怪獣娘~ウルトラ怪獣ハーレム計画~   作:バガン

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 時が未来に進むとだれが決めたんだ。突然だが『怪獣娘~ウルトラ怪獣ハーレム計画~』は続けることができなくなってしまった。次回がいつになるか私にもわからない。今回は、本来やる予定だったエピソードをダイジェストでお送りしたい。


喪失 ―フォビドゥンー

 朝焼けの光の中に、椅子に腰かけた彼が佇む。膝の上には一冊の手帳が乗せられているが、持ち主の視線はそこへは寄せられず、どこか遠くへ向いている。

 

 その手帳には、彼の今までの記憶が記されていた。その時に感じたもの、思ったことをメモ書きにするよう、師から渡されたものだった。それが唯一自分を自分足らしめる証拠である。

 

 一ページめくるごとに、その当時の記憶が廻る。海外への留学で訪れた一時の別れ、海の向こうで学んだこと、出会った人のこと。そうして戻ってきてからのこと、ここまでの記憶はたしかにあった。

 

 その先、彼、シンジにはその先が読めなかった。霧がかかったかのようにページはモヤに塗りつぶされ、脳が文字を判別することを拒んでいる。まるで夢の中で書物を読んでいる時のような違和感がそこに聳え立っている。ツンと鼻を突くような潮の香りと、優しいくらいに頬を撫でる風が、今目覚めて現実にいるということを嫌でも誇示してくるが。

 

 彼は虚ろな表情で何も言わず、手帳のページをめくった。その行為は幾度目かになるが、その度に途中で意識を失うように読むのを辞めていた。その先の『真実』を知ることを躊躇うように。

 

 そしてまた、記憶巡りの旅が始まる・・・。

 

====☆====☆====☆====☆====☆====☆====

 

 「出目は・・・3.3.4!『4』ですね。シンジ君の手番です。」

 「では濱堀選手の第一投。チン、チロ、リン。」

 

 GIRLS本部の一室。そこで卓を囲って二人の男性が向き合っている。その間には、3つのサイコロと、丼の代わりの灰皿が置かれている。灰皿は使われなくなって久しく、軽く埃が被っていた。

 

 「『2』か・・・。」

 「よっしよっし、やっと調子づいてきましたよ?」

 「どうだか。博士は2枚賭けだから、取り分も少ないですよ?」

 「ボクは堅実に勝負するタイプなんです!」

 「若いころはブイブイ言わせてたって言うじゃないですか?多岐沢博士?」

 

 多岐沢博士、本名多岐沢マコト。GIRLS発足において多大な貢献をしたエラい人。シンジにとっても上司にあたり、尊敬する英雄的人物であった。そんな人と今は博打をぶっている。

 

 「ぐっ、まさかの役なしとは・・・。」

 「来た来た!流れがキタ!」

 「ぐぬぬ・・・ところで、今日僕はなんで呼ばれたんでしたっけ?」

 「ん?そうだったね。」

 

 別段チンチロリンするために来たわけではなかったと思い当たり、話を戻す。そもそもなんでチンチロリンなんか始めたのか。

 

 「実は、キミに仕事を頼みたいんだ。外での仕事になるし、ボーナスも出そう。」

 「おお、やりますよ。」

 「内容も聞かずに快諾してくれたね・・・まあ聞いてくれ。今回はGIRLS調査部の仕事ではないんだ。ボク個人からの依頼ということになる。」

 「個人的なお仕事ですか?まあ博士、昔ほど自由に動けるわけではないみたいですし。」

 「いや、そうじゃないんだ。半分はそうなんだけど・・・。」

 

 多岐沢は少し言葉を選んでいた。

 

 「実は、古い友人から手紙が来た。正確には、友人の名義でだが。」

 「友人?」

 「そいつ、いや彼は、大学時代のルームメイトだった。けれどGIRLS発足間もないころに再会したとき、GIRLSの実働部隊としてシャドウと戦っていた。まだシャドウの存在が明らかになる前のことだった。」

 「実働部隊?調査課とも違う?」

 「そう、ボクの知らない間、ボクの知らない部隊に、彼はいたんだ。彼とはそれ以来会っていなかった。」

 

 シンジはサイコロを手のひらに転がしながら聞いていた。自分の知らないところで、自分のかつての友が戦っていたという点には、すごく心当たりがあった。

 

 「そんな彼から手紙が来た。内容は簡潔に、人員が欲しいということだった。」 

 「影の実働部隊の人員?」

 「そしてキミのことを名指しで要求していた。」

 「僕を?」

 「それでようやくわかった。以前の大会に、実働部隊のメンバーだった怪獣娘たちが、『ジェーン・ドゥズ』として参加していた理由も。」

 「ジェーン・ドゥズ?あの2人が・・・。」

 

 大方、戦力となる人材を見定めていたのだろう。

 

 「あれ、でもじゃあそうなると、あの大会自体が・・・。」

 「そうだ、話はひょっとすると、ボクたちの予想を上回るほどに複雑で大きいかもしれない。」

 「にわかにきな臭くなってきましたね・・・。」

 

 舌打ちするように放ったサイコロが、すべて異なる数字を出したのでもう一回舌打ちした。

 

 「博士も知らない部隊に、そこからのスカウト。穏やかじゃないですね。」

 「すまない、本来ならこんな話即座に蹴るべきだったのに、どうしても破り捨てることができなかった・・・。」

 「秘密か・・・。」 

 「彼が今何をしているのか、それがどうしても知りたかった。」

 「いいですよ、この話受けます。」

 「シンジ君?!今の話を聞いても断らないというのかい?」

 「危険かもしれない、いや確実に危険だぞ?」

 「ならなおさら、僕が断ったところで、別の誰かに話が行くだけでしょうし。なら、僕がやってしまったほうがいい。そういうことです。」

 

 たとえば友達が、自分の知らないところで危険に巻き込まれでもしたら、自分で自分が許せなくなる。自分に非がなかったとしてもだ。

 

 「それに、危険手当降りるんでしょう?ちょっと今お金貯めてるんでそれが魅力的かな。」

 「何か買うのかい?」

 「お金貯まったら、ベムラーさんに僕専用のマシンを組んでくれるって約束したんです。それ以外にもベムラーさんにはいろいろお返ししたいと思ってたから、何かと必要になるかなって。」

 「ミオ君にか、彼女と仲良くしてくれて、ボクも嬉しいよ。なんだか、娘をとられそうになっている父親のような気分でもあるけど・・・。」

 「あはは、そういう博士こそ浮いた話とかないんですか?」

 「ない・・・と、思う。キミこそ大変だろう?」

 「いやぁ。それほどでも。」

 

