私の脳の処理が追い付かなかった。えっと、まぁ、端的に言えば、大栗さんが気絶してしまったので、兄さんが代役することになった。まぁ、色々と言いたいことはあるけど、とりあえずこれだけ。
超ラッキィイイイイ‼︎
やった!兄さんの演技が見れる!大栗さんは今回の話は丸々、帽子にサングラスだからバレない。何これ、控えめに言って最高なんだけど。
今回のドラマは一言で表せば「アクション刑事」って感じだからなおさら楽しみだ。とりあえず、私は味方の刑事の紅一点って感じの役目。さっき、兄さんに助けられた人の部下だ。
で、兄さんは麻薬密売組織に雇われた傭兵。ここで、私と兄妹の設定にするらしい。ちなみに、今回の話で兄さんは死ぬ。
兄さんは台本に目を通していた。その兄さんに、私は声をかけた。
「兄さん、何か分からないことある?」
「いや、大丈夫かな」
「そ、そう………」
うう、久しぶりに兄さんの役に立てると思ったのに……。
「奏、ごめんな」
「? 何が?」
「俺の所為で、邪魔しちまって」
………そっか。そうだよね。結果オーライとは言っても、兄さんは勘違いで人を一人病院送りにしてしまっている。それも相手は俳優さんだ。兄さんは責任感とか結構あるし、割と気にしているのかもしれない。
なら、私のかけるべき台詞は一つだ。
「ううん。それよりも、兄さんとドラマに出れて嬉しいわ。それよりも、お弁当、美味しかったわよ」
「………そっか。ありがと」
俯きながら暗く返事をした。やっぱり気にしてるな………。
すると、兄さんはすくっと立ち上がった。
「………よし、覚えた」
………えっ、覚えた?私の頬に嫌な汗が流れると共に、兄さんは立ち上がってさっきの刑事さんと向かい合った。
まずは兄さんが鞄を持って逃げ出す麻薬密売組織のバックアップに回るところ。組織の人が逃げ、そのあとを追う刑事。公園に組織の人が逃げ込み、刑事が現れたところで兄さんの出番だ。刑事を襲撃した。
「っ⁉︎な、なんだお前は………?」
問われても答えない。兄さんは黙って刑事に近付き、顔面に突きを入れた。それを逸らして回避されるが、ボディに連攻する。それもガードされたが、兄さんの攻撃は続き、刑事は防戦一方だった。
………こういう体の動きを台本でさっき見ていたわけだが、本当に兄さん完全に記憶してる。
やがて、さっきまでと同じように兄さんの攻撃で刑事はジャングルジムに背中から突っ込んだ。懐からナイフを抜き、刑事さんに襲い掛かった所で私の出番だ。
拳銃を向けて兄さんの動きを止めた。
「止まりなさい」
………私、兄さんに拳銃を向けて命令してる………!はっ、ダメダメダメ。集中しないと。
ゆっくりと台本通りに拳銃を構えたまま、兄さんの背後に近付いた。兄さんは手元からナイフを落とした。
「竹本さん、大丈夫ですか?」
「気を付けろ、早川。こいつ、只者じゃない」
竹本と早川、というのはそれぞれの役名だ。竹本さんはゆっくりとジャングルジムを背に立ち上がった。
兄さんの真後ろに移動し、後頭部に銃口を当てた。直後、兄さんは首を逸らして私の腕を掴んだ。手に持ってるリボルバーを上から掴み、銃口を下に折り曲げて解体すると、シリンダーの部分を引き抜いて竹本さんの顔面に投げて怯ませた。
「っ⁉︎」
「しまっ………!」
さらに、兄さんは私の掴んだ腕をそのまま力任せに背負い投げし、目の前に倒した。私も受け身の仕方は分かってるのに、ちゃんと私に痛みが走らないように投げてくれるあたり、本当に優し過ぎる。
「っ!」
「早か………!」
竹本さんからそんな声が漏れた直後、兄さんは落としたナイフを拾って私に刺そうとした。が、その手が途中で止まる。兄妹設定だから仕方ないわよね。
