矢澤にことのキャンパスライフ!   作:ゆいろう

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第16話

 

 

 俺の家ににこが突然押しかけた。

 現在、彼女は俺の家でシャワーを浴びて濡れた体を温めている。

 

 

 ……どうしてこうなった。

 

 

 いや、単に俺が断らなかっただけなんだけど。

 一度決めた事は曲げようとしない性格のにこ。そうなると俺が妥協するしかなかった。

 

 

「はぁ……」

 

 

 ため息と共に紫煙を吐き出す。

 にこが浴室に消えてからベランダに出てタバコを吸い始め、かれこれこれで3本目。

 

 

 部屋と浴室は多少離れているとはいえ、同じ空間でにこがシャワーを浴びていると居心地が良くない。

 色々と気になって仕方がないし、下手すると変な想像をしかねない。

 

 

 こうしてベランダに出ることで、窓を挟んで部屋とは隔離された事になる。

 ベランダでにこを待っている間は何もできないので、こうして煙草を吸っているというわけだ。

 

 

「はぁ……」

 

 

 肺まで深く吸い込んだ紫煙を吐き出す。メンソールの香りが乱れそうな心を落ち着かせるようだ。

 

 

 まったく。俺の役割はにこの曲を作る事であって、決して身の回りの世話をすることでも、勉強を教える事でもない。

 ましてはシャワーを貸すなんて……本当、どうしてこうなった。

 

 

 土砂降りの雨が降り続く。

 アスファルトに打ちつける雨音をBGMに、右手に持った煙草を吸い込む。

 

 

「ふーっ」

 

 

 紫煙を吐き出し、灰皿に灰を落とす。

 

 

「譜也ー! あがったわよー!」

 

 

 部屋の中からにこの声が聞こえた。

 煙草を灰皿に押し付け火を消して、俺は部屋の中に戻った。

 

 

「ちょっと、どこ行ってたのよ!」

 

 

 いつもの練習着に着替えたにこ。

 着替えがあるというのは本当だったみたいだ。

 

 

「どこって、ベランダに出てたんだよ」

「ベランダ? なんでそんなとこ……って臭っ! さては煙草吸ってたわね」

「……いいだろ別に」

 

 

 にこがシャワーを浴びている間、部屋にいるのはどうにも居心地が悪かったんだから。

 

 

「よくないわよ! 煙草なんて吸っても体を悪くするだけなのよ!」

「別にいいだろ、俺の体なんだから。にこが気にする事じゃない」

 

 

 俺がそう言うと、にこは不服そうな顔をしながらため息を一つ吐いた。

 

 

「まぁいいわ。それよりドライヤー貸して。髪乾かしたいのよ」

「そこにあるから、お好きにどうぞ」

「そう。ありがと」

 

 

 ドライヤーがある場所を指差す。

 にこはドライヤーを手に取り、髪を乾かし始めた。

 

 

「ていうかにこ。お前、もう少し警戒とかした方がいいんじゃないのか?」

「警戒? 何に?」

 

 

 いつものツインテールとは違い下ろした髪を温風に靡かせながら、素っ頓狂な表情をするにこ。

 こいつ……何の事がまるっきり分かっちゃいない。

 

 

「いいか。俺は男でお前は女。そういう事にもう少し危機感を持てと言ってるんだ」

 

 

 するとにこは合点がいったように「あぁ」と言った。

 

 

「何、警戒してほしいの?」

 

 

 にこはニヤニヤと意味ありげな視線を俺に向けてくる。

 ダメだこいつ、全然分かってない。

 

 

「そうじゃなくてだな……俺だから良かったものの、そんなホイホイと男の家に上がるなって話。ましてやシャワーを借りるなんて」

 

 

 ていうか俺、なんでにこの保護者みたいな説教してるんだろう。

 

 

「そんな事分かってるわよ。他の男の家になんて、そう易々と上がるわけないでしょ。譜也だから、にこは信頼してるってわけ」

「にこ……」

 

 

 そうか。お前は俺を信頼して。

 

 

