俺の幼馴染が踏台転生者で辛いのだがどうすべきだろうか? 完 作:ケツアゴ
「またか……」
朝起きれば同じベッドの中で遥がスヤスヤと寝息を立てて気持ち良さそうに眠っている。昨日小さくなって世話をして貰ったばかりだから気が咎めるが……。
「おい、起きろ」
だから今日だけは猶予を与える。何度か声を掛けてベッドから出ていかなければ辞書を頭に叩き付ける。体を揺すってもムニャムニャと言うだけで起きる様子は無かった。よし、罰の時間だ。
前回は用意してあったのを遠くに移されたので、今回は枕元に隠してあった辞書を手に取り遥の頭に叩き付ける。
「みぎゃっ!?」
相変わらず美少女台無しな悲鳴と共に起き上がった遥だが、どうも様子がおかしい。涙目で頭を押さえて体を震わしていた。まるで泣き虫だった頃の此奴が泣き出す時のように。……いや、まさか。
「……ふぇ」
間違いないっ! 慌てて泣き止ませようとするが間に合わない。何時もの飄々とした態度が消え去り、幼子のように遥は泣き出した。
「ふぇえええええええええんっ!! いたいぃぃぃぃぃぃっ!! ぶったぁあああああああああああああっ!!」
「お、落ち着け。悪かった、謝るからっ! ほら、よーしよーし!」
両手を目に当て泣き続ける遥を抱き寄せて頭を優しく撫でる。徐々に泣き声は小さくなり、グスグスと泣き続けているが少しは落ち着いたようだ。相変わらず世話が焼ける奴だな。
「大丈夫か?」
「……ぶたない?」
「ああ、俺はお前をぶたないよ。遥は良い子だからな。そうだ、朝ご飯にしよう。卵焼きを作ってやる」
「うん! はるか、あまいのがいい!」
幼さを感じるが満面の笑みの遥を見ると此奴が美少女だったと嫌でも思い出させられる。そのままキッチンに向かおうとしたが袖を掴まれて振り向けば此方の様子を窺うように手をそっと差し出された。不安そうな顔だったが、何も言わずに手を取ると一転してパァッと明るい表情だ。
「遥。俺の手を握るのはそんなに好きか?」
「うん! だから、はるか、ぜったいにおよめさんになってあげるね!」
……流石にこの見た目で言われると恥ずかしいな。しかし、今日は土曜で良かった。あっ、午前中にミーティングで皆が集まるんだった……どうすべきだろうか。
「‥‥うぅ」
「ウィンナーを食べたんだからピーマンも食べろ。よし、いい子だ」
「うん!」
叱れば落ち込み、褒めればすぐに明るくなる。幼さを取り戻した遥の扱いは昔の通りで助かったと思いつつ口元を拭ってやる。
「いやー。手慣れてるんだね」
「まあ、物心つく前からの付き合いだからな」
「……ところでそろそろ頭に血が集まり過ぎて拙いから降ろして欲しいんだよ」
「皆が来たらな。遥、見たら馬鹿が移るぞ」
電話で呼び出し逆さ吊りにして天井からぶら下げたエリアーデを放置し、遥の世話を続ける。昔と違ってこう言った世話は焼かなくてよくなったのだがな。いや、精神的な疲労よりはマシか……。
「それにしても二人は本当に仲良しね。うちの子の事、本当によろしく頼むわ」
「出来れば結婚はご勘弁お願いした……冗談だ、泣くな遥」
「……ほんとう? およめさんにしてくれる?」
「ああ、絶対にしてやるから泣くな」
流石に着替えの世話まで焼くのは抵抗がある(食事は俺と一緒がいいと言って聞かなかった)のでオバさんに来て貰ったが、明らかに娘を俺に押し付けようとしている。いや、そもそもウチの両親も遥の両親も俺達がそういう関係だという認識だったな。
冗談交じりに断ろうとするが、またしても遥が泣き出しそうなので慌てて否定するが、確実に外堀を埋められて行っているな、俺。ガクリと肩を落とす俺を見て不思議そうに首を傾げる遥。
この頃の此奴は素直で気弱で甘ったれで俺の背に隠れながら何処にでも付いて来た。今は飄々とした態度で色仕掛けを交えて俺を揶揄い、身内を除く男を毛嫌いして見た目のいい女子を口説き、俺の隣でヘラヘラ笑っている。
さて、何かどうしてこうなった?
