天の美禄   作:酒とっ!女ぁ!あと金ぇ!

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だんだん完結が見えてきた。イクゾー!
デッデッデデデデ!(カーン)


属毛離裏のスコッチウィスキー

山崎響は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の総帥を除かなければならぬと決意した。響には人としての倫理がわからぬ。響は生粋の遊び人である。口笛を吹き、女と遊んで暮らして来た。けれども正義に対しては、人一倍に敏感であった。

 

「あのジジイ何か小細工しやがったな」

 

響は確信していた。あの流れで編入試験に合格しないのはどう考えてもおかしいと。理事長である薙切仙左衛門が、何かしら裏で手を回していると。しかし、理事長である仙左衛門が最終的に試験官の合否を承認する事を鑑みれば、小細工もクソもなく、単純に山崎響という人物が遠月茶寮料理学園に相応しくないという判断を下されたというだけの事である。女の事しか頭にない響にはそれが分からなかった。

 

「あああああああ!えりなとイチャイチャしたかったのに!緋沙子とイチャイチャしたかったのに!まだ見ぬ遠月女子とイチャイチャしたかっただけなのに!人の自由を剥奪しやがって!性愛の自由を剥奪しやがって!許さんぞ!」

 

響は怒りに任せてシェイカーを振る。しかし、ここ"Heaven's gift"に来客はただの一人もおらず、専ら自分がヤケ酒をする為にカクテルを作っている。

 

カクテルグラスにシェイカーの内容物を注ぐ。響が作ったカクテルとは、スコットランドジン『ヘンドリックス』を使ったアーティラリー・マティーニである。

 

ヘンドリックスが持つ独特のフレーバー、そして最大の特徴である胡瓜と薔薇の香りを殺さない為にも、加えたベルモットはごく少量。マティーニのドレスアップとしてお馴染みのオリーブも沈めない。

 

響は自らが手がけた、素材の味を前面に押し出したマティーニを呷る。

 

「最悪の仕上がりだな」

 

出来はイマイチだった。

 

マティーニはシェイクせず、ステアして作るのが一般的である。その定石を外したアーティラリー・マティーニは、シェイクする事によって口当たりに丸みを持たせるという、製法にアレンジを加えたレシピである。

 

シェイクというアーティラリー・マティーニにとって重要な工程をヤケクソに行っているのだから、至高の一品などできるわけもない。更にイラつく響は、結局ヘンドリックスをストレートで飲み始める。もはや接客する気などゼロである。

 

しかし、世界というものは天邪鬼なものであり、マーフィーの法則という言葉あるように、いつだって自分の望まない結果に転がる。ひとり酒とたらしこむ響に水を差すように、来客を知らせるベルが揺れる。

 

「チッ…………いらっしゃいませ」

 

入ってきたのは男性客で、30代後半の日本人顔をした男性客だった。スタイルは良く、顔もかなり整っている。

 

しかし、その見た目に反して、彼の口からは訛りの強いスコットランド英語が放たれた。

 

「なんだ、店主も客も居ねえのかよ。なんでガキがひとりでに酒飲んでんだ?赤字にするのが趣味みてぇだな、この店」

 

一見の客に舐められる事など日常茶飯事であり、特に気にも留めない響は男性客に倣ってスコットランド英語で返す。

 

「……街へ行けばいくらでも他の店が有りますよ。大して可愛くもない女と喋りながら、水で薄まった高級酒を飲みたいのなら、そちらをオススメします」

 

「大口叩くじゃねぇか。不味い酒を出しやがったらホモのハッテン場に打ち込むぞ」

 

憎まれ口を叩いてはいるものの、男性客はカラカラと笑いながらカウンターに座る。

 

「しっかしまあ、寂しいバーだな。綺麗な姉ちゃんどころか、薄汚いおっさんすらいねぇじゃねぇか」

 

「いつもは賑わっているんですけどね。昨夜、常連さん達がいつも以上に出来上がっていたので、奥様方にこっ酷く叱られたんじゃないですかね」

 

「そいつぁ幸せな事で。で、綺麗な姉ちゃんは?」

 

「居たらClosedにしてますよ」

 

