矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
音ノ木坂学院を訪れてから、早くも1ヶ月の時間が経過した。
屋上でささやかに行われた1日限りのμ’sの復活。
そのライブを目の当たりにして、ラブライブ本戦で使用する曲作りに、より一層のやる気が出てきた。
その時に伝えられた、絵里と希もラブライブに出場するという事実。
それを聞かされたにこは彼女達と本戦で共演すべく、この1ヶ月間、より練習に熱を注いでいた。
ことりに作ってもらった衣装にも袖を通し、大学予選に向けての調整は順調と言っていいだろう。
一方の俺も、ことりの作った衣装を見て新曲のアイデアが浮かび上がった。
絵里と希の衣装も作っていることりの忙しさも考慮して、にこは予選と本戦で同じ衣装を使用する事を決めた。
だから、新曲は衣装に合ったものを作らないといけない。
ことりの作った衣装は本当に出来が良く、新曲のアイデアがポンポン浮かんでくる。
おかげで俺の曲作りも順調に進んでいた。
その間にも月日は止まる事無く、一日一日と過ぎ去っていく。
時間が待ってくれることは無い。
限られた時間の中で、やるべき事をこなしていく。
俺は、新曲の曲作りを。
にこは、ライブに向けた練習を。
時間と共に積み重なる成果が無駄になる事はないと、俺は信じている。
だから俺もにこも、ただひたすら前を向いてやるしかないのだ。
そんな時間を積み重ねて、遂に今日。
ラブライブ出場がかかった、大学での予選ライブが開催される。
* * *
7月中旬の休日。
俺は曲作りを一旦中断して、休日の大学にやって来た。
今日はラブライブ予選当日。
休日であるにもかかわらず、大学構内は大勢の人でごった返していた。
雲ひとつ無い晴天。
7月に突入した事ですっかり夏らしい気候となった、端的に言うと暑い。
しかし、そんな暑さにも負けない程、予選ライブは熱気に包まれていた。
予選ライブとは言っても、ライブである以上は興行の要素が強い。
もちろんライブをするキャンパスアイドル達は真剣なのだが、やっぱり見に来てくれた観客を楽しませようとしている。
『さて、次がいよいよ最後の出演者です! 皆さんご存知のスクールアイドル、μ’sの元メンバー――矢澤にこちゃんです!』
司会の人が興奮気味にそう言うと、会場は今日一番の盛り上がりを見せる。
黄色い歓声が飛び交い、全員がにこの登場を待ち望んでいるようだ。
そして舞台袖から、にこが姿を見せた。
歓声がより一層大きくなる。
やはりμ’sの元メンバーというだけあって、にこの人気は他のキャンパスアイドルに比べて飛び抜けている。
「にっこにっこにー!」
にこはそのセリフに合わせてポーズをとる。
入学式の日に見たライブでもしていた一連の動作は、にこの代名詞のようなものなのだろう。
「今日歌う曲は、ラブライブの為に
新曲。
にこの口から出た言葉に観客たちはざわめき出す。
その喧騒から取り残されるように俺は、にこの言葉に考えを巡らせていた。
友人と、にこは言った。
本心からの言葉なのか、それとも建前なのかは俺の知るところではない。
それでも、友人という言葉が妙に腑に落ちた。
今までは曲を作るだけの協力者だと割り切っていた部分が大きかった。
けれど、家で一緒に勉強したり、にこの母校に連れて行かされたり、にこの友人達と知り合ったりした。
それはもう、友人と呼べる関係ではないか。
自分の中で納得出来たところで、ステージからイントロが流れ出し、現実に引き戻される。
観客達は、初めて耳にするそのメロディに期待と戸惑いを浮かべている。
俺にとっては何度も何度も聴いた曲だから、これからにこが披露するステージを楽しむだけだ。
果たして受け入れられるのだろうかという不安もあるが、俺はにこを信じている。
あれだけ練習してきて、自分のアイドル像をしっかりと持っているにこだ。心配なんて必要ない。
にこが踊り、そして歌い出すと、観客達は徐々にそのパフォーマンスに魅了されていく。
俺はその様子を、客席の一番後ろからただひたすら眺めていた。
このステージは、にこが初めてμ’s以外の曲を使って披露するステージだ。
今ステージに立っているのは、元μ’sの矢澤にこじゃない。
一人のキャンパスアイドル――矢澤にこだ。
* * *
「お疲れ様、良いライブだったよ」
「そうね、観客の反応も上々だったわ」
ライブが終わり、俺の部屋でささやかな打ち上げが開かれていた。
ライブ終了後、握手やらサインやらをひたすら求められたにこを待ち続け、ようやくファンから解放されたにこに俺から打ち上げをしないかと誘ったのだ。
にこも誘いに乗っかり、こうして俺の部屋で打ち上げが行われている。
机の上にはスーパーで買ってきた飲食物がずらりと並んでいて、それを二人で囲んでいる。
「それじゃあ改めて……ライブお疲れ様、乾杯!」
「乾杯ー!」
飲み物が入ったグラスを合わせる。
成人済みの俺はビールを飲み、未成年のにこはジュースを勢いよく飲み干していく。
「ぷはぁ……っ! アンタだけお酒飲めるなんてズルくない?」
「俺はもう成人してるからな、悔しかったら早く歳をとれ」
「歳はとりたくないけど、お酒は飲んでみたいわね」
「お前、酒に強そうだよな」
「そう? そんな事初めて言われたわ」
そんな会話をしながら、にこは空になったグラスにジュースを注いで、スナック菓子に手を伸ばす。
こうした時間を過ごしていると、にこがライブの時に言った“友人”という関係が更にしっくりくる。
「譜也……何ニヤけてんのよ。気持ち悪いんだけど」
「えっ、俺ニヤけてた? うわっ、恥ずかしっ」
「否定しない!? アンタますます気持ち悪くなってるわよ!」
「はいはい、俺は気持ち悪いですよー」
いくらイジりと分かっていても、気持ち悪いを連呼されると流石に傷つく。
俺のハートはガラスなんだぞ。
この嫌な気分を振り払おうと、俺はグラスのビールを一気に飲み干していく。
「ちょっと、一気飲みは良くないわよ!」
にこが慌てて止めようとするが、俺は空になったグラスにビールを注ぎ、またまたそれを一気飲みする。
「うるせー、お前が気持ち悪い気持ち悪いって言うからだな……」
「あぁもう! にこが悪かったから、一気飲みは……ってもう全部飲んでる!?」
「……」
「譜也?」
「……気持ち悪い」
翌朝、激しい頭痛と共に目覚めた俺は、昨日にこのライブを見終わってからの出来事がよく思い出せなかった。
何か思い出せないかとスマホを開くと、にこから一通のメッセージが届いていた。
『酒は飲んでも飲まれるな』