 話題を変え、勇んで投げたサイコロはまたも役なし。3回まで振れることになっていたが、

 

 「あと一回だよ?」

 「もう一回あるんです。それじゃあ、さっそく用意してきますね。

 「うん、くれぐれも気を付けて。それと、もしも・・・。」

 「もしも会えたら、よろしく伝えておきますよ!」

 

 ニッと笑ってこの話を終える。

 

 「あっ!!」

 「・・・5倍付で、いただきます。」

 「くそう・・・せっかく爪に火をともして貯めていた貯金が・・・。」

 

 6・6・6、オーメン。獣の数字と呼ばれているのは。この後の不安を予測していたのだろうか定かではないが、ともかくシンジが帰りに新しい靴を買っていたのは確かな話だった。

 

====☆====☆====☆====☆====☆====☆====

 

 「そういえば、まだ履いてないんだった・・・。」

 

 玄関の隅に真新しい箱を一つ積んでいたことを思い出した。買ったばかりで箱を袋からも出していなかった気がする。その靴を履いてどこに行こうとしていたのかは覚えていない。

 

 では、履き古した靴でどこへ行ったのか、その次のページに書いてある。

 

 「シンジ・・・君・・・。ここだったか。」

 

 自分を呼ぶ声が聞こえてきたが、その方へ振り向く心の余裕はなかった。

 

====☆====☆====☆====☆====☆====☆====

 

 「噂にたがわぬスケベ。」

 「なっ、違いまーす!」

 

 目に入ったのはなんとも立派な・・・いや皆まで言うまい。都内のとあるビルの一室。指定された場所に向かったシンジが出会ったのは三人の怪獣娘たち。

 

 「で、あなたたちが仕掛け人?」

 

 

 「は、自分はコードネーム『サーベル暴君 マグマ星人』。こちらはメンバーの『円盤生物 ノーバ』と『炎魔戦士 キリエロイド』。」

 「よろしく濱堀シンジ。」

 「うん。」

 

 あとの二人のことは確かに知っている。常に変身したままでいるということは、それほどまでに警戒心が強いということだろう。

 

 「今回はよろしくお願いします。」

 「この度のご協力には感謝いたします。それではさっそく任務のブリーフィングを。」

 「あぁ・・・よろしくお願いします。」

 

 マグマ星人さんは礼儀正しい、というかかなり堅苦しい性格をしているらしい。見た目はこんなに柔らかそう・・・。

 

 (いやいやいや!失礼だから!初対面の人に!)

 「やはり、スケベ。」

 「心を読まないで!」

 

 言ってしまえばマグマ星人さんはエレキングさんに負けず劣らずのダイナマイトボディの持ち主だ。肌の露出度こそエレキングさんのそれよりは少ないが、ピッチリスーツによって露わになったその輪郭はもはや凶器の領域にある。

 

 (こんな人と四六時中一緒で正気を保てる自信がない。)

 

 それもこれも常に一緒にいる幼馴染がひんそーでちんちくりんなせいだ。

 

 「ひっくし!さてはシンちゃんめこんにゃろー・・・。」

 「奇遇ね、私も鞭で打ちたくなってきたわ。」

 「シンちゃんどこ行っちゃったんだろうねー?『なーに、クリスマスまでには帰ってくるさ』って言ってたけどさ。」

 「フラグね。」

 

 殺風景な部屋の中央に置かれた机に着き、『調査』の説明を受ける。

 

 「・・・場所の説明は以上。何か質問はありますか?」

 「・・・今時携帯が圏外になるような山奥の、人口100にも満たない集落なんて、まるでホラー映画の舞台のような寒村だな。」

 

 シンジが口にした情報が全てである。そこへの実地調査が今回のお仕事。一見すると、ただの山奥へのハイキングのようでもあるが。

 

 「実際山一つ向こうに行けば、都内へ水を供給するダムや、キャンプ地をはじめとしたレジャー施設はある。」

 「むしろそっちの調査を進めたほうがよくない?先日の大雨から音信不通なんて考えられないよ?」

 

 その大雨のニュースならばシンジも知っていたが、キャンプ場に来ていたレジャー客全員の行方が知れないというのは初耳だった。どこもニュースやネットにも載っていないのだ。

 

 「そこには情報差し止めがかかっていた。」

 「差し止め?誰が、何のために?」

 「『誰が何のために』かは重要ではない。この事件の裏には、何か得体のしれないものの存在し、それを我々で食い止めることこそが重要なのです。」

 

 情報の差し止め、すなわち緘口令を敷けるような大きな組織には心当たりがある。まあ、清廉潔白な組織などあるわけもなし、今更驚くようなことでもないが、そこに所属している身としてはシンジはいい気分ではなかった。

 

 「表沙汰にならない事件に、秘密の舞台と秘密の調査、シャドウの事件かな?」

 「そうとは限らない。」

 「じゃあ、人間の事件?テロリストとか?」

 「そうとも限らない。」

 

 シャドウでもない、人間でもない、かといってただの自然災害でもない。とすれば、

 

 「まさか、怪獣娘が事件を?」

 

 なるほど、それならばGIRLSが表沙汰にしたがらないという説明がつく。なお一層、近しい人たちにやらせたくはないという理由にもなった。

 

 「悪人の怪獣娘だとすると、一体どんな能力が・・・?」

 「そのために濱堀アドバイザー選ばれました。」

 「どれぐらい役に立つかはわからないけど、改めてよろしく。」

 

 しかし、悪人の怪獣娘とは。そりゃあ人間にだって悪人がいるのだから、怪獣娘にそんな人がいたっておかしくない。だがその目的は?それら含めてすべてをこれから調べる。

 

 

 そしてこれが全ての始まりだった。想像をはるかに上回る、深淵に滑落していくのだった。

 

 

====☆====☆====☆====☆====☆====☆====

 

 「シンジ君!?大丈夫か?!」

 

 ボタッボタッ、と気が付けば白い患者服に赤い染みが出来ていた。その元を指で探ると、鼻血を流しているのがわかった。

 

 「またどこか怪我をした?気分は悪くない?」

 「いえ・・・これを読んで、思い出そうとするとこうなったみたいで。」

 

 心配して駆け寄ってきたのはベムラーさんだった。シンジにとって今唯一の話し相手でもある。見知らぬベッドの上で意識を取り戻してから、ずっと傍にいた。

 