「とんでもねぇマセガキだ。バーテンダーはどいつもこいつもロクでもねぇな」

 

実のない会話に飽きた響はおしぼりを差し出し、メニューを軽く小突いて注文を促す。

 

「お前さんのオススメで」

 

「SALMARIでよろしいですか?」

 

「ブチ殺すぞ」

 

「冗談です。では無難にスコッチで」

 

響は封の切られていないボトルを下ろし、ラベルを偽っていない事を確かめるよう男性客に手渡す。

 

「……いきなりサラの高級酒を出す奴が居るか?」

 

「ホモに食われるのは嫌ですからね」

 

響が下ろしたボトルは『ジョニーウォーカー ブルーラベル』。熟成の頂点に達したモルトだけでブレンドされた、美酒である事が約束されたスコッチウイスキーである。

 

「こんなもん、行きずりの客においそれと出すんじゃねぇよ。父ちゃんの誕生日プレゼントにでもくれてやれ」

 

「私が生まれてすぐ、父は難病を抱えた母と共に渡米したと聞いています。私の育ての親とも言える、この店の前のマスターも数年前に亡くなりました」

 

「おっと、言い辛い事を聞いちまったな。ガキひとり残して海外に行くったぁ、非情な親がいたもんだ」

 

「別に恨んではいませんよ。そこにどう言った理由があったのかは知りませんし、知ろうとも思いません。この環境で育ってきたからこそ、今の私がいる。酒と女と歌を楽しむ権利を与えてくれただけでも、顔も知らぬ両親にも頭が上がりません」

 

「本当にマセてんな。……こいつぁ思ったより美味しく酒が飲めそうだ」

 

ラベルが偽装されたものでない事を確認した男性客は、響にボトルを返す。

 

「一杯目はトワイスアップ(一対一)でよろしいですね?」

 

「新品だしな。お前も飲めよ」

 

「……よろしいのですか?」

 

「孤児がひとり寂しくジンをガブ飲みしてるのを見せられたら、極悪人ですら仏になるっての。俺が来るなり舌打ちしやがったのは大目に見てやる」

 

「……恥ずかしい所を見られてしまいましたね」

 

あまり他人に優位を取られる事に慣れていない響は、どこかやり辛さを感じながらジョニーウォーカー ブルーラベルをグラスに注ぎ、もっとも香りを引き出す割合で加水する。

 

「「Slainte mhath.(乾杯)」」

 

二人はグラスをぶつける事なく、各々の口へとグラスを運ぶ。お互いが口にした酒の感想など言葉にするまでもなく、広がる余韻を黙って嗜む。

 

「……少年よ。なんであんな酒の飲み方をしていたんだ?」

 

おもむろに、響がヤケ酒をしていた事を男性客が尋ねると、響は思い出したように顔を顰める。

 

「……先日、日本で高校の編入試験を受けてきたんですよ」

 

「あ?自分の店持ってんのに、わざわざ日本まで行ってそんな事してきたのか?なんて学校だ」

 

「お客様が日本人なら知っているかと思いますが、遠月茶寮料理学園という学校です」

 

響が校名を告げると、男性客は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

 

「おいおいマジかよ。そいつぁ俺の母校だぞ」

 

「……本当ですか?」

 

「嘘を吐いて良いのは、女を泣かせないようにする時だけだ。こんなしょーもない事で嘘を吐いて、一体何になる。……んで、ヤケ酒してたって事は試験に落ちたのか?」

 

グラスを空にした男性客が尋ねると、響は溜息混じりにジョニーウォーカーを注ぎつつ、事の顛末を吐露する。

 

「……いや、受かったはずなんですけどね。試験官は実に可愛いらしい女性徒で、試験の一環として私が出した一品は、確かに彼女の心を掴んだ。この私が逃すはずもない。なのに落ちた。悪の見えざる手によって合否を操作されたとしか思えない」

 

「……んな事があるのか?仮にそうだとしたら、お前さんブラックリストに入ってんだろ。一体何をやらかしたんだ……」

 

呆れた様子で男性客が問うと、響はジョニーウォーカーを呷りつつ、忌々しげに呟く。

 

