矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
今日も今日とて全ての講義が終了。
にこの曲を完成させ、ひとまずのやるべき事が無くなった俺は、大学の図書館にやって来ていた。
音楽以外では本を読むことが好きで、何より静かで落ち着ける図書館は俺のお気に入りの場所である。
本の中では物語のあるものが好きで、漫画やライトノベル、小説などを時間を見つけては読んでいる。
ガラス張りの壁際、夕日が差し込む座席に陣取って小説を読む。
静寂に包まれる館内に、ページを捲る音だけが微かに聞こえる。
まさに至福のひと時。
これで珈琲の一杯でも飲めれば最高なんだけど、ここの図書館は飲食禁止だった。
時間も頃合い。
読んでいた小説もちょうど区切りのいいところまで読み終えた。栞を挟み、カウンターで貸出の手続きをする。
家に帰ってゆっくりと続きを読もう。
そう思って図書館を後にする。
完全に建物の外に出ると、少し冷たくなった空気が全身に浴びせられた。
五月の下旬。昼間は暖かいが、日が落ちると途端に冷え込んでくる。
さっさと家に帰ろうと思い歩いていくと、横の方から音楽が流れ、地面を蹴る小気味良い音が聞こえてきた。
その方向に視線を向ける。
――矢澤にこ。
図書館のガラス張りの壁を鏡代わりにして、にこは体を動かしていた。
ステップを踏み、腕を伸ばし、体を捻り、回転させ、踊っていた。
大きめのCDラジカセから曲が流れる。俺がにこに作った曲だ。
肩を大きく見せる紅色のシャツ、その下からはグレーのタンクトップがのぞき見える。そして桃色の短いスカートを着こなしている。
全体的に明るい服装で、にこはダンスの練習をしていた。
俺は立ち止まり、練習をするにこを眺める。
にこが動くたびに、夕陽に反射した汗がキラキラと光りながら飛び散っていく。
ひらひらとスカートが揺れ、健康的な太ももに自然と目がいってしまう。
……って、何を見ているんだ俺は。
視線を上げる。
真剣な顔で踊るにこ。
小さな体を目一杯使って踊るその姿に、思わず圧倒される。
そんな彼女の一挙一動に、俺は気が付けば言葉を失っていた。
CDラジカセから音楽が鳴り止んだ。
ふうっとにこは一つ息を吐き、そして体を俺の方に向けた。
「……なにジロジロ見てんのよ。もしかしてストーカー?」
ジトッとした疑いの眼差しを向けてくる。どうやら俺に見られていた事に気付いていたようだ。
しかしストーカー発言には黙っているわけにはいかず、俺は慌てて弁明した。
「んなわけねぇだろ! 図書館から出てきたらたまたまお前がいたから、少し見ていただけだよ」
「……やっぱりストーカーじゃない」
「ねえ、俺の話聞いてた?」
「ふふ、冗談よ」
疑いの眼差しがフッと消え去り、にこは笑みを浮かべた。
彼女はCDカセットの近くに置いてあるスポーツドリンクのペットボトルを手に取り、それをゴクゴクと飲んでいく。
「にこのダンス、どうだった?」
唐突にそう聞かれる。
「ダンスの事はよく分からん。けどまぁ、上手に踊れてたんじゃないのか?」
「なによ、ハッキリしないわね」
にこは腰に手を当てて、困ったようにため息を吐いた。
「しょうがないわね……もう一回踊ってあげるから、しっかり見てなさいよ!」
威勢良くにこは言って、ダンスの準備をする。
俺はにこがよく見える位置、正面のやや斜めに移動した。
すると、曲が流れ始める。
俺自身が作った曲に合わせて、にこは踊り、そして歌い上げる。
力強くもよく通る、女の子らしい可愛げのある歌声。
それと同時に見せつけられる華やかな踊り。
自分で作った曲にアイドル――矢澤にこの色が加えられて、単純に凄いとしか思えなくなっていた。
彼女が踊り、歌う。
それだけ。たったそれだけの事で、曲が全くの別物に思えてくる。
俺は言葉を失い、ただ黙ってにこを見ているだけだった。
曲が終わり、にこは最後の決めポーズをとる。
あれだけのダンスをしながら歌っていたにもかかわらず、にこは涼しい顔をしていた。
「それで、どうだった? にこのダンス」
額に少しだけ掻いた汗をタオルで拭いながら、にこは俺に尋ねた。
「凄かったよ。自分で作った曲なのに、全く違うものに思えるぐらいに」
本当にそう思った。
その言葉を聞いたにこは、何故か俺から顔をそっぽ向けた。
「当然よ! このスーパーアイドル、矢澤にこにかかれば、それぐらい造作もないわ!」
「そうだな。スーパーアイドルだな」
「なっ! うっさい譜也!!」
にこは持っていたタオルを、思いっきり俺に投げつけた。
しかし、離れていたためタオルは届かず、俺とにこの間にあえなく着地してしまう。
「もう! さっさと帰りなさい、練習の邪魔よ!」
えぇ……自分から練習を見ろと言っておいて、その言い草はないだろう。
けど、本当に練習の邪魔になっているのかもしれない。
にこの方に少しだけ歩いていき、落ちたタオルを拾い上げる。
「そうだな。もう日も暮れそうだし、大人しく家に帰るわ」
タオルをにこ目掛けて投げる。宙を舞うタオルを、にこは器用に掴み取った。
「練習、頑張れよ」
* * *
家に帰って晩飯を作る。
今日はパスタ。一人暮らしの身としては、パスタのように手軽に作れる料理は重宝している。
茹でたパスタを皿に盛り、ミートソースをかけて完成。
「いただきます」
テレビで適当なバラエティー番組を見ながら、作ったパスタを食べていく。
うん。パスタだな。
何の工夫もない、変哲なミートソースの味。
ピーンポーン。
バラエティー番組でお笑い芸人のトークに耳を傾けながらパスタを食べていると、インターホンが鳴った。
また変な宗教の勧誘か何かかな。とりあえずこういう予定にない来客は無視だ。ああ、パスタうめぇ。
ピーンポーン。ピーンポーン。
再びインターホンが鳴る。今度は2回。
ああもう、しつこいな。
立ち上がって、玄関に向かう。扉を開けて、しつこくインターホンを鳴らす輩に文句の一つでも言ってやる。
「すいません。勧誘は結構なんで――」
家の前にいたのは、よく知っている人物だった。
そして、その人は勢いよく言い放つ。
「――ラブライブよ!」