 「こんなもの、無理に思い出すことはないだろう?忘れたくて忘れたことだってある。」

 「それでも・・・それでも知りたいんです。自分の身に何があったのか、あの時何が起こっていたのか、空白なままじゃ嫌なんです。」

 

 手帳を取り上げたベムラーさんに縋りつき、懇願するように訴える。

 

 「私が君の傍にいてあげたなら、こんなことには・・・。」

 「ベムラーさんを巻き込まなくってよかったとおもってますから。」

 「そんなに私のこと、頼りなかった?」

 「そういうわけでは・・・。」

 

 ベムラーさんの目は厳しくも、哀しみに溢れていた。シンジも何も言うことができなかった。

 

 「わかった、ただし私もここにいるよ。」

 「いてください。一人だと悲しくなってくる。

 

====☆====☆====☆====☆====☆====☆====

 

 「ここまでのようですね。車で行けるのは。」

 「では、ここからは徒歩で移動しましょう。」

 

 村へと続く狭い道にたどり着く。舗装すらされておらず、ガードレールもない道を前にして、一行は本部から借りたジープを降りる。

 

 「この土砂崩れじゃあ、まともに人の出入りも出来ないだろう。」

 「大雨のせいか・・・。」

 

 少し前に小さな私バスの停留所があったが、路線は3日に1本あるのみ。そのバスも、道を寸断する土石流があってはお手上げだろう。

 

 「では、予定通りキリエとノーバはレジャー地の調査を。私と濱堀氏は目的の村へ向かいます。」

 「了解。」

 「ラージャ。」

 

 即座に別行動を開始すると、それぞれが道なき道と塞がれた道を歩き始める。

 

 「よっと・・・マグマさん、大丈夫・・・みたいですね。」

 「これぐらい慣れていますので。」

 

 村まで歩いて2時間はかかるらしい。蒸し暑くて不快指数も高いというのに、マグマ星人さんはスイスイと平地を行くように進んでいく。

 

 「体力に自信はあったつもりだけど、この暑さはナンセンスだ。」

 「そうですね。」

 

 マグマ星人さんは反対にクールすぎる。口数の少なさならゼットンさんともタメを張れるだろう。

 

 (ゼットンさんは会話が苦手ってだけだろうけど、この人の場合はただ単に無駄を省略してるだけかな?)

 

 間が持たないままシンジはマグマ星人さんの背中を追う。徐々に視線が下がっていっているのは気のせいではない。すると突然、マグマ星人さんの足がピタリと止まり、鋭い視線と声をシンジに投げかける。

 

 「見えますか?」

 「え!?見てませんよ。」

 「何がでしょうか?」

 「えっ、何の話?」

 

 視線が下がっていったというのは地面を見ていたという意味であって、決して前の人のヒップをじろじろと見ていたわけではない。

 

 「あれです。あの停留所に誰かいるようです。」

 「えっ、あ、本当だ。子供かな?」

 

 マグマ星人さんは警戒していたが、シンジは構わずずんずんと歩を進める。

 

 「濱堀氏?」

 「ちょっと行ってみてくる。何かあったら援護して。」

 

 マグマ星人さんは呆気に取られていた様子だったが、それよりもシンジにはその子供のことが心配だった。

 

 「キミ、大丈夫?どうしてこんなところに?名前は?」

 「なまえ・・・『リコ』・・・。」

 「熱中症かな?しっかりして。」

 

 それは10歳にも満たないだろう幼い女の子だった。持っていた水と塩分タブレットを与え、日陰に移して容態を見る。

 

 「濱堀氏。」

 「マグマさん、この子熱中症みたいです。いったん戻るか、村へ行ったほうが近いでしょうか?」

 「・・・このままもう数十分で村へ着くようです。」

 「じゃあ、そこまで連れて行こう。村の子供かもしれないし。」

 

 マグマ星人さんの言葉も聞かず、女の子を背負って歩きだす。

 

 「リコちゃん、どこに住んでるの?」

 「・・・おうち。」

 「そっか、おうちはどこかな?この先の村かな?」

 「・・・わかんない。」

 「濱堀氏。どうしますか?」

 「とりあえず、村で人を探そう。そのために来たんだから。」

 「その子供は?」

 「保護者を探しましょう。」

 

 と、またしばらく歩くと、人家らしきものが見えてくる。が、人の気配はない。

 

 「ごめんくださーい!ごめんくださーい?」

 「周囲に人影なし。」

 

 しばらく村を歩き回ってみたものの、誰一人いない。

 

 「しょうがない、適当な家を借りてこの子を休ませるか。マグマ星人さんは、引き続き調査を。」

 「・・・了解。」

 「なにか問題でも?」

 「いえ、濱堀氏は少し迂闊ではないですか?」

 「迂闊?」

 「相手が何者かもわからぬ内に接触したり、こちらの存在を誇示したり、危険な橋を渡っていましたが?」

 「接触してみないと相手が何者かわからないでしょ?調査するには踏み込んでみたほうがいいんじゃない?」

 「・・・承服しかねます。では、行ってきます。」

 

 速足でマグマ星人さんは居なくなった。その後姿を見送って、手近な家にお邪魔させてもらう。

 

 「飲み水はあるか。井戸があるのかな?念のため一回沸かしてから飲ませてあげよう。」

 「ん・・・?」

 「あっ、気が付いた?」

 

 しばらくして、リコと名乗った女の子が目を覚ました。特に異常は内容にみられる。

 

 「ここは・・・?」

 「さっきの場所に近い村だよ。自己紹介してなかったね、僕はシンジだよ。よろしくねリコちゃん。」

 「よろしくね、シンジお兄ちゃん。」

 「リコちゃんは、ここの村の子なのかな?お父さんやお母さんは?」

 「リコ、ここの子じゃないよ。」

 「そっか、じゃあキャンプに来たのかな?ここから山一つ向こうみたいだけど。あそこでバス待ってたのかな?」

 「うん、けどバスこなかった。」

 「だろうね、バスはめったに来ないみたいだし、山のふもとで道が塞がってたからバスは来ないんだ。」

 

 どうやら、迷子の様子。この村に置き去りにするわけにもいし、両親を探す必要もありそうだ。

 

 「じゃあ、お兄ちゃんたちと一緒に山降りようか?麓でお父さんとお母さんさがそう?ね?」

 「うん、リコ、お兄ちゃんと一緒に行く。」

 「よしよし、じゃあ・・・あっ、飴があった。これあげるよ。」

 

