矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
「譜也!」
教室を出ようとしたところ、後ろからにこに呼び止められた。その場で足を止めて振り返る。
「なんだ、テストは出来たのか?」
「バッチリよ!」
小さくガッツポーズをしてにこが答える。
今日は中間テストの最終日、今のテストを最後に全てのテストが終了した。
「アンタ、この後暇よね? ちょっと付き合いなさい」
「何でいちいち上から目線なんだよ。まぁ暇だけど」
よっぽどテストの出来に自信があるのか、にこはいつも以上に上から物を言ってくる。
まったく、誰のお陰だと思ってるんだ。今日まで全ての教科の勉強を俺の家でやって来たというのに。
「暇なのね、今暇って言ったわよね! じゃあさっさと行くわよ、にこに付いてきなさい!」
にこは俺の服をグイグイと引っ張り連行しようとする。
おいやめろ、そんな楽しそうな顔で人の服を引っ張るな。
「分かった分かった。行くからまず手を離せ、服が伸びてしまう」
「あ、ごめん」
そう指摘してやるとにこはパッと服を掴んでいた手を離した。
「ほら行くわよ! さっさと歩く!」
「行くって、どこにだよ……」
「それは、着いてからのお楽しみよ!」
そう言ってどんどん先に進んでいくにこは、やっぱり楽しそうな表情をしていて、どこか浮かれているようにも見える。
「遅い! 置いてくわよ!」
「おいにこ、待てって!」
駆け足でにこに追いつく。
すると鼻歌が聞こえてきた。にこのやつ、これは相当浮かれているな。
にこが鼻歌で奏でているのは、俺が作った曲だった。
……やばい、嬉しいんだけど。
「……何よ、ニヤニヤして、気持ち悪い」
怪訝な目をしてにこは俺を見る。どうやら俺はニヤニヤしていたらしい。
「お前もニヤニヤしてたけどな」
「嘘っ!?」
「本当だって。鼻歌も歌ってたし」
「うわ……全然気付かなかったわ」
気付かなかったって、無意識に鼻歌で俺が作った曲を歌っていたというのか。
やばい、ますます嬉しくなってきた。自然と口角がつり上がってしまう、抑えないと。
「もう譜也! さっさと行くわよ!」
しびれを切らしたように言って、にこは足早に教室から出て行こうとする。
どこに行くのか全くもって検討つかないが、付いて行かないと煩いんだろうなぁ。
俺はにこの後ろを付いて行くように教室を後にした。
* * *
大学を出た俺とにこは、その後電車に乗って移動した。
電車の中でもにこは終始浮ついている様子で、やっぱり楽しそうな顔をしていた。
そんなにこを時々横目で見ながら電車に揺られ、着いた先は秋葉原。
大学から秋葉原までは電車で1時間程かかるのだが、最近の俺はよく秋葉原に行く事が多い気がする。
大学に入学してからこれで3度目だったと思う。アキバ好き過ぎかよ。
そういえば、にこと秋葉原に来るのは初めてだ。
1度目は俺一人で来たところで東條と絢瀬、南と出会った。
2度目はにこが練習で踊っている動画を南に渡すため。
そして今日はにこと。
「なあ、アキバのどこに行くんだ?」
堪らずにこにそう聞いた。
するとにこは満面の笑みを浮かべながら、人差し指を口元に当てて、
「内緒よ」
うわぁ、似合わねえ。
しかし決して口には出さない。何をされるか分からないから。
しかし、内緒か。秋葉原で電車を降りたという事は、目的地は近くにあるのだろう。
そういえば、にこの家って秋葉原だったよな。
まさか行き先って、にこの家!?
なるほど。それなら今日の異様な浮かれ具合にも納得がいく……いや、出来ないだろ。
しかし、行き先が本当ににこの家だとすると、どうして俺を連れ込むのだろう。
まさか、今まで募っていた俺に対する鬱憤を晴らそうとしてるんじゃ……。
出会った時は名前を間違えたし、事あるごとにイジってきたし、他にも色々エトセトラ。
やばい、俺は今から復讐されるのか。
「なあにこ、俺帰っていい?」
「はぁ!? 何言ってんのよ、ダメに決まってるでしょ!」
「……だよな」
そうだ、逃げるなんて良くない。
俺が今までしてきた事の報いは、受けなくてはいけないんだ。覚悟を決めろ、音坂譜也!
パチン!
