天の美禄   作:酒とっ!女ぁ!あと金ぇ!

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あなたは、原作17巻でわがままナイスバデーの竜胆先輩にヘッドロックをかけられる叡山先輩を心底羨ましいと感じましたね?

これがメンタリズムです。


漢の大吟醸

"Heaven's gift"

 

普段ならば、安物のウイスキーの香りと男たちの野太い声が倒錯しているそこは、日本酒の仄かな香りと、たった三人の男の声が交錯していた。

 

「……何度言えば分かる。確かな才能を持つ者には、平等に機会が与えられる。その機会をモノにしてきた気概溢れる者こそ、本物と料理人となり得るのだ」

 

「分かっていないのはお父さん、あなたの方だ。真の美食に触れられる人間は限られている。芸術を理解できぬ存在に芸術を追求する事など不可能であり、そもそも権利すら与えられていない。そんな下等な存在を遊ばせている今の遠月は、間違いなく凋落の一途を辿っている。………響くん。君もそう思わないか?」

 

「遠月にいる女性料理人は皆、例外なく美人だと耳にしています。遠月の未来は明るいんじゃないですかね」

 

「死ね」

 

 

 

三者三様の持論を展開させる結果に至った事の発端は、数日前まで遡る。薙切薊が"Heaven's gift"へ赴いて、程なくしての事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何故今更になって戻ってきた、薊。金輪際、貴様がこの遠月に足を踏み入れる事は許さないと言ったはずだ」

 

遠月茶寮料理學園の理事長室は、ただならぬ緊張感に支配されていた。その原因たる威圧感を放つ老人は、遠月学園の総帥……薙切仙左衛門。そして、不敵な笑みを浮かべて相対するのは彼の婿養子である薙切薊であった。

 

「お父さん、貴方が僕に言いたい事があるように、僕にも貴方に言いたい事は山ほどある。だが、今だけは我慢していただきたい」

 

「貴様と話す事など何も無い。去れ」

 

その硬い表情を崩すことなく仁王立ちする仙左衛門は、薊の言葉に耳を貸すつもりはない事を明白にし、速やかな退出を強く促す。しかし、それを受けた薊がそれに応じる事はなかった。

 

「……先日、山崎(やまざき)余市(よいち)の息子が営むバーへ足を運びました」

 

「………!!」

 

山崎余市。薊がその名を口にした途端に、絶えず表情を変える事のなかった仙左衛門が、驚愕の色を露わにする。

 

「山崎余市の……息子だと?にわかに信じがたい話だ」

 

「最初こそ僕も半信半疑でしたよ。だが、いきなり当たり年のペトリュスを下ろす大胆さ、酒を作る手よりもよく動く口、未成年の分際でやたら女慣れしている好色っぷり……あれは間違いなく山崎の血を引いている」

 

薊は怪訝そうな表現で想起する。山崎(やまざき)(ひびき)のマセた言動の数々は、かつて遠月で共に過ごしていた山崎余市の在りし日を、鮮明に蘇らせるのだ。

 

「そうか、あの問題児に倅が……か。して、薊よ。そんな事を伝えるためだけに儂の目の前に現れた訳ではあるまい」

 

「ええ。お父さん、今夜に時間を作れませんか?」

 

薊の質問の真意を図れない仙左衛門は眉根を寄せる。身構える必要などない……と言いたげに、薊は苦笑を携えつつ頭を振る。

 

 

「お父さん、酒を一緒に飲みましょう」

 

 

仙左衛門はあんぐりと口を開け、ただ立ち尽くす事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………お客様、貸切をご所望の場合はあらかじめお問い合わせしていただけませんかね?」

 

軽快なジャズピアノを背景に、ゆったりとした時間が流れるバー"Heaven's gift"の店主……山崎響は、憮然とした表情で徳利を浸した鍋に火をかける。本来であればこの時間は開店準備のため、客の姿はないはずなのだが、彼の目の前にはカウンターを隔てて二人の男性客が座っていた。

 

「いつでも場所と酒を提供すると言ったのは響くんじゃないか。自分の発言に責任を取れないところまで親に似たのかね?」

 

「仙左衛門さん、こいつ持ち帰っていただけませんか?」

 

青筋を浮かべた響が引きつった笑みで退店を懇願するが、仙左衛門は申し訳なさそうに首を横に降る。

 

「常識もわきまえずに面目無いが、どうか目を瞑っていただきたい。君と話したい事もある」

 

「……食の魔王と呼ばれる貴方に頭を下げられては、断る事もできないでしょう」

 

迷惑である事は否定しない響だが、そこまで嫌がる素ぶりは見せなかった。

 