「だって、譜也ってヘタレでしょ?」

「誰がヘタレか!?」

 

 

 信頼って、俺がヘタレだから襲ってこないだろうっていう事ですかにこさん。

 

 

「ヘタレじゃない。俺は中学生体型には興味がないだけだ」

「アンタ……最っ低ね」

 

 

 一段と低い声でにこはそう言い、侮蔑の目で俺を見てくる。おいやめろ、それは人に向けていい目じゃない。

 

 

「言っとけ。ほら、勉強始めるぞ」

 

 

 髪を乾かし終えたにこは、こたつ机の俺の横に腰を下ろす。

 

 

 英語のテキストを広げ、それぞれ問題を解いていく。特に会話も無く、ペンを走らせる音とテキストを捲る音だけがする。

 

 

 問題を解いていくと時々、横から視線を感じる。横目で見ると、にこがチラチラと俺の様子を窺っているようだ。

 テキストと俺を交互に見つめる。その間、右手に持つペンは止まったままだった。

 

 

「どうした、分からないところでもあったか?」

「ば、バッカじゃないの! にこに解けない問題なんてないんだから!」

「そうか」

 

 

 止めていたペンを再び走らせ、問題をスラスラと解いていく。

 

 

 なるべく自力で解いた方が理解が深まると思っているので、助けを求められない限り俺は手助けをしない。

 

 

 その間もにこは、俺とテキストを交互に見つめていた。

 

 

「変な意地張ってないで、素直に教えて下さいって言ったらどうなんだ?」

「だ、誰がアンタなんかに……!」

「分からない所があるんだろ、どこだよ」

「くっ……譜也のくせに」

 

 

 悔しそうに唇を噛みながらも、それからのにこはここが分からないと素直に言うようになった。

 

 

 俺はそこをにこに教える。一人で勉強するのも悪くないが、折角二人いるんだから協力した方がいいに決まっている。

 

 

 それから1時間程にこに教えながらの勉強をして、キリのいい所まで終える事ができた。

 

 

「そうだ、にこ」

「なによ急に、どうしたの」

 

 

 すっかり勉強の手が止まった俺は、ある事をふと思い出した。

 

 

「南が寂しがってたぞ。最近会ってないそうじゃないか」

 

 

 先日、にこの衣装を作ってもらう為、秋葉原で南と落ち合った。

 その時、南から零れた一言。

 

 

「ことりが?」

「あぁ、たまには顔を見せてやれ」

 

 

 俺がしている事は、余計なお節介なのかもしれない。それでも、南の気持ちは伝えるべきだと思った。

 

 

 俺に嫉妬しているとまで言った南。よっぽどにこの事が好きなんだと思う。

 

 

 小さくて可愛らしい見た目のにこだけど、意外としっかりしていて頼りになりそうだ。μ’sの後輩からは慕われているのだろう。

 

 

「そうね。テストが終わったら、みんなのところに行って顔を見せてあげるわ」

「うん、それがいいよ」

 

 

 深々と、懐かしむようににこは呟いた。

 思い出に浸っているのだろうか、後ろ手をついて天井を見上げている。

 

 

「さて、そろそろ帰ろうかしら」

 

 

 そう言ってにこは立ち上がる。

 

 

「今日はありがとう、助かったわ」

「どういたしまして、俺もおかけで勉強が捗ったよ」

 

 

 ずぶ濡れになって急に来て、シャワーを貸せなんて言った時はどうしたものかと思ったけど。

 

 

 立ち上がって帰ろうとするにこを、玄関までついて行き見送る。

 

 

「ねぇ、明日も勉強教えてくれる?」

「あぁ、いいぞ。ほら、傘」

 

 

 ビニール傘をにこに手渡す。

 もともと傘を借りに来たのに、成り行きで今まで勉強をしていた。

 

 

 外はまだ雨が降っている、傘は必須だ。

 

 

「ありがと、じゃあ、また明日ね」

「あぁ、また明日」

 

 

 そう言ってにこは帰っていった。

 

 

 さて、もう少しだけ勉強するとしようか。

 

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