矢澤にことのキャンパスライフ! 作:ゆいろう
夏休みが明けてから、一月ほどの時間が経った。
にこと最後に会話をしたのが、およそ一ヶ月前。
図書館の前で練習しているにこを見かけ、話しかけたのが最後だった。
あれからにこは毎日のように、大学祭に向けてμ’sの曲を練習していた。
にこはもう、俺の作った曲を使わない。
そんな決意のもとに、にこは練習に励んでいた。
最後に会話したその日にハッキリと拒絶されて以来、俺はにこに話しかけられないでいた。
にこが練習している姿は見かけるのだが、なんて声をかけたらいいのか分からず、見ている事しかできなかった。
μ’sの曲を練習しているにこは、以前のように楽しそうな表情は浮かべていなくて。
どこか、苦しんでいるように見えた。
そんなにこの力になりたい。
何とかしてあげたいという思いになりながらも、俺には何もしてあげることが出来なかった。
にこの曲を作っていない俺は、なんて無力なんだ。
そんな自分に腹が立つ。
そんな時間が一ヶ月ほど続き、迎えた大学祭当日。
俺は大学にやって来て、大学祭を楽しんでいた。
大学祭には、ここの学生だけでなく、外部からもたくさんの人がやって来ていた。
人々がそれぞれの会話をしていて、賑やかな雰囲気。
様々なサークルが出店を構え、客引きの声が飛び交う。
大学祭は盛り上がっていた。
トントン。
ボーッと立っていると、後ろから優しく肩を叩かれた。
振り向くとそこには、帽子を深く被りサングラスをかけた、二人の女性がいた。
一人は紫がかった長髪、もう一人は日本人離れした金髪。
見るからに怪しい人物であるが、俺はその二人を知っている。
「……なにしてんの? 希、絵里」
「あ、やっぱり分かる?」
サングラスをズラして、希がチラッと目を覗かせる。そして悪戯っぽく笑ってみせた。
「学祭に来たのよ。にこのライブもあるみたいだし」
「いや、それは分かるんだけど……その格好は?」
「変装よ。ラブライブで優勝してから、色んな人に声をかけられるようになったから。これで目立たずに済むわね」
「いや、余計目立ってると思うけど」
そう言うと、絵里はガックリと肩を落とした。
いやまぁ、少しは希と絵里だと気付かれずに済むかもしれないけど、その格好だと余計に目立つのは明らかだ。
「ふふっ、こうやって変装してると、ニューヨークから帰ってきた時を思い出すやん?」
「そうね、あの時はみんなでサングラスをつけて変装したのよね」
「あの時の盛り上がりに比べると、今のウチらなんて大したことないよなぁ」
希と絵里が懐かしそうに話す。
内容から察すると、二人がまだμ’sにいた頃の話だろうか。
「あ、そろそろにこっちのライブ始まりそうやで!」
「本当だわ! ほら譜也、ボサッとしてないで行くわよ!」
希と絵里は、屋外に設置されたステージに向かって走り出していく。
「ああ、今行く」
俺は走っていく二人の後ろを、ついて行くのであった。
* * *
屋外ステージは、かなりの盛り上がりを見せていた。
客席に集まった学生たちの熱気に包み込まれている。
「次、にこっちの番やね」
隣に立つ希が、期待しているといった様子で呟く。
「……そうだな」
そんな希とは対照的に、俺の中には不安しかなかった。
今日を迎えるまでに遠目から見ていた、にこの練習風景。
苦しそうに、まるで自信の不安を振り払うかのように追い込んでいるにこを見ていると、今日のライブが成功するかどうか、不安で仕方がない。
「譜也君……? 難しい顔してどうしたん?」
希が心配そうに俺を見つめてくる。
「あ、いや、何でもない」
そう言って俺は取り繕う。
いけない。心配されるほど顔に出ていたようだ。
「ほら二人とも、そろそろにこのライブが始まるわよ!」
絵里の声で、俺と希は互いにステージに目を向ける。
言葉はいらない。
にこがステージに現れ、観客達の盛り上がりは最高潮。
曲前のMCは無い。
ステージの中央ににこが立ち、早くも曲が始まろうとしている。
静寂が訪れる。
刹那。
イントロが流れ出し、世界が揺れた。
そう形容しても過言ではない盛り上がりよう。
それだけ、観客たちは熱狂していた。
流れ出した曲は――『No brand girls』
μ’sの曲の中でも有名な曲で、アップテンポな曲調と観客も参加できる構成は、ライブ向きと言っていい。
イントロから、観客たちはコールをして盛り上がっていた。