「偶然にも、今日は街で謝肉祭が行われています。もともと客が来るとは思っていませんでしたし、さしたる問題はありません」

 

「……君は祭に行かなくても良かったのかね?」

 

響の言葉に少し負い目を感じたらしい薊が尋ねると、響は笑いながら言葉を返す。

 

「私が地元のイベントに顔を出すと、誰かしらに銃を向けられますからね。銃弾を避けながら持ち帰れそうな良い女を探すのは、流石に厳しいでしょう」

 

「聞きましたか?お父さん。この小僧、真性のクズですよ。どう考えても山崎の息子です」

 

「ぬぅ………」

 

仙左衛門は返す言葉すら見つからず、神妙な表情で青年バーテンダーを見やる。心外だと言わんばかりの表情で響はおどけるが、薊の凍てつくような冷たい視線が彼に対する評価を物語っていた。

 

「それにしても、余市の息子と来たか……随分と懐かしい名前が出てきたものだ」

 

響を見据えた仙左衛門が、懐かしむようにしてその逞しい顎髭を弄る。

 

「……私の父は遠月の卒業生にして、薊さんの同級生だと伺っております。あまり父の過去を聞いた事がありませんので、少し気になりますね」

 

「山崎余市……あやつは色々な意味で型破りな男だった。彼もまた、この薊や堂島銀、才波城一郎を筆頭に『極星寮』の生徒たちが十傑の席を欲しいがままにしてきた時代を生きてきた男だ」

 

仙左衛門が『才波城一郎』という名を口にした途端、薊が大きく表情を変えたが、なんとなく地雷臭いと察した響は特に突っ込まず、仙左衛門の話に耳を傾ける。

 

「あやつは訳あって『十傑』の座には居らなんだものの、その実力は学園内でも飛び抜けておったし、それに比例して癖の強さも随一であった。彼の料理を口にした者らを、確実に至福のひと時へと誘う事から、山崎余市は『楽園の管理者』と呼ばれていた。同時に、()()()()()()()()()()()()()事と、気に入った女生徒はおろか、遠月の女性職員、果ては提携企業の女性役員に手を出す事で悪名が高く、その女癖の悪さから『性欲の権化』とも呼ばれておった」

 

「とんでもない性犯罪者予備軍だ。よく退学処分になりませんでしたね」

 

「響くん。他人事のように言う権利が、君にあるとでも思っているのかい?君にはその血が流れていて、かつその素質を満遍なく引き継いでいる。去勢をお勧めしたいくらいだ」

 

澄ました顔で湯煎にかけていた徳利を出す響を、薊は更に冷たい視線で睨みつける。が、そこに殺意が込められていない時点で、彼にとってはノーダメージである。もっとも、殺意が込められた視線ですら、彼にとって慣れたものではあるが……

 

「『九頭龍 大吟醸』の上燗です」

 

今更になって、響は客へ提供する酒の銘柄を伝える。

 

本来、繊細に仕立て上げられた香りや味を台無しにすると言われ、大吟醸を燗にするのは好まれない。しかし、この九頭龍大吟醸は究極の『燗上がり』を目指して研究を重ねられ、糖度、アルコール度、アミノ酸度といった部分から緻密に調整が加えられた大吟醸酒だ。

 

もともと日本酒を好んでいる仙左衛門は、明るい表情で猪口を受け取るが、かたや薊は不服そうな顔をしていた。

 

「……君は、僕がワインを常飲している事を知っているだろう?なぜ日本酒にした」

 

「日本男児が語らう時は、日本酒と相場が決まっています」

 

「ふむ、粋な事を言う。山崎余市の息子である事が途端に疑わしく思えてきた」

 

「お父さん、騙されてはいけませんよ。こいつは親である余市以上に口が回ります。爽やかな好青年のような見てくれをしていますが、彼は歩く下半身です」

 

「誰だって下半身は歩くものでしょう……」

 

くだらない事を言っていないで早く飲めとでも言いたげに、響は鼻で笑いながら二人に酌をする。

 

「燗でありながらも、大吟醸の上品なこの香り……飲む前から美酒のそれと分かってしまう」

 

暫し香りを堪能した後、仙左衛門は猪口に口をつけた。

 

「うむ、大吟醸のきめ細いまろやかさ、口当たりの良い甘さ……燗らしからぬ贅沢な味わいであるな」

 

その風貌も相まって、日本酒を呷る仙左衛門はこれ以上になく様になっていた。隣でぎこちなく猪口に口を運んでいる薊とは、まるで対照的であった。

 