 大阪人気質なミカから何個か飴ちゃんを貰っていた。リコはそれを食べる。

 

 「さてと・・・とは言ったものの、調査をおろそかにするわけにはいかないし・・・、リコちゃん、ここで待っててくれる?夕方前には戻ってくるから、そしたら一緒に帰ろう。」

 「うん、リコ待ってる。」

 「いい子だ。お菓子置いていくから、おなかすいたら食べてね。」

 

 疲れているのか、リコはとても大人しかった。そんな子が山一つ越えられるのか?服や体は結構汚れているようだったが、にわかには信じられない。が、子供というのは時にとんでもない体力を見せる。あながち侮れない。

 

 

 さて、調査をするとは言ったものの。ここは何もなさ過ぎて退屈しそうなぐらい何も無い村だ。やれテレビも無い、ラジオも無い、車もそれほど走ってない、電話もガスも無い。

 

 「こんな村、人がいなくなって当たり前だなぁ・・・。」

 

 だからって村全体で東京へ行くこたぁないわな。畑や田んぼを見るに、普通に栽培されているように見える。

 

 「この田んぼ、水が張ってない?」

 

 よく見れば、田んぼに水を貯めておく水門が開きっぱなしになっているのだ。開けたとすれば、数日前の大雨の日だろうか?それから誰も触っていないのだとしたら、村人が消えたのはその時か。

 

 よいしょっと、田んぼに水を張りなおすと、乾いてひび割れた土に生気が戻っていく。

 

 「迂闊か・・・。」

 

 先ほどマグマ星人さんに言われたことを思い出す。たしかに、自分は後先考えずに飛び出すことも多い気がする。逼迫している状況であればあるほど。

 

 とはいうものの、そうせずにはいられない性分であり、そうそうに変えられない性格であるという自覚もある。否、悪癖である。これはいつか運命になる。もうすでにその地雷を何回か踏んでいる気がするけど。

 

 「おっきい家だな。村長の家かな?」

 

 と、思案を巡らせている間に塀のついた大きな家についた。何か情報が落ちていないか探らせてもらおう。

 

 「玄関に足跡・・・。」

 

 玄関には長靴の泥の足跡が沢山出入りしていた。

 

 「やっぱり雨の日に何かあったのかな?日記かなにかあるかな?」

 

 履きならした靴を脱いで、人の痕跡や手掛かりを探す。そのうち書斎を見つけ、目ぼしいものを探す。

 

 「あ、ミッケ!どうやら日記らしい。」

 

 パラパラと中を見てみると、ずいぶん昔から定期的に記録がつけられているらしい。直近、ここ数日のことを見てみる。どうやら降り続く大雨に懸念を感じていたらしい。

 

 ほかに目ぼしい情報が無いか、しばらく巻き戻って見てみると、ふと気になる記述が目に留まる。

 

 「『忌み子』・・・?」

 

 何やら穏やかじゃない単語の登場だ。どうやら、十数年前、村にやってきた女が一人の子供を産み落として死んで、村長はその子供を引き取ったらしい。ところが、その子供が成長するにしたがって奇妙なことが起こり始め、村長はその子を離れの座敷牢に監禁しているらしい。

 

 「じゃあ離れを調べてみようか。」

 

 一旦日記を読むのをやめ懐に仕舞い、離れを探す。木や物に隠されるように、ひっそりとそれはあった。窓をのぞき込んだり耳を澄ましてみても中から人の気配はない。入り口は開いていたので中に入る。

 

 中は埃っぽくて、人がいたような形跡がない。

 

 「ふむ?ここじゃないのかな?」

 

 さらによく調べれば何か見つかるかもしれなかったが、村の調査も中途だし、日記も半分ぐらい残っている。いったん後回しにすることにした。

 

 「外には・・・井戸があるな。水質調査のために汲んでみよう。」

 

 一見すると綺麗な水だった、が何か地質から漏れて混ざっているかもしれないので、念のために口にはしない。流れている川ならいいけど、溜まっている水は飲まない、サバイバルの鉄則。

 

 「それにしても・・・なんか変だな。何が変なのかわからないけど変だ。」

 

 あとで気づいたことだったが、なぜか虫や鳥の鳴き声が聞こえない。この自然豊かな山の中だというのにだ。気づいた時にはもう遅かったが。

 

 「もうすぐ日が暮れるな。リコちゃんのところに戻ろう。」

 

 時間が押し迫ってきていた。日が暮れる前に山を下りたかった。マグマ星人さんに連絡をしようとしたその時、ようやく人影が見えた。水色の服に帽子を被っている。どうやらお巡りさんのようだ。

 

 「おーい、お巡りさん!」

 

 声をかけて、近づこうとした。それがマグマ星人さんの言うところの迂闊だった。

 

 「リョウカイ・・・『射殺』シマス・・・。」

 

 「は?」

 

 甲高い発砲音が野山に響いた。

 

====☆====☆====☆====☆====☆====☆====

 

 「濱堀氏。」

 「ん?えっと・・・マグマ星人さん、だよね?」

 「今はアンジェリカ・サーヴェリスタです。」

 

 シンジとベムラーのいる海辺のペンションに、金髪の美女がやってくる。その訪問者にベムラーさんは見るからに機嫌を悪くする。

 

 「何の用?」

 「濱堀氏への謝罪と、我々の処遇についての報告を。」

 「謝罪?今更そんなことでも、許されるとでも?」

 「ベムラーさん、アンジェリカさんもせっかく来てくれたんだから、お話ぐらいしてもいいでしょ。」

 「むぅ・・・。」

 

 「この度の失態は、私の不注意と不始末が原因です。そのためにアドバイザーである濱堀氏を危険に晒したことを、深くお詫びいたします。」

 

 その言葉にベムラーさんはまた怒る。

 

 「それだけ?まるで事務的に喋っているだけじゃないの?マニュアル通りに。」

 「ベムラーさん、もういいから。」

 「よくないだろう!もうちょっと彼女たちがしっかりとした人間だったら、キミがこんな目には!」

 「突っ込んでったのは僕のほうだったから、多分。マグマ星人さんたちの苦労を忘れてしまっている僕には、何も言えないよ。」

 

 一番の被害者にそう言われては、ベムラーも押し黙るしかできなかった。

 

 「ほかの二人は?」

 「私たちは解散と相成りました。キリエもノーバも、それぞれの道へ歩みだしました。」

 「マグマ星人さんは?」

 「私は・・・。」

 

 戦い以外の道を知らない、そう言いたげだった。

 

 「・・・今は皆休もう。」

 

 ベムラーさんも怒りの矛を収めて、少し憐れむような視線をアンジェリカに向けた。

 

====☆====☆====☆====☆====☆====☆====

 

 「はぁ・・・はぁ・・・、一体何が起こってるんだ?」

 

 とっさに警官を殴り倒したものの、反撃で左腕を撃たれてしまい、止血をして走っている。するとにわかにあたりが騒がしくなってくる。

 

 

オッパイのペラペラソース!>

                      <あーりえんなー!

