矢澤にことのキャンパスライフ!   作:ゆいろう

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第28話

 

 

 夏休みが明け、大学は後期の講義へと突入した。

 

 

 教授が前で弁を取る、いつもの講義風景。

 板書された文字を、俺はノートに書き留めていく。

 

 

 前期までと大差ない景色だが、変わった事がある。

 

 

 前期までは隣で一緒に講義を受けていた、矢澤にこ。

 今、俺たちは離れた席に座って講義を受けている。

 

 

 理由は明白。

 夏休みが明ける前に、にこの家を訪れた時の事が原因だ。

 

 

 にこが風邪を引いたと聞いて、俺はにこの家を訪れた。

 しかし、実際に会ってみるとにこは至っていつも通りに元気だった。

 

 

 どうして嘘を吐いたんだとにこに聞いていくと、段々と話がラブライブに負けた原因へと移り変わっていった。

 

 

 そして、にこは――

 

 

 

『もうにこの為に曲を作らなくていいわ』

 

 

 

 冷たく告げた。

 

 

 アイドルになりたいと強く願うにこ。

 それは、μ’sの矢澤にことしてではなく、一人の矢澤にことして。

 

 

 その思いの強さを改めて痛感した。

 

 

 一度目は、四月。

 まだ大学に入学して間もない頃。

 

 

 高架沿いにある海岸。

 夕陽の射す浜辺でにこの思いを聞き、俺は彼女に曲を作ることを約束した。

 

 

 そして、今回。

 つい先日、にこの家。

 

 

 改めてその思いの強さを聞き、にこの方からもう曲を作らなくていいと告げられた。

 

 

 

『これ以上一緒にいると、その楽しさに甘えてしまいそうなの。そうしたらにこは、また弱くなってしまうわ』

 

 

 

 弱くなってしまう。

 

 

 にこは、その小さな身体で強くあることを望み、高みを目指している。

 

 

 そんな姿が、俺には眩しくて。

 

 

『本当に、それでいいんだな?』

 

 

 売り言葉に買い言葉ではないが、俺はついそう言ってしまった。

 

 

 にこの答えは肯定。

 つまり今のにこには、俺の曲は必要とされていない。

 

 

 今思うと、そんなにこの眩しさから、目を逸らしてしまったのかもしれない。

 

 

 そんな後悔が募っていく。

 

 

 脳内にかかった(もや)を振り払うように、俺はブンブンとかぶりを振って、目の前で行われている講義に集中した。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 大学祭、というイベントがある。

 

 

 俺の通う大学でも、大学祭の開催まであと一ヶ月というところまで迫ってきていた。

 

 

 サークル等の団体が出店をキャンパス内に構え、その他にも様々なイベントが行われるという印象だ。

 

 

 どこのサークルにも所属していない俺は、大学祭の準備に追われることなく、いつもと大差ない日々を送っていた。

 

 

 しかし、サークルに所属している者は大学祭の準備に追われていた。

 

 

 ダンス部はダンスの練習を。軽音部は各バンドごとに練習を。

 

 

 そして、アイドル部はグループごとにライブの練習に取り組んでいた。

 

 

 

 夕方、図書館の前。

 今日の講義が全て終わった時間に、ガラス張りの壁を鏡代わりにして、矢澤にこはライブで踊るダンスの練習をしていた。

 

 

 未だ残暑が続くこの時期、にこは汗を流しながら聴き覚えのある曲に合わせて踊っている。

 

 

 帰宅しようと構内を歩いていた俺は、練習をするにこの姿を見つけて足を止めた。

 

 

 にこが踊っているのは、μ’sの曲――あれは確か『No brand girls』という曲だ。

 

 

 

 なぜ、μ’sの曲なんだ。

 

 

 μ’sの矢澤にこではなく、一人の矢澤にことしてアイドルになりたいと望むにこ。

 だからこそ俺が曲を作ると申し出て、以前までにこは俺の曲を使用していた。

 

 

 今はもう作らなくていいと言われ、俺はにこの曲を作っていない。

 

 

 てっきり、にこは新しい楽曲提供者を見つけて、その曲を使うものだと思っていた。

 