「薙切家の二人がおいでと来ている。本来であればふぐ刺しでも出したいところですが、生憎と日本酒に合わせられる魚は持ち合わせていません。こっちはアポ無しの貸切を受け入れているんですから、その辺りはご了承してもらえるとありがたいですね」

 

響が唐突に二人が来店して来た事を蒸し返すと、仙左衛門は思い出したように口を開いた。

 

「薊よ。貴様に義絶を言い渡した儂と酒を飲もうなどと……一体どういう了見だ」

 

バーに漂っていた、どこかぎこちなくも和気藹々としていた雰囲気は一気になりを潜め、緊迫した空気が広がってゆく。

 

「お父さん。貴方が僕に言い渡した決定と、貴方が統括する今の遠月の在り方に……僕は未だ納得をしていない」

 

「何度も言わせるな。貴様のしてきた事は絶対に許されない事であり、貴様の思想は遠月にとって毒でしかない」

 

「ほう……それはそれは。では、何故その遠月は才波先輩のような料理人を生み出してしまったのです?僕が遠月にとって毒……面白い事をおっしゃる。今の遠月こそが、才能ある料理人をダメにする毒であると言うのに」

 

平行線だった。互いの理想と思想が折れる事も交わる事もなく、二人の言葉はぶつかり合っていた。より一層強くなる剣呑さが、彼らの間にある確執の大きさを示していた。

 

「私は良いと思いますよ、遠月学園。素敵な女性で溢れ返っているそうじゃないですか」

 

「女にとって毒でしかない君は口を開くな」

 

「それは過大評価と言うものです。娘の笑顔を奪った薊さんには到底及びませんから」

 

響に皮肉を皮肉で返された薊は、言葉を詰まらせる。売り言葉に買い言葉だった薊が、響の一言を前に固まってしまうその様は、仙左衛門の目を疑うものだった。

 

「……薊?」

 

仙左衛門が遠慮がちに声をかけると、薊は何かを誤魔化すように猪口を呷った後に、言葉を紡ぎ出した。

 

「お父さん。僕は、えりなにしてきた事に対して、後悔はしていない。だが、強く反省をした」

 

仙左衛門は、薊から放たれた言葉に目を見開く。しかし、黙って薊の言葉を待つ。

 

「僕の教育は、間違いなくえりなを『神の舌』へと近づけた。彼女の絶対的な味覚は、今や世界の誰しもが認めるものであり、彼女の地位と実力を不動のものにした。()()はともかく、結果として僕が彼女に与えたものは、彼女とってはもちろんの事、食の世界にとって不可欠のものであるはずだ。この事実だけは、貴方の主観が入ろうとも否定できまい」

 

仙左衛門は不快に顔を歪めるが、首を横に振る事は出来なかった。

 

仙左衛門の実孫にして薊の実娘である薙切えりなは、『神の舌(ゴッドタン)』の異名で美食家や料理人たちの尊敬と畏怖を集めていた。幼き頃より一流の料理人の料理を食べて育ち、仙左衛門をして洗脳と言わしめた薊の教育を受けた事により、超常的な味覚を獲得した彼女が下す評価は、一流の料理人の命運を大きく左右するほどの影響力を持っていた。

 

また、その完全なる味覚をもってして作られる彼女の料理もまた、世界最高峰のものであり、遠月学園の最高決定機関である『十傑』の席を、最年少で勝ち取るほどだ。

 

食べても一流、作っても一流……薙切えりなという少女の持つ『神の舌』が、彼女が美食界に君臨するための確固たるアイデンティティである事は、薊の思想を受け入れられない仙左衛門にも否定できぬ事であった。

 

「……だが、それに引き換え、僕はえりなから笑顔を奪った。この事実だけは、彼女が『神の舌』で真の美食に到達しようとも、笑顔を取り戻そうとも、覆す事のできない事実であり、決して消す事のできない()()()だ」

 

薊が非を認めた。その事実は仙左衛門の心を大きく揺れ動かした。

 

「お父さん……貴方に謝るつもりはないが、えりなには親として……いや、男として、けじめをつけなければならないと思っている」

 

ようやく言葉を切った薊は、仙左衛門から顔を背けるようにして猪口を傾ける。しかし、猪口に酒は入っておらず、薊は空を呑む。格好のつかない失態を晒したとばかりに、薊は自嘲的な笑みと共に猪口の底を睨みつける。

 

 

 

そんな薊の猪口に、仙左衛門は柔和な笑みを浮かべて酌をした。

 

 

 

「薊よ。暫く見ぬうちに、随分と男らしい酒の飲み方をするようになったな。こうしてお前と酒を酌み交わす日を……かつて儂は楽しみにしていたものだ」

 

