俺の幼馴染が踏台転生者で辛いのだがどうすべきだろうか? 完 作:ケツアゴ
この時、俺は非常に気まずい気分になっていた。
「……早く出てこい」
エリアーデの発明した腕輪によってドアに押し付けられながら俺は呟く。『感覚鈍化』などで聴覚を制約して遥の便所が終わるのを待つ間、俺は土壁をジッと見つめているしかなかった。
「ふぅ、すっきりした。この家のトイレ、広くて居心地が良いね」
漸く出てきた遥に続くように俺も歩く。一m以上離れられないのは少し面倒だ。いや、普段から傍に居る事が多いからそれほど問題でもないか?
「あまり変わらないな、うん」
風呂とかトイレは少々不便かもしれないが、たった二十四時間だ。まあ、問題ないだろう。……馬鹿が自重すればの話だが。
「えっと……ごめんね。怒っているかい?」
エリアーデの家からの帰り道、珍しくしょげた態度の遥が謝って来た。今回の事を気にしているらしく、俺の顔を伺ってくる。
「この程度で怒る様ならお前の傍には居ないさ。ほら、行くぞ」
遥の手を握ると落ち込んでいた顔が明るくなる。ほら、何一つ問題ない。俺達の普段の距離は普段からこんなに近い。一m? 遠い位だ。
「……やっぱり君の隣は落ち着くな」
遥は俺の腕に抱き着き頭をくっ付けて来る。ったく、この程度の事を気にするなら少しは自重してほしいんだが……無理か。此奴がそんな奴だって分かっていて俺はずっと傍に居るんだからな。
「……俺もだよ。お前の傍は落ち着く」
傍に居るのが当たり前だいないと落ち着かない等と普段から思っているが、結局の所、此奴の傍に居るのが好きなんだな、俺は。苦労を掛けられはするが、その苦労すらどこか楽しいと思っているんだ。
「じゃあ、一緒に寝るかい? あっ、この超絶美少女が背中を流してあげようじゃないか。感謝するんだぜ?」
「調子に乗るなっ!」
「あでっ!」
……うん。まあ、このやり取りも楽しいといえば楽しい……のか?
それから家に戻った俺達は並んで座ってテレビを見たり、宿題を終わらせたりして過ごしたが、今日も親が居ないので炊事をしなければならなかったが、これが大変だった。
「おい」
「ん。丁度良いよ」
小さい皿にカレーを注ぎ、ポテトサラダを作っている遥の口に運ぶ。あっ、隠し味を入れなくてはな。食器も出して……。
「少し不便だ」
「まあ、仕方ないさ」
一旦カレーの火を止め、冷蔵庫と食器棚から目的の物を取り出す。腕輪の力がなかったら作業を分担数するんだが、こうして肩を並べて料理をしなくちゃ駄目なのは少し困ったな。
「しかしアレだね。こうして二人で料理をしているとまるで新婚夫婦みたいだと思わないかい?」
皿に盛りつけながら遥が言ってくるが妙な事を言うものだと思う。
「思わないな」
「ちぇ。此処で、なら今から新婚初夜じゃー! って来るかと思ったのにさ」
この馬鹿は俺を何だと思っているのか。いや、冗談で言っているとは分かっているんだが。だいたい、二人で料理をするのは昔からだし、新婚は要らないだろう。夫婦のようだ、と言われたら否定は出来んな。
「お前はそういう事ばかり言って、俺がもし本当にして来たらどうする気なんだ? いや、お前の方が強いから抵抗は容易いんだろうが……」
俺も此奴相手に理性が崩壊するとか考えられないし、何時もの冗談のように襲うような事はないがあまりに考えなし過ぎるとも思う。信用されるのは嬉しいが、それが過剰なスキンシップに繋がっているんだろうしな。
俺の問いに対し、遥は笑いながら迷いなく答えた。
「同じ様なやり取りを前にもしただろう? 私は君になら何をされても良い。いや、何でもしてあげたいんだ」
「……そうか」
流石に今のは少し照れる。相手は遥なのにな……。
「……今のは少し効果あったかな? ふふふ、遥ちゃんの大勝利だね。じゃあ、ご飯を食べよう。可愛い私の愛妻料理だよ」
「愛妻ではないな、愛妻では。第一、二人で作っただろうに」
「じゃあ夫婦の共同作業の結晶だね」
「……もうそれで良い」
遥が調子に乗った際にツッコミを入れても止まらない場合、流す方が心理的に楽だ。長い付き合いで理解している俺はツッコミを放棄した。
「あっ、よく見たら腕輪にメモリみたいな物がついてある」
「おい、馬鹿、止めろ」
だが、それで止まるはずないのが馬鹿だ。遥の指先は腕輪に隠されていたスイッチに触れ……。
「……その結果がこの有様ですか」
「何時もと変わらないんじゃないか?」
食後、急に入った任務の集合場所に俺と遥はやって来た。俺の背中に遥が乗るといった格好でだ。腕輪を弄った結果、俺達の距離は極度に近付いて数㎝にまでなる始末。なら体がぶつかって歩きにくくならないようにと今の格好に至ると、そういう訳だ。
説明を受けた轟は呆れ眼だし、焔も苦笑しているがな。
「じゃあ早く戦って終わらせようか。見たい番組を録画していないんだ」
「おい、無性に背中から壁に激突したくなったんだが覚悟は良いか?」
背中で何やらギャーギャー騒ぐ声が聞こえて来るが知ったことではない。よし! 『脚力強化』『速度上昇』『疾風迅雷』……重ね掛けだっ!!
