話を聞き終わった友奈は戦慄した。
内容もそうなのだがその郡千景と言う人物がどうしようもなく今の自分の姿と重なったからだ。
憎悪という悪魔が身を蝕み、終いには人類への牙となっていく様を頭のなかで想像すると妙にしっくりと来てしまった。
「そんなことって……。その、千景さんは救われなかったんですか?」
『最後は救わレたさ。乃木若葉といウ勇者のお陰デナ。ダが、人間の愚かさをお前は知ってシマッタな』
「けど、それは昔の話で……!今は、そうではないと思います!!確かに昔は勇者が蔑まれて、苦しい目に会ったかもしれません……。けど、そのバトンを受け継いだ私が人間を恨むと言うことをしてはいけないと思うんです」
友奈の発言に原初のバーテックスは小さな笑いをこぼす。
それに多少の苛立ちを感じてか少し言葉のトーンが下がる。
「……私おかしいこと言いましたか?」
『気に触っタラ謝ロう。ダが、ナンだ。その発言が何処マで持つか見物だと思っテナ』
その発言を友奈は強く噛み締める。今は落ち着いているがこの場を離れたら私ではない私が表れるのは何となくだが察していた。
先程の話を聞いた今理性を保てるかどうかわからない、そして、どう動くかも。
下手したら人類への反逆の狼煙を上げてしまうかもしれない。
そう考えると無性に体の震えが顕著に浮かび上がってくる。
原初のバーテックから聞いた精霊の憑依と、ーーー満開の代償。
二つの要素が友奈を余計に苦しめた。
「私は……」
悲痛な声が静かな部屋に響き渡る。
原初のバーテックスはその声を聞き入れると更に一つの話をし始めた。
友奈たちの前の勇者の話。
3人の小学生の話だった。
そこで聞き覚えのある名前が浮かび上がる。三ノ輪銀である。
3体のバーテックスから世界を守った英雄。そして、残りの二人の名前、鷲尾須美と乃木園子の話。
だが、ここで友奈は強い違和感を覚えた。原初のバーテックスから鷲尾須美のことを聞くたびに何故かある一人の女の子が頭に思い浮かんだ。
そして、最後に原初のバーテックスは付け加える。
『して、乃木園子は奉ラレ、銀は監視サれ、鷲尾須美は……東郷三森は記憶と足の機能を失った』
その発言に友奈は目を見開いて驚いた。そして、点と点が繋がって一つの線になっていった。合宿の時に感じたのはそういうことだったのか、銀に泣きついたのはそういうことだったのか、と。
だが、そこで渦巻く感情は怒りだった。大赦が隠匿した満開の代償。自身を供物とすることで強大な力を得ることができる切り札。
それを何故通達しなかったのか、話を聞くに3人とも無垢な少女だ、そして、真に強い子ということも直ぐにわかる。満開の代償を知っていてもそれしか方法がないのだからきっと受け入れていただろう、そして、友との時間をさらに大切にしていくだろう。
にも関わらず大赦は話さなかった。騙したのだ、切り札という名目で生け贄として神樹に捧げるということを。
友奈は思った。
本当にこのままバーテックスを倒し続け生け贄として捧げられ、最終的に奉られるのが最善なのかと。本当はこの生き地獄を終わらせた方がいいのではないかと。
勇者は死ぬことはない。精霊が致命傷を防いでくれるから。聞こえはいいかもしれないがこれはお役目に縛り付ける重要なことなのだ。
外の世界が絶望しかないことを友奈は知っている。
ふと、国土亜弥の言葉が脳裏に過った。
『道を見失わないでください、勇者様。貴女の思い、貴女の勇者としての素質の根元は貴女自身なのです』
私の、道……。
それは、
「嫌なんだーーー」
『……』
「誰かが傷付いたり、辛い思いをするのは」
『……』
「このまま終わりのない戦いを続けるんだったら、私が終わらせる」
『……どうやって』
「私が頑張る!穢れがなんだ!代償がなんだ!!風先輩、樹ちゃん、東郷さん、夏凜ちゃん、皆が辛い顔するんだったら私が背負う!!!」
『その先は地獄だぞ』
「地獄は、ーーーもう見た!!!」
友奈は外の光景を思い浮かべる、友達に酷いこと言ったことを思い出す。
それは友奈にとって地獄そのものだった。だからこそ友奈は足掻いていこうと決意した。
「私は、勇者なんだ!」
そして、その発言は次に原初のバーテックスに変化をもたらした。
『僕は、勇者なんだ』
昔出会った勇者の一人、三ノ輪の発言と重なる、彼女もまた原初のバーテックスにとって大切な仲間だった。敵だとしてもあのときの勇者の姿は見惚れるものだった。乃木、鷲尾、三ノ輪、彼女らの顔はもう思い出せない。
