潤、奏の兄です。奏がいつもお世話になっています」

 

 そう言って小さく頭を下げた。だが、文香から返事はない。タオルを頭に乗せたまま、顔を赤らめてポーッと兄さんを眺めている。

 ………あれ?この反応もしかして………。いや、それ以上にちょっとまずいかしら………。勘が当たってるか当たってないか分からないけど、とりあえず文香に耳打ちした。

 

「………タオルで身体隠さないと、下着透けてるよ」

 

「っ⁉︎っ、す、すみません!そ、そうですよねっ!………うぅぅ」

 

 顔を赤らめながら、まるで温泉にいる時のように体にタオルを巻く文香。いや、別に胸さえ隠せれば良いと思うんだけど………。

 そんなテンパってる文香に、兄さんは微笑みを一切崩すことなく言った。

 

「風邪を引いてしまいますので、お風呂に入ってください。狭いですけど、奏も一緒でもよろしいですか?」

 

「………へっ?あ、は、はいっ。失礼しますっ!」

 

「いえいえ。奏、タオルとかの場所教えてあげて」

 

「あ、うん。文香、行くわよ」

 

 私は文香の手を引いてお風呂場に入った。バスタオルを文香から預かって、洗濯機の中に入れると、黙々と服を脱ぎ始めた。

 文香も同じで服を脱いで、私と同じように洗濯機の中に入れる。二人で裸になってバスルームに入った。とりあえず、頭洗おうと思って、私はシャンプーハットを文香の頭に乗せた。

 

「ひゃっ………?」

 

「洗ってあげるわ」

 

「………ありがとうございます……?」

 

 文香の後ろに椅子を置くと、その上にちょこんと座った。

 シャンプーを手に垂らし、手になじませて文香の綺麗な髪に触れた。しゃこしゃこと泡立たせ、頃合いかと思って文香の耳元でボソッと呟いた。

 

「………王子様って、兄さんの事ね?」

 

「っ⁉︎」

 

「ちょっ、文香⁉︎」

 

 椅子ごとひっくり返る文香。椅子はシャワーの方に転がり、タオルは吹っ飛んで何もかもさらけ出して仰向けに倒れた。顔は私の足の間に来て、まるで大胆にスカート覗きのようだ。

 文香はそれを理解してか、私の恥ずかしい部分を見上げて顔を赤らめた。いや、その反応こっちがするものだからね?

 

「あっ、あわわ………」

 

「………文香、私にそっちの気はないんだけど」

 

「っ!し、失礼しました……!」

 

 慌てて起き上がって、明日の上に座り直す文香。その直後だった。バスルームの扉から声が聞こえた。

 

「………なんかすごい音したけど大丈夫?」

 

 今度は二人揃ってすっ転んだ。あのバカ兄貴は本当に………‼︎

 

「だっ、大丈夫よ!ていうか、お風呂にいるのに話しかけて来ないで‼︎非常識よ⁉︎」

 

「え?あ、うん。了解。でもなんかあったら呼べよ」

 

「呼ばない!意地でも‼︎」

 

 そう怒鳴り返すと、洗濯機が動き始める音がした。ようやく出て行ったか………。洗濯機に下着とか入れておいて良かったわ。入れ忘れてたら、私どころか文香の下着まで見られていた。

 二人して体勢を立て直して、頭を洗い始めた。

 

「で、王子様って兄さんね?」

 

「ちっ、違いますっ!」

 

「いやいや、無理あるから。あんだけ顔を真っ赤にしてれば誰だって気付くわよ」

 

「…………うぅ」

 

「まー、兄さんならそういうお節介焼きそうよね。面倒見の鬼だし」

 

「………や、やめて下さい……。認めますから」

 

 鏡ごしに、顔を真っ赤にして俯いてる文香が見えた。可愛い。可愛いけど………何かしら?何となく、ほんの一瞬だけ不快な気がした。

 そんな気持ちを誤魔化すように、私は文香に聞いた。

 

「で、兄さんの何処が好きなの?」

 

「………死体蹴りのような真似はやめてください………」

 

「そんなつもりないわよー。ただ、少なくとも私の兄さんが誰か一人の女性に好かれてると分かった時点で、どこが好きなのか気になっちゃって」

 