ウ〇コだ捨てろー!>

                             <魔太郎!

森ネズミ~森ネズミ~>

                              <中野バーガー!

 

 「何語だよ!ここは日本か!」

 

 村のあちこちから罵声、汚い声、声とも呼べない口から出る音が聞こえてくる。見れば、村人と思わしき人々が農具や松明を手にわらわらとあふれ出してきている。

 

 誰も彼も明らかに正気を失っているようだった。それにいくら人間とは言え、負傷している状態でこの人数を相手にするのは難しかった。猟銃を持っている者もいるようだった。

 

 「こりゃあかなわん、いったん身を潜めて・・・。」

 

 背の高い葉っぱの生えた畑の中に逃げ込むと、再び発砲音が響き、畑に立っていた人影を撃ち抜いた。

 

 「おいおいマジかよ。」

 

 ただのカカシが瞬きしている間にバラバラになってしまった。他のカカシにも村人が群がり、手に持った武器でズタボロにしていく。わかっていたが正気ではない。

 

 「はやく、リコちゃんを連れて逃げよう。マグマ星人さんにも連絡を・・・。」

 

 逃げながら無線機をいじるが、ノイズばかりで通じない。妨害電波にも強いバースト通信のはずなのに、ジャミングを受けているようだった。村どころか、山全体に罠を張られていて、そこに踏み込んでしまったのか?ともかく今は自分の命を優先しよう。

 

 「リコちゃん、いる?どこ?」

 

 先ほど訪れた家に戻ってくると、リコちゃんは横になっていた。反応を確認する間もなく、戸や壁をドンドンと叩く音がする。

 

 「逃げる・・・って、もう囲まれてる!」

 

 いったい今までどこに隠れていたのか、人の壁が出来上がっている。村の入り口への道は塞がれてしまった。逆に行くしかない。隠れる場所の当てとしては、先ほどの村長の家ぐらいしかないが。

 

 「うっ、こっちもか・・・。」

 

 どんどん数を増やしながら、距離を狭めてくる。片手を負傷し、もう片方ではリコを抱えながらでは銃を構えるのも難しい。

 

 「離れの方ならまだ・・・?」

 

 すぐにここにもやってくるだろうが、出入り口が一つしかないほうが迎え撃ちやすくもある。中に入って戸を閉めると、箪笥や机を引きずってバリケードをつくる。

 

 「おや?」

 

 そして床を調べてみると、何やら通路を見つける。ここがひょっとすると日記に合った座敷牢かもしれない。

 

 「一か八かか、ここに隠れるか。」

 

 入り口を隠してしまえば、安全に隠れていられるかもしれない。

 

 中は肌寒いほどに冷たかった。どうやら水が傍らに流れているようで、空気の心配もなさそうだった。

 

 しばらく隠れていると、ドンドンと壁を叩く音が聞こえ、破砕音がして人が入ってくるようだった。息を殺して潜んでいると、やがてここに派」誰もいないと判断したのか村人は出て行った。

 

 「やれやれ・・・。」

 

 一安心すると、腕の痛みが返ってくる。それよりも、リコの心配を優先するが、杞憂に終わった。どうやら眠っているだけらしい。

 

 「無線は・・・まだダメか。日記の続きでも読んでいるか。」

 

 座敷牢・・・というよりここは地下牢のような気がするが、そこに忌み子を閉じ込めてからのこと。しばらくはその子供の泣き声が響いていたが、やがて聞こえなくなった。それからしばらくは平和だったが、やがて村のあちこちでまた異変が起こったという。やれ誰もいない廊下に子供が走る音がしたとか、備蓄していた食料が全部腐っていたとか。やがて飼っていた犬が夜中に喧しいほどに吠えていたかと思うと、ネズミの群れに襲われて骨だけにされていとか、曰くそのネズミはネコほどの大きさのあるネズミだったとか。

 

 ここいらで忌み子についての説明があった。村には新しく生まれた子供に対して、親が魔除けの儀式を行うのが通例で、それを行わないとその子供は呪われるというものだったらしい。忌み子の母親は子を産んですぐに死んでしまい、父親もわからないので、代理として村長が執り行ったが、それでは」不完全と思われて封印されたらしい。

 

 なお同様に、母親も身元が分からなかったらしく、適当に無縁仏として葬られたらしい。

 

 「悪い怪獣娘、ひょっとしてその忌み子が?」

 

 そしてそれがリコなんではないか?と思い至る。しかし、力をコントロールできていないのだとしたら救わねばならない。それどころか、力の自覚すらないかもしれない。

 

 「ともかく、今は休もう。」

 

 音信不通のマグマ星人さんや、別行動中のキリエロイド・ノーバコンビもどうなっていることやら。

 

 「お兄ちゃん・・・?」

 「リコちゃん、起きた?」

 「おそとー。」

 「今ダメだ。お外危険だから。」

 「うん・・・。」

 

 と、中心人物と思わしき少女が目を覚ました。一応尋問してみる。

 

 

 「リコちゃんどこから来たのかな?ここの村じゃないの?」

 「とおくからー。」

 「リコちゃんのお母さんは?」

 「おかあさん、いつもいっしょいる。けどいまいない。」

 「お母さん、どこにいるの?」

 「・・・わかんない。」

 

 その質問に困惑しているようだった。どうやら、嘘をついているわけではなさそうだ。

 

 「じゃあ、リコちゃんは普段なにをしてるのかな?」

 「リコね、おかあさんといっつも遊んでるの。ともだちもいっぱいいるよ。」

 「そっか、どこで遊んでるのかな?」

 「キャンプじょう!お兄ちゃんはどんなおともだちいるの?」

 「僕?僕はいつもリコちゃんみたいなお友達と一緒かな?」

 「リコとおんなじ?」

 「そう、リコちゃんみたいな特別な力のある子たちと。」

 

 いっちょカマをかけてみる。

 

 「リコ、とくべつなの?」

 「そうだと思うけど、違う?」 

 「わかんない。」

 

