「東京か・・・久しぶりだな。」
大きなキャリーケースを引いて、一人の少年が壇上に現れた。キャリーケースには彼の名札・・・生年月日、血液型、連絡先までもが事細かに書かれている。個人情報ダダ漏れである。
『濱堀シンジ』、それが彼の名前だった。その年頃の男子には少し小柄ではあるが、ごくごく普通の純朴そうな、お上りさんの少年だ。
「よっし、まずは東京タワーを目指そうか。」
シンジの今回の目的は『観光』ではない。けれど、少しだけ見物してから目的地に向かうのもいいだろう、とシンジは楽観視していた。これからの不安を考えれば、少しでも楽観的にならなければやってられないというのが理由だが。
そういえば東京タワーの脚のアーチ部分の高さは40mらしい。
ともあれ、まずは行動を開始したシンジ。東京タワーほど目立つ建造物であれば迷うことなく辿り着いた。展望台からの見晴らしはすごいものだった。晴天ならば富士山や房総半島まで見渡せるそうだ。晴れていればの話。詩的に言うと空が泣いている。英語ではIt`s rainy.
シンジは生まれついての雨男であった。運動会、遠足、文化祭、入学式や卒業式の学校行事に始まり、家族旅行やちょっとした外食、深夜コンビニに出かけようとした矢先に降り出したことすらあった。大抵大きな出来事の前には雨が降っていたと記憶している。
展望台のガラスに雨粒がつく。小さな粒は集まって大きな雫になり、大地に向かって垂れていく。それにつられるようにシンジの視線も下がっていく。気晴らしのはずが、気分が重くなってきていた。
「げー!見えないじゃーん!富士山ー!」
「さっきまでは晴れてたんですけどねぇ・・・。」
「エレベーターに乗ってる間に曇るなんて・・・。」
なにやら女子高生たちが騒いでいる。こんな雨男がいるせいで、せっかくの景観を台無しにしてしまって本当に申し訳ない。遠くまでは見えないが、都内であればいろいろなものが見える。新宿、霞が関、緑地公園。もしも自由に空を飛べて、あのあたりを舞うことが出来ればさぞ気持ちが良いだろう。
と、遠い世界に思いをはせても自らの心の問題は晴れない。そっと、懐に手を伸ばして一通の手紙を取り出す。あて名には『濱堀シンジ様へ』、自分の名前。差出人は『濱堀ソウジ』、父の名だった。受け取ってから何度も読み直し、その度に気分を落ち込ませてきた、忌まわしき文書であった。
「こんな招待文で、人がやって来ると思ってるのかな?」
手紙を懐へと仕舞い、ふと眼下に広がるビル群に目をやった。昼間だというのに夕闇のような薄暗さの道を、傘差す人が歩いているのが見える。まるでアリのような小ささだ。空を飛んで見下ろした世界と言うのは、ちょうどこんな感じなのだろうかと、再びシンジが夢想を広げていたところ、ビルの屋上に何かが見えた。
(あれは・・・影?)
人影・・・とも違う、不定形でうねうねとしてはっきりとしない、不気味な存在が、そこにあった。あれも東京名物かな?不思議だなぁ・・・とのん気にしばらく見続けていると、さらなる異変を目の当りにした。
「うわぁっ!なんか揺れてない?!」
「地震?!」
グラグラと振動を感じた。それは気のせいではなく、周囲にいた人々が皆同じような反応を示していた。全員が白昼夢を見ていたわけでないとすれば、明らかに地震だった。
「皆さーん!落ち着いてくださーい!」
「落ち着いて係員の指示に従ってください!」
にわかに騒がしくなった観光客であったが、そんな中で先ほどの女子高生たちが声をあげている。自分と同じ位の年頃の少女たちのその落ち着きように、シンジは正直地震より驚いていた。しっかりした子がいるもんだな、と。
そしてさらにそれを上回る衝撃と、さらにさらに上回る体験に出会うと、誰が予想できただろうか。
とりあえず窓際は危ないと、シンジを含めた人々がエレベーターの方へと向かいはじめた時、その背後から異様な気配を感じた。
「なん・・・だと・・・!?」
いつの間にか、窓には黒い影がびっしりと張り付いていた。それは先ほどビルの屋上にいたやつだったと、シンジにはわかった。
「うわぁあああああああ!!!」
「シャドウ・・・!」
「こんなところにまで出てくるなんて!」
一瞬にして展望台は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。人々は完全にパニックとなり、エレベーターへと殺到した。泣き叫ぶもの、絶望するもの、狂乱するもの、そして覚悟を決めるもの。
「ねぇ、なんかここ傾いてない?!」
「まさか、ここを崩落させるつもりなんじゃ!?」
「そんなこと!させません!」
「うん!」
さらに事態は刻一刻と悪化していた。影が一方行に積み重なり、展望台が重さで傾いているのであった。人々は必死にしがみついて耐えている。そんな中、3人の少女たちは立ち上がる。それと同時、とうとう影が窓を割ってなだれ込んできた。あわや万事休す!だが、希望の光は輝いた!