「どうも此奴も俺が飲まされた薬を飲んだらしいのだが、俺に合わせて調合したから、一日遅れで精神だけ幼くなったらしい」
「……委員長、一つ聞かせてください」
エリアーデから遥について聞きだした内容をミーティングで集まった皆に説明した時、轟が真剣そうな顔で訊ねてくる。その視線は俺に背中に隠れてビクビクと皆の様子を窺う遥に注がれていた。他の皆も奇異なものを見るような視線を注ぎ、注目されることによって遥は怯えていた。
「いや、俺もどうしてコレがアレになったかサッパリ分からない。突然変異だと思ってくれ」
「……成程」
質問されなくても流石に何を聞かれるか分かったが、正解だったようだ。しかし馬鹿で傍若無人とはいえ遥はそれなりに頭も良いからミーティングに不可欠なんだが今の此奴では役に立たないな。
「おい、エリアーデ。時間経過以外に戻す方法は有るか?」
「ちゃんと解除薬を作っているんだね。でも、ちょっと問題があって……」
差し出された七色に輝く液体が入った瓶を見た遥は、俺の背中に隠れると服を強く掴んで涙を目に溜めてフルフルと顔を横に振っている。これではとても飲ませることは出来ないな。仕方ないからミーティングを始めるか。
「遥、居るだけで良い。だから俺の後ろから出てこい。流石に気になる」
「……出てこなきゃしかる?」
「叱らないさ。俺がついているから安心して座れ」
「……うん」
そっと手を伸ばすと怯えながらも遥は俺の後ろから出てきて……俺の膝の上に座り込んだ。と、轟の目が怖い。それに治癒崎の笑顔も何時もと何かが違う気がするんだが。やはり不真面目に見えるか……。
「遥、退いてくれ」
「やっ!」
……あっ、厄介なパターンだ。こうなった遥は頑として言うことを聞かない。俺にもたれ掛かりご満悦な様子に二人の機嫌が悪くなって行くし、焔は居心地が悪そうだし。
「……退かないなら嫌いになるぞ?」
仕方がないので奥の手を使う。たちまちプルプルと震えだした遥の目尻に涙が溜まり、俺は素早く耳を閉じる。次の瞬間、遥が大声で泣き出した。
「ごめんなさぃいいいいいいいいっ!! きらわないでぇええええええええええええっ!」
割れるような大声でワンワン泣き出す姿に三人は面食らっているが、これが幼いときに俺を怒らせた後に何度も見せた姿だ。結局、この後で俺が折れて慰めてきたのだがな。
「あーもー、嫌わない嫌わない。大好きな遥ちゃんを嫌いになったりするものか」
「……ほんとうに?」
「本当本当」
「じゃあ、けっこんしてくれる?」
「ああ、結婚しよう」
漸く泣きやんだ遥は俺の隣に移動し、嬉しそうに手を握って来る。このままでも良いと思ってしまうが、やはりどんな結果であれ遥が歩んできた人生を否定したくないので元の遥に戻って欲しい。エリアーデから瓶を受け取ると蓋を開ける。ハッカの飴のような匂いがした。
「これを飲ませれば良いのか?」
「あっ、うん。でも、君の口移し限定なんだよ。元々君用に作った薬だし、それ以外は効果ゼロなんだねっ! げふぅっ!!」
反省の色のないエリアーデの後頭部に鋭い蹴りが叩き込まれる。エリアーデの背後で轟は何時もに増して感情が読みとれなくなっていた。
「……時間経過を待ちましょう」
「さんせー」
「うん、それが良いと俺も思うよ……?」
無表情の轟に何時も以上に笑顔が明るい治癒崎、そして怯えた様子の焔。三人の意見も一致したし俺も口移しは抵抗有るので待とうと思ったが横から瓶を奪われ中身を口に突っ込まれる。煮詰まった照り焼きソースみたいな味に思わず顔を背けた時、目の前には目を瞑ってキスを待つように唇を突き出す遥の顔があった。
これは口移しをしろという事らしいが……。
「……むぅ」
躊躇したのが気に食わなかったのか不満そうな声と共に頬を膨らませた遥が俺に抱きついて無理やりキスをする。少し口の隙間から漏れたが問題無く遥は薬を飲んだ。
「……ところでエリアーデさん。口移しに理由は有りますか? 流石に唾液が必要と言うのなら入れれば解決ですし」
「それは盲点だった……がふっ!?」
左右の脇腹に治癒崎の拳が叩き込まれる。挟み込むように撃ち込まれた拳が効いたのかエリアーデは悶絶し、遥も薬が効いたのか普段の飄々とした表情に戻っていた。
「世話になったね。何かお礼をしようかな?」
「いや、構わない。昨日俺も世話になったし……なんだかんだ言って今のお前が好きだからな」
素直な感想に遥は一瞬面食らい、続いて俺の首に手を回すと体を近付け、俺の頬に唇を当てた。
「私の気持ちさ。受け取っておいてくれ、未来の旦那様……なーんてね」
「……」
何時もなら寒気がするなど文句を言うところなのだが、今日は言わないでおこう。何故か言う気が起きなかったからな。さて、ミーティングを……ひぃ!?
顔を向けるとそこには修羅が居た……放置は拙かったか。
それから数日後のこと、俺は勉強を見て欲しいと頼まれて治癒崎の家まで向かっていた。
「いいんちょー、今日は宜しくねー。……色々と」
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