兄さんはナイフをポケットにしまったまま逃げ出した。これでこのカットの兄さんの出番は終わり。ここからは、私と竹本さんの会話だけだ。
ー
その後も、思った以上に兄さん込みの撮影はつつがなく進み、身体を動かすところまで進んだ。
今日の撮影は終わり、監督が兄さんの肩をバシバシと叩いた。
「いやー、良いなお前!最初見たときはこいつ殺すとか思ったけど、ある意味大栗君以上だよ!」
「いえ、そんな。元はと言えば、俺の早とちりが原因ですから。怒られる謂れはあれど、褒められる謂れはありません」
「まじめだなー。もっと楽にして良いよ」
「いえ、そうはいきません。妹がお世話になってる相手に礼儀は失えませんから」
…………なんか、いつにも増して礼儀正しいわね。もしかすると、相当責任感じてるのかもしれません。
「監督、今日は私にお給金のようなものは出るのでしょうか。もし出るのでしたら、すべて大栗さんへの治療費に回していただきたいのです」
「えっ、良いのか?」
「はい。本来、私にそれを受け取る資格はありませんから」
「う、うん………」
「では、お世話になりました。それでは失礼します」
「おう。奏ちゃんもお疲れさん」
「あ、はい。失礼します」
挨拶を済ませると、私は兄さんの横を歩き出した。ふと横顔を見ると、いつもの緩い表情なのに、どこか影が差していた。やはり気にしているようだ。
あまり、兄さんに暗い顔は似合わない。何とかしないと………。
「兄さん、カッコよかったわよ。よく動けてたじゃない」
「そう?まぁ、少し格闘技もかじってたからね」
格闘技でなんで拳銃をバラすスキルがあるのかは聞かないでおいた。
「ええ、本当よ。芸能界に入っちゃえば?」
「いや、それは良いよ。今日だって、大栗さんの代わりに入っただけだし、明日には復帰するらしいし、もうやらないよ」
「そう?残念」
「……奏、悪かったね、本当に」
「い、いいのよ。気にしてないし。それより、一旦プロデューサーと合流して事務所に戻るから、一緒に行きましょう?」
「………ああ」
兄さん、こういう打たれ弱いというか……責任を感じ過ぎる所があるのよね………。私としてはむしろ、兄さんと演技出来たから嬉しかったんだけどな………。
何とかして元気を出してもらいたい。すると、歩いてる途中でたい焼き屋のテントが見えたので、兄さんの腕に飛びついてみた。
「兄さん、私たい焼き食べたい」
「ああ、良いよ。味は?」
「うーん……兄さんは何が良い?」
「俺?俺はチョコが好きだけど……」
「じゃあ、チョコを一つにしましょう」
「? 一つで良いの?」
「うん」
そういうわけで、たい焼きを一つ買った。近くのベンチに座り、たい焼きを真ん中から割いた。
「はい、どうぞ兄さん」
「……くれるのか?」
「ええ」
「でも、くれるなら一匹ずつ買ったって良いのに………」
「良いのよ。私がこうしたかったの。こうすれば、その……しっ、幸せを、お裾分けしてるみたい、で………」
自分でも訳がわからなくて恥ずかしい事を言いながら、誤魔化すようにたい焼きの頭の方を手渡した。どうしようか迷ったのか、兄さんは一瞬、躊躇したが、微笑みながら受け取った。
「…………ありがと、奏」
お礼を言いながら、私の頭を撫でてくれた。どうやら、少し元気が出たようだ。恥ずかしい思いをした甲斐はあったみたい。そう自覚すると、それがなんだか嬉しくて、兄さんの肩に頭を置いた。
「でも、もう少し意味のわかること言ってくれた方が良かったな」
「うっ、うるさいわよ。………自分でも何言ってるのか分からなかったんだから意地悪言わないで……」
「ごめんごめん」
そんな話をしながら、たい焼きを食べた。
「そういえば、奏もカッコよかったよ」
「へっ………?」
