矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
大学の期末テストも終了し、夏休みに入った。
テスト期間はにこが家にやって来て一緒に勉強して、俺とにこは二人で力合わせてテストを乗り切った。
俺がにこに勉強を教える事が殆どだったので、恩恵を受けるのは主ににこであるのだが。
真面目に講義には出ているにこであるが、勉強は全くと言っていい程出来ない。要は馬鹿なのである。
講義を真面目に受けているのもアイドルとしてのイメージ戦略だとか言っていたが、果たして効果はあるのだろうか。
そんな風にテストを乗り切って夏休みに突入し、今日は7月22日。
矢澤にこの誕生日。
にこの誕生日会に内緒で呼ばれた俺は、希と絵里と合流すべく秋葉原にやって来ていた。
にこの後輩であるμ’sの元メンバー達も来るのだが、彼女達はまだ学校があるらしく、誕生日会は夜に開かれる。
日が傾き辺りがオレンジに染まる時間帯、秋葉原駅の近くで俺は希と絵里を待っていた。
先日、にこの誕生日プレゼントを買う為に彼女達と待ち合わせた時は、恥ずかしながら希と絵里を待たせてしまった。
流石に二度も女の子を待たせるのは男としてどうかと思うので、今日は早めに家を出たのだ。
「あ、音坂君!」
到着してから五分程待っていると、希が俺を呼ぶ声がした。
その方向を見ると、小走りでこちらに向かってくる希。その隣には絵里がいる。
「ごめん……待ったやんな?」
「いいや、今来たところ」
そんな定番のやり取りになってしまうが、本当に俺も五分前に着いたばかりだ。
「ふふっ」
俺と希から少し離れたところに立つ絵里から、笑みが零れた。
「エリチ、何笑ってるん?」
「ふふっ……さっきの希と音坂君のやり取り、昨日読んだ漫画のデートシーンにあったんだもの。ハラショーよ」
「もうエリチ、からかわんといてよ……」
俺だって、さっきのやり取りが使い古されている事ぐらい分かっている。
でも、自然と口から出てしまったんだから仕方ないだろう?
それに、零れ出た言葉を取り消す事は出来ない。
「デートじゃなくて、今日はにこの誕生日パーティーだろ?」
「そ、そうやんね! みんな待ってるやろうし、早く行こ!」
にこの家を俺は知らない。
だからこうして、希と絵里と待ち合わせて一緒に行く事となっている。
にこ本人に直接訊こうにも、今日の俺はにこに内緒で呼ばれている。
所謂サプライズと言うやつだ。
……改めて考えてみると、すごく迷惑なんじゃないだろうか。
* * *
「……何でアンタがいんのよ」
にこの住むマンションに着き、そのまま家の中に入るやいなや、にこは目を大きくして予想外の来客に驚いているようだった。
ひとまずサプライズは大成功となったが、さっきからにこが目を細めて俺を睨み付けてくる。
確かに、何も言わないで来たのは悪かったけど、希と絵里に内緒と言われて来たのだから仕方ないだろう。
さっきからにこの視線が突き刺さり、早くも帰りたくなってきた。
「いいじゃんにこちゃん! 大勢の方が楽しいよ!」
「そうよ、にこ。私達も黙ってたのは悪かったけど、そんな風にいつまでも拗ねていたら音坂君が可哀想じゃない」
穂乃果と絵里が助け舟を出してくれる。
二人の言い分に、にこはグッと言いたい事を飲み込んだように顔を歪めた。
「にこ、俺も黙って悪かった。頼むから機嫌を直してくれよ」
「べっ、別に機嫌が悪いとかじゃないわよ! ただ何も言わずに来たからビックリしただけ! 次に来る時はちゃんと言いなさいよ!」
「ああ、分かった」
次に来る機会が果たしてあるのかは分からないが、その時はきちんと伝えるつもりだ。
にこの家には、既に全員が揃っている。
μ’sの元メンバーである九人、その後輩の雪穂と亜里沙。その女の子だらけの中に不思議といる俺。
「みんな、今日はにこの為に来てくれてありがとうね」
にこの母親が、ホールケーキを運びながらやって来た。
四児の母とは思えない程に若々しく、二十代後半と言われても信じてしまいそうな美貌を保っている。
「ケーキにゃ!」
「こら凛、はしゃがないの!」
運ばれてきたケーキに目を輝かせる凛。それをにこが呆れながらも注意する。
にこには、歳の離れた
「ああもう虎太郎、まだ食べちゃダメなの。こころとここあも、いい?」
ケーキに手を伸ばそうとしていた弟の虎太郎くんに、にこは姉として注意をする。
その姿はお姉ちゃんそのもので、にこの妙にしっかりとした性格の所以が垣間見えた気がした。
「それにしても……にこがボーイフレンドを連れて来るなんて、ママは嬉しいわ」
「ち、違うわよ! 譜也はそういうのじゃないの!」
「あら、そうなの?」
「譜也は友達で、にこの曲を作ってくれてるの!」
にこの言葉を聞いたにこの母は、にこと俺を交互に見比べてはニヤニヤと意味深な笑みを浮かべる。
そして俺の前まで歩いてきて、