「「「ソウルライド!」」」
「アギラ!」 「ミクラス!」 「ウインダム!」
光の中で、少女たちは自身のもう一つの名を叫び、『変身』を遂げた。
「あれが噂の・・・『怪獣娘』・・・。」
シンジもまた、その光景に見とれている内の一人だった。先ほどまでの絶望から一転して、人々の間には正気が戻ってきていた。
「今の内に、早く避難を!」
怪獣娘さんの一人、メガネの子が指示を出し、係員は落ち着いて非常階段への誘導を始めた。しかし、その行く手にも影が襲い掛かってきた。
「させるかぁ!」
今度は元気っ子が、ドロップキックで迫りくる影を弾き、腕力でもって薙ぎ払った。さらにその先では、我先にと駆け込む人々が、階段の前で団子になっていた。
「落ち着いて、2列で歩いてください!」
最後に眠そうな目の子が誘導を行っていた。不安をかき消すように、寝ぼけ眼の子は励ましてくれた。本当に不思議だ、あの子の笑顔には、そんな不思議な力があるようだった。
ここからおよそ600段降りれば大展望台から地上へ降りられる。その間にも、影は迫ってきていたが、怪獣娘さんたちの活躍で人々は無事だった。安心するには少し早いが、シンジも胸をなでおろした。
『マユー!?マユちゃんどこ行ったのー?!』
少し後ろで、女性の悲鳴が聞こえた。考えなくてもわかる、子供がいなくなったのだろう。この人混みの中、散り散りになってしまっては探しようがない。もしも探しに行ってしまえなおのこと危険だ。別々に無事に降りられたことを祈るしかない・・・。と、普段冷静なシンジは考えていただろう。
しかし哀しいかな、それともこの場合は運が良かったのか、シンジはこの時冷静ではなかった。気が付けば人混みから抜けて辺りを見回していた。
「どこにいる・・・どこに行った・・・?」
五感を研ぎ澄ませ、手に汗を握り、シンジは最悪の事態を想定していた。人間は結果を想像すると、大体最悪か最高の状態を想定するらしい。そしてその予想は現実となった。
「いたぁ!」
たしかに子供はいた。影が侵入してきて、今なお傾き続けている窓のすぐ傍、そこに座り込んで泣いていた。
「ちょっと・・・!ミクちゃん、ウィンちゃん!あれ!」
気づいた時には既に息する事すら忘れて走っていた。もうすぐ息が止まることになったとしても、足を止めるわけにはいかなかった。傾きによって機材が滑ってきているのが見えていた。あのままでは当たる、その前に。
「うおぁああああああ!!!」
間一髪、子供を抱えて機材を避けることには成功した。だが坂道を駆け下りたことにより、ブレーキが利かない。寸でのところで割れたガラスに右手を引っかける。
「ぐぅうう・・・!」
雨で濡れて滑る、それ以前に手が裂ける。必死の形相を浮かべてシンジは耐える。今自分が抱えているのが、自分1人の命だけだったならもう落ちていたろう。抱えているのが2人分だったから落ちずにすんでいた。
「わぁああああああ!!」
さっきの寝ぼけ眼の子が駆け寄ってきていた。あと少し、あと少し耐えれば!ほのかな希望が湧いた。
「あっ・・・。」
それに一歩遅れて絶望が口を開いた。
====☆====☆====☆====☆====☆====☆====
意識を失う前、シンジが見たのはあの子の顔だった。表情に哀しみは浮かんでいなかった。もっと強い、決意を秘めた顔をしていた。それよりもシンジが思ったのは、この子供への罪悪感だった。もう少し自分が早く気づいていたなら、もう少し根性があったなら、少なくともこの子だけは助けられただろうか。
すると不思議なことに、自分自身が抱きしめられているような感触があった。温かい、陽だまりのような優しい力に。
「んっ・・・あれ?僕・・・。」
冷たいアスファルトの感触で目が覚めた。雨水と砂にまみれて気持ち悪い。
「気が付いた?よかった・・・!」
次に見えたさっきの女の子の顔。こちらをのぞきこんでいた。表情は先ほどとは違い、柔らかい笑顔だった。正直ちょっと惚れた。
「・・・生きてる?」
「はい、生きてます。ボクも、その子も。」
左腕の中にいる子供も無事だった。気を失ってはいるが傷一つ無い。
「ここにいると危ないかもしれないから、少し移動しましょう。歩けますか?」