「………分かってる癖に」

 

「だからこそ、文香の口から聞きたいんじゃない」

 

 ニヤニヤしながら頭を流してあげると、今度は文香に頭を洗ってもらう番。私が前に座って、文香は手にシャンプーを垂らした。その文香に私はシャンプーハットを渡した。

 

「…………?」

 

 そのシャンプーハットを不思議そうに眺めながら、文香は自分の頭につけられているものだと思い出したのか、私の頭に嵌めた。

 で、私の頭を洗い始めた。

 

「………別に、話す事なんてありません。前に話した内容から察してください」

 

「本当にー?」

 

「本当です。………大体、奏さんだってお兄さんのこと大好きな癖に」

 

「ふぁっ⁉︎なっ、何よいきなり⁉︎」

 

「………普通、高校生にもなってシャンプーハットは使いません。相当甘えん坊みたいですね」

 

「なっ………⁉︎」

 

 言われて頬が熱くなるのを感じた。ま、まるで人をブラコンみたいに言って………!

 

「べっ、別にそんなんじゃないわよ!普通よ普通」

 

「………いえ、私には兄弟も姉妹もいませんから分かりませんが、多分、普通ではないと思います」

 

「む、むぐぐっ………」

 

「……頭、流しますね………」

 

 ざばーっと頭からシャワーをかけられた。シャンプーを洗い流し、私は唇を尖らせた。

 その後、今度は私が文香の身体を洗い始めた。背中をタオルでゴシゴシと磨きながら呟いた。

 

「……私のことなんてどうでも良いでしょ。文香はどうするのよ」

 

「どうする、とは?」

 

「告白とかしないの?」

 

「告っ………⁉︎」

 

「………文香の肌、スベスベね……」

 

「あのっ……あまり触られると、恥ずかしいのですが………」

 

 背中や肩、腰をむにっと触ると、文香は恥ずかしそうに体をよじる。その仕草や顔は女性の私から見ても魅力的だ。男からなら尚更、魅力的に見えるだろう。

 だが、相手は兄さんだ。妹の私から見ても掴み所のない兄さんを攻略するのは難しいだろう。

 

「………告白なんて、出来ません。……今、告白なんてしたって……お断りされてしまうでしょう、し………そんな勇気も、私には……」

 

「そうね。それも兄さんだしね………」

 

「? どういう、意味ですか………?」

 

「そのままよ。モテるのよ、うちの兄さん」

 

「へっ………?」

 

「イケメンで優しくて成績優秀スポーツ万能、モテない要素がないの。だから、結構告白されてるわよ。ざっと3桁は」

 

「3桁⁉︎」

 

「まぁ、全部断ってるんだけどね………」

 

「……………」

 

 あ、少し怯んでる。怯えてる文香も可愛らしいけど、私にドS趣味はなかった。

 

「まぁ、文香はアイドルだし、少しは他の人よりアドバンテージがあるかもしれないけど……でも、兄さんだから………」

 

「うぅ……やはり、そうでしょうか……」

 

 本当にあの兄貴は無自覚女誑しだ。毎回毎回、ドギマギする妹の身にもなって欲しい。

 体を流し、今度は文香が私の体を洗ってくれた。

 

「…………奏さんって、胸大きいですよね」

 

「え、何よ急に」

 

「……あまり、体型などは気にしたことないのですが、事こうなった以上は羨ましいです………」

 

「っ? ち、ちょっと……⁉︎」

 

 後ろから文香の手が伸びて来て、私の胸を下から摘んで来た。

 

「………これで高校生なのですから、末恐ろしいです」

 

「なっ……何?ひょっとして、兄さんを悩殺しようとか考えたけど、巨乳慣れしてたら意味ないなーみたいな?」

 

 反撃しようとそう言ってみたのだが、文香は真顔で首を捻った。

 

「はい……?全然、違いますけど。………ただ、少し羨ましくて……」

 

「ちょっ、揉むのはやめっ……んぅっ……!」

 

「………何か特別な事をしているのですか?」

 

「し、してないわよ!」

 

 ふ、文香ぁ………!涙目で文香の方を睨んだ時だ。

 

「奏ー、飯出来たけどどうす」

 

