矢澤にことのキャンパスライフ!   作:ゆいろう

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第13話

 

 

 私――矢澤にこが大学に入学して早くも2ヶ月もの月日が経とうとしていた。

 

 

 アイドル特待生として入学したにこに待ち受けていたのは、にこに群がってくるμ’sのファン達。

 キャンパスアイドルとして、ファンが付くのは嬉しい事だし、初めはにこも多くのファンに囲まれて浮ついていた。

 

 

 だけど、すぐに気づかされる。

 

 

 ファンが望んでいるのはμ’sのにこで――いや違う。彼ら彼女らはμ’sそのものを望んでいた。

 既に終わったμ’sの幻想を、ファンはひたすらに求め続けた。

 

 

 その気持ちは分からなくもない。にこだってアイドルが好きで、解散したアイドルの幻想を追い続ける事もある。

 今は自分が、その対象になっただけ。よくある事だと思う。

 

 

 だけど、にこにはそれが耐えられなかった。

 

 

 ライブをしても、道を歩いていて声をかけられる時も。みんな、μ’sの矢澤にこを見ていた。

 

 誰も、にこを見てくれはしない。

 

 

 

 

 そんな折に現れたのが、彼――音坂譜也だった。

 

 

 最初はにこの名前を間違えて何なのコイツなんて思ったけど、譜也は先入観無くにこに接してくれた。

 

 

 聞けばμ’sを知らないと言う。それでもにこのライブで感動したと言う譜也の目は真剣そのもので。

 だけど、μ’sを知らないという事に何故か腹が立って。譜也にμ’sについて勉強してこいなんて言ったっけ。

 

 

 

 そして、夕暮れ時の海岸。

 μ’sをお終いにすると決断して、みんなで泣いた、あの海岸。

 

 

 μ’sの矢澤にことしてでしか見てくれない人達に辟易していたにこは、やり場の無い感情を吐き出す為、思い出の地に降り立った。

 

 

 何故かそこには譜也がいて。

 

 にこが叫んだ内容を、バッチリと聞かれていた。

 

 

 にこに迫って問い詰めてきた譜也。

 半ば自暴自棄になりながら、にこは渦巻いていた胸中を彼に明かした。

 

 

 

 ――だったら、俺が君の曲を作る。

 

 

 

 返ってきたその言葉に、にこは心底驚いたのを今でも覚えている。

 

 

 実際、譜也の申し出はありがたかった。

 

 

 アイドル部。にこも所属しているこの部活は、他にも多くのキャンパスアイドルが属している。

 アイドル特待生はにこしかいなくて、他はアイドルを目指している者や、友達同士で仲良くやっている者がいる。

 

 

 アイドル部には専属のダンスコーチ、楽曲提供者がいる。

 

 

 ダンスコーチは、その名の通りダンスの基礎を教えたり振り付けを考えたりしてくれている。

 にこもコーチにダンスを教わっているので、このコーチの存在はありがたい。

 

 

 問題は、楽曲提供者。

 

 

 他のグループには楽曲を提供しているのだけど、にこだけはいつまで経っても楽曲を提供してもらえないでいた。

 一度問いただしてみると、どうやら大学側の方針で、にこはμ’sの曲をしていればいいから楽曲は提供しないと口を零した。

 

 

 その事実に、にこは憤慨した。

 

 

 本当のアイドルになりたくて――自分の実力だけで勝負したくてアイドル特待生の話を受け、キャンパスアイドルの道を選んだというのに、にこはそれすら出来ないのかと。

 にこはただ大学側にとって都合の良い、客寄せパンダのような存在なのかと。

 

 

 大人の勝手な都合。

 μ’sがアキバで行ったスクールアイドルによる一大イベントの時も、それに振り回されたりしたが、あの時はみんなで乗り越える事が出来た。

 

 

 でも今、にこは一人で戦っている。

 

 

 μ’sからはもう卒業した。一緒に戦ってくれる仲間はいない。

 

 

 だからにこは、μ’sを終わりにすると決めたあの場所に向かった。

 仲間との思い出が詰まったあの場所で想いを吐き出せば、自分の中で何か変わるかもしれない。そんな淡い希望を抱いて。

 

 

 そこで譜也に想いを聞かれて、彼が曲を作ってくれる事になった。曲を作ってくれる人が現れて、にこはようやくキャンパスアイドルとしてスタート地点に立つことができた。

 

 

 にこの名前を間違えたりして腹を立てる事もあるけど、譜也はきちんと曲を作ってくれた。

 

 

 出来た曲を実際に聴いてみて、にこは安心した。そこにはμ’sの曲に負けない程の魅力があった。

 譜也に海未や真姫ちゃん程の才能があると知って、少し驚かされたぐらいだ。

 

 

 それからはその曲に合った振り付けを、ダンスコーチと共に考える。

 コーチはにこの意見も取り入れてくれて、そして振り付けが出来上がった。

 

 

 あとは練習をしてダンスの完成度、歌の完成度を上げるだけ。

 

 

 今日も大学の図書館、そのガラス壁を鏡代わりにして、にこはダンスの練習をしていた。

 CDラジカセから流れる曲に合わせて、歌いながら踊っていく。

 