「んなー!」
「おー、よしよし。お前だけが俺の癒しだよ。うちの子になるか?」
「なー?」
「え? もう俺と後ろの馬鹿は番だから俺の家の子だろうって? 違う違う」
仕事後、拗ねながら俺の背中にくっついている遥を無視し、遥の飼い猫の猫座衛門を撫でまわす。『意思疎通』によってどの辺を撫でて欲しいかを理解している俺の腕の中で気持ち良さそうにしている猫座衛門を撫でていたが、どうも蚤が居るようだな。今日の朝に降った雨でできた泥濘で体が汚れているし洗ってやるか。
……あっ、風呂どうすれば。エリアーデに連絡しても距離を戻せないと言われたし。
「……あー、お風呂入りたいなぁ。誰かさんが汚れた上に雨漏りで湿った壁にぶつけたから服が汚いし少し染みてきた気がするよ」
「しかしだな……」
「昔は二人で入ったし、この前だって入っただろ? 一度も二度も同じさ。……目隠しして入れば良いだろ? ねぇ、汗もかいたしさ……」
耳元で甘えるような声を出しながら息を吹きかけられると背中がゾクリとする。
「お風呂が駄目って言うなら此処で脱ぐよ? 今日は私だけだし外にも出ないからね」
「仕方ないか。……変な事するなよ?」
「私はしないさ。……君はしても良いんだぜ?」
此奴に手を出したら負けな気がするから絶対に出さない。此奴などに出してたまるか。絶対に耐えてやると心に誓った俺は遥と共に風呂場に向かった。
「背中流してあげようか?」
「流さなくて良い」
すぐ後ろで服を脱ぐ衣擦れの音や先日のように湯舟の中で感じる背中合わせの感触を気にしつつも俺は早めの入浴を終える。遥はまだ入っていたいと言っていたが、こんな状態で入っていられるか。
流石に背中を洗うと言ったのに抵抗した際に胸を触ってしまったり、滑って転んだら腹の上に座られた時は心臓が跳ねたが……。
「もっと入っていたかったなあ。私、お風呂大好きだしさ」
……腕輪を嵌めたのは遥だが、俺の我儘もあるから埋め合わせに何かすると言っておいた。まあ、大した要求はされないだろう。
さて、今晩は早く寝てしまおう。意識した方が気まずいからな……。
「こうやって一緒の寝床に入るのは何年ぶりだい?」
「いや、下着姿で俺のベッドに侵入していただろう」
「最初からって意味だよ。頭悪いなあ」
この時、俺は本日最大のショックを受ける。遥如きに馬鹿だと言われたからだ。俺は背中を向けているが、長年の付き合いは僅かな態度でそれを知らせたのだろう。拗ねたような声と共に首に手が回され、より強く密着される。
「君、絶対に失礼なことを考えただろ! 私には分るんだぜ」
「失礼も何も、普段から無礼なお前が文句を言うな」
「あーはいはい。私は無礼ですよーだ。だから失礼な事をしても良いって?」
「悪かった悪かった。……どうしたら許す?」
遥が拗ねたら厄介だ。自分の言動など無視して粘着質に言って来るからな。理不尽に思えてもこうして何か要求を呑んだ方が後々楽な場合があるんだ。
「じゃあ、腕枕。一度体験してみたい。どんな寝心地なのかをね。あと、プールに行こう、プール! 一人だったり女の子と一緒だとモブがナンパして来るんだ。ほら、私ってスタイル抜群の美少女だからさ」
「自分で言うな、自分で。それに寝心地抜群の高級低反発枕を使っているだろうに……」
呆れながらも俺は仰向けになり、遥は俺の腕を枕にする。すぐさま寝息が聞こえ、横目で見れば安らかな寝顔が目に入る。……こうして本性が出ていなければ見た目は好みなんだがな。
別に今の性格も嫌いではないが、多分此奴を女として意識するには余ほどの事がなければ無理だな。結婚する可能性も恐らく確率は低いな。アレはあくまで確率が上位な物の中からランダムで見せるというだけだから……。
風邪を引かないようにと遥に布団を掛け直し、俺もそっと目を閉じる。今日は普段よりリラックスして眠る事が出来た……。
「……おい」
「テヘペロ!」
翌朝、俺の上で寝ていた馬鹿の脳天に辞書が落とされた。
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