俺の幼馴染が踏台転生者で辛いのだがどうすべきだろうか?  完   作:ケツアゴ

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これから待つ地獄が辛いのだがどうすべきだろうか?

 この世には人の身では抗いようのない物理法則が存在する。たとえばニュートンの発見した万有引力。アインシュタインの相対性理論。能力はそれら法則を完全無視できるが、あくまでそれは超常的な力を使った際の話だ。まあ漫画の世界だから仕方がない。

 

 だが、彼女は違う。彼女は超常的な力を使わずに異常な結果を出すのだ。ああ、恐ろしい。俺と遥が彼女には極秘に名を付けたその法則の名は……メシマズの法則。

 

 

「今日はいい天気で良かったねー。あっ、皆の好物を沢山作ってきたよー」

 

 今日は晴天に恵まれて絶好の行楽日和。間延びしたその声は実に楽しそうで聞いている此方も明るい気分になる。彼女の手に手料理が詰められたバスケットが下げられていなければの話だが……。

 

 

 治癒崎 鹿目(ちゆざき かなめ)、『原作』における三大ヒロインの一人だ。小柄な体系に不釣り合いな大きさの胸を持つ天然系の回復ヒロイン。『治癒』という名前そのままの能力のレベルⅡ、のちに覚醒してⅣに段階飛ばしで成長するはずだった彼女は……料理が下手だ。

 

(さて、誰が食べるのか……俺しか居ないか)

 

 『感覚鈍化』『内臓強化』『表情秘匿』、これらの能力をフル発動させた俺が全部食べ、美味しかったからつい、と誤魔化すしかない。流石に本人に、お前の料理は死ぬほど不味い、とは言えないからな……。

 

 大袈裟と思う人もいるだろう。料理は材料と手順さえ守れば複雑な手順を必要としない限り成功する。失敗料理は調味料の量や火力、手順が本来と違うから出来上がるのだ。創作物でよくある一口食べただけで倒れるレベルなど現実には有り得ない。だが、彼女の料理は本当にその一歩手前で酷いのだ。

 

 調理実習の際、彼女が料理下手だという裏設定を遥から聞いていたが、手順も材料も問題無かったのに出来上がったのは見た目も匂いも普通なのに味がこの世の物とは思えないレベル。餓死か食べるかで悩む程の不味さ。実際、気絶者が出た。

 

「あれー? 急に寝ちゃったけどどうしたのー?」

 

 あの時、彼女は本当に分かっていないように見えた。不味さで気絶したとは微塵も思っていないのだろうな。

 

近くで見ていてどうしてああなったのか全く理解できず、作者という神によって定められた法則と納得するしかなかった。

 

 尚、本人は味音痴なので美味しそうに自分の料理を食べる。美味しそうに出来たから食べて、ではなく、美味しく出来たから食べて、と悪意が無いぶん質が悪かった。

 

「そうかい。でも、私は君を食べてしまいたい気分かな」

 

「もー! 擽ったいし歩きにくいよー」

 

 俺の決死の覚悟などお見通しの遥は親指を立てた手を此方に向けながら空いた手を治癒崎の腰に回して耳元で囁く。治癒崎は見事に気にしないが、あれは本当に気にしていないのか? 時たま、彼女の態度が演技に見える時があるのだが……。

 

「おい、治癒崎。着いたら早めに飯にしよう。昨日送ってきた、自分も作ってくるというメールを見て、遥は朝食を抜いて来たんだ。俺も腹が減っているしな」

 

「分かったー」

 

 唖然とする遥。まあ、たまにはお前も犠牲になれ。俺も半分食べてやる。能力のおかげでお前よりはダメージが軽いがなっ! 即死か瀕死の後に死に至るかの違いだろうけど。あれ? 能力を使わない方が良いのか?

 

「……仕方ないか。君と一緒なら果てるのも悪くない。でも体力を温存しておきたいから運んでくれ」

 

 急に足を止めてオンブをせがむ様な格好の遥だが生憎リュックを背負っているので背負えない。だが、このままだと無駄に体力を消耗した状態で治癒崎の弁当に挑む事になる。

 

「頂上までだぞ?」

 

 仕方がないので腰と膝裏に手を差し入れ、前に抱き上げて運ぶ。お姫様抱っこという奴だが、対象が遥なので恥ずかしさはないな。

 

「こりゃ楽ちん楽ちん。ふふふ、もしかして私を抱っこするのを期待していたかい?」

 

「放り出して良いか? 具体的に言うと蜘蛛の巣がある方向に」

 

「蜘蛛の巣っ!? ヤダヤダヤダっ!」

 

 少し脅せば真に受けた遥が必死でしがみ付いてくる。さて、これで暫くは御ふざけが無くなるだろう。

 

「ああ、腹は減った。もしかしたら全部俺と遥が食べるかもな」

 

 遠回しに二人に安全だと伝える。俺は一応リーダーだからな。仲間は俺が守らなくては。

 

 

 

「委員長、勇気あるな……」

 

「尊い犠牲に感謝です……」

 

 遥が普段の言動など無視して助けを求める目を向ければさっと視線を逸らされる。まあ仕方ないといえば仕方ない。諦めろ、俺も一緒に死んでやるからな……。

 

 

 

「皆の好物ごとに分けて来たよー。まずは刹那ちゃん、はい」

 

「どどどどど、どうもっ!?」

 

 バスケット中の料理は個人ごとに布で包まれて分けられ、すぐ隣に座った轟に最初に差し出される。これは俺と遥が犠牲になる作戦は無理だな。

 