「「わひゃあああ⁉︎」」

 

 二人してすっ転んだ。

 

 

 ー

 

 

 お風呂から上がって、私のパジャマと下着をつけて文香は食卓についた。食卓には既に食事が並べられている。麻婆豆腐、小籠包、回鍋肉、餃子などと中華料理が並べられている。

 私達に気付くと、兄さんは微笑みながら振り返った。

 

「あ、来た。鷺沢さんも、良かったら食べていってください」

 

「へっ?……よ、よろしいのですか?」

 

「はい。風邪引かないように体が温まるものと栄養が取れるものにしましたから」

 

「………あっ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 ………なるほど、辛い物を食べて体を温めるために中華料理にしたわけね………。前、私が一人で雨に降られた時はお刺身だったのに、文香の時はこんな気合い入れちゃって………。

 

「奏、食べないの?」

 

「………食べる」

 

 少し不機嫌になりながら椅子に座った。三人で手を合わせて食事開始。麻婆豆腐をレンゲで掬って口に入れた。

 ………悔しいけど美味しい。辛味と旨味が上手く練り合わされてる。

 

「………ふあっ、お、美味しい……。これ、速水さんが作られたのですか………?」

 

「そうですよ。まぁ、そんな大した事ではありませんから」

 

「……いえ、これはお店で出せるレベルだと思います」

 

 文香は文香で、本心なのか点稼ぎなのか褒めちぎっている。……早速二人仲良く食事している。文香って人と話すの苦手なんじゃなかったっけ?

 

「まぁ、少し前に奏に担仔麺を褒められて以来、料理を少し頑張ってますから」

 

「………そうなんですか?」

 

「はい」

 

 それを聞いて、私は少し嬉しくなった。私が褒めたから、兄さんに料理という趣味が増えたと思うと嬉しい。前まで家事ばかりで趣味なんて全然ない人だったし。

 

「そういえば、鷺沢さんアイドルだったんですね。前会った時は、そんな感じしなかったので驚きました」

 

「っ、わ、私の事覚えてくれてたんですかっ?」

 

「はい。以前、マンションまでご案内させていただきましたよね」

 

「っ………!」

 

 嬉しさなのか、それとも迷って年下に助けられた恥ずかしさなのか、頬を染めて俯きながら咀嚼した。

 

「あ、ありがとうございます……。覚えててくれていて……」

 

「いえ、そんなお礼言われるような事じゃないですよ。……こんなこと言うと引かれるかもしれませんが、鷺沢さんのような綺麗なアイドルに力になれたんですから」

 

「き、きれいっ……⁉︎わっ、私が、ですか………?」

 

「? はい」

 

 ………嬉しそうな顔しちゃってまぁ……。

 ………兄さんも。私には綺麗だなんて言ってくれた事ない癖に。

 

「はっ、速水さん……」

 

「? なんですか?」

 

「………ご飯、お代わりもらっても良いですか?」

 

「はい」

 

 兄さんはいつの間にか空になった文香のお茶碗を持って、台所に向かった。………さっきから何も話せてないな、私。というか、なんでこんなイライラしてるのかしら。文香と兄さんが仲良くしてるからって………。

 

「お待たせ、鷺沢さん」

 

「……あっ、ありがとうございます。速水さん………」

 

「あ、潤で良いですよ。俺の方が年下だし、苗字だと奏と被ると思いますから」

 

「っ………で、では……潤さん、とお呼びしても…よろしいでしょうか………?」

 

「はい」

 

 ………顔を赤くしちゃって。……私は未だに下の名前で呼ぶ勇気なんてないのに………。

 食べ終えたのか、兄さんは立ち上がって食器を重ねた。

 

「ご馳走様でした」

 

 ついでに、回鍋肉と餃子の乗っていた皿も回収した。

 

「……回鍋肉と餃子が売れたなー。麻婆豆腐が自信作だったんだけど………」

 

「あっ、ま、麻婆豆腐も美味しかったですよっ?」

 

 フォローしながら文香は麻婆豆腐を掬って一口食べた。うん、それは私も美味しかったと思うけど、少し辛かったからかしら?

