矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
にこが踊っている姿を動画に撮ったその翌日。全ての講義が終わった後、俺は大学からいち早く立ち去って、駅に向かっていた。
太陽がいい感じに西に傾いた午後4時頃。ヘッドホンから流れる音楽に耳を傾けながら歩いていく。
10分ほど歩くと駅に着き、秋葉原までの切符を購入。程なくしてやって来た電車に乗る。
昨日撮影したにこのダンス動画。それをμ’sの元メンバーの一人、南ことりに見せるため俺は秋葉原に向かっているのだが。
南とは以前秋葉原のメイド喫茶で初めて知り合った。
μ’sの衣装作りを担当していたとの事だったので、にこの衣装を作ってほしいと頼んだところ、南はそれを快諾してくれた。
あの時は隣に東條と絢瀬という、こちらもμ’sの元メンバー2人がいた。
彼女らとも初対面だったのだが、俺が東條を助けたという経緯があってか接しやすい雰囲気だった。
今日は俺一人で南と会うという事で、少し……いや、かなり緊張している。
東條や絢瀬にも言えることだが、南は以前スクールアイドルをしていただけあって、整った顔立ちと抜群のスタイルを持っている。
それは巷に溢れかえっているプロのアイドルにも引けを取らない程に。
そんな人物とこれから二人きりで会うとなると、緊張しない方がおかしい。
そういえば。
にこも一応、μ’sの元メンバーだったな。
大学内で接する機会が多いから、にこについては緊張といった感情はあまり湧いてこない。それにお子様体型だし。
いないにこを脳内で弄ることで、若干ではあるが緊張が解けたような気がする。
こういう時にこは役に立つな。今度会ったらお礼を言っておこう。
そんなこんなで電車に揺られる事およそ1時間。秋葉原に到着した。
改札を抜ける。予定では、この辺りで南が待ってくれているはずだ。
怪しまれないよう控えめにキョロキョロと周囲を見渡して、南の姿を探す。
いた。
少し離れた壁際。南はそこで退屈そうに腕時計を見つめながら、壁にもたれるように立っていた。
それだけなら別に何の問題もないのだが……南さんよ。
なぜ制服なんだ。
いや、平日だし。南は高校生だから理解は出来るんだけど。
今から制服JKと会うと思った途端、犯罪っぽくなってしまうのは気のせいだろうか。別にやましい事なんて何も無いのだけれど。
こんな所で躊躇っていても仕方ないので、南の元に歩いて行く。
「あ、音坂さん!」
俺の姿に気が付いて、南も俺の方に向かってきた。
「悪い。待たせたかな?」
「いえいえ。約束の時間には間に合っていますし、ことりもさっき来たところなんです」
絶対嘘だ。さっきまで退屈そうに腕時計を見てたじゃないか。
それに、何だよこのやり取り。付き合いたてのカップルでも今時こんな会話しないぞ。
「そうか。まあこんな所にいるのも何だし、早速行こうか」
「そうですね。行きましょうっ」
南はニッコリと微笑んで、意気揚々と歩き出した。遅れないように俺は慌てて南に付いていく。
行き先は南に任せているので、これからどこに行くのか俺は全く知らない。
* * *
南に連れてこられた場所は、落ち着いた雰囲気が漂う小さなカフェだった。
以前、絢瀬と東條に連れられて訪れた南の働いているメイド喫茶とは違う場所。
所々にある観葉植物が、小洒落た内装と調和していて心地が良い。
それにしても。女子高生の南が、こういう洒落たカフェを知っているとは驚きだ。女子高生ってこういう店を知っているのが普通なんだろうか。
俺が高校生だった頃はオシャレなカフェとは入りづらいものだった。俺の場合は男子高生だけど。
南は慣れた様子で何やら長ったらしい横文字の飲み物を注文し、落ち着いた雰囲気でその飲み物を飲んでいる。
俺はメニューを見てもよく分からなかったので、とりあえずアイスコーヒーを注文し、慣れない場所に落ち着く事が出来ないまま、アイスコーヒーをちびちびと飲んでいた。
「あのっ」
南の蕩けるような声がする。
手に持っていたカップを置いて、俺は南に視線を向けた。
「そうだったな。動画見るか?」