「私がやらかしたわけではありませんよ。かつて遠月に在学していた、私の父が女を食い荒らしていたそうです。その血筋というレッテルだけで落とされたに違いありません」

 

無論、レッテルだけで落とされた訳ではなく、響自身も無視できないレベルの問題を抱えているため、仙左衛門は響の合格証を燃えカスに変えたのだが、己を省みぬ響にはそれが分からなかった。

 

「……その情報だけで特定できるってのも、なんとも皮肉な話だな。涙が出てくるぜ。お前の父ちゃん、山崎余市だろ」

 

「父をご存知なのですか?」

 

「ご存知も何も、そいつの事は俺が一番よく知っている。堂島さんや才波さん、薊などといった、十傑の座を欲しいがままにしてきた『極星寮』の寮生の一人だからな。まあ、あいつは女絡みで謹慎処分食らいまくってて、十傑には入ってなかったが」

 

男性客はグラスをカウンターに置くと、懐かしむように目を細める。

 

「あの頃は本当に楽しかった。極星寮生が歩くだけで、モーセの海のように道ができ、女たちの黄色い声があがる。まさに極星寮の黄金時代さ。蓋を開けてみればキチガイとサイコパスの巣窟だってのに」

 

「……ですが、それだけの実力を持った人たちが集っていたと言う事ですよね?」

 

「当然。堂島さんと才波さんのツートップはまさに敵なし。彼らに料理で敵う者など、ただの一人もいなかった。そして、その後ろをウロチョロと付いて回っていた薊も、メキメキと力をつけて第三席を勝ち取りやがった。部屋に引きこもって香辛料の研究ばっかしてたチビッコ処女もいたっけか。……どいつもこいつも料理に狂ってて、話を聞かない奴らばっかだった。寮母がふみ緒さんじゃなかったら、大半は退学処分食らっててもおかしくなかったね」

 

男性客は満足げに目を伏せ、グラスを傾ける。戻らぬ青春を懐古するかのように、ジョニーウォーカーの完成された味わいを堪能する。

 

「……山崎余市という男は、どうでしたか?」

 

父親の過去に対する興味を隠そうともしない響が尋ねると、男性客は苦々しげな表情を浮かべる。

 

「……あいつの事を思い出すと胸糞が悪くなる。良い酒を飲みながら話したくはないんだがな……」

 

「ほんの少しだけ安くしますよ」

 

「クソッタレが。……あいつはとにかく女に目が無かった。極星寮の女は勿論、全学年の可愛い女子を料理で虜にしては、ふみ緒さんの目を盗んで部屋に連れ込んでいた。酷い時は遠月の教員まで(たぶらか)す始末だ。一番やばかったのは、食戟の審査員として来ていた、良いトコのお嬢ちゃんに手を出して、それが親父さんにバレた時だったな。今でも覚えてる。顔真っ赤にして『山崎余市を出せ。俺がぶっ殺してやる』って、極星寮に乗り込んで来たもんだから、寮生一同阿鼻叫喚よ。ふみ緒さんのお陰で事なきを得たが、警察沙汰になったから忘れるわけもない。あいつが手を出したのは、高級料亭の跡取り……確か『くら季』の娘だったか?まあ、今となっては笑い話だが……おい、お前さん顔真っ青だぞ、どうした?まさかもう限界なのか?」

 

終始興味深そうに男性客の話を聞いていた響が、急に顔面蒼白になり今にも吐きそうな顔になる。不審に思った男性客が調子を訊くが、響は首を横に振るだけだった。

 

「……まあそんな感じで、女癖の悪さでその名を知らない奴はいない程だった。『退学しろ』なんて食戟の申し込みはまだ可愛いもので、『去勢しろ』っつう、身も蓋もない要求の食戟を、毎日腐るほど申し込まれていた」

 

(血は争えないな……)

 

遺伝子の罪深さをしみじみ痛感する響だったが、何も言わずに続く言葉を待つ。

 

「だが、あいつは卒業するまでただの一度も食戟を行わなかった。料理は女を落とす為の手段に過ぎないつって、女にしか腕を振るわなかったからな。ただ、その腕前は十傑のトップにいた才波さんや堂島さんをも超えていた」

 