 

「無理に食べなくても良いですよ。残った分は俺が食べますから」

 

「い、いえっ……。せっかく作っていただいたものを、残すのは……」

 

「いやいや、そんな気を使わなくても良いですから。それより、今日はどうします?部屋は奏の部屋で良いですか?」

 

「へっ?」

 

「んっ?」

 

 ………この兄は、まさか………。

 

「………兄さん、文香を泊める気?」

 

「え?うん」

 

「ふえっ⁉︎」

 

 文香が驚いたような声を上げた。そりゃそうよね。

 

「だって、もう夜遅いし雨降ってるし、鷺沢さんの服は洗濯しちゃったから。乾燥機使えばすぐに乾くけど……」

 

「そ、そんなっ……。食事とお風呂をいただいてしまったのに、宿泊まで………!」

 

「いえいえ。明日は日曜日ですし、大丈夫ですよ。奏も良いでしょ?」

 

「え?え、ええ。私は構わないけれど……」

 

「うっ……でも、ご迷惑ではないですか………?」

 

「いえ、全然」

 

 文香はどうしようか悩んだ挙句、ちらっと窓の外を見た。さっきまでとは比べ物にならないくらいに雨が降っている。

 で、顔を赤らめて頷いた。

 

「………では、その……お世話になります」

 

「自分の家だと思って寛いでください」

 

「は、はい………」

 

 文香は頷くと、食器を流しに戻した。

 

 

 ー

 

 

 洗い物を終えた兄さんは、ソファーに座ってテレビを見ていた。文香はトイレにいる。その隙を見て、私は不機嫌そうに兄さんの隣に座った。

 

「? どうかした?奏」

 

「別に?………ただ、文香には随分と優しいんだなーと思って」

 

「そうか?」

 

「そうよ」

 

 すると、兄さんは私の頭に手を置いた。

 

「ごめんな、あまり構ってあげられなくて」

 

「っ?な、何よ、急に………?」

 

「いや、いつもならこの時間は一緒にテレビ見たり話したりゲームしたりしてたでしょ?」

 

「………そ、そう、だけど……」

 

「奏は甘えん坊だからね。でも、お客さんが来た時くらいは少し我慢してくれると嬉しいかな。俺も、万能じゃないから」

 

「っ…………」

 

 全部、見透かされてた。もしかしたら、食事中に私の態度が悪かったのも見抜かれていたかもしれない。

 なんかそれが恥ずかしくて、兄さんの方に体を倒し、膝の上に頭を置きながら呟いた。

 

「………甘えん坊じゃないわよ」

 

「甘えながら何言ってるんだか」

 

「………甘えて上げてるの。頭撫でて」

 

「はいはい………」

 

 赤くなった顔を服の襟で隠しながらそのまましばらく待機した。兄さんは私に言われるがまま、頭を撫でてくれた。

 ………幸せだ。こんな完璧超人兄さんがいる事が、私は嬉しかった。だが、それと同時にこのままずっと兄さんに甘えていてはいけないことも知っていた。いつか、兄さんだって結婚し、家を出る。ちゃんと自立しなければならない。

 …………まぁ、でもそれは明日から頑張れば良いかな。

 そんな事を考えながら、兄さんの膝から伝わってくる体温を感じてる時だ。

 

「…………お手洗いをお借りしま……あっ」

 

「えっ?」

 

 ………文香が戻って来た。全身全霊で甘えている私を見るなり、文香は顔を真っ赤にして黙ってしまった。

 

「ああ、すみません。奏もまだまだ17歳ですから、甘えたい年頃なんです」

 

 微笑みながら兄さんはとんでもない爆弾を投下した。恥ずかしさで私も顔を真っ赤にする。

 文香は文香で、顔を赤らめたままどうしたら良いのか分かってない様子であわあわと呟き、両手なんか空中をさまよっている。

 やがて、言葉がまとまったのか、苦笑いを浮かべてつぶやいた。

 

「そ、そう、ですよね……。奏さんも、もう……まだ17歳ですもんね………」

 

 っ!い、今「もう」って言いかけたでしょ!本心はブラコンとか思われてる⁉︎

 そう自覚した直後、私の羞恥心はオーバーヒートした。兄さんの上から退いて、何て絶叫したのか分からないけど、とにかく叫びながら部屋に駆け込んだ。

 

 

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