「うん・・・大丈夫、です。」
子供を彼女に預け、自分の足で立ち上が、生きていることを確認する。うん、確かに自分は今生きている。それは理解できるが、なぜ生きているのかは納得できていない。たしかに、地上150mの大展望台から転落したはずだった。
と、先ほどまで自分がいた場所を不思議そうに見上げると、事態は収束を迎えているようだった。影を撃滅し、安全を確保するもの。人々を誘導し、無事を確認するもの。空を飛びながら、崩落寸前だった建物を支えるもの。それぞれが自分にできることを、可能な限りやっている。
(これがプロの仕事か・・・。)
「おーい!アギちゃーん!」
何度も首を上下させて、まだ少しぼんやりとした頭を廻しつつ足を動かしていると、遠くの方から声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だったので、先ほどまで大展望台にいた内の一人だとすぐにわかった。
「んもー!いきなり飛び出すからびっくりしたよー!」
「ごめんミクちゃん、そっちは大丈夫だった?」
「ええ、あの後すぐにレッドキングさんやキングジョーさんが来てくれましたから。大きな怪我をした人もいませんでした。」
声のした方向から、すぐにその姿が見えた。あの二人もここにいるということは、もう終わったんだろう。本当に、生死を賭けた緊迫の瞬間だった。何はともあれ命を拾って今ここにいることを実感し、安堵した。
「痛っ。」
「あら?アギさん、そちらの人は?」
「そうだ、この人怪我してる。それに、こっちの子のお母さんが探してると思う。」
「わかった!すぐ医療班のとこに連れてくよ!」
「ふぇっ?」
「ちょっと、ミクさん?!」
元気っ子がそう言い終わるや否や、有無を言わさず担ぎ上げられて特急便を味わった。ショックで血圧が下がっていたのもあるが、まさか地上でブラックアウトを味わうとも思わなかった。
数分後、救護所には白目を剥いたシンジの姿があった。
====☆====☆====☆====☆====☆====☆====
「どうも、ありがとうございました。」
手に包帯を巻いたシンジが救護所を後にした。もう少し休んでいけばいいとも言われたが、それ以上に先ほどの親子が気になっていた。無事に再会できただろうか、どうしても確かめたかったのだ。
(いた。)
ほどなくして、目的の人物は見つかった。抱き合って無事を喜んでいた。それが見れただけでシンジは満足だった。せっかく喜んでいるのだ、水を差しては忍びない。
(よかった、よかった・・・。)
さて。どうしよう。遠くではまだ怪獣娘さんと思わしき人が駆けている。さっきの三人娘にお礼を言いたいところだが、今は忙しいだろうし、どこに行ったかもわからない。会いに行っても邪魔になるだろう。
さっきまで多くの人に囲まれて、同じように恐怖や奇跡を体験してある種の一体感を味わっていたけれど、終わってみれば途端に疎外感を味わう。あるあるだと思う。
「あ、いましたよ!」
「おーい!さっきの人―!」
あっちの方が僕を見つけてくれた。
「もー、探したじゃーん!あそこにいてくれればよかったのに!」
「ミクちゃん、その言い方はどうかと思うよ。」
「どうも。」
この三人は、三人で一組なんだな。すごく仲がいい。仕事仲間とか、チームとかそういうのを越えた友情があるんだろう。
「先ほどはありがとうございました、怪獣娘さん。」
「いーっていーって!仕事だからね!」
「あの、本当に大丈夫なんですか?」
「はい、おかげさまで。五体満足で生還できました。」
「本当に?」
「本当です。」
両手両足をヒラヒラさせてアピールする。3人とも・・・いやメガネっ子と元気っ子だけが驚いているようだった。寝ぼけ眼はそんなに驚いていない。
「あの、すごいんですね。あんな高さから落ちたのに・・・。」
「ザンドリアスみたいに空飛べるんだ!」
「飛べませんよ?」
僕は怪獣娘じゃないんだから、空飛べるわけないんだ。
「それはそうと、あの子無事に届けてくれてありがとうございます。」
「そうそう、お礼言われたよ!」
「だから、あなたにも伝えたくって。」
「僕は・・・大したこと出来なかったですし。」