そう言ってスマホを取り出し、昨日撮ったにこの練習動画の画面した状態で南に手渡す。
「はいっ。ありがとうございます」
スマホを受け撮った南は、画面をタップする。するとスマホからザワザワと雑音がしたのち、音楽が流れ出した。
食い入るように画面を見つめる南。さっきまでのニコニコとした表情から一変、真剣な顔をしている。
きっと今、どんな衣装を作ろうかと考えているのだろう。
俺の作った曲、にこのダンス。それらを聴いて、視て、真剣に考えているに違いない。
スマホから出ていた音が止み、南はゆっくりと顔を上げた。
「いい曲ですね。音坂さんが作ったんでしたっけ?」
「あ、ああ。そうだけど……」
彼女から出た唐突な賛辞。まさか動画を見終わった第一声で曲を褒められるとは思わず、俺は言葉に詰まってしまう。
「にこちゃん、楽しそう」
南は視線を落とし、動画の再生していない俺のスマホをじっと見つめる。そしてホッとしたような、安堵の微笑みを浮かべた。
「楽しそう?」
「うん。にこちゃん、すっごく楽しそうに歌って、踊ってる。やっぱりにこちゃんはアイドルが大好きなんだなって」
優しげな表情で南はそう呟く。
その言葉の端々から彼女はにこの事が大好きなんだと、ひしひしと伝わってくる。
「そして、音坂さんを信頼してるんだなって。動画を見て、そう感じました」
続けて南はそう言った。
「信頼……か」
「はいっ。この曲、音坂さんがにこちゃんの為に作ったんですよね。にこちゃん、すっごく楽しそうに歌ってます。まるで私達、μ’sの時みたいに」
「……そうか。そう言ってくれるとにこも嬉しいと思うよ」
信頼。
曲を作ったというだけで、果たしてそう言い切れるのだろうか。南はそう言ったが、俺には実感が湧いてこない。
「あの、実は私……音坂さんの事、疑ってたんです」
「俺を疑ってた?」
南は唐突にそう打ち明ける。
「音坂さんがにこちゃんの曲を作るとこの前聞いた時、正直半信半疑でした。この人ににこちゃんのお手伝いが出来るんだろうかって。アイドルが大好きなにこちゃんの邪魔をしていないかって」
南の独白は、言われてみれば考えた事もなかった。
曲作りに関しては自信があったし、それがにこの手助けになると疑った事もなかった。
「でも、今日動画を見せてもらって確信しました。音坂さんは一生懸命にこちゃんのお手伝いをしている。だってにこちゃん、とっても楽しそうだったから。だから……疑ったりしてごめんなさい」
頭を垂らす南。
彼女は、にこの事を大切に思っているからこそ、わざわざ胸中を明かしたのだと思う。でないと、張本人を前にして疑っていたなんて言ったりしない。
可愛らしい見た目だけど、なかなか芯の強い子じゃないか。
「顔を上げてくれ。それに謝るような事でもないさ。南からすれば、当然の疑問だと思うから」
「音坂さん……ありがとうございます」
南は顔を上げる。
そして持っていたスマホを俺に返してきた。
「今は……少しだけ、音坂さんに嫉妬しています」
「……嫉妬?」
冗談めかすように南は言う。笑顔を浮かべながら、優しい声色で。
「なんだか、にこちゃんが遠くに行ってしまったみたいで。そしてにこちゃんの隣にいるのが音坂さんだから……」
にこが遠くに行ったようだと南は俯きながら言う。
けど、それは――
「それは違うんじゃないか?」
「えっ?」
南はハッと顔を上げた。
「にこはμ’sのみんなの事を大切に思ってる。高校生と大学生っていう違いはあるけど、そんなのは些細な事だろ。何より、にこは南に衣装を任せた。それは、信頼の証なんじゃないのかな」
にこは本当にμ’sが大好きだ。口を開けばμ’s、μ’sと言ってくる。そろそら耳にタコができそうだ。
「でも私――私達、最近にこちゃんと会っていないから……寂しいんです」
「じゃあ、にこにたまには南達に顔を見せてやれって言っておいてやる」
俺がそう言うと、南は「お願いします」と言って大きく頭を下げた。やっぱり女子高生が頭を下げている光景に慣れず、俺は南を制する。
「それと、動画のデータ。後で送っておくから。衣装、よろしく頼むな」
「はいっ!」