矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
ラブライブの優勝は希と絵里だった。
その結果をパソコンで見ていた俺は、しばらくの間頭が真っ白になっていた。
ようやく我に返る。
何かの間違いだろうと思い、マウスを操作してページをスクロールしていく。
すると、そこにあったのは――
準優勝、矢澤にこ。
にこは、優勝出来なかった。
その事実だけが容赦なく胸を突き刺していく。
あれほど一生懸命練習していたのに。
あれほどファンを大切にしているのに。
あれほどアイドルに対して真摯なのに。
――あれほど、アイドルになりたいと願っているのに。
どうして、にこが優勝じゃないんだ。
準優勝という結果も素晴らしい、誇れるものだ。
でも、にこは準優勝じゃダメなんだ。
忘れもしない。
四月、俺とにこが出会ってしばらく経った日の事。
日の暮れかかった、高架近くの海岸。
そこでにこは、自身の心情を吐露した。
自身の目指す理想像と、周囲が矢澤にこに求める虚像。そのギャップに、にこは苦しんでいた。
そんなにこの助けになりたいと思い、俺は曲を作ると申し出た。
俺が曲を作る事で、にこの悩みが解決できるかどうかは分からなかった。
それでも、にこは俺が曲を作る事を受け入れ、自身の抱える悩みを克服しようとした。
μ’sの元メンバー矢澤にこではなく、アイドル矢澤にこになる為に。
しかし、にこは優勝を逃した。
ラブライブで優勝していれば、にこの目指す理想像になれるかどうかは分からないが、少なくとも自信にはなっただろう。
ラブライブ優勝を逃したにこ。
今彼女がどうしているのか、無性に心配になった。
スマートフォンを手に取る。
連絡先から矢澤にこを探し、俺は電話をかけた。
長いコール音。
締め切った窓の向こうから聞こえる雨音が、やけに大きく感じた。
コール音が終わり、通話が繋がった。
『……なによ』
不機嫌を隠そうとしないにこの声。
「あ、いや、ラブライブの結果……見たか?」
そう尋ねると、にこはあからさまに大きくため息を吐いた。
『見たわよ。希と絵里に負けて準優勝……』
「……」
自虐気味にそう言うにこに、俺は気の利いた言葉の一つも言えず黙り込んでしまった。
「そ、そういえば、ライブが終わったら俺に言いたい事があったんじゃないのか?」
ライブ前、にこにそう言われていたのを思い出した。
ライブが終わった後は興奮のあまり、にこのところに行くのをすっかり忘れていた。
その事を思い出し、にこに尋ねる。
『ああ、そんな事もあったわね』
「それで、何なんだよ?」
『……忘れたわ』
一瞬の間を挟んで、にこはそう答えた。
声を聞く限り、にこは今嘘を吐いたと思う。
本当は何を言うかも覚えているのだろう。
けど嘘を吐いたという事は、それ以上追求してほしくないのだろう。
なら俺は、にこの言葉を信じるとする。
『――ごめんね、譜也』
唐突に、にこが謝ってきた。
いきなりすぎるその言葉に、訳が分からず頭がこんがらがる。
「何でにこが謝るんだよ。優勝出来なかった事なら気にするなよ、また次があるさ」
『そうね、ありがとう』
そう言葉を紡いでにこを励まそうとするが、返ってきたのは素っ気ない言葉だった。
『今回負けた原因は、ハッキリしてるわ』
また唐突に、にこはそう話題を切り出す。
どこか冷めた口調で、にこはキッパリそう言い切った。
何故にこが優勝できなかったか。
その要因は、俺もハッキリと分かっていた。
のぞえりの二人と、にこの違い。
――それは、楽曲にある。
にこの曲は俺一人が、のぞえりの曲はμ’sの楽曲を手掛けていた園田海未と西木野真姫が。
ライブで海未と真姫が作った曲を聴いた時、俺は二人の才能に嫉妬した。
俺の持っていないものを、海未と真姫は持っている。
――曲の時点で、雌雄は決していた。
「……そうだな」
完全に俺の力不足。
にこのパフォーマンスは、素人目に見ても希と絵里の二人には負けていなかった。
『やっぱり譜也も、分かっていたのね』
「……あぁ」
にこも感じ取ったのだろう。
俺の曲は、μ’sの曲と比べてまだまだ劣っていると。
『譜也、――――――――』
「えっ? 今なんて……」
最後に何を言ったのか上手く聞き取れなくて、俺はにこに聞き返す。
『もう切るわね。それじゃあ』
しかしにこは答えてくれず、一方的に電話を切られた。
* * *
その後もモヤモヤとした気分のまま、部屋でボーッとその日を過ごしていた。
にこが電話で最後に言った言葉。