「そんなことないですよ!」
「君が気づいてなかったら、どうなってたかわかんなかったし!いやーホントよかったよ!」
いざ褒められると照れる。そもそも女子高生3人に囲まれるなんて状況自体がものすごく照れる。
「じゃ、じゃあ僕、行くところがあるのでそろそろこの辺で・・・。」
「あ、はい。呼び止めてしまってごめんなさい。」
もう少しこの状況を楽しみたいのは山々だが、恥ずかしさの方が勝ってしまった。後ろ髪を引かれるようだが、手紙に記された場所へ向かいたい。
「あれ、無い?」
「どうしたの?」
「ポケットに入れてた手紙が・・・ない。」
落ちてる最中に落としてしまったらしい?可能性は低いけれどそれしか考えられなかった。
「一緒に探しましょうか?」
「でも、見つかるかどうかわからないですし。」
「ジーっとしててもドーにもならないって!」
答えを聞かずに元気っ子は走っていった。猪突猛進とはこのことか。
「行っちゃった・・・。」
「行っちゃいましたね。」
「白い封筒で、裏に僕の名前が書いてあります。」
「そういえば、名前。私は『アギラ』。」
「『ウインダム』です。走っていったのは『ミクラス』です。」
「僕は『濱堀シンジ』、よろしく。」
なんやかんやで手分けして探すことに。雨で濡れているから封筒もグシャグシャになってるだろうし、最悪車に轢かれてズタボロかもしれない。
それはそれでいい気もするが。消極的な方法とはいえ、ブラックアウト以上に頭に抱えていた悩みから解放されるのだから。
それで逃げられれば苦労しないんだけど。
「あれは・・・?スク水?」
それらしいブツを持った人がいた。まず目を引いたのはその恰好。スク水だ、どう見てもスク水だ。そして太い尻尾と三日月のようなツノ。あれも怪獣娘さんだ。
「あの・・・その手紙って。」
「ん?これ・・・キミの?」
間違いない、濡れて字が滲んでいるがさっきまで僕が持っていたものだ。
「見つかった・・・。」
「そっかそっか、キミが・・・。」
正面からその人の顔を見据える。うんうんと頷いて、納得したようにして、こちらの顔を覗き返してきた。
「じゃあこれ、シンちゃんの。」
「ありが・・・シンちゃん?」
そんな呼び方されるのは、過去一度だけだった。
「シンちゃん!シンちゃんだ!!懐かしいなぁ~!」
「うおっと!」
突然、その子はボディプレスをかましてきた。否、抱き着いてきた。
「・・・え?誰?」
「ゴモたんだよー!」
「知らないよ!」
「おぼえてないかな?昔近所に住んでた『黒田ミカヅキ』だよ!」
黒田?ミカヅキ?記憶にある人物を片っ端から当てはめていく。えーっとえーっとと唸りながら顔をしかめていると、目の前の幼馴染(らしき人)もだんだん膨れっ面になってきていた。
「んもー!」
「ぬわー!」
シンジは生命の危機を感じ取った。それがシンジの脳を覚醒させたのか、はたまた死に瀕したことで走馬灯を覗いたのか。
「ミカヅキ?ミカ?ミカちゃん?」
「そう!ミカちゃんだよー!」
「ぐえー!」
思い出せたところで結局絞められた。辛うじて意識を飛ばさずに済んだが、でもそれ以上に嬉しかった。
「ミカ、怪獣娘になったのか。」
「そうなんだよー!今はゴモたんで通ってるけど。」
「大怪獣ファイトちょっと見てたけど、まさか知り合いが出てたなんて思わなかった・・・。」
「見てくれてるの?!うれしーなー!」
「なんというか・・・変わったな、ミカ。」
「ふっふーん、今の私は元気なゴモたんなのだよー!」
「あばばばば」
今度は振られ揺さぶられ目を廻すことに。
これが彼女たちとの出会い、そして再会だった。ここから、濱堀シンジの運命は動き出す。。
そもそも雨降ってたら展望台から外見えないんじゃないのかとか言わないで。どんな構造してんだとか言わないで。ちなみに大展望台のある150mの地点から落ちると、大体6秒ぐらいで地面に激突する。のんびり走馬灯流してる余裕すらない。
執筆中に2期決定されてビックリしたね。キングジョーさんも出てくるしこれは見逃せない!でもそれと同じくらい『ここではこうう書いてるけど、後から発表された設定と齟齬が発生するぞぐぬぬ』ってなってしまう。まあ気楽にいこうか、所詮二次創作だ。