「17歳が刑事の役ってどうなの?とは思ったけど、思いの外役にハマってた。奏、大人っぽいしよくクールな感じ出せてたよ」
「ーっ!」
兄さんにそうやって褒められたのは初めてかもしれない………。嬉しさと、なんか変な恥ずかしさが入り混じり、思わず顔を赤らめて俯いた。
「も、もうっ!恥ずかしいこと言うの禁止!」
「褒めただけのつもりだったんだけどな……」
「私が恥ずかしいのよ!」
さっさとたい焼きを食べ終わり、私は立ち上がった。プロデューサーとの待ち合わせ場所はもう少し先の喫茶店。プロデューサーは私専属というわけではないから、私につきっきりというわけにはいかない。
だから、色んな所でアイドル達のバックアップをして回っている。喫茶店に到着すると、プロデューサーは文香とコーヒーを飲んでいた。
「お待たせ、プロデューサー」
「ああ、いや待ってないよ。お疲れ様………あれ?そっちの人は?」
聞かれて、兄さんは私が紹介する前に頭を下げた。
「初めまして。奏の兄の速水潤です」
「これが丁寧に。プロデューサーです。こちらは奏と同じアイドルの……」
「っ⁉︎じ、潤さん⁉︎」
「あれ?文香、知り合い?」
「昨日、雨に降られて自分の家に鷺沢さん泊まったんですよ」
「泊まった、んですか?」
「………いけませんでしたか?」
「いえ……まぁ、奏が一緒なら問題ありませんが」
「そりゃ一緒に決まってるじゃない」
私が言うと、兄さんは私を横目で睨んだ。
「奏、目上の人には敬語を使いなさい」
「えっ………?いや、周りのみんなは普通にタメ口……」
「周りが良いから自分も良いというわけじゃない。敬語を使いなさい」
「うっ……ご、ごめんなさい」
「いや、そんな硬くならないで良いですよ」
プロデューサーさんがフォローしてくれたが、兄さんは首を横に振った。
「いえ、我が家の教育の一環だと思って下さい」
「………奏の兄にしては随分と真面目な人だな」
「ちょっとどういう意味よっ?」
「奏」
「うっ………」
き、厳しいわね………。いや、言ってることは間違ってないんだけどね………。兄さんの前では極力、敬語を使う事にしましょう。
頃合いだと思ったのか、文香が読んでいた本を閉じた。
「……では、そろそろ行きましょうか………」
「あ、ああ、そうだな。帰ろうか」
プロデューサーさんも立ち上がり、支払いを済ませて店を出た。
駐車場に向かい、止めてある車を開けた。
「えっと……速水さんも乗って行くか?」
「………良いのですか?」
「はい。奏はもう今日は仕事ありませんし、ご一緒に帰られたらいかがですか?」
「………では、そうさせていただきます」
おお、兄さんが事務所の車に乗るなんて、なんか新鮮ね。
が、ここで問題が起こった。事務所の車は6人がけ。プロデューサーは運転席として、残り三人の場合、一人は助手席に座るのが自然だろう。
つまり、兄さんの隣の席は私か文香になる。バチィッと火花が散りそうな勢いで私と文香は睨み合った。
「おーい、二人とも乗れよ」
「「プロデューサーさんは黙ってて下さい」」
声をそろえてそう言うと、二人で拳を引いた。
「「最初はグー!じゃんけん、ポン!」」
お互いにグーを出した。
「「あいこでしょ!」」
私はチョキ、文香はパー。つまり、私の勝ちだ。
「やった!」
思わず本気のガッツポーズを決めた。涙目になってる文香の横を素通りし、私は後ろの席に意気揚々と座った。
「………なんのじゃんけんだったんだ?」
助手席に座ってる兄さんから声が聞こえた。………せっかく勝ったのに、なんであなたが助手席にいるのよ………。
「………兄さんのバカ」
「えっ、なんで……」
「知らないっ」
私も涙目になってそっぽを向いた。結局、文香が隣に座った。