聞き取れなかったその言葉が何だったのか、気になって仕方ない。
思考を巡らすが、にこが何と言ったのか全く分からないでいた。
「何なんだよ……」
結局分からずじまい。
そうやってあれこれ考えていると、スマートフォンから着信音が鳴り響いた。
にこからの着信だと思い、俺は直ぐさまスマホを手に取ったが、画面に映る文字は予想とは違っていた。
南ことり。
にこじゃない事に少し落胆したが、このまま出ないわけにもいかないので、俺は電話に出る。
「もしもし?」
『あ、譜也さん、こんにちは!』
「あぁ、こんにちは。どうしたんだ?」
俺は早速、ことりから要件を聞こうとする。
『譜也さん、ラブライブの結果見ましたか?』
「……あぁ、見たよ」
今はあまり思い出したくないが、聞かれては正直に答えるしかない。
『にこちゃん、残念でしたね……』
「……そうだな」
ことりは、にこの衣装を手掛けてくれた。
希と絵里の衣装もことりは作ったから、心境は俺以上に複雑なのかもしれない。
『それでですね。次の土曜日、優勝した希ちゃんと絵里ちゃんのお祝いをみんなでするんですけど、譜也さんもどうですか?』
おそらくこれが本題だろう。
「……にこも来るのか?」
『はい、さっきにこちゃんにも伝えました』
にこも来ると聞いて、ひとまず安心した。
負けた事は悔しいだろうけど、希と絵里は同じμ’sの元メンバー。
きっとにこも、そこまで落ち込んではいないだろう。
その日には、気持ちの切り替えも出来ている筈だ。
「分かった、行くよ」
『本当ですか!? ありがとうございます!』
何故か異様に喜ぶことり。
俺が行く事が、そんなに喜ぶような事なのか?
『詳しい事はメールで送りますね!』
最後にことりは「失礼します」と言って、電話が切られた。
希と絵里の祝勝会。
そこでにこに、電話であの時に何と言ったのか聞けるだろうか。
* * *
ついさっき、譜也から掛かってきた電話。
その時の会話を、私――矢澤にこは思い出していた。
「今回負けた原因は、ハッキリしてるわ」
あの時、私は譜也にそう言った。
――敗因は、私自身にある。
譜也の作った曲はとっても良かった。
真姫ちゃんが希と絵里に作った曲とは、また違った魅力が譜也の曲にはあった。
その譜也の曲を活かしきれなかった、私の実力不足。
今思えば、私は何て中途半端な気持ちでラブライブに臨んでいたのだろう。
四月の、譜也と出会ってしばらく経った日。
μ’sの解散を決めたあの浜辺で、私は胸に渦巻いていたモヤモヤを思いっきり吐き出した。
それを聞いていたのが、譜也。
それから譜也が私の曲を作ってくれると言い、私はそれをありがたく受け入れた。
μ’sの元メンバーとしての私を、ファンは期待していた。
けど私が目指したものは違った。
μ’sのみんなと過ごして成長した矢澤にことして、一からスタートを切りたかった。
だから譜也の申し出は、私が新しい一歩を踏み出す絶好のチャンス。
今回、譜也の曲は悪くなかった。
問題は、私の心構え。
μ’sという大きなグループから羽ばたき、私は新しく生まれ変わろうとした。
しかし、私にとってμ’sの存在は大きすぎた。
譜也が作ってくれた曲は、所々μ’sの曲に似ていて、それが心地良かった。
ことりが作ってくれた衣装も、ことりらしい可愛いものだった。
私はまだ心のどこかで、μ’sに縋っていたのかもしれない。
それでは、私はいつまで経ってもμ’sの元メンバーとしてしか見られない。一人の矢澤にこというアイドルとして、見てくれない。
――今回負けた原因は、ハッキリしてるわ。
敗因は、私自身の弱さ。
『そうだな』
電話口で私が言った言葉を、譜也は肯定した。
「やっぱり譜也も、分かってたのね」
『……あぁ』
やっぱり譜也も、にこの弱さを見抜いていた。
これでは、私の為に曲を作ってくれた彼に申し訳が立たない。
私の為に時間をかけてくれた彼に、何と謝罪すればいいのだろう。
――分からない。
ただ一つ、言える事がある。
こんな弱い私の為に、譜也はこれ以上時間を費やすべきではない。
ライブ後に譜也に伝えたかった言葉。
譜也は忘れていたのか私の元にやって来なかったが、今思うと来てくれなくて良かったと思う。
私は今から、彼に伝えたかった事を言う。
意味は全く違うけど。
「譜也、――今までありがとう」
『えっ? 今なんて……』
最後の最後で躊躇ってしまい、声が小さくなってしまった。
譜也は聞き取れなかったみたいだ。
別れの言葉は、一度きりで充分だろう。
「もう切るわね、それじゃあ」
さようなら、譜也。
今までありがとう。