両手で頬を叩いて決意を固める。
「……アンタ、何やってるのよ」
「気合いを入れてたんだ」
「あっそ」
にこは大きな目を細めて、冷ややかな視線を俺に向けてきた。くっ、報復は既に始まっているというわけか。
決して屈服しないという決意のもと、俺は前を歩くにこの後を付いて行く。
それから歩くこと10分、ついににこが足を止めた。
「着いたわ、ここよ」
「でけぇ、ここがにこの家なのか……」
そのあまりの大きさに俺が関心していた。
入口には立派な門があり、そこからやや距離のあるところに建物がある。まるで学校みたいだ。
「はぁ!? アンタほんと馬鹿ね。にこの家じゃなくて学校よ、音ノ木坂!」
「えっ、学校!?」
確かに、門のところにある立派なプレートには『国立音ノ木坂学院』と書かれてあった。
「音ノ木坂、この字面どこかで見た気が……あっ、俺の苗字か、音坂」
「なにバカな事言ってるのよ。去年までにこが通っていた高校よ」
「あぁ、それだ!」
μ’sの事について調べていた時に音ノ木坂って文字を見た気がする。
音ノ木坂学院。
ここが、にこが通っていた学校。
「ちなみにここ、女子校だから」
「女子校!? 俺が来て大丈夫なのか?」
「大丈夫よ、ちゃんと話は通してあるから」
にこは大丈夫というが俺は心配で仕方がない。
まさか女子校に入る事が出来るなんて夢にも思わなかったが。
「にこちゃーん!!」
校門の向こうから声がした。
明るくて元気一杯な、そんな印象を受ける声だ。
視線を向けると、橙色の人影がもの凄いスピードでやって来て、隣のにこに勢いよく抱き付いた。
「本当ににこちゃんだー! 久しぶりだね!」
「ちょっ、離れなさいってば穂乃果! 暑苦しいのよ!」
「えへへー、にこちゃーん」
「……まったく、しょうがないわね」
にこに抱き付いて離れない、穂乃果と呼ばれた少女。なんだか背景に百合の花が咲いてそうな光景だ。
そんな光景に場違いさを感じていると、再び校門の方から2つの人影がやって来た。
「穂乃果。貴方は生徒会長なんですから、もう少し落ち着いて下さい」
「まぁまぁ海未ちゃん。これが穂乃果ちゃんなんだから、仕方ないよ」
「ことり、ですが……」
一人は知っている顔――南ことりで、もう一人は知らない顔だった。
青みがかった艶のある黒髪ロングのいで立ちは、まさに大和撫子といった雰囲気を纏っている。
「にこちゃん、久しぶりだね」
「お久しぶりです、にこ。大学はどうですか?」
南と大和撫子さんがにこに話しかけるが、にこは依然としてもみくちゃにされていて答えられないでいた。
「音坂さんも、来てくれてありがとうございます」
にこから反応がないと分かるやいなや、南が俺に話しかけてきた。
「まあ、にこに無理やり連れてこられたんだけどな。ここに来るって事も知らなかったし」
「そ、そうだったんですか。でも、音坂さんがにこちゃんに言ってくれたんですよね」
「いいや、俺は何も」
俺がにこに言ったのは南が会いたがっているという事だけ。嘘は言ってないはず。
それに南も、にこが自らの意志で会いに来た方が嬉しいだろう。
「あの、ことり。そちらの男性はどなたですか?」
大和撫子さんが俺を指さして南に尋ねた。この子と未だににこに抱き着いている子とは初対面だしな。
それに、女子校にいきなり見ず知らずの男が来れば、戸惑うのも仕方がないと思う。
「ああー、男の人だー!」
にこに抱き付いていて子が今更俺に気づいた様子で、トコトコと俺の前にやって来る。
にこは……抱き付かれ疲れてグテッとしている。放っておこう。
「穂乃果ちゃん、海未ちゃん。この人は音坂譜也さんって言ってね――」
南が2人に俺の事を紹介していく。目の前でそれを聞くのはむず痒いような感覚だったが、南の説明を聞いて早々に2人とも納得してくれた様子だ。
「音坂さん初めまして! 私は
「は、初めまして、
自己紹介タイム。
俺も倣って簡単に自己紹介をする。
「初めまして、音坂譜也です。2人ともよろしく」
「音坂さんはにこに曲を作っているのですね、すごいです」
「いやまあ、成り行きっていうか」
大和撫子さん改め園田にそう言われて思わず照れる。こういう真っ直ぐな言葉にはとことん弱い。
「それじゃあにこちゃん、音坂さん。案内するね!」
元気一杯といって感じで高坂が言う。
にこもいつの間にか起き上がって復活していた。
「にこちゃんと音坂さんは、これを首からかけてね」
そう言って南から渡された『来校者』と記されたカードのようなもの。
「それじゃあ行こうか! みんなにこちゃんを待ってるんだよ!」
高坂がそう言って先導し、俺は音ノ木坂学院へと案内されていく。