矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
「――ラブライブよ!」
扉を開けて家の前に立っていた人物は、俺のよく知る人物だった。俺が大学に入ってから、最も関わったと言っていい人物。
特徴的な黒のツインテールをしたそいつは、無い胸を張って威勢良くそう言った。
「すいません、矢澤ラブライブさんはお引き取り願えますか」
「誰が矢澤ラブライブよ! にこはそんなふざけた名前してないわよ!」
「いや、だって……」
インターホンを押したらまず名前を名乗るというもの。
それを開口一番に『ラブライブよ!』なんて言われたら、名前をラブライブに改名したと思うじゃないか。え、思わない?
「そんな事より、ラブライブよ! ラブライブが開催されるのよ!」
興奮した様子でにこは何度もラブライブと口にする。
なんだか、話が長くなりそうな予感。
「まあ落ち着け。とりあえず、上がってくか?」
「そうね。お邪魔するわ」
にこは特に迷う様子もなく、俺の家にお邪魔する事を選択した。
普通、女の子って男の部屋に上がる事にもう少し遠慮というか、抵抗感みたいなものがあるんじゃないのか?
にこはそういった迷いを見せず、ズケズケと部屋に上がっていく。
信頼されているのか、単に男として見られていないのか。まあ後者の場合、俺もにこの事を女として見てないからいいんだけど。
「それで、ラブライブが何だって?」
にこを部屋に上げて、椅子に座らせたところで尋ねる。
「だから、ラブライブが開催されるのよ!」
「それはさっき聞いた。でもラブライブって、スクールアイドルの大会だろ。キャンパスアイドルは関係ないんじゃ」
ラブライブ。
一年前から始まったスクールアイドルの大会。
以前、にこに言われてμ’sの事を調べるにあたって、ラブライブの事は嫌でも知る事となった。
第二回ラブライブ。
その優勝グループがμ’sなのだから。
「はぁ、アンタ馬鹿なの!? にこ達キャンパスアイドルも、今年からラブライブに出場できるようになったのよ!」
「そうなのか。良かったじゃん」
「なによ反応薄いわね! もっと喜びなさいよ!」
「いや、俺が出るわけじゃないし……」
思ったより俺が食いつかない事に、にこはため息を吐いて肩を落とす。
そして、ラブライブについて説明しだした。
曰く、ラブライブに新たに大学生――キャンパスアイドル部門が設けられた。高校生――スクールアイドルとは別部門となる。
あのアキバドームでおよそ3ヶ月後に開催され、それまでに各大学は1組の代表を決め、大学ナンバーワンアイドルを決めるという。
「各大学につき1組ってことは……うちはにこが代表になるのか?」
にこはうちの大学で唯一、特待生としてキャンパスアイドルをしている。
順当に考えると彼女が代表になるのが自然なことだが、にこは「アンタ馬鹿ぁ?」と言って話を続けた。
「何の審査も無しににこが代表に選ばれたら、他のキャンパスアイドルの人達が納得いくわけないでしょ」
「それもそうだな。つまり、大学で何らかの審査を行うって事か」
「そうよ。大学内でラブライブ出場者を決めるライブが2ヶ月後に開催されるわ」
2ヶ月。準備期間として妥当かどうか俺には判断できないが、今日見たにこの練習からすると心配は無用だろう。
「そのライブが実質、ラブライブ出場をかけた予選というわけよ」
「それを知らせるために、わざわざ家に押し掛けてきたと」
「そうよ! 電話帳を探しても譜也の名前が見つからないから、こうしてにこが来てあげたのよ!」
「ああ、そういえば連絡先教えてなかったな」
「なんで今まで教えてくれなかったのよ! ああもう、良いから連絡先を教えなさい!」
若干苛立ちを見せながらにこは言う。
なぜ今まで連絡先を教えなかったというと、教えてくれと言われなかったからとしか言いようがないのだが。
ひとまずそんな事は置いておき、お互いに連絡先を交換する。
同じ大学で初めて連絡先を交換したのが彼女となったことに、改めて自分の交友関係の狭さを実感する。
俺の連絡先を手に入れて、にこは可愛らしいデフォルメのされたスマホを見て、満足そうな顔を浮かべていた。
「これでやっと連絡がとれるようになったわね。いい? にこからの電話には1コール以内に出なさいよ!」
「そんな無茶な……」
相変わらず無茶なことを言うにこに、俺は深くため息をついた。
まあでも、彼女のこういった無茶ぶりは冗談であることが多いので、軽く聞き流していればオーケーだ。
出会ってまだ四半期も経っていないけど、少しだけ、彼女のことが分かってきた気がする。
「それで、ここからが本題なんだけど……」
にこは改まって言う。背筋をピンと伸ばし、真剣な眼差しで見つめられる。
「譜也。もう一曲、作ってほしいの」
「……は?」
思わず耳を疑った。
え、本気で言ってる?
「だから! 譜也にもう一曲、曲を作ってほしいのよ! お願い、この通りだから!」
にこは顔の前で手を合わせて懇願する。
今度ばかりは冗談ではない。彼女は本気で頼み込んでいる。
「一応、理由を聞いてもいいか?」
ただ単純に、曲を作ってほしいという事ではないのは分かっている。
でも、あまりにも唐突なその要求に、理由を求めずにはいられなかった。
「ラブライブ本戦では、違う曲を披露した方がいいと思うのよ」
慎重に、言葉を選ぶようににこは口を開いた。
ラブライブ本戦。そこでは今ある曲とは違う、別の曲を披露した方がいいという事。
それはつまり――
「大学での予選ライブは、通過できる自信があるってことか?」
その言葉を待っていたかのように、にこは得意げな顔で自信を覗かせた。
「当然よ! にこに掛かれば大学での予選ライブ通過なんて朝飯前よ!」
無い胸を張ってにこは言う。
自信満々なその表情。彼女は本気で、自分なら予選を勝ちあがれると信じているのだろう。
だったら、俺は。
「……わかったよ」
そう答えるしかない。
――にこの為に曲を作る。
夕焼け空の下、海岸で交わした約束。
その時から俺は、彼女の為に曲を作ると決めたのだから。
「譜也……ありがとう。絶対、ラブライブで優勝してみせるわ!」
拳を握りしめ、にこは決意を固める。
「ああ。にこなら、優勝できるよ」
根拠はない。他のキャンパスアイドルなんて見たこともない。
だけど俺は、にこなら優勝できると信じて疑わなかった。
俺には曲を作る事と、彼女を信じる事ぐらいしか出来ない。
なら俺はにこを信じて、曲を作るしかない。