「勿体無いですね。まともにやっていれば主席になれたでしょうに」

 

「んな事、あいつは耳にタコができるほど言われてたさ。その度に『女の為に作ってるから美味しくなるんだよ。野郎は母ちゃんの味噌汁でも食ってろ』って返してて、男に料理を出そうって気は全くなかったな」

 

これには流石の響もドン引きだった。響は客が命の業界で生きてきたのもあってか、相手が男だからと言って、提供する酒や料理を蔑ろにした事はない。それは響の育ての親である前のマスターの教えに背く行為でもある。もっとも、そんな響も女に飲ませる酒の方が、男に出す酒より神経を使っている事実は否めないが……

 

「よく分からん口癖が多かったよ、あいつは。『俺は死ぬまで結婚しない』とも言ってたな。そんな奴が奥さんどころか子供作ってんだから傑作だよ」

 

「……そんな事を言っていたんですか?」

 

「ああ。なんでも、『俺は命尽きるまで、未だ見ぬ美女を味わい続けたい』……とかほざいてて、結婚はそのロマンをかなぐり捨てる愚行だとかなんとか言ってたよ」

 

「さすがは『性欲の権化』ですね」

 

「……なんでお前が知ってんだ。どこで聞いたんだよ、そのあだ名」

 

「薊さんもこの店に来たことがあるんですが、その時に少し」

 

響が薊の名を出すと、男性客は驚きに目を丸める。

 

「なんだ、あの美食バカもこんな店に来てたのか」

 

「こんな店で悪かったですね。今まで飲んだジョニーウォーカー返していただけませんか?」

 

「怒るなよ。あいつ、元気にやってたか?」

 

「娘に嫌われて情けないツラしてましたよ」

 

「そいつはお気の毒に。ジョニーウォーカーが最高に美味くなったぜ」

 

さらっと畜生極まりない発言をする男性客だったが、美少女のえりなを自分と会わせようとしなかった薊にブチ切れていた響は、特に同情する事もなかった。

 

「……ところでお客様は、ご結婚なさっていますか?」

 

響の唐突な質問に、男性客は首を傾げて答える。

 

「ああ、一応妻はいるが……」

 

「奥様は美人ですか?」

 

「……おい、余市の息子よ。お前さんまさか、ガキのクセして俺の女に手出そうなんて考えてないだろうな?」

 

「考えてませんよ。ですが、重要な事なので」

 

「どんどん意味が分からなくなってるぞ。そんな事をお前さんが知って何になるってんだ」

 

「会わせろとは言っているわけもでは無いんですよ?美人かどうかだけ教えるくらい良いでしょう」

 

「しつけぇな。そんなもん、美人に決まってんだろ。俺にはブスがお似合いだとでも言いたいのか?」

 

男性客の答えを聞いた響は、どこかスッキリとした顔で返す。

 

「そんな事は思ってませんよ。……ですが、女性は顔だけじゃないでしょう」

 

「んなわけあるかボケ。取って付けたようなタテマエほざいてんじゃねぇぞガキ。ブスに人権なんかねぇよ」

 

「スコットランドの恥ですね、お客様は」

 

「……性格の良いブスと性格の悪い美人。お前だったらどっちを抱く?」

 

「性格の悪い美人ですね」

 

「人の事言えねーじゃねぇかぶっ飛ばすぞテメェこの野郎」

 

男性客の口から出る言葉は非常に攻撃的なものではあるが、その顔はどこか愉快そうに笑っていた。

 

「しかしまあ……顔も性格も若かった頃の余市に似てんな、お前。……息子が気丈に頑張ってるってのに、余市のやつは何やってんだって話だよ」

 

男性客がポツリとこぼした言葉に、響は僅かに声のトーンを落として反応する。

 

「さっきも言いましたが、別に私は両親を恨んでなどいません。体が弱いながらも腹を痛めて私を産んでくれた母は言うまでもありませんが、母の難病を治すために父が死力を尽くしていたのなら、私は彼を恨んだりはしません。……ですが、母を等閑にして他の女と遊んでいたら、私は絶対に許しません」

 

男性客は目を細め、響の双眸を覗き込む。

 