 ブワッと顔中に汗を拭きだした轟は動揺を隠せず、普段とは打って変わって盛大に声が震えている始末。その更に横の焔など手を組んで神に祈りを捧げている。あっ、うん。炎神は炎の神だから激マズ料理はどうにも出来ないと思うぞ? 内心ホッとしながら能力を発動させる。この量なら何とか意識を保てそうだと安堵した時、俺達が座ったピクニックシート全体に影が掛かる。

 

「避けろっ!」

 

 俺が叫ぶと同時に焔は治癒崎を抱え、皆一斉に飛び退く。次の瞬間、巨大な金属の拳が先程まで居た場所を叩き潰した。当然、弁当もだ。

 

「よしっ! ……じゃなかった。どなた様……誰ですか?」

 

「鹿目ちゃんのお弁当をよくやって下さいまし…よくもやってくれたね! 感し……許さないよ」

 

 気持ちは分かるが本音は隠せ、お前達。治癒崎に聞かれていたらと思いながら焔の方を向く。

 

「わー。蓮司君のエッチー」

 

「わわわっ!? 誤解だっ!」

 

 咄嗟に抱きかかえた際、焔の手は治癒崎の胸を掴んでいた。流石は主人公、見事なラッキースケベだ。あっ、女子二人の視線が厳しい。

 

「はっ! こんな時にセクハラかい? これだから変態は」

 

「……裁きの時間は後です。今は敵に集中しましょう」

 

 普段から敵味方構わず同性相手にセクハラをかましている遥が親指を下に向け、轟は降ってきた拳を睨んでいるが後で何かする予定のようだ。

 

 そんな中、拳はゆっくりと宙に浮き、空から残りのパーツが下りてくる。鬼瓦をメカっぽくしたものの左右に浮かぶ手首から先だけの両手。鬼瓦ロボと呼ぶべきその上には一人の少女が乗っていた。

 

 

「なははははっ! 鬼瓦Zの不意打ちを避けるとは中々やるんだねっ! それでこそ。この天才発明家エリアーデの敵に相応しいんだよっ!!」

 

 茶色いくせ毛を無理に三つ編みにして瓶底眼鏡を掛けた白衣の少女はビシッと指を突き付けて来る。……エリアーデ? ああ、居たなこんなキャラ。

 

 確か幹部登場シーンで科学者だとは分かったがその後出番はなく、最終話の一話前で巨大ロボット軍団に乗って再登場するも、アリーゼと相打ちになって轟が重傷を負った事で覚醒した焔に一撃で負けたんだったな。

 

 この轟が相打ちになったという事が俺がアリーゼに心を許さない大きな理由の一つだ。敵であり、組織を裏切る気はなく、好意を感じさせても押し付けがましい奴という事もあり、既に友人と思っている轟に大怪我を負わせるかもしれない相手に心を許せるはずがないからな。

 

 そして何よりも何度も遥に武器を向けている。あの出会って直ぐにキスをしたり俺の事をよく知りもしないで肉体関係を持とうとするやり方は種族の差だと諦めよう。轟の件も俺達がどうにかすれば良いだろう。だが、邪魔だからと遥を始末しようと武器を向けた事は絶対に気に入らない。

 

 

「君達はアリーゼちゃんのターゲットらしいけどそんなの関係ないんだねっ! 皆纏めて私の実験材料になると良いよ。『百鬼会』最高頭脳の力を見せてあげようっ!」

 

「なんだ。お前らの組織はそんな名前なのか。あの情報をペラペラ喋るアリーゼさえ組織名は言わなかったのにな」

 

 明らかに此方を値踏みするというか見下しているというか嫌な視線を向けて来たエリアーデの表情が強張る。あの情報漏洩の常習犯に負けたからショックだったのか?

 

「ななっ!? 見事に喋らせるとは……そっちの頭脳も侮れないんだねっ!」

 

 あっ、此奴馬鹿だ、と、この場に居る皆が理解した。得意分野に特化してる分、他ではポンコツって部類の奴だ。

 

「ふ、ふんっ! こうなったら力比べだよ。メカに人が勝てるはずがないんだからねっ! 鬼瓦Z! Wロケットパンチだよっ!!」

 

『ガワラー!!!』

 

 手首の切断面に当る部分から青い炎が噴き出して俺達に向かって来る。だが、遥が指先を向ければ出現した二個の盾が宙に浮かんで拳を止めた。

 

「じゃあ、後は宜しく」

 

「ああ、任せろ」

 

 エリアーデが乗った本体に向かって跳躍し、『脚力増強』『肉体硬化』『衝撃増強』などを同時発動、眉間に蹴りを叩き込めば其処から蜘蛛の巣状に亀裂が広がり、俺が着地すると同時に中心から光が溢れ出す。

 

「し、しまったっ! 緊急脱出っ!!」

 

 スイッチを押して発動したのはまさかのバネ仕掛け。足場の下から出現した巨大バネによってエリアーデは天高く飛んで行き、それと同時に腕と共に頭部が爆発する。

 

 

「あっ、着地忘れてたんだよっ!? おーぼーえーてーおーくーんーだーねーっ!」

 

 忘れたくてもインパクトが強すぎて忘れられないな。しかしアリーゼといいエリアーデといい、こんなのをほぼ一人で相手した原作の焔、凄い奴だったんだな。

 

 

 

 

「さて、撃退したし俺と遥が持って来た弁当は無事だから食べるとしよう」

 

「あっ。バスケットに入りきれなかったお菓子はバッグに入っているから無事だよー。これも私の手作りなのー」

 

 すまない、父さん、母さん。俺、死ぬかもしれません……。

 

 

 

 

 

 そして数日後、委員長である俺は担任からある事を告げられた。

 

「転校生ですか?」

 

「ああ、外国から来た子でな。明日紹介するけれど大変だろうから面倒を見てやってくれ」

 

 少し嫌な予感がするな。父さんも新人が入るから今日紹介するといっていたが……。


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