 わかんないか。自覚がない可能性もある。それがこの村人ゾンビ現象の原因だとすると、リコが眠っているにも関わらず発生していること、リコを巻き込みかねない状態なのを見るに、その可能性が高い。

 

 「ま、もう少し休もうか。きっと助けがくるからね。大丈夫だから。」

 「リコ、おなかすいた・・・。」

 「んー、あ、飴玉がまだあったよ。食べる?」

 

 そうしてしばらくしていると、リコがこくりこくりと船を漕ぎだす。

 

 「眠い?」

 「んー・・・。」

 「おいで。」

 

 膝に頭を置かせて眠らせる。シンジも疲れてきたのか、眠気がやってくる。

 

 『・・・濱堀氏?おーい。』

 「ふぁぁ?あ、こちら濱堀シンジ、どうぞ。」

 『こちらキリエ、目標を撃破した。どうぞ』

 「撃破?倒したの?」

 『ああ、抵抗激しく、確保は不可能と判断した。』

 「・・・了解、帰投しましょう。」

 

 シンジの知らない間に、事件は終息を迎えた。曰く、キャンプ場の方でも同じような惨状で、人々を操っていた怪獣娘は『処分』されたとのこと。

 

 「・・・なんも出来なかったな。」

 

 リコを背負い、地下牢から這い出ると、月が昇っているのが見えた。

 

 「うわぁ・・・死屍累々・・・。」

 

 月光に照らされて、死体のように動かなくなった村人たちがあちこちに倒れているのが見えた。一応生きているらしい。が、起き上がってまた攻撃されてはかなわんのでひとまず置いていくしかない。救急に任せよう。

 

 「・・・お兄ちゃん?」

 「リコちゃん、起きたの?まだ寝てていいよ。」

 「お兄ちゃん、リコのこと好き?」

 「ん?好きだよ。もうお友達だもんね。」

 「そっか、じゃあ・・・。」

 

 

 

 「リリ(・・)ともお友達になってくれる?」

 「え?リリ?」

 

 腕に鋭い痛みが走る。痛みのあまりに、背負っていたリコを落としてしまったが、落下中に一回転してリコは地面に降り立つ。

 

 「リコちゃん?一体何を?!」

 「リコは今お眠なの。リリが代わりに遊んであげるわ。」

 「リリ?誰なんだそれ?というか、何があった?」

 「リリはリコのお母さんだからぁ、リコのためにお友達をたくさん作らないといけないの。」

 「リコの、お母さん?」

 

 考えが追い付かない。一体何を言っているのか、リリって誰なのか。とにかくわかるのは、

 

 「お前が、この事件の首謀者か?」

 

 やはりこの子が怪獣娘だったのか?では、キリエさんたちが倒したというのは?

 

 「さっきキャンプ場でも、おかしなのと会ったわ。そう、アナタあれのお友達なのね。」

 「・・・何が言いたい?」

 「みんなあなたの友達なのね。外にはほかにもいっぱいいるようね。」

 

 怪獣娘のこと、やはり知らなったのか。

 

 「とにかく、君をそのまま放っては置けない。一緒に来てほしい。」

 「嫌よ、ここでの暮らしが楽しいわ。友達もいるし。」

 「その友達だって、人を操って作ったものでしょう?そんなの友達じゃないやい。」

 「違うわ、自分に都合のいい人間を友達というのでしょう?」

 「違う!」

 

 シンジが言われて嫌なことをピンポイントについてくる。苛立ちが混ざり始めた、その時、

 

 「ぐっ・・・なにっ・・・?」

 「ようやく効いてきたみたいね?」

 「なんだ・・・体が・・・痺れて・・・。」

 

 先ほど鋭い痛みを貰った傷口から血が漏れ出す。それは沼底の泥のように黒かった。

 

 「なにを・・・した・・・?」

 「これよ、これを一度触ってみたかったの。」

 「バディ・・・ライザー・・・を、どうして?」

 

 リコ、もといリリは動けなくなったシンジのベルトを探り、バディライザーをとる。

 

 「あなたのことも知ってるわ。怪獣娘の友達になりたいんですって?濱堀シンジさん?」

 「知っていた・・・のか?」

 「インターネットで見たわ。」

 「この村にネットなんか・・・?」

 「ないわ、けどキャンプ場に行けば、いつでも使えたわ。」

 

 「お前は・・・何者なんだ?ただの怪獣娘じゃない。」

 「生き物が他者を喰らうのに、理由がいるの?」

 

 それはまるで野生の獣、『ビースト』のような存在だった。ただ悪戯に傷つけることを良しとした異生獣、人を喰らう吸血鬼、ノスフェラトゥ。

 

 「戦うしかないのか・・・バディライザーを返せ!」

 「意にそぐわないからって排除するなんて、ひどい!」

 「誰がそうさせる!」

 

 ライザーショットを抜いて2発撃ちこむ。少しまだ体がふらつくが、これぐらいの距離ならまだ狙える。そのはずだったが、横から伸びた黒い影に遮られる。

 

 「マグマ星人さん?!なんで!」

 「この子はもう私の友達。」

 

 それは物言わぬ傀儡となったマグマ星人さんだった。何も喋らず、虚ろな目と剣をシンジに向ける。

 

 「さあ、あなたも仲間になろう?」

 「そんな・・・こと・・・。」

 「じゃあ死んで。」

 

 降り降ろされる剣、そこにまた、今度は赤と白黒が飛び込んでくる。

 

 「間に合ったか。」

 「まさかマグマがやられるなんて。」

 

 別行動中だったキリエロイドさんとノーバさんが合流する。

 

 「ここは・・・逃げたほうがいいか。」

 「同感。」

 「うわっ、でもマグマさんが!」

 「今は逃げる!」

 

 ノーバさんに引っ立てられて、シンジは走らされる。負傷状態のシンジを抱えて、手練れのマグマ星人さんと、謎の怪獣娘を同時に相手にするのは難しい。

 

 「ん?なんだ?」

 

 ドドドドドと、地鳴りが聞こえてくる。揺れがどんどん近づいてくるのは、地震ではない。

 

 「うわっ!?足元になんかいる?!」

 

 地鳴りの波が、シンジたちの足元にまでやってくると、それは『何か』の大群だった。真っ暗でそれが何かも見えないのはこの時点では幸運だった。

 

 群がってくるそれらを蹴散らしながら、どうにかジープを止めていた麓にまで辿り着く。そこまでは追ってこないらしい。

 

