俺の幼馴染が踏台転生者で辛いのだがどうすべきだろうか? 完 作:ケツアゴ
「よーし! 今日は球技大会に向けての練習だ。まずは二人一組で柔軟運動をしてくれ」
もう直ぐ梅雨の季節だという頃、俺達の高校は球技大会を開催する。まあ当然体力差があるから男女別だし、部活対抗も有るから勝ち抜かない限りは暇なのだがな。早く終わった者は試合観戦そっちのけで友人と話し、友人の少ない者は親しくもない者の応援をして暇を潰すしかない。
俺か? 去年は俺のクラスは男子女子ともに優勝したぞ。ああ、能力発現による身体能力の上昇には制限を掛けてだ。でないと不公平だからな。
「柔軟手伝ってくれるかい?」
体育館の中、直ぐに組む者達とあぶれる者が出る中、背後から肩を叩かれて振り返れば返事を待たずして遥が此方に背中を向けている。毎度の事ながら親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないのか、この馬鹿は。
「毎回俺に頼むが女子には頼まないのか?」
「馬鹿だな。柔軟をしてる時の私の華麗な姿を一人でも多くの子猫ちゃんに見せる為だよ」
髪をかき上げて堂々と語る遥にキラキラとした視線を向ける女子が数人。それとは別に俺に同情の眼差しを送るのも居る。まあ、仕方ない。この同姓相手の全自動セクハラマシーンに女子の相手をさせられないな。
背中を合わせて腕を組み、前に体を曲げることで遥の背中を大きく反らす。男子の視線が俺の背中の上に向けられたが、直ぐ様発せられた殺気で慌てて逃げ出した。
「お前なぁ。自分だって散々女子に絡んでいるだろう。……次は気をつけろ」
まあ不躾に胸を凝視されれば怒っても仕方がないか。この馬鹿の男嫌いは知っているし、奴らも自重すべきだ。
「……ああ、そう言えば君と組んだら君は私の柔軟の姿が見れないのか」
「別に見たくもないがな。ほら、背中押すぞ」
床に座って足を開いた遥の肩に手を置いて押してやる。何の抵抗もなく前方に曲がって胸が床にくっついた。これ以上は胸が邪魔で無理だな。
……今、轟が舌打ちをしたような。
「じゃあ、次は君の番だね」
「この前みたいに背中に座って体重をかけるなよ? 俺に尻に敷かれる趣味はない」
「亭主関白をお望みかい? まあ、別に良いけど?」
別にそんな意味で言ったのではないのだが、面倒なので言わないでおく。遥と同じように床に座り足を広げ腕を前に伸ばすと上から力が掛けられる。柔らかい物が二つ背中に当たっていた。
「私はか弱い女の子だからね。こうして体重を掛けないと柔軟にならないだろう?」
「よし、今日から昼休みに勉強をしよう、まずは『か弱い』の意味を暗記しろ」
前から思っていたのだが遥は俺に対して警戒が無さ過ぎるのではないか? 信頼されるのは嬉しいが、その様な事だから俺と恋人だと勘違いされるのだ。
……いや、俺もそうか。最も信頼を寄せる相手は誰かと問われれば迷いなく遥の名を挙げるだろう。まあ、昔から分かっていた事だがな。
「遥、お前は俺にとって大切な存在だったんだな。今、改めて思った」
「ふぅん、まぁ、私もそうだけどね。君は私にとって掛け替えのない存在さ。自分より優先しても良いと思う程にね」
「お前はお前を優先していろ。互いに相手を優先していたら逆に面倒だ。共通の優先順位はお前が上だ、良いな?」
この程度の事態々言わなくても良いだろうにな。……む? 何故か怒っているような気がするが……。
「それはあり得ないよ。普段から他の人との事で君に負担を掛けている。なら二人だけの事については君を優先すべきだ」
「良いから俺の提案を受け入れろ。どうせ普段の延長線上だ」
聞き分けの悪さに振り向けば遥は不機嫌そうな顔で俺を見下ろしている。ええい! 相変わらず妙な部分で頑固な奴だ!
「そうやって善意を優先するの良くないと思うよ? 少しは自分を大切にしなよ」
「余計なお世話だ。俺はしたくてしているのだからな」
立ち上がり、互いに息の掛かる距離まで顔を近づけ睨み合う。何故か此処最近不機嫌だったが、どうもそれが爆発したようだな。何かあったなら俺が聞いてやるというのに。昔からそうして来ただろう。
「……そういえば君とは喧嘩をした事が無かったよ。何だかんだ言って私が怒らせても直ぐに許してくれたからね」
「お前も一線を越えず、俺もお前を怒りたくないからな。傍に居るんだから仲良くしている方が良い」
「うん、それは同感だ。君とはずっと仲良くしたい。でもさ、私にも譲れないものがあるんだ」
「奇遇だな。俺もどこぞの分からず屋にしっかりと言い聞かせたい事がある」
火花を散らすような勢いで俺達二人は額をくっ付けながら相手を睨む。ああ、本当に此奴とこうなったのは初めてだ。何時も俺の後を付いて回り、傍に居るのが当然だった遥だが……。
「君が私より自分を優先させると言うまで絶交だ」
「それは此方の台詞だ。優先すべきはお前だと認めるまで許す気はない」
「「この頑固者がっ!」」
フンっと鼻を鳴らすと互いに背を向けて離れる。ああ、本当に腹立たしい話だ!!