「へぇ……いかにも女と遊んでそうなお前さんが、そんな事を言うのか」

 

「私は複数の女を愛した事こそあれど、女を弄んだ事はありません。そして、その愛は平等でないといけませんし、愛に序列があってはいけません。故に、子供を作ると言う行為は、これまで愛してきた全ての女を裏切り、ただ一人の女を愛する事を誓うということです。それ以降、その一人の女以外に手を出すのは、女を弄ぶ行為であり、裏切りに裏切りを重ねる事になります。そんな奴は男でも人間でもなく、只の屑です」

 

響がそこで言葉を切ると、男性客は深く息を吐く。そこに込められた意味など、響には分からなかった。

 

「……ケツの青いガキが随分語るじゃねぇか。まあ安心しろ。余市が『俺は死ぬまで結婚しない』と言っていた理由を考えれば分かるだろう?」

 

「分かってますよ。腐っても私の父ですからね」

 

「信頼されてるねぇ。若かった頃の余市とは大違いだ。……ちなみにお前さん、女がする不倫はどう思う?」

 

男性客の質問に、響はくだらない事を訊くなと言いたげに顔を顰める。

 

「どう思うも何も、不倫される男がマヌケだとしか。自分がただひとりと決めた大事な女の心も掴んでおけないような男は、童貞以下ですよ。そんな雑魚は不倫されても文句は言えませんね」

 

「……ククッ………そうかい…………クハハハハハハハ!」

 

男性客は堪らないと言った様子で、カウンターをバシバシと叩きながら笑い始める。

 

「……こちとら真面目な話してんのに何笑ってるんですか?しばくぞテメェ」

 

「悪い悪い、あの頃の余市が言っていた事と全く一緒だったから、可笑しくて仕方なかったんだ。誰が育てても、結局親に似るもんだな」

 

男性客は再び愉快そうに笑うと、グラスに残っていたジョニーウォーカーを飲み干す。

 

「いやぁ、懐かしい話もできて最高の酒だったぜ。チェック頼むわ」

 

「それは重畳。代金はこちらです」

 

代金を支払った男性客は鞄をひっ掴み、椅子から立ち上がる。その動作に未練は無かった。

 

「じゃあな、余市の息子よ。お前さんなら心配いらんと思うが、強く生きろよ」

 

「……お待ちください。まだお客様のお名前を伺っておりません」

 

男性客は名乗るつもりは無いとでも言いたげに、ひらひらと手を振る。

 

「名乗るほど大層立派な名前は持ってねぇよ。男の名前を訊く労力があったら、女の一人や二人でも口説いてこいっての」

 

男性客の答えに、響はどこか可笑しそうに小さく笑う。

 

「……どこかで聞いたセリフですね」

 

「あん?」

 

「こちらの話です。……ですが、名前を教えていただかないとボトルキープできません」

 

「そんな事かよ。残った酒はお前が飲め。二度とこの店には来ねぇからよ」

 

男性客は素っ気なくそう言い放つと、出口のドアに手をかける。しかし、男性客が出て言ってしまう前に、響は()()()で男性客を引き止める。

 

 

「そんな水臭い事を言わないでくださいよ。貴方には()()()()()()美人の奥様を、この店に連れて来てもらわないといけませんからね」

 

 

男性客はドアノブにかけていた手を離すと、何かを隠すように己の顔を覆う。

 

「……いつから気づいてた?」

 

男性客……山崎余市がそう問うと、彼の息子は残り少なくなった『ジョニーウォーカー ブルーラベル』を掲げる。

 

「マスターから聞いていましたからね。私の父は、学生の頃からジョニ黒ばかり飲んでいたと。このボトルを見せた時、貴方は隠しきれないほど嬉しそうな顔をしていた。そんな人が山崎余市なる人物を懐かしそうにペラペラと喋っていたら、サルでも察しがつきますよ」

 

「はっ、こいつぁ一杯食わされたな。これじゃただのピエロじゃねぇか。本当……ぶん殴りたくなってくるな、お前」

 

「人の事言えませんよ。私も、貴方と話していてぶん殴ろうか何度迷ったか分かりません」

 

「チッ、蛙の子は蛙だな」

 