 「はぁ・・・はぁ・・・撒いたか?」

 「うわっ、気持ち悪っ。なんだこれは。」

 

 足にまとわりついていたのは、不定形でグロテスクな肉塊。まるで毛の生えていないネズミのように醜悪で、大きな牙が生えている。

 

 「あの怪獣娘の作ったものなのか?この生き物とも言えない、肉の塊も?」

 「なんか・・・気分が・・・。」

 

 体力を使い果たしたシンジの意識は、ここでまた切れた。

 

====☆====☆====☆====☆====☆====☆====

 

 「なんとも冗談のような展開だな。」

 

 横からベムラーさんが口を出す。アンジェリカは沈痛な面持ちである。シンジは息が荒い。

 

 「大丈夫かシンジ君?」

 「平気です。そうやらここからが佳境のようです。」

 

 頭がクラクラしてくるが、まだ止められない。

 

 「濱堀氏・・・私は・・・。」

 「アンジェリカさんのせいではないよ、状況があまりにも悪かったんだ・・・ベムラーさんや、みんなが巻き込まれなくってよかった。」

 

 相手は、怪獣娘すら操れる能力を持っていた。少数で動いていたことが正解だった。では、どうやってこの状況を解決したのか。

 

====☆====☆====☆====☆====☆====☆====

 

 『こちらマグマ星人、至急応援を頼む。』

 「嘘つけ、マグマがそんな泣き言言うわけない。」

 『あっそ、じゃあお兄ちゃんに代わって。』

 「断る、と言ったら?」

 『人質をこの子に殺させる。』

 

 即席のラボで解析をしている最中、マグマ星人さんの無線機から通信が来る。声の主は、怪獣娘・・・ビースト・『ノスフェル』である。

 

 「何の用?」

 『取引しよう?お兄ちゃんがこっちに来るなら、人質は全員返すわ。』

 「信じられるわけない。」

 『お兄ちゃん信じて~リコのお願いだから。』

 

 事実、山に近づくことすら危険で、人質も村人や、キャンパーたちを含めれば優に200を超えている。それらを操ったマグマ星人さんに殺させるという、非道な脅しを仕掛けてきた。

 

 『人質が多すぎるから、半分ぐらい間引いてもいいんだよ?』

 「人数の問題じゃない。」

 『じゃあ来て、無垢な怪獣娘と友達になろう?』

 「・・・あいにく、誰かさんにやられた傷が回復しきっていない。」

 『生死は問わないわ。死んでても動かせるから。』

 「バディライザーは、僕の生体反応がなければ動かせない。」

 『やっぱり?人間って卑怯よ。』

 

 結局、12時間後の20時にシンジ一人で来ることを条件に、人質を解放する取引が決められた。山の周囲は常に見張られており、反故に値する行動をとれば人質を殺すということだった。

 

 「日本語じゃそういうの脅迫っていうんだけど。」

 「しょうがない、相手はまともな教育すら受けていないんだから。」  「それでも知能だけは高いらしいけどね。」

 

 急ピッチで、シンジが持ち帰った水のサンプルや、肉塊の解析が行われた。その結果が以下。

 

 ・肉塊の正体は、ノスフェルの細胞が、山の動物や鳥に取り付いて増殖し、ネズミのような姿になったもの。キリエたちが戦って倒したのも、この肉塊を操った分身のようなものだった。

 

 ・マグマ星人を含めて、人が傀儡状態にあるのは、水が原因。水にノスフェルの細胞が含まれており、一定量体内に入るとペストのような毒素が発生する。山の裏には都内へ水を供給するダムがあり、そこから毒を撒くつもりと考えられる。

 

 「このペストには、血清が必要になる。」

 「この肉塊から作れないの?」

 「その肉からは毒素が発生していない人体に入って初めて、毒素が生成されるらしい。しかも毒は直接脳に作用していた、人体を巡らない。だからただ血液を集めるだけじゃダメらしい。毒を培養して、それをモルモットに打ち込んで、血清を取り出すしかない。」

 「三行で。」

 「時間がない、材料がない、量が足りない。」

 「どうするの?」

 「・・・ちょっと考えさせて。」

 

 考えられる方法は一つしかない。しかしそれは一歩間違えれば自身の命すら危うくなる捨て身の作戦だ。

 

 「あともう一つ。その血清を本体に打ち込めば、本体の無力化もできるかもしれない。」

 「その必要がある?一番効率的な無力化なら、抹殺したほうがいい。保護しようにもあまりに危険すぎる。」

 「そうだと思うけど、何を企んでいるのかわからない以上、安直な手は打てない。」

 「自分の命を捨ててまで、マグマや人質を救う必要がある?」

 「答えるまでもないでしょ?」

 「英雄的行動は寿命を縮める。だから非効率的。」 

 「いいの、これが僕のやり方だから、自分を貫く。」

 

 たとえ迂闊と言われようと、正しくなかろうと、必ずやり切ればそれは立派な『正解』になる。

 

 「それに、こっちもズルをしないとは一言も言っていないし。」

 

 今回解析に協力してくれた、『裏』の人たちにも協力を仰ぎ、『秘策』が用意できた。

 

 そして運命の時間。一人村へとやってきたシンジは、前哨戦としてマグマ星人さんに打ちのめされる。その背後には、ものすごい数の人質たちもいる。

 

 「ぜぁ・・・疲れた・・・2時間の道を30分で走らせて、体力を消耗させるとは・・・。」

 「抵抗なんてしないで、楽になっちゃえばいいのに。」

 

 拘束され、ノスフェルの前に連れてこられるシンジ。

 

 「約束だ、人質とマグマ星人さんを解放しろ。」

 「その代わりに、私の友達になってもらうよ?」

 「・・・いいだろう。さあ早く。」

 

 人質たちは糸が切れたようにその場に動かなくなった。だがそこへ、肉塊ネズミの群れがやってきて、餌を貪るように村が見始めた。

 

 「なっ!?約束が違う!」

 「解放するとは言ったけど、生きて返すとも言ってない。」

 「ぐあっ!!」

 「バカだなぁ、わざわざ引っ掛かりに来てくれるなんてありがとう!」

 

 気を取られたシンジの左腕にノスフェルは噛みつき、鋭い爪が腰を貫いた。

 

 「生きてさえいればいいのなら、腕と脚はいらないね。このほうが持ち運びやすくて便利だ。」

 「ぐっ・・・うううう・・・腕の肉が欲しけりゃ・・・くれてやる!!」

 