けれど、あのときの高揚する気持ちは直ぐにでも思い出せる。
原初のバーテックスは、否、シロは黒い刀にソッと触れる。
友奈は抗うと決めた、なら、自分はどうするべきか。
最早時間はあまり残っていない。薄れ行く理性のなか出した答えは
『なら、友奈。これを渡す』
シロは席から立ち上がり引き出しから一つのヘアピンを手渡した。
モチーフとなる花の名前は【桜】。
「これは……?」
『初代勇者、高嶋友奈の所有物だ。これがあれば少しは穢れに対して対抗できるはずだ。だが、少しだけだ。どうなるかはお前次第だ』
見つけた経緯に友奈は口を挟まない。
割れ物を扱うかのようにそれを手に取り、身につける。
妙に慣れ親しむヘアピンは何故か安心感を覚えた。
「ありがとうございます。……一つ聞いてもいいですか?」
『なんだ』
「……どうして私を、銀ちゃんを助けてくれたんですか?」
『……銀は興味本意、友奈は頼まれた。ただそれだけだ』
「頼まれた?」
原初のバーテックスは精神体のみの世界を思い出す。
彼女ら、初代勇者たちは一時凌ぎとしてバーテックスの本能を押さえつけてくれた。
そして、消え行き間際
「シロ……外の勇者たちを宜しく頼む」
乃木若葉を筆頭に勇者を託された。バトンを受け取った勇者を任されたのだ。
その意味を深く噛み締める。
次第に消えていく初代勇者たちの姿。彼女らは所詮贋作だ、だが、その思いは決して間違いではないことは明らかだった。
神樹に【魂】を返還し、その姿は消えていなくなった。
元はといえば、高嶋友奈の記憶と神樹に刻まれた記録から取り出した情報をもとにその姿を顕現させていたのだ。故に、顕現し続けることは神樹にとってあまりよいことはなかった。
『もう、我は永くない。直にバーテックスの本能が体を支配し、貴様らを死地へと追いやる日が来る。そして、結城友奈。お前はもう勇者というものを見つけた。ーーーそれだけでお前は答えを得たのだ、もう迷うな』
「はいっ!」
友奈は帰り支度を済ませる。
原初のバーテックスは途中まで帰路を共にし、ある所で歩を止めた。
『ここから先は初代勇者たちの加護がない、穢れが体を蝕む、……準備はいいか』
その言葉に友奈は力強く頷き、一歩踏み出した。
ーーー郡千景の話を聞いてどう思った?
悲しいと思った、苦しかったんだろうなと思った。
ーーーそれがお前が守ろうとしている人間たちの所業だ。そのような塵屑を守る必要はあるのか?
ある!ーーー私はバトンを受け継いだんだ!!
ーーーそのバトンをなぜ受けとる?
次に渡すため!それが私、結城友奈の答えだ!!!
穢れが友奈に問いかける。ゾワゾワとした気持ちの悪い感じ、身がそれに流されてしまいそうだったが前よりは幾分楽だった。これもまた高嶋友奈の繋いだバトンのお陰。
「はぁ……はぁ……」
『……耐えるか。なら行け。3ヶ月後、残りのバーテックス達が一斉に進軍し始める。そして、そのときはもうーーー』
我は、お前たちの明確な敵となるだろう。
「というわけだ。大体アタシが知ってる攻撃パターンはこれぐらいかな」
銀は一息つく。
原初のバーテックスまでの今までの戦いを話、若干喉が掠れていた。
「本っ当に化け物ね、原初のバーテックス。バーテックスを作ったり精神攻撃、いろんな武器を扱ったり」
「そうね……。けど、私たちが【満開】すればどうにかなるでしょうよ」
夏凜の発言に園子と銀は眉を潜めた。
二人は代償について話したい。けれど、それは許されなかった。誰が許さないか。
神樹だった。
神樹が【満開】についての情報を教えたと知ると神の力を用いてそのことを記憶から消去するのだ、代償について知ってしまったら使わないという可能性が浮上してくる。すると、神樹の命が持たないと知っているのだろう。
知る方法は2つ。
一つは満開を実際に行い、身をもって体験すること。
もう一つは、人間ならざるものから聞くことであった。
「そうだね~。満開すればわぁーって強くなるから原初のバーテックスにも対抗できると思うんだ。けどね、これだけは覚えておいて。満開は切り札、だから本当に最後の手段として使わなきゃいけないってことを」
「わかったわ。ところで、その、乃木さんは友奈ちゃんについても関係があるって言ってましたよね」
「……。彼女、精霊を憑依したでしょ?何故、それを教えなかったというとね、とても危険なものだったから」
「……!じゃあ、友奈さんは!!?」