「譜也君。ワガママな娘だけど、アイドルを目指す気持ちは本物なの。だからにこの事、よろしくね」
真っ直ぐに見つめられ、釘を刺すようにそう言われる。
母親にそう言われてしまっては、俺の答えはもう決まっていた。
「はい、それはもう。僕の曲で、にこをラブライブで優勝させてみせます」
そう宣言する。
数秒間、微妙な静寂が矢澤家の中に訪れた。
ああ、やってしまった。
そう思った直後に、その場の空気が揺れた。
「あらあら、頼もしいわね。譜也君になら安心してにこを任せられるわ」
にこの母の言葉は別の意味合いが含まれていそうだけど、きっと気のせいだろう。
「あら、私達の前でそれを言うの?」
不敵な笑みを浮かべながら、絵里は挑発するように言う。
「ウチらの曲は真姫ちゃんが作ってくれたからな、にこっちには負けないで」
「そうね。にこちゃんには悪いけど、今回は希と絵里を応援するわ」
「ふんっ、そんなの真姫ちゃんの好きにすればいいじゃない」
希、絵里、真姫の三者とにこの間で、バチバチと火花が散る。
その様子を他の人達は困惑したり興奮したりと様々な表情を見せながら眺めていた。
この状況をどうやって収集をつけようかと考えていると――
「おなか、すいたー」
虎太郎くんの気の抜けるような声が、良い中和剤となって溶け込んでいく。
「そうね。今日はにこの誕生日パーティーで来たのだから、こういうのは止めにしましょう」
思いがけない展開で、さっきまでのピリッとした空気は消え去った。
* * *
『ハッピーバースデー、にこちゃん!』
ハッピーバースデーの歌をみんなで歌い、にこがロウソクの火を消すと拍手が沸き起こる。
先程までとは違った温かな空気に包まれていた。
「みんな……ありがとうっ!!」
祝福され、にこは飛びっきりの笑顔で喜ぶ。
切り分けられたホールケーキを、にこは談笑しながら美味しそうに食べていた。
「そうだ、にこちゃんにプレゼントがあるの」
最初にそう切り出したのは、大人しそうな印象の花陽だった。
「にこちゃん、お誕生日おめでとう!」
「花陽……ありがとう、大好きよ!」
花陽から包装されたプレゼントを受け取り、にこは花陽と抱擁を交わした。
その目には、薄っすらと涙を浮かべているようにも見える。
「かよちんずるいにゃー! にこちゃん、凛からもプレゼント!」
「凛……ありがとう!」
凛からもプレゼントを受け取り、抱擁を交わす。凛と抱き合うにこの姿は、まるで大切な家族を見守っているようだ。
その後、他の人達からも一人一人プレゼントを受け取り、にこはその度に熱い抱擁を交わした。
やはりにこは、みんなから愛されている。
その事を改めて確認できた一幕だった。
「ほら、次は音坂君の番やで」
希にそう言われる。
すると、全員の視線が一斉に俺を捉えた。
「誕生日おめでとう、にこ」
プレゼントを差し出す
にこは目を大きくして驚いていて、なかなか受け取ろうとしない。
早く受け取ってくれ、恥ずかしい。
「譜也……ありがとう! 開けていい?」
「好きにすればいいだろ」
にこはプレゼントを受け取ると、丁寧に包装を開け、プレゼントの中身を見た。
「青色のリボン……アンタにしては中々気の利いたプレゼントね」
俺のプレゼント――青色のリボンを見てにこはからかうように言った。
そして、今髪を結んでいるリボンを解き、受け取ったリボンを着けた。
「にこちゃん、可愛いー!」
「ハラショーです、にこ先輩!」
「お似合いです、お姉様!」
ことり、亜里沙、こころちゃんが新しいリボンを着けたにこの姿に反応する。
褒められたにこは満更でもない表情で、プレゼントを渡して良かったと思えた。
「あっ、そうだ」
にこにもう一つ、渡す物があるんだった。
「これ、新曲が完成したから」
一枚のCDをにこに渡す。
にこの誕生日である今日、折角だから渡そうと思い寝る間も惜しんで作り上げたのだ。
「新曲!? やっと出来たのね!」
にこは今日一番の驚きを見せる。
「ああ、ラブライブで披露する曲だ」
ラブライブと聞いて、希と絵里が僅かに表情を変えた。
今までは仲間だったが、今回は敵同士。意識せずにはいられないのだろう。
「そうだ」
今日、俺がにこに一番伝えたい事を思い出した。
「本番では、プレゼントしたリボンを着けて欲しいんだ」
プレゼントを購入する時には、新曲はある程度まで出来ていた。
しかし、あと一歩のところで行き詰まっていた。
にこの誕生日プレゼントを選んでいた時に見つけた青色のリボンが、新曲のイメージに合うと思ったのだ。
だから俺はそれをにこに誕生日プレゼントとして渡した。
それは、単に押し付けているだけなのかもしれない。
「そうね、曲を聴いてから考えるわ」
にこの返答は、予想通りだった。
アイドルに対しては一切の妥協を許さない。そこに私情を挟んだりは決してしない。
「ああ、そうしてくれ」
ただの楽曲提供者が、アイドルに注文を付けるなんて烏滸がましいのかもしれない。
それでも俺は、少しでもにこの力になりたいと思っている。