「お父さん………」

 

「確かにお前がしてきた事は許される事ではない。………が、お前を許すか許さないかは、儂の決める事ではない」

 

仙左衛門はニィッっと口角を吊り上げると、薊の頭を軽く小突く。

 

「きちんとえりなに謝るが良い。彼女がお前を許し、彼女の心を呪縛から解放できたのならば、儂はお前がもう一度『薙切』を名乗る事を認める。お前を遠月の教育者として迎え入れる事もだ」

 

薊は仙左衛門に注がれた酒を飲み干すと、仙左衛門から徳利をひったくる。そして、仙左衛門の猪口に酒を注ぎ返す。

 

「貴方に言われるまでもない。えりなは僕の愛娘だ。彼女に真の美食の何たるかを教えきっていないが……彼女からそれを望まない限り、僕は彼女の行く末を見守り、それを受け入れる。そして、才能を持ちながらも目的を見失った有望な生徒たちは、僕が導く。それだけは僕にしかできない事だし、今の遠月には決してできない事だ」

 

仙左衛門は薊の注いだ酒に口をつけ、静かに頷く。えりなを『神の舌』へと導けたのは、ひとえに薊にはえりなを遥に上回る実力が備わっている事を意味している。また、真の美食を追求する薊の熱意は紛れもなく本物であり、そこに到達し得る料理人を牽引する事ができるだけのカリスマ性がある事を、仙左衛門は知っていた。だからこそ、かつて仙左衛門は、薊を婿として迎え入れる事を認めたのだ。

 

「………薊よ。儂らは良い酒にめぐり逢えた。この若きバーテンダーには感謝せねばならん」

 

頼まれるより先に、新しい徳利を湯煎にかけていた響に、仙左衛門は笑いかける。響はキザったらしく指を振り、小さくウインクする。

 

「『九頭龍 大吟醸』の蔵元はこの酒をこう評価しました。『大切な人と酌み交わす、もてなしの酒』………と。あなた方二人は、至極正しい飲み方をしただけであり、そこに私の功績はありません」

 

「相手に最も適した酒を提供する。それは誰にでもできる事ではない。酒を知り、料理を知り、人間を知る必要がある。山崎余市……在りし日のあやつにはそのチカラが備わっておった。そして、息子である山崎響もまた、その素養を持っていた。片田舎のバーテンダーで終わらせるには勿体ないほどの素養を、な」

 

「おだてても代金が安くなる事はありませんよ。ですが、遠月の総帥に認めていただけるのは非常に名誉な事です。……正直、相手が求める『至福のひと時』を提供する事に関しては、僭越ながら私の右に出る者などいないと自負しています」

 

響は己の発言を確かめるように、仙左衛門と薊を交互に見やる。すでに、彼が適切に選び抜いた美酒の味を知っている二人が、彼の言葉を馬鹿にする事など無かった。

 

 

「どうです?遠月学園に私を推薦入学させてみ……」

 

 

「「寝言は寝て言え」」

 

 

深い溝によって隔てられてきた薙切親子の心が一つになった瞬間だった。

 

「余市が在籍しておった当時は、ストレスで胃に穴が開くかと思ったほどだ。あのような毎日が再び三年も続くなど、儂はまっぴらごめんだ。残り少ない寿命を縮めたくはない」

 

「君はあの性欲獣の遺伝子を忠実に受け継いでいる。前にも言ったが、君をえりなに会わせるわけにいかないし、君は三回ほど死んだ方が良い。冗談は休み休み死ね」

 

「What the fuck……お前ら絶対最初から仲良かっただろクソッタレが」

 

 

 

 

酒は天の美禄なり。

 

 

 

 

芯から人を温める熱燗は、男たちの(わだかま)りすらをも融解していく。そんな彼らに共通の敵が存在する事は、より酒を美味しく飲む上で必要不可欠な要素であった。

 




『九頭龍 大吟醸』
福井の地酒。個人的に一番かっこいい名前の日本酒だと思ってる。寒くなってきたこの時期は、刺身を食べながら熱燗をクイッといくと、あらゆる事がどうでも良くなるくらい幸せになれる。で、そのままコタツで寝て風邪ひくまでがテンプレ。

『薙切仙左衛門』
気づかぬ内にはだけておった……
_人人人人人人_
> ふんどし <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄



今回の薊さんちょっとマイルドすぎるかもしれんね。原作みたいな擁護しようのないレベルで畜生な薊さんを書くと、どう足掻いてもアンチヘイトになってしまうので、断腸の思いで性格微改変。ナチュラル畜生な薊さんが好きな人はすまんやで。

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