「そう、彼女は今とても危険な状態。精霊を憑依すると精神に穢れっていうのが溜まってね、とても嫌な感じになるんだ。身に覚えはない?」
その言葉に夏凜以外の4人は退院したあとの違和感の正体に気が付いた。
東郷は気がつくことができなかった己を恥じた。
「……もう日が暮れてきたし御開きかな。久しぶりに話が出来てうれしかったよ」
園子が本当に嬉しそうな表情を浮かべる。確かに気が付けば周りはほんのりと暗さを帯びていた。
「そうね、けど、攻撃方法とか聞けてよかったわ」
「ところで友奈は?」
「あぁ、友奈は訳あって自分から結界を越えたから自分の足で帰らなきゃ行けないんだ。明日、詳しく話を聞けばいいよ」
「銀さんってなんでも知ってますね」
樹が苦笑いをこぼす。
園子が大赦のほうに車を手配して皆を家に返した。ーーー東郷三森をおいて。
「……話があります」
「うんうん、わかってたよ。東郷さん、そろそろかなって。……出てきたら?」
園子が身動きせず、宙へ言葉を放った。すると、物陰から勇者服の友奈が出てきた。
東郷は驚きの声をあげる。
「友奈ちゃん!?」
「ごめんね、東郷さん。心配かけて。……貴方が乃木園子さんですね」
「その口ぶりと前とは違う雰囲気……。そうか会ったんだな」
「うん、銀ちゃんの御師匠さんに会ってきたよ」
その言葉の意味を東郷は直ぐ様理解した。東郷も聞きたいことがあった、個人的にいろいろ調べたりしていた。夢の中で教えてくれた外の世界という真実。
「では、単刀直入に聞きます」
東郷は意を決して口を開く。
「私は……昔勇者のお役目についていたのでしょう」
東郷はあの夢を見たあと独自のルートを駆使し失われた2年間の記録を探し当てた。
けれど、それは虫食いのように欠落しておりあまりにも不自然なものだった。
つまり、何か人に言えないようなことーーー真っ先に勇者という単語が頭に浮かんだ。
そこからは早かった。
勇者について調べていくうちに一人の名前だけが浮かび上がってきた。
『三ノ輪銀様、お役目により落命』
その文字を見た瞬間、頭が殴られたような感覚に陥った。
そして、何故か一つの可能性も浮上してきた。
落命の時期と記憶がない時期が少なからず一致していた。
「銀は大赦によって死んだことになっている。それはバーテックスを師匠に持つことで何をしでかすかわからない、という考えのもと。そして、私はそのあとの戦いで足の機能と記憶を失った」
「……わっしーはやっぱりすごいなぁ。うん、そうだよ。貴方は鷲尾須美として、一緒に勇者をやっていた」
鷲尾須美、その名前がストンと軽快に胸の奥に響き渡る。
「って、友奈。まさか知ってたか?」
「うん、まぁ、さっきまでは知らなかったんだけどね、原初のバーテックスが教えてくれたんだ」
あははと笑いながら銀の指摘に頭をかきながら答える。
「……そして、この世界の真実」
その言葉に3人の眉がピクリと動いた。
それだけで東郷が知りたかった答えは十分だった。
そこから少しだけ情報を共有すると東郷は家のほうに車を手配した。
間もなく車は到着した。
友奈は変身を解き、車イスの取っ手を掴む。
「またね、須美、友奈」
「うん、また」
「えぇ」
「わっしー、また来てもいいんだぜ~」
「ふふっ、気が向いたら行くわそのっち」
東郷三森は、いや、そのときは鷲尾須美として意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
園子が驚きのあまり言葉を失っていると二人を乗せた車は出発した。
「おぉ、園子のそういう表情は始めて見たな」
「……わっしーには本当に敵わないなぁ」
「昔みたいに……いつかは話せるかな」
「話せるよ……きっと……。けどね」
銀はただなにも言わずに園子の目尻に溜まっている涙を拭う。
「今だけは……走って、抱き締めて、有り難うって言いたかった……!わっしーとミノさんと手を繋ぎたかった、一緒に歩きたかった……!!」
苦しそうな声音は次第に嗚咽へと変わっていきポタポタと涙を溢し始めた。
銀は園子の頭を撫でる。
風に吹かれて髪を棚引かせるその二人の姿はとても儚げで、ーーーとても幻想的だった。
まず、これで第2章は終わりにさせていただきます。
次は第3章「結城友奈の日常である」、原初のバーテックスを初めとしたバーテックスたちの進行までの3ヶ月間の物語です。
そして、最終章は「バーテックスは敵である」として、その戦いをもってこの作品を終わろうと思います。
皆様それまで応援宜しくお願いします。