「諸刃の剣ですよ、それ」

 

余市は小さく笑うと、再び響に背を向ける。

 

「安心しろ。お前の母ちゃんの病気は治った。今は予後観察中だ。元気に動けるようになったら連れてくる。……ところで、なんで俺だって分かってて、奥さんは美人か……なんて訊いてきたんだ?」

 

「自分の母親がブスだと萎えるじゃないですか」

 

「ハハハッ!ぶっ殺したくなるくらい親父に似てんな、お前。母ちゃんの遺伝子は一体どこに行っちまったんだってくらいによぉ……ま、せいぜい楽しみにしとけよ。いくら女が好きだからって、テメェの母ちゃんには手ぇ出すなよ?」

 

「八つ裂きにすんぞクソ親父。俺にも絶対に超えちゃいけないラインくらいあるわクソッタレ」

 

「誰がクソ親父だエロ息子。テメェ、ちょっと俺を欺いたからって調子乗ってんじゃねぇぞ?近い内に、赤っ恥かかせてやるからな。覚悟しとけよクソッタレ」

 

「そいつは楽しみだ。気をつけて、親父」

 

「…………おう。元気でやれよ、響」

 

別れを告げた余市は、何かから逃げるようにして店から出て行く。そんな父親の後ろ姿を見送った響は、飲みかけの『ジョニーウォーカー ブルーラベル』に父の名を刻む。

 

 

 

「女の趣味まで一緒とか……気持ち悪りぃんだよクソ親父」

 

 

 

 

 

酒は天の美禄なり。

 

 

 

 

父が愛した酒を、父と共に飲んだ少年は、生まれて初めての反抗期を迎えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりっす……堂島さん。元気にしてましたか?卒業して以来っすね。…………俺はいつでも元気っすよ。家内も元気になりましたし…………浮気?するわけないじゃないっすか。数多の女を虜にしてきたこの俺を虜にした女なんですよ?浮気なんてする気にもなりませんよ。堂島さんも早く相手探さないと行き遅れますよ。…………ああ、タイムリーな話ですね。つい最近に行ってきたんですよ。…………ええ、若い頃の俺にそっくりなクソガキで、若い頃の俺よりも立派に育った男でした。あいつには辛い思いをさせたと思いますし、俺が親を名乗る資格は無いとは思いますが…………あいつをマスターに任せたのは間違っていなかったと確信しています。難病を患った母を気遣い、過去の女から逃げ惑うように生きる俺について行くのは、あまりにも窮屈すぎる。男は何物にも縛られず自由に生きた奴ほど、でっかい器を手に入れられるんですよ。…………そう、才波さんのようにね。薊の馬鹿にも見習って欲しいくらいだ。…………代わりに、女は自分の手元で大切に育ててあげなくてはいけない。…………ははっ、そんなの、俺が女好きだからに決まってるじゃないっすか。堂島さんは真面目すぎるんですよ。あいつのバーにでも行って息抜きしたらどうですか?…………え?違いますよ、スコットランドっす。…………ハハハハハ!堂島さん学生の頃から忙しそうでしたもんね。才波さんが仕事しないから。…………ええ、そうですね。またどこかで会いましょう。才波さんも、薊も呼んで。…………良いですよ、俺が作りましょう。楽園の管理者なんて呼ばれてたんですからね。今の才波さんに勝てるかどうかは微妙ですが、堂島さんよりは美味い自信ありますよ?…………何言ってるんですか、今は男にも料理くらい作りますよ。

 

 

 

…………もう胃袋を掴んで女を落とす必要はありませんからね。俺がするべき事は、たった一人の女の心を掴み続ける事なんですから」

 




『ジョニーウォーカー ブルーラベル』
ブレンデッドのスコッチでは間違いなく頂点。ボトル一本一本にシリアルナンバーと証明書ある。熟成期間50年超のウイスキーがたくさんブレンドされた究極のブレンデッド。これの12年『ジョニ黒』は、ウィスキー飲んだ事ない人でも聞いた事はあると思う。シングルモルトに飲み慣れてると物足りなく感じるが、その辺は個人の好み。


今回ソーマ要素少なくてすまんやで。

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