 

 まだまだ慣れない部分も多いけど、そこは反復練習あるのみ。華々しいイメージのあるアイドルだけど、地道な努力が身を結ぶのよ。

 

 

 

 曲が終わる。最初から通して踊りきったけど、まだまだ完成には程遠い。

 

 

 タオルで汗を拭い、カラカラになった喉をスポーツドリンクで潤す。

 

 

 およそ2ヶ月後に迫ったラブライブ予選。時間は十分にある。今は焦ってオーバーワークする事なく、少しずつ、地道にやっていくしかない。

 

 

「おっす。元気にやってるか?」

 

 

 背後から声がした。もはや聞き慣れた少し高い男の声。

 

 

「元気にやってるわよ。そういう譜也こそ、よくにこの練習見に来るわね。暇なの?」

 

 

 振り向きながら答えると、そこにいたのはやっぱり彼――音坂譜也。

 

 

「暇ってわけではないんだけどなぁ。そうそう、今日はにこに頼みがあって来たんだ」

「頼み? ならさっさと用件を言いなさい。にこは忙しいのよ」

 

 

 本当はそれほど忙しくないのだけど、にこはついついそう言ってしまう。

 

 

 華やかなイメージのアイドルは、こうした練習風景を目の当たりにされる事に抵抗感があると思う。少なくともにこはそう。

 

 ステージで笑顔を見せるために、アイドルは地道な努力を惜しまない。けどその努力は誰しもがしている事で、それを見せて私こんなに頑張ってるんですアピールをするのはアイドルの役割とは違う。

 

 

「えっと、踊ってるところの動画を撮らせてほしいんだけど」

「…………変態なの?」

「誰が変態か!」

 

 

 練習中に現れて何を言うのかと思えば、動画を撮らせてほしいときた。

 にこは警戒しつつ、譜也に疑いの眼差しを向ける。

 

 

 まぁ、からかってるだけなんだけど。

 

 

 彼の事だ。動画を撮る事はにこにとって必要な事なんだろう。

 

 

「そろそろ南に衣装を作ってもらおうと思ってな。昨日連絡をしたら、実際の曲と踊りがあった方が参考になるらしい」

「ああ、ことりが衣装作ってくれるんだったわね。それならそうと早く言いなさいよ」

「お前がいきなり変態とか言い出したんだろ……」

 

 

 譜也は呆れたように肩を落とした。

 

 

 反応がいちいち面白いから、ついつい譜也をからかってしまう。

 逆ににこがからかわれる事もよくある。からかわれると、凛や希にそうされたあの頃を懐かしく感じる。

 

 

「知らないわよ。ほら、動画撮るんでしょ? さっさと準備しなさい」

「あ、ああ。わかった」

 

 

 譜也はにこの正面――図書館のガラス壁に背を預けて立ち、スマホを横向きにして構える。

 

 

「いいぞ、準備オーケーだ」

「それじゃあやるわね。言っとくけど、一回しか踊らないからね! ちゃんと撮りなさいよ!」

「了解、ちゃんと撮るから安心しろ」

 

 

 準備が出来たことを確認して、にこはCDラジカセの再生ボタンを押す。急いで最初の立ち位置に戻って、踊る準備に入った。

 

 

 曲が流れ出す。

 にこはそれに合わせて歌い、踊るだけだ。

 

 

 譜也がことりに見せる為の動画を撮っている。

 

 やり直しの効かない一発勝負。

 見られているという緊張感を味わいながら、にこは本番のつもりで歌と踊りを披露していく。

 

 

 

 

 

 曲が終わって、にこは最後のポーズをとる。

 

 さっきまで何回も練習をしていたせいか、体力的にはギリギリだった。それでも、疲れを見せてはいけない。笑顔を見せて、踊りを終えた。

 

 

「……よし、オーケー。ありがとうな」

 

 

 そう言って譜也はスマホをポケットに仕舞う。それを見てにこは、張り詰めていた緊張の糸が解けて、その場にへたり込んだ。

 

 

「お、おい、大丈夫か!?」

「……平気よ。この程度で根を上げてるようじゃ、アイドルは務まらないわ」

 

 

 つい強がってしまう。

 本当はヘトヘトで、今すぐにでも家に帰ってベッドにダイブしたい気分だ。

 

 

「それより、動画。ちゃんと撮れたんでしょうね?」

「ああ、バッチリ撮れてるよ」

「そう。ことりにはいつ見せるの?」

「明日、大学が終わってから会う予定だ」

「明日か……にこは練習があるから、行けそうにないわね。譜也、ことりによろしく伝えておいてくれる?」

「了解。練習、程々に頑張ってな」

 

 

 程々に、か。

 

 にこが体力的に限界だという事を、譜也は見抜いていたのだろうか。

 

 

「それじゃあ俺は帰るわ。またな」

「はいはい、またね」

 

 

 そうして譜也はにこに背を向けて、立ち去っていった。

 

 

 もう練習出来る体力も残ってないし、にこも帰るとしよう。

 

 

 

 

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