 噛みつくノスフェルの鼻っぱしを殴りつけて吹き飛ばす。肩の肉が一部えぐれたが、爪も抜けてくれた。

 

 「ぺっ、あと少しで苦しまずにいられたというのに・・・痛いでしょう?苦しいでしょう?」

 「・・・ははっ。」

 「おやおや?血を流し過ぎて判断力を失ったのかしら?」

 「いや、思った以上に強烈で驚いてるんだよ。」

 

 一足飛びで近づいてパンチを続ける、傷なんてまるでなかったかのようにふるまうその姿に、ヘラヘラとしていたノスフェルも驚きの色を隠せない。

 

 「バカな、激痛で転げまわっても、下半身が動かなく無くなっていてもおかしくない傷のはずなのに・・・。」

 「ちょっと強力な『おクスリ』を処方されたんでね・・・まだ毒素も脳に回ってないよ。」

 

 シンジの腕から、小さな植物片が零れ落ちる。これが、強烈な麻薬作用があり、恐怖心すら消し去るという秘蔵の薬草だった。裏のルートを使って手に入れたこれをシンジは全身に浴びることで切り札としたのだった。

 

 「ぬぅ・・・抵抗するならこっちも・・・。」

 「させるか!行ってノーバさん!」

 「わかった。」

 「なんだと、服の下から?!」

 

 シンジの上着の中から、赤いてるてる坊主が飛び出すと、それは怪獣娘ノーバに変わった。赤い暗殺者としての面目躍如、ノスフェルが指示を出すよりも早く、マグマ星人さんを触手で拘束する。

 

 「よし、これでタイマンだ。」

 「あまり持たない、はやくやれ。」

 「おのれぇ・・・。」

 

 シンジはバッグから閃光弾と照明弾をバラまく。

 

 「くっ!?」

 「ネズミなら光に弱いと思った。襲い掛かってきたのも日没になってからだったからな。逆襲だ!」

 

 動きを制限されたノスフェルは、シンジに一方的に殴られる。ネズミのように素早さを生かした動きもできただろうが、ノスフェルにはそれができない。

 

 「なんせ今まで怪獣娘と会ったこともなく、能力で人を操ることしかしなかったからな、戦い方を知らない!」

 

 そしてもう一つ、切り札が出来上がった。たった今、シンジの血液に流された毒素から、血清が作られた。ブレスレッドのような機械から、六角形のカートリッジが取り出され、それをライザーショットに込める。

 

 「終わりだ。」

 

 その銃口をノスフェルへ向ける。

 

 

 

 

 

 

 「おにい・・・ちゃん・・・。」

 

 その時。ノスフェルの胸元から、小さなものが零れ落ちた。それを見たシンジは一瞬戸惑い、判断が鈍った。

 

 「甘いよねぇ?」

 

 その一瞬のうちに、ノスフェルの舌が伸びてライザーショットを弾き飛ばし、さらに首に巻き付く。

 

 「がっ!!??」

 「シンジ!!」

 

 そうしてノスフェルは、シンジを足元へと引きずると、わざと落とした飴玉を踏み砕いた。

 

 「惜しかったねぇ?もう許さないから覚悟しておいてよ?」

 「がっはっ・・・負けた・・・。」

 「そう、負け。あなたの。」

 「けど、一個だけ負けてないことがあるかな・・・。」

 「なんだそれは?」

 「仲間の存在だ。」

 

 それがどういう意味なのかノスフェルが理解する前に、横から飛んできた熱波に吹き飛ばされる。

 

 「なんだ?!」

 「終わりだ。」

 

 山の麓から獄炎放射で飛んできたキリエが、最後のトリガーを引いた。

 

 「シンジ、無事か?」

 「もう・・・ダメ・・・かも・・・。」

 

 直後、シンジは黒い血を吐いた。

 

====☆====☆====☆====☆====☆====☆====

 

 「本当に…本当に、生きていてくれて、ありがとう・・・・。」

 

 これにて、事件は解決した。シンジの血液から血清が作られ、人質たちは全員解放された。それでめでたしめでたし、とは当人たちはいかなかった。

 

 「ああ・・・思い出した。それで僕は、どれぐらい眠っていたんでしょう?」

 「・・・半年だ。」

 「半年。」

 「そう、6か月もの間、昏睡状態でした。・・・あなたのおかげで、私も助けられました。」

 

 目が覚めると季節はいつの間にか雪の降る冬になっていた。その間ずっとみんな何していただろうか。クリスマスまでに帰るという約束も守れなかった。それ以上に、自分の体の劇的な変化に驚いている。

 

 「痩せたな、キミは。」

 「それに、血もだいぶ抜かれたみたいですし。」 

 「毒に侵されていた血液はほとんど抜かれたそうです。」

 「お前、ちょっとは彼の気持ちを考えたらどうだ?」

 「申し訳ありません。」

 

 そうして今は養生のために、本島から離れた孤島、シンジのもう一つの故郷である、大戸島にいる。

 

 「あの子は・・・今どうしてる?」

 「リコという少女か、あの子は・・・。」

 「シンジー。」

 

 そこへ、こちらに向けて二つの人影がやってくるのがテラスから見えた。

 

 「・・・アイラ。」

 「シンジ、元気?」

 「そう見える?」

 「外にいるなら元気でしょ。」

 「それもそうか。それで、そっちは・・・。」

 

 一人は、シンジの従妹で義理妹のアイラ。久しぶりの再会だったが、注目は別にあった。

 

 「・・・?」

 「リコ、ちゃん?」

 

 アイラが連れている少女は、まさしくリコだった。が、その様子はどこか上の空。

 

 「きっぱり忘れてしまったようだった。まるで最初から存在し中田かのように。」

 「リコもリリも、消えてしまったのか・・・僕の記憶と同じように。」

 

 これではあまりに救われない・・・忘却は罪であるというが、なにもかも忘れてしまっても、これでいいと思う。あの事件も何もかも、忘れてしまったほうが世間にとっても、都合がいい。

 

 「シンジも遊ぼう、ほら、立って。」

 「アイラ・・・加減してよ?」

 「!」

 「そうだね、遊ぼうか。」

 

 

 

 こうして、決して明るみにさらされることのない、闇の事件は、また闇へと葬られた。ただこの手帳のように、消えない傷と記憶があったことを、ベムラーは決して忘れないと誓った。




 本来は3、4話分の話を圧縮、省略して1話にまとめあげました。放り投げた伏線や設定は、次回の自分が回収してくれるでしょう。

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