「っという訳で喧嘩中なのだが、あの馬鹿者を納得させる良い知恵はないか?」
「いやいやいや、何処からどう見ても喧嘩ですらないだろ!? ……阿呆らしい」
「という事なんだけど、彼を納得させたいんだけどどうすれば良いと思うかい?」
「もう末永くお幸せに爆発すればどうでしょうか?」
放課後になってもあの馬鹿は納得せず、互いに焔と轟に相談するも相談に乗ってくれない始末。何か怒らせるような真似をしたのだろうか?
「久し振りだな、我が夫よ。今日こそ貴様を連れて行くぞ。不安になる事はない。最初が痛いのはお前ではなく私だからな」
「ええ、どの様な鬼畜な真似にも耐えて御覧に入れましょう」
「大人しくついて来なって」
遥と喧嘩をしていても任務を私的な理由で放棄は出来ない。放課後、工事予定地の廃ビルに住み着いたダックスフンドの悪霊を退治した後、アリーゼ達が現れた。
「帰れ。今は遥の事で頭が一杯だ」
「悪いが今日は帰ってくれ。今は彼の事しか考えられないからね」
この後、互いに無言のまま何時もの様に協力して撃退し、無言のまま家について食事の準備を進めた。
「……」
今日の夕食は牛筋肉の煮物。遥がそれ程好きではない脂身の部分を入れないように器に注ぎ、無言で前に置けば向こうも無言でお茶を淹れて俺の前に置く。俺好みの温度のお茶だった。
並んでテレビを観ている間も無言で過ごし、少し遥の視線が気になりながらも俺は言葉を交わそうとはしない。もう此方が折れても良い気がしてきたが、あの馬鹿がもしもの時に自分を優先すると約束するまでは折れる訳にはいかない。
大人しく守られていろとは言わないが、もう少し自分を大切にしろ、馬鹿者が。どれだけ成長したようでも根本は変わっていないだろうに。
モヤモヤを抱えたままでは熟睡できなかったのか夜中にふと意識が目覚める。目を開けると仰向けに寝た俺の上で遥が跨っていた。また何時もの馬鹿な悪戯をして有耶無耶にする気かと思ったのだが、目を見てその考えは消え去る。
「……嫌だ」
目から大粒の涙をポロポロ流し、目で擦っても止まらない。ああ、これが此奴の根本的な面。神から貰った戦闘に耐えられるだけの強い精神をもってして泣き虫は変わらないんだ。不安で体を震わせ、俺の布団をギュッと握り締める。
「……君が口をきいてくれないなんて嫌だ。……君に無視されるなんて嫌だ。……君に嫌われるなんて絶対に嫌だ。私が…私が悪かったからっ! だから嫌わないで!!」
「……まったくお前は」
「なんでもするからっ! だから、だから……」
ついに感情が決壊し大泣きを始めた遥に対し、俺は上半身を起こして抱き寄せ、頭を撫でてやる。少しは落ち着いたようだが嗚咽は止まる様子がない。それだけ俺に嫌われると思ったのだろうが……。
「俺がお前を嫌う筈がないだろう、馬鹿が。もう泣くな。俺が悪かったから泣かないでくれ……」
「……うん」
「どちらを優先とか忘れろ。いや、どちらも優先させる。臨機応変にだ。それで良いな?」
「……うん」
……結局これか。此奴が一度泣き出したら俺が折れるしかない。泣く子と地頭には勝てない、とは上手く言ったものだ。
暫く抱きしめていたら遥も泣くのを止める。さて、スッキリしたら眠くなって来た。
「おい、そろそろ部屋に戻れ」
「……やだ。今日は此処で寝る。君と一緒じゃなきゃやだ」
俺にしっかりとしがみ付いて離れる様子のない遥。結局、俺が折れるのが何時ものパターンだな。いい加減学習しろ、俺。
「拒否すればまた泣き出すのがオチか……今日だけだぞ」
「うん!」
まったく、相変わらずこのような時の笑顔だけは本当に魅力的なのだがな……。
シリアス気味だからオマケは自重 考えてはいる
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