にこも観客を煽り、もっともっと盛り上がりを欲した。
まだまだ、これ位の盛り上がりじゃ足りない。
そう言っているように、にこはもっと声を欲しがる。
「なあ、譜也君!」
ライブの大音量に負けないように、希が大声で俺を呼ぶ。
隣にいるにもかかわらず、ライブの音に掻き消されそうだったが、何とか聞き取れて希の方を向く。
「なんで、譜也君の曲じゃないん!?」
単純な疑問なんだろうが、声を張っているので責められているように感じる。
希と絵里がにこと覇を競ったラブライブでは、にこの曲は俺が作っていた。
それが今では、俺の曲ではなくμ’sの曲でライブをしている。
そこに疑問を抱くのは、俺がにこに曲を作っていた事実を知っている希からすれば、当然のものだろう。
「もう作らなくていいって言われたんだよ!」
ライブの盛り上がりに負けないよう、俺も声を大きく張って言う。
「えっ……?」
聞こえなかったのだろうか。
もう一度、されに声を大きくして希に向かって言う。
「だから、にこに曲はもう作らなくていいって言われたんだよ!」
「そう、なんや……」
歓声に掻き消されて、希の言葉は聞き取れなかった。
だが、希が何だか複雑な表情をしているのは分かる。
俺に同情しているのか、にこの行動が意外だったのか。
希が何を思っているのか、俺には分からない。
何にせよ、俺はそんな希に、どう言葉を続けていいのか分からなかった。
希から視線を外し、ステージに目を向ける。
懸命にダンスをするにこが、それに合わせて歌い上げる。
観客は盛り上がっていて、ライブは成功のように思えるが――
「にこ……なんだか楽しくなさそう」
「うん。ウチも、そう思う」
大きな歓声の中、二人の呟きはどうしてかハッキリと聞き取れた。
やっぱり、希と絵里から見ても、そう見えるのか。
いや、二人の方がにこと過ごしてきた時間は長い。
きっと彼女達のほうが、俺以上に感じ取っているのだろう。
ステージで華麗に踊る、にこの苦しみを。
曲が終わり、観客達は歓声と拍手をにこに送った。
ステージ上のにこはその拍手と歓声に、笑顔で手を振って応えている。
「なあ、譜也君」
希に呼ばれ、横を向く。
真剣な表情をして、希は俺をまっすぐ見つめていた。
その隣にいる絵里も、希と同じような顔をしている。
「にこっちを、助けてあげて」
放たれたのは、そんなお願いだった。
「助けるって……」
俺はもう、にこに必要とされていない。
それなのにどうやって、助けろというのだ。
「私からもお願い、譜也。さっきのにこを見ていたら、残念だけど、μ’sの曲より譜也の曲の方が良いのは明らかよ」
絵里が、真剣な眼差しで俺にそう訴える。
「だから俺は、もう作らなくていいってにこに――」
「――そんなの、勝手に作ってにこに渡せばいいじゃない」
無茶なことを絵里は言う。
しかし、無茶と分かっていながらも、その言葉は何故かスッと胸に溶け込んだ。
「譜也君は、どうしたいん?」
希にそう問われる。
単純な問い。
俺自身が何をしたいのか。
俺は――
「にこっちの曲を作りたい。そんな顔してるで」
希の言葉にハッとする。
希の言う通りだった。
俺は――
「――俺は、にこの曲を作りたい。にこが本当のアイドルになる、その手助けをしたい」
この気持ちは、あの時から変わっていなかった。
高架沿いの海岸、その砂浜で交わした約束。
『だったら、俺が君の曲を作る』
『いいわ。アンタににこの曲を作らせてあげる』
あの時の俺の気持ちは、今も何一つ変わっていない。
理想と現実のギャップに苦しむアイドルの、力になりたい。
彼女が望むアイドルになるための、手助けをしたい。
「だったらこれから、どうするか決まってるやん?」
希と絵里は、ホッと嬉しそうな表情に変わっていた。
彼女達に向かって、自分自身に向かって、俺は言う。
「ああ。にこの曲を作って、アイツを納得させてやる」
思い立ったが吉日。
さっそく曲を作ろうと、俺は踵を返して走り出す。
何歩か踏み出したところで、一つ忘れていた事を思い出した。
「ありがとうな、希! 絵里!」
精一杯の感謝を伝えようと、声を大きくして言う。
二人がいなければ、またにこに曲を作ろうなんて考えもしなかった。
「ふふっ、どういたしまして」
「頑張るんやで、譜也君!」
希と絵里。
二人に感謝して、俺は自宅に向かって走り出した。