 

 だからこそ、今にこがμ’sの曲を踊っている事が分からない。

 

 

「おい、にこ」

 

 

 我慢できずに、踊っている最中のにこに声をかける。

 

 

 しかしにこは踊りを中断しない。

 聞こえている筈なのに、にこは俺を無視している。

 

 

「おい、にこってば!」

 

 

 二度目の呼びかけ。そこでにこは踊りを中断し、身体を俺の方に向けた。

 

 

「……なに?」

 

 

 練習を中断されたからか、にこの口調にはやや棘が感じられる。

 

 

「どうしてμ’sの曲を練習してるんだよ。もうμ’sに頼るのはやめたんじゃなかったのか?」

 

 

 俺にもう曲を作らなくていいと言ったあの日、にこはμ’sに頼るのはダメだとも言っていた。

 それが、ラブライブで希と絵里に負けたにこが出した結論。

 

 

 μ’sの矢澤にこではない、一人の矢澤にことして見てほしい。

 そう強く願うにこだからこそ、今μ’sの曲を練習している意図が読めないでいた。

 

 

「大学祭まであと一ヶ月しかないのよ。今から部の作曲者にお願いしても間に合わない。だからμ’sの曲を練習してるってわけ」

 

 

 どこか素っ気無くにこは答える。

 

 

 それは、今は我慢してμ’sの曲を練習しているという事なのか。

 

 

 だったら――

 

 

「だったら、俺の曲を使ってくれてもいいだろ?」

 

 

 なにもμ’sにこだわる必要はない。

 

 

 一人の矢澤にことしてアイドルを目指すのであれば、μ’sの曲より俺の曲の方を使った方が都合がいいはずだ。

 

 

 しかし、にこの答えは。

 

 

「それはダメよ。にこのワガママに、これ以上譜也の時間を使わせるわけにはいかないわ」

「俺は、そんなこと気にしない」

「譜也が良くてもにこが納得できないのよ、こうでもしないと」

 

 

 にこ自身が納得できない。

 そう言われてしまっては、俺は何も言い返せない。

 

 

 元々、にこの曲を作ろうかと提案したのは俺の方だった。

 その提案をにこは承諾し、今までのにことの関係が続いてきたのだ。

 

 

 にこは、一人のキャンパスアイドル。

 

 俺は、にこの楽曲提供者。

 

 

 にこが必要としていたから、俺はにこに曲を作った。

 

 

 それが必要ないとなれば、俺とにこの関係が終わる。

 ただ、それだけの事なのだ。

 

 

「前にも話したでしょ、もう譜也には曲を作ってもらわない。それがにこの答えよ」

 

 

 意固地になっているのか、それとも本当にそう思っているのかは分からない。

 

 

 でも、にこがそう言う以上、俺にはどうする事もできない。

 

 

「分かったならさっさと帰りなさい。練習の邪魔よ」

 

 

 にこにそう言われて、俺は踵を返して歩き出す。

 

 

 すると、にこが練習を再開する気配が背中越しに伝わってくる。

 

 

 

 ふと、足を止めて後ろを振り向く。

 

 

 音楽に合わせてダンスの練習をするにこの後ろ姿。

 それと共に、ガラス張りの壁に反射して、正面から見たにこの姿が映し出される。

 

 

 必死になってダンスの練習をするにこの表情は、文字通り必死だった。

 一人の矢澤にことして見てもらうため、にこはその小さな身体で一生懸命頑張っている。

 

 

 でも、そこには楽しいという感情が見えてこない。むしろ辛そうに練習しているようにすら見える。

 以前のにこは、練習をしている時は心の底から楽しんでいるように見えた。

 

 

 あえて楽しむという行為を切り離しているのか、それとも自然と楽しめていないのか、俺には知る由もない。

 そもそも楽しんで踊ることが正しいのか、間違っているのかすらも、素人である俺には分からない。

 

 

 ただ一つ、言えることがあるとすれば。

 

 

 それは、辛そうに踊っているにこを見ていられない。

 

 

 

 

 俺はにこから目を背けて、足早にその場